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[5109] 大友の姫巫女(TS転生オリ主15禁)【第一部完 閑話追加】
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2011/07/08 01:56
 大傑作腕白関白にいたく創作意欲を刺激され筆をとった次第。

 とはいえ、三番煎じなのでイロモノに走ろうと決意。
 歴史改変転生オリ主でTS物です。
 そして、物語のかなりの部分が北部九州限定というマニアックさです。
 読者の皆様のお知恵・突っ込みなど大歓迎ですので、よろしくお願いします。

12/6 下ネタが多いとの指摘を受けて15禁指定に

12/10 どう考えてもあと三話で終わらないので、二十話以降はオリジナル板の方に移動します。

12/12 オリジナル板移動の為に告知を。
    当初二十話以内で終わるはずだったのに、姫が走る走る。
    ジャンプ的第一部完を載せてテスト板からオリジナル板へ移転します。
    色々と応援ありがとうございました。
    これからもオリジナル板でよろしくお願いします。

12/13 オリジナル板に移動しました。

12/24 PV十万いつの間にか突破。
    こんなイロモノ(というよりゲテモノかも)を見てくださって本当に感謝。

6/23 補足
   恋の描写及び設定はXXX板「大友の姫巫女XXX~とある少女の物語~」の大隈氏より了解を頂いております。


2011/7/8
 感想掲示板のご指摘に従い、電子書籍関連部分を削除しました。
 電子書籍化の推進に伴い、こちらは掲示板より7月末に削除する予定です。
 規約に抵触し読者の皆様および管理人の舞様にご迷惑をかけた事をお詫び申し上げます。



[5109] 大友の姫巫女 第一話 門司城攻防戦 前編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/02 21:11
永禄四年(1561年)十月 豊前国 門司

 関門海峡を挟んで軍が集結している。
 九州側に陣取るのが、大友軍。
 本州側に陣取るのが、毛利軍。
 そして、九州側の端にある門司城にも毛利の一に三つ星紋が翻る。
 そんな戦場に似つかわしくない巫女が一人、供を連れてその惨状を眺めていた。


 現実の戦場に立って思い知った事が三つ。
 最初に死体。
 私がいる大友軍だけで一万五千。
 これだけの大兵力だと死体処理も追いつかない。
 仕事と割り切るがまだ夢に出る。
 それでも斬り死にの死体とかは可愛く見えるようになった。
 やっかいなのが腐乱死体。
 あれ本当にやばい。
 いっそのこと白骨化してくれたら助かるのに……
 一つは血と硝煙の臭い。最初慣れずに何度吐いた事か。
 さすがに九州は鉄砲の伝来が速くてこの戦で千丁も揃えているのにはびびった。
 で、それで門司城が落ちてないのがまたなんとも。
 毛利方の鉄砲は攻勢正面でばたばた大友兵を倒しているというのに。
 そして意外なほどに長い待ち時間。
 だから私みたいな存在が士気高揚に役に立つのでしょうね。

 自己紹介が遅れました。
 私、宇佐八幡で巫女をしています珠(たま)と申します。
 父親は大友軍総大将大友義鎮。

 母親は…………比売大神(ひめのおおかみ)

 父上。幾ら色狂いだからと言って、神様とまで交わらなくてよろしいでしょうに……
 おかげて神力つきで前世の過去持ちで私は生まれましたとも。
 21世紀日本のオタク男子の前世を。
 物心ついて「うわー役たたねー」と絶望したのはいい思い出です。
 別府の湯治場で交わって、私を身篭って生んだ後父上に押し付けたとか。
 母上も母上だけど、それで育ててくれた父上も父上だ。
 しかも時期的にその両親が私を作っていた時期って、露骨に大友二階崩れとかぶるのですが……
 てきとーに遊女ひっかけて出来た子引き取っただと思うのだけど、それだと前世の記憶と神力の理由がつかないんだよなぁ。
 与えられた神力は二つ。
 一つ目は身体的な事だけど、美貌と容姿、おまけに健康。
 元男だけど女に生まれた以上、これは素直に感謝。
 二つ目は豊饒の神力。
 何処の賢狼かと突っ込みたいが、ゆっくりと地力を溜めて豊かな大地にできます。
 前世知識で開発始めた方が豊かになりかねんと気づいて、悶絶した程度の力です。
 何?このびみょースキル?
 まぁ、母上自身が21世紀では幻想郷に行きかねないほど忘れられた神様なので、仕方ないのですが。
 一応宇佐八幡の主神ですよ。主神。
 いや、本当に一度宇佐八幡に来てもらうと分かるから。祭られている場所の位置で。
 八幡神が主神と勘違いしている人ばっかりだし。
 大友にも毛利にも「八幡大菩薩」の旗が。
 だからこんな場所に引っ張られてきたのですが。
 まだ初潮もきていない花の十歳児なのですよ。にぱー。
 前世の記憶をフル動員して三歳にして言葉と文字を覚え、五歳にして算術と和歌・茶道を嗜み、八歳で「神童」と家臣達に持ち上げられながら宇佐八幡の巫女に納まりましたよ。ええ。
 ていの良い人質とも言いますが。

 ちょっと真面目な話をしますが、宇佐八幡のある豊前の国ってのは九州の玄関口で本州との境目にある事もあり常に騒乱の舞台になっていました。
 近年は大友と大内が死闘を繰り広げ、大内が滅んだ後にこうして毛利と激しく争う事に。
 そんな土地柄だから、地元豪族は完全に大友に臣従していなくて、こちらが弱くなれば即座に寝返る始末。
 で、私が宇佐八幡に送り込まれたのです。
 何しろ子供ですから、侍女やその護衛を堂々と宇佐に駐屯できます。
 「神童」である大友の娘が宇佐八幡の巫女になるというのは、神仏の力が強いこの時代において大きな影響力を持っているのです。
 ちなみに養母であり父上の正室でもある奈多夫人には、私自身が寺社作法を学び吸収した事もありかわいがわれていました。
 誰の子か知らぬ(神の子なんて信じないだろうし)私を、

「母上と呼ぶが良い」

といい、私の宇佐八幡行きを押したのが奈多夫人でした。
 もちろん、打算もあります。
 宇佐神宮を掌握すれば、豊前南部の国人衆を大友側に引き込めますし、それを後押しした奈多夫人とその父上奈多鑑基殿の影響力が増しますから。
 だから言えません。



 私がまだ嫁に行きたくないからの窮余の一手だった事を。
 私の前世が巫女服萌えだった事を。
 

「姫様。こちらにおられましたか」

「爺、元気だったか」  

 私が爺と呼んだのは、私が世話になっている宇佐衆筆頭の佐田隆居。
 実質的に私は彼にあてられた人質であり、私の才をいち早く見抜いて私を学ばせ、時に叱るので私は爺と呼んで懐いている。
 当然、褒める時は甘いものをくれるからなのだが。
 しかし、女の体になってみると甘いものが麻薬のように欲しくなるのは何故だろう?
 今回の戦において大友側の豊前国人衆は、総動員をかけられている。
 そんな豊前国人衆の士気高揚の為に私もこんな所に出張るハメに。
 なお、こんな場所に私一人で出張るとエロゲ的陵辱イベントに遭うのは分かっているので、私の周囲には常に護衛がついている。
 その護衛が佐田隆居の息子の鎮綱なのだが、真面目で文武両立していて公私の一線はきちんと守る。まさに執事。
 私は心の中で「ハヤテ君」と呼んでいるのは内緒だ。

「お館様がお呼びです」

「父上が?
 で、どちらに?」

「松山城にて。
 そこを本陣に構えるご様子で」

「わかった。
 ところで爺、あの城落ちると思うか?」

 門司城を指して爺に尋ねると、爺はあっさりと言った。

「厳しいですな。
 後詰を抑え切れませぬ」

 それを父上に伝えろという事か。
 前世知識で、この戦が大友の敗戦で終わるのは知っている。
 というか、戦国が終わる時に大友という大名家が存在しないのも知っている。
 第二の人生とは言え、父や養母が守ろうとした豊後大友家という家にそれなりに愛着もある。
 何より、母上の知名度UPの為に歴史をひっくり返さねばならない。





 天下が欲しいとは思わない。
 けど、歴史どおり滅ぶつもりはもうとうない。
 その決意を胸に、私は歴史改変の本格的第一歩を踏み出す。
 その先は私にも分からない。



[5109] 大友の姫巫女 第二話 門司城攻防戦 後編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/06 12:38
永禄四年(1561年)十月 豊前国 松山城

「久しいな。大きくなった」

「父上もお元気そうでなにより」

 父と娘の会話は居並ぶ重臣達の視線の中、こうして始まった。

「宇佐の姫巫女の噂は耳にしている。
 父として嬉しい限りだ」

 父上たる大友義鎮は31歳。
 男として将として脂がのりだした時期で才気も溢れていた。

「わたくしにできる事は、死者への弔いと、陣の士気を高める事。
 傷を負った者に手当てをする事しかできませぬ。
 戦は殿方のものゆえ」

 十歳児の幼女が戦場でできる事等限られている。
 まず士気高揚の為に最前線まで顔を出した。
 実際、矢が飛んでくる所にまで出張って戦勝祈祷をしたのだ。
 生きた心地がしなかった。あの時は。
 そのかいあってか、先陣の大友軍の士気は高い。
 マスコットとして振る舞う以上の事は求められていなかったのだろうが、私はそれ以上の仕事をすでにしていた。
 今回の門司城侵攻の前に大友軍は豊前の反大友勢力を掃討している。
 宇佐衆及び宇佐八幡も大友の掃討リストに入っていたのだが、私という人質がいた事で宇佐大宮司宮成公建殿及び宇佐衆が裏切らなかった事が大きい。
 もちろん、大友が攻め込んだ時には真っ先に私が殺されるのは目に見えていたので、必死に生き残り工作を図りましたが。

 最初にやったのは宇佐近辺の村々を歩いて、村長の話を聞いた事。
 えてして、老人は子供に甘いから可愛さアピールで支持ゲットなのです。
 もちろん実利の方も忘れていない。
 彼らが語る愚痴や懇願、要請などは全て手紙で父上と爺に送っている。
 その上で、対処できる事は父上や爺が対処していたので、私に頼めば大友が対処してくれるという状況を作れば後はこっちのものだった。
 更に神力を使いて豊作祈願も忘れない。
 不作にならない祈祷の結果、実りは例年より若干多かったのも私に味方した。
 その為、祈願と称して多くの村長が宇佐八幡にやってくる。
 水争いから、作物の出来、奉行の汚職、誰某の恋話まで皆が私に話してくれる。
 それらは今回の豊前制圧時に大いに役に立っているのだった。

 豊前南部、特に山国川以南を親大友側にできたので、門司攻めの前段階として大友軍は香春岳城を攻略している。
 香春は宇佐と同じ豊前一の宮でもあったので、この戦で焼失した香春再建を宇佐衆と奈多氏の支援の下で進めています。
 なお、再建後の香春岳城及び近隣の領地を治めるのは私だったりする。
 実際は名貸しで城代を置くのだろうけど父上ならやりかねんよな。
 この後立花ギン千代を城主にする許可を出すし。
 待てよ。このままだと私という前例ができて就任という形か。
 城井谷の宇都宮氏も今の所こちら側だし。敵でも味方でもいいけど、永遠に篭ってくれと心から思っているのは内緒。
 黒田官兵衛の数少ない汚点とまでいわれる城井谷攻めなんぞ私もしたくない。

「門司城を見てきたらしいな。
 お前の目にはどう映った?」

 父上の顔に武将としての凄みが滲み出る。

「爺の受け売りですが、後詰を何とかせねば落ちませぬ。
 既に毛利の後詰は赤間関に集まり、その兵は万を越えると」

 最初は佐田隆居の意見として取り上げてもらう。
 さて、ここからが本番だ。

「問題は水軍衆にあります。
 毛利についた瀬戸内の水軍が後方で暴れると城攻めに集中できませぬ」 

 居並ぶ諸将から感嘆の声があがる。
 あくまで爺の意見という事なのだが、メッセンジャーがょぅι゛ょだとこうなるわけだ。
 その内、「ぅゎ ょぅι゛ょ っょぃ」と呼ばれるのは時間の問題だな。

「次に私の手の者から気になる報告が。
 毛利に匿われていた秋月の忘れ形見が戻っているとの事」

 手の者って言っても、遊女や白拍子をかき集めて歩き巫女として雇っただけなんだけどね。
 これの持つ情報網は以外に馬鹿にならない。
 宇佐に入った私が父上の支度金で雇ったのが彼女達だったのだ。
 雇った彼女達は宇佐八幡と大友の娘である私の名前で身分を保証させた。
 この金と身分保障は彼女達にとっておおいに魅力的だったらしく、宇佐の門前町には遊郭ができる始末。
 そこでの金は私のお小遣いになっているから私としても問題はないが……娼館の主人が幼女。なんて背徳的な。自分で言うのもなんだけど。

 閑話休題。 
 私の報告に諸将だけでなく父上も顔色を変えた。

「まことか?それは?」 

「我らの背後を突くなら当然でしょう。
 この戦、かなり厳しいかも知れませぬ」

 私が口を閉じると諸将が皆口を開く。

「背後で秋月が暴れるなら、先に筑前を何とかすべきでは?」

「門司を残すのはまずい。
 秋月攻めの背後を今度は毛利が突く事になるぞ」

「秋月だけで終わるとも思えぬ。
 原田、宗像、筑紫等筑前の国衆も時同じく蜂起しかねん」

 諸将の議論にこういう場合は口を挟まない。だから、私と父上は黙って諸将の意見に耳をかたむけていた。
 史実での門司攻防戦の敗退の理由を考えると、戦略面の失敗が大きかったと私は思っている。
 大友の今回の軍事的目的は何か?
 豊前の掌握である。
 では、豊前を押さえる政治的目的は何か?
 領土の拡大もあるがそれは二の次。
 豊前を毛利から切り離す事で、間接的に博多を掌握する事にある。
 この当時、日本有数の貿易港として栄えている博多は町衆が統治しており誰の支配も受けていない。
 だが、博多が交易で栄える以上、その流通を握ることで周囲の大名は莫大な富を得ていたのだった。
 つまり、博多から堺にぬける瀬戸内交易がその富の源泉であり、関門海峡支配が最終目標となる。
 その為には水軍が必要なのだが、豊後水軍だけでは安岐水軍だけでなく伊予因島水軍まで押さえている毛利に勝てない。
 戦う前から負けている戦だったりするのだ。実は。

「何か申したき事があるのか?」

「いえ。何もございませぬ」

 考えていたのがばれたのだろう。
 父上が私に声をかけるがここはいらぬ口を挟む場所ではない。
 既に門司よりも筑前の不安定さに皆が気を取られている。
 後は門司から兵を損なわずにどうやって筑前に転進するかそれは諸将の仕事だ。

「構わぬ。申してみよ」

 そこまで言われると何か言わないといけないだろうなぁ。
 さっきまで考えていた、『戦う前から負けている』なんて言ったら機嫌悪くするだろうし。

「されば。
 この戦、叩くべきは門司の城ではなく、後詰の毛利水軍衆かと。
 水軍衆を叩けば、門司の城への後詰はもちろん、我らが筑前を攻める時に、彼らは手を出す事はできませぬ」

 私の言葉に諸将の視線が変わる。

「毛利の水軍は我らより多いぞ。
 それをどうやって叩く?」

 父上の言葉に私は笑ってその策を告げた。

「父上。叩くのは船ではございませぬ」

 と。

   
 大友軍の門司城総攻撃が開始された。
 攻めるは大友家の方分(かたわけ 方面軍司令官)の臼杵鑑速と吉岡長増。
 その攻撃は熾烈を極めた。
 毛利側は門司城に小早川隆景を入れ、毛利水軍が大友軍の背後を突くために矢鉄砲を陸地に放ちながら大里に兵をあげた。
 それは私が待ち望んだ瞬間だった。

「兵士諸君。
 任務ご苦労
 さようなら」

 私が手を振り下ろすと、爺が兵達に命じ、かき集めた鉄砲千丁が一斉に毛利兵に襲い掛かった。
 こちらの兵は穴を掘りその中に身を隠し、船を下りた毛利兵は遮蔽物の無い海岸上で次々と屍を晒していった。
 プライベートライアンみたいになるかなと思っていたがまさかここまでとは。
 火縄銃は連発ができないから数で補い、波と砂で足を取られる毛利兵は格好の的だった。
 とはいえ、射程が短い火縄銃でつるべ打ちにできるとは思っておらず、本格的に上陸しだした毛利兵に私は防ぎ矢を当てる事にした。

「放てぇ!」

 鉄砲隊の護衛についていたのは大友の軍神戸次鑑連。立花道雪の名前の方が有名だろう。
 八百もの弓を毛利兵に向けて放ち、鉄砲隊の弾込めの時間を稼ぐ。
 次々に射られる毛利兵は組織的攻撃ができない。
 そしてまた轟音が響き、毛利兵が血を流しながら波に攫われてゆく。
 この大浜の戦は一刻もかからなかった。
 大里に上陸した毛利兵はその殆どが屍を晒し、毛利水軍も途中で諦めて去っていったからだった。
 この後方での戦に毛利側は落胆し、大友側は大いに士気をあげた。
 後詰の毛利軍を叩く事を前提に組まれた後方部隊に戸次鑑連を当てて、上陸時の毛利兵を狙うという策は図に当たり、以後、小森江・恒見でも大友軍は毛利軍を叩き潰した。
 その間も門司攻めは続けられていたが、大友軍が後方を襲う毛利軍を潰す為に本腰は入れていなかった。

 11月に入り、大友軍は門司城に対して和議を求める。
 条件は毛利軍の退去と門司城の破却。
 筑前の秋月の蠢動もあり大友もこれ以上の戦をしたくなかったという理由がある。
 既に数度に及ぶ後方遮断の失敗に毛利側の士気は落ち、尼子戦に追われている毛利もこれ以上の戦力を長門に貼り付けておくわけにはいかなかったのだった。
 この和議に毛利方も同意し、門司での戦は終わった。
 損害は大友が兵一万五千を用い、死傷者は千あまり。
 毛利は後詰を含めて兵一万八千を用い、三千近い死傷者を出していた。
 一応大友の勝利と記載されるだろうが、結局の所引き分けという所だろう。
 父上は松山城に田原親賢を置いて毛利への押さえとし、私の城となった香春岳城の城代に志賀鑑綱を指名して豊後に帰っていった。


 この戦以後、「大友の戦姫」「宇佐の姫巫女」の名前で私の名前が広がる事になる。
 それは、更なる修羅の道の始まりでもあった。
 がんばらないと。



[5109] 大友の姫巫女 第三話 内政(金策)編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/03 01:06
 戦争など統治に比べたらはるかに優しい。
 それを知る十歳児というのは他者にどのように見られていただろう?


 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 十歳にして香春岳城主と遊郭の主人をやっています。
 門司での戦が一息ついたので、本格的に領地経営です。
 香春岳近隣百五十町が私に与えられたのですが……何?町って単位?
 というわけで、爺に聞いてみると「人一人が一年間に暮す事ができる土地」と教えてくれた。
 つまり、人を百五十人雇える土地という事です。
 城の守備隊は最大百五十人という事と理解。
 もっとも、常時これだけの兵隊なんぞ雇えないし。

 しかも減税に踏み切ったし。
 落としたばかりで略奪した後の城が疲弊しているのは当然なので、年貢の免除を命令しましたとも。
 更に父上にお願いして、豊前国衆の賦役を減らしてもらいました。
「毛利が蠢く中、国人衆を寝返らせないようにするには良い待遇を与えるべきです」
 という私の説得に納得してくれたのも、門司で負けずに大友の威信に傷がついていない事が大きいです。
 極力寛容を持って統治に当たって行きたいとは思っていますが、先立つものがないのも事実で。

 宇佐八幡でお世話になっている事もあり、香春の再建は宇佐八幡の喜捨からかなりの額を出してもらっています。
 もちろん、大友の豊前侵攻において宇佐を攻撃しなかったお礼という意味も込められているのでしょうが。
 領主というのは金策に走るものだとしみじみ思い知ったのです。

 香春岳は銅が取れます。
 宇佐八幡に飾られている銅鏡はここの銅が元だとか。
 とりあえず採掘を命じました。取れたら博多に持っていって売り、費用にあてるつもりです。
 あと、香春の地は太宰府官道の宿場町でもあったので、香春岳神社の再建と同時に宿場も再建を命じました。


 遊郭つきで。


 二号店です。本店宇佐ですから。
 私の諜報機関兼資金源ですから。
 なお、三号店も出しています。別府に。
 南蛮交易華やかな府内の人間から銭を毟り取った結果、温泉つきの大遊郭ができあがりました。



 …………大悪司という単語が頭に浮かぶけど黙殺する。


  
 南蛮貿易というのは華やかなように聞こえますが、その実は奴隷貿易だったのも否定できなかったりします。
 最初、丹生島にて売られる人達を見て激しく動揺したのも事実です。
 ですが、それなしで大友が戦国大名として存在しえないと思い知ったのもまた事実でした。
 豊後国は石高換算で四十万石相当と言われていますが、それはこの交易あっての事。
 特に火薬は完全に海外からの輸入に頼っているので、売る物が無いこちら側が確実に売れる物が人間だったという事です。
 キリスト教容認というのも、南蛮人と付き合う方便で始めた事ですし。
 後にそのまま父上がのめり込むとは思いませんでしたが。
 先の門司の戦で使われた千丁の鉄砲の火薬は彼ら南蛮商人の火薬によって賄われており、一丁につき一人の割合で日本人が売られたという事実は忘れる訳にはいきません。
 それが分かるがゆえに、父上に南蛮交易における奴隷売買の制限を言い出す訳にはいきませんでした。

 こういう時に己が小娘である事を、力が無い事を思い知ります。
 別府の大遊郭は私が考えた奴隷交易阻止の回答でもあります。
 売り払うのでは無く、留めて使わせる。
 奴隷という低品位ではなく、高級娼婦としての高付加価値のサービスを。
 幸いにも前世知識で、すばらしい変態国家の性技術は知識として持っている訳で。


 結果

 初潮もまだの幼女が

 『神のお告げ』とほざいて

 年上のおねーさま方に

 21世紀日本の風俗産業を教える羽目に



 …………殺ちゃんという単語が頭に浮かぶけど黙殺する。



 門司で死体見た時にも、己が手を振り下ろして毛利兵を殺させた事も、人として何か大事なものを失った自覚はありましたとも。ええ。

 でも、今回ほど人として、元男として何かもの凄く大事な何かを失ったと自覚した事はありませんでしたとも。


 きっと、後世の歴史家は私の事を『大友の泡姫』と呼ぶのでしょうね。


 ですが、後悔はしません。
 実際、私の遊郭は大盛況で莫大な金が転がり落ちてくるわけで。
 と、同時に府内では奴隷を売るより女を買う方がもうかると思わせたわけで。
 全てがなくなったとは言えませんが、最善は尽くしたつもりです。

 稼いだ金の一部は遊郭で働く遊女の福利厚生に使い、更に海外に売られた人達の供養を宇佐八幡名義で行うようにしました。
 もちろん偽善ですがやらないよりましです。
 その結果、遊女や白拍子の人々からの絶大な支持を取り付けました。
 確実な、そして初めて持つ私の手駒です。


 その手駒をいの一番に使うのは父上という当たり、本当に色々と何かふっきれないといけないと血涙を流しているわけで。


 父上の放蕩で家が傾くのは分かっているので、せめてその傾きをこちらでコントロールしようという苦肉の策でして。
 最悪放蕩し続けてくれても、キリスト教に入信さえしなければいいから。まじで。

 あれやられると、私は確実に謀反起こすしか道が無くなるので。
 
 あ、四号店は博多の中洲に作る予定です。

 大友家滅んだらそこで太夫と称して生きてゆこう……

 何か刹那的に考えが行きますが、国づくりはまだまだ続きます。



[5109] 大友の姫巫女 第四話 内政(開発)編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/21 20:47
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 遊郭経営でお金に困らない人になりました。
 泡銭だけに消し去るつもりも無く、これで国づくりを行えます。


 まず、手始めに新田開発です。
 豊前国は瀬戸内気候に属し、雨が少ないので溜池を掘る事から始めなければいけません。
 とはいえ、河川は駅館川、山国川、今川、遠賀川支流など水源に困らないのも豊前の強みだったりします。
 これがまたえらく金がかかります。

 たとえば山国川。
 川で土地が削れているから、平野部というか台地になっている場所が多かったりとか。
 ポンプなんて便利なものは無いから、手段としては上流に堤を築いて水道を作り、溜池群に水を供給するしかありません。

 では、費用はどれぐらいかかるでしょう?
 一つの例に羽柴秀吉が行った備中高松城の水攻めを。
 戦時という事で平時以上の金米が払われたというのを理解した上で、費用を出すと銭で十三万五千四百貫、米六万三千五百石。
 米価で計算しなおすと三十万石という莫大なものになります。
 まぁ、平時という事で若干安くはなるでしょうが、豊後一国の石高が南蛮交易混みで四十万石。
 豊前も似たようなものです。
 一河川の改修工事というのはこれだけの甚大な費用が必要になるんです。

 でも、やらねばいけません。

 父上に手紙を書き、爺たる佐田隆居名義で評定衆の裁可を仰いだ上で、駅館川の改修から始めます。
 これは、駅館川上流に佐田氏の所領がある為で、開発新田は佐田氏および宇佐八幡名義つまり私の所領になる予定です。
 水源地に近い佐田氏所領では棚田を作り洪水を抑えさせ、下流地域では水車を備えて水を上げて溜池を作り新田を開発します。
 問題だったのは水車を作り運用する職人をどう見つけるかでしたが、香春岳銅山の金掘り衆を使う事で解決しました。
 彼らは水車を掘った土を運ぶ為の動力として使用していたからです。
 短期間の計画とは言え工事は三年、収穫できるのに五年はかかると踏んでいます。

 この金は博多の商人達から借り受けました。
 決め手は事業計画書です。
 これだけの規模でこれだけの開発を行い、これだけの田を作るからこれだけの収益が見込める。
 だからこれだけ貸してくれと中州の遊郭で遊女達と共に接待しつつ金を引き出したのでした。

 凄いね。

 十歳幼女巫女が、そろばん片手(中国から大金払って買った)、事業計画書片手に遊女に混じって商人を接待する図ってのは。

 何処のイメクラですか。まじで。

 軽く絶望を覚えながらも、博多の商人達が最後まで気にしていたのは安全保障。
 つまり、収穫が見込める五年後まで駅館川流域は佐田氏および宇佐八幡、要するに大友家が支配し続けているかでした。
 万一毛利家に支配者が代わったら支払いがなくなる可能性がありますから。
 収益も大きい山国川を最初の計画から外したのはこれが理由です。
 現在の大友家の豊前方面の防衛線は、松山城から香春岳城の線での迎撃を想定しています。
 ですが、豊前の最重要拠点は竜王城で、宇佐衆を味方につけた事もあり駅館川では無く山国川まで北上させています。
 何があっても大友はそこから南に下がらない。
 後は勢場ヶ原の合戦みたいに毛利が大友本国に侵攻する力と意思があるかという話になります。

 商人達は私よりはるかに逞しい。
 この情報はほぼ間違いなく毛利側に売られているでしょう。
 それが私の債務不履行になる可能性のリスクヘッジでしょうから。
 こちらもお金を借りる以上、豊前防衛計画が漏れるのは覚悟のうえです。
 で、お金が借りられたのですから、毛利は松山城から香春岳城の線を越えても山国川まで来ないというサインにもなります。
 つまり、筑前が次の戦場と断定できた瞬間でもありました。

 農作物にも手を加えました。
 大分と言ったらカボスです。
 あるのかいなと探させたらあったよ。
 しかも豊後原産っぽい木が。
 早速宇佐にも植える。香春にも植える。
 この時期、カボスは薬として扱われているからなぁ。
 木が無事に育ては薬品として収入が。
 柑橘類の栽培に手を出すならと求めたのはみかんと柚子。
 みかんは私が好きだからです。文句あるか。
 紀伊の有田ではすでに栽培が始まっているので、大金払って苗木を取り寄せます。

 柚子は柚子湯目的で。
 うちの遊郭のおねーちゃん達はみな柚子湯に入ってもらうのです。
 一種の香水代わりですが、おねーちゃんの体や髪からほのかな柑橘系の香りがするとお客様の評判も上々。
 唐辛子を手に入れて柚子胡椒にするものいいかもしれない。

 で、みかん以上に大金を持って探させているのはサツマイモ。
 この時期琉球にまできているのは分かっているから、苗を持ってこさせています。
 サツマイモならぬブゼンイモと呼ばれるかもしれない。

 遊郭という湯場経営に踏み込んでいるから湯を沸かす薪の供給も問題です。
 別府は温泉を使っているけど宇佐や香春、大遊郭となった中州などでは薪を常時必要に必要にするわけで。
 豊後の林業の消費先として活躍してもらいましょう。
 日田の杉や檜をいかだで筑後川を下がらせて、そこから分解して博多に。
 そういや下流に家具職人がいたような。
 彼らに金を出して家具に加工して博多に売り出します。
 効率よく安定的に湯を作るには、薪じゃ不安なのも事実。
 ……私の領地香春だったな。筑豊の。石炭の出る。

 金堀衆に命じて石炭を採掘。
 蒸し焼きにしてコークスに変換。

 これで我が遊郭は十年は戦える。
 うん。十年とごろか百年、千年ほど湯を出し続けそうだけど。
 気に入ったから湯場の名前は「千年湯」にしよう。何か縁起良さそうだし。

 後にたたら商人にコークスを見られて、高値で売ってくれと迫られたのは内緒。
 更に、水車動力でふいごを動かす事に気づいてなかったらしく、水車職人を持って行かれそうになったのは更に内緒。
 湯にかこつけて製鉄までまったく頭が回っていなかったのは絶対に内緒。
 なんで蒸気機関に頭が回らなかったんだろう。私。
 反射炉ってこの時期作れたかな……?

      
 さて、金に困らないと上に書いておきながら金を借りるとはどういう事かというと、遊郭の金は全て自前の兵の雇用に使った訳で。
 名目は各地の遊郭の警護という事で流れ者や浮浪人を雇いました。
 流れ者や浮浪人はそのまま夜盗になるので治安向上を兼ねて一石二鳥です。
 なお、いい働きをした者は遊郭で好きな遊女を一晩選べるという褒賞つき。
 こうして、私の兵隊「御社衆」という呼び名の部隊が誕生しました。
 兵数は各遊郭にそれぞれ配置した合計で三百人ほど。その殆どは博多と別府の大遊郭に配置しています。
 目的も用途も遊郭がらみで「姫のお遊び」と見事なまでに馬鹿にされる御社衆ですが、何時でも何処でも戦に投入できる集団であるという事にはまだだれも気づいていません。

 あと、私の身の回りの世話と護衛を兼ねて薙刀持ちの歩き巫女を組織して「姫巫女衆」を作りました。

 ああ、薙刀持ちの巫女に護衛される私。夢のよう。

 戦闘力は期待しないけど、情報収集はお手の物だし。
 まぁ、そんなこんなで一城城主として持った兵隊は五百人程度です。
  

 ローマは一日にして成らずとはよく言ったもの。
 けど、毛利との決戦は日々迫っている訳で。
 少しずつ、けど間違いなく次の戦は迫っていました。



[5109] 大友の姫巫女 第五話 歪んだ父母娘のふれあい
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/05 10:13
 私という存在が世界のイレギュラーならば、この奇跡もあっていいよね?


永禄五年(1562年)九月 豊前国 宇佐八幡宮

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 こうやって最初の出だしを固定すると後が楽でいいです。
 いずれは某常春の国みたいな国を作れればと。
 ……ダイヤじゃないけど、うちの領地黒ダイヤ(石炭)と白ダイヤ(石灰石)出るし。

「ぁぁ、柿美味しい」

 ……この後ろで柿食べてる幽霊もどきの神様どうにかならないでしょうか?まじで。
 今年もめでたく豊作で、香春からも年貢が入ったとの事。
 結果、信仰心があがりこうして姿が現れたと。母上様。
 腹立たしい事に、神様らしい巫女装束をつけていながらぼん!ぎゅ!ぼん!で卑猥極まりませんよ。
 十一歳児のつるぺったんには目の毒ですよ。ええ。
 ああ、嫉妬で神が殺せたら……

「大丈夫。
 私の子だからあっというまにロリ巨乳に」

 まてやこら。
 巨乳はいいが何だそのロリは。

「だってもうすぐ婿取りの時期でしょ。
 で、あっという間にロリ妊婦になるし」

 否定できませんが。ええ。
 それがいやだから、こうして巫女やってんでしょーが!
 眼前につつつと現れてとても清々しい顔でにっこり。

「嘘でしょ。
 だって夜中、体が疼く……」

 わー!わー!わー! 

 体は子供でも心は大人なんだから仕方ないんです!

「ぁぁ、栗美味しい」

 私の釈明など聞いちゃいないらしく、白々しくまたお供え物つまみ食いしやがって。
 一応別人格というか別神格なので個々に行動はとれるけど、現状の信仰心では宇佐八幡から出るのは難しいらしい。
 しかし、それならどうやって私作ったんだ?

「決まっているじゃない。
 貴方を作るので力使い果たしたのよ」

 説明ありがとう。母様。
 これで他の人には見えないから話していると電波だよなぁ。私。
 神の子で巫女という設定無かったら、「病院が来い!」とほざいて黄色い救急車呼びつけられていますよ。 
 母様。いいかな?

「何?」

 何で父様だったの?
 梨をくわえていた母上はうーんと考えて一言。

「最初は、ここを焼く男だから祟り殺そうとしたのよ。
 けど、そんな力既に失っていたしね。
 で、それを止める為に貴方を生んだ」

 そっか……
 とりあえず、目的は果たしている訳だ。
 親孝行の為にもキリスト教対策はなんとかしないと。
 けど、父上の闇が大きすぎるのが問題なんだよなぁ。
 父上の父に当たる大友義鑑と弟塩市丸を二階崩れで自ら手を下さなかったとは言えその死を見殺しにし、同じ弟で大内家の養子となった大内義長も見殺しにしている。
 更に、叔父の菊池義武の反乱、股肱の臣だった一萬田鑑相・小原鑑元の謀反と王の孤独をたっぷり味わっているのだから。
 神に救いを求めたのを何故咎められるだろう?

「救いを求めるのに手を差し出すのも神のつとめ。
 救ってやりな。
 私も手伝うからさ。
 あの褥の気持ち良さは忘れられなくてさぁ……」


 前言撤回。
 駄目だこの色ボケ神。はやく何とかしないと。


数日後 府内 大友館

「お前を嫁にと言ってきた者がいる」

 いきなり呼び出されて、茶室での父上の一言に茶を噴き出す私。

「ど、何処の馬鹿ですか!?
 私を嫁にとほざいた酔狂者は!」

 私が茶を吹いたのを見て笑っていた父上はその相手の名前を笑わずに告げた。

「毛利元就の四男、少輔四郎殿だ」

 …………誰?それ?
 毛利って三本の矢のモデルの吉川・小早川のイメージが強いからそれ以外の人のイメージが中々湧かなかったり。
 とはいえ、あっこは両川がいる以上、戦で馬鹿をするとも思えないしなぁ。
 可もなく不可もなくという評価をしておこう。

「知っていると思うが、朝廷と幕府を通じて現在毛利との和議を画策している。
 お前の嫁入りは、向こうからの強い要望でな。
 婿養子でも構わぬと言ってきた」

 やっぱりきたか。あの謀略の鬼。
 色々やっているの隠してなかったけど、迷う事無く私に諜略を仕掛けてくるとは。
 つーか、宇佐、もしくは香春岳のどちらかに毛利一門の人間が入るって絶対死亡フラグですから。

「で、それをお受けになると?」

 『そこまでボケてねーだろうな?父上』という言葉を視線で訴えかけるが、まだ父上の顔は戦国大名の顔だった。

「自惚れるな!小娘。
 わしが毛利狐の見え透いた手に引っかかると思うたか。
 だが、お前の婿については考えている事は覚えておけ。
 ……どうした、その目は?」

 睨んできたので、素直に今、思っている事を口にした。

「いえ、父上はいいなぁと。
 養母上ふくめて何人もの妾と遊べるのですから」

 その言葉の意味を察した父上が今度は茶を噴き出す番だった。

「なななななな……なにをいっている!」

 まさか初潮もまだな小娘から、男遊びしたいと聞かされるとは思ってなかっただうからそれは当然だわな。

「仕方ないじゃないですか!
 誰の子供と思っているんですか!」

 そう言われるとまったく言い返せない父上だったりする。
 母親あれだし。
 いや、前世でハーレム願望あったんで。
 男はべらせてとかちょっとネオロマンス風ぽくっていいかなぁと。
 凄いね。立派なビッチフラグばりばり立ってるよ。

「お前が男だったなぁ……」

 いつの間にか親の顔に戻っている父上。
 露骨に夜遊びしたいと言い出した娘を持つ親の顔だったりする。

「一緒に別府の遊郭に繰り出していたと。
 お願いですから、せめてお忍びで来られてください。
 養母上の小言受けるの私なのですよ」

 けど私の伝えた技術で養母上が艶々なのは内緒だ。

「ま、まぁその話はおいといてだ」

 あ、逃げた。

「はい。
 先に手紙にて伝えましたが、次の遊郭を立てるので一応話をと」

 私の方は今回これが目的だったりするが、さっきの話をひきずっている父上は助平親父のままだったりする。

「ほう。
 それは一度行かねばならぬな。
 何処に作るのだ?」

「筑後国、原鶴」

 その一言で戦国大名の顔に戻る父上。やっぱりまだボケてはないらしい。

「秋月か」

 場所で正確に私の意図を見抜いてみせる。

「はい。
 門司の戦で毛利の威信は落ちましたが、元来秋月・筑紫・宗像は我らに従うとは思いませぬ。
 必ず叛く事になるだろうと。
 その前に各個に潰します」

 秋月を選んだのは兵を出す時に香春岳からと日田からの両方から出せる事と、秋月の当主がまだ幼い事だった。

「手は?」

「最初に原鶴に遊郭建設と称して兵を集めます。
 次に隠れている秋月の忘れ形見が見つかったと触れを出して、秋月残党をおびき出します。
 後はそれを父上が潰していただければと」

「兵は?」

「一万もあれば。
 高橋鑑種殿に命じて、臼杵、立花の同門衆に筑紫・宗像の監視をさせて頂ければ。
 秋月の所領、完全に押さえて見せましょう」

 戦国武将から父親の顔になって父上は寂しそうに告げた。

「お主が男ならわしは隠居できるのだがな……
 戸次鑑連、吉弘鑑理を連れてゆけ。
 秋月領の処遇は全てまかせる」

 その親の嘆きに何も返す言葉も無く、ただ静かに私は父上に頭を下げたのだった。



[5109] 大友の姫巫女 第六話 秋月騒乱 前夜
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/05 22:05
永禄五年(1562年)十月 筑前国 原鶴

 原鶴の由来は、その野原に湯治の為に鶴が来たからで、筑後川の中州にその湯はある。
 湯が湧き出る筑後川の中州全てを堤防で囲い、中に遊郭を作るという工事だが、その堤防に見張り櫓や柵が作られているあたりどうみても城にしか見えない。
 実際、この工事を行っているのは大友に属する地侍や農民だった。

「何でこんな所に城を作るのだ?」

 土を運びながら農民がぼやく。

「城じゃねえ。遊郭だそうな。
 ここで遊女や白拍子と遊ぶ事ができるのだと。
 博多や別府の遊郭はそりゃ華やかなものと聞いとるし」

 事情を聞かされているらしい侍がその土を持って堤防を築いてゆく。

「そりゃ、楽しそうだ。
 かかあにばれねぇように通わんとな」

「ははは……」

 通った事があるらしい豊後からきた侍が手ぬぐいで汗と泥をふき取って話を続けた。

「けど、こいつがあると戦が楽になるぞ」

「女の世話は困らんが」

 聞いていた別の農夫が茶々を入れるが侍は話続ける。

「いや、それもあるがこの遊郭では傷の手当てをしてくれるしな」

 その言葉に皆がその侍の方を見つめる。

「本当か?それは」

「ああ、実際門司の戦で傷を受けたが別府の遊郭で手当てしてくれた。
 傷を沸かした熱い湯を冷ました水で綺麗にしてヨモギ汁を塗るのだが、おかげでほら」

 と男は塞がった傷口を見せる。

「凄いな。こりゃ」

「ああ、安心して戦働きができるってもんよ。
 足腰痛めたもんは一月ばかり湯につかっているとぴたりと治る。
 宇佐の姫巫女様の霊験あらたかな加護のおかげよ」

 その名前を聞いて手を合わせる聴衆達。

「姫巫女?
 なんでもまだ童と聞いたが?」

 聞いてきたのは地侍。かなり真剣らしく顔がまじめになる。

「ああ、だが門司の戦では陣の一番前に立ち、毛利の水軍を叩き潰した八幡神の化身だそうだ。
 民に優しく、姫の加護か姫が祈祷する土地は不作知らずという大友の守護者。
 大友が九州を治めるために天が使わした天女だそうな」

 その当人が聞いたから悶絶するだろうし、その母親が聞いたらやはり悶絶するだろう話をしていたら何だか騒がしい。

「何事じゃ?騒々しい」

 見ると、一頭の馬がここに駆けて来ている。

「ここの大将にお取次ぎ願いたい!
 秋月の忘れ形見が見つかった!
 すぐに府内に知らせて討たねば!」

 その報告が大声で伝えられると急に騒がしくなるが、気づいてみると先ほど宇佐の姫巫女の事を聞いていた地侍がいつの間にか消えていた。
 だからその地侍は知らない。
 姫巫女の事を語っていた侍と、駆けて来た侍がその姫巫女の侍「御社衆」だという事を。


 その三日後、日田で待機していた豊後からの大友軍八千が到着。
 総大将は戸次鑑連。副将は吉弘鑑理。
 原鶴で遊郭を作っていた地侍を足して一万の兵力になる。
 同日、秋月領古処山城下で秋月種実を大将に秋月旧臣三千が蜂起。
 千家宗元と原田貞種に手勢千ずつ与えて古処山城を攻撃するが、大友軍は山頂に作られた天然の要塞であるこの城に篭る事を選ぶ。
 蜂起を事前に知らされていた事もあり、大友の守将はよく守り秋月勢は古処山城奪取に失敗する。
 その後、秋月軍は毛利と連携する為に北上し、香春岳城攻撃を目指す。
 だが、その手前彦山川に布陣していたのは佐田隆居・田原親賢・城井鎮房率いる五千の大友軍だった。
 その本陣の奥に見なれない「鳥居に杏葉」の旗。
 珠姫率いる宇佐御社衆五百である。 



[5109] 大友の姫巫女 第七話 秋月騒乱 彦山川合戦 前編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/12/24 12:06
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 今回は戦場ですが、様式美って大事ですよね。
 さて、合戦ですが私はお飾りの大将扱いです。
 十一歳の幼女が戦場で何ができるかといえば、髪をツインテールにしてネギを振るぐらいなのですよ。
 おまえら、たっまたまにしてやんよ。私の手勢が。

 さて、今回の戦の解説を。
 ポイントは秋月を毛利と連携させない、つまり秋月を筑豊に閉じ込める事でした。
 また都合がいい事に、秋月の本拠たる古処山城は筑豊の奥にあるから、香春岳城と鷹取城を塞いでしまえば後は袋の鼠です。
 裏口の朝倉街道は戸次と吉弘の大友本軍に抑えさせます。
 こちらに逃れると筑紫氏と連携されかねなかったからです。
 門司の戦が効いているのか、思った以上に秋月の兵が少ないのは嬉しい誤算です。
 元々はこの兵は香春岳城と鷹取城に詰める予定の兵でしたから。

 なお、どうでもいい話ですが鷹取城城主は毛利鎮実殿。
 ……いや、誰?って毛利一族!?
 念のため、香春の遊郭で接待してみたら同姓らしい。紛らわしい。

 守る古処山城には吉弘鎮理を配置。高橋紹運の名前の方が有名な人である。
 この人に山城篭らせて落とされるとは思えないから、後は篭らせたまま朝倉街道から上ってくる大友本軍にふるぼっこというのが当初の計画でした。
 けど、戦は水物で何が起こるか分からないもので、さすが耳川後に筑前・豊前を切り取って大名にのし上がった秋月種実。
 即座に蜂起失敗と見抜いて毛利と提携できる門司まで逃げようとしたのは見事な判断です。


 だが、甘い。


 目的地が最初から分かっていれば、罠の張りようはいくらでもある訳で。
 筑豊から門司に逃げる為には二つのルートがあります。
 21世紀の駅名で言うなら、折尾―黒崎―小倉―門司の筑豊本線ルートと、田川―行橋―下曽根―門司の平成筑豊鉄道+日豊本線ルートの二つです。
 で、筑豊本線ルートの蓋が鷹取城で、日豊本線ルートの蓋が私の城である香春岳城です。

 この二つの内、私は秋月種実が香春岳城に来る事は確信していました。
 理由は簡単で、毛利の支援を受けるためには毛利水軍が出張らねばなりませんが、その主力は瀬戸内海です。
 筑豊本線ルートだと玄界灘に出てしまい、毛利水軍の支援が遅れてしまうのは自明の理。
 背後から戸次鑑連率いる万の軍勢に追われているのに、そんな時間的余裕なんぞあるわけが無い。
 ただでさえ彼らは策が敗れた敗軍であると自覚しているのだから。

「「「「「…………………」」」」」

 と、解説してみせた所、本陣の武将全員黙り込んじゃいましたよ。
 あれ?何かまずった?

「末恐ろしい姫様ですな……」

 呆然と呟いたのが今回勝手についてきた城井鎮房殿。
 宇都宮家と呼ぶ所もあるけど、信長の野望表記で呼ばせてもらおう。
 とはいえこの人も豊前は名の通った勇将だったりするから今回の参戦はありがたかったりする。

 皆、勘違いするけど、この時代の九州なんて大名本人が命令して動員できる兵力というのは本国ぐらいしかなかったりする。
 大名が国内豪族の連合体のお神輿であり、それをいかにまとめあけで兵を生み出すかはその大名の質にかかっているといっても過言ではない。
 万の兵を毎年出兵させる動員体制を作っている父上は決して無能ではないのだ。

 とはいえ、毎年兵を出せば領国は衰退し、国衆の不満は爆発する。
 当初の計画では香春岳城に詰める兵だけを想定していたので、私の御社衆三百と宇佐衆の一部二千で香春岳城に向かうつもりだったのだ。

 だが、生き馬の目を抜く戦国の世で、戦に向かう兵をただで通すわけもなく。
 こちらの威信が低い、またはこの戦負けると国衆が思ったら落ち武者狩りに化け、威信が高く勝ちそうなら勝手働きとして参陣してくるわけだ。
 もちろん、勝手にやってきたとはいえ味方である以上は飯を食べさせないといけないし、戦後の褒賞も用意しないといけない。
 良し悪しでもある。
 とはいえ、彼が連れてきた豊前国衆二千の兵はこちらの想定以上で、だからこそ計画を変更して秋月と合戦を行う腹を固めたのだけど。

「まさに。
 鎮西の巴御前となられるお方でしょう。
 大友の将来は明るいですな」

 追随したのが田原親賢殿。松山城城主として対毛利の最前線を任されている父上の信頼厚い将だが、武よりも知略を用いる。
 相手が毛利、確実に出張るのが小早川隆景だから当然かもしれない。
 戦より、オセロのごとく寝返る豊前・筑前国衆が相手なのだから。
 私の手が武で無く知略である事に気づいているから、その衝撃は城井鎮房殿以上だったりする。

「姫様……
 ご立派になられましたな……」

 あちゃー。
 爺、感極まって泣いてるよ。
 もう扱いが、孫の授業参観に行って孫が答えているのを見る爺ちゃんのポジションだよ。
 ハヤテちん(佐田鎮綱 私の執事)。何とかしてくれと目で訴えても首を横に振りやがる。
 ええい。優秀だぞ。ハヤテちん。
 ちゃんと出来ない事はできないって言える洞察力と勇気はまさに執事。
 キースじゃなくって本当に良かった。

「…………」

 そんなカオス空間を春香岳城城代の志賀鑑綱は黙って見ていたのだがあんたも見てないで助けろよ。
 小原鑑元の反乱鎮圧など功績厚い良将だけに、低い声で一言。

「秋月勢、動きましたぞ。
 魚鱗の陣」

 すぐに戦国武将の顔になる私以外の全員。

「馬引けぃ!
 敵に対して鶴翼の陣を取るぞ!」

「城井殿。中央はお任せしますぞ。
 姫様をどうかお守りくだされ」

「佐田殿。お任せくだされ。
 我が艾蓬の射法で姫様に近づく者を射倒して見せましょうぞ!」

「では、左翼の陣に戻ります。
 くれぐれも軽挙無き様に」 

「姫様。
 くれぐれもここを動かれぬように。
 御社衆・姫巫女衆全てが貴方の盾となり剣となりましょう」

 こうして、彦山川合戦は秋月勢の渡河という形で始まる。
 私はそれを本陣からただ静かに眺めているのだった。



「まだ策は残っているしね……」



「姫様、何か言いましたか?」

 佐田鎮綱の質問に私はただにぱーと笑うことで答えたのだった。



[5109] 大友の姫巫女 第八話 秋月騒乱 彦山川合戦 中編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2010/11/21 09:02
彦山川合戦

         彦山川     
          ■        凸香春岳城
         A■③    
         B■②   ①   □香春城下町
          ■■
          C■④
           ■■
            ■

秋月軍          三千    
A原田貞種(原田家    五百)            
B秋月種実(秋月総大将 千五百)
C千手宗元(秋月家臣    千)

大友軍          五千 
①大友珠 (私 御社衆  五百)
②城井鎮房(城井谷衆他 千五百)
③佐田隆居(宇佐衆    二千)
④田原親賢(松山城城兵   千)


 合戦の開始は、渡河をはじめた秋月軍中央に対して、城井勢が一斉に矢を放つ所から始まった。

「進めぇ!
 後ろから大友の大軍が来る以上、ここで死ぬも後で死ぬも同じぞ!
 死んで名を惜しめぃ!」

 同じく秋月軍左翼の原田貞種が渡河して、爺に猛攻撃をかける。
 彼は香春岳城の元城主原田義種の弟に当たり、大友が香春岳城を落とした時は毛利軍に従軍していて助かったという経歴を持つ。
 だから、彼と彼の一党の大友にかける怨念はすさまじいものがある。
 たまたまだけど一番兵の厚い爺に当たらせて正解だった。

「けど、何で猫を咬みかねない鼠なのに戦をしかけたのですか?」

 佐田鎮綱の問いに、私は本陣の後ろを振り向いて答えた。

「乱取り(略奪)なんてされたら、せっかく復興させた香春の町がまた灰になるじゃない」

「優しいお方だ。
 だからでしょうな。
 城代を務めて、民の声は姫様を慕っておりますぞ」

 志賀鑑綱が私の事を褒める。
 本陣にいる私の兵は本陣の総予備という位置づけだが、その実情は流れ者とかの使えない兵を纏めているだけだったりする。
 一応、香春岳城につめていた志賀鑑綱率いる百五十人はまともな兵だが、別府と宇佐・香春の遊郭につめていた流れ者二百人を戦に使えというのが無理である。
 途中で十数人ほど逃げ出しているし。
 再度募集をかけて、姫巫女衆五十人まで入れての張子の虎の本陣だったりする。

 で、その役立たずは佐田鎮綱に見張らせていたりする。
 こういう時、女の方が落ち着いているというのはどーよ。
 まぁ、野党や戦に巻き込まれかねないのが歩き巫女という職業だから、ある程度の腕に自信はないとやってられんわな。
 体を鍛えているからだろう。みんなスタイルいいし。

 で、こちらの左翼の田原殿はと……
 うわ。やる気がねーな。相手側は。
 矢戦すら行ってないわ。
 田原殿は松山城に詰めていたから、こちらの奥の手に感づいているな。
 そろそろ、秋月方も気づいているだろう。

「姫様……もしかして……」

 佐田鎮綱が恐る恐る口に出し、志賀鑑綱なんて化け物を見るかのような目でこっちを見ている。照れるな。

「うん。
 千手宗元を内通させた」

 これが私の奥の手だったりする。
 何の為に香春に遊郭を立てたと思っている。
 かき集めた金を、全部旧秋月家臣買収に使いましたよ。
 毛利の威信落ちた今、金を握らせ、女を抱かせて秋月家臣団を切り崩したのだった。
 これをしていなかったら、最初の秋月蜂起は五千から六千にまで膨れ上がっていただろう。

「動いた」

 志賀鑑綱の一言より先に、千手宗元の陣から秋月種実の陣に向かって矢が飛ぶのが見えた。
 横から、しかも味方と思っていた千手宗元の攻撃に、敗軍の秋月種実の兵の士気は耐え切れずに混乱する。

「勝ったわね。
 田原殿にお願いを。
 爺の軍勢が手間取っているから後詰をお願いしたいと」

 伝令ではなくお願いなのは、私が明確な総大将ではないからである。
 こんなロリ幼女に軍が動かされたら戦の前に崩壊するのが分かっている。
 おかげで、同権の武将三人が個々に戦うという凄く恐ろしい体験をする事に。

「まずいな。
 城井殿の兵が中央を深い追いしすぎている」

 志賀鑑綱はその動きを見逃さなかったし、やはり原田貞種も見逃さなかった。
 攻撃正面を爺から城井勢に変え、横合いの一撃で混乱する城井勢と宇佐衆の間を抜けて一気に本陣に突っ込んでくる。
 互いが同権であるがゆえ連携に齟齬が出た隙を突く見事な采配である。
 すり抜けた原田勢その数二百あまり。

「防ぐぞ!
 姫様。ここを動かれぬように。
 鎮綱。いざとなったらお前が姫様を連れて逃げろ!」

 志賀鑑綱が手勢三百を引き連れて原田貞種を防ぐ。
 潰す必要は無い。私が安全な所に逃げるか、田原勢がこちらに戻る時間を作れるのならば。
 とはいえ、それを信じるほど戦国は都合よくは無い。

「鎮綱。
 ちょっとやってほしい事があるの」

 槍働きができないなら、別の事で戦わないとね。



[5109] 大友の姫巫女 第九話 秋月騒乱 彦山川合戦 後編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2010/11/21 09:02
彦山川合戦 終盤

         彦山川     
          ■        凸香春岳城
          ■ ③    
         B② A⑤ ①   □香春城下町
         ⑥■■④
           ■
           ■■
            ■

秋月軍           千以下    
A原田貞種(原田家    二百)
B秋月種実(秋月総大将  数百)

大友軍          五千以上 
①大友珠 (私 御社衆  二百)
②城井鎮房(城井谷衆他 千三百)
③佐田隆居(宇佐衆   千数百)
④田原親賢(松山城城兵   千)
⑤志賀鑑綱(御社衆    三百)
⑥千手宗元(元秋月家臣   千)

 
 死兵ほどたちの悪いものは無い。
 大将原田貞種の為、目の前の大友本陣を蹂躙する為、毛利家で冷や飯を食っていた将兵が一人、また一人と佐田・田原の軍勢に突っ込んで時間を稼ぐ。
 それを正面から押さえる志賀鑑綱はがっちりと勢いを防いだように見えた。

「甘いわ!!」

 ここで、御社衆の張子の虎が露呈する。
 支えた一部の場所が流れ者や浮浪人ばかりだったので、原田貞種の気迫に脅えて逃げ出したのだ。
 隊列が乱れる御社衆。
 その齟齬を一気に原田貞種は突いて突破する。
 大友の象徴である杏葉紋がつけられた陣幕まであと少し。
 それを遮るものはもう何も無い。
 原田貞種は血まみれで馬を駆ける。
 付き従う兵は数人にまで減っていた。

「我が一族の恨み!
 今こそ晴らしてっ!!!」

 陣幕を引きちぎった瞬間、馬が急に沈み原田貞種は地面に叩きつけられた。
 陣幕真下に張られた縄に馬が足を取られたのだった。

「おめでとう。原田貞種。
 私の策を全て食いちぎったのは貴方が始めてよ」

 幼子の声がする方を向くと、床机に座っている髪を二つに分けた巫女がいた。
 何故に子供がという疑念は、その隙をついた佐田鎮綱の刀が突き刺さる事で破られた。
 大将が討ち取られた事で、付き従った数人の兵の気力も折れ、薙刀を持った巫女達の三人で一人に当たる攻撃で囲まれたあげく皆その場で討ち取られる。

「くっ……
 ふははははは……
 貴様が、大友の雌狐か」

 口から血を吐き出しながら、死にゆく男は私への呪詛を止めようとしない。

「毛利狐と同属なんていやだわ」

 わたしがしらじらしく言葉を紡ぐと、原田貞種は血と息が漏れるのを構わず大笑する。

「ははははは……
 貴様の事は元就様から聞いているぞ。
 お前は修羅の道を進んでいる愚か者だと……」

 それ以上の口を聞きたくない佐田鎮綱が首をはねようとするのを私は手で制する。

「先に地獄に行って待っていてやる。
 これから先、末代まで大友の家を呪ってやる。
 呪って……」

 その呪詛が原田貞種最後の言葉となった。
 それを受け止めて、私はこの戦の幕を下ろす言葉を口にする。

「鎮綱。
 首をはねなさい!
 この戦!我らの勝利よ!!」

 首をはねた鎮綱が近づいて私に囁く。

「とりあえず、お召し物を換えませんと。
 汚れていますゆえ」

 それでやっと気づいたのだった。


 原田貞種の突入に体はがたがた振るえ、涙目でお漏らしまでしていたという事に。


 見ると、秋月種実の兵が混乱から壊走に移っていた。
 門司の時は大量の鉄砲と戸次鑑連に任せてしまえばいいと人事だった。
 今回、おそらく私は初めて命をかけた戦をしたのだろう。
 あとで「初陣とはそのようなものです」と爺と城井殿双方から笑われたけど。

 
彦山川合戦
動員 秋月三千 大友五千
損害 秋月二千 大友五百 (内訳 死亡・負傷・逃亡を含む) 

討死 秋月 原田貞種 大友 なし

 結局、秋月種実は逃げることができなかった。
 筑豊で大規模に行われた落ち武者狩りに一人、また一人とその数を減らした後、降伏したのだった。
 この状況に筑紫氏と宗像氏は背後で睨む臼杵・立花・高橋勢の為に動く事ができず、秋月を見殺しにする形となった。
 毛利は秋月蜂起に救援を出そうと動いたが、主力は全て尼子攻め、水軍衆はまだ前年度の門司の損害から立ち直っておらず、門司に続いて秋月滅亡によって北部九州における権威は大幅に失墜する事になる。



[5109] 大友の姫巫女 第十話 秋月騒乱 あとしまつ
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/06 16:33
数日後 古処山城

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 今回は戦に勝ったので、戦後処理です。
 その為に古処山城まで出向いて、今回の秋月討伐の論功をする事に。
 秋月の一件は私に任せられている事は父上から言質を頂いていますが、豊後から兵を率いた加判衆でもある戸次鑑連殿、吉弘鑑理殿の二人にも挨拶をするつもりです。
 結果、毛利対策で松山城に戻った田原親賢殿以外の将兵が全て古処山城に集まる事に。
 そして、戦勝でこちらに擦り寄ってきた国人衆や博多商人がやってきて市が立ち、さながら馬揃えみたいな華やかさに。

「勝どきをあげよ!」

「うぉー!」
「うぉー!」
「うぉー!」 

 万の兵があげる勝どきというのはこうも凄い物かと実感。
 とはいえ、その声を中央で聞く羽目になろうとは。
 広間の中央に私、その左右に戸次・吉弘の加判衆が座り、佐田隆居と鎮綱父子・吉弘鎮理・志賀鑑綱・城井鎮房の五将に他の将が続いています。
 で、この功績がちょっと揉めました。

 志賀鑑綱の加増は確定なんだけど、彼は豊後南方の守りを固める南志賀氏の当主だから長く領地を空けたくは無いのは分かっているし。
 あくまで功績は佐田隆居・田原親賢・城井鎮房の三将に回す予定だったのですが。

「この度の戦は全て姫様の戦でございます」

 と、そろいも揃って三将とも辞退しやがって……
 新領土は統治が難しいし、しくじった責任でお家取り潰しもあります。
 三将の内、佐田と城井は大領持ちだから戦で荒れ、毛利正面ゆえ更に荒れかねないこの領地は欲しくないのでしょう。
 田原親賢は父上の寵臣で、領土経営より府内にて父上の側で使えたいと言うしなぁ。
 父上に報告すべき直接の功績は加増などの知行UPが期待できるのですが、このままでは秋月領の大部分を私が押さえる羽目に。
 領土拡大は嬉しいが、それは統治を伴うから現領地の香春に筑豊・秋月と入れる十五万石近い領土の統治など不可能に近い。
 寝返った千家宗元をはじめとする秋月旧臣の所領を安堵しても、1/3の土地が浮く計算に。
 三将にまとめて領土を渡す腹だったのだがその目算が狂いました。
 戸次殿にまとめて投げる事も考えたが、それは国替えになり箍が外れかかっている父上を野放しにしかねないから却下。
 同じ理由で爺に丸投げも却下。
 宇佐衆の筆頭たる佐田隆居が国替えになった情況で、私一人で宇佐を円滑に運営できるとは思えないし。
 駅館川開発も始まったし。
 城井殿丸投げは別の理由で却下。
 大領を得た彼が寝返ったら北九州の防衛体制が崩壊する事になり、城井氏国替えは後の黒田氏による城井討伐と同じになる。
 彼と爺には金銭で報奨と、あと茶器でも買って渡そう。

 田原殿には意地でも領地を受け取ってもらう。
 毛利最前線に立つ以上、抱える兵は多い方がいいからだ。
 あ、田原親賢は元々分家(養母の奈多氏の一族)の人間で功績が無いからと妬みを買っていたりする。
 千家宗元内応は彼の功績にしておこう。
 府内での彼の圧力はこれで少しは減るだろうし。
 ああ、田原氏で思い出した。
 田原本家は大友の分家筋だけど、元々大友に反抗的なんだよな。
 古処山城に移して旧領を父上直轄にするか。田原本家領に奈多八幡もあるしね。
 筑豊・秋月で五万石。田原本家領のほぼ倍。
 断れば叛意ありで断罪できる。加判衆の二人も賛同してくれたので父上に話を通しておこう。

 さて、残りは香春岳城か。
 城代探さないといけないけど、仕方ないので古処山城で活躍した吉弘鎮理を城代に。
 領地もつけるから兵を養って……いや、気合入れて頭下げないで。怖いから。
 父親の吉弘鑑理は泣いて喜んでるし、父と一緒に従軍していた吉弘鎮理の兄鎮信まで感謝で私に頭を下げるし。
 武士にとって一城の主というのはこういうものかと上の空で思ったり。


 さて、功績が終われば今度は処罰の方。
 縄に縛られたまま秋月種実が連れて来られる。
 あ、中々の青年武将だな。秋月種実。

「殺せ」

 話す余地無しですか。
 殺せるなら殺したいが、秋月旧臣をこれ以上刺激したくないのも事実。
 生かすか。

「こんな毛も生えてない女に生かされるほど、俺の命は安くないわ!
 首をはねろ!」

 ぷ っ ち ん !

「ふふ……言うてはならん事を言うたな。そなた」

 舐めちゃいけない。
 私の血の半分は神様だ。これぐらいの祟り神のまね程度ならできる。
 何だか諸将が生暖かく私から遠ざかっている気がするが黙殺する。
 一応気にしているのだ。胸と毛は。
 ちゃんと、毎日寝る前に揉むし、鏡で生えてないかと確認するのが日課の私の地雷を踏んだな。貴様。

「そなたには死すら生ぬるい!
 男に生まれた事を後悔させてくれるわ!」

 姫巫女衆の一人を呼び、秋月種実の縄を手渡す。

「こいつを府内の父上の所に連れてゆけ。
 道中、好 き な だ け 食 べ て も 構わん!」

 キラーンと目が輝く巫女と、意味が分かっていない諸将と秋月種実。
 その意味が分かるのは数日後。
 護送中、寝ている時以外は常に巫女や遊女が彼の上で腰をふる状況で顔は痩せこけ、府内に着いた時には女を見るだけで悲鳴をあげるようになったとか。
 なお、まぐわった女達に孕んで娘が生まれるなら私が名付け親になると宣言している。
 当然律子と名付ける予定だ。
 きっと優秀な事務……お姫様になるだろうから。
  
 
 次はお伺いにやってきた諸将や博多商人との面会。

「これはこれは姫様。
 本日はお味方勝利のおめでたい日に、祝い物をと」

 箱に収められた品々に諸将の視線が羨望に変わる。
 出されたのは茶器の品々。
 茶入、茶壷、茶釜、茶碗、花入、茶杓、茶筅、香炉、水指。綺麗に全部揃っているあたり博多商人の心意気を感じたり。

「姫様はお父上に茶を師事なさっておられるとか。
 姫様の茶の道に我ら博多町衆手助けがしたいと思い、こうして持ってきた次第。
 どうかお納めくださいませ」

 筑紫肩衝の茶入、志賀の茶壷、芦屋釜の茶釜とか、ちゃんと父上に恥をかかせず、かといって私が恥をかかない品々を揃えてきてる。

「いつか、この品々を使って茶会をしましょう。
 近く秋月から香春の街道整備を考えているのでその時はよしなに」

 お礼の利権の言質を与える事も忘れない。
 なお、これを持って父上に会いに行った時、さわやかに茶器を奪おうとしたのは後の話。
 父上、キリスト教だけでなく茶の湯にまで救いを求めていたのですね……  



[5109] 大友の姫巫女 第十一話 おめでとう ょぅι゛ょはレベルアップした
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/06 16:33
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 領土も増えて、統治に手間取っています。
 毛利が尼子を滅ぼす前になんとしても豊前・筑前を掌握しないと……

「おめでとう。むすめよ。
 神力があっぷしたわ」

 あーそーでですか。母上。
 どうせ社から出られないのですから、そのへんで寝転がってくださいませ。

「ふふふ。甘い。
 貴方のお陰で信仰心が増して、出られるようになったのよ!
 ……何?その露骨に厄介事が増えたという顔は」

 領地が増えて、各所からの祈祷依頼が一杯で死ぬほど忙しいのです!
 母上の世話まで手が回りません!

「なーんだ。
 簡単簡単。
 私が祈祷に行くから。神様だし」

 本当ですか!母上!
 私からの信仰心も捧げますから是非手伝ってください!

「出歩いた先で男を食べるのも楽しいのよね」

 駄目だ。こいつ。はやくなんとかしないと…… 
 
「そうそう。
 私の神力あっぷで娘もあらたな能力に目覚めているはずだから」

 何?そのジャンプ主人公的な能力開眼。
 この場では嬉しいけど。
 戦闘力UPとかで珠姫無双ですね。わかります。

「意思で妊娠するしないを選択できるようになりました!
 これで何時でも誰とでもやっても妊娠しないし、意中の人としている時に確実に孕むという凄い神力です!」

 誰か火縄銃持ってきて。
 この色ボケ神撃ち殺すから。

「待った!待った!待った!
 神様的には正しい事なんだから!これは」

 ほほう。一応理由は聞こう。

「宇佐八幡宮を祭っている神様は、私に八幡神にあと誰よ?」

 そりゃ、神功皇后……あー凄く納得。
 あのポテ腹戦女神様のスキルって事ね。これ。
 人の前世知識を共有しているだけにこの母娘は妙に一般人から外れているとは自覚はあるのだが、話しやすいのも事実で。

「正解。
 既に現世に関わる気無しの神功皇后からスキル貰ってくるのに苦労したのだから、ちょっとは褒めてよね。
 後、他人に対しては安産の効果があるから」

 そっちを先に言いなさいよ!

「いや、鏡華ちゃんみたいな人生おくれたらなぁと言っていたじゃない。貴方」

 …………いや、たしかにあんなエロゲ人生おくれたらと思いましたよ。
 事実、ネオロマンス風とは望みましたが「DISCODE 異常性愛」みたいな人生はちょっとしかおくりたくありません!

 ……父、あれ。
 ……母、これ。
 ……前世、こんなの。
 ……現状、戦に政にストレス溜まりまくり。

 うん。無理。
 
「一応。お礼は言っておくわ。
 ……ありがとう」

 そっぽ向いて小声で。自分で言うのもなんですが何処のツンデレですか。私は。
 うっわー!
 こなたみたいな笑みで母上私を見てるし。
 なんだか腹立つわ。

 そういやふと思ったけど、戦系能力UPとかしないのはどうして?

「穢れを集めるからね。戦は。
 貴方も戦に出て分かったでしょう」

 たしかに、彦山川での原田貞種の呪詛はマジで怖かった。
 戦系能力をUPして、あれを定期的に喰らうというのは遠慮したいかも。

「あと、神功皇后のスキル極めるとトランスしっぱなしで、昼は血を、夜は白いのを浴びないと生きていけないから」

 ……何処のエロゲですか。そのマニアック設定。
 そりゃ、孕んだまま戦場にでますわ。
 ただ、巫女の本質を突いているのも事実。
 神とのチャネリングなんて、正気でできないのだからある種のトランスになるのは巫女として当然な訳で。
 で、確実に安心してトランスできる手段として性行為が注目され、巫女が性行為を行う祭事が古代から続いていたのはその流れがある。
 あ、いま凄くいやな死亡フラグが見えた。
 秀吉が九州を治めて、私が側室で入ってやっちゃって、子供ができちゃった。
 まてまてまて。あれは種無しだったからできないと思うよね。母様。
 縋る視線で母様を見ると、ちっちっちとあんた何処の快傑ズバットだよ。

「神様舐めちゃいけない。
 ちゃんと出来るから」

 うわー!うわー!うわー!

 なんかめがっさでかい死亡フラグ立っていますけど。
 何?下手したら私が大阪城の主として徳川家康と戦うの?
 勝てるか!!!!

「孕まなきゃいいじゃない」

 甘い。母上。
 あの人の怖さは戦場も政治も怖いけど、中でも一番やばいのは人たらしだから。
 九州討伐は天下を取る前で、家康というライバルがまだ頑張っているから、全盛期の秀吉の人たらしスキルなんて浴びたら私達二人仲良く「くぱぁ」と股広げるハメになりかねん。
 ただの尾張の百姓が天下人になるのだからそれだけの才能は持っている訳で。
 
「……」
「……」

 長い沈黙の後、母上は厳かに私に尋ねた。

「親子丼で喜んでもらえるかな?」

 何か色々と我慢できなくなったので、とりあえず私はこの色ボケ神を蹴倒したのだった。



[5109] 大友の姫巫女 第十二話 泡姫はいかに金をため いかに使ったか
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/08 10:51
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 神力も増えて色ボケ神もお手伝いをする事に。
 だけど、そのお手伝いが嬉しいほど目の回る忙しさです。
 もうすぐ十二歳になるというのに、何処のスーパービジネスウーマンですかという感じです。


 今回は少しまとめみたいなものを。
 皆様に現状の大友家がどのようになっているかを知ってもらおうと思っています。

 まず大友家の領地を。
 豊後・豊前・筑前・筑後の四カ国完全制圧。
 まぁ、門司近辺は毛利勢力(門司城は破却させたけど)だけど石高には影響はないし。
 21世紀で言えば、福岡県と大分県を握っている状況です。
 石高でおよそ110万石ほどになりますね。
 次に従属国、つまり独立しているけど大友家の命令や要請に従ってくれる勢力によって構成されている国です。
 これが肥前・肥後北半分・日向北部で約50万石ほど。
 これらの国々から兵を募れば大友家の最大動員兵力は約四万になります。

 おお、凄いと思った人。
 これが全部使えるなら良かったのですが、守備兵等も置かないといけないので実質出兵可能兵力は二万程度。
 一万五千を門司城にぶちこんだ門司合戦がいかに大友にとっての乾坤一撃の戦だったかお分かりでしょう。

 対する毛利は、本国・従属国含め安芸・周防・長門・備中・備後・石見の六カ国で、約百万石を領有しています。
 21世紀の県で言えば山口県・広島県・島根県の半分という所でしょうか。
 でずか、経済力という点で見るとこれが逆転します。
 我が大友も博多や府内という港町からの収益が入るので他の大名にくらべて確実に裕福なのですが、毛利は桁が違います。
 毛利の経済力の柱は三つ、石見銀山と瀬戸内海運の掌握、そしてそこからあげられる情報。
 この巨万の富を生む経済力は毛利氏が大友・尼子の二大名相手に常時戦をしかけても余力があるほどでした。

 で、その話でいやな史実を一つ。
 大友は筑前・豊前をめぐる毛利との戦において、常に兵力で負けていたのです。
 立花道雪こと戸次鑑連が勇将として奮戦というのも裏返せば劣勢だったという事で……。
 なお、尼子滅亡後に来襲する毛利の総兵力は四万。
 史実ではこれに、秋月・宗像・筑紫・高橋・立花の国衆まで蜂起する最悪の事態に。
 高橋・立花なんて博多代官まで勤める大友一門ですよ。何寝返ってやがる。
 まぁ、門司の敗戦が無く、秋月を潰したからしばらくは筑前国衆もおとなしくはなるでしょう。

 とはいえ、自力が足りないならつければいいのです。
 で、とりあえず金です。
 石炭採掘とコークス加工でいまや筑前黒石と呼ばれる筑豊の石炭は、飛ぶように売れて、その専売権を持つ私に巨万の富をもたらしました。

 ここで毛利が邪魔を。
 石炭は筑豊炭田から遠賀川を下って博多に運ばれて売られるのですが、一番儲かる堺は毛利制海権の瀬戸内を通らないとならず。
 で、次善の策として筑豊に生産地に。
 遠賀川の水力を水車で利用したふいごを使うたたら場を作り、隠岐水軍の奈佐日本之助に金を渡して出雲から砂鉄を取り寄せ、このたたら場で作られた鋼を博多で売り、それを隠岐水軍に運んでもらって若狭に運ぶ。

 で、買ってくるのは近江国友の鉄砲です。
 織田信長が勢力を伸ばす前に金を与えて買えるだけ買っておかないと。
 国友投資は織田が伸びた後の外交チャンネルにする予定です。
 で、尼子支援は豊作続きの大友の米と栽培が成功したサツマイモを。
 毛利にとって尼子が滅べば次は大友です。
 既に月山富田城に手が届く所まで来ている毛利元就率いる毛利軍に尼子一党が勝てるとは思いませんが、せめて一年は滅亡を遅らせたい。
 あのチート武将とガチで戦うなんて考えたくないですから寿命狙いです。

 あ、博多商人に頼んで泡盛を大量に仕入れました。
 最初、酒をアルコール消毒に使おうと考えたのですが、この時代の酒の度数が低くて駄目に。
 で、近隣探して一番酒が強そうなのが泡盛みたいなので琉球交易拡大です。

 大友家全体の交易にも手を入れました。
 輸出用の硫黄の量を増やしました。
 火薬生産に必要な硫黄がこの豊後、驚くほど簡単に取れるのです。
 火山王国である事を忘れていました。
 何しろ、別府の温泉に浮いているぐらいですから。硫黄。
 九重山や由布岳、大友の友好国である阿蘇氏の阿蘇山火口から硫黄を採掘して売り出す事に。

 土硝法で硝石を自給できれば南蛮交易での奴隷売買を切り捨てる事ができるのですが、それをすると今度は南蛮船が来ない羽目に。
 事実、肥前松浦氏はポルトガル商船と揉めて平戸寄港を拒否され、大村氏の方に寄港場所を持っていかれたので大打撃を受けています。
 対毛利戦で水軍力を欲していた私がこの事態を見逃すわけが無く、隠岐水軍だけでは足りない船を松浦氏の水軍を使って確保する事に成功。
 彼らと対馬の宗氏を用いて、コークスを明や朝鮮に売りさばいています。

 博多、府内における奴隷輸出はこの一年で急激に減りました。
 代わりに奴隷輸入が増えているのが悩ましい所ではありますが。
 筑豊炭田採掘およびたたら場の人足は恒常的に足りず、女達は「大友女」と呼ばれる遊郭遊女の高ブランド化に成功したので、人買い商人達が人を売りに私の所に来る始末。

 特に別府は湯もあり、府内から近く、私が力を入れて遊郭整備をした事もあり千人近い遊女・白拍子・歩き巫女達がここで働く事に。
 薬用に買って来た泡盛はめでたく本来の用途に使われ、豊後水軍の若林鎮興にお願いして佐賀関で漁を。もちろん狙うは関アジ関サバ。
 日出城下の城下かれいも忘れない美味しい魚料理を用意。
 で、航海の安全に宇佐参りはいかがと船乗り達を誘い宇佐に参拝させ、別府で身も心も綺麗にという伊勢参りパッケージツアーのパクリで、寄らなくていい船までよる事に。

 なお、一般客とは違う船長や商人達には一般客とは違う待遇で特別の休暇をさせるべく、奥座敷たる湯布院まで運んで身も心も蕩けさせる「蓬莱めぐり」ツアーで濃密な奉仕を。


 …………絶対、宣教師の報告書に「別府はジパングのソドム」と書かれるのだろうなぁ………… 


 ついでに遊郭経営の話も。
 現在、宇佐・香春・別府・博多・原鶴・湯布院と六店ほどあり、そこで働く遊女や白拍子は二千人を越えます。
 私が運営している遊郭だけではなく、儲かるからと博多商人達も店を出した結果なのですが、この急拡大に人材育成が追いつかないのが難点です。

 で、別府に遊女・白拍子専用の学び屋を用意させました。
 そこで、男が喜ぶ奉仕や男との会話の仕方など、私や先輩達の知恵や技術を体系化・マニュアル化させて叩き込みます。
 うちの女達は高付加価値が売りなので手は抜きませんし、私の諜報機関でもありますから本当にできる人には読み書きそろばんまで叩き込みます。
 結果、そんな一人の遊女が博多商人の大店の後家に納まった事を聞いて、『計画どおり』と新世界の神みたいな笑みを浮かべていたら皆にドン引きされました。

 で、問題が白粉。
 鉛が入っているのは知っているから、なんとかやめさせないといけないのですが化粧なだけに禁止令とかだしてもきかないし。多分。
 酸化亜鉛や米澱粉で代用品を作っても「肌のつきが違う」と鉛入りを使う遊女がまだいるし。
 ならば、塗る回数を減らす、もしくは塗っても仕方ない方向に持ってゆくしかないと決意。
 この為に、全遊郭に風呂をつけたのですから。


 高額コースにおける風呂場での奉仕の義務付け。
 生理中や妊婦でも稼げるように低額コースの口での奉仕の導入。


 白粉がいやでも落ちる状況に持っていきました。
 後は代用品の質が上がる事を待つばかりです。

 
 …………本当に泡姫と呼ばれても仕方ないと自覚する珠姫もうすぐ十二歳…………


 梅毒ですがペニシリンが作れない以上根治は無理でしょうが、アオカビがいいという神のお告げは与えるので、そこから先の技術進歩に期待しましょう。
 何年でペニシリンが作れるか楽しみではあります。
 あと、高熱に弱いので、極力体を温める治療を推奨。
 危険な治療法でマラリアに感染させて、その高熱で菌を死滅させるなんて恐ろしい治療法があったり。
 感染者を砂風呂に埋めるか。
 あれ、死者がでるぐらいの熱さあるしマラリアよりましでしょう。


 さて、次はかき集めた金の使い道です。
 秋月騒乱以降、博多商人がかなりの額の金を貸してくれるようになりました。
 石炭輸出と遊女を使って博多商人に食い込んだ人脈のおかげです。
 その金を使って、一気に新田開発を押し進めます。
 開発河川は山国川・遠賀川・筑後川の三河川。
 十年ものの大工事ですが、完成したら約十五万石近い石高加増になる予定です。
 更に、街道整備に力を入れます。
 特に秋月から香春までの秋月街道は、私がいざとなったら博多に駆けつける軍用路として使うつもりでしたので特に力を入れました。
 先にあげた遊郭パッケージツアーの為に別府―宇佐と別府―湯布院も街道と宿場を整備させました。
 で、次は先に整備した街道同士を繋げます。
 香春から宇佐までの街道整備です。
 完成すれば、宇佐に住む私は府内は馬で一日、博多も馬で三日で駆けつける事ができます。
 工事完成は三年後を予定しています。
 他にも、山ばかりの豊後の地形を利用した牧畜も始めました。
 九重・玖珠・城島高原等に牧場を作り馬や牛の大増産を命じたのです。
 街道で物を運ぶのは馬や牛ですから、その数が足りなくなる事を見越してです。
 なお、これをはじめて私はやっと牛乳にありつく事ができました。
 豊乳計画の大事な大事な武器です。
 一日一杯は牛乳を飲むように心がけます。
 琉球から黒砂糖の輸入も個人的に始めました。小麦粉と蜂蜜も取り寄せて、卵も……はい。カステラです。

 財をなして、嗜好品をたしなむ。ああ上流階級。

 ……何で財を成したかはとりあえず突っ込まないように。

 最後、父上に話して、加判衆に話を通した上で、府内の再開発に取り組みました。
 まだまだ先の島津軍豊後侵攻の為なのですが流石にそれは話せず、「大友の威信の為」とでっちあげました。
 もちろん工事の財源は私持ちです。
 工事の主なポイントは次の五つです。

 府内の港の整備。今は瓜生島があるけど、あれ地震で沈むし。
 津波対策で別府から府内にかけて大堤防を建設。
 全ての建物の耐震工事の強化。
 大堤防の土確保の為に府内の町の外周に空堀を掘り、町そのものを城郭化。
 大友館の防御力強化と天守閣の建設。
 三十年計画で父上も加判衆も笑っていましたが、計画図面を見せた途端に顔色が一変。

 男って大きな建物がやっぱり好きなんだなぁ……私もだけど。



[5109] 大友の姫巫女 第十三話 戦国随一の謀将のかわいがり
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/08 10:58
「父上。お話があります」

 出雲国に出兵している毛利軍本陣に入ってきたのは吉川元春。
 入った陣幕には彼の父毛利元就がいた。

「どうした、元春?」

 今回の出陣では毛利隆元は安芸で政務を行い、元就と元春、そして小早川隆景が出雲に出張っている。

「大友との和平についてです。
 あくまで、珠姫との婚姻を求めるとか。
 しかも、婿養子が駄目ならこちらにて現状同じだけの領土を珠姫に与えるなど、納得できません!」

 毛利軍の出雲進行は三刀屋城を落とし、月山富田城の道が開けていた。
 だが、尼子も全力で抵抗する。
 石見の本城一族を粛清したため、中立豪族がまとめて尼子側についたのが一つ。
 もう一つが隠岐水軍を使った大友からの兵糧供給による、尼子軍の活発化である。
 それを元就は一つずつ丹念に潰してゆく。
 現状毛利の優勢は動かないが、かといって尼子を滅ぼすにはいたらない。そんな情況が続いていた。
 大友との先の門司の戦以降は休戦状態に過ぎず、尼子を完全に滅ぼす為には大友との和平は必要であるという認識で諸将は考えていた。

「隠岐水軍を使って尼子に兵糧を入れる手を考えたのがその姫だとしたらどうする?
 我らが手を出せない情況で、秋月を見殺しにする形にした策を主導し、彦山川で自ら戦ったのがその姫だとしたらどうする?
 あの姫が居る限り、大友に手を出すのは危険だ。
 だから、取り込むのだ」

「ならば、これまでのように殺せば良いではありませんか!」

 尼子の新宮党しかり、陶の江良房栄しかり。
 最も邪魔な人物を敵方の手によって殺すのは元就の十八番だった。

「兄上。
 父上は珠姫を使って大友領全てを狙っておられるのだ」

 声のした方を向くと、隆景が陣幕に入ろうとして元春の話を聞いていたらしい。元就の本心を明かして見せる。
 その言葉に確信があるので元春は隆景に訪ねる。

「隆景。理由を聞かせてもらおう」

「大友の長男は生まれてまだ四歳だ。
 毛利一門と珠姫が結ばれて、義鎮を追い出せば大友領は丸々手に入る」

「そううまくいくものか」

「だから、父娘の仲を裂く」

 元春の否定的見解を完全に覆し、まるで決定したかのように元就が言ってのけた。

「珠姫の功績を大々的に伝え、神仏の加護を強調すれば、キリスト教に心ある義鎮は娘を恨むだろう。
 で、キリスト教の神父に金を与え新天地、そうだな。畿内あたりでの布教を支援すると持ちかければいい。
 娘のせいで己の信仰していた神と離れるのだ。
 大友家当主である義鎮は心穏やかではないだろう。
 で、その時を見計らって、再度婚姻を持ちかける。
 殺さずに厄介払いができ、かつ豊前・筑前の安全が確保できるのなら義鎮は乗ってくるに違いない。
 幸いにもわが領土には厳島があり大山祇神社もある。もうすぐ出雲大社も手に入る。姫巫女が暮らすに相応しかろう」

「では、九州での戦はしないと?」

「いや、博多は絶対に抑えないといけない。
 我らは大内の後継として国衆に認められている。
 秋月騒乱以降、九州での権威が失墜している以上、どこかで大友と戦わねば国衆に示しがつかぬ。
 だからこそ、大内の象徴である博多は大友から奪わなければならない」

 毛利が周防・長門を安定的に統治できているのも、大内の継承者という側面が大きい。
 陶晴賢という簒奪者を倒したという武力的理由と、毛利隆元の妻が大内義隆の養女だったというのが大内の後継という正当性を与えていた。
 その正当性は逆に呪縛となる。
 先にあげた大内氏の富の源泉、博多の奪回は経済面だけでなく毛利の正当性を揺らがしかねない政治的命題だったのだ。
 大内継承一つの命題である尼子追討は順調に進んでおり、周防長門の国衆に動揺は見られない。
 だが、門司合戦の引き分けと秋月騒動による秋月見殺しで豊前・筑前の国衆には致命的までに動揺が走っていたのだった。
  
 元春はここにきてようやく悟った。
 発想が逆なのだと。
 博多を取る為にも大友は潰さないといけない。だからこそ、珠姫を火種にする。
 そして、大友内紛を見越しての豊前・筑前進攻。その旗頭が珠姫支持だ。
 珠姫が殺されれば『珠姫の意思を継ぐ』と称して進攻。
 珠姫が生き残れば『大内の後継』といういままでの大義名分で進攻。内部が混乱している大友はこれを支えきれない。
 かつての陶、今の尼子との戦とまったく変わらないのだ。

「彦島に砦を築け。
 そこに砦がある、水軍衆が留まれる意味をあの姫なら十二分に理解するだろう」

 かつて平家が拠点を置き、それゆえその島を守る為に壇ノ浦で散った彦島に砦を築く事を元就は隆景に命じる。
 そこに水軍衆が常駐した場合、日本海の隠岐水軍および、肥前松浦水軍を牽制できる。
 大友が行っている尼子支援妨害の為にも必要だった。



「わが一門に迎え入れるだけの技量があるかどうか試させてもらうぞ。姫よ。
 わしはそなたを買っておるのだからな……」


 陣幕の中その声を聞いたものは発した元就以外にはいなかった。



[5109] 大友の姫巫女 第十四話 父として大名として
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/09 03:29
永禄六年(1563年)十月 豊後国 府内

 聞こえてくるのは鍬の音。
 大量の土が運ばれ、土手として生まれ変わろうとしていた。
 その総指揮をとっていたのが大友義鎮。
 彼はこの府内を西国第一の城下町にする夢に取り付かれていた。

 娘の珠が提示した府内大改造計画はいままでの築城とはまったく違う発想によって作られていた。
 大分川に堤防を築き、その堤防を持って外敵に当たり町を完全に取り囲む所。
 これにより、食料が尽きぬ限り長期の篭城での士気が大幅に下がる事はなくなり、町衆も自発的に城を守る兵として数えられるようになった。

 次に鉄砲を防衛兵器として採用する前提での城の縄張り作り。
 各所に鉄砲を撃つ為の櫓や狭間が用意され、実際の防御は、新築する上原館(21世紀地名大分市上野・上野丘)の大規模城郭建築によって大幅に強化される事になる。
 ここが本丸になり、現在の大友館とその施設を二の丸として再定義。
 大分川堤防とその内側の府内の町が三の丸扱いとなっていた。 
 その為、街の一部を古国府(もちろん空堀と土塀で府内城郭に組み込まれている)に移し、空いた土地で港を拡張する。

 府内に来航する船は常に途切れず、数年続く豊作のお陰もあって府内の人口は一万を超えようとしていた。
 この時期、これだけの規模で町まで含んだ大規模城郭を持っているのは北条家の小田原城ぐらいしかないだろう。

 城の縄張りにも特徴があった。
 大分川が天然の堀の役割をはたす為、攻城軍は南と東からは攻めきれない。
 で、西から迂回するしかないのだが、堤防が続く大分川のくびれ(21世紀地名大分市畑中)に出城が築かれ、その出白の形から三日月丸と命名される。
 かくして、西から迂回した攻城軍は本丸・三日月丸・大分川堤防から鉄砲でふるぼっこという状況に陥る。

 そして篭城の総指揮および、攻城軍を吸引する本丸は空堀と土壁・櫓に小高い丘の上丸ごと使われた城郭に阻まれ、その総指揮を取る為に四層五階の「天守」という巨大櫓が建造される事になった。

 既に工事開始から一年。
 大分川堤防の工事は延々と続けられているが、本丸の縄張りは終わり天守建造工事が始まっていた。

「西国一の城になりますな」 

 工事の視察をしている義鎮に付いて来た角隈石宗がその発想に目を見張る。

「攻め手を誘導し、三方からの鉄砲による同時攻撃で屠る。
 しかも敵は渡河しての城攻め。
 この城そのものが罠となりましょう」

 大友家の軍師として多くの戦に出て功績もある角隈石宗に娘が褒められて、父として義鎮は素直に嬉しかった。

「この城が落ちる場合はどんなのが考えられる?」

 義鎮が問うと考えていたのだろう。角隈石宗は間をおかずに口を開く。

「まず、人ですな。
 最低でも五千の兵を確保せねば、この罠は機能しませぬ。
 かえって、城の広さゆえに兵が少なければ落城する事になるでしょう」

 五千の兵が動員できないぐらい追い詰められたらその時点で落城という意味合いを含ませて、角隈石宗は続きを口にする。

「次は海ですな。
 姫様の案では海側にも堤防を作る事になりますが、完成するのは三十年後です。
 敵はそれまで待たないでしょう。
 水軍衆は必ず手放す事無いように心がけてくだされ」

 水軍、つまり毛利の強襲を示唆してみせたのは義鎮も理解したらしく、無言で頷いた事に角隈石宗は満足し、更に口を開く。

「可能性として一番ありうるのが、兵糧攻めですな。
 府内の町を抱えているので、兵糧の減りは恐ろしいほど速いでしょう。
 これも水軍を押さえて兵糧が運びこめるなら問題は無いでしょうが」

 完璧な城など存在しない。
 だが、欠点を提示されても義鎮は珠の案の不備とは思わなかった。
 逆に言えば、常に良き統治を心がけ、兵も水兵も動員できるのならば落ちないとお墨付きをもらったようなものだから。

「気になったが、水軍を含め北の防備が弱くないか?」

 義鎮の疑問に角隈石宗は今までで一番厳しい顔をして、その答えを告げた。

「北と水軍についてはこの城で守る必要が無いからでしょう。
 珠姫様が豊前に、宇佐にいる限り、毛利は北から攻める事はできませぬ」

 その言葉を聞いて、義鎮の顔が歪むのを角隈石宗はただ見ている事しかできなかった。

「毛利との和議の話ですな」

 角隈石宗はこの為に呼ばれたのだという確信を持って、それを口にだす。

「向こうはよほど珠に執着しているらしい。
 婿養子が駄目ならこちらにて現状同じだけの領土を珠姫に与えるまで言ってきた」

「それはそれは……」

 義鎮の顔にも苦渋の色が浮かび、あまりに高い評価に角隈石宗も怪訝な顔をする。
 尼子の新宮党しかり、陶の江良房栄しかり。
 大友の珠姫しかりなどと呼ばれるような事態は避けねばならなかった。

「毛利が今、内部で揉めている。
 幕府や朝廷は良い機会と取らえているが、珠姫については毛利はまったく譲る気はないらしい」

 毛利内部の騒動というのが、前月に起こった毛利隆元暗殺である。
 尼子出兵に向かっていた毛利隆元が、備後の和智誠春からの饗応の後急死。
 それを暗殺と判断した毛利元就は、和智誠春・新三郎・湯谷又八郎・又左衛門・赤川元保らを暗殺の疑いで誅伐、もしくは切腹に追い込んだのだった。

 それにより空いた毛利本家の家督は隆元の嫡男・輝元が継いだが、毛利家中の動揺は激しく尼子攻めすら途中で打ち切ったほどだった。
 なお、義鎮はこの一件が発覚後珠を呼び出し、事の次第を尋ねている。

「殺っていません。
 それに、殺った後の元就公の報復を考えた事がありますか?
 それを考えたら恐ろしくて手など出せませんとも」

 本気で身震いする珠の姿を見て娘の潔白を信じたのだったが、その娘が毛利家に対して弔辞を送ったと聞いて疑念が湧く。


 娘は手を出してはないが、隆元が殺されるのを知っていたのではないか?


 と。   

 事実、珠がこれに乗じて打った手は速過ぎた。
 尼子はこの隆元死亡を知る前に反撃に転じ、毛利総退却後に三刀屋城を奪還している。
 更に、珠は大友に反抗的だった筑前筑紫氏を内部分裂させ、家中に筑紫惟門を隠居させ監禁。
 息子広門に家を継がせた後に旧領を回復させるという離れ業をやってのけたのだ。
 秋月に次いで筑紫も粛清され、筑前の大友支配力は更に強化されたのだった。

 と、同時に大友の巫女姫の名前は九州はおろか西国に轟き、それがまた義鎮を苦しめる。
 功績高すぎる将というのは、大名にとって粛清の対象である。
 それをしなければ逆にいつ自分が殺されるか分からないからだ。
 実際、筑前を支配していた大内義隆は重臣の陶晴賢に殺されている。

「あれが男なら、わしはどんなに嬉しかったか……」

 最近の義鎮の口癖は既に大友家中の口癖になろうとしていた。
 そんな義鎮を見て角隈石宗は唐突に理解する。
 珠姫が大金を投じた府内大工事は彼女が謀反を起こさないという暗黙のアピールなのだという事を。

 なんて悲しいのだろう。
 まだ子供なのに自分が疎まれ、下手すれば殺されかねない事を知っている。
 なんて哀れなのだろう。
 それでも、姫は父を、大友の家を慕っている。 

「何か手は無いか考えてくれ」

「かしこまりました。殿」

 二人は供を連れて館に戻る。
 そこで珠と長寿丸がダイウス堂ケントク寺にて遊んでいる事を伝えられたのだった。
 府内におけるキリスト教の教会で宇佐の巫女が出向くという矛盾に、二人は怪訝に思いながら行くとそこから歌声が聞こえてきたのだった。


「♪ Ave Maria, gratia plena,……」


 教会にいた誰もが我を忘れていた。
 その姿を見た義鎮と角隈石宗も固まって動けない。

 巫女服のままアカペラのラテン語で聖母マリアへの祈祷を謳う珠姫の姿はあまりに美しく、その幼い歌声に長寿丸は意味も分からず嬉しそうに笑い、周りにいた信者は皆、珠姫に向かって祈りを捧げていたのだった。
 珠姫が歌いながら、二人を見つけて天使のように微笑む。
 それは父へ捧げられた歌だという事を義鎮は分かった。分かってしまったのだった。
 彼女が寺社の立場でキリスト教を容認するというメッセージでもあったのだから。


 だからこそ、義鎮の心に新たな闇が生まれた。
 その闇は、父と同じ事を自分がする夢。
 あまりに有能すぎる珠を自ら殺す夢だった。


 なお、この瞬間に豊後におけるキリスト教信仰はマリア信仰に摩り替わり、珠姫がマリアの化身と日本人に崇められる事になる。
 それは布教に来ていたキリスト教にとってとうてい容認できない事態でもあったらしく、後に宣教師の報告書にはこの日の事をこう書かれたと伝えられている。


「私は、リリスにであった」


 と。



 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 レイニー止めの間に色々教会で調べたので、これぐらいは歌えるのですよ。
 無宗教日本万歳。
 って、今回出番これだけ???



[5109] 大友の姫巫女 第十五話 おじゃる丸との語らい
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/03 11:38
 無駄だと分かっていても、抑えきれないものがある。
 自分に関係ない事でも、それを見てみたいと思う。
 そして、それができるのは後にも先にも今しかないと分かっていた。



 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 今回はなんと船の上だったりします。
 府内から弁才船に乗り込んで、南下。
 目的地は土佐宿毛の港です。
 父上にねだった最終目的地は京都・堺。
 本当の目的地は尾張です。

 そう。桶狭間で勝ち、天下にその名を轟かせた織田信長に会いに。
 何かする、求める訳じゃないですが、歴史に名を轟かす彼を一目見てみたいと思ったからが本当の理由。
 毛利の尼子戦はあと二年はかかるので、この時期しか東を旅する機会はないのです。
 だから、父上にねだってこうして海の上です。
 これは父上に言えない事ですが、豊前・筑前で少々目立ちすぎました。
 一門の人間が、当主をさしおいて活躍するのは粛清フラグです。
 で、そんな状況を打開する為に、領国から出るという形で頭を冷やそうと。

「ゆっくり楽しんでらっしゃい
 豊饒祈祷は私がやっておくからさ」

 最近更に艶気でまくりな母上ですが、信仰心がうなぎのぼりらしく、色々力を取り戻しています。
 そんな恩恵は私にもちゃっかり。

 胸が出てきました。

 ロリ巨乳ですよ!ロリ巨乳!!

 あ、十三なんてババアなんて言った奴はちょっと表出ろ。
 母上なんて年…………うん。私もまだ死にたくない。
 体がむちむちぷりんなら年なんて関係ないのです!
 真面目な話、豊饒系神力のスキルのいくつかを入手。
 そろそろ対毛利戦を意識して八幡神から士気高揚の神力をもらいました。
 戦巫女ですよ!戦巫女!
 このスキルで、

「あえて言うわ!
 毛利軍などカスよ!!!」

 と、どこぞのジオン軍総帥の演説するロリ巨乳巫女。

「諸君。
 私は戦争が大好きよ」

 と、少佐の真似事をするロリ巨乳巫女。

 で、それに答える大友軍将兵。
 駄目すぎる。この国。

「姫様。お体を冷やしますよ」

 今回、私の付き人としてついてくれたのが、麟姉さん。
 後に吉岡妙林尼と呼ばれる女武将なのですが、うちの姫巫女衆随一の薙刀使いです。
 彼女の麟は本来父上出家後の名前の宗麟から貰っているけど、まだ出家していないので私がつけました。

「船頭に聞くと、もう少しかかるとの事」

 執事のハヤテちんこと佐田鎮綱も当然ついてきていたりする。
 我々一向は三隻の船を仕立て、豊前産の鋼とコークスを積んでゆったりと豊後水道を下っています。
 人員も腕利きの姫巫女衆二十人と御社衆三十人を連れてきたり。
 まぁ、府内で何かあって「帰ってくるな!」と言われても、堺で遊郭を開くだけの資金と人員は持ってきているのが私らしいというかなんというか。

 一応、今回の旅の身分は土佐中村御所までは大友の使節として。
 そこから先は歩き巫女として熱田参りという設定でゆくつもりです。
 旅は半年を予定。
 京都では朝廷や幕府に挨拶をするので大友の名前を出しますが、あくまでお忍びの旅です。

 土佐一条氏は信長の野望あたりをしていると、長宗我部氏のかませ犬、最弱ステータスとして一部にマニアがいる程度ですが、こうして中村についてみるとどうしてどうして。
 中々の権威を誇っています。
 地方大名が皇族に連なる一条家という血を求めた結果でもあります。
 かつては大内がこの血を求め、今、この血を庇護しているのは我が大友だったりします。

 で、今目の前にいるのが信長の野望最弱スキル十傑の一人、一条兼定殿。
 ぶっちゃけていうと、大人になったおじゃる丸。
 そりゃ、滅ぶよなぁ……
 伝書蛍もいないし。

「単刀直入にお聞きします。
 都に帰りたくはないですか?」

 私の問いかけに、まったりと考えながら兼定殿は口を開きます。

「雅な者ゆえ、田舎は飽いておった所じゃ。
 とはいえ、都での暮らしは金がかかるしのぉ」

 確信した。こいつ大名じゃない。公家だわ。
 ならば、落ちると確信して私は口を開く。 

「我が大友が都での暮らしを、お支えいたします」

 正確には私が影ながらだ。
 一条帰還はあくまで兼定殿の意思によって行われなければならないからだ。
 私もこれ以上は目立ちたくない。

「で、麿に廟堂で何をさせる気でおじゃる?」

 ほぅ。
 こちらの目的を廟堂、朝廷工作であると見抜いたか。
 さすがに公家らしい事になると頭がまわると見える。
 ただの操り人形にはならないか。それもよし。

「先の話ですが、筑前にて毛利と戦が始まります。
 その和議をいずれお願いいたしたく……」

 まさか、もうすぐあんた滅ぶから、その前に役立つように私が使ってやるよなんて言えない。
 対毛利戦、対織田・豊臣の朝廷に対する切り札にする予定だ。
 兼定殿はまったりと考えた後に、私の誘いに乗った。

「よいでおじゃる。
 で、この中村はどうするのじゃ?」

 それぐらい自分で考えろよ!
 どうせ長宗我部に取られるんだからよぉ!!
 なんて言える訳も無く。

「それは一条様がお決めになる事で、私ごときが口を挟むつもりはございませぬ」

 表面上、終始にこやかに会談は終わったのでした。



[5109] 大友の姫巫女 第十六話 大友すいーつ! 堺 ロリきょ 姫巫女長
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/10 10:28
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 堺ですよ!堺!
 東洋のヴェネツィアですよ!ヴェネツィア!

 何事も無く無事に堺に入った私達は宿を取る事に。
 で、その宿を決める前に生き馬の目を抜く為に私に突貫する堺商人の皆々様。
 ちょ!
 一応お忍びなのに何これ?

「姫様。
 姫様は時々ご自身の価値を分かっておられないと思うのですが」

 麟の呆れ声にしばし目をぱちくりぱちくり。

Q1 私は誰?
A  大友家 義鎮の娘 珠姫

Q2 私の価値は?
A  西国で一二を争う大大名大友家一門の姫
   遊郭を経営し、コークス及び鋼で巨万の富を持つお金持ち
   未婚<これかなり重要
   ロリ巨乳<自分的にとても重要<ちくしょう貧乳族め。呪いをかけるな(笑)

Q3 ここは何処?
A  生き馬の目を抜く商人達の町 堺


 うん。
 お忍び自体が無理だった。
 パパラッチに取り囲まれた王室関係者の気分を存分に味わっていると、小物の商人達は散らされて本命の大物商人が姿を現す。
 堺町衆も勤める豪商今井宗久が。


 彼の豪邸にある茶室で茶を頂く事に。
 なお、自然と我々の宿泊先もここに。これが豪商のカリスマってやつだな。
 父上。茶の指導ありがとう。おかげで恥をかかずにすみました。
 とりとめのない話をしながら茶を嗜んでいると、そろそろ話が本題に入る。

「で、この度のご来訪はどのようなご用事で?」

「たいした用ではないわ。
 用といえば、幕府と朝廷に挨拶を。
 それぐらいしか考えていないから」

 かこーん

 ししおどしの音が無駄に響く中、今井宗久殿は茶をもう一杯差し出して口を開いた。

「堺の町衆の噂としてお聞きください。
 筑前黒石と筑前鋼は博多商人から若狭の商人にあげられており、堺まで出回っておりませぬ」

 そりゃそーだろ。
 堺に卸すって事は、毛利勢力圏の瀬戸内を通らないといけないから私が嫌ったのだ。

「なんとか、堺にも卸していただけないでしょうか?」

 卸したいのは山々なんだけどね。
 堺商人とはコネ作っておきたいし。
 
「毛利との和議が成立しないと無理ね。
 で、和議の条件で毛利側が提示しているものはご存知?」

 今井宗久殿は茶を立てる音を一時止めてそうかと納得する。

「嫁に行くにせよ、婿が来るにせよ、姫様が筑前黒石と筑前鋼を握っている事が大事なのですな」

 気づいたらしい。
 私の収益の大黒柱であるコークスと鋼を婿に取られたら、この話そのものが意味をなさなくなってしまう。

「もう一つ。
 ここで和議が結ばれても、毛利は筑前・豊前を諦めない。
 筑前が荒れればこの話そのものが意味をなさないのよ」

 ここが問題なのだ。
 産業の健全な発展は国内治安の確立なくして絶対に進まない。
 この先、おそらく三四年後に来寇する毛利軍四万に迎撃する大友軍四万で筑後・豊前はめちゃくちゃになる。
 府内大開発はそれを見越して進められている。
 万一博多が戦火で機能しなくても、府内で代替できるように博多商人を呼んでいたりする。
 この時代の人間では厳密的に言えない私は、最初から領土による収入というものについては目を向けていない。
 何しろ姫だから城主になれない可能性も高かったからだ。
 だからこそ、物流サービスと情報つまり商人達を客とした商売に特化し、遊郭経営なんて結論が出たりするわけだ。
 その意味では香春や筑豊に縛られるコークスと鋼は大収益源とはいえ切り捨ててもいいと割り切っていた。
 実際、数年後には戦場になるしね。
 だが、あまりに収益が上がりすぎたので、今度は周りがそれに群がってそれを許さないらしい。

「案がない訳じゃないわ。
 遠回りだけど、府内から土佐回りで堺に卸す事ができないわけじゃない。
 けど、若狭回りより金がかかるわよ」

 香春から府内まで石炭と鋼を持ってくるのが問題なんだよなぁ。
 鉄道があればこのあたり一気に解決するんだけど。 

「構いませぬ。
 物がない現状ならそれでも飛ぶように売れるでしょう」

 今井宗久殿は小さな箱を持ち出して私に差し出す。

「これは、これからの良き商いが出来るようにとの私からの心ばかりの品物でございます」

 こ、心ばかり……
 箱に「松島」って書いてますけど。宗久さん。
 国買える茶器を心ばかりって、あんたどれだけお金持ちですか!
 これ、父上に見られたらただじゃすまないだろうなぁ。
 父上用のおみあげにしよう。私の保身の為にも。

「あとこれは、さるお方からの品でございます」

 彼が家人に持ってこさせたのは、女物の鎧一式。
 それを見て私が茶を噴き出したのはもう仕方ない。
 こんな女物の鎧、しかも胴丸のくせに華美に装飾なんてしてやがるし、ちゃんと胸が巨乳用に胸部が膨れているし。
 女物の鎧を以前にも作った職人じゃないとできねーだろ。
 で、現存する女物の鎧なんて伊予大山祇神社の鶴姫ぐらいしか知らないし!
 口元の茶を拭きながらむせていると、今井宗久殿は笑みを浮かべて続きを口にしたのでした。

「あと、言付けを。
 『是非帰りは瀬戸内を通って欲しい。歓待したい』との事で」

 はっはっは。

 ばれてーら。


 毛利元就に。 orz



[5109] 大友の姫巫女 第十七話 ボンバーマンのお茶を飲む勇気はあるかい?
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/10 18:31
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 現在、ピンチです。
 マジで命やばいです。


 堺の商人のお誘いでお茶会に呼ばれましたよ。
 で、待っていたのが……松永久秀。
 茶室で彼と二人きり。
 九十九髪茄子発見。じゃあ、あれは古天明平蜘蛛か。
 と、現実逃避彼の差し出したお茶が目の前に。

「安心なされ。姫。
 毒など入っておりませぬゆえ」

 自覚はあるんだな。己の評判には。
 覚悟を決めて一口……

「あ、おいしい」

 漏らした一言を聞いてしてやったりの顔で笑う久秀。ちょっと悔しい。

「はっはっは。
 姫様を怖がらせてしまいましたな。
 ですが、その安堵も茶の味ゆえ」

 それがいえるのはあんただけだよ。この風流人。
 顔を膨らしているのだろう。笑っている姿は好々爺なのだが。

「で、私を呼んで驚かすのが目的じゃないでしょ」

 ああ、ツンツン言う仕草も段々様になってきた女性歴十三年。


「もちろん。
 京に上がり将軍様に会うと聞いたもので、釘を刺しに」


 空気が一瞬にして冷める。
 さぁ、ここからが本番だ。

「安心して。
 別に将軍様にあれこれ吹き込むつもりは無いわよ。
 その代わり……」

 やられっぱなしは私もいやだ。
 お返しぐらいはしてもバチは当たらないだろう。

「安宅冬康は私がもらうわよ」

 その瞬間、私の目の前には、人の顔被った悪魔がいた。


 かこーん


 ししおとしの音が唯一の清涼剤ってのもたまらんなぁ。

「姫様は何か勘違いをしておられる。
 安宅殿は三好家の忠臣。
 勝手にもらうなどできるわけも無く」

 その棒読みな釈明はやめたほうがいいと思う。
 顔の凄みと相まって、めちゃくちゃ怖いから。

「あら、そう?
 こちらにも三好長慶殿のお体が優れないのは届いているのだけど。
 誰が跡目を継ぐかこちらは気にしている次第で」


 かこーん


「あくまで戯言としてお聞きしたいのですが、何故に安宅殿を欲しがるので?」

「正確には、彼が率いる水軍衆が欲しい。
 こう言えば、私が将軍の前で貴方達に対して不利な事を言わないと理解できると思うけど」

 その一言で全てを理解する久秀。
 いつ悪魔にばけてもおかしくないその笑みはやめてほしい。
 現将軍足利義輝は幕権の回復を目指し各地の紛争を仲介し、地方大名の軍事力を持って三好勢を排除しようとしていた。
 その最有力候補が大友と毛利だ。
 ここの争いは現在休戦状態なので、この講和が纏められて毛利と大友が将軍の旗の下に兵を出すと十カ国以上から数万の兵を持って畿内になだれ込む事ができる。
 それは三好政権の簒奪を狙う久秀にも面白くないし、労しかない大友と毛利も面白くない。
 そして、守られない和議の果てに婿をもらう私が一番面白くない。

「姫様も大変ですな。
 西国随一のお方に気に入られて」

 毛利が抑える瀬戸内水軍。これに対抗する水軍衆の強化は絶対的に必要だった。
 特に瀬戸内の波を読み、船を操る水軍の将は喉から手が出るほど欲しかった逸材だったりする。
 こんな畿内の権力闘争ごときで殺させてなるものか。
 こっちも必死なのだった。

「ええ。
 まだまだ独身生活をエンジョイしていたいの。
 私は」

「……??
 良く意味が分かりませぬがどういう意味で?」

「気にしないで。
 戯言よ」

「はっはっは」
「はっはっは」


 かこーん


 乾いた笑いに相槌を打つようにししおどしが音を立てる。
 こんなに殺伐とする茶室って始めてだわ。
 吉野屋の殺伐さなんて目じゃないね。本当。

「しかし、姫。
 貴方ならお分かりかと思いますが、殺す方が後腐れがないのですよ。
 それを追い出せとおっしゃる。
 戯言ですが」

「それが出来るだろう松永殿の才を見込んでの話ですわ。
 戯言ですが」

「そんな策があるのでしたら是非、お聞きしたいですな。
 戯言ですが」

「戯言ついでに話してあげるわ。
 その前にお茶をもう一杯。
 毒は入れないでね」

「かしこまりました。姫様」

 久秀がお茶をたてている間、私はうわ言のように、あくまで戯言として策を提示する。

「病重い長慶殿の政務は誰かが代行しているのよね。
 で、長慶殿の名で安宅殿をおびき出して謀殺というのが最初の手でしょうね。
 まぁ、この場合手を下す者が悪名を全て被るはめになるけど、それを気にしないのなら簡単、かつ効果的だわ」

 しゃかしゃかしゃかと茶が静かにたてられてゆく。
 口を挟まないという事は続きを話せと理解して、

「安宅殿を消して喜ぶ勢力はいくらでもいるわ。
 三好長逸・三好政康・岩成友通あたりかしら。
 彼らの讒言で安宅殿を討伐すると、安宅殿に知らせるのよ。
 政務を代行している者がね」

「それを信じますかな?」

「思わないでしょう。
 けど、彼らが兵を集めれば本当だったと思うでしょうね。
 で、ここで政務を代行する誰かがこう安宅殿に囁くのよ。
『殿の体調は重く、明日おも知れぬ命。
 その後家政は三人に壟断されるが、彼らはいつか仲間割れを起こす。
 その時に帰り、家を再興させてほしい』と。
 安宅殿はこう思うはずだわ。
 長慶殿の死後、家政を壟断する政務を代行する人と彼ら三人もいずれ内部分裂を起こすだろうと。
 彼らが自滅するのを分かっていて城に篭って、勝ち目の無い戦をすると思う?
 まぁ、するなら私の見込み違いだって事でしょうけどね。
 で、逃亡するなら後の復権を考える場所を選ぶはずだわ。
 流浪になった彼を是非にとねだるのは、瀬戸内で劣勢の大友だけ」

 私が口を閉じると同時に、久秀が茶を差し出す。

「聞くに、姫様にとって都合のいい話にしか聞こえませぬが?」

「毛利殿に匹敵する謀略の持ち主相手に話すのなんて釈迦に説法よ。
 自分の立ち振舞いなんて、私より上手く考えられるでしょうに」

 気づいているだろうが、既に私の体中汗でびちょびちょだ。
 緊張と恐怖、そして戦国随一の謀将と舌戦をやっているという歓喜で。

「ちなみにお断りすると?」

 声のトーンが一段低くなる。
 ここが正念場だ。

「貴方には何も害はない。
 けど、毛利・大友連合軍が畿内に上洛するかもしれないわね」

 そして、来るべき言葉がついに来る。



「貴方を今、ここで害せば?」



 それに答えず、久秀の目の前で毒が入っているかもしれない差し出された茶を、ゆっくりと手に取り優雅に全てを飲み干す。
 茶碗を置いて、一言。

「私は、どうやら毛利公に気に入られているらしい。
 あの方の獲物を掻っ攫う勇気ある?」



 かこーん



 静寂の後、久秀が大笑いして私はこの場での戦が終わったことを感じた。

「わははははははははははは!
 おもしろいぞ!姫!!
 いいだろう!
 その筋書き乗った!」

「お褒めに預かり、恐悦至極」 




 こんな体験、もう二度としたくねー。
 心からそう思った。



[5109] 大友の姫巫女 第十八話 天と武 そして艶
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/11 10:58
「尋ねる。天下とは何ぞ?」


 麟姉さんを一刀の元で倒した、天下を治めているはずの男はこう言って、私に尋ねてきた。


 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 ボンバーマンのお茶は美味しかったです。
 二度と飲みたくないけど。

 京都は応仁の乱の影響もあって結構荒れています。
 とはいえ、この国の首都という看板を背負っているだけあって町屋敷はそれなりに立派だったりします。
 で、朝廷にご挨拶。
 一条兼定復帰の根回しを。
 時間が惜しいので札束でぶったたく(比喩表現)という手で了承。
 ……朝廷、そこまで貧乏だったか……
 次に、将軍様とご対面。
 当たり障りのない話をしてとっとと去るつもりでしたが、私の護衛の麟姉さんに興味を持ち一戦やる羽目に。
 いや、リアル暴れん坊将軍相手に戦っても勝てないからとこっちが止めても。

「姫様止めないでください。
 私も姫様の護衛を任された身、引くわけにはまいりませぬ」

 これだから武家の娘ってのは……
 で、みごとに伸びている麟姉さんが居る訳で。
 将軍の動きがとにかく速かった。
 薙刀の間合いに踏み込んであっさりと一太刀。
 なるほど。剣聖と呼ばれるだけの人だわ。
 ……ボンバーマン。よくこいつ殺したよな。本当に。
 戦いは数って事だよな。兄貴。兄さん居ないけど。
 で、冒頭の台詞はその後、私に向けられたものだった。

「武を極めても、天下を握れぬ。
 謀を持ってしても、天下は動かぬ。
 政は武に謀に覆される。
 八幡の姫巫女よ。
 教えてくれ。
 天下とは何だ?」

 それは魂の叫びだった。
 何を持ってしても変わらぬ、変われぬ幕府という虚構の王の叫び。
 室町幕府はその設立当初から極めて権力基盤の弱い政権だった。
 だが、かりにも幕府が続いているのは、南北朝・戦国と幕府以上に地方大名が疲弊していたからに他ならない。
 そして、戦国大名という新しいかつ力を持った勢力である織田信長によって室町幕府は滅びる。

「諸行無常でございます」

 私は知っている。
 天下という言葉に取り付かれた者達を。

「ある者は、全ての旧来の秩序を憎み、それゆえ家臣に殺されました」

「ある者は、主君の夢を追い求め、それゆえ全てを失いました」

「そして、ある者は、いろいろなものを捨てて、ただひたすら待ち続けたのです。約七十年も」

 その言葉が嘘ではないと知って、将軍の視線は更に厳しくなる。

「そして、そこまでして求めた天下が永久に続くわけもございません。
 平家しかり、源氏しかり、鎌倉の北条しかり。
 それでもなお、天下を目指すのであれば……」

 一呼吸置いて、私はその言葉を口にした。

「全てを捨てる事です。
 全てを捨てて求めてもなお天下は遠いでしょう。
 天下は得るものでも、奪うものでもありません」

 私が、第二の生を受けて天下など考えなかったのは、天下を取った者達を知っているからに他ならない。
 信長がどれだけの物を破壊し、殺したか。
 秀吉がその夢を受け継いで叶えた後に、叶えた事による自分の存在価値の消滅に怯え狂っていったか。
 家康がだだひたすら幼年期から老人になるまで、嫁と息子を贄に静かに待ち続けたか。
 私にはそんな生き方はできない。
 ただ、戦国の世で家を守り、面白おかしく暮らしたいだけなのだ。

「姫巫女よ。更に問おう。
 そこまでの覚悟を持って政に当たれば、大友と毛利の和議は成るか?」

 その問いに私は答えられない。
 遅い。遅いのだ。その問いは。
 既に将軍の後ろ盾である近江六角氏は観音寺騒動でその力を失っている。
 更に、将軍が暗殺の手を差し向けつつ利用価値があるからと将軍を殺さなかった三好長慶は死の病を患っている。
 その下の松永久秀や三好三人衆は将軍についての敬意など欠片ほど持っていない。
 もう、政治的に彼は死んでいる。
 それが分かるがゆえに、その問いに答えられない。

「答えぬか。
 ならば、更に問おう。
 何が間違っておった?」

 その問いは己の命が失われる事を悟った将軍が発した悟りの言葉。
 だからこそ、答える為に口を開かざるをえない。

「手です」

「手?」

 刀を持ったまま手を見る将軍に私は静かに告げた。

「今、刀を持っている手は、鍬を持ち畑を耕す事ができます。
 物を運び、商いで金を握る事ができます。
 将軍様の手は刀を、幕府を持つのみでした。
 民の手を握る事をもっと速く知っておられれば、毛利・大友だけでなく三好すらも将軍様の威光にひれ伏したでしょう」

 暴れん坊将軍は民の為に悪の御家人を切るのだ。
 御家人を切るだけでは、ただの人切りでしかない。

 将軍はただ手を見つめて持っていた刀を私の前に投げ捨てた。

「流石。姫巫女よ。
 大儀であった。
 問答の駄賃に大典太光世を持って行くがいい。
 供の者の腕はまだ伸びるぞ」

 私は静かに頭を下げる事しかできなかった。
 私は私のエゴで、彼を見殺しにする。
 私の為に、大友家の為に。
 分かっていた儀式だけど、御所からの帰り道私の心は晴れなかった。


  
「姫様。繋ぎがとれました。
 夜、宿の方に」

 宿には、別行動をしていた佐田鎮綱が控えていて、彼女らの到来を告げる。
 京都に来た理由の一つに忍との接触があった。
 情報収集は歩き巫女や遊女に任せているけど、防諜がまったく整っておらず、毛利元就に後手後手後手を踏む始末。
 いや、堺での鎧プレゼントは本気でへこんだから。
 これは、確実に起こる毛利との戦に置いて致命傷になりかねないから忍者を雇う事にしたのだった。
 なんで畿内くんだりまでと思うけど、土着の忍達は露骨に土着勢力と繋がっているからかえって情報が漏れてしまうのだ。
 元就相手には、「珠姫が忍を雇った」という情報ですらどう使われるか分からない。
 あれに勝つには、情報そのものを与えない事が大事だし、防諜で忍の存在がバレても流れ者の忍なら金を払い続けている限り裏切らない。
 土着の忍は金を払っても、地縁で裏切りかねないから。

「で、伊賀?甲賀?」

「甲賀の方でして」

 それもなんとなく予測はついていた。
 時流に乗るのが美味い甲賀と違い、伊賀は独立色が強すぎる。
 こちらの提示は、人材と資金の供給。
 で、要求はくノ一購入である。
 人身売買以外の何者でもないが、九州くんだりまで来る者の生活保障と誰がボスかをはっきりさせる為には絶対に必要だった。
 話はそれるけど、大友領における人身売買は高付加価値をつけて購入側になる事で激減しているけど、他所では相変わらず売られていたりする。
 で、ブランド品が流行すれば偽者も出回るのも当然で。
 いましたよ。大友女の偽者。
 知識(性的)と教養を持たせた高級娼婦である大友女はそれと分かるものは無い。
 せいぜい私が経営する遊郭がそのブランドの保障みたいなものだったりする。
 では、偽者はどうやって大友女としていたか。

 刺青である。

 大友の家紋である杏葉紋を体に彫らせて売っていたのだった。
 首輪をつけ、鎖に繋がれたあられもない女達に彫られている刺青を見て思わず濡れたのは内緒。
 か、かんちがいしないでよね。
 ちょっと、好きなエロゲーブランドがcatwalkNEROとか、ブラックリリスとか、ルネとか、シルキーズとかだったりするだけだからね!
 トップクラスの遊女達にピアスでもつけようかしら。
 ピアスが金銀ならそれの価値で彼女達の価値も上がるし、彼女達にも財産となるな。

 閑話休題。
 まじめな話、全ての人身売買は止められない。
 それほどこの日本の交易は拡大していたりする。
 それを止められるのは統一政権、つまり秀吉を待たないといけない。
 つまり、後三十年はこの光景をみないといけない訳で。
 重たいなぁ……
 私一人なら、喜んで肉欲に溺れてもいいのだけどね。

「姫様」

 麟姉さんが大典太光世を手にとって来訪者の存在を告げる。

「構わないわ。入ってきて」

 麟姉さんを手で留めて、彼女達を部屋に入れる。
 入ってきたのは忍び装束のくノ一が三人。
 くノ一って本当にいたのね。
 が、素直な感想だったり。 

「名前を聞かせて頂戴」

「名前は捨てました。
 里も抜けて、姫様に捨てられるなら死あるのみです」 

 あれ?
 そんな決死のくノ一募集では無いんだけど??

「姫様は我ら女の為に新たな里を作る事を約束してくださいました。
 女が里長になれるなど望外の望み。
 それゆえ、里は最初この話を断ろうとしたのです。
 ですが、我らは夢を見てしまいました。
 西国に名を轟かす姫様の下で女の里長としてくノ一と供に働く夢を。
 ですから、全てを捨ててここに来ております。
 どうか、我ら三人をお買いくださいませ」

 三人同時に平伏するくノ一達。
 その平伏時にぽよよんと弾む胸・胸・胸。
 くノ一だもの。ハニートラップできて当然だわ。

「分かりました。
 貴方達を買います。
 とりあえず巫女としてこの旅についてきてもらうから。
 名前は、舞・霞・あやねでいいかしら?」

「「「我らの命!珠姫様の為に!!!」」」

 
 ためしにと、三人の色仕掛けを見せてもらう為に絡んでもらった。

 凄かった。

 で、麟姉さんと私も混ざって百合5Pに……


 リリスの道を着々と歩んでいる今日この頃です。



[5109] 大友の姫巫女 第十九話 がーる みーつ ひすとりー 
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/12 16:04
 松永久秀は三好長慶倒れし三好家の政を一手に支えていた。
 まぁ、かなり己の利益を優先していた事は否定しないが、四国から畿内にかけての三好政権が崩壊しなかったのは彼の調整能力が優れていた証左である。
 その彼が政務を勤める為に飯盛山城に登城すると珍しい人物を見かけた。
 だから声をかける。
 必要ない、殺すべき人物だからこそ恭しく、敬意を持って。

「将軍様。
 ここにはいかなる用で?」

 供回りもつれずに足利義輝は久秀に告げる。

「長慶殿のおみまいだ。
 幕臣をみまうのも将軍のつとめだろう」

 その一言で、彼が久秀の知る義輝ではないという事に気づき、核心に触れる。

「姫様に何か言われましたか?」

 西国で轟く大大名大友家の姫君は台風のように我々を荒らしまわって、今日、堺を出ると聞いている。
 ある程度の殺気をこめたその言葉にも動じずに義輝はまるで悟りを開いた僧のように笑った。

「何も言われなかった。
 だから、俺が殺されると気づいた」

「はっはっは。
 さすが姫様だ。
 いらない事を言うなとは釘を刺しましたが、言わない事で気づかせるとは……
 いや、おみごと。おみごと」

 見事に一本取られた形になったのに久秀の笑いは止まらない。
 あの姫様は何処まで伸びるか。
 毛利公のお気に入りと言われるだけはある。
 見ると、義輝も笑っている。
 そして久秀は悟る。
 姫が久秀から一本取った事を伝える為に、ただそれだけの為に彼はこの死地にも等しい場所に来ているのだと。

「で、久秀。
 俺はいつまで生きられる?」

 まるで人事のように義輝は己の死期を尋ねる。
 だから、明日の天気を気にするかのように、久秀はその答えを口にした。

「半年もないでしょうな。
 あの姫の為に安宅殿を三好から追い出して、大友に送らねばなりませぬ。
 安宅殿無き三好家で、将軍様を支えるのは殿しかおりませぬから。
 で、殿の病では年は越せぬでしょう」

「そうか。半年もあるのか」

 いい笑顔で義輝は笑った。
 こういう笑い方もできるのかと久秀は思いつつ、確認の為に一応彼に尋ねる。

「その間に兵を集められますか?」

 その問いに義輝は笑顔のまま首を横に振った。

「今更、兵を集めてなんとする。
 お主が、毛利公が、あの姫が指している手はそれよりはるかに先ではないか。
 逃れられぬのは分かっておる。
 俺に残されているのは、腹を切るか京から逃げるかの二つだろう。久秀?」

「その通りでございます。
 もし、お逃げになるのなら、西へは逃げて下さるな。
 今、西はあの姫と毛利公が鎮西の覇権をかけて争っている最中。
 将軍という駒は二人の差し手にとって邪魔でしかありませぬ」 

 それは、姫に感化された義輝へのせめてもの餞別。
 と、同時に二人の謀将の西国二十数カ国を使った将棋を邪魔させない観客としての忠告でもあった。

「分かっておる。
 ならば尋ねるが、あの二人を天下は選ぶのか?」

 観客と分かっているが故の純粋な義輝の問いに久秀も首をひねった。

「毛利公ではないでしょうな。
 お年を召しすぎている。
 あの姫が毛利公に勝てばまた別でしょうが、天下はそれほど安易に己を任せぬでしょう。
 西があの姫なら、東からも誰か出るでしょうな。
 上杉か、武田か……」

「織田かもしれぬぞ」

 義輝の一言に久秀は笑って否定する。

「今川殿を討ち取ったとしてもまだ尾張一国、伸びるには時間がかかりましょう」

「そうか」

 風が吹いて二人の袖を揺らす。

 あの姫は知らない。
 彼女という縁でこの二人が話をするという事を。

 この二人も知らない。
 二人が否定した織田家の当主に姫が会いに行く事を。

「そろそろ、堺から出た頃でしょうな」

「伊勢に行くとか。
 宇佐の姫巫女として伊勢参りは外せぬそうだ」

 表向きの理由しか知らない二人はその妥当性ゆえに信じて疑わない。
 そしてこの二人の話も終わりが来る。

「では、そろそろ帰らせてもらおう。
 俺無き畿内、まとめてみせよ」

「かしこまりました。
 東国かあの世で、貴方様無き後の畿内の繁栄を眺めていてくださりませ」

 久秀ははじめての敬意を持って義輝を見送り、義輝も久秀の敬意を受け立ったまま真っ直ぐ城から去ってゆく。
 その後、この二人は会う事は無かった。



 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 くノ一三人と大典太光世をげっとです。
 そして、今日、堺を離れます。

 せっかくだからと色々買い物をするのは女子の習性らしく、心はともかく体は立派な女である私も麟姉さんとくノ一三人を連れてのショッピングです。
 ちなみに、引き連れた三隻の船の積荷の内一隻分の鋼とコークスを堺に卸した結果、うなるほどの大金が我が手に。
 という事で、お金に心配ない私はかねての野望を実現するのでした。

「本ですか?
 たしかに商っておりますが……」

 屋敷ではなくお店の方は人の出入りは激しい。
 そんな雑踏の中お世話になっている今井宗久殿が首をかしげる。
 ごめん。21世紀のオタクは何より情報に飢えているの。
 本や巻物が貴重品なこの時代、何度源氏物語や平家物語(それすら名家かつ大大名の大友家だからこそ)を写経したか。
 おかけで字覚えたけど。
 てっきり着物とか飾り物とか紅とかの化粧品と思っていたらしく、第一声に告げられた商品名に目をぱちくりさせるが、そこは大商人。

「で、どのような物をご所望で?
 ありがたいお経から唐天竺の巻物、南蛮の本まで揃えますが?」

「うん。全部ちょうだい♪」

 ぴたりと賑わっていた店内が途端に静かになる。
 うんうんうん。
 これよ。これ。
 かつてTVで見たマイケルジャクソンのお買い物。略して「マイケル買い」。
 これこれと指を刺しただけで買われてゆくというあれは一度やって見たかったのだ。

「あと、これとこれと、ああ、それも……」

 やばい。むちゃくちゃ気持ちいい。これ。
 と、調子に乗っていたら、思わず人にぶつかってしまう。

「痛っ!」

「これは失礼を。
 大丈夫でござるか?」

 倒れた私を助け起こす。好青年。
 まだ元服はしていないのかな?
 うわ。モロラブコメじゃないか。

「あ、ありがとうございます」 

「気をつけて。では」

 なるほど。
 世の女性はこれでときめくのか。
 なんとなく納得。

「姫様。ご無事ですか?
 ああ、足から血が出ているじゃありませんか」

 あれ、怪我したわけでもないし足は痛くないし……
 あれれ?

 麟姉さんに耳打ち。ごにょごにょごにょ……

「姫様!
 おめでとうございます!」

 そんな大声で言わないで。めちゃ恥ずかしいから。
 これで赤飯出たら……出すんだろうなぁ。
 女になったのだから。
 ええ。店あげての大判振る舞いでしたよ。
 めちゃ恥ずかしい……

 幼女は血を出して少女に進化しました。



「四郎殿。
 探しましたぞ」

「待っていてくれと言ったのに。
 噂の嫁に会ってきただけです」

「で、ご感想は?」

「お爺様のお目通り。
 最初の買い物で書に巻物を選ぶ。
 あの姫、取り込まないと負けるよ。毛利は」



 畿内までは大友家の使節として動いた。
 ここから先は私のわがまま。
 帆が張られ、ゆっくりと堺の港が遠ざかる。
 胸がときめく。
 それを押さえるように腕を組んで膨らんできた胸を押さえる。

「姫様?」

 そんな私を麟姉さんが、佐田鎮綱が、くノ一三人娘の舞・霞・あやねが不思議そうに見つめる。


「なんでもないわ。
 行きましょう。尾張に」


 こうして、


 私は、歴史に会いに行く。



[5109] 大友の姫巫女 第二十話 尾張の姫巫女
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/13 11:14
尾張国 津島港

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 伊勢参りも無事に済んで、目的地の尾張にやってきました。
 栄えています。博多や堺と比べるのは無理だけど、府内並に栄えています。
 これなら、鋼とコークスも高く買い取ってくれそうです。

 さて、尾張ですが治めている織田信長の話をちらほちらと聞く。知っているけどね。
 リアルで話されている商人達の話がまたおもしろくて。

「あの殿様になって街道を安心して歩けるようになった」

「うつけと言われるが、この港で商いをしているとうつけと言えなくなる」

「今は美濃の斉藤を攻めているが、中々思うようにならないらしい」

 桶狭間の合戦以後、信長は急拡大をしたとみな結構考えるけど、美濃を落としたのは桶狭間から七年後だったりする。
 そこからの信長の拡大は飛翔と言うに相応しいけど。
 現在は、美濃攻略中で小牧山に城を移したとか。
 まずはそこを目的地にしましょう。

 今回はかなり偽装に力を入れました。
 霞とあやねの二人を替え玉にして留まらせ、姫巫女衆の半分に足りない分はで買った遊女や歩き巫女達でごまかして伊勢に留まらせています。
 佐田鎮綱もあくまで商売の為に津島に来ているだけで定期的に津島に顔を出しますが、伊勢の囮の方についてもらいます。
 私と麟姉さんと舞および姫巫女衆の半分で歩き巫女となって小牧山を目指すという筋書きです。
 なんでこんな女ばかりの旅ができるかというと、織田領内の治安が凄く良かったりします。
 まず、一つ目に「一銭斬り」と呼ばれる一銭程度盗んだ者でも首を斬ってしまうという、とても厳しい法を作って徹底させた事。
 次に、夜盗や山賊達に兵になるという雇用の機会を与えた事。
 事実、同じ毎年出兵でも各国衆の調整を待たないと出兵兵力の総数すら分からない大友に比べて、傭兵によって作られた織田は素早くかつ最初から出兵兵力を把握しています。
 そして、ほぼ年中軍事圧力を美濃にかけ続けた事で美濃国人衆はその負担に耐え切れずに内部崩壊、信長に調略されていくのです。
 まぁ、万一の事も考えて御社衆は織田家の足軽として仕官させていますが。

 道中、さしたるトラブルも無く小牧山に到着。
 宿を取った後で情報収集です。もちろん、姫巫女衆の体で足軽達から聞き出したのですが。
 現在、信長は東美濃に出陣中との事。
 美濃国主斉藤龍興が稲葉山城から家臣によって追い出されたとかで、竹中半兵衛のクーデターが勃発したのね。
 んじゃま、鬼の居ぬ間に目的を果たすとしますか。

 麟姉さんと舞を連れて足軽長屋をうろうろ。
 八幡様のご利益と称して祈祷のまねごとをしながら目的の人物を見つけました。

「ねね。
 こっちよ。
 今、巫女さんが祈祷してくれているから」

 主婦仲間に連れられてやってきた、太閤秀吉の生涯の妻。ねね。
 年は私より上かな。姉さんと呼びたくなる明るさと大らかさを持っていたりする。

「何を願おうかしら?」

「決まっているじゃない!
 旦那の無事と子宝よ」

 ねねをからかう奥様連中。
 仲よろしい事で。旦那浮気性だけど。

「まぁ、旦那さんの武功は八幡様にお願いするとして、子宝を男の戦神に頼るのは筋違いかと。
 で、西国では子宝を授かる比売神様というのがいらっしゃいまして」

 何しろ私の母親だ。秘密だけど。
 着物の上からねねのお腹をさわり、力を注いでゆく。

「きっと、良いややが授かりますよ」

 これが今回最大の目的だったりする。
 秀吉とねねに子供を授ける。
 信長亡き後に天下を取った秀吉はその信長の夢に狂い朝鮮出兵という政治的大失策を行ってしまう。
 それに露骨に巻き込まれて、家を取り潰されたのが我が大友家だったりする。
 で、私は考えた。
 秀吉が信長の夢以外に縋る者があったら。分かりやすい自分の子供がいたら彼は狂ったのかのと。
 この時期以後、私は毛利に龍造寺に島津と戦に追われるから、ねねに子供を授けられるのは一人だけ。
 ついでに八幡神の戦の加護もつけた。ぼんくらにはならないだろう。
 で、目的を果たし、後はてきとーに祈祷なんぞをしていると不意に周りが騒がしくなる。

「邪魔する。
 ねね殿。すまぬが、白湯を出して下さらぬか」

 知らぬ男が二人、駆けてきたらしく汗まみれでねねに頼む。

「小一郎殿。
 主人に何かあったので?」

 小一郎?小一郎……豊臣秀長!
 秀吉の名脇役、一門の最優秀出来人じゃねーか。

「いや、たいした事ではない。
 丹羽様にこの者をつれてこいと言われてな」

 どっしりとかまえて見るものに安心感を与える空気は、男手が不意に来た事による不穏な空気をさっと消し去ってみせる。
 さすがだな。この人が生きている限り豊臣は磐石だわ。

「では、我々はこれで。
 皆様、健やかなる事をお祈りしています」

 麟姉さんと舞に目配せして、この場から去る事にしました。
 けど、私は一つ見くびっていたのです。

「ちょっと待ちな。
 あんたら、斉藤の間者?」

 足軽長屋から離れた所で、追いかけてきたねねさんに尋ねられた一言で、この人も天下人の妻たる資格を持つ人だったかと悟ったのでした。
 何も知らない、麟姉さんや舞がねねさんに手をかけようとするのを手で制して私は口を開きます。

「違うわ。
 その証拠に、今、旦那の身に起こっている事を話してあげてもいいけど?」

 その一言で、まぁ間者は確定とばれるけど、身分バレよりねねさんに手をかける方がもっとやばい。

「聞きたいわね。
 うちの主人がどうしたって?」

 凄く強気に言ってくるねねさんに私は静かに口を開いた。

「監禁されているわよ。
 あんたの旦那」

 ばたり。

 ちょ!

 ねねさん倒れないでよ!めでぃーく!めでぃーく!!

 知る人には結構有名な、秀吉の墨俣以前の功績の話です。
 竹中半兵衛のクーデターで動揺する東美濃を切り取る為に、信長は秀吉に命じて東美濃国人衆の調略を任されます。
 ところが、鵜沼城を織田方に寝返らせようとした時に鵜沼城主大沢基康と息子主水の意見が対立。
 そのあおりを受けて使者として出向いていた秀吉が捕らえられてしまう。
 使者である以上、秀吉の身は無事だが、問題は失敗を許さない信長にこの言がばれてしまう事である。
 で、留守役の小一郎は丹羽長秀を通じてとりなしを図るという所まで、起きたねねさんに話しましたよ。ええ。
 ちなみに小一郎が連れていたのは先に秀吉に調略された坪内利定である。
 ねねさんはとりあえず最後まで話を聞いてくれたけど、顔色は悪いまま。そりゃそうか。
 この一件で秀吉が無事なのは知っているが、それを言っても信じないし、神様のお告げと言ってもいいけど、ねねさん私達を間諜と勘違いしているし。
 はぁ。仕方ない。
 いらない手助けをしますか。

「舞」

「はっ」

 私の後ろで舞がかしこまる。

「今、宿にある銭はいくら?」

「十貫ほどありますが」

「いいわ。それ持ってきて。
 あと、津島に使いを走らせて銭持ってこらせて」

「承知」

 あっという間に去ってゆく舞。さすが忍。
 織田家は主人信長の気風に従い、合理的かつ物欲が旺盛だったりする。
 つまり、金である程度の買収は可能なのだ。
 ねねさんの手をとって私は微笑みながら告げる。

「そのまま、小一郎殿が丹羽様にお会いになられても、上手くいくとも限りませぬ。
 この十貫を差し上げますから、それを小一郎殿に渡してあげてください。
 あのお方ならきっと上手くやるでしょう。
 で、ここまで貴方を助けるのだから、私達は斉藤の間諜じゃないでしょ」

「あ……ありがとうございますっっ!!」

 いや、ひれ伏さなくていいから。
 数十年後、立場逆になるから。きっと。

 結局、この丹羽様を通じたとりなしは上手くいき、鵜沼城も織田側に寝返る事になり秀吉は出世の糸口を掴んだのでした。
 きっと、帰ってきた秀吉はそりゃねねさんとわっふるわっふるとやっているでしょう。
 二人に幸せあれ。


 
 
「間諜?」

「は。妻の話だと、斉藤側では無いようですが、歩き巫女の一団とか。
 十貫もの大金を出して、丹羽様にとりなしを頼むよう告げたとか」

「何処だと思うか?」

「一つ考えられるに、斉藤家の一部が我らと誼を通じたいと考えているのやも知れませぬ。
 道三様亡き後に不遇をかこっていた重臣など考えられますが」

「面白いな。
 目を離すな」

「は」



[5109] 大友の姫巫女 第二十一話 彼は大事なものを盗んでいきました
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/15 10:16
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 与えられた神力で秀吉の子供をねねに授けましたよ。
 大友家の死亡フラグ、回避の一手です。

 で、問題はここから。
 秀吉とねねに子供を授けるという目的は果した。
 さて、信長を見て帰るか否か。
 大いに悩む。
 見たいという欲求はもの凄く強い。
 手の届くところに歴史上の偉人が居るのだ。
 それを見たい、よければ話したい。
 純粋な未来を知る者としての欲求。
 だが、それは諸刃の剣でもある。
 謀将毛利元就しかり、腹黒ボンバーマン松永久秀しかり、情報戦でこの時代のトップクラスは現代人でも信じられないほど情報に長けている。
 伝達手段の関係からどうしてもタイムラグがあり、それを補う為の情報誘導を積極的に行うからだ。

 つまりこうだ。
 AがBという事をするという情報が広がって、Cは一日、Dに届くのに数日かかるとする。
 この情報を得てDが何かをする場合、既にCが介入しているという情況で、Dが出し抜くにはどうすればいいか?

 答えはこうだ。
 DがAに対してBという事をするように導く。

 これでタイムラグは逆転し、CはDの後塵を拝む事になる。
 地方大名の謀将にその傾向は強く、その代表は毛利元就なんかだったり。
 このタイプの打つ手というのは距離もそうだが時間も長い。
 介入に対して距離と時間という制約を抱えて手を打つから一手一手が凄く分かりにくい。
 たが、ある瞬間、ある場所に来るとその一手一手が詰み手になって逃れられなくなっていたりする。
 厳島合戦なんてまさにその典型である。

 そしてこの答えにはこんなパラドックスが存在する。

 CがAに対してBという事をするように導く。

 これをされると、Dは介入すら行えない。
 中央の謀将がこのタイプであり松永久秀なんかはこっち。
 こっちは、何よりも数で勝負できるから手数が多い。
 だから、爆弾を置き過ぎて自爆する。
 ボンバーマンが何度信長に背きつつ許されたりという愉快な情況の果てに、爆死という結果はそんな手数勝負で自爆したといえなくもない。

 なお、私はD。
 前世知識を持って、九州という地方でドンドン情況をこっちのいいように作っていっていたりするから。
 今回の秀吉とねねの子供なんてのもそんな手の一つだったりする。


 では、私が今いる織田信長はどっちだ?
 とても簡単。
 彼がAだから。
 Bという行為を行う事でCDに対応させる。
 だから天下を寸前のところまで取る偉人なのだけどね。

 
 ……自分で解説してなんだけど、信長まじでやばくね?
 おちつけ。COOLになろう。
 正直、信長に対して手を打つ必要は無かったりする。
 所詮、本能寺で焼け死ぬのだから。
 彼が生きていた果てで九州征伐なんぞやられたら悪夢以外の何者でもないが、死ぬと分かっているので手を出す必要も無い。
 でも、その情報を持っている私という異分子がいる。

 …………

 おちつけ。KOOLになろう。
 まだ慌てるような時間じゃない。
 今回はちゃんと偽装もした。
 大友の姫巫女は伊勢に滞在中という情報は、偽装ゆえにあえて広げさせている。
 今、撤収して伊勢に入ってしまえば信長の手は届かない。
 秀吉にも会いたかったが、人垂らし光線浴びたくは無いのでパス。

 家康も無理。この時期の三河は余所者に冷たいし、三河一向一揆が始まっているから、寺社勢力の私は敵性認定されるだろう。

 決定。
 ここを引き払う。

 立ち上がる。
 まだ、小牧山城の宿だったりするのでとりあえず津島まで逃げる。
 私が口を開いて撤収の指示を出そうと思った矢先に、

「お客さんですよ。
 木下藤吉郎さんってお方がお見えになっていますが」

 女将の朗らかな声に私は、信長の糸に絡め取られたのをはっきりと悟ったのだった。


「えりゃあ助かったでよ。
 おかげ様で、信長様にも誉めてもらい褒美も頂く事もできた。
 これも丹羽様を動かすだけの銭をめぐんでくれたあんたらのおかげでよぉ。
 こうしてお礼をしに来たって訳さぁ」

 目の前に尾張訛の猿が居る。
 けど、猿は猿でも、動物の猿では無く、ルパン三世の猿だった。
 ああ、だから女好きな訳だ。
 まぁ、次から次に話すこと話すこと。
 話が飛ぶし、身振り手振りが面白いし、緩急があるから麟姉さんも舞も私も腹抱えて大笑い。
 で、活動から戻ってきた他の歩き巫女や、まったく関係ない宿の他の客も巻き込んで、木下藤吉郎大独演会の幕開けとなり。
 綾小路きみまろ並の大フィーバーでやんややんやと話弾めば、酒が欲しい、つまみが欲しいとそのまま宴会になだれ込み。
 元遊女な歩き巫女達がこのチャンスを逃すわけも無く、男客に取り入って一人、また一人と寝屋に消え。
 というか藤吉郎よ。あんた、舞連れて何処に行く?
 ねねはどーした!ねねは!!

「もちろん!帰ってからしっぽりと朝まで合戦してきたでよぉ!
 叫ばせ続けて足腰立たなくなるまでしたおかげで、朝飯は食べられにゃーわ、隣近所から『自重しろ』と突っ込まれ。
 ひでぇーと思わにゃーか?」

 まぁ、分かんなくは無いけど。
 人質だったから死線をくぐってきた訳だしね。

「それに、この胸は一度お相手すべきだきゃあ」

 本音はそっちかよ!!
 まぁ、分からんではない。
 触った私が保証する。あれは魔乳だと。

「ま、魔乳じゃとぉ!
 なんて素晴らしい響き!
 たしかに、この揺れ、このふくらみ、揉めばきっと涅槃に連れて行って離さない。
 まさに魔乳!」

「ま……魔乳なんて……ちょっと人より大きいだけです」

 舞の訂正になんでかかちーんと来る、私と麟姉さん。
 将来有望の私の胸はたとえるなら、某アイドル育成ゲームにおけるパイタッチエロゲアイドルであり、麟姉さんは同じゲームにおけるローソン店員である。
 護衛時に胸が邪魔なのでさらしで絞めるとか隠れ乳属性ですよ。彼女。
 なお、くノ一の舞・霞・あやねの三人はさわやかにF91を超えている。
 化け物め。
 こっそりジェットストリームおっぱいと呼んでいるのは内緒だ。
 あと、補足を一つ。
 この歩き巫女一行で一番胸の小さいのは私だったりする。
 まぁ、年も一番若いからね。
 どうせ神力で後に魔乳ならぬ神乳になって見返す予定だけどね。
 というか、今気付いたが舞よ。あんたなんでそんなにほいほいついてゆく!

「いえ、藤吉郎さんが『金は信長様からもらったでよぉ、舞と麟様の二人を相手にしたいなぁ』と」

 舞が忍者だなとさり気なく評価したのは、ここで私の名前を出さなかったのと、麟を様付けした事。
 まだ、彼はこの一行のボスが私か麟姉さんのどちらかに絞れていないだろう。
 私はくせで麟姉さんと呼んでいるし、麟姉さんの腰には天下の名刀大典太光世がでんと。
 だませればもうけものである。
 で、それはそれとしてちょっと頭冷やそうか。木下藤吉郎。
 帰れ。帰って、ねねと二回戦でもやってろ。この幸せ者。
 ドンちゃん騒ぎと馬鹿騒ぎの果てに、宴は夜更けまで続き、何のためらいも無く自分が藤吉郎と話していた事に驚愕したのは宴が終わって寝床についた後だった。

 彼は大事なものを奪っていきました。
 私の警戒心と逃げる時間です。


 早朝、まだ誰も寝静まっている時に私は旅支度を整えて宿を出ていたりする。
 もちろん、麟姉さんや舞にも報告済みの行動だ。
 事ここに至って、長居は帰って危険だからとにかく逃げると。
 で、全員撤収は流石に怪しまれるから、単独で私が先に逃げる事にする。
 と、二人には説明した。
 多分うまくいかないだろうから。
 秀吉がこの時期信長の腰巾着だったのを私は知っている。
 その秀吉が来訪した時点で信長に補足されたと私も悟っている。
 宿に兵隊連れて踏み込まれたらたまらないという理由もある。
 最悪私だけ連れて行かれても、舞と麟姉さんが無事なら脱出の手はある。
 とまぁ、最悪を考えての行動だったりする。
 ここまで派手に動けばいくらなんでもばれるだろう。

 小牧山の町から離れたと思った時に、それは現れた。
 朝の単騎駆けなのか、待った行動なのかは知らない。
 けど、イケメン不良がいい大人になっても子供心を忘れない、そんな雰囲気を残しながら、織田信長は私に、

「そなたが歩き巫女の長であるか?」

 と馬上から尋ねたのだった。



[5109] 大友の姫巫女 第二十二話 似たもの夫婦
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/17 01:41
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 魔王に遭遇してしまいました。
 これから一体どうなってしまうのでしょう?

 現在私は乗馬中だったりします。
 信長の馬に乗せられて。
 いや、なんつーか、色々混乱中だったり。信長から醸される血と硝煙と汗とか。
 で、馬を駆けている信長の横顔が凄く真面目でかっこよくって。
 やばいです。
 胸の鼓動が止まりません。

「って、ここ何処?」

「美濃だが」

 は?
 そうか。目の前の川は木曽川か長良川か。
 じゃなくて!
 おちつけ。
 KOOLになろう。
 まだ、この時点で美濃は斉藤氏のもので、信長が押さえているのは東美濃しか無いわけで。

「何で、こんな所に連れてくるのよ!」

「話が聞きたいからだ。
 お前は、何処の者だ?」

 はぁ?

 少女思考中。
 えっと、尾張については偽装工作をやっているから正体はばれていない訳で。
 そんな状況で歩き巫女という間諜の代名詞なんぞやっていたら、隣国のスパイと勘違いされる訳で。
 秀吉あたりと接触したという事で斉藤関係者と当たりをつけたから、美濃くんだりまで私を連れてきたということかしらん?

 あれ?

 身分隠したの裏目に出た?

「それを言える様なら間諜として失格だと思うけど。
 で、私が小牧山で取った行動から察してよ」

 とりあえず、信長の話に乗ってみる。 

「だから、ここまで来たのだ。
 そのままお前を連れて行って、こっちに寝返らせる」

 ちょ!

 おちつけ。
 私は何をした?客観的に見て。
 東美濃調略中の秀吉を助けた。
 つまり、織田側に有利な行動を織田側でないのにした訳だ。
 やばっ!寝返りたい斉藤側勢力の間諜と間違われている!!

「どうした?
 俺の顔に何かついているのか?」

「な、なんでもないわよ!」

 考えている間、じっと信長を凝視していたらしい。
 とりあえずこの場を切り抜けないと。

「墨俣」

 その一言に信長の顔に閃光が走る。

「東美濃を調略した後、西美濃を押さえる時に木曾川がどうしても邪魔になる。
 美濃を奪うなら、墨俣を握らないと。
 で、墨俣を押さえる為にも対岸の東美濃の掌握は絶対条件よ」

 史実の信長の戦略をあえて信長に告げてみる。
 それで私をどう扱うかあえて反応を見てみるつもりだ。
 大友の名前を出してもいいのだが、毛利元就や松永久秀あたりに「なんで尾張に行ったんだ?」なんて勘ぐられたくは無い。
 特にこの二人、後に信長に敵対しているからなおさら。

 信長はじっと私を見つめたまま、馬を尾張の方に向ける。

「帰るぞ。
 お前も城に来い」

 ですよねー。


 で、小牧山城の奥に現在私はいる訳で。
 女中の皆様の視線がめっちゃ痛いです……
 前世なら「ハーレム!ハーレム!!」と大喜びする所なのですが、ちょっと遊郭なんぞを経営して女社会の恐ろしさを知っているだけに皆の嫉妬の視線が怖い。
 新しい妾を連れてきたと思われているんだろうな。きっと。

「ゆっくりするといい」

 できるかー!!
 元来男ってのはこの手の女社会に疎すぎる。
 ましてや、ここは戦国の世。
 大名の男子を産めばそれだけで栄華を極められる女の戦国時代の合戦場。
 さて、どうしてくれようかと考えていたら、女中が来て「女主人が会いたい」との事。
 はぁ。
 気は進まないけど会いに行きますか。
 
 濃姫。帰蝶とも呼ばれる信長の正室。
 父親はあの斉藤道三。
 歴史資料は少ないがこの人が有能であるという証拠は、信長の女性関係がらみでのトラブルがついに政治問題に発展しなかった事からも現れている。
 たとえば、徳川家康正室の築山殿は武田内通という事件が露呈し長男信康まで巻き込んで処刑されていたり、我が大友とて二階崩れの遠因は側室の子供塩市丸の存在だった。
 奥の統治は国の統治並に力量がいる。 
 そんな奥方と対面しているのだった。

「で、そなたはどこの手の者ですか?」

 うわ。旦那と同じ事尋ねているよ。さすが夫婦。
 考えてみると、美濃は父の国だった訳で、その父を殺したのが兄と来たものだ。
 で、兄の息子を滅ぼそうとしているのが旦那である信長。
 何、この昼メロなどろどろの関係は。

「わが身の上、まだ明かす訳には参りませぬ。
 ですが、尾張の殿様に不利な働きをするつもりもございませぬ。
 今の所はこれにてご容赦を」

 濃姫はじっと見つめたままだが、その視線が突き刺さるようで怖い。

「で、もう抱かれたのですか?」

 うわ。むちゃストレート。
 聞いてるこっちが赤くなるのを自覚しながら口を開く。

「まだ生娘のままでございます。
 ここもいずれ引き払うつもりなれば、殿様のお目にかかる事もなかろうと存じます」

 いい男である事は否定しないけどね。信長。
 その答えは以外だったらしく、濃姫の顔が驚きで崩れる。

「妾にならぬと」

「はい。私には待っている人が居ます」

 これが恋人なら良かったんだけどね。
 殺し相手ですよ。毛利元就って稀代の謀将。
 このままここで暮らして、父の闇や母の苦労を無にするほど私も恩知らずではない。
 で、彼を倒しても島津四兄弟(耳川フラグは絶対に折る)とか龍造寺隆信(今山フラグも潰す)とか英傑達が後に控えて……
 あれ?
 私、潤い無いよ。
 何?この戦続きの人生。
 とはいえ、信長の妾なんぞになった場合、やはり信長が修羅の道を進む以上平穏とは言えるわけも無く。
 不意に色々なものがこみ上げてきた私に濃姫は、疑問を隠そうとはしなかったのだった。

「姫様」

 その声は夜、私の寝床の床下から聞こえた。舞の声だった。
 捕まって小牧山城に連れて行かれる事は想定していたから、舞や麟姉さんには逃亡用のプランをいくつか授けておいたけど、これはどのプランにも無い。

「何が起こった?」

 小声で、だけど舞に聞こえるように呟く。
 そして、床から聞こえる舞の声は驚愕の事実が伝えられた。

「佐田様から至急。
 松永様の間諜と接触。毛利元就病に倒れるとの事です」



[5109] 大友の姫巫女 第二十三話 ファーストキスは百万石
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/17 16:19
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 魔王の城で謀将倒れるの報告を聞き、私は私の休暇が終わった事を知ったのでした。
 ……ひっそりと信長や秀吉に抱かれてもいいかなと思ったのは内緒。
 けど、残念。
 イベントと好感度がちょっと足りなかったと思うのよ。うん。
 かといって、いきなり少女が二人の前に現れてくぱぁでは何処の恥女かと。
 あと、私が捕らえられて、麟姉さんや舞も捕まって三人仲良く陵辱調教ポテエンドもなんとなく想像したり。
 それをしなかったのは自分が背負っている大友百万石の重みを自覚しているから。

 ローマの休日をふと思い出す。
 姫って立場を自覚している者には重い枷でしかないという事が。

 さて、元就倒れるという報告で私が帰還を決意したのは以下の理由があったり。
 隆元亡き後に元就が病で倒れるのは私も知っています。
 問題なのはその病が回復する事を私は知っていたから、リアルタイムでそれにうろたえている人の事をすっぱり忘れていたのです。
 時は戦国時代。
 弱みを見せたらフルボッコなこのご時世にボンバーマンの所にまで元就の病の情報が伝わっている。
 特に、筑前統治に自信を深めて、戦をしていない我が大友がこれを知ったらどうなるか?

 うわ。考えたくねー!

 毛利領逆侵攻ってアムリッツァフラグが立ちかねんぞ。
 またこれが杞憂に終わらないだけの史実が残っているから困る。
 あと数年先に起こる史実の立花合戦、その大友勝利を決定付けた大内輝弘の周防逆侵攻がそれだ。
 この逆侵攻は毛利の九州撤退を代償にして、大内輝弘見殺しという形で幕を閉じる。
 こういう結果になった理由のひとつに、大友水軍が最後まで瀬戸内の制海権を握れなかったのがあげられる。
 ちなみに、大内輝弘周防上陸時の時でさえ、大友の謀将吉岡長増が瀬戸内水軍の村上氏に買収攻勢をかけ、見なかった事にしてもらっているという裏事情もあったり。
 で、周防長門を荒らされて本気の毛利は、この後きっちりと瀬戸内水軍に圧力をかけて瀬戸内海を封鎖。大内輝弘を見殺しにという結果になっている。

 けど、毛利に謀略を仕掛けるには最高のタイミングではあるんだよなぁ。
 隆元が死んで輝元に代替わりしているし、大内輝弘は第14代当主・大内政弘の次男・大内高弘の子という血統の良さもある。
 しくじった大内義長(大友晴英)より国衆の支持は集めやすいし、元就倒れるで旧大内領の国衆は動揺しているのが手に取るように分かる。
 それでも、駄目なのだ。
 この作戦の中核である瀬戸内水軍の掌握はこの段階でも行えない。
 それは、元就から智謀を引き継いだ彼の後で私の前に立ち塞がる男が瀬戸内水軍を掌握しているからに他ならない。

 小早川隆景。
 それがその男の名前である。

 手に取るように周防・長門を舞台にしたアムリッツァが見える。
 北部九州六カ国から兵を集めた、大友軍四万が門司侵攻。そのまま長門上陸。
 豊後水軍の手により大内輝弘が周防上陸。そのまま大友軍と合流して山口を開放。
 このあたりで毛利が水軍を使って反撃に出て、補給に支障をきたしだす。
 で、大友侵攻軍は防長制圧後に侵攻進路を巡って対立するだろう。
 多分、この戦で父上は門司までは行くが、海を越えるとは思わない。
 で、派遣軍諸将と大内輝弘が揉める。
 大内領の掌握と尼子支援を考えての石見侵攻か、毛利滅亡を視野に入れた安芸吉田郡山城攻めか。
 石見に突っ込んだ場合、待っているのが吉川元春。
 多分、勝ち負けのつかない戦に引きずられて奥地へ奥地へ引きずられる。
 安芸で待っているのは小早川隆景。
 水軍を潰せないから補給の枯渇で先に撤退するのは大友の方だ。
 これで尼子が挟み撃ちにできるのならまだ話は速いが、既に尼子は出雲を維持するだけの力しか無く、石見逆侵攻など夢でしかない。
 飢えて敗走する大友軍を待ち構えているのが関門海峡。
 当然耳川より広くて流れが速い。しかも毛利水軍つき。
 侵攻軍の内戻れるのは三割以下になるかもしれない。
 いや、一万も戻れたら御の字かも。

 考えたくねー!!!!!

 元就の事だから、絶対罠張ってる。
 あの謀将が自分の死すら罠に使わない訳が無い。
 ここで大友が壊滅すれば必然的に毛利家中は安泰だし、大友壊滅後に起こる大友領の大反乱祭りで毛利は西国の覇者として君臨できる。 
 多分、豊前・筑前・肥前あたりは毛利に臣下の礼を取るだろう。
 耳川起こしたくないのに耳川前に耳川以上の壊滅フラグが見えるってどういう事だ?

 とにかく戻らないと。
 せめて堺まで戻って情報の裏を取らないと。
 寝床で寝ているふりをしながら私は床下に潜む舞に話しかける。
「私を逃がせる?」
「霞・あやねもこちらに来ております。
 既に手はずも整えておりますゆえ」 
 派手な事はしたくないが、贅沢言っていられない。
「逃げるわよ」

 小牧山城の裏手でぼやが発生する。
 この時代の建物は木造ゆえに火をとてつもなく恐れる。
 皆が消火にてんやわんやの隙を見て、私は舞の手引きで城門まで逃れる。
 見ると、元から立っている兵がおらず、忍び込ませた御社衆が代わりに立っていたり。
 うん。織田方足軽だから疑われないわな。一応。
「で、元居た足軽は何処よ?」
「あちらに」
 物陰の奥で何故か下半身丸出して白目を向いている足軽が三人ほど。
「何をしたのよ」
「少し、この体で極楽を味あわせたのみで。
 お急ぎを」
 こうして、私は小牧山城から脱出する。
 もっとも、あっさり逃がしてくれるほど、信長も優しくはなかったのだが。

 私と舞が取り囲まれたのは小牧山城の町の外れ。
 ぐるりと囲む十数人の足軽の向こうに馬上の信長と指揮する藤吉郎が見える。

「逃げるのは、分かっていた。
 お前の正体、吐いてもらうぞ」

 冷酷に告げる声が、かえって己の勝利を面白く思っていないのが分かる。
 そりゃそうだろう。ここまででは小物のする事だ。
 西海で謀将と遊ぶ大友の姫巫女はこんな小物ではない。

「動かないで。信長。
 囲んだのはこちらの方よ」

 私が吐いた言葉で囲んでいた足軽の数人が躊躇わずに信長と藤吉郎に槍を向け、その状況の一変に他の足軽たちはついてゆけない。

「どういう事だ?これは?」

 うわ。面白そうに笑っているよ。信長。

「たいした種じゃないわ。
 私が逃げるのを読んでいたように、私も貴方が捕らえに来るのを読んでいた。
 で、大げさにしたくなくて情報に精通している者の手駒を使うと考えたら、藤吉郎の手の者しか考えられない。
 幸い、彼出世して足軽募集かけていたしね。
 手の者をそこに潜り込ませた。
 ね。簡単でしょう?」

 ここまで、手が打てるのは信長や秀吉が常人以上の頭を持っていたからに他ならない。
 彼らは状況を作れるから、自分が状況に誘導されているとは気づけないのがこの人種の欠点でもある。

「このまま切り合っても構わんが?」

「貴方はそれをしない。
 それをして、私を殺しても無意味な事を知っている。
 私という存在がどれだけの価値か調べたいからこういう手をくんだ。
 それに、私、手は二手、三手打つのがあたりまえの世界の住人なのよ」

 私が片手を挙げると臭ってくる火縄の臭い。
 これで、信長には分かるだろう。
 自分が火縄銃で狙われている事を。

「はははははははは!
 面白い!
 面白いぞ!!」

 大笑いする信長。
 どうやら、私への評価はなかなかのものだったらしい。

「どうだ。
 千貫出すから、お前の上司、手下も含めて俺に仕えないか?」

「せっ!千貫ですと!!」

 信長の一言に絶句する藤吉郎。
 なお、彼の知行はこの前の出世によって、三百貫だったりする。
 おまけに秀吉のライバルだった滝川一益はこの時期二千貫。
 いかに破格の待遇か分かろうというものだろう。
 一石=一貫で考えれば千石取り。
 何処の誰とも分からない小娘に千石をぽんと払うその気前のよさに感服する。普通の小娘ならば。

「ごめんなさい。
 千貫じゃ、安すぎるわ」

 その予想外の回答に信長の顔がきょとんとする。
 こんな顔できたのね。信長。かわいい。
 藤吉郎にいたっては絶句したまま顔が真っ青だ。

「ほぅ。ではいくらいるか言って見ろ」

 我に戻った信長が顔を引きつらせて尋ねるが、それを私は切り捨てた。

「百万石」

「ひゃ!百万石ですと!!!」

 なお、最盛期の今川がちょうどこれぐらい。
 これでもまけているのが笑える。
 大友家現在百十万石(新田開発で更に上昇中)なり。

「お前だけなら、いくらだ?」

「十万石」

 そうなのだ。秋月騒動で秋月旧臣を押さえ、私の所領は香春・筑豊に十万石を越えているのだ。
 これに、コークスや鋼の輸出、遊郭経営の金を入れたらその倍は軽く超える。
 
「高いな。まけろ」

「貴方が天下を取ったら考えてもいいわ。
 その時に私の正体、教えてあげる♪」

 悪戯っぽく笑う私に釣られて信長も笑う。
  
「気に入った。
 俺が天下を取ったらこの値でお前を買ってやる。
 とりあえず、見逃してやるからこの馬持ってゆけ」

 単騎、そのまま馬で近寄って馬から下りる信長。
 その仕草が、自然だったから何も警戒していなかった。私も舞も。

「んっ!?」

 だから、
 馬から下りた信長がそのまま私の唇を塞ぐのを、
 ただ見ていることしか出来なかった訳で。

「な、ななななななななななななななななななななななななななっっっっ!!!!
 何するのよッっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!」

「百万石の手付けだ。
 天下を取ったらお前を奪いにゆくからな」

 何もいえない。
 顔が赤くなるのが分かる。
 舞とか藤吉郎とかにやにや笑っているし。

「どうした?
 逃げないのか?」

「分かっているわよ!
 舞!行くわよ!!」

 私は舞の背に捕まり、駆けてゆく。
 御社衆や、信長の後ろに火縄を置いた霞やあやねも後からついてくるのだろうが、何も考えられない。

 

 私のファーストキスは第六天魔王でした。
 そして、私の休暇は終わり、姫としての修羅の道に戻ります。



[5109] 大友の姫巫女 第二十四話 永禄騒乱 堺にて
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/20 13:17
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 ファーストキス奪われちゃいました。
 あと、貰った馬は遠江鹿毛である事が発覚。
 順調に歩く身代金と化す私です。
 あれ?

 さて、大慌てで尾張から伊勢に逃げ、海路慌てて堺に戻ったのですが、そこは最初と大違いの熱気に包まれていました。
 私以上に儲けの種が畿内で発生したからです。

 そう。戦争です。

 事の発端はボンバーマン久秀でした。
 彼は私の策に乗り、淡路を治める安宅冬康追い落としを狙い三好三人衆を唆して兵を集めだした所で驚天動地の事態に遭遇します。

 将軍足利義輝の失踪です。

 身の回りのものと数本の刀しか持たず、供も連れずに失踪した義輝に二条御所の人はしばらくいなくなった事に気づかなかったらしい。
 そして発覚後、幕府は大混乱。
 形骸化しているとは言え、幕府のトップが失踪。
 問題にならない方がおかしい。
 とりあえず、三好三人衆は久秀と謀り阿波に居た足利義親を後継者に据える事で一致。
 だけど、今度は空白となった京の掌握に近江六角氏が色気を出し、淡路の安宅攻めは一時中断となる。
 ボンバーマン、あの将軍を殺す手まではまだ考えていなかったらしく、表に出ていない。
 久秀がいない三好三人衆に畿内を治める力など無く、京都を押さえた三好三人衆はここで大失態をやらかす。
 鹿苑寺院主周嵩を殺したのに一乗院門跡覚慶を逃してしまったのだった。
 覚慶は足利義秋と改名し、逃亡。近江に逃げこみ、ここに六角と開戦する事となる。
 で、その六角攻めに兵や物を集める最中だったりするのだ。

 え?
 久秀どうしたって?
 彼、これをいい事に大和の実効支配進めていますよ。
 手を汚さずに己の権勢はちゃっかり握って離さない。
 そこにしびれ(以下略)

 さて、堺まで戻ってきた我々ですが、実はまだコークスと鋼を残しているのですよ。
 最初に来た時に三分の一、尾張で三分の一、帰りに残りを売るという用意をしていたのですが。
 いや、今回商人連中の目色が変わっております。はい。
 だって、うちの鋼、そんじょそこらより上等だし、うちのコークス、そんじょそこらの燃料より火力あるし。
 かくして、血走った商人達から逃れるようにまた今井宗久殿のお屋敷に。

「まぁ、こんなご時世ですから確実に利になる商品は言い値で引き取れますからな」

 はっはっはと笑う今井殿。
 彼、私のコークスと鋼の三分の一をこの期に高値で売り払って巨万の富を得たとか。
 
「で、その商品についてお話を」

 目が獲物を品定めする目になっていますよ。今井殿。

「ほぅ。
 私に出来る事でしたら力になりましょう」

「近く、私は安宅殿を九州に招こうと考えています。
 で、残る安宅の人を畿内交易に使いたいと。
 それで、彼らを今井殿の名前で雇ってもらえないでしょうか?」

 物流は必要なものを必要なだけが基本ではある。
 だが、情報がリアルタイムで届かない以上、複数拠点に物資溜りを作らないと対応できない。
 私の提案は、今井殿を畿内御用商人に指名するという提案であり、代わりに三好三人衆に攻撃されかねない残る安宅水軍衆を今井殿名義で雇って欲しいという取引でもある。
 堺の有力商人を相手にするほど三好三人衆も馬鹿ではないだろう。

「私の名前でよければ喜んでお貸ししましょう。
 ですが、できれば宿毛以外にも港が欲しい所なのですが」

 今井殿の言葉に私も苦笑するしかない。
 豊後から土佐宿毛を通り、堺では少し遠距離過ぎるのだ。
 阿波か土佐に港が欲しいという今井殿の要求は当然だろう。
 となれば浦戸がちょうどいい位置に在るのだが、ここで問題となってくるのが後に勃興してくる土佐長宗我部氏である。
 勃興後に宿毛と浦戸は長宗我部氏の勢力圏に入る。
 この交易路の拡大は中継地である長宗我部氏にも金が転がり込む事を意味しており、一条兼定を京に持ってゆく形で空白地になる旧一条領と絡めて長宗我部急成長を促しかねない。
 一条と婚姻関係にある伊予宇都宮氏に一条領を任せるか?
 駄目。宇都宮は下手に動かすとかえってまずい。
 城井氏、爺やハヤテちんの佐田氏も宇都宮だし、筑後筆頭の蒲地氏も宇都宮だったり。
 また、宇都宮氏は妙に同族意識が強いから拡大後に同族で何かされるのはあまり望ましくない。
 じゃあ、一条領の隣の伊予西園寺氏に任せるか?
 これも駄目だ。大友と西園寺はあまり仲が良くない。
 一条氏は西園寺とは揉めているし。
 史実では西園寺を大友は攻めている。
 となれば、大友が兵を送って、西園寺領+一条領を握れる人間で宇都宮と有効関係を築いて、南伊予掌握か。
 しかも長宗我部と喧嘩して負けない人間。
 安宅殿かなぁ。
 水軍の若林殿と佐伯殿をつけての南伊予侵攻。
 彼なら三好家という事で四国内の情報に精通しているし、南伊予水軍衆を大友の支配下における。
 なによりすばらしいのは、豊後水道の南だから陸からでないと毛利は圧力をかけられない。
 かわりに近い内に長宗我部の圧力受けるけどね。
 父上が進めているかもしれない毛利逆侵攻よりましか。
 帰ったら父上に提案しておこう。
   
「浦戸でしょうね。
 あそこが使えるよう、一条殿を通じて話をしておきましょう」

 長宗我部の拡大は歴史上止められないし、私がそれを止める意味が無い。
 ならば、利でしばらくは操ってそれから考えるとしましょう。
  
 なお、残っていたコークスと鋼も売っぱらって笑いが止まらないほどの銭を手に入れましたよ。
 ただ、この銭は綺麗さっぱり無くなるハメになるのですが。



「おぅ。
 遅かったな。姫よ。
 そんな事では、厳島に取り残されるぞ」

 わざわざ堺に来てとっても嫌味な挨拶ありがとう。ボンバーマン。

「ご心配なく。
 私は叔父上と違って長門で切腹なんてしませんから」

 つんと澄まして毒を吐き返す。
 これぐらい毒を吐いてもこいつに効きはしないだろうし。

「で、将軍様逃亡の黒幕はあんた?」

 一応、確認。
 案の定、返ってきたのは否定の言葉だった。

「残してどうする?
 わしならきっちりと首を取る」

 ですよねー
 分かっていましたけど。

「姫と会ってから、何か変わったらしい。あれ。
 姫、何か言ったか?」

 じと目でにらまれるが、こっちだって身に覚えは無い。

「何も言ってないわよ。
 あれ殺す段取り前提で安宅殿もらうつもりだったんだから」

 将軍様あれ扱い自重。私もだけど。
 そうなのだ。
 私という歴史介入のせいだろうが、徐々に歴史が狂いだしている。
 おそらく永禄騒乱とでも呼ばれる畿内一円の大騒動は、

 足利義輝 安宅冬康の逃亡
 三好三人衆と六角の合戦
 松永久秀の大和征服

 三好内部の御家騒動と絡んで史実を大きく逸脱している。
 あまり歴史を弄ると、前世知識が役に立たなくなるからいやなのだけど、仕方ない。

「で、安宅殿は?」

「殿がもう長くない」

 少しだけ寂しそうに三好長慶殿の容態を伝えたのは気のせいだろうか。
 それ以降の言葉はいつもの謀気が戻っていた。

「姫が淡路に行けば落ちるだろうよ。
 三好三人衆は阿波を掌握しているから、淡路に立て篭もってもじり貧だ。
 で、安宅の残り者に姫が手をさし伸ばしたと聞いたが?」

「今井殿の下で働けるよう手はずを整えているわ。
 豊後―土佐―堺で交易をするつもり」

 その言葉に何故かあざ笑うボンバーマン。
 あれ?
 私、答え間違えたか?

「瀬戸内は使わないのか?」

 当たり前の事のように尋ねる久秀。
 何を言っているのだろう?

「あっこ毛利の勢力圏じゃない。
 毛利とは一戦しないと収まらないから、安宅殿引き抜きという手を組んだの忘れてないわよね?」

「その毛利のじじいがくたばりかけているそうじゃないか?」

 おかげで大慌てで帰りますよ。
 けど、伝えた久秀にはお礼を忘れない義理堅いつもりの私である。

「聞いたわよ。それ。
 だから慌てて帰るんじゃない」

 そう言って、私は蔵の鍵を久秀に渡す。

「何だこれは?」

「今井殿の蔵の鍵よ。
 堺で売った物の代金で、私が使い切れなかった分が全て入っているわ。
 私は、お礼は忘れない主義なの。
 大和征服の資金にでも使ってちょうだい」

 くるくると鍵を手の中で弄んでいた久秀はそれを私に投げ返す。

「小娘に礼をもらうほどまだ落ちぶれてもおらんよ。
 そうだな。半分だけもらっておこう。
 代わりに頼みがある」

 半分はしっかりもらうのね。さすが久秀。
 なんて感心していたら、久秀の声を聞いて一人の男が入ってくる。

「彼を届けて欲しいのだ。
 曲直瀬道三。医師だ」

 その名前を聞いた瞬間、私は久秀に完全にはめられたと悟った。

「つまり、
 大友の姫が安宅水軍引き連れて、
 毛利の庭たる瀬戸内海を突っ切って、
 名医曲直瀬道三殿を連れて、
 病の毛利元就に会いに行けと?」

 震える声で確認をとるが、ボンバーマン笑うんじゃねぇ!

「姫。怒るのか、笑うのかどっちかにすればどうだ?」

 なんだろう?
 この心から溢れるドス黒い衝動は?
 ああ、これが殺意ってやつね。納得。
 
「理由が無いわけではないぞ。姫。
 畿内はこのザマで一人旅は危険だからな。
 曲直瀬殿の身を守る為にも強力な護衛を連れている姫の船団はうってつけなのだ」   

 たしかに。
 安宅氏と供に帰るなら、帰りは安宅船だろうし。
 で、久秀に素直に聞いてみる事にした。

「何で、あんたが毛利元就生かすために動いているのよ?」

「決まっているだろう。
 あの爺と姫の勝負を見たいからだ」

 ねぇ。
 殺っちゃっていい?
 このじじい。

「姫。
 大友がかつての大内よろしく畿内で覇を唱える為には、瀬戸内水軍の掌握、つまり毛利との戦は避けられませぬぞ。
 あのじじいから多くの事を学びなされ。
 わしは姫の事を買っていますからな」

 それは奇遇ね。
 私は天下なんてごめん蒙るけど。
 と、そこまで吐き捨てようとして気づいた。

「大友、もしくは毛利、もしかして大友毛利連合が畿内を制圧した時の畿内奉行があんたの狙いか」

 だから食えないんだ!
 このじじい。
 全部の罪を三好三人衆に押し付けて、彼らの排除を私か毛利にさせる腹だな。

「さぁて。
 まぁ、大友にも毛利にも恩は売りましたからのぉ。
 毛利も姫みたいに恩を返してくれると信じておりますゆえ」

 考えてみれば、こいつ信長が上洛した時にもにたような事をしていたな。

「私はともかく、毛利は信じられるの?」

 尋ねた私に久秀は奥に声をかけた。

「あの爺は信用できませぬが、彼は誠実で信用してもよろしいかと。
 姫の旅の供にいかがですかな?」

 入ってきたのはいつかの好青年だった。

「毛利少輔四郎と申します。姫。
 父が貴方の婿にと差し出した者です。
 どうぞ、お見知りおきを」



[5109] 大友の姫巫女 第二十五話 瀬戸の姫君
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/21 16:53
 父上は、私を堺に送り出す時にこういう事を言った。

「誠実に振舞え。
 お前は毛利の血を引く者。
 お前を見る者は、その背後に血塗られたわしを見る事になる。
 そして観察せよ。
 己の目で見て、耳で聞いて、考えろ。
 それがお前の身を守る事になるだろう」

 それを守り、そしてこの姫に出会った。
 いずれ敵対するだろうこの姫は、太陽のようにまぶしくて、瀬戸内の海のように変幻自在で、父上のように狡猾で、
 気付いてみたら、この姫の虜になっていた。


 淡路までの旅路、じっと姫を見つめるが、飽きる事無く堺で買った書物を読み漁っている。
 お経に、南蛮書物に、写本に。
 視線に気付いたのだろう。ふと目があう。

「何、見ているのよ?」

「南蛮の書物も読めるのですか?」

 とりあえず、思ったことを口にすると返ってきたのはとんでもない答えだった。

「読めないわよ。
 けど、読めるようにするの」

 意味の分からない私に、姫は本を持ったままちょっと自慢そうに笑って口を開く。

「ほら。
 これは書という言葉。異国でもこれに類する言葉があるわ。
 文法は後で考えるとして、とりあえずは異国の言葉で何を表しているのか考えるのよ。
 宗教ってのは、ありがたい話を言わないといけないからある程度の話の類似性があって解読するのにうってつけなのよ。
 それが楽しくてね。パズルみたいでしょ」

「ぱ、ばずる?」

「ああ、謎かけって事よ。
 で、今回堺での大当たりはこれよっっ!!!」

 よほど嬉しいのだろう、えっへんと膨らみつつある胸を反らせて見せたのが、丁重な包装の羊皮紙の書物。

「聖書よ。聖書。
 難破船から拾ったらしいけど、こんなに速く手に入るなんて思っても見なかったわ!
 府内に帰ったら教会の司祭にラテン語習おうかしら。
 けど、内容は秘密だったから教えてくれるかしら?
 漢字やこっちの言葉は六郷満山の僧侶達にお願いして向こうの言葉に直せばいいし、明への布教はこっちより速かったから向こうの言葉で聖書出てないかな?
 そしたら一気に、南蛮人と話ができるのよ!
 凄いって思わない!!!!」

 一気にまくし立てる姫だが、その発想に行き着くまでどうやったのか理解できない。
 その一言に衝撃を受ける私に、姫は何を驚いているのか分かってないらしい。

「何よ?
 何か間違った事言った?
 みんな、異国の言葉が分かるようにするって話よ。今のは」

 それは分かりました。
 ですから、そこにどうして行き着いたのかを知りたい訳で。
 なんて言える訳も無く、口にしたのは別の事。

「ひ、姫。
 宇佐の姫巫女ともあろう者が異国の神を崇めるのですか?」

 誰もが恐れる神罰すらこの姫は気にしていないのか?

「そうよ。
 八百万もいるうちの神様は一人の神を敬うごときでばちを与えないし、気にもしないわよ」

 即答かつ恐ろしいほどの割り切りだった。
 そして、信じられないほどの知への執着。
 何がこの姫をここまで虜にしているのだろう?

「とりあえず、今度人集めて辞書作らないと。
 遊郭の遊女の預け子に読み書きそろばんでも学ばせて、学校みたいにするのもいいわね」

 私は、ぶつぶつ言いながら本を楽しそうに眺める姫をただ呆然と見る事しかできなかった。



 淡路に着いた私達だが、ここでも姫はとんでもない事を言い出す。

「少輔四郎殿。
 今から、この船団の主は貴方だからね」

「は?」

「だから、大友の旗より毛利の旗の方が迷惑かからないでしょうが!
 曲直瀬道三殿を連れて安宅水軍で安芸まで行く功績をあんたにあげるって言っているの。いいわね!」

「……はい」

 勢いで頷いてしまったが、それに気付く訳も無く、姫はそのまままくし立てる。

「よろしい!
 ほら、毛利の旗に変えるわよ!
 あと、安宅殿に会いに行く時、ついてきてもらうからね!!」

 安宅冬康殿は畿内一円を抑えた三好一族の重鎮で淡路の安宅水軍を握っておられるお方。
 その人柄は温厚でかつ有能。利に聡く集合離散の激しい水軍衆にも慕われているあたり、三好家の柱石たるお人。
 けど、当主長慶殿が病で政務ができない中、三好三人衆が権勢を誇り淡路に攻め込むとの話。
 このまま行けば淡路は戦場となり、安宅殿も討ち死にとなっていた。
 将軍足利義輝殿が京からいなくなるという事態がなければ。
 松永久秀殿が手を回して安宅殿を逃がすという話だが、その逃げる先がこの姫のいる大友とは……

「いいのですか?
 安宅水軍、毛利が取り込むかもしれませんよ」

「それはないわ」

 あっさりと切って捨てる姫の言葉に自信があったので尋ねてみる。
 先ほどの本を前にはしゃぐ姫とは別人の姫がそこにいた。

「もし安宅殿を使うとしたら水軍を率いる小早川隆景殿と比べられる。
 利に聡く、その時々で旗を変える水軍衆は、三好の柱石と称えられた安宅殿と小早川殿の二派に確実に割れる。
 それだけ、安宅殿は有能なのよ。
 だから、私が小早川殿の立場なら殺すわ」

 今から取り込む相手を、仮の立場とはいえあっさりと殺すと言ってのけるこの冷酷さは何処から来るのだろう?

「だから、大友は彼が咽から手が出るほど欲しいの」

 凄く怖い。
 殺したいほど欲しい。
 それはどういう感情なのだろう?

「ですが、大友にも水軍はあり、彼等を刺激するのでは?」

 姫はよく気がつきましたと言った笑みを口に浮かべて、歌うようにその先を話す。

「だから、大友に居られなかったら私が彼の居場所を作ってあげるわ。
 長洲か中津あたりに港を作ってもいいしね。
 それに、あんた達毛利と戦うには水軍の強化は絶対に必要なのよ。私にはね」

 『私には』その一言で、この姫は毛利と戦をする気だと知った。
 姫の父上である義鎮殿が大将ではないのだろうか?
 それとも、知行のある豊前・筑前を自ら守る為の言葉なのだろうか?


 安宅殿との会見時、その家中が見守る中で姫は積んできた有り余る銭――松永殿は受け取らなかった半分――を全てばらまいてみせた。
 櫓を漕ぐ水夫に渡してやってくれという。
 水夫を雇う水軍というのがどれほど金を食うかこの姫は知っていた。
 その上で財力を見せつけながら、ついてくる者は更なる報奨を、残る者にも堺の豪商今井殿の名前で雇う旨を告げる。
 松永殿の根回しが済んでいたとはいえ、その根回しを受け取って交渉を破綻させない。
 本当に姫は私と似た年なのだろうか?


 安宅冬康殿の案内で、安宅水軍の港を姫と共に歩く。
 安宅船を眺めながら、その性能を安宅殿に根掘り葉掘り聞き出している。
 安宅船は櫓で漕いで動く船で、櫓を漕ぐ水夫は八十人もいる大型船である。
 その分、乗せられる兵も六十人と多く乗せる事ができる。
 他に関船や小早など中小の船を合わせて一つの船団を作る。
 安宅水軍は安宅船を五隻保有しており、今回の逃亡において安宅一族が乗り込む二隻の安宅船と三隻の関船がついてくる事になった。
 櫓を漕ぐ水夫には銭が支払われ、水夫が九州から淡路に帰る際に毛利の船に乗れるという保障を私が行ったおかげである。
 小早は小さすぎて豊後までの航海には向かないという理由で全部おいてゆくという。
 それらの船団に翻る毛利の一文字に三つ星旗。
 水軍衆は海賊でもあるから、他の水軍が襲ってくる可能性がある。
 だが、この旗を掲げている限り、問答無用で襲われるという事は無い。
 それだけの影響力を毛利は有している。
 旗の偽装と疑うならば私の存在がここで役に立つ。
 それを見越して、姫は全ての船に毛利の旗を掲げさせたのだ。
 
「安宅船の一隻はあんたにあげるわ。
 安芸についた後、残りの船は『自らの意思で豊後に逃げてきた』という事になっているから。よろしく。
 まぁ、ばれても困らないけどね」

 不意に私のほうに向いて、舌をぺろりと出して笑う姫。
 元服前の小僧が、父上の為に名医を連れて安宅船を手に入れて帰ってくる。
 この姫にお膳立てを整えられたとはいえ、尋常じゃない功績だ。

「全て姫が安宅船を手に入れればいいではありませんか。
 そこまでの厚遇を何故わたしに?」

 疑問に思った私に、姫は安宅船を眺めながら答えを口にした。

「船はまた作ればいいからね。
 私が欲しいのは冬康殿をはじめとした安宅一族だもの。
 途中、毛利との戦で失いたくないの。
 毛利と戦うならもっとしっかりと戦支度を整えるしね。
 だから、安宅船一隻なんて安い買い物でしょ。
 ……ちょ!
 ちょっと、安宅殿、頭を上げてください!
 『死ぬまで忠誠を誓う』って、いいですから!
 あくまで利害関係が一致しただけですから、そんなにかしこまらないでぇ!!」

 おたおたする姫をよそに、安宅殿も私も自然と頭を姫に向けて垂れていた。
 そうだろう。
 身内に追われて流浪の身となる一族を是非にと受け入れ、途中の障害も己の銭と功績を無にして安全を買い、それを『安宅一族が手に入るなら安い買い物だ』と言ってのける。
 この姫を父上が恐れる理由が今、分かった。
 異常な才もそうだが、この姫は功績に執着していない。
 平気で人に功績を渡す。
 それがどれだけ凄い事なのかこの姫は気付いていない。
 それがどれだけ多くの将兵に忠義心を与えるかこの姫は気付いていない。

 二つに束ねた髪を揺らしながら、妙にうろたえる姫が可愛かったのは言わない事にする。



 安芸へ向かう船団は、安宅水軍の五隻の船の後ろに三隻の弁才船がついてゆく。
 全ての船に掲げられた毛利の旗。
 誰も手を出してこない。
 私も姫も弁才船の方に乗っている。

「水夫や兵で溢れる安宅船に女が一人で乗り込んだら襲われちゃうでしょ」

 自分が襲われる事を、何故か楽しそうに言う姫が不思議でならない。
 書を読み、瀬戸内の海を眺め、共の者と親しく話す姫。
 怒り、笑い、変幻自在に感情を露にし、身分にこだわっていない姫。
 それを尋ねると姫は不思議そうに答えを口にした。

「そうかな?
 人と話す事は大事な事よ。
 人は色々な所が足りないから、それを他の人で補うの。
 間違っているかな?」

 船旅の間、年も近いという事もあり自然と話す回数も増える。
 気付けば、毎日姫がつけている柑橘の香り水の香りが届く場所でこうして話をしている。

「父上はかつて私にこんな事をいいました。
 『天下の治乱盛衰に心を用ふる者は、世に真の友は一人もあるべからず』と」

 中国六カ国の大大名たる父上は謀略でのし上がってきたのを自覚しており、外にも内にも敵が多いと我らにいつも話していた。
 あの父上は孤独なのだ。
 それは、姫の父も同じらしい。 

「うん。多分私の父上も同じだと思う。
 だから、父上は南蛮の宗教にはまっちゃったしね」

 寂しそうに姫は笑う。
 姫の義母は奈多八幡の宮司の娘、そして姫は宇佐八幡の姫巫女。
 異教にはまる父をどう思うのか。
 それは聞いてはいけない事だろう。
 あの南蛮の聖書を手に入れた時のはしゃぎようは、父が求めている物に追いつこうとする子供の姿なのかもしれない。
 そう思うと、姫の隠している孤独が表の鮮やかさと対比されてひどく寂しそうに見えた。

 短く続いた沈黙に耐え切れず、姫が話を変えた。

「この話はやめ。やめ。
 そうだ!
 南蛮で思い出したけど、南蛮の歌って聞きたくない?」

 そう言って姫は琵琶を取り出す。
 紡がれる絃にあわせて、歌うは異国の言葉で異国の歌。

 なんて楽しそうに歌うのだろう。
 なんて悲しそうに歌うのだろう。



 そして、なんで懐かしそうに姫は歌うのだろう?



 歌声と共にみなれた島々が私の視野に入る。
 姫との船旅も終わろうとしていた。

「もうすぐ安芸ね。
 そういえば、元就殿は私を貴方の嫁にって言ったらしいけど、こんな私を見て幻滅したでしょ」

 あまりにさり気なく聞いてきたので、私はその問いに詰まる。

「いいわよ。
 答えなくて。
 いずれ敵同士になるのだから。
 けど、貴方とは戦いたくないな。
 もし、戦になっても尼子あたりで功績をあげてよね」

 その笑顔が姫の強がりと分かってしまう。
 その声が大友という立場を背負っていると分かってしまったから。
 だから、私は自然と口を開く。

「もし、次の大友の戦で私も姫も生き残っているならば……
 私の嫁にきてくれませんか?
 私が毛利を捨て……」

 その私の口を塞いだのは姫の白い手。

「それ以上は言わないで。
 本当に殺せなくなるから。
 私も、貴方も。
 それに、私、一人の男に縛られる女じゃないの。
 ごめんね」


 そう言って姫は、本心を晒して寂しそうに美しく笑った。


 後になっても、あの頃の事を鮮やかに思い出す。
 この時、心の底からこの姫の虜になったのだと。



[5109] 大友の姫巫女 第二十六話 天下を望まなかった男
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/01 02:51
安芸国 吉田郡山城 毛利館


 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 現在船を下りて、少輔四郎殿と共に死地にいます。
 はい。毛利元就の本拠、吉田郡山城です。

 うん。
 ただの姫巫女、せいぜい百人にも足りない私に万の兵を動員するのはどうかなと思うの。おじいちゃん。
 丸に三つ引。吉川元春だな。
 三つ巴。小早川隆景もいやがる。
 うわぃ。毛利両川揃い踏みですよ。

「父が倒れる前は尼子攻めをしていましたから」

 説明サンクス。少輔四郎殿。
 けど、その兵をまだ帰していないって事は、本気で元就のじじいやばいのかもしれん。
 ここで死んでくれると凄く楽ではあるのだが、元就亡き毛利となら和議は十分成立するしね。

 で、将兵の我々を見る目が痛いこと痛いこと。
 こういう状況はひびったら負けという事で大友の家紋たる杏葉紋の旗を先頭に歩いていたりする。
 門司の戦に出ている者も多くいるだろうしね。
 問答無用で襲ってこないあたり、統率はちゃんと取れているらしい。
 大名の代替わりほど厄介なものは無い。
 兄弟、親類、妻母含めて火曜ワイド劇場もかくやの殺戮劇が行われるからだ。
 『真実はいつもひとつ!!』とか言う少年探偵なんぞ「だから?」の一言で殺されるとても殺伐とした世の中。戦国時代。
 コナン君大活躍だと思うけどね。
 大友二階崩れとか、あれ、父上犯人じゃないかと私は疑ってみたり。
 ボンバーマンなんかいい悪役として大活躍できるだろうし、今いる毛利元就なんて相手にしてみろ。多分、コナン君の目の前で完全犯罪をやりかねん。
 なお、尼子経久や宇喜多直家とかもいるし。
 西国は知能犯殺人鬼の巣窟だな。まじで。
 で、そんな彼らに可愛がられる私。珠姫十四歳。
 戦国ならコナン君にも勝てる自信はある。
 閑話休題。

 話が逸れたが、代替わりの粛清はそれが戦国大名の地位継承の一面を担っているのも否定できない。
 無能な君主では家が滅びるからだ。
 それは国衆の態度にも反映される。
 戦も終わり、帰還したいだろうがここで帰ったら「叛意あり」と讒言されかねないのだろう。

「お召しの物。
 全て着替えていただけないでしょうか?」

 一応、毛利館の賓客扱いではあるが、付き人の女中の第一声がこれである。
 さすが謀略で国を取っただけに、謀殺については徹底的なチェックをするらしい。

「いいわよ。
 なんなら、観音様も広げてみせましょうか?」

「お願いいたします」

 冗談まったく通じないよ。さすが毛利女中。
 ふん。
 脱いだ時の私の真価を知るといいわ!


 壮絶な色気っっっ!!!


 畑のお肉で作られる豆腐や納豆は私の大好物です。
 まぁ、冗談は別として伊勢に行った時にちゃんと神様から力を貰ってきたのですよ。
 この壮絶な色気は天宇受売命直伝である。
 男だったらいちころで堕ちるテンプテーションらしいけど、無表情な毛利女中の視線がとっても痛い。
 ロマサガ2のロックブーケの気持ちが今ならとても痛いほど良く分かる。
 うん。女ばかりパーティで攻め滅ぼしてごめん。

「姫様。
 観音様の方も」

 はいはい。
 くぱぁっと。

「はい。結構でございます。
 お召し物はこちらの方で預からせてもらいます。
 代わりの物はこちらでございます」

 なお、麟姉さんもくノ一もみんなくぱぁされたそうな。
 ここまで恥かかせただけあって、用意されていた巫女服は最上品質だった。


 で、用意された部屋へ。
 麟姉さんと、舞、霞、あやねも同じ部屋なのはありがたい。
 万一の事を考えて、今度は伊勢の主神天照大神から頂いた力を発動。

 固有結界『天岩戸』

 当然、効果はそのまま、こちらの了解無しに進入不可の結界を作る引き篭もりスキルである。
 伊勢まで行ってもらってきた力がこれかよ!と突っ込む前に少し私の言い訳を聞いていただけると幸いである。

 メガテンちっくに説明すると私のレベルが足りないのだ。
 これに種族属性による相性が絡んでくる。
 母が比売大神っていう幻想郷に行きかねないほど忘れ去られていた羽入と似たような国津系地母神の娘である私に、現世に介入しなくてもいいほど認知されている天津系トップの天照大神の力は扱いきれない。
 で、低レベルでかつ役に立ちそうなものという訳でもらってきたのがこれだったりする。
 ああ、オリキャラ最強物だったらどんなに良かったか。
 完全武装の万の兵士を一度見てみろと。彼らの敵意まじで怖いから。

 まぁ、その敵意なんて気にせずに突っ込む踊る毘沙門こと上杉謙信とか、あれ多分種族違う。
 種族人間じゃなくて、種族毘沙門だからきっと。種族呂布や種族ルーデルと同じように。 
 某ゲームメーカー補正自重と言いたいけど、史実見たら足りないから。補正。
 あそこまで行けばこの状況の生還は期待できると思うけど、固有結界使っても生きて帰れる自信がまったくありません。ええ。

  
「良く来られた。
 わしが贈った鎧の着心地はいかがだったかな?」

 寝床につく毛利元就は好々爺という雰囲気なのだが、この雰囲気に騙されてはいけない。
 そして、元就の後ろに控える毛利両川。
 輝元はまだ元服していないからこの場には出ていない。
 ん?
 将軍逃亡したけど誰の名前貰うつもりだろう?

「良き物を本当にありがとうございます。
 ただ、私としましては着る事無い様に祈っておりますが」

 だって、あれ着る時って敵間違いなくあんたらだよと言外に言ってみる。
 びくりと吉川元春の眉が動いたが気にしない。

「いやいや、我らを相手にする時も着てくだされ。
 華美な装飾で狙いやすい様に作りましたからな」

 ああなるほど。
 だからあれだけおしゃれな訳だ。
 小早川隆景が目で笑っているが見なかった事にする。

「はっはっはっ」
「はっはっはっ」

 ああ、まるでボンバーマンと話をしているようなとっても殺伐とする雰囲気。
 まだ死にそうに無いぞ。こいつ。
 史実でもあと六年ほど生きるんだっけ。

「ところで、四郎の事ですがいかがですかな?」

 孫の事を心配するかのように息子の事を気にかける元就。
 まぁ、大名にとって一門というのは、家の繁栄の為に必要だからなぁ。

「良き若者かと。
 良き師につけばきっと毛利を支えるよき将になれましょう」  

 さらりと一般論で返してみる。
 まぁ、これで諦めるようなじじいでは無いのは分かってはいるが。

「耳にはしていると思うが、もう一度。
 姫。
 わしはそなたを毛利の一門に迎えたいと思っている。
 門司での戦を見る目、そなたが持つ莫大な富とその生み方、筑前秋月や筑紫を潰した手腕を高く買っておるのだよ」

 口調はとても穏やかなのにどうしてこう寒気がするのだろう。

「で、断ったら父上に私を殺させますか?
 尼子新宮党や陶の江良房栄のように」

 こちらも負けずに朗らかな声で元就の過去の傷をえぐってみせる。
 吉川、小早川の顔に色が走るが、元就の顔は好々爺のままだ。

「うむ。
 姫も気づいていると思うが、そなたの立場はとても危うい。
 新宮党や江良よりもたやすく姫を殺せるだろうよ」

 ここまでストレートに言われるとこちらも笑うしかない。
 私も自覚はしていた事なのだから。

 私が抑える香春・筑豊十万石、コークスや鋼、遊郭の金を入れたら二十万石を越える知行は大友家の中でも突出して浮いている。
 しかも、駅館川開発が終了しつつあり、宇佐近隣にも私の知行が五千石ていど出来る予定である。
 旧秋月領という大友の敵対地という事を差し引いてもこれは異常で、一万石で二百五十人の人間を雇える戦国においてその動員は五千人を誇っている。
 それがどれほど恐ろしい事か。
 門司合戦で大友が投じた兵が一万五千という事を考えれば、その三分の一が私の兵、つまり対毛利戦の主戦力と位置づけられているのだ。
 これが丸々毛利側に寝返ったり、反旗を翻した場合、その鎮圧は史実の立花合戦以上になるのは間違いない。
 私とて、それを知っているから色々と手を打っている。
 父上に進言し、費用を負担した府内大開発などそうだし、私が抱える兵は旧秋月と御社衆を入れても二千人程度。
 残り三千人を姫巫女衆として遊女や歩き巫女を、金堀衆やたたら衆を雇って非戦闘員にしているのだから。
 まぁ、その非戦闘員が更に私に富をもたらすのだから悪い話ではない。

 だが、大友家内部における私の立場が時と共に加速度的に悪化するのは目に見えている。
 まず一つが父のキリスト教崇拝だ。
 信仰が進めば神社仏閣の焼き討ち等命じかねないし、その時反父上の旗頭の祭り上げられるのは宇佐八幡の姫巫女である私だ。
 まぁ、本格的に父上がキリスト教にのめり込むのは門司の敗北と今山の敗北からだし、色に良く溺れるけどまだ真面目に大名やっているから家臣もさして心配していない。
 府内のキリスト教信仰をマリア信仰に摩り替えて私の崇拝に切り替えさせたので、在住神父の恨みを買ってしまったけど。

 そんな訳で養母と父上の仲も悪くなく、神経性だったのか我が弟長寿丸の吃音も見た事は無い。
 あれ、義統が重臣に舐められる一因だったからほっとする。
 やっぱり家庭環境って子供には大事よ。ほんと。
 けど、長寿丸君がもう可愛くて可愛くて。
 府内に来るたびにとことこついてくるし、別府の遊郭にまでついてきて「おねーたま」と舌たらずな声で私を呼んでくれるし。
 もう、別府遊郭ではアイドルですよ。彼。おねーさまがたのおもちゃですよ。おもちゃ。
 で、それを父上に見つかって「こんな所に連れてくるんじゃない!」と私が説教を受け、「何であなたがそこにいたのかしら?」と養母上がそれにつっこんで父娘揃って説教タイムですよ。
 養母上の説教を聞きながら、互いの膝をつねり「娘が悪い」「父上自重しろ」と罵りあうのを養母上の隣で、新九郎(親家)を膝の上に抱いてにこにこしながら見ているのですよ。これが!
 もーかわいいいったらありゃしない!
 抱きしめてなでなでしたいぐらい。
 ……ショタじゃないよ。うん。
 お風呂一緒に入るぐらいだし。

 話がそれたけど、まだ父上の闇はそこまで悪化していない。
 だが、もう一つの案件が私を確実に追い詰める。
 重臣間の派閥争いである。

 この時期の大友家というのは守護大名色がまだ強く、国衆の連合政権という色合いを脱していなかった。
 統治における最高機関は評定による重臣達の承認が必要だったし、豊後国内でさえ、大友宗家の力は圧倒的ではなかった。
 で、この評定参加者、大友では加判衆と言うのだけど、現在六人いる彼らの顔ぶれは戸次鑑連、臼杵鑑速、吉岡長増、田北鑑生、吉弘鑑理、志賀親守なのだが、近々この面子が入れ替わるという。
 田北鑑生と吉岡長増が引退を申し出ているのだった。
 二人ともいいじじいである。
 吉岡長増は爺様の代から使えているし、田北鑑生は門司合戦で戦死するはずだったけど生き残ってこうして豊後の政務を支えてくれたのだから本当にありがたい。
 大友領の統治も順調に進んでいる事もあって、若い者に任せるという決意をしたそうな。
 それはいいが最高位の椅子が二つも空いたものだから皆の目の色が変わる。
 建前上、一門たる同紋衆三人、外様の他紋衆三人が加判衆の構成なのだけど、戦国大名になる過程で外様の他紋衆は排除されて一門支配が完成する。
 が、豊前・筑前の安定がこれに影響を与える。
 国力が強い彼らが大友体制下に入るにしたがってそれなりの地位を求めだしたのだ。
 その筆頭が筑前立花山城の立花鑑載や高橋鑑種である。
 立花鑑載は博多を押さえ、西大友と呼ばれるほどの繁栄を見せ、高橋鑑種は旧姓が一万田で父上の弟だった大内義長の重臣だったのだが彼が毛利に敗れた後に大友に帰参している。
 一方、田北鑑生の弟鑑重も兄の地位を受け継ごうと画策していたり、他にも父上の寵臣田原親賢も父上が入れたいと考えているふしがある。
 で、そんな重臣間の権力争いにダークホースが登場。
 他紋衆も入れるべきという理由で豊前国衆から押されたのは佐田隆居。私の爺である。辞退したけど。
 …………うん。モロ理由は私だわ。きっと。
 という素敵過ぎる権力闘争真っ只中に下手に介入したくなかったので、堺まで逃げ出したというのも理由の一つである。
 すでに重臣内にも私につく、私を担ぐ連中がいるのだ。
 大友家後継者の我が弟長寿丸派と私珠姫派に将来分裂するのが手に取るように分かる。
 ただでさえ父上と弟の二元政治が大友の衰退の一因と言われているのに私の派閥ができたらなんて考えたくない。
 とはいえ、筑前・豊前における私の影響力は絶大だったりする。

 うん。良く父上私を殺さないもんだ。

「とはいえ、四郎殿を婿にしても事態は何も変わらないと思いますが?」

「だから嫁にと言っているだろう。
 厳島、宮尾城を四郎にくれてやるから姫は厳島で姫巫女を続ければいいだろう」

 で、水軍を与えられて対大友の矢面に立てという事ですね。わかります。
 厳島で生活するには水軍必須だし。

「で、私を排除したら次は立花鑑載ですか?高橋鑑種ですか?」

 私の一言に、顔色を変える両川の二人。
 やはり諜略を進めていたか。
 しかし、元就、さすが智謀の鬼よろしくまったく顔色を変えないな。
 そんなことを思いながら、私は前々から元就に聞いてみたかった事をたずねてみる。

「一つ、前々からお聞きしたかった事を。
 何故、豊前・筑前なのですか?
 関門海峡を押さえていれば無理して取る事も無いでしょうに」 

 事実、毛利の九州撤退後に毛利は中国方面の支配を浸透させ、周防・長門・安芸・石見・出雲・備前・備中・備後・美作・伯耆・因幡・但馬・播磨・淡路の十四カ国を支配・影響下に置く超大大名に成長している。
 この時代、いかに海というのが支配に邪魔なのか良く分かるし、大友と九州で争わなければ畿内制圧も夢ではないだろう。
 織田信長が登場するまで、間違いなく彼は天下人に一番近い位置にいたのだ。
 だからこそ、理解できない。
 そこまでして、何故九州を攻めるのかと。
 元就は私の質問の意味を理解していた。
 だから、その本当の答えに私だけでなく控えていた両川も唖然とする。

「理由か。
 それが夢だからじゃ」

 何といえばいいか分からない私達三人に元就は好々爺のまましてやったりの笑みを浮かべて楽しそうに笑う。

「わしは最初、この城の主ですらなかった。
 それがこの城を継ぎ、この城を守り、それを子に受け継いで終わるのだろう。
 そう思っていた」

 それは、戦国大名毛利元就の人生そのものの告白。

「わしが若かりし日の頃、この地には、大内と尼子という二大大名が覇を競っていた。
 尼子が強ければ、尼子に尻尾を振り、大内が強ければ大内に頭を下げる。
 それが当たり前だった。
 それが今はどうだ?
 大内は既に無く、尼子も出雲一国を握るだけに落ちぶれた。
 もう、誰にも尾を振る必要がない。
 頭を下げる必要も無い」

 うめき声が聞こえると思ったら、吉川元春が泣いている。
 小早川隆景も神妙に聞いているあたり、遺言と勘違いしてないだろうな。二人とも。

「毛利が大内、尼子の領土を全て従える。
 夢を見る事すら許されぬ、わしの妄想でしかない話だ。
 それが、もう目の前にある」

 ああ、そういう事か。
 だから、史実で大内輝弘が逆侵攻をした時に九州から撤退したうえで、九州の地図を焼かせたのか。
 夢だからこそ、現実を壊しちゃいけない。
 そして、大内輝弘に集まった大内残党を潰した事で完全に周防・長門が毛利の支配化に収まったからこそ、大内の後継という旗を立てなくても良くなったので九州侵攻を止めたのか。 
 淡々と諦めた声で私は口を開く。

「じゃあ、最低一回は筑前の戦はやらねばならぬと」

 私が理解した事を分かったから元就は楽しそうに笑った。

「そうじゃ。
 おそらく、わしが死ぬか、姫が父に殺されるかのどちらかで終わる戦をの」

「天下を目指そうとは思わなかったのですか?」

 口に出して思い出すのは、尾張で見た未来の天下人。織田信長。
 あの溢れんばかりの覇気とは違う、天下人を自ら捨てた男は孫の困った願いを聞くかのように苦笑してみせた。

「この城が全てだった男でしかないよ。わしは。
 天下など、わしの手には大きすぎる」




 珠姫が去った後、残った三人の下に少輔四郎が呼ばれる。
 三人の息子達の視線をじっと受け止めたまま、元就は口を開く。
 
「少輔四郎。
 大友に行け」

 その一言に彼はただ頭を下げる。

「あれは、絶対に離すな。
 離すぐらいなら、お前の手で殺せ」

 元就は知らない。
 珠も、彼との旅の中で似た事を言った事を。

「父上。
 かの姫は月山富田城より堅牢で、尼子経久殿並みの智謀を持つお方。
 どう、かの姫を落すのでしょうか?」

 吉川元春が不思議そうに元就に尋ねる。
 勇将ではあるが、男女の色事が押しの一手できかぬ事ぐらい分かる風流人でもある。
 実際、父との会話でかの姫を落す策を練ったが、思いつかないゆえの先の言葉である。

「厳島だ」

 父の一言に反応したのは小早川隆景。
 実際参加した隆景は父が何を言おうとしたのか即座に理解した。

「姫に策を使わせないように追い込めと」

 これが色恋沙汰の話とは思えないほど切迫しているあたり、色恋も国が取れるなら策であり、元就は婚姻政策でもその才を遺憾なく発揮したからに他ならない。
 隆景の言葉に元就が補足する。

「そして、策を読みきったように見せて、最後の策で絡め取るのだ。
 元春、隆景、これからは九州の事は気にせずに出雲を攻めるぞ」

 その言葉に三人とも疑問に思うが、元就は笑って言ってのける。

「ああいえば、姫の事だ。
 大内輝弘は姫が始末してくれるだろうよ。
 少輔四郎。
 お前が姫を飼いならして大友を継ぐのだ」

 その言葉に三人の息子達は平伏したのだった。



[5109] 大友の姫巫女 第二十七話 毛利一の矢
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/24 20:55
 かつて、私は毛利元就についてこういう事を言った。

『AがBという事をするという情報が広がって、Cは一日、Dに届くのに数日かかるとする。
 この情報を得てDが何かをする場合、既にCが介入しているという情況で、Dが出し抜くにはどうすればいいか?

 答えはこうだ。
 DがAに対してBという事をするように導く。

 これでタイムラグは逆転し、CはDの後塵を拝む事になる。
 地方大名の謀将にその傾向は強く、その代表は毛利元就なんかだったり。
 このタイプの打つ手というのは距離もそうだが時間も長い。
 介入に対して距離と時間という制約を抱えて手を打つから一手一手が凄く分かりにくい。
 たが、ある瞬間、ある場所に来るとその一手一手が詰み手になって逃れられなくなっていたりする。
 厳島合戦なんてまさにその典型である』

 それが己に降りかかるとはまったく思っていなかった訳で……


 毛利の一の矢は元就自身だった。
 堺での鎧プレゼントに、病で倒れた事を口実に少輔四郎を松永久秀に接触。
 安宅水軍逃亡支援という私が拒めない条件で私を安芸に運んできた。
 そして二の矢・三の矢が私を襲う。
 毛利三本の矢。かわしきれるのか?

「戦勝祈祷?」

「はい」

 毛利館の住人というか囚人になっている私に、そんな事をほざいてきたのは小早川隆景。
 温厚な笑みを浮かべ、人畜無害なふりをしながら、元就の血を一番濃く受け継いでいるのがこいつだったりするから気が抜けない。

「たしか、『夜盗や山賊が襲うから、しばらくこの館に留まって欲しい』とおっしゃっていましたが、その祈祷ですか?」

 どうせ、私達を留める為のいい訳だろうと思っているので、隆景もそれをみとめて本題を切り出す。

「いえ。それぐらいはできて当たり前なので尼子攻めの戦勝祈願です」

 虚を突かれる私。こいつは何をいっているんだ?

「えっと、それ本気で言っているので?」

 素で尋ねる私に真顔で応じる隆景。
 冗談で言っている様子はない。

「はい。本気です」

 さて、どこからどう突っ込んでやろうか。

「あのぉ、私、尼子を支援しているのですが?」

 とりあえず、正当な理由で断りを入れてみるが隆景は意に介さない。

「大丈夫です。
 私は気にしません」

 いや、待てよ!
 他はどうなんだ!他は!!!

「宇佐の姫巫女の名前は西国で轟いていますから。
 兵の士気もあがるでしょう」

 まてまてまて。
 あの殺意を浴びながら祈祷しろと?
 どちらかといえば公開処刑じゃないか。
 エロゲ的にはやられちゃっての晒し者風とか。

 うん。ちょっといいかも知れない。エロゲ風。
 お姫様陵辱って言葉、何かいいと思わない?
 当人がそのお姫様ってのはひとまず、遠くの棚においておく事にして。

 かなり思考がてんぱっている私に、隆景は実にわざとらしくため息をついて、口を開く。

「いえね。
 実は、兄が『貴方達を帰すな。ここで殺してしまえ』と。
 そんな野蛮な事はしたくないのですがね」

 ちょ!
 露骨に脅迫ですか!

「我らとて六カ国の大身を持つ身。
 そんな愚かな行いはしないと思っていますが……
 いえ、父上が倒れてから家中が騒がしくて……」

 うわ。白々しく言い切りやがったよ。この人。
 ただで返すつもりは無いとは思っていたが、ここまで露骨に来るとは思わなかった。
 姫様掻っ攫って開戦とか何処のトロイですかと。
 とりあえず、隆景にいくつか質問をぶつけてみる。

「で、質問だけど、ここで大友と開戦していいの?」

「ええ。大内輝弘を先陣に大友が周防長門に攻めてくるという噂がちらほらと。
 ならば、ここで殺しても構わないし、姫に兵を率いられるよりましかなと」

 やはり父上考えてやがったか。毛利領逆侵攻。
 将軍仲介の和平……あの将軍逃亡しているし!
 朝廷仲介の和平しかないか。一条兼定を京に戻したらさっそく働いてもらおう。
 その為にも、南伊予侵攻は絶対条件となってきたな。

 いやいやいや。
 まずはここから抜け出す事を考えないと。

 祈祷かぁ。
 たかが祈祷。されど祈祷。
 毛利は絶対この祈祷をPRするだろうからなぁ。
 尼子の最大支援者である大友の姫が、毛利の本拠で尼子戦戦勝祈願。
 しかも、尼子への米支援をしていたのが私なだけに、絶対に尼子側は大友が毛利と手を結んだと判断し、毛利の諜略に内部崩壊を起こすだろう。
 で、これであえて相手を想定しなかったらしなかったで、大友戦戦勝祈願と受け取られでもしたら、私は帰って即粛清である。

「ところで、さっきから気になっていたのですが、何故館の周りに薪を沢山置くので?」

 隆景はとてもにこやかな笑みで、彼の兄がした事と告げた。

「ああ、『姫が断ったら館ごと焼いてしまえ』と。
 まったく乱暴な兄で申し訳ございませぬ。
 館を建てるのにどれだけの銭と人手がいるか理解していないようで」

 ……私を殺す事についてはまったく否定しなかったな。あんた。


 少輔四郎殿がやってきたのは、隆景に返事を一時保留にすると告げた日の夜の事。

「逃げましょう」

 なんですと?

「私が、姫を逃がすお手伝いを致します」

 それ本気で言っているの?

「兄上達の暴挙に私は賛同していません。
 まだ、元服していませんが私も毛利一門の出。
 姫一人を逃がす程度の力はあります」

 考える。
 罠の可能性も高い。
 とはいえ、現状で縋るとしたら一番まともな藁に見えるのも事実。

「今、一人と言ったわね。
 麟姉さんや、舞、霞、あやねを置いてゆけというの?」

 吉田郡山に来ているのは実は女性陣だけだったりする。
 佐田鎮綱は男性陣と共に三原の港にてお留守番。
 くノ一で連絡がとれるだろうと思っていたが、毛利の防諜もしっかりしていて、下手に手を出さぬようくノ一三人はあくまで女中兼歩き巫女として振舞わせている。
  
「申し訳ございませんが、全てを連れてゆけば怪しまれます」

 少輔四郎殿が申し訳なさそうに俯く。
 
「姫様。
 私達の事は心配しないでくださいませ」

 麟姉さんがつとめて明るく振舞っているのが分かる。
 人質として価値があるのは私一人だ。
 で、女ばかりの一行を殺すとも思えない。
 別の事をするかもしれないが。
 命があるだけまし、そう考えるべきなのかもしれない。

「舞、霞、あやね。
 麟姉さんを頼むわよ」

「「「かしこまりました」」」

 三人のくノ一が一斉に唱和する。

「で、手はずは?」

 私の言葉に、少輔四郎殿は真剣な表情で口を開いた。

「近く、吉田郡山に留まっている軍勢は出雲の尼子攻めを再開します。
 ですから、毛利軍の無事帰還を願う形にすれば言い逃れができます」

 考えたな。
 無事帰還なら、尼子には「出雲から帰ってもらうよう祈った」と言い逃れができる。
 毛利には「また安芸の地に戻れるように」という加護に受け取れる訳だ。
 感心しつつ私が頷くのを見たのだろう。少輔四郎殿はそのまま話を続ける。

「祈祷が終わったら駕籠に乗ってそのまま三原まで下ります。
 途中、馬を用意させますから、そのまま駆けて三原に入り洋上に出てしまえばなんとかなるでしょう」

「その何とかってかなりアバウトな説明は何よ?」

「あばうと?
 まぁ、三原から先は水軍衆相手になりますから、ものをいうのは金です。
 三原の佐田殿と連絡がつけば姫一人を豊後に送る為、村上氏を買収するだけの銭は集められるでしょう」

 私の異国語をニュアンスで感じたのだろう。
 少輔四郎殿はそこから先を説明し、私はそのプランを考える。
 悪い話ではない。
 彼ら水軍衆の日々の糧は海上輸送であり、私が九州と堺との交易を、瀬戸内を通らずに考えているという話をふれば、乗ってくる可能性もある。
 もちろん、瀬戸内側にも荷を通せといわれるが、それはこちらの裁量しだいなわけで。
 
「分かったわ。
 貴方の案に乗るわ」

 さて、吉川と小早川という毛利の二の矢、三の矢を私はかわせるのかしら?
 さぞ楽しい笑みを浮かべていたのだろう。
 周りの皆が引いているのに私は気づかずに、笑みを浮かべたまま私は考え続けていたのだった。



[5109] 大友の姫巫女 第二十八話 毛利二の矢三の矢
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2008/12/25 14:05
 祈祷の日当日。

 祈祷用の衣装に身を包んだ私は、おでこに指を当てながら己の姿を鏡に映す。
 分かる人にだけ、私の衣装を教えておく。

『顔の無い月』の倉木鈴菜といえばおわかりだろう。月待ちの儀の姿の。

 いえね、上質の薄絹使っているのは分かるのですよ。
 頭の飾りの前天冠やかんざしも金細工ですし。
 神楽鈴もちりんちりん鳴ってかわいいし。

 けどね!
 スケスケなんですよ。これ!
 千早一枚のみって何の罰ゲームですか!!
 千早って腋の部分しかとめられていないから、横から見たら丸見えですよ。
 前だって透けてるから胸のぽっちが立っているの丸見えですよ。
 良かった。胸大きくなって。
 これでぺったんだったら、犯罪行為ですよ。
 おまけに、飾り紐で前を止めるから前全開ですよ。
 どこのやらないかですかこれは!
 良かった。少しだけど毛生えてて。
 裸より恥ずかしい衣装があるって身を持って体感していますよ。ええ。

 まぁ、戦勝祈願ストリップと考えればこの衣装はある種当然かもしれない。
 どちらかといえば、鬼畜王ランスの酷い鬼畜作戦(シーラ姫裸磔)の可能性も高かったり。
 陵辱エロゲなら間違いなく序盤の捕縛調教寸前である。
 周防長門に上陸してきた大友軍が見るのは、裸で色々された後に磔られた私とか。

 ……やばい。興奮してきた。
 KOOLになろう。KOOLに。

「姫様?」

「ちょ、ちょっと待って!
 今行くから!!」

 ふぅ。
 とりあえず、拭いてから出ないと。
 女性の体は一度火がつくと止まらないからなぁ……

 部屋から出た私は麟姉さんから大典太光世を受け取る。
 自分の身は自分で守らないとね。
 今は女中しかいないので効いてないが、既にテンプテーション発情中(字間違っていない)だったりする。
 万もの将兵を魅了しようというのだ。
 力を最大限に高める為にも己の体の疼きは我慢しないといけない。
 顔は能面のように表情を消しているが、体は火照っており珠のような汗が浮き出ているのがごまかせない。

 館を出ると駕籠の担ぎ手が手を股間に当てる。
 うわ。ちょっと出しすぎたか。
 それでも駕籠をかつぐあたり、仕事にプライドを持ってくれて助かった。

 で、着いてみるとそこにいたのはどう見ても三千以下の毛利軍。
 しかも、士気はゆるみきっていて、耳を澄ますと「これ見て村に帰るのだ」と。
 主力はもう出雲に出て、私は完全に慰問かよ!
 毛利軍将兵が奇異の視線で見つめる中、私の祈祷と呼ばれるストリップは幕を開けた。
 これもスキル極めると、天照を引きずり出すほどの魅了スキルになるのだけど、己のレベルの低さが悔やまれる。
 視線が色気に惑わされて、男達の見る目が欲情に変わっていくのが手に取るように分かる。
 一応祈祷台には柵を設けて、その外に毛利女中が薙刀を持って近づけないようにしているみたいだが、いつ襲うのかと思うとひやひやものである。
 汗が千早に張り付いて肌が更に透ける。
 このスキルの問題点は視野で有効範囲が決まるから、後ろの方は効果が弱く、前は効果が効きすぎるという点。
 とにかく、ここでは最低限将兵達を欲情に染めておかないといけない。
 捕まって陵辱されても命があるならまだ手は打てる。 

 長い長い祈祷の時間が終わった。
 時間にすれば十五分も無いはすだが、幸いにも襲ってくる輩はいなかった。
 で、あまり具体的に話すと色々問題なので結論だけ。

 とりあえず、私の前に居た一部の連中については、しばらくは帰れないんじゃないかな。
 色々と。森に消えていった二人連れとか居るし。
 一番強力なものを浴びたはずだから。
 「あっー」とか「うほっ」も華やかなご時世ですから。ええ。
 もう少し神力があったら私の魅了下に置けるのだけど。

 そういえば、祈祷時に毛利元就や両川はきていなかったな。
 露骨に罠の気配がぷんぷんするが、毛利軍一万を無力化するにはこれしか手が無かったのも事実。
 見事に空振りだったわけだが。
 後は、少輔四郎殿が手配した駕籠に乗り込んで三原に逃げるだけである。

「さぁ、はやくこれに」

 出迎えた駕籠に少輔四郎殿が乗っていた。
 え?一緒に乗れって事?

「この駕籠は毛利一族専用です。
 ですから私が乗っていれば余計な詮索はしないでしょう」

 分かりましたよ。乗ればいいんでしょ。
 乗れば。

「ちょっと、もっと奥に行って……狭い……
 ぁ、何処触っているのよ!」

「す、すいません……動けなくて……」

 すったもんだのあげく、馬のある場所まで駕籠はゆっくりと進んで行く。
 さて、彼を含めて何処の段階で出し抜きますか。 



「ありゃ、何だ?
 小娘の色気に狂いやがって」

 二人の乗る駕籠を遠目で見送りながら、兄の吉川元春が帰還兵を見て嘆息する。
 出雲出兵の指揮と、珠姫陥落の手はずを整えていた彼は彼女の裸を見る暇がなかった。

「兄上。
 で、手はずの方は?」

 それは小早川隆景も同じであるが、彼はあえて色気にかかるのを恐れて見なかった口である。
 このあたり自制できるだけ、この兄弟は元就の息子達と呼ばれるのだろう。

「三原まで、手勢を伏せている。
 お前の方は?」

「尼子につながりのある夜盗や流れ者が、駕籠を襲うように仕向けてあります。
 『大友と毛利の講和を望んだ姫を、尼子の手の者が殺した』
 そのように触れ回る手はずは整っています。
 姫と四郎が屍となっても、大友と尼子の連携攻撃は行えないでしょう」

 隆景が見る駕籠の視線は優しい。
 弟の恋路を応援する気持ちは二人とも持っているのだった。
 だが、二人は毛利一族である。
 恋路も何も利用して、毛利の繁栄に繋げるのが彼らの勤めだった。

「さて、ぎりぎり殺されない程度の敵を用意してやったのだ。
 うまくお姫様を守れればいいが。我らの弟は」

 元春とて駕籠を見ながら笑っている。
 弟の幸せは、毛利に害にならない限り願っているのだった。

「で、姫の従者はどうする?」

 思い立ったように元春が尋ねると、隆景は手を顎に当ててつぶやく。

「無事に三原に着いた報告が届いたら送り出そうかと。
 まぁ、姫と四郎が三途の川を渡っても後を追わせるつもりですが」

 とても朗らかな声で言ってのける隆景。

「もっとも、三原に着いても元の姫かどうかは保障しかねますがね」



[5109] 大友の姫巫女 第二十九話 毛利の隠し矢
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/02 01:06
 珠ですが、駕籠の中の沈黙が耐え切れません。

 狭い駕籠なので互いに向き合って座るというか鏡茶臼状態ですよ。
 私の衣装、あれだから、もうくぱぁ全開ですよ。
 さりげに四郎殿のあれ固くなっているのも袴越しに見えているし。
 ストリップ+テンプテーションをかけた影響で、透けたポッチは立ったまま。体は火照ったままだし、汗や他のも出てるし。
 吐く息が互いに色々やばいし。
 ちなみに、大典太光世は手に持ったまま。抜けないと気づいたのはついさっきだったりする。

「ひ、姫」

「何も言わないで!
 今、何か言ったら叩き切るからね!」

「は、はい」

 とりあえず、横を向いて何も言わないでくれたのがとてもありがたい。
 もの凄く気まずい。
 というか、元・男だから分かる。
 鴨が葱背負って襲ってくれといっているような物だ。
 ありがとう。理性で襲わないでくれて。
 そう、感謝していた時、駕籠が乱暴に落とされる。
 即座に駕籠の戸を開けて、飛び出て大典太光世を抜き放つ。
 駕籠の回りで起こっている、剣戟に悲鳴。

「おいおい!
 裸の女が出てきたぞ!!」

「上玉の女じゃねーか!
 男は皆殺しにして、女は生かして捕らえろよ!
 帰って楽しませてもらうからな!!」

 本物の夜盗かよ!  
 毛利の治安はどうなっているのよ!

「姫を守れ!
 一指たりとも触れさせるな!!」

 四郎殿の馬鹿!!!!
 なんて事を言うのよ!!!!
 案の定、襲ってきた男の一人が卑下た笑みを浮かべる。

「姫……?
 毛利に和平に来ていた大友の姫巫女かよ!
 この女を殺せば尼子から褒賞が出るぞ!!!」

 元就のあほぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!

 私が来た時点で情報を流して既成事実化するつもりだったな。
 となれば、本気でこいつらイレギュラーかよ。
 こっちが駕籠を中心に毛利の家来が十二人と四郎殿。
 夜盗側がざっと見た所で同じぐらいか。
 となれば、相手が女と油断している今しか敵を減らせない。
 躊躇う事無く、私は夜盗の一人に向かって駆けて行く。

 夜盗の顔が卑下た笑みを浮かべたまま、私を見据えている。
 彼は知らない。
 私が戦場で人殺しを命じた事を。
 私が人を殺す事を躊躇わない事を。
 その油断が最大のかつ最後のチャンスだ。

 ためらうな。

 ぶすりと肉を刺す音。
 吹き出る血が私にかかる。
 中央に刺された大典太光世を見て、刺された夜盗が最後の言葉を血と共に吐き出す。

「え?」

 そのまま死にゆく男に足をかけて観音様を見せたまま、蹴りあげて一気に刀を引き抜く。
 噴水のように吹き出る血に、敵も味方も我が目を疑った。

「このアマっ!」 

 隣に居た男が怒りと共に刀を振り上げる。
 だが、その視点が揺れる胸やむき出しの観音様に彷徨っている一瞬、私が投げた大典太光世が男の喉を貫いた。
 ゆっくりと崩れ落ちる男が倒れる前に、私は舞を踊るように回り、全体を把握してその勢いのままに男の骸から刀を引き抜く。
 さすが天下の業物。
 凄い切れ味だわ。
 
「かまわねぇ!
 女もまとめて殺しちまえ!!」

 夜盗が私に向かって刀を向けようとしたその時、血塗られた私の手を四郎が引っ張る。

「姫!
 こちらです!!」

 四郎も夜盗を切ったらしく、返り血を浴びていた。

「追いかけろ!」

「行かせるな!
 殿と姫をお守りしろ!!」

 四郎が引っ張る手は強く、私は彼に従うようにこの場から離れたのだった。




 何処をどうにげたのか分からない。
 とにかく、どれぐらい走ったのか分からないけど、廃屋を見つけたので、やっとそこで一息つけた。

「はぁはぁはぁ……ここ何処?」

「……後で確認するので少し休ませてください」

 大の字になったまま、私も四郎も次の言葉が出せない。
 それから少し経って、やっと息を整えた四郎が言葉を吐き出す。

「裏手に小川がありました。
 水浴びで血を洗い落としてきてはいかがですか?」 
 
 改めて体を見ると、汗まみれで血まみれ。
 高い千早だろうにどう見ても使い物にならない。
 頭から、血のついた前天冠とかんざしを外す。

「後でいいからこれ売って着物買って来て。
 このままじゃ襲ってくれって言っているものだわ」

「はい。じゃあ、火をつけておきますから」 
 
 私はよろよろと立ち上がって、小川に向かう。
 水は冷たかったがこの際贅沢は言っていられない。
 飛び込んで髪や体についた血と汗を洗い落とす。
 そして、やっと自らの手で人を殺した実感と恐怖と後悔が襲ってくる。
 運が良かった。
 相手が侮ってくれたのと、テンプテーションで夜盗の目が私の肢体に迷ってなかったら、殺されていたか捕まっていただろう。 

「ぁ……あはっ……あはははは……」

 裸のまま小川に立ち、狂ったように笑う。
 己の体に血はついていないはずなのに、あの肉を切る感触が、濃密な血の香りが、死んでゆく男達の顔が忘れられない。
 体の火照りが、止まらない。
 原始的な獲物を殺す欲求が性欲と結びつき、快楽が私に我を忘れさせる。
 その火照りは水の冷たさでも、自らの指でも消える事は無かった。

 なんとか自制できるまで体がおさまった私は、千早を洗って廃屋に戻ってくる。
 四郎は出ているらしく、囲炉裏に火をいれてくれたので小枝を入れて千早を乾かす。
 何か食べ物はないかと大典太光世を持って裸で外に出る。
 人間って恥も性欲もとりあえず食欲には勝てないらしい。
 あけび発見。キノコや山菜もいくつか食べられるのを取る。
 さっき体を洗った小川で沢蟹を数匹捕まえる。
 とりあえず、食べられるだけましだろう。
 あと、小枝も集めておく。今日は泊まる事になりそうだからだ。

「し、失礼!」

 戻ってきた四郎が私の裸を見て慌ててそっぽを向く。
 手には、数匹の魚と山芋。
 彼も食料を探していたらしい。
 いまさらという気もする私は、四郎に向けて言い放つ。

「服を脱いで。洗ってきてあげるから」

「え?いや?
 でも……」

 うろたえる四郎に近づいて強引に着物を脱がす。

「返り血浴びた姿で村に出たら何されるか分からないでしょ。
 洗ってくるから、魚さばいていて」

「はい……」

 褌一丁で魚をさばく四郎を置いて、私は小川で着物を洗う。
 既に火も暮れて夜の帳があたりを包んでいた。
 戻ると、囲炉裏には小枝で作った串に刺された魚が火にあぶられていた。
 着物を火の近くで乾かす。
 私の千早はさすがに薄絹だけあってもう乾いていた。
 着ても着なくても透け透けだけど、寒さを凌ぐには必須である。
 四郎は気づかないだろうけど、天岩戸発動。
 とりあえず、この廃屋に誰も近づけないようにしておく。
 どこから見つけたのか土鍋もかけられており、水を入れきのこと山菜と沢蟹で汁を作る。
 山芋は洗って、刀で鉛筆を削るように削いで鍋に入れてゆく。

「たいした物じゃないけど、お腹に入れないよりはましでしょ」

 あけびをかじり、欠けた茶碗に汁を入れ、小枝で作った箸で汁をすする。

「戦場ではこんなものでもご馳走です」

 美味しそうに食べる四郎にふと尋ねてみる。

「もう戦には出たの?」

 褌姿で汁をすする四郎というのもなんていうかシュールというか。
 同じぐらいの年で、背は四郎の方が高かったりする。改めて裸を見ると、意外と体に筋肉がついている。
 さすが戦国武将の息子。 

「はい。
 姫みたいに、華々しい活躍はしていませんが、尼子攻めの時には父の陣にて学ばせてもらいました」 

「じゃあ、人を殺した事は?」

 その言葉に、四郎の体が震えた。
 あんたもか。

「別にどうこう言うつもりは無いわよ。
 私も、さっきの夜盗がはじめて。
 今でも斬った感覚が忘れられないし、血が手についていないか、たしかめるの」

 吐き出すことで、何かが楽になってゆくのが分かる。
 それは四郎も同じだったのだろう。

「姫を守らないと。
 その一心で夜盗を切ったのです。
 けど、切った時には姫は自分で切り抜けて……
 血まみれの姫が美しくて……」

 四郎は泣いていた。

 その姿が愛しくて、
 それを客観的に見る私が汚くて、
 全てを捨てて抱きしめたくて、
 それを非難する私がいて、

 けど、四郎と違うのは、私は泣けなかった。
 泣くわけにはいかなかったのだ。
 全てを仕組んだ毛利元就の仕掛けを壊さないといけないから。
 ここで四郎に抱かれるのは元就の思う壺になる。
 間違いなく、危機を乗り切った二人はそのままというイベントだったのだろう。元就演出の。
 だが、元就も知らない事だが、前世知識含めて少しばかり私は人生経験が上だった。
 さりげなくお姉さんぽく振舞って四郎の甘えを引き出して、かといって好意をかもしながら、その好意を襲うことで壊さないように四郎の心に鎖をかけて。

 汚いな……私……

 この時期の男の子というのは自分が経験しているから凄くナイーブだ。
 性に興味しんしんなのにそれに踏み込む勇気が無く、むしろ女の子の方が先に踏み込んでゆく。
 こうなれば、イベント突入の決定権は私にある。
 私が「抱いて」といわない限り、四郎は全てを捨てて襲うか、そのまま諦めるか、大きく葛藤してそのまま貴重な時間を失ってゆくだろう。

 後ろから優しく四郎を抱きしめる。
 それに気づいた四郎が声をあげる前に、私は指で四郎の口を塞いだ。

「だめ。何も言わないで。
 抱かれるのは困るけど、抱きしめるぐらいならしてあげるから……」

 ここで抱かれないのって蛇の生殺しだと思うけど、せめてこれぐらいはしてあげないと。
 静かに泣いていた四郎がそのまま寝息を立てるまで私は彼に私の体を預けた。
 そして、いつのまにか四郎の首筋に顔をつけたまま私も眠り、そのまま朝を迎えた。


 朝、先に目を開けたのは私だった。
 四郎に体を預けたまま。
 襲われては無いみたい。

「四郎。起きて。ねぇ」
「ぁ……おはようござ……し、失礼!」

 ああ、私こんな姿だっけ。

「もう、見飽きたでしょ。こんなの。
 ほら、昨日の汁の残りを食べてここを出ましょう。
 四郎が着物を調達してくれないと、私出られないのだから」

「いえ……私にはやはり目の毒で……」

「うわ。
 言うに事欠いて、毒って何よ?毒って!!」

「ああ、すっ、すいませんっ!!
 毒っていうか、魅力的過ぎて……あの……」

 結局、着物を調達してから後、三原まで何もイベントは無かった。
 その後、三原で佐田鎮綱と連絡を取り、弁才船三隻の内一隻を先行させて豊後まで送ってもらう事に。
 もちろん、村上水軍を雇って小早の護衛つきである。

「色々ご迷惑をおかけしました」

 三原の港で四郎が頭を下げる。
 そのふいをついて私は四郎に近寄って、唇を四郎の唇に重ねる。

「!?」

 ほんの数瞬の出来事に四郎は動けない。

「私が欲しかったら全てを捨てて大友に来て。
 それでも四郎に全てをあげる訳じゃないけどね」

 笑いながら、私の心はとってもブルーだったり。
 四郎君、キープねなんて本音言えるわけも無く……
 ああ、世の女性の尻軽さが笑えない……

「はい。近く豊後に行きます。
 姫の為に」

 真っ直ぐな瞳で私を返して笑う少年だった四郎は、ちゃんと男の顔になっていた。

 

「なぁ、厳島の話するから少し聞け」

 姫の乗った船が三原の港を離れるのを見ていた四郎に後ろから兄の声がかかる。

「陶勢を厳島という死地に追い込んだ父上は自らも死地に突っ込んだ。
 で、決死の突撃で陶勢を蹴散らした。
 策は、十重二十重に絡めても、戦は結局刀を持って突っ込まないと駄目という事だ」

 淡々と、だからこそ容赦なく小早川隆景の声は四郎を糾弾する。

「何故、姫を襲わなかった?」

「全部、知っていましたよ。姫は」

 兄を見ずに、水平線に消える船を見ながら四郎はそんな言葉を返す。

「こちらの策を全て見抜いていましたよ。姫は。
 おそらく、確実に起こる大友内部のお家騒動まであの姫は見ていたはずです。
 あれは、我らの策でもあり、姫の策でもあったのですよ。
 だから姫は言ってくれたんです。
『全てを捨てて大友に来い』って。
 おそらく毛利影響下にある私を手駒に、生き残る腹でしょうね」

 四郎の声に、隆景は不思議そうに尋ねる。

「だが、あそこで襲って、姫を支配下に置いた方が楽じゃなかったか?
 肉欲に狂うお前の操り人形にしてしまえば、大友家当主も夢ではないと思うが?」

「あの姫がそれを許すと思いますか?
 そして、あの姫の父がそれを許すと?
 姫の智謀なくして、大友家内部で私が生き残るのは不可能ですよ」

 四郎の声に何か楽しそうな響きを感じ、隆景も嬉しそうに笑った。

「お前も俺達の兄弟だな。
 で、これからどうする?」

 それは兄として武将として隆景が四郎を認めた証拠だった。

「連れの者と共に豊後に渡ります。
 おそらく元服は姫の父にしてもらう事になるでしょう。
 父上が生きている間は、防長に目を向けさせませんよ」

 その言い回しに気づいた隆景が突っ込む。

「父上が死んだら?」

「それは兄上達の力量次第という事で」

 そして二人して楽しそうに笑った。

「元気でな。四郎。
 戦場では容赦せんぞ」

「兄上もお元気で。
 私では姫を止められませぬゆえ」

 それが兄弟の別れの挨拶となった。


 数日後 豊後 府内港

 あれから豊後に逃れた私は毎日港に来ている。
 一緒に行った、麟姉さんや佐田鎮綱、くノ一三人が無事に帰れるようにと心配で港にいつも足を向けている。
 既に、天主ができあがっていた府内の港はあちこちで工事が続いているが、供も連れずに港に来ている私はいつの間にか皆に知られていたのだった。

「あの巫女さん。
 また港に来たのかい?」

「だれか男でも待っているんじゃないか?
 熱心な事で」

 そんな声も聞こえるが無視無視。
 そして、海を見続けて、待ちかねた二隻の弁才船が姿を見せる。

 麟姉さんが手を振っている。
 くノ一三人も私を見つけて何か話している。
 佐田鎮綱は荷の整理か。真面目だなぁ。
 で、私は一人の侍を見て微笑む。

 あらら、本当に来ちゃったんだ。
 来た以上は、ごりごり働かせるから覚悟しなさい。
 代わりに、元就のじいさまよりスリルとサスペンス溢れる愉快な日々に招待してあげるから。
 肉体関係については、とりあえずセフレという事で。
 前世仕込みの色々なプレイで溺れさせてあげる。

 船が港に着いて、私は満面の笑みで言いたかった言葉を口にした。

「いらっしゃい。
 ようこそ豊後へ。四郎」



[5109] 大友の姫巫女 外伝その一 剣豪将軍 一の太刀
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/01 02:52
 後に永禄騒乱と呼ばれる畿内の動乱のさきがけとなった将軍足利義輝の失踪は、後の歴史家達の調査によって当事者達の誤算によって引き起こされた事が分かっている。
 特に、最大の誤算は義輝自身が己の存在を軽視していた事だろう。
 彼は、この時点で政治的に死んでいたのは事実だった。
 だが、政治的死亡と現実の死亡を同一に考えていたのが最大の失態だったといえる。
 もっとも、その失態の結果、彼は皮肉にも生命も政治的にも息を吹き返す事になるのだが。


 最初は一週間で戻るつもりだった。
 それが既に十日を過ぎている。
 伊勢大河内城。そこが義輝の今いる場所だった。

「一の太刀を教えてもらいたい」

 それがこの場所にいる理由だった。
 己の命が半年と分かった時思ったのは、いかにして将軍として散るかだった。
 御所で斬り死にでは、皆に迷惑がかかる。
 松永久秀や三好三人衆が攻めてきたら一人腹を切るつもりだった。
 だが、それは剣豪として納得できる死に方ではない。
 せめて剣豪として頂点を極めたいという欲求が抑えきれなくなり、こうして北畠具教に会いに来たのだった。
 兄弟子にもあたる北畠具教は義輝の話を聞き、そして静かに口を開いた。
 
「教えられませぬな」

 その一言が意外だったゆえに眼光鋭く義輝は問い詰める。

「何故か、教えていただけるのでしょうな?」

 その眼光にも顔色を変えないあたり、具教も剣豪だった。

「その答えを問答にしましょう。
 分かったならば、一の太刀お教えしましょう」

 そして、義輝はこうしてまだ伊勢に居る。
 滞在中、京で会った大友の姫が伊勢神宮に参拝していると聞いて、会いに行こうかとも考えた。
 あの姫巫女なら、この問答の答えが分かるかもと思い、そして頭を振ってその考えを打ち消す。
 これは将軍足利義輝の問題ではない。
 剣豪足利義輝の問題だ。
 将軍として無能に終わるのならば、せめて剣豪として名を残したいがゆえにここにいるのに、他の者の助けを借りるのは腕に覚えある義輝にとって屈辱でしかなかった。

 そして、将軍失踪が表面化し、畿内情勢がにわかに騒がしくなる。
 三好三人衆は慌てて主無き京を押さえ、久秀は大和にて力を蓄えている。
 義輝は自分がはっきりと政治的に殺された事を悟った。
 更に事態は悪化する。
 三好家内部の権力争いに敗れ、安宅冬康が逃亡。
 京を押さえた三好三人衆に近江六角氏が反発。弟義秋を保護し、三好と開戦を決意する。
 その目まぐるしい情勢の激変に義輝はいつの間にか忘れられている事に気づく。
 だが、剣の道への執着が忘却に打ち勝ち、義輝は静かに具教に与えられた問答を考え続けた。

 更に数日経った。
 三好三人衆と六角の戦の火蓋は、三好三人衆が義秋のいる近江国矢島御所を急襲するという、矢島合戦によって幕を開けた。
 義秋はからくもこれを退けたという話を義輝は耳にしたが、ここで何かをするつもりは、もうなかった。

 数日後。伊勢に滞在して一月あまり、義輝はついに答えを得たのだった。

「分かった。
 真の一の太刀とは存在しないのだろう?」

 同じ剣豪の顔で、具教は笑って答えた。

「お見事。
 よく気づかれましたな」

 具教の師に当たる塚原卜伝は無駄な戦いをしなかった。
 対戦相手を言いくるめて小島においてきた等その最たるものだろう。
 思考が、どこか久秀や珠姫などに似ているのだ。

「一の太刀という技があれば、相手はそれに脅え手を打たねばならぬ。
 そして、その太刀筋が見られても、それが広がれば太刀筋を変えて相手を惑わす。
 兵法にもあったな。
 戦は戦わずに勝つのが最上なりと。
 剣の道も同じか」

「剣の道だからこそです。
 生死を分けるからこそ、泥臭くても足掻き、醜くても勝ちにこだわり、そして命を大事にする」

 そこまで話して、具教は兄弟子として義輝に語りかける。

「すぐにこの技を教えなかったのは、来た時の義輝殿に教えても無駄だからです。
 一の太刀は死ぬ為に使う剣ではありません。
 勝つ為に、生きる為に使う剣なのです」 

 具教は笑う。
 彼の前には生に執着する剣豪がいる。

「たしかに、着てからすぐではこの心境に至らなかった。
 不思議なものだ。
 幕府の権威を守る為に剣を学んだのに、幕府を捨てて悟りを開くとはな」

 義輝も笑った。
 もう、この畿内に彼の居場所はないのが分かっているのに、こんなにも生が嬉しい。楽しい。

「では、これからいかがするおつもりで?」

「俺は死人だからな。
 幽霊として彷徨うさ。
 とりあえずは上州に。
 上泉殿に一の太刀を見せてこようと思う」

 こうして、全てを捨てた男は上野国に旅立つ。
 それが、東国大名にどれほどの影響を与えるか、彼に知る由もなく。
 そして、彼がかつて望んだ幕府再興の夢はこの地にて更なる戦と悲劇をもたらすのだが、それはまた別の話。



[5109] 大友の姫巫女 外伝その二 日本で初めてのすいーつクリスマス(前編)
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2010/01/22 14:44
永禄七年(1564年)十二月二十四日 別府

 観海寺温泉。
 別府温泉群の中でも山側の温泉群であり、その別府湾を見下ろす絶景はすばらしいものがある。
 そんな温泉郷に立てられた巨大城郭は、現在建設を進めている府内城に勝るとも劣らないものであった。
 だが、この城は建前上、城とは呼ばれていない。
 大友家長女珠姫が作りし大遊郭なのだった。
 本丸御殿、二の丸御殿、三の丸御殿に建てられし遊郭はそれぞれ価格によって区別され、各御殿には風呂が常備。
 本丸御殿には別府湾を一望できる露天風呂が備わっている。
 更に御殿外郭には病院や保育所に学校が作られ、遊女達が生んだ子供は読み書き算盤を教えて姫の側近に取り立てるという。
 また、この学校は学ぶ者に門戸を常に広げ、取り立てる者も貴賎を問わない旨が徹底されている。
 とはいえ戦国の世だけに、絶壁によって各遊郭は敵の侵入を阻み、その外壁には櫓が立てられて薙刀を持つ姫巫女衆が警護についている。
 ここで働く遊女の数は千人を越え、宇佐の本拠を越える規模と人員は誰もがここを姫の本拠と勘違いするほどだった。
 ここまで無茶ができる背景として、宇佐神宮巫女という宗教的権威に、大友家長女という権力があるのも見逃せないが、さらに遊郭やその他からあがる、金銭収入という裏づけがあるからこそ可能なのである。
 何より一番大きいのが、土地本位の封建制において金銭流通を主軸においている彼女の富の源泉を、国人衆が理解できない、つまり彼らの権益を侵していなかった事が大きい。
 その名前は欧州にまで轟き、アジアの商人達に「一度は行って見たい」と言わしめる快楽の街の女の城は、その立地と城と呼べぬゆえに人からは杉乃井御殿と呼ばれていた。

「♪ふんふんふ~ん」

 露天風呂で裸で泳ぐ少女が一人。
 既に雪がちらつき、露天風呂の庭先に積もっているというのに柚子が浮く湯の中が気持ちいいらしく、鼻歌を歌いながら人魚のようにその体を湯に任せていた。

「姫様。
 そろそろ支度をいたしませぬと」

 珠姫付きの侍女長である麟が不機嫌な顔をして告げる。

「まだ、四郎との事認めてないの?」

 珠の声は上機嫌らしく、湯船から上がり侍女達に体を拭かせながら麟に向かって笑う。

「かの者は毛利の一族。
 この縁にて姫様が害される可能性が高こうございます」

「じゃあ、そのあたりの侍に私の初夜をあげろと?
 もしかして、一人身で女とまぐわっていろとは言わないわよねぇ?
 麟姉さんだって結婚決まったんじゃない」

 それを言われると、まったく返す言葉の無い麟だったりする。
 なお、麟はこの後吉岡長増の子鎮興と祝言をあげるが、その費用を一手に出して盛大な祭りにしたのは珠だったりする。
 また、祝言後に麟は侍女長の地位を外れるが、この杉乃井御殿御殿代(城代)として珠の腹心として使え続ける。
 
 実際、珠の処遇について大友家は父義鎮を始め、加判衆一同が頭を悩ませていた問題であった。
 珠が得ている収入は知行が宇佐・香春・筑豊十万五千石に遊郭や鉱石販売など含めると二十万石にのぼる。
 既に大名と同等の権力を有している彼女の婿を誰にするかで、一同が大いに悩んだのだった。
 そんな中、珠を追って宿敵毛利から元就の四男たる少輔四郎が出奔してくる。
 もちろん婿に出来る訳がないのだが、珠が気に入っているし。また適齢期だし、孫も見たいしと悩みが尽きない中、珠は一同に対して、平然とこんな事を言ってのけた。


「大丈夫よ。
 四郎は妾にするから」

 その時の一同の顔を表現するなら、

( ゜Д゜)゜Д゜)゜Д゜)

 まさにこんな顔だったという。

 いや、まさかまだ十五で処女の娘にいきなりそんな事言われて「うむ」と返事をする親がいたら見てみたいものである。
 その後、養母の奈多夫人(妊婦)からは「夫の悪い所ばかりまねして」と珠の尻を叩きながら夫を責め、義鎮は義鎮で「お前の育て方が悪いからだ」と責任転嫁。
 地味に夫婦の危機が迫っていたのだが、やる事しているのである種のろけに見えるのは気のせいだろうか?
 戦国の世ゆえ家族の事はひとまずおいて、利害と打算でこの案を検討すると悪い話でもない。
 要するに、四郎と珠の子供の正当性がなければないほどお家騒動は起こらない。

 これに先立ち、香春城代の吉弘鎮理(高橋紹運の方)を秋月旧領を加えて独立させようと珠が申請して、加判衆を驚かせる羽目に。
 珠にしてみれば持ちすぎた権益を削って身綺麗にする施策の一つなのだが、土地に拘る彼らからすれば「何考えている小娘!」と怒鳴りたくもなるだろう。
 秋月騒動時に手に入れた筑豊秋月十五万石も、珠はあっさりと秋月旧臣の知行(五万石)を安堵し、大友に反抗的な豊後安岐城の田原親宏(田原本家)を筑豊・秋月五万石で移設するなど知行にまったく拘っていなかった。
 なお、田原親宏はこの一件を持って「姫様に何かあれば真っ先に駆けつける」と公言するほどの珠姫贔屓になる始末。
 民からも慕われ、香春城代の吉弘鎮理も「城代で結構」と断った為にこの話はお流れになったのだが、この話が成ると加判衆の父吉弘鑑理より知行の多い次男という凄くやっかいな問題を抱えただけに、吉弘鑑理などは珠姫に「領主としての自覚を」と懇々と説く羽目に。
 珠姫当人は「領地をちゃんと経営して、功績ある者を賞しているのに何が悪いのよ!」とえらくお冠だったが。

 ならばと、珠姫が出したのは香春・筑豊の直轄案。
 義鎮直轄にすれば問題はないだろうという正当な理由なのだが、これはこれで問題がある。
 義鎮直轄で代官として差配するのは、当然豊前松山城に詰めていた田原親賢となり田原一族の影響力が強くなりすぎてしまう。
 田原親賢は彦山川合戦に従軍し、千家宗元内応の功績があるとはいえ義鎮の寵臣という事もあり、府内ではまだ評判が良くなかった。
 珠姫が抑える現領は、誰がもらっても問題が出るという事を露呈させただけであり、結局、現状通りにせざるを得なかっただけに、この婿問題は、ある種自業自得ともいえるだろう。

 更に、四郎の元服問題が一同の頭痛の種を増やす。

「わたし、これから女になりまーす♪」

 と、頭に花を咲かせて色ボケている珠姫の相手が男になっていない、つまり元服していないのはもの凄く問題がある。
 で、一応毛利側にお伺いを立てたが、

「四郎は毛利を出奔した身ゆえ、どう扱っても構わぬ」

 と、にべもない返事。
 で、そのまま受け取って毛利側に開戦理由にされたらたまらない。
 出奔した身の上、毛利の名前を名乗らせるのもどうかという話も出て、またこれが話をややこしくさせる。
 中国六カ国を支配する毛利家の四男をある種人質にするようなもので、粗略に扱えないのだった。
 で、名乗りをあげたのが珠姫に入れ込んでいる田原親宏。
 息子がいないのを逆手に取って、「うちの娘と結婚させてうちの養子に」と手をあげてまた大問題に。
 ただでさえ筑前に加増されて移され、反抗的だった田原家に大友最大の仮想敵国毛利家の一族が婿養子なんて、悪夢以外の何者でもない。
 しかも、それで珠姫とまぐわうのだから、不義密通以外の何者でもない。

「それはそれで燃えるから問題なし♪」

 と、ほざいた珠姫は奈多夫人に説教のために奥に引っ張られていった後、一同の義鎮を見る視線がものごっつ冷たい。
 義鎮も加判衆の顔をまともに見られず、横を向いて目をあわそうともしない。

「殿。色々と自重して欲しいのですが……」  

 加判衆を代表して戸次鑑連が一言。
 それに、義鎮は、

「すまん」

 と頭を下げざるを得なかった。
 流石に己の所業を娘がまねしていると説得されれば、親として心が痛むのだろう。きっと。

 結局、あーだーこーだと話す事数日、四郎には毛利を名乗ってもらい、元服は義鎮にしてもらうことでやっと落ち着く事になる。
 そして、凄く長い前ふりだったが、珠姫のうきうきしたよそ行き準備はその元服式が、今日府内で行われるからだった。





(一言)
 すいーつな話を書こうと思ったらこれだよ!
 後編はあまあまに成る予定。多分。きっと。

(おまけ)
 四郎と珠のえろい話を書きたい人へ。
 私は一向に構わん!
 というか書いてください。お願いします。(土下座)



[5109] 大友の姫巫女 外伝その二 日本で初めてのすいーつクリスマス(後編)
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/01 02:50
「遅いわよ。娘よ」

「速すぎです。母上」

 杉乃井御殿大手門前に待たされた馬車に乗り込んだ珠と麟に、着飾った母親の比売大神が言葉をかける。
 神力の上昇で実体化したのをいい事に珠の代わりに祈祷をしてもらったりと色々役に立っているが、神様と名乗るのもまずいので、杉乃井では比売御前と呼ばれその名が定着している。
 なお、父義鎮とは面会済み。
 母の遊郭における一番のお得意さまでもある。
 「父上自重しろ」とは珠の言葉だが、この父母にしてこの娘ありとは良く言ったものである。
 四郎の元服というよりも、珠の事実上の結婚式みたいなものなのでついてゆく事にしたらしい。

 牛車以降この手のものが日本で流行らなかった理由の一つに、山川が多すぎるというのがある。
 とはいえ、馬車による物流の拡大は商圏の拡大にも繋がるので、珠は府内―別府―宇佐までの街道を馬車が通れるほどに整備。
 久住や城島高原での馬の飼育に目処が立ったこともあり、南蛮人達の協力を経て馬車路線を開通させたのだった。
 府内の港に来航する南蛮商人は馬車に乗り、この別府で心と体の疲れを癒し帰ってもらうというしくみである。
 既に別府―府内間は珠姫が掲げる府内大堤防工事の一貫として堤防土砂切り出しと共に道が作られ、雨でも快適に走れるよう石とセメントもどき(香春の石灰石に阿蘇の火山灰を混ぜてコークスで焼いて作られている)で舗装されている。
 その道を見て、「何でローマ街道がここにある!」とローマに居た事がある宣教師が驚いたのは別の話。
 なお、宇佐までにある立石峠(147m)・赤松峠(130m)は標高が低い事もあり、難工事だけど完成できるだろうと珠は踏んでいた。
 そこから先は川を越える事になるからひとまず置いておくが、最終的には小倉経由で博多まで道が通せたらとは考えていたらしい。

 さておき、馬車なのだがばねが作れずに振動が荷台にダイレクトに来るから、乗り心地はあまり良いものではない。
 で、珠が考えたのが蒲団を荷台に敷き詰める事で吸収しようという事で、珠の専用馬車は牛車をもとに作った二頭立て四輪馬車である。
 荷台に畳を敷き、その上に南蛮商人から買ったペルシア絨毯を敷き、さらにその上に南蛮商人から買った綿布団に羽毛蒲団まで敷くという贅沢仕様で寝転がる事もできる。
 なお、牛車がモデルゆえばっちり屋根つき。
 馬のスピードに転がり落ちない様に後ろは塞ぎ、前の御者台から乗る形になり、前には簾がかかり見えないようになっている。
 そんな形式だから、この珠専用車、21世紀の高級車並に金がかかっている。
 ここまで珠が拘ったのは、「この馬車の中でもえっちしたいから。振動できっと気持ちイイわ」という事なのだが、当然秘密である。   


 馬車がことことと走り出す。
 前後を二頭の馬に乗った姫巫女衆が護衛についていたりする。
 珠の身の回りの世話をする事もあり、武士の子女が多く配されて乗れる者もいるからなのだが、更に途中で父上配下の者が馬で護衛する事になっている。
 今や、珠の身は大殿たる父義鎮に次ぐ厳重な警護対象なのだった。

「あ、姫様だ!」

「ひめさま~」

 保育所の前を通ると、馬車を見て子供たちが手を振る。
 同じように珠姫と比売御前が簾を開けて手を振る。二人とも子供好きだった。
 珠姫がオギノ式を伝えて避妊を勧めた結果、遊女の妊娠率は格段に下がったが、コンドームが作れないのでこれ以上の手の打ち様が無く、不意の妊娠・出産の果てに母親が命を落とし孤児になる子も少なくなかった。
 そんな子供達もここで同じように預けていたりする。
 なお、弟長寿丸もここで遊ぶのが好きらしく、この間、一人の女の子と大喧嘩をしていたのを珠は目撃している。

「ばーかばーか」

「ばかじゃないもん!!」

 そのやり取りを見て、孤児だった彼女を知瑠乃と名付けて取り立てる事を珠は決意したのだが、読みどおり補正がついてアドベント化の果てに、冬戦にめっぽう強い西海随一の弓の名手になったのは後の話。
 後に珠は「まさかここまでカリスマになろうとは……チルノ補正恐るべし……」
 と訳の分からない事をほざいた記録が残っている。
 なお、そのまま長寿丸との腐れ縁も続き、彼の側室に納まっていたりするのだがまたそれは別の話。


 ことこと走る馬車の眼前に広大な別府湾が広がる。
 その中央に浮かぶ瓜生島の周りには数隻の南蛮船が屯している。
 よく見ると明のシャンクも停泊していたり。
 ポルトガル船の交易は肥前大村領の横瀬が中心になって行われていたが、その後別府に立ち寄って心と体をリフレッシュする船が続出。
 結果、横瀬で卸す荷の他に府内でも荷を卸す事になり、その荷を堺商人が狙い、それが更なる府内の繁栄に繋がっていた。
 なお、よく見ると大友の家紋である杏葉紋が帆に彫られた南蛮船が一隻見える。
 これは大友がというより珠が保有する南蛮船である。
 永禄4年(1561年)に、宮ノ前事件(みやのまえじけん。ポルトガル商人と日本人との間で発生した暴動事件)というものが肥前平戸で起こり、この事件を期にポルトガルは平戸から撤退する。
 これで大打撃を受けた松浦氏を取り込んで日本海の交易船を確保したのが珠だったりするのだが、この松浦氏、その報復に船を仕立てて大村領福田浦に停泊中のポルトガル船を攻撃するという暴挙に出る。
 幸いかな撃退はしたが船が損傷し、帰る事ができるかと心配した船を大喜びで買い取ったのが珠だった。

「帰れないなら次の船で帰ればいいじゃない。
 その間の滞在費と女は私が用意するから」

 と、甘言で篭絡してその損傷船を買い取ったのだった。
 珠は同じように馬関海峡(関門海峡)で損傷した南蛮船を買取り、それを淡路から逃亡してきた安宅冬康に「使えるようにしてね」と一言かけて一任。
 一隻は船大工と共に解体・解析し、部品を取り、修理を終えた一隻を使えるようにと現在猛訓練中。
 この南蛮船は500トンで300人乗り、片舷17門のカルバリン砲(もう一隻の船の大砲は府内城に装備された)を持つナウと呼ばれる、ポルトガルの国家機密の塊であるキャラック船なのだが、目の前の大金と女にくらんだのと、動かせるわけ無いとたかをくくっていたのが大きい。 
 で、直して使おうとする様子に真っ青になるが、本国に報告して別府に立ち寄れなくなったら皆困るので二隻の南蛮船は難破したと報告されて見なかった事になっている。
 そんな南蛮船の名前は当然「珠姫丸」と名付けられ、試行錯誤をしつつ大神に造船施設を作り、二番艦以降の建造を目指しているのだがこの施設が、後に海軍大神工廠になる。
 

 片道二時間ほど揺られて府内に到着。
 大分川堤防はまだ工事中だが、新しい本丸と四層五階の天守閣は完成しており、その黒色の天守が府内の繁栄を象徴するかのようにそびえ立っていた。
 二の丸となる大友館も工事が進められているが、今日はめでたい日という事で工事はお休みとなっている。

「到着~」
「ぅ……ぉぇ……」
「は、吐きそう……」

 神様はなんとも無かったが、半人半神とその付き人の人間はめでたく車酔いを起こしていた。


 で、元服式は厳かに行われた。
 家臣、珠に比売御前、奈多夫人に長寿丸・新九郎の見守る中、義鎮の「鎮」の字が与えられる。

 毛利少輔四郎元鎮、毛利元鎮の誕生である。


 で、祝いの席。
 元服式ともなると華やかになるものだが、この宴はそれを超えていた。
 家臣だけでなく南蛮人や領民にも門戸を開き、来た者全員に餅が配られる。
 ご飯に団子汁関アジ・関サバ・城下カレイにカボス醤油をかけた刺し身が置かれ、干し柿やミカンが置かれ、蜂蜜たっぷりのカステラに蝋燭が立てられ、南蛮人から買い込んだワインが振舞われている。
 また、その宴の席に華やかにと、別府から飛びぬけた遊女達を着飾らせてお酌の相手をさせる。
 南蛮人も調子に乗り故郷の歌を歌い、大いに客を喜ばせた。
 これぞ大友の繁栄の象徴だろう。

 大工事にこれだけの贅沢、それを支える資金源は実を言うと借金だったりするが、それもからくりがある。
 工事にかかる金を分割して、それを債権として商人達に売り出したのだ。
 一括での莫大な借金をいやがった商人達は、この広く薄くの借金にとびついた。
 しかも、複数交渉の結果金利が低下し、低金利からは多く借り、高金利は優先返済を行った結果、大友家発行の債券を主軸とした擬似金融市場を形成するに至る。
 互いが互いの信用を前提に始める商人間の信用取引が更なる富を生み、大友家は紙きれ一枚で金を生む打ち出の小槌を手に入れる事になった。
 また、収入の方も年度毎に信じられないぐらい伸びている。
 大友領の不作知らずの収穫が戦国の世における穀物交易の一大勢力を形成し、戦乱による食糧不足によって大友家は莫大な収入を入手していた。
 更に珠姫が握るコークスに鋼の収入がこれを下支えする。
 そして、珠姫はナウと呼ばれる南蛮船の自力建造をもくろみ、商圏を堺だけでなく朝鮮半島や大陸、南蛮に船団を送ろうとしていた。
 それが木材価格の上昇をもたらし、更に大友領は潤う。
 公共工事が富を生み、その富が更なる富を生む。
 領地を取らずに豊かになるという手法を珠が編み出し実行した結果である。
 秋月騒乱以降戦をしなかったこともあり、民は大友の善政を喜び、その善政が他国の介入を招きにくくなり、結果、ますます統治の安定が進むという、良い循環をもたらしていた。

 ただ、この繁栄をある種冷静に見ていたのは、その仕掛けを作り出した珠本人だったが。
 これで戦にでも負けて、大友の威信の低下や政情不安が広がったら、全てが逆になるのだから。
 だからこそ戦に慎重になるべきなのだが、そこまで気づいている人間が、まだ珠しかいない。

「はいはいは~い。
 今日は、異国でクリスマスという異国の神の誕生を祝う祭りでぇす。
 我が国には八百万の神様がいるので、その神様の一人としてお祝いします。
 みんな、今年も一年ありがとう!
 そして、来年もよろしくねっ♪」

 何処のアイドルかと間違えるほどの演説をかましてくれた珠姫は、わざわざ着替えて異国の司祭風で皆に色気を振りまいていた。
 うん。色気なのだ。着ているのがROのハイプリ服にしかみえないのだから。
 もちろん中服は絹で、しっかり乳が透けている。
 外服は染めやすい木綿で高価な緋色の染料で真っ赤に染められている。
 そして肩や前垂れにつけられた十字架の意匠に、難破船から拾ったものを買った金のロザリオが胸に光り、マイクよろしく十字架の錫杖を持って口元を隠してウインクなんぞしてみたり。
 

「てん~かでっ、いちーばん、おーひーめーさーまー
 そういう、あつかい、ここ~ろ~え~て~~~~~~
 よねっ♪」

 現在、珠姫と姫巫女衆の楽器使いが絶賛ライブ中。

「ご存知、ないのですか!?
 彼女こそ、門司合戦から負け知らずで、九州を席巻する、大友の姫巫女、珠姫様です!」

 南蛮人に熱く説明しているのはどうやら豊前か筑前の招待された国人らしい。 
 なお、マリア信仰にかこつけてキリスト教を盛大に歪めまくっているくせに、微妙に教義や主張を取り入れる柔軟さで信者というか珠姫の個人崇拝者急増中。
 そんなファンに「きらっ」とウインクを投げかけて声援をもらうあたり、アイドルとしても食ってゆくつもりなのだろうか?
 こんな感じで派手に歌い踊り騒いでいるが、後の世になって「クリスマス中止運動」における第一級戦犯として、電子の海にて「珠姫死ね」と罵倒されるとは当人思っていなかったのだろう。

 なお、この宴の席でさり気なく四郎が、お祝いと称して大友家若手家臣にボコられていたりする。
 珠姫は若手家臣団でも誰がしとめるかと虎視眈々と狙っていただけに、とんびにあぶらげを攫われた形になったその心境の発露だろう。
 四郎もやり返しているし、殺しはしないみたいだ。
 これがしっと団最古の記録と言われている。

 珠姫はライブ終了後に宴の他の席を眺める。
 父義鎮の左右に、実母比売御前と養母奈多夫人が座って冷戦かましているので、ひやかしに。

「何やっているのよ?父上、母上、養母上?」

 まるで天使の助けを見るような目で義鎮が珠を見るが、珠はにこやかに義鎮の助けの手をぶった切る。

「もっとくつろげばいいじゃないですか。
 別府の遊郭じゃあ、母上ほか、裸で躍らせていたくせに」

 ぴしっ!

 うん。何か、奈多夫人の頭に角が生えた気がするけど、気にしない。
    
「な、なぁ、そんなに怒るとお腹の子に悪い……」

「大丈夫ですよ。
 貴方の子ですから。
 これぐらい聞いても問題ありません」

 ざざっーと潮が引くかのように周りから人が離れるのだが、気にしない奈多夫人はにこりと笑って夫を脅迫し、娘に尋ねる。

「珠。
 私、お館様が別府でどんな遊びをしているか詳しく聞きたいのだけど?」

 夜叉の笑みに珠も引くが、さすがに逃げるわけにも行かず。

「えっと、古式ゆかしい遊びを……」

「貝合わせでしょ」

 逃げを打った珠に、空気の読めない比売御前が本質を言ってしまい、ばきっ!と奈多夫人の箸が折れる。
 なお、貝合わせとは女性のある場所を貝に見合わせて、暗闇でその貝を触る事で誰か当てるという古式ゆかしい遊びで、平治の乱の折に近衛大将藤原信頼がやったという話が残っているが本当かどうかは定かではない。
 彼、男色でもあって後白河天皇の愛人だったとかなんとか。

 義鎮は逃げ出そうとした。
 だが、夜叉の奈多夫人からは逃げられない。

 珠も逃げ出そうとした。
 やっぱり、夜叉の奈多夫人からは逃げられない。

「他にも、どんな遊びをしているのかしら?」

 奈多夫人は比売御前に尋ねるが、空気の読めない比売御前はまた素直に答えてしまう。

「えっと、わかめ酒は当たり前で『酒を飲むのに器は要らぬ』と言ったり、湯につかる時は女の体で垢を刷り落すし、布団よりも女の温かみがいいと……」

「とてもよく分かりました。
 お館さま。今日、私にも同じ事をしてもらいますゆえ」

 むんずと襟元を捕まえて奥に引きずられる義鎮。
 顔が真っ青で、「ドナドナ」がとても良く似合う。
 というか奈多夫人妊婦なのだがそのぱわぁは何処から出るのだろう?

「あ、私も行くわ。
 じゃあ、娘よ。明日迎えにきてね」 

 と残して比売御前がほいほいついてゆく。
 いや、空気読めよとその場全員が心の中で突っ込んだが、口に出して言う猛者はいなかった。
 次の日、えらくげっそりとした義鎮が真面目に政務に励んでいるのを家臣は見るが、誰もそれに対して声をかける事はなかった。
 そして、えらく艶々な奈多夫人と比売御前が奥で談笑したりするのだが、これにも誰も声をかける事ができなかったという。



「で、どうだった?
 勝った?」

 宴が終わって、ぼろぼろの四郎を巫女服に戻った珠姫が連れ出して、のんびりと大分川の堤防を歩く。
 ちらちら雪が舞う中、繋いだ手の温かみが妙に残る。

「勝たせてもらいました。
 彼らとて、姫を悲しませたくはないらしく」

 珠姫は四郎を妾にすると公言している。
 つまり、次以降の愛人、もしくは主人の座はまだ空いているのだ。
 
「くすくす。
 私の上に跨るのは結構難しいわよ」

 口に手を当てて珠姫が楽しそうに笑う。
 その当たりは四郎も分かっており、自分一人の力など、謀略一家毛利一族の全面支援あっての事だと。 

「分かっております。
 それに見合うだけの働きは戦場にて見せる次第」

 その一言に実に機嫌悪そうな顔をしたので、慌てて四郎が付け足す。

「もちろん、閨でも」

 その一言に満足したらしく、珠姫はまた嬉しそうに笑う。

「よろしい。
 期待しているから」

 珠姫は四郎の手を離し、くるりと回って四郎の前に立ち、前屈みで胸を揺らして嬉しそうに口を開いた。

「メリークリスマス。四郎」

 四郎もそんな珠姫を抱きしめ、その唇に唇を重ねる。

「メリークリスマス。姫」

 抱きしめられたまま、珠は悪戯っぽく、四郎に囁いた。

「こういう時は、珠って呼んで」



 これからしばらく、珠姫は公務を休み、別府の遊郭から出てこなくなる。
 後に見つかった、珠姫の日記と言われるものにこんな記述があるので、それをもってこの話を締めくくる事にしよう。



『四郎。
 初めてなのに抜かずの三段撃ち、マジ自重』



 戦国の世は終息に向かいつつも、まだ戦は続き、大友家も珠姫も四郎元鎮も幾度も戦をくぐり、多くの血を流す事になるが、それでもこんな奇跡は起こせるという。
 これはそんな話。



[5109] 大友の姫巫女 外伝その三 リスボン-ローマ-マドリード
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/02 10:20
 リスボン。
 それは大航海時代の主役の都市の名前。
 大航海時代の船達の多くはここを母港に夢と野心を積んで世界に広がったのである。
 その成果は黄金や香辛料となってこの国に莫大な富をもたらす事になる。
 だから、そんな港町の酒場は当時の世界情勢を知る上で貴重な情報交換の場所だった。

「だから、女達が凄いんだって。
 あれを味わったらリスボンの女すら田舎娘に見えちまう」

 偉そうに語っているのはアジア帰りの船の船員。
 無事に帰りついた代償に、船室いっぱいの香辛料を積み込んで売りさばいた為、船員達にもそのおこぼれが渡り、こうして酒や女に還元されてゆく。

「そんなに凄いのか?
 そのベップという街の女は?」

 この手の話に海の男達が食いつかない訳が無い。
 話す男を取り囲んで、まだ見ぬ女達を思い、酒をあおる。

「ああ。
 黒髪で小柄な女が多いが、全員高級娼婦みたいなものだ。
 女達は絹の衣装を身にまとい、珊瑚や金の髪留めで髪を結って、学がある。
 筆談だが、明という国の文字が書けるなら、意思疎通もできる。
 で、客は必ず主人扱いで常に俺達を立てる。
 そして建物が清潔、酒も食事も上手い。
 そして女の抱き心地ときたら!!」

 ここで話す男は己の杯をあおり喉を潤して、皆が一番聞きたいだろう事を語りだす。

「まず女が臭くない。
 それどころか、清潔でいい臭いがする。
 それだけじゃないぞ!
 温泉が湧いていて、俺達の体を女が洗ってくれるんだ。女の体で!!」

「ちょっと待て!!!
 風呂で体を洗うという事は……女も裸だよな?」

 大事な事なので聞いていた男が尋ねると、予想外の解答が帰ってきた。

「だ・か・ら!
 裸の女が肌を合わせて、それで俺の体の垢を擦り落としたっていっているんだ!!!」

 その衝撃の発言に男達の目の色が変わる。
 この時期、欧州では黒死病と呼ばれるペストが大流行しており、その原因と目されていた浴場が次々と姿を消していた。
 同時に、同時に体臭がきつくなり、それによって香水の文化が花開く事になるのだが、ひとまず男の話に戻る事にしよう。

「女達は俺達が持ち込んだ石鹸を自らの体につけて、俺に抱きつくんだ。
 女の胸が動くたびに背中の垢が落ちてゆく、腕を洗う時なんて女が俺に跨ってたわしで洗うんだぞ!
 で、あれは石鹸の泡がついた手で洗い流した後で、口でしゃぶって綺麗にするんだぞ!!!」

 想像した女に欲情したらしく股間を押さえる者もいる。

「口だけじゃないぞ!
 俺の仲間には、胸で挟まれて洗われたやつもいるんだ!
 当然、その後も天国さ!!
 もう一回、俺はベップに行くんだ!!!」

 大航海時代における船の帰還率の例でマゼランの世界一周を出すと、出発時、250人いた人員が帰還時18人にまで激減する、凄まじいものだった。
 それほどの航海であるがゆえに得た物も大きく、帰ってきたこの男も下っ端とはいえ、一生慎ましく暮らすだけの金を手に入れている。
 にもかかわらず、また航海に出るという。

「ただ一つ、ベップに問題があるといえば女を連れ帰る事ができないんだ。
 『奴隷として買いたい』と言っても許してくれないし、武器で脅してもその倍以上の武器で脅されるからな。
 今度はベップに行った事のある奴を集めて、買い取れるように交渉するんだ。
 あのベップの女をリスボンにつれて来て見ろ!!
 今いる、リスボン女なんてみんな穴に蜘蛛が巣をはるぜ!!!」

 卑下た口調で女の味を思い出しながら、男は男達に語る。
 それは、新たな黄金伝説であった。


 ローマ。
 この街を支配しているのは神だった。
 神の代理人としてこの地に君臨するローマ教皇とその取り巻きがこの街を、いや西欧を動かしていた時期がたしかにあった。
 そう。あったのだ。
 今では、その権威が大いに揺らいでいる。
 マルティン・ルターらによりカトリック教会の改革を求める宗教改革運動が起こされ、その影響力はドイツに広がりつつあった。
 それに対抗してローマ内部でも体制内運動が起こり、改革派教皇としてパウルス4世がローマ教皇に選ばれる。
 異端審問所を作り禁書目録を作った教皇の耳に極東の魔女の事が耳に入ったのは、ある種歴史の必然だったのかもしれない。
 「教皇の精鋭部隊」と呼ばれたイエズス会からの報告に教皇は目を疑い、そして激怒する事になる。

 その極東の島国の姫は派遣された宣教師と同じぐらい聖書の事を良く知っていた。
 その姫はガリレオの書を求め、マキャヴェッリの『君主論』を求め、レオナルド・ダ・ヴィンチのありとあらゆるものを求めた。
 その姫は性を推奨し、快楽に走り、かの地で神に帰依した者を悪魔に改修させていた。

 さらに許しがたい報告がインド洋からもたらされた。
 海賊をしていたキリスト教商船がイスラム商人を襲って荷を奪ったのだが、その荷がキリスト教女性だったのだ。
 かの地が女奴隷を高く買い取る事を知ったイスラム商人が、東欧からの女奴隷を売り払おうとしていたらしく、この事件は欧州に衝撃を与える事になった。

 これらの権威の揺らぐ行為の数々は魔女からの挑戦と教皇は受け取った。
 蛮族を正しい道へ導く為に始められた布教を邪魔する魔女など、この地から消してしまわねばならない。
 激怒した教皇はその姫を異端及び魔女と認定。
 「火あぶりにかけろ!」とまで言ったという。

 だが、教皇は姫を火あぶりにかける手を持っていないし、その力も無い。
 だから、その力を持つ者へ命じたのだった。
 当時最大最強の力を持つカトリックの守護者に。


 マドリード。
 この街にある宮殿の主は、世界の王と呼んでも差し支えないだろう。
 スペイン王フェリペ2世。
 新大陸・スペイン・イタリア・ネーデルラントを支配し、太陽の沈まない帝国を作りつつあった。
 とはいえ、この時期の彼はその太陽の沈まない帝国の維持に四苦八苦していた。
 新大陸から持ち込んだ銀は価格革命を引き起こしてかえって国家財政を苦しめたし、プロテスタントとの宗教対立はネーデルラントの独立問題に発展しそうになっていた。
 更に、東地中海は強大な大帝国オスマントルコが君臨し、欧州はかの大帝国の脅威に脅えていたと言っても過言ではない。
 そんな彼にパウルス4世の極東の魔女追討など歯牙にもかける問題ではなかった。
 ……本来なら。

 だが、いくつかの事情と条件が、彼に極東情勢を考えるだけの時間と猶予を与えたのだ。

 第一に財政面。
 この魔女がいる国の隣に、欧州にも聞こえるイワミ銀山がある。
 そして、新大陸の銀採取だが現地住民の酷使と伝染病の流行により、大幅な減産が見込まれていたのだった。
 既にアフリカから黒人奴隷を大量に輸入する措置で切り抜ける腹積もりだったが、回復には時間がかかる事が予想されていた。
 何より、ポルトガルにかの銀山権益を独占させる事など彼はまったく考えてはいなかった。
 既に一度スペインは破産を宣言しており、これ以上の財政の打撃を考えるなら、安定して取れる銀山は喉から手が出るほど欲しかったのだった。

 第二に外交面。
 トルデシリャス条約やサラゴサ条約によってポルトガルとの間で世界分割協定が成立していた。
 ところが、今回のパウルス4世の極東の魔女追討はその条約を反故にできる最大のチャンスでもあった。
 既に新大陸を分割し、アフリカやインド洋の権益が確定している状況で、アジアというのは最後に残った未確定地でもあったのだ。
 それをスペインに有利に修正できるこの状況を彼は見逃すつもりはなかった。

 最後に軍事面。
 既に1559年9月、メキシコ副王ヴィラスコにフィリピン征服と植民地化を命じ、この後メキシコ副王領としてのフィリピン征服事業が始まっている。
 その戦力を転用できると彼は判断していたのだった。
 1564年の暮れに五隻のガレオン船に500人の兵と修道士を乗せて、あとはメキシコの港で出港を待つばかりのこの艦隊の目的地に、彼は一言付け加えたのだった。
 「ベップ」と。


 後に、100年にも及ぶ日欧の軍事衝突はこうした理由によって始められた。
 この軍事衝突は後に「欧州の終わりの始まり」と呼ばれる事になるが、その事を知る物は誰も。そう、誰も存在しない。




 なお、その元凶の極東の魔女は、その年の年末、

「ひ、姫……もう……」

「だぁめ。
 まだ、するのぉ……」

 何かを覚えたサルのように、男妾の上で腰を振っていたのだが。



[5109] 大友の姫巫女 第三十話 豊後大友家加判衆評定
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/08 10:58
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をやっている珠です。
 この台詞もとても久しぶりのような気がします。

「では、これより評定を始めたいと思います」

 さて、何で私は、こんな場所で、こんな声をあげる羽目になっているのでしょう?


 わっふるわっふると別府に篭っていたら、父上から呼び出しを受けて府内ですよ。
 で、四郎を乗せて野望の車中わっふるといきたかったのですが……ぉぇ。
 府内の鍛冶屋に賞金を出して、この振動何とかするように頼もう。うん。
 誰かがナイスなアイデアを出すだろう。きっと。

 で、府内城なのですが、来てみると父上に加判衆六人(戸次鑑連、臼杵鑑速、吉岡長増、田北鑑生、吉弘鑑理、志賀親守)揃い踏みですよ。
 というか、なんで引退していない!吉岡長増に田北鑑生。

「それを話すためにここに集まっているのだ。とりあえず座れ」

 はいはい。末席にお邪魔させていただきますよ。
 できれば、旅行中に後継を決めてくれるとありがたかったのですがね。

「そこじゃない。
 お前の席はここだ」

 父上。何で父上の後ろ隣を指差しているので?

「うむ。
 珠。今より、お前を右筆に任ずる。
 なお、これは加判衆全員の承認を得ておるから拒否は許さんぞ」

 は、はかったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!父上!!!!!

 右筆ってのは、21世紀風に言えば大名の秘書長。
 特に重要なのが、大名が書く公式文書の代筆などをする仕事で、松永久秀がこの職についているといえばこの職がどれほどおいしいか分かるだろう。
 もう少し分かりやすく例えるなら、江戸時代における側用人。
 うん。柳沢吉保や田沼意次なんて名前が出てくる人は、この二人が後に大友家における加判衆に抜擢されるのも知っているよね。きっと。

「父上。
 女として子供生みますから、帰っていいですか?」

「駄目だ。
 お前、それでは色々と我慢できないだろう。
 政に口を挟むなら、潔く責任をかぶれ」 

 いや、まったくその通りだけどさぁ。
 なんでこんなに粛清フラグ立っているのかなぁ。まじで。

「あと、加判もお前に任せるから。
 わしは奥にひっこむ」

 待て。くそおやじ。
 あんた本心はそれだろう!
 加判。つまりサインの事。
 国の重要政策決定に重臣一同がサインをするから、大友家では評定参加者を加判衆と呼ぶ。
 それすらまかせるという事は、政策立案に一から加われと言っているようなものじゃないか。

「父上。
 まさかとは思いますが、仕事私に押し付けて遊ぼうとは考えていませんよね?」

「安心しろ。
 お前が謀反を起す前に、きちんと切るぐらいの影響力は保持しておいてやる。
 わしが父の死を知ったのは、別府だった事はお前も知っているだろう」

 このあたり、腐っても戦国大名だよなぁ。父上も。
 私を実質的な加判衆に押し上げて、豊前筑前国衆の要望に答え、何か妙な事をしたら即粛清するつもりらしい。
 加判衆になったら何とか日帰りできる宇佐はともかく、香春は完全に戻れなくなるしね。
 わざわざ、お爺様が死んだ時に別府に居たなんてアリバイまでぶっちゃけて、モロ犯人と言っているようなものじゃないですか。
 少年探偵達が今の台詞聞いたら即アウトですよ。父上。

 ため息をついて冒頭の言葉を吐いて、議題の確認と書類を取り上げて……

「父上」

「どうした娘よ。そんなに笑みを浮かべて」

 父上もいい笑顔じゃないですか。ええ。
 議題にはこう書かれてあったのだから。


 吉岡長増・田北鑑生の後任について。
 毛利領に対する進攻について。


 評定は私の議事進行の元、淡々と進みます。
 で、二人の後任ですが田北鑑生は弟鑑重を推挙し、吉岡長増は『息子がまだ若輩者である』と言って、後任を推薦しませんでした。
 だから田北鑑重を通すかどうかが最初の議題になる。
 田北鑑重は兄鑑生を支え小原鑑元の反乱鎮圧や、秋月文種討伐などに功績があり、門司合戦でもそつなく兵を操っている良将である。
 父上も私も加判衆も異存はなく、この案は承認された。

 さて、問題は次。
 誰を加判衆に推挙するかだ。
  
 重臣間では推挙の調整が済んでいたらしく、一同を代表して戸次鑑連が口を開いた。

「一万田(一萬田だけど、以後こっちで)親実殿を押したいのですが」

 妥当な選択だわな。
 かつては加判衆を出すほどだった有力一門衆である一万田氏の当主なのだが、親実殿の弟でかつて父の寵臣だった一万田鑑相が小原鑑元の謀反に加担して粛清され、一万田氏そのものが謹慎状態みたいなものだったのだから。
 また、彼を出す事により弟である高橋鑑種にも面目を施すことになる。
 だが、私は知っている。
 一万田親実の嫁がとても美人な事を。
 父上が親実殿を粛清して妻を奪った結果、高橋鑑種を謀反に走らす結果になる事を。
 この一万田親実登用って絶対フラグだよな。
 案が無い訳ではないんだよなぁ。
 父上が出したがっている、寵臣田原親賢を加判衆に入れる事を私が提案すればいい。
 けど、それは加判衆との対立を意味し、私が重臣から恨まれる事になるし。
 私をこの場の席に入れたのは、私の口から田原親賢推挙を出す腹積もりなのだろうから。
 現在豊前松山城に詰めている田原親賢は、私と共に彦山川合戦にも参陣しており、私が功績を譲り知行を与え、何より私の知謀を高く評価してくれている。
 私が馬鹿娘よろしく、「田原殿をいれてぇ(はぁと)」とねだり、「しょうがないな。功多い娘の頼みだしな」と馬鹿親の振りして加判衆を押さえ込む腹か。
 ああ、父上がにやりと笑っていやがる。
 お返しに、にぱぁと笑い返してやろう。

「娘よ。
 何か言いたい事があるのではないか?」

「いえ、私はこの場にて発言する事などできぬ身ゆえ」

「構わぬ。
 わしが許す。
 申してみよ」
 
 父上の筋書きに乗ってやる。
 だが、私を乗せた事を後悔させてやるからね。父上。

「されば。
 加判衆の座は新たなる功績の報奨にすればよろしいかと。
 そうすれば、皆毛利攻めに奮闘いたしまする」

 父の顔色が変わる。
 予想外の問いに戸惑っていると見た。
 加判衆の顔色も変わる。
 やはり、毛利攻めは反対だったのね。

「ふむ。
 娘の言う事も一理あるが、防長を渡る大戦であるがゆえに、先に決めて安心して戦の準備をしたい所なのだが」

「父上の言う事。ごもっとも。
 ですが、功にて決める戦にて大戦より小戦でよろしいでしょう」

 一同、「何言っているのだ?こいつ?」的顔になってきたな。
 さぁ、この茶番をひっくり返してやる。

「珠。
 防長は海を渡るゆえ、小戦で終わらぬぞ」

「ええ。
 ですから、私が言っているのは伊予西園寺攻めです」

 その瞬間、一同の顔に衝撃が走っているのを確認しつつ即座に言葉を放つ。

「ご報告の通り、土佐一条殿が都に帰るとの事。
 で、土佐一条家と京一条家に管理を依頼されましたが、伊予西園寺家に不審な動きが出てります。
 で、先に伊予に兵を出して西園寺領を抑えれ、乱を未然に防ごうと。
 既に、一条氏に従っている伊予宇都宮氏も西園寺攻めに同意しており、こちらの若林・佐伯、そして、逃れてきた安宅氏の水軍衆に守らせつつ伊予に上陸すれば、西園寺は手も足も出せませぬ」

 口を閉じた私に質問をかけてきたのは臼杵鑑速だった。

「姫、佐伯を使うと申しますが、佐伯惟教は小原鑑元の謀反に加担し、伊予に退去して……」

「うん。だから帰参を条件に彼にも参加してもらうの」

 臼杵鑑速は途中でさえぎった私の言葉に押し黙る。
 そして、父上は明らかに不機嫌顔だ。

「娘よ。
 一応聞くが、元鎮がいるから毛利と戦をしたくないという訳ではないよな?」

 そう来ると思ったので、にぱぁな笑みのまま父に向かって朗らかに言ってのける。

「問題は水軍衆なのです。
 門司攻めの折、我が方はついに門司城の後詰を防ぐ事ができませんでした。
 瀬戸内、特に村上水軍を何とかしないと防長攻めはうまくいきませぬ。
 この戦の目的の一つに水軍衆の強化があります。
 若林・佐伯・安宅の水軍衆に南伊予水軍衆を束ねてもらい、彼らに対抗できる勢力になってもらうのです」

 あれ?おかしいな?
 にぱぁな笑みのはずなのに、加判衆が引き始めているのだが??

「更に、伊予宇都宮氏は我らが南を押さえたら北に攻め込むしかありませぬ。
 で、北は河野氏。
 村上水軍と繋がっており、宇都宮が河野と戦をしている限り村上水軍は全力ではこちらにこられないでしょう」

 父上。何で父上までそんな目で見るかなぁ。

「最後に、この戦私も元鎮殿と共に出ます。
 正直、いきなり毛利との戦では、元鎮殿が寝返りかねませぬゆえ。
 確かめる場所が欲しいと思った次第で」

 にぱぁな笑みなんだけどなぁ。
 なんでみんなそんな目でみるのかなぁ。

「まぁ、この戦、水軍衆をお借りできるなら、私の手勢でも片付く戦ゆえ、後で上申しようと思っておりました。
 ですが、誰が加判衆に相応しいかを量るには都合がいいと思い、こうして話をした次第。
 この戦、二月で片付けるので、その後私も防長に渡って毛利と戦をするつもりですのでご安心を」

 あ、なるほど。
 このにぱぁは鷹野三四なにぱぁだったか。
 ちょっと自重。

「いや。
 よく言ってくれた。娘よ。
 筋は通っているし、毛利の前戦でもあり、加判衆に相応しい者を見極めるにちょうどいい戦だ。
 皆のものはどうだ?」

 加判衆からも反対意見は無く、この西園寺攻めはめでたく本決まりとなった。
 毛利が守る防長よりははるかにましだし、勝ち目は確実にこっちはあるしね。
 総大将は私。
 つまり加判衆選定の試験官も含めてという事か。
 さて、評定も終わったし別府に戻って四郎といちゃいちゃ……またあの馬車に乗るのか……orz



「少しよろしいかな?戸次殿」

「どうなされた?吉岡殿」

 それは、評定が終わった後の府内城の廊下にて。
 去り行く者が残る者にかけた一言の忠告だった。

「気をつけた方がいい。
 殿が姫を見る目、亡き大殿が殿を見る目と同じだった」



[5109] 大友の姫巫女 第三十一話 南予侵攻 準備編 その一
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/08 11:07
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。

「それがし豊後国○○荘の……」

「金と米やるから帰れ」

 現在、戦の準備中です。


 さて、冒頭さわやかに勝手働きをしにきた国人衆を追い返したのには、ちゃんとした理由があります。
 南伊予侵攻、略して南予侵攻は豊後水道以南の制海権が前提の戦で、しかも船で兵を運ばねばなりません。
 この船というのが存外曲者なのです。
 何しろ○西汽船も、ダイ○モンドフェリーも、宇○島運輸も、国道九四○ェリーもありません。
 人と物がえらく運びづらいのです。
 そして、戦となれば千人、万人の人が動き、物が動く一大事業です。
 そんな物流を維持できる水軍衆は、この当時では毛利が抑える瀬戸内水軍しかありませんでした。
 このお話、再三再四にわたって水軍の話をしていますが、陸路より水路のほうが発達している西日本では彼らこそが戦争の主役だったのです。
 後に起こるであろう立花合戦は、秋月や宗像など筑前に毛利側策源地があったとはいえ、四万の大軍を九州に送り、維持するだけの能力を毛利は持っていたのでした。
 そして、我が大友はそれを持っていないのに防長侵攻を考える始末。
 てめぇら、小一時間ほど問い詰めてやろうかと思いましたが私も大人(色々な意味で)です。
 にっこりと笑って、一度地獄を見てもらおうと思い、こうして南予侵攻を立案した次第。
 南予侵攻を詰める評定にて、提出した必要船舶量を書いた紙を見た父上以下加判衆の顔が、みるみる真っ青になってゆきます。
 あー、すっとした。

「む、娘よ。
 これの何処が小戦なのだ!!
 豊後水軍衆総動員じゃないか!!」

 たまらずに紙を投げ捨てた父上が叫びますが、私はいたって済ました顔で淡々と父上を責めあげます。

「父上。
 小戦ではないですか。
 伊予に上陸する兵力はたった三千ですよ」

 うん。
 問題はその三千をどうやってあげるかなんだ。これが。
 安宅船は水夫を除いて兵を六十人、関船は兵を三十人、小早で十人の兵を乗せる事ができる。
 で、我が大友水軍は安宅船が三隻、関船が十五隻、小早で五十隻程度を保有しており、弁才船は二百隻ほど。
 これらの船に兵を乗せて全力で出撃すればと考えの方、それは甘い。
 毛利側水軍が出張ってきた場合、水軍衆の兵を乗せていない船など戦力にならない。
 海の戦は波で揺れるから狙いはつけにくいし、酔って戦力にもならない事だってある。
 なお、最盛期の毛利水軍は三百隻の軍船の護衛の下、六百隻の弁才船に兵糧を積み込んで石山本願寺に届けてみせたり。
 地の利を持ち、防御側という事を差し引いても、かろうじて互角に戦える戦力しか我が大友水軍は保持していない。
 戦船から水兵は外せないのだ。

 かくして、水軍衆の船に兵を乗せる案は見事に却下。
 では、二百隻ほどある弁才船で運べばという事になるが、これも問題がある。
 この二百隻というのは大友家が保持しているのではなく豊後の国で停泊している船の総数、つまり商売船なので借り受けないといけない。
 これがまた金がかかる。
 一隻に兵五十人乗せるとしても、三千人という事は六十隻の船が必要になる。
 そして、戦をするなら武器防具は持たないといけないし、兵糧も運ばないといけない。
 おそらく同等の六十隻はいるだろうから合計百二十隻が必要になる。
 そして、現在商業活動に使われているこれらの船の六割が軍事徴用された場合、ほぼ間違いなく生活に支障が出る。
 先に言ったとおり、街道の発達していない日本において海路というのは主要交通路であり、これが止まるという事は大友の好景気も止まる事を意味している。
 何しろ、売り物である鉄やコークスや米等は、大消費地である畿内に運ぶ事で利益を出しているのだから。
 もちろん、第一波を少なくして逐次投入という手もあるが、それが軍事上において愚策なのはいくらでも歴史が証明していたりする。

「父上。
 これでも、まだ甘く見積もっているのです。
 一条殿や宇都宮殿の支援があてにできますゆえ。
 これが防長の大戦になると、かの地は敵地のみで、支援をあてにできる勢力などないのです」

 そう。
 大友にとって防長侵攻は、本当にアムリッツァなのだ。
 幸いかな、『それは高度の柔軟性を維持しつつ. 臨機応変に対処することに』とほざく秀才参謀が大友家にいないのが救いだが。
 馬関海峡(関門海峡)が比較的距離が短いという事を考慮しても、船が必要なのは父上も理解できたらしく、現状での防長侵攻など不可能であるとは悟ったみたいです。
 だからこそ、水軍力強化を目的とした南予侵攻は私の目論見のまま承認されました。
 で、加判衆への座を目指す試験である事はそのまま続けられ、かくして三千の兵で始める戦にその倍以上の将兵が府内に集まる始末。
 まさか、味方の選別から始める事になるとはと、頭を抱える羽目に。

 この南予侵攻は以下の布陣で進められる予定です。


総大将  大友珠    千五百
(御社衆 毛利元鎮指揮 五百 / 宇佐衆 佐田鎮綱指揮 五百 / 姫巫女衆 吉岡麟 指揮 二百  / 豊後佐伯家家臣 佐伯惟教指揮 三百)

     田北鑑重   千  (豊後田北家家臣)

     一万田親実  千五百
(豊後一万田家家臣 千 / 筑前高橋家家臣 高橋鑑種指揮 五百)

     田原親賢   五百 (筑前田原家家臣)

援軍   宇都宮豊綱  千 

     一条兼定   二千 (土佐一条家家臣 土居宗珊指揮 二千)

水軍   若林鎮興   二千    豊後水軍衆  六十隻 船員数 二千
     安宅冬康   五百    安宅水軍衆   五隻 船員数 五百


総兵力         一万

 
 あれ?
 小戦のはすが、一万超えていますよ。
 これでも削りに削ったのだけど……。

 今回は策源地として宇都宮家と一条家があるので、一条家が領有している宿毛港を上陸拠点に。
 伊予に逃げていた佐伯惟教とは連絡を取って、豊後に残っていた家臣と合流してもらい宿毛の防衛をしてもらう事に。
 そして、本隊が上陸。
 今回は一万田親実と田原親賢の、どちらが西園寺の城を多く落とすかで競ってもらう事になる。
 加判衆となった田北鑑重は二人のお目付け役になってもらおう。
 田原親賢が詰めていた豊前松山城は爺こと佐田隆居に代わりに入ってもらう。

 で、先陣指名だけど、当然、どちらが多くの城を落せるかにかかってるので、二人とも先を争って……
 ……と、こう予想していたのですが、田原親賢が、あっさりと一言。

「先陣は田北殿を。
 次に一万田殿、姫様が続き、どうか我らは最後に渡りたく……」

 うわ。田北・一万田の二人が露骨に警戒しているよ。
 加判衆に興味が無いそぶりをしながら勝ち手を考えているのだろうが、その慇懃無礼さは敵を作るって。
 高橋鑑種なんてガン飛ばしているし。
 まぁ、有利な条件を先に提示した事もあって渡海案はこれで了承された。
 
「姫様にお聞きしたいのですが?」

 田原親賢が私だけを呼んで尋ねたのは予想どおりだったので、先回りして彼への答えを返してやる事にする。

「そうよ。この戦で我々大友は四国の土地ひとかけらも得るつもりはないわ」

 水軍衆の強化は本当だが、その水軍衆は立花合戦が始まったら門司方面に根こそぎ持っていかれるのは目に見えている。
 そうなった時に、毛利、もしくは長宗我部軍と戦って勝てるとも思えない。
 そもそも、この戦場は対毛利における尼子支援の第二戦線に過ぎないのだ。
 ここを足がかりにして伊予河野氏を圧迫して、村上水軍にプレッシャーをかける。
 それで、小早川隆景が出てきたら大成功--出雲尼子戦線の緩和を意味する--である。
 逆に、長宗我部元親が来ても構わない。
 あの鬼若子に南予をやれば、その目はいやでも河野に向かう。
 何しろ畿内にまだ影響力を保持している三好や、長宗我部より水軍を整備しておりながら海を渡らないと攻められない大友と比べて、小勢力でかつ陸続きなのだから。
 まぁ、毛利と長宗我部が手を組んで大友ふるぼっこという可能性も無いわけではないので、それを踏まえてあのあたりの領地を取るのを躊躇しているのも事実だったりする。

「それではこの戦、我らは何を得るのでしょうか?」

「一つは海。
 豊後水道以南の掌握で、土佐周りで堺に入る交易路を押さえる事ができるわ。
 次に、物の流れね。
 宿毛や中村を中心とした港に物が溢れ、その物を求めて人が集まる。
 商圏の拡大は商人達から更に銭を借り易くなるわ」

 この右肩上がり借金経営で大成功したのが、猿こと羽柴秀吉だったりするのだが内緒にしておく。

「土地は得るつもりはないけど、殖産は行うわよ。
 これから、南蛮に向けて大きな船を仕立てないといけないから、四国の森は宝の山だわ。
 あと、これは内緒だけど……蜜柑畑を作るの」

 悪戯っぽく笑う私に良く分かっていない田原親賢は首をひねったまま。

「これからの戦は大きくなると同時に、天下がまとまる過程に入るわ。
 つまり、大戦も起こりやすいけど、大大名の下で民にゆとりが出てくる事になる。
 そうなった時、嗜好品は飛ぶように売れるわよ」

 既に大友領では酒については南蛮から入った蒸留技術を元に、焼酎開発に取り組んでいる。
 流通において割れやすい壷に代わって、仕込み桶や樽の開発も始めている。
 煙草も作って、酒、蜜柑、煙草の嗜好品で莫大な利益を狙うのが私の目論見だった。

「姫。
 畿内は三好の内紛収まらず、混沌としているのに幕府が再興できるのでしょうか?」

 私は半信半疑の田原親賢に断言する。

「ええ。
 それもとびきり強力なのがね」




 田原親賢は珠姫に聞きたい事を聞いたので、その答えを持って彼女の父である大友義鎮の元へ目指す。
 義鎮の寵臣である田原親賢はこの戦における受験者でもあり、父義鎮から命じられた珠監視のお目付けでもあった。
 義鎮・珠とも自らを買っているのは十分に分かっているので、はなから加判衆の座も目指していなかった。
 ふと、彼は歩みを止めてぽつりと呟く。

「姫様は京にあがって幕府再興の何かを掴んだのかもしれぬ。
 そして、再興された幕府について、大友がどう動くか何も言われなかったな……」



[5109] 大友の姫巫女 第三十二話 南予侵攻 準備編 その二
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/09 09:53
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。

「それがし肥後国○○荘の……」
「われは筑前国△△生まれ……」
「戦があると聞いて」

「金と米やるから帰れ」

 現在、戦の準備中です。
 九州六カ国を支配するというのはこういう事でもあり……

 唐突ですが、私、この地で生を受けて前世知識があてにならぬ事を悟っております。

「姫。これについて……」
「姫。この書類ですが……」
「姫。奉行衆がこの間の裁きについて……」

 官僚って凄く大事です。
 決められたことを、決められた事しかしないという人がどれほど大事なのか、痛切に思い知っています。
 誰だよ。『官僚なんていらない』なんて前世でほざいている輩は!
 いる。絶対にいる。
 そうでないと私の前にあるこの書類の山が減らない。

「これは、加判衆の臼杵殿に。この書類は私が決裁します。その裁きは条々との兼ね合いがあるから父上に持ってゆくように」

 私の右隣に四郎が書き物をして、私の左隣で佐田鎮綱が陳情を聞いていたり。
 そして、麟姉さんは陳情者や奉行衆を整理しつつ、お茶やお菓子を出して先に要望を聞きだしたり。

 何処の社長秘書室だよ!!!ここは!!!

 戦国大名というのは究極的な所、大名独裁体制に移行しなければなりません。
 なぜなら、それによって地方国衆が持つ軍事・行政権を握らないといけませんから。
 我が大友家は、各国国衆の同意による連合政権からまだ脱していません。
 結果どうなるかというと、国衆や豪族、果ては村々の争いの調停に追われまくる日々に。
 更に筑前や筑後、豊前や肥後あたりの報告書もやってくる訳で。

 奉行衆は今回の南予遠征に大反対だったりします。
 というより、私が府内を離れる事について大反対だったりするのです。
 何しろ書類処理の作業効率が格段に変わりましたから。
 右筆というのは大名の秘書長であり、こと書類関連については必ず私の所にやってくるという、実質的な決定権を握る強大なポストだったりします。
 なんでここまでこのポストが強大なのか?
 これも前世感覚で見事に落とし穴に落ちた体験でしたが、全員が文字を読める・書ける訳ではないという事です。
 成り上がりの家などは重臣でも字が読めなかったという笑い話があるぐらい。
 識字率はこの時期においてまだ高いのですが、全員が全員読める世界だったらしい前世の世界とはもう感覚がまったく違います。
 一度、大友義長条々を、字の読めない国衆に伝えるのにえらく骨の折れた事と言ったら……


 で、困るのが今は戦国という事。

「ワレ、刀で勝負しようやないけ!」
「望む所じゃ!オラ!!」

 これ、結構というかもの凄くあります。
 そして、争いの調停に大名が出た場合、確実にやってくるのが双方からの賄賂攻勢。
 ……欲望に忠実な戦国って素敵(何かを遠く投げ捨てるような目で)。

 宇宙の覇者となった金髪の小僧はこんな事をおっしゃいました。

「体制に対する民衆の信頼を得るには、ふたつのものがあればよい。
 公平な裁判と、公平な税制度。
 ただそれだけだ」

 ああ、あんたは偉大だよ。
 そこが分かっているから。それができる地位にいるから。
 だが、その二つを得る為にどれだけのものがいるのか。
 わかりやすい法律に、それを運営する買収に負けない官僚群、そして領地内における軍事・警察権の掌握に、法律を遵守させるだけの体制への支持もしくは畏怖。
 この時期の戦国大名は、織田家以外は誰もこれらを持っていないのですから。

 とりあえず、人を派遣して今川仮名目録や朝倉孝景条々や大内家壁書を取り寄せて大友義長条々の再編纂中。
 この時期の分国法がある種家法になっているのも、大名家という利益共同体を大きな家族に見立て、運命共同体にして統治を楽にしようという表れでもあります。
 秀才顔の若造が偉そうな事を言っても中々聞きませんから。皆。
 体制が固まるにつれて必ず起こる、文治派と武断派の対立はこんな感じで発生します。
 けど、武功もあって、文官にも物分かりがいい武田信繁や羽柴秀長とかがそういう事を言うと、みんな納得するでしょ。ね?


 あれ?
 いま、凄くどつぼフラグを自ら立てたような……

 父上大友義鎮の娘で、門司合戦や彦山川合戦で武功(作られたものだけどね)をあげ、文字が読み書きできて、法律に詳しい。

 …………おーけーおちつけくーるになろう。

 なんですか!
 この過労死フラグは!!!
 二十四時間働くジャパニーズビジネスマンですか!!!!

 ごほん(我に帰ったらしい)。
 そして、大友家では複式簿記と算盤を一斉導入。
 数の把握こそ、国家の把握の第一歩です。
 奉行衆の若手も数人習わせる為に博多に出向させました。

 そして次は軍事力。
 今回みたいな勝手働きはしばらくは止められないけど、常備軍に向かうと各国国衆が離反するのが目に見えているから下手な導入はできない。
 とはいえ、危機時の動員が遅いのが国衆任せの動員の致命的欠点でもある訳で。
 遊郭警護の名前で私が雇っている御社衆を拡大させて、緊急展開部隊みたいな位置づけにしておくしかないでしょう。
 国衆が文句を言わないのも、金と女への期待と、宇佐八幡という、武家とは違う権威で、ある種の治外法権になっているから。 
 己の権力の源泉が、大友にとっての治外法権という障害になっているって何の皮肉よ。これは……

 とりあえず、遊郭を筑前二日市と肥後玉名に建設する予定。
 二日市の遊郭は博多中洲の遊郭と連動させて、博多で何か起こった時の為に。
 玉名の遊郭は肥後の監視と、こっちが本命ですが肥前龍造寺氏への警戒です。
 既に、肥前神代氏を下して勢力拡大中の龍造寺ですが、表向きはまだ大友に従属している形を取っている。
 実を言うとここは手を出したくないという本音が。
 龍造寺隆信はいいのよ。ぶっちゃけると。
 敵に回したくないのが、二人いる。あっこは。
 一人はみんな見当ついたと思うけど鍋島直茂(この時期、信生と名乗っている)。
 今山フラグのキーパーソン。
 小早川隆景と同じぐらい戦いたくない相手だったりする。
 で、もう一人はその直茂の母慶キン(立花キン千代と同じ字)。
 はっきり言うと、女傑。
 同じ女になったからこそ分かる。このママ怖い。
 鍋島直茂の夜襲案をただ一人、評定(女なのに出ていられるのが凄い)で主張して押し通したって、何この人。
 この人調べれば調べるほど伝説が出てきやがる。
 私なんぞ、きっと小娘扱いだな。
 どうせ島津に討たれるのだから、それまで筑後川以東をがっちり守れればいい。
 というか、今山でしくじらなければ問題ないわけで。

 けど、そうなると御社衆を率いる人間がいるなぁ。博多あたりに。
 四郎はうってつけの人材だけど、手放すと今度は宇佐別府の御社衆を誰が率いるかという問題が出てくるし。
 四郎を私が手放したくないしね。うん。
 流れ者や盗賊上がりだから、ちゃんとした統率できるやつでないと使えないだろうし。
 募集かけておこう。

 で、その島津ですが、ついに国境が接しました。
 肥後相良氏(元々従属していたけど、遠距離ゆえ独立勢力扱いでした)が正式に府内に使者を送ってきたのです。
 多分これを受ける方向なので、これからは島津と相良の小競り合いも気にしなければなりません。
 まぁ、まだ島津は伊東とガチバトル中なので静観するつもりですが。
 肥後どうするかなぁ。
 島津に龍造寺と支配者がころころ変わるしなぁ。
 阿蘇氏を大友側につけ続けていれば、それ以上の脅威は無いのも事実なんだよなぁ。
 対毛利戦で頭がいっぱいだけど、そろそろ九州三国志の主役たる島津や龍造寺の事も頭に入れないといけない。

 そうなると、迅速な動員体制は絶対に必須だよなぁ。
 そういや、南予攻めで長宗我部を思い出したけど、あっこの一領具足を参考にして兵農分離を図るかな。
 完全な兵農分離は現在の大友では無理だから、税制改革の一環として『軍役につく者は年貢免除』を法制化しとこう。
 これで、勝手働きを押さえ、こっちは動員の判断基準ができる。



 だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!



 人がっっっっ!!!
 人が足りんっっっっっ!!!!!
 今回戦準備の話をしようと思ったのに、大友家の内政で終わっちゃいますよ!!!!
 まだ、戦準備何もしていないのに書類は溜まっていきますよ。
 ええい。誰か使える人間は……田原親賢……今回の試験者じゃねーか。
 下手に仕事任せて贔屓と言われたら公平性にかけるし。
 戸次鑑連は加判衆だからもう仕事いっぱいだし。
 吉岡長増……引退する奴に仕事押し付けるほど私も鬼畜じゃない。

 ぽん。

「父上!!!!」

「な、何が起こった!」

 血相変えて飛び込んできた私に、父上は何事かと刀を持って尋ねる。

「角隈石宗殿を貸してください!」

 その時の父上の顔はとてもかわいそーな娘を見る顔だったけど、南予攻めの最中に襲ってきた書類攻勢に娘の言葉を思い出して納得したそうな。



[5109] 大友の姫巫女 第三十三話 南予侵攻 準備編 その三
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/10 18:17
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。

「姫巫女様に歓呼三声!」

「ラー!」
「ラー!!」
「ラー!!!」

 現在、南予侵攻に向けて準備中です。
 なお、声をかけたのは御社衆で、四郎元鎮の元で使えるように訓練中です。

「姫様。
 ところでこの叫びは何なのですか?」

 既に奥様な麟姉さんが尋ねるので、ちらりと舌を出して種明かし。

「異国の軍の敬意の表し方らしいわよ。
 中々でしょ」

 刀や槍を持った侍や足軽達が、それを天に掲げて声を張り上げるというのは士気高揚にもいい。
 まぁ、「オールハイルタマージュ!」とか言わせないあたり、私も自重を覚えたのだ。
 しかし、サパタでこの声を聞いたトルメキアの白き魔女様(声:榊原良子)は、絶望の中何を思ったのか……
 そういや、あの姫様が握っていた第三軍って重騎兵というか竜騎兵部隊だよな。
 機動力こそ戦いを制するか。
 あの姫様だったら、この戦国をどう渡り歩くかな。
 鉄砲の火力が増大するとはいえ、鉄砲は接近されると脆いという弱点が存在しているし、機動力を駆使して迂回奇襲に特化させるなら、まだ十分に使い道はあるかも知れない。
 城島や久住高原の牧場は順調に馬を増やしているけど、騎兵の育成が間に合うかな。
 阿蘇氏にも協力してもらって牧場を拡大しておこう。
 今すぐ始めても使い物になるには、下手すれば十年かかるかも。
 辛うじて耳川合戦に間に合うか。
 五百、いや二百五十でいい。竜騎兵がいたら部分的に戦局を支配できそうだ。

「姫様?」

「ごめん。
 考え事をしていたわ。
 で、何?」

「私の後任についてです。
 次の戦の後、私を杉乃井の御殿代にするから後任を探しておけって言ったの姫様じゃないですか」

 あ、忘れていた。
 で、年は私よりも少し下と見た娘が、前に出る。

「戸次鑑連が娘、政千代と申します。
 姫様のお側に仕えるよう、父より申し承りました。
 どうかよろしくお願いいたします」

 なるほど。麟姉さんの後任は彼女という訳だ。

「珠よ。
 堅苦しいのは苦手だから、気楽に珠って呼んで。
 よろしくね」

「はい。珠様」

 握手をしていると、今度は麟姉さんと同じぐらいの女性が前に出る。

「麟様の推薦で、姫巫女衆を任される事になりました。
 どうかよろしくお願いいたします」

 あれ、この人どっかで見たぞ??

「ねーちゃん凄い!!
 姫様のお側にお仕えするのね!!」

 すっとんできた知瑠乃が、彼女に抱きついて思い出す。
 この人、杉乃井の保育所で知瑠乃達の世話をしていた遊女じゃないか。

「じゃあ、名前をあげないとね。
 白貴姉さんって名前でどうかな?」

 チルノには黒幕が必要だしね。
 白岩は源氏名でもひどすぎるし。

「はい。これからは白貴とお呼びくださいませ。姫様」
「ねーちゃんかっこいい!」

 年上なのでこれからは白貴姉さんと呼ぼう。
 彼女の周りで知瑠乃が嬉しそうに笑うので思い出した。

「知瑠乃。
 貴方へのおみあげはこれね」

 渡してあげるのは弩。

「わ!
 姫様ありがとう!!」

 連発できないのが欠点だけど、貴方に二発目は必要ないものね。

「うん!
 だってアタイはサイキョーだもの!!!」

 この言葉が後に現実になろうとは誰も(私ですらも)思っていなかった訳で。

 さて、この姫巫女衆って何をするのかといえば、戦場における私のお世話係というのが当初の理由だったりします。
 だって、一応女ですから男ではどうしてもまずいものが色々とありまして。はい。
 けど、彦山川合戦で一度修羅場をくくったので、それなりに武装を強化する方向に。
 さっきの知瑠乃への弩もその一環。

 最後方にいるからこそ、最後まで食い破った相手を一撃だけ止めるという発想です。
 一発投げ捨て。けど、その威力は十分なほど。
 あと、薙刀持ちは敵を常に三人で囲んで討ち取るように訓練をつんでいます。
 これも、同数以下でしかも傷つき疲れている相手を前提に組んだものです。

 まぁ、武装強化は所詮自衛のみで戦局に影響が出るのは後方の仕事です。
 飯炊きや治療に夜のお世話など。
 彼女達が後ろでこんな活動をしているのに、男が逃げられると思うかい?
 私も戦意高揚のストリップぐらいするし。
 仮想敵の毛利に見せたのに、味方の将兵に見せない訳にはいかないしね。うん。
 戦意だけでなく他のも高揚するけど、それはひとまず置いておく方向で。
 組織にある程度の女性を入れると効率が上がるというのは、ちゃっかりとこの戦国の世でも機能したり。

 ……男って馬鹿ね。本当に。

 けど、以外に馬鹿に出来ません。
 まず、軍法の徹底と絡めましたが、略奪(特に女)が減ります。
 金・米の略奪までは止められませんが、女については禁止を申し渡しています。
 破ったら最高刑は死罪、軽いのでうちの遊郭出入り禁止。

 その代わり、戦場では交代で無料御奉仕実施中。
 その地の遊女すら私がまとめて買い上げて、各陣に配分させたり。
 後の統治に影響が出ますからね。このあたりは。
  
 それと、畿内から連れ帰ったくノ一三人娘に遊女と白拍子・歩き巫女を選別させてくノ一にする訓練を始めました。
 これも本格的にものになるのは十年後でしょうが、筋が良い二人の姉妹に「菜子」と「里夢」と名付けたり。
 杉乃井の奥に忍び里を作らないとね。
 「楽天地」とでも名付けて。


 整列させていた御社衆を戻して四郎がこちらに駆けてくる。 
 
「姫。
 いかがですか?
 姫の手勢は?」

 若武者姿の四郎が凛々しくてかっこいいなぁ。言わないけど。
 視線を御社衆に向けたまま私は尋ねる。

「で、戦でどれぐらい使えそう?」

 戦場に出すからには使い物になってくれないと困ると言外に言うと、四郎も少し茶目っ気を出したらしく笑いながら口を開く。

「兄上達の軍勢とぶつけて負ける程度には鍛えておきました」

 その言葉の持つ裏の意味に、私はほうと感心する。
 兄上達、吉川・小早川勢とぶつけられるだけの兵の掌握を終えているという事に。

「戦えるまで鍛えたんだ」

 いや、元が流れ者や夜盗山賊崩れですよ。こいつら。
 彦山川合戦では戦う前に崩壊したしね。
 やはり四郎只者じゃないな。
 こっちが感心したのに気づいたらしく、四郎は笑顔を向けてくれる。
 その笑顔がちょっと凛々しいのがまたまたシャクだけど、出来る人間を褒めるのは上に立つ者として当然よね。

「編成はどうなっているの?」

 ざっと見で御社衆を眺めると、槍と鉄砲の存在は確認した上で四郎に数と陣形を尋ねる。

「長槍が三百。これが正面になります。
 弓鉄砲は百揃えました。
 五十ずつに分けて長槍の左右におく予定です。
 で、旗本に百という所です」

 敵正面は長槍で近づけないようにして、左右から弓鉄砲で射掛けるという算段らしい。
 旗本というのは予備兵力と思ってもらって構わない。
 長槍や弓鉄砲に配置された足軽が倒れた時に、旗本から兵を出して補充する。
 つまり、実際は四百人で戦をして、その背後に百人がその戦を継続できるよう待機しているという訳。

「組を分けて戦えるかしら?」

 私が訪ねたのはその隊列を預かる足軽組単位での戦情況。つまり分割して五十人、百人単位で戦えるかという事。
 その問いは聞かれたくなかったらしく、四郎の顔がもうしわけなさそうになる。

「申し訳ございません。
 組での投入では力が出せませぬ。
 この単位でやっと戦ができるようにしたのが精一杯で……」

 今回の南予進攻において、私の陣は本陣となるので正面から敵を討つという情況は起こりえないというか、起こったら負けである。
 で、前線を支える為に一万田隊や田原隊や田北隊に、組ごとに兵を送って前線を支えるという事は無理と言われてしまったが、それも仕方ない。
 結局、小魚の群れと同じで、ある程度の大きさで動く事はできるが、小さくなったら大魚に食われてしまう。
 流れ者が侍相手に戦うには数が大事という事だ。
 だからこそ、前線部隊が疲弊してきた時は、下がらせて代わりに前線を支えるという、戦術行動としてはかなり大きいロスを覚悟しないといけない。
 まぁ、私の本陣には執事なハヤテちん(佐田鎮綱)率いる宇佐衆と、帰参を条件に参加する佐伯惟教とその家臣がいるから、組ごとの参加は問題ないだろうけど。
 兵もまともなのにするのにはやっぱり十年はかかるなぁ。 
 それでも、張子の虎だが牙と爪はちゃんとつけさせた四郎の功績を私は素直に誉めた。

「ありがとう。四郎。
 これで、彦山川の時みたいに本陣が襲われる事はなさそうだわ」

 自然と笑みがこぼれるのを誰が咎められよう。ええ。


 むぎゅ
 

 むぎゅ?
 後ろから後ろから腰あたりに手が伸びて、抱きつかれたのが分かる。
 見ると、不機嫌な顔で長寿丸がしがみついている。

「あねうえさまはぼくのなの!」

 えっと……これは嫉妬なのかしらん?長寿丸君。
 にはは……
 ちょっと可愛くて、凄く嬉しかったり。
 そういえば構っていなかったなぁ。
 昼は書類仕事で、夜はまぁ色々あって。 

「はいはい。
 じゃあ、一緒にお風呂入りましょうね」

「うん!」

 うわ。むちゃくちゃ笑顔で返事しやがりましたよ。この子。

「あ、あたいも姫様と入るぅ!」

 負けじと知瑠乃が、長寿丸を押しのけて私に抱きついてくる。
 これはフラグか?今、フラグが立っているのを見ているのか?私は?

「うっさい!ばーか!」
「ばかじゃないもん!ばーかばーか」

 こうなると私は苦笑するしかなく。
 四郎にアイコンタクトで「ごめん」と謝っておいたり。
 四郎も分かったらしく、一礼してまた訓練に戻ってゆく。
 ああ、今自分が勝ち組であると実感する私はまだ十四歳。

「ぱーるーぱるりぱるりら~珠姫死ねばいいのに~」 

 なんて歌われそうで怖い。
 
「はいはい。
 けんかしないの。
 杉乃井の風呂は大きいのだからみんなで入りましょうね」

「うん」

 子供の頃は当然のように女湯に入っていたが、今にして思うとあれはイベントだよなぁ。
 長寿丸なんて、くノ一三人娘、白貴姉さん、麟姉さん、私、政千代、菜子・里夢、知瑠乃(ちちくらべ順)が一緒に入るんだからなぁ。
 ……父みたいに女好きにならなきゃいいけど。



[5109] 大友の姫巫女 第三十四話 南予侵攻 渡海編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/12 14:55
「ぁ、もうちょっと、ちゃんと持ってて。
 うん。そう、それでいいわ」

 私は四郎に支えられて、出発前の珠姫丸と名づけられたキャラック船の艦首で手を広げて風を浴びた。
 やっぱりタイタニックごっこはリア充なら一度はしてみないとね。

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。
 やっと南予へ向けて出発です。

 上陸戦はどれだけ早く、多くの兵を上げられるかにかかっています。
 で、たまった信仰心を使って、新たな能力をゲットして今回の作戦に挑んでいます。
 八幡神って元寇の時の祈祷があるので、戦神の他に嵐の神の側面をもっているのです。
 で、ちょっと近隣の風を自由に操れる程度の能力をげっと。
 本当は己の護身を考えて何か強力なものを探していたのですよ。
 で、嵐の神の能力で某三国志ゲームのチートスキル「落雷」を得ようと画策したのですが、神力が足りずに断念。
 いや、H×Hみたいに制約と誓約をつければ撃てない事もないんです。
 その制約ってのが、「土曜日の夜限定で、発動時に左手は腰に手をあて、右手は天を指す」というスキル名『サタデーナイトたまちゃん』。
 うん。役に立たんわ。マジで。
 で、次に雨請い能力を得ようとして、これも神力が足りずに断念。
 結果、風におちついたのだけど……
 うん。なめていた。この力。

 水軍が櫓の船だったからいらないと思ったのですよ。
 ところが、別府には空荷の南蛮船が停泊しているじゃないですか。
 私はこれに目をつけました。
 このナウと呼ばれるポルトガルのキャラック船は三百人乗りで、戦闘をしないなら二百人まで兵が乗せられます。
 そんな船が別府湾に三隻ほど停泊しているのです。
 金と女で買収して、宿毛まで兵を運ばせる事に合意。
 なお、今回の兵の運搬で払った金の大部分が別府での遊興で回収していたりする。

 で、私の船たる珠姫丸を加えた四隻に兵八百人を乗せてさわやかに出発。
 風をコントロールできるから一日で宿毛ですよ。
 いや、マジ南蛮船チート過ぎです。
 わずか一週間で三往復、二千四百人の兵を上陸させる事に成功するなんて笑いが止まりません。
 なお、弁才船だけで二千四百人を三往復で上陸させるには十六隻必要だったりします。
 当然、臼杵や佐伯の港からも弁才船が出て兵や兵糧を運び込んでいますが、経済活動に支障が出ない数隻のみです。
 一週間で先陣の田北鑑重、一万田親実に佐伯惟教の部隊を上陸させ終わりましたよ。
 で、海からの上陸は水軍の大船団を伴うのが通常なのに、南蛮船の四隻がうろちょろしているだけなので、西園寺側は上陸してから気づく始末。
 いや、水軍の護衛つけていたけど、風があまりに順風で帆船が先にいっちゃって……後半の輸送時はもう出さなくていいやと。
 この南蛮船による運搬のおかげで一条領にいる今回の作戦兵力は四千八百人。
 伊予大津の宇都宮勢は西園寺の北側への警戒だけしてしてもらえば南から一気に制圧です。
 西園寺はこの時期、一条に服従していたりとはいえ、西園寺十五城と呼ばれる城(石高十万石相当)を保有していました。  
 その動員数は防衛戦である事を引いても、五千いくかいかないか。
 それを十五の城に分散しているので、私の本陣と田原親賢の兵が渡り終える大友軍六千五百を抑えきれないはずです。
 
 と、そう思っていた時期が私にもありました。

「何ですって!」

 私の悲鳴に四郎や佐田鎮綱、麟姉さんも、今回初陣の政千代と白貴(しらたか)姉さんも私の方を見ている。
 府内港にて上陸の準備をしていた私は、皆が見ている事を忘れて再度使者を促す。

「は。
 田北殿より報告。
 土佐、長宗我部の手勢四千が一条領に向かっているとの事。
 田北殿は、一万田・佐伯の手勢を連れて土佐中村の一条兼定公を救援に行くと。
 そして、宇都宮豊綱殿より報告。
 伊予、河野が手勢不明なれど、伊予長浜を目指し進軍中。
 救援を求めております」

 河野も長宗我部も想定外だった。
 一条氏は窮地に立った長宗我部を保護していた事もあり、まだ本山氏・安芸氏が残っているから静観すると思っていたが……。
 一条内部の重臣の一部が大友につくのを嫌って長宗我部に垂れ込んだな。
 一条領も十万石相当の価値があり、宇都宮領も五万石ほどの価値を持っている。
 今回の南予侵攻は、外から見たら二十五万石もの所領を狙う大戦に見えなくもない。
 それこそ、私が狙った小早川隆景をつり出す罠だったのだが、先に長宗我部元親が釣れるとは思っていなかった。
 元々内部統制力がなかった一条の事だ。
 かなり早い段階で、長宗我部元親は私の計画を掴んでいたのだろう。
 で、「一条を篭絡しようとする大友勢を撃破」という名目で、少数の上陸部隊を叩いて一気に一条領を抑える腹積もりとみた。
 だが、彼にとっても計算違いは、こっちの上陸が異常なほど速かった事。
 先陣どころか、本隊も上陸を始めている情況で一条家本拠たる中村御所をまだ押さえていない。
 長宗我部元親は一条家に恩がある。
 大恩ある一条家を自ら滅ぼしたとあっては、土佐統一もまだなのに配下国人の離散も考えられるだろう。
 あくまで、君側の奸を討つ名目が必要なのが、元親唯一の弱点だ。
 しかし、四千ってのも凄いな。
 この当時の長宗我部氏は所領十万石相当しかなかったはずなのだが。
 これが一領具足の力か。

 ひとまず、長宗我部についての思考を打ち切り、宇都宮の戦に目を向ける。
 河野がこんなにスムーズに動くのは完全に計算外だった。
 元々河野氏は大友と大内の勢力争いに常に巻き込まれ、大友家から三代に渡り当主に嫁を出していたりする。
 それで大友側に転ばなかったのは、村上水軍の独立性と、河野氏そのものが来島騒動とかの一族・譜代の統制に失敗していたからに他ならない。
 とはいえ、今回の戦は西園寺がメインであり、宇都宮が河野を攻めるかもしれないという所は黙認とはいえ、大友の言い逃れは十分なはずである。
 南予が固まった時に河野内の大友勢力を動かすつもりだったのだが、あの河野氏が内部を纏めて宇都宮を攻めることができるとは思っていなかった。
 もしかして、毛利が既に介入しているのか?

 長宗我部戦は片手間でできる戦ではない。
 本隊の上陸まで含めて長期対陣が予想される。
 この段階で、西園寺がおとなしくしているとは思えない。
 長宗我部、もしくは河野の背後にいる毛利と手を組もうとするだろう。
   
 頭の中で四国の地図を描きながら、府内に残っている出陣戦力二千を何処に上陸させるか考える。
 宇都宮救援を考えて伊予長浜か?それとも当初の計画どおりに土佐宿毛に上げるか?
 はたまた、水軍を動員して伊予八幡浜を急襲して西園寺を先に潰すか?
 不意に周りが静かになり、思考の海から現実に戻ると目の前に戸次鑑連を供に連れた父上がいた。
 うわ。何か嬉しそうな笑みを浮かべていますよ。

「苦労しているようだな。娘よ」

「井の中の蛙大海を知らず。
 己の未熟さを恥じている所でございます」

 父上の所にも報告が言っているらしい。
 ふっと、笑みを消して珠姫丸の方に視線を向ける。

「そういえば、お前の初陣は毛利だったな」

「はい。
 門司合戦で。
 ただ、立っているだけでしたが」

 波の音が妙に耳に残る。
 父上は船から別府の方を眺めて淡々と語る。

「初陣が味方だときついぞ。
 しかも、相手が父だと尚更だ」

 父上の初陣というのは史実に記録されていない。
 父の名前が登場したのは、祖父義鑑を殺す羽目になった「大友二階崩れ」が最初である。

「身内も譜代も敵と思って戦ってきた。
 その点、お前は敵だけを考えればいい」

 何を言いたいのだろうと言おうとして、その真意に気づく。
 これは、父上なりのエールじゃないだろうかと。

「父上……」

 私が口を開こうとしたのを父上は手で制した。

「ふむ。
 この船を見ていて、俺の歩みが間違っていない事を娘に自慢したかったけだ。
 凄いだろう」

 この人はなんて不器用なのだろう。

「この船を使えるようにしたのは、私なんですが……」

「そのお前を作ったのがわしだろうが。
 お前も、わしの豊後繁栄の象徴だ」

 別府の方を見たまま淡々と言ってのける父の不器用さが嬉しい。
 私を含め、周りの人の顔にも笑みが浮かぶ。
 そんな暖かさが分かるだろう。
 わざとらしく咳をして、父上は話を続けた。

「で、ここに来たのは、この船が見たくてな。
 あと、お前が貸してくれと頼んだものを届けに来た」

 ???

 何か、私は父上にこの戦についてねだったかな?
 
「お前が言い出したのではないか。
 角隈石宗を貸してくれと。
 兵二千をつけて臼杵に送っている。
 使え」

 え……?
 角隈石宗は右筆として貸して欲しいと頼んだわけで……あれ?
 照れているのだろう。私を見ない父上と、あの真面目一筋な戸次鑑連が苦笑している。

「父上……」

 こういう場合抱きついていいよね。
 父上に抱きついて、思わず涙が出てしまう。
 そんな子供相応の私を父上は困ったような照れたような顔で振り払う。 

「子供の始末は親がつけるものだ。
 この戦はお前の戦だ。口出しはせん」

 ああ、こんなに親の言葉が嬉しいなんて。
 こんなに私はみんなに支えられているなんて。

「だから、勝ち負けはともかく、生きて帰って来い。
 小娘の戦ぐらい、わしが豊後からひっくりかえしてやる」

 自然と私は父に向けて臣下の礼を取った。
 見れば、私以外の人も同じように臣下の礼を取っている。
 これが戦国大名、大友義鎮の姿だった。

「はい!
 父上!いってきます!!!」

 父上は、戸次鑑連と共に船が見えなくなるまで府内の港に立っていた。




「行ったか……」

 ぽつりと義鎮は南蛮船が去った海に向けて呟く。

「ですな。
 いい女武者になられた。
 若き殿そっくりですな」

 戸次鑑連が嬉しそうに笑うと、義鎮も嬉しそうに口を開いた。

「言うな。
 わしはあれほど狡猾ではないぞ。
 だが、あれはまだ一つ、学んでない事がある」

 その言葉に陰があるのを悟って、戸次鑑連も顔を引き締める。

「何でしょう?それは?」

「身内を敵として殺す事だ」

 はっきりと自虐の笑みを浮かべて義鎮は言い切ったのだった。



[5109] 大友の姫巫女 第三十五話 南予侵攻 慶徳寺合戦
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/02 01:11
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。

 めっさ寒いのですが、だからこそ安心して上陸できたりします。

「すげぇ……」
「白い壁だ……」
「なまんだぶなまんだぶ……」

 小船で次々と兵を降ろしているのですが、危ない事この上ありません。
 だからこそ河野水軍がこの時襲ってこないのですが。
 伊予長浜の冬の名物肱川あらし。
 夜間の温度較差によって大洲盆地で発生した冷たい空気が、強風によって肱川を駆け下り、伊予灘に当たる事によって霧を発生させ、霧の大壁を発生させる現象。
 暴冷風と濃霧で遭難続出になりかねないけど、周囲の風をコントロールできる私だからこそできるチート技だったりする。
 風ってマジ便利。侮っていました。ごめん。

 で、そんなチートな上陸作戦を呆れた様子で眺めている、宇都宮氏ご一行。
 そりゃそうだろう。
 この肱川あらし、地元漁師でも発生時に漁に出るなと伝えられるほどの危険現象なのに、船でやってきてあまつさえ上陸までするというのは奇跡以外の何者でもない。
 しかも総勢八百人。
 宇都宮氏の総動員兵力の約三割を占めるこの兵力をこの危険気候時に上陸させた私の手腕は神か仏の加護でも使っているのかと。
 いや、使っているのだけどね……
 この地を治める長浜城主大津賀信濃守なんて、私を見て平伏しているし。
 私が総指揮をとる事は宇都宮勢には伝えていたから向こうの供応役なのだろう。米津城奥方の瑠璃姫は呆然としつつ一言。

「寒くないですか?
 ……それ……」

 うん。
 言わないで。
 分かっているから。






 話は、一日ほど巻き戻る。
 珠姫丸船内の一室で、私は四郎と二人だけで向き合っていた。
 
「危険すぎます!」

 うん。言うと思った。
 私も思っていたもの。危険だって。

「けど、これしかないのよ。
 一条を助けるか、宇都宮を助けるかという選択肢だと、どちらかを見捨てないといけない。
 それはその後における伊予の戦において、悪影響を残すのよ」

 秋月や筑紫を見殺しにした結果、毛利は九州内での権威を大幅に失墜させている。
 それが毛利の諜略を防ぐ効果にも繋がっている。
 盟主としての大名は、参加した味方を見殺しにするとその後の作戦がひどくしにくくなるのだった。
 だからこそ、危ない橋を渡る。

「ですが!
 今回の手勢八百のみで、河野を叩き、西園寺領を横断して一条領に向かうなんて正気の沙汰じゃありません!!」

 そうなのだ。
 四郎の言うとおりなのだ。
 伊予長浜に上陸して河野勢を撃破、しかる後に鳥坂峠を越えて西園寺領内を突破、一条本拠である土佐中村で長宗我部と対陣している大友先陣と合流。
 合流予定は長浜上陸から二ヶ月後。
 うん。正気の沙汰じゃないな。
 なお、父上からもらった角隈石宗率いる二千は、先陣の後詰として臼杵から土佐宿毛に向かわせている。
 本隊他の残りはどうしたって?
 この次の船で長浜に運べれば運びますよ。
 けど、私が長浜に残るからチート能力が使えないので来るのが三日後か五日後。
 おまけに、河野水軍が出張ってきたら引き返さないといけない。
 だから、この八百(宇佐衆四百、御社衆三百五十、姫巫女衆五十)で全ての戦をするつもりで長浜に向かっている。
 自分でも思う。
 正気の沙汰じゃない。

 だから、リターンに見合うリスクを私は賭ける必要があった。

「こんな死地に飛び込む戦、宇佐衆でもしたがらないわよ。
 だから、兵を戦わせる為に私自身も何か賭けないといけないわ」

 帯を解き、袴が床に落ち下半身が露になる。

「姫……まさか……」

「うん。
 その日の戦の一番手柄の者に、私の体を差し出すのよ。
 こんな馬鹿げた戦で、褒賞後払いなんて誰もついてこないでしょ」

 これが私の出せる最大のチップだ。
 西国の名族大友、かつ武名轟く私の体は足軽には絶対に届かない高嶺の花だ。
 それが、その日の戦次第では一夜妻として組み敷く、下手すれば子種を宿せるチャンスが生まれるのだ。
 生への執着を差し引いても魅力的な褒賞のはすである。
 このあたりは男の発想だろうな。
 神力で子を宿さないのが分かっているからとはいえ、今回上陸する男七百五十人はおろか、南予戦参加兵員である一万二千ほどの男全てに抱かれても構わないと覚悟したのだから。

「だから、穢れる前の私を四郎に抱いて欲しかったの……
 駄目かな?」

 軽蔑されても仕方ないな。
 そう自分の中の私が嘲る。
 次の瞬間、四郎が私を抱きしめた。

「姫は……珠はずるい!
 誰にでも優しく、そのくせ誰も見ていない!
 そんなに、私が役に立ちませんか!!」

 四郎……初めて「珠」って呼び捨てにしてくれた……
 うれしい。
 けど、もっと早く呼んで欲しかったな。

「私は、珠の為にここにいます。
 貴方が夜叉になるなら私も修羅の道に入ります!
 貴方が畜生道に堕ちても私が救い出します!
 ……ですから……」

 そのまま乱暴に口づけされた。
 いつもの四郎と違い、荒々しく、それが私の女に火をつける。
 舌を絡めながら、二人とも生まれたままの姿になる。

「……ですから、私をもっと頼ってください。
 毛利元就の息子してなく、毛利元鎮として」

 嬉しくて涙が出そうになる。
 私の愚挙を止める事も諭す事もせずに、ただ頼ってくれと。
 それが嬉しい。
 そんな四郎が愛しい。

「もぉ、四郎に何もあげるものがないのに……頼れないよ……」

「でしたら、一つ欲しいものが」

 四郎の左手は私の腰をしっかり捕まえて、右手が私のお腹を触る。

「私の子供を生んでください。
 今、この場で孕ませますから」

 その一言で我に返り、真っ赤になるぐらい顔が赤くなるが、四郎の手を振り解けない。
 あれ、もしかして、墓穴掘った?
 というか、やっぱり四郎も毛利一族だけあって、断れない状況に追い込んでの切れ味ある攻撃はえぐいな。
 そんな事を考えると、部屋にあるものが目に入る。
 ああ、そういや前世のエロゲでこんなシュチュがあったなぁ……

「ねぇ、四郎知ってる?
 この部屋って、飼育室って言うのよ」

「は?」

 不意に飛んできた私の意味不明の質問に、四郎が間抜けな声をあげる。
 長期航海において山羊や豚などを飼っておくための部屋で、長距離航海なんて当分考えてはなかったけど、いつか使うかもと思って藁だけは入れておいたのだ。
 まぁ、だからこそここで四郎に抱かれようとも思ったのだが。

 四郎の手を逃れ、藁の山に腰を下ろす。

「長い航海で家畜を飼う為の部屋。
 だから、こんなのがあるの」

 それは、家畜が逃げ出さないようにと部屋の中央の鎖に繋がれた首輪。
 それを手にとって私はにっこりと微笑む。

「ひ、姫?」

「だぁめ。
 さっきみたいに、珠って呼んでよ……」

 これは降伏の儀式なのだから。
 もう、私は四郎にメロメロで、四郎の子供を生みたいと思っちゃっているんだから。
 自らの意思で、四郎に見せ付けるように、首輪を首に巻いた。
 もう、逃げられない。
 わざとらしく四つんばいになって、胸とお尻をゆらしてみたり。
 あ、この手のエロゲが多い理由が分かった。
 これほど征服感のあるプレイって無いかも。

「た、珠……」

 ゆっくりと、四郎が私に近づいてくるので、藁の山に己の体を預けて……


 くぱぁ



 てな事があって、四郎に全て征服されたなんていえる訳も無く。
 長浜に着くまで、三穴全部落とされて、マーキングまでされましたよ。
 で、今の私のお腹には、私のじゃない命が宿っているわけで。
 十五にして母親ですよ。
 この当時では早いという事もないわけで。
 まぁ、上陸寸前までしていたから、汁だらけ汗だらけで慌てて身支度した訳で。
 頭から水ぶっかけて、巫女服着たから透け透けですよ。
 なお、肱川あらしが発生するという事は、外の気温は零度から氷点下に近い訳で。

 めっちゃさぶい!!!

 これで、何で死んでないのかというと天宇受売命のスキルの一つだったりする。
 この神様、旦那の猿田彦との出会いからして痴女そのもので、裸で生活できるというパッシブスキルがあったりする。
 こんな所でこんなスキルが役に立つとは……

「後で湯を用意させますゆえ、とりあえず輿に」

「いいわ。それよりも今から攻めます」

 って、何を驚く宇都宮勢一同。
 何の為にわざわざ危険を顧みずに、こんな気候時にやってきたと思っていますか。

「で、河野の手勢はどれぐらい来ているの?」

「由並城に手勢が入ったまでは掴んでいますが……」

 答えたのは、長浜城主大津賀信濃守。
 何故か首が横を向いているが、理由を聞けない。聞きたくない。

 前世21世紀知識の地理で戦況を伝えると、愛媛県大津市長浜町大洲市役所長浜支所(長浜城)から愛媛県伊予市双海町上灘本尊山(由並城)までの海岸線が戦場となる。
 この戦場は海にせり出す山という感じで、小兵力でも戦える格好の場所だったりする。
 もし、河野が犬寄峠から中山-内子経由で大洲に入るなら、雪の積もる犬寄峠を越えて、宇都宮氏本城たる大洲城正面に出る羽目になる。
 それに対して長浜を落せば、来島水軍を使って肱川を使えるというメリットもある。
 そして、一条と宇都宮に挟まれている西園寺を救援する為にも、早く鳥坂峠を押さえたいのが見えている。
 兵站面から今回の南予侵攻を見ると、大友は宇和海を押さえる大友水軍によって攻勢正面の一条領に兵をスムーズに運べる。
 それに対して、西園寺救援を考える河野(の背後にいる毛利)は、自領勢力圏の伊予灘から肱川を使い大洲を通り、鳥坂峠を押さえないと西園寺領に届かない。
 それは、この戦に来島水軍を使わないという私の読みに繋がっている。
 来島水軍は、大友水軍と同じく輸送を支える柱であり、ここで損害を受けては困るのだ。
 しかも、伊予という大友領でも毛利領でもない第三国の戦という視点が、毛利にとって全力投入を躊躇わせる。
 ただでさえ尼子戦という主戦場を抱えているのに、伊予で第二戦線なんて開きたくはないだろう。
 河野戦は一戦で終わる、いや終わらせる。
 それができれば私の勝ちだ。
 ここから由並城まで約十六キロ。
 昼には一戦できる距離に敵がいるからこそ、今攻めないといけない。
 だからこそ、私が最初にここを戦場に選んだのだ。
 河野勢がどれほどの兵で攻めてもここなら互角に戦える。

「飯の支度を。
 食べたら駆けて一気にけりをつけます」

「はっ!」

 私の凛とした声に諸将が頭を下げて駆け出してゆく。
 いや、下げなかったのが二人いるな。
 って、なんで麟姉さん、瑠璃姫とひそひそ話をしているのかな?かな?

 麟姉さんが真っ直ぐこっちにやってくる。
 なんだか妙に怒っている気がするのは気のせいかな?かな?

 逃げようとしたら、背後を瑠璃姫にとられてしまった。
 って、この人も使い手だった。

「臭いますので、ち ゃ ん と!
 湯あみをしてもらいます!!!」

 ばれてーら。
 こういう時こそ四郎に……あ、四郎もう戦準備に駆けていっているし!!
 四郎の裏切り者ぉぉぉぉ!!!
 瑠璃姫に捕まった私は、その後麟姉さんにまで理由を問い詰められ、挙句に「戦の賞品に自分を差し出す」事までばれて二人とも大激怒。
 懇々と説教されましたよ。まじで。
 おかげで、まだ「戦の賞品に自分を差し出す」事を兵達に言い出せておりません…… 



 さて、戦の方ですが我々が打って出た事は察したらしく、昼ぐらいに結局双方の中間地点にあたる慶徳寺近隣で開戦しました。
 慶徳寺そのものは山の中腹にあり戦場が一望できます。
 こちらの兵は宇都宮手勢を入れて千少し、河野勢は千以下という所でしょうか。
 慶徳寺正面に川が流れ、そこで激しく戦いが行われています。
 こちらの本陣は慶徳寺に置き、向こう側は川向こうの海岸線(予讃本線串駅あたり)に本陣を置いた様子。
 こちらは船旅の疲れもあるけど、慶徳寺で兵を交互に休められるのに対して、向こうは伊予灘の冬の高波を被りながらの戦で戦局は五分五分という所。
 戦そのものはよくある小競り合いの域を出ていません。
 大兵が役に立たない戦場だから出し惜しみしたかな?
 相手側大将は瑠璃姫の説明によると、由並通遠という地元の国衆との事。
 河野勢が集まっているらしい由並城の城主自らの出陣という事は、もしかして、河野の手勢ってこれだけか?

「これでも多いのですよ。
 この辺りは、百姓駆り出しても百人届くかどうかなので」

 説明ありがとう。瑠璃姫。
 で、質問なのだけど、何で貴方と貴方の娘さん二人と女中連中が薙刀持ってこの本陣に来ているのかな?かな?

「姫様が御自ら戦場に立つというのに、助けを頼んだ我々が城に篭るなんてできませぬ。
 我らもこの陣中において姫様の姫巫女衆に加えていただきたく」

 この姫様やっぱりできる姫だった。
 瑠璃姫の娘である八重姫・九重姫は八双手裏剣の名手で、瑠璃姫自身も静流長刀の指南であり、また吹き矢は神業といわれるほどの腕前だったりする。 
 って、誰よ!
 私に許可無く、そんな決定下したのは!!

「私ですが。姫様。
 姫様を一人にすると、色々と愚かな事を口走るかもしれないので」

 私が悪うございました。麟姉様。
 なお、四郎も帰陣後に麟姉さんの張り手を貰い、「毛利四郎の紅葉武者」とからかわれる羽目に。
 誰か味方はいないのっ!ここにはっ!!!

「姫様不潔です……」

 政千代、あんた私の侍女長でしょう。
 こういう時に私の味方しなくてどうするのよ!

「いや、姫様。
 その思い切りは買うけど、少し先走り過ぎだと私も思うんだな……」

 白貴姉さん!何か言いたいならこっち見て話しなさいよっ!!!
 おかげで湯あみ後、巫女服の上に毛利元就プレゼントの胴丸着せられて、本陣から出られませんよ。

 誰かっ!
 誰か私の味方はいないのっ!!!

「……」
「……」
「……」
「……」

 ごめんなさい。
 少し女として色々と自重しますから許してくださいませ。お願いします。
 
「伝令!
 敵、後詰出現!
 その数、千!!
 旗印は折敷に縮み三文字!!」

 折敷に縮み三文字。やはりいたか河野本隊。
 いじけるのは一時中止。

「向こうの大将は分かる?」

 瑠璃姫に尋ねると瑠璃姫が旗印をじっと眺めて一言。

「来島氏みたいですね。
 たしか、当主の来島通康殿か、一族で武勇を誇る村上河内守吉継殿かと。
 向こうも本気みたいですね」

 よしよし。
 読みどおり水軍は出張ってきてない。

「あれの準備はできた?」

「はい。いつでもいけると四郎殿が」

 私は麟姉さんに確認し、さっきまでの白眼視などなかったかのようにてきぱきと報告してくれます。
 さすが、私と長い付き合いです。

「じゃあ、やっちゃって」

 さて問題。
 正面からの殴り合いで背後に回れないのならば、どうやって戦は終わるのでしょう?
 解答その一は日が暮れるので引き分け。
 解答その二は少数の兵の方が敗北を悟って。
 私の解答は、後に解答その三となるであろう答えです。

「撃てぇ!!!」

 耳栓をしても響く轟音と共に敵陣に向けて飛んでゆくカルバリン砲の砲弾。
 着弾と同時に人間がばらばらになって空に舞い上がって落ちる。
 効くなぁ……逃げ場の無い狭い戦場での大砲による歩兵支援砲撃。
 珠姫丸から二門ほど降ろして一門持ってきたのだった。
 敵味方双方ともこの光景を見て動きを止める。
 そりゃそうだろう。
 浪漫の欠片もない、理不尽な死というものが目の前に見せ付けられたのだから。

「撃ぇ!!!」

 轟音と共に二発目が発射され、また由並勢の足軽だったものが吹き飛ばされる。
 船で使われ、反動をさける為だろう車輪がついていなかったら使う事を考えなかった。
 こんな近場の平地だからこそ使える卑怯手だったりする。
 はっきりと、敵兵が動揺しているのが分かる。
 鉄砲の存在は戦場から浪漫を消したと言われるけど、大砲の存在はそれにトドメをさす事になる。
 幸いかな、日本では大砲の時代の前に太平の世に移ったけど。

「撃てぇ!!!」

 三発目が敵陣に着弾した時、あれほど頑強にがんばっていた由並勢が砂のように崩れる。
 そして、後詰に来ていた河野勢は戦う事無く、由並勢の壊乱に巻き込まれた。

「引くなぁ!
 持ち場を離れるなぁ!!」
「いやじゃ!死ぬのはいやじゃ!!」
「助けてくれっ!おらはまだ死にたくねぇ!!!」

 押し合いへし合いの果てに海に投げ出される者、踏み潰される者、こちらの手勢に討ち取られる者、既に戦は追撃戦の段階に移っていた。

「無理して敵兵を討ち取らなくていいわよ。
 この戦の間、河野が攻めてこなければいいんだから」

 ……あれ?瑠璃姫一同や政千代や白貴姉さんの視線が変わっているんだけど?
   
「これが……大友の姫巫女か……」

 瑠璃姫、淡々と私を見ないでください。
 瑠璃姫の娘さん二人、抱き合って脅えないで。取って食べたりしないから。

「姫様凄いです!」

 うん。政千代。
 君の半刻前の軽蔑しきっていた顔を見せてあげたいよ。まじで。

「この調子なら、体で釣らなくても良かったんじゃないの?」

 緒戦で判断しないで。白貴姉さん。
 あと何戦するか分からないのだから。

「姫様は、色に狂っていなければ、何処に出しても問題ない立派な姫ですのに……」

 フォローしろよ!麟姉さんも!!!


 その夜も求めてきた四郎を受け入れた私がいたり。
 朝、みんなの視線が生暖かったのだが、気にしない事にする。



 慶徳寺合戦
 兵力
 大友家 大友珠   千
 河野家 由並通遠 数百+村上吉継 千

 損害
  百(死者・負傷者・行方不明者含む)
 三百(死者・負傷者・行方不明者含む)



[5109] 大友の姫巫女 第三十六話 南予侵攻 壷神山の一夜 (前編)
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/17 18:14
 伊予長浜上陸から 一日目 慶徳寺合戦の後

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。
 まぁ、色々ありまして、母親にもうすぐなるみたいです。

 そんな情況に感慨湧くような事も無く、現在我々は宇都宮領の長浜城にいます。
 慶徳寺合戦が終わると、そのまま一日兵を休ませました。
 で、その日はもちろん飲めや歌えの大騒ぎ。
 本来、ここで私が景品にというプランはめでたく賢女(麟姉さんと瑠璃姫)二人に邪魔されたので、仕方なくこの土地の土地神である三島神社でストリップ神楽を行い士気高揚です。
 流石に吉田郡山城で敵である毛利兵に観音様を拝ませたのに、味方にご開帳しないのはいかがなものよという理論で賢女二人を押しきりました。
 いつになったら鏡華ちゃん路線に行けるのでしょうか。ちょっと急がないとまずいのですが。
 戦が終わって皆昂奮しているので、私の裸身は実に受けがよくほっとした次第。
 その分、昂奮した男達の処理で白貴姉さん率いる姫巫女衆は大変だったとか。
 「うほっ」もいるので一概には言えませんが、今回の遊女・歩き巫女連中のノルマは十六人です。
 また、こまった事に港町とはいえ元々が博多や府内や別府と比べて小さい長浜です。
 意外に遊女がいなくて……というか、近隣の村々の奥様方が応募に来て、私の度肝がぬかれたり。
 ああ、この当時の貞操感はこんなものだったなと。私もいいじゃないかと言いたい。言わないけど。賢女二人が怖いから。
 うちの軍勢、金払いだけはいいですから。まじで。
 戦争は立派な公共事業です。

 で、与えられた部屋に戻ると四郎がいてそのまま朝まで……。
 うん。首三つも取ってきたんだって。凄い。
 四郎が浴びた戦の獣性を全部私の中で受け止めましたよ。
 四郎のに慣れて、ちゃんと後始末に舐めるまでしちゃう私です。

「ひ、姫……くすぐったいです……」

 うーん、やっている時は珠って呼んでくれるけど、終わると姫に戻るんだ。楽しい。
 こういう時、神功皇后の力をもらえたのを凄く感謝。
 ポテ腹渡海までした戦女神様の加護です。
 私については、不安定期など関係なく精を受け止められると思っていただきたい。


 で、次の日。
 私は雪山登山なんかをやっていたり。

「何でこんな所を登るのですか?」

 ぶつぶつ言いながら厚着をして私の後をついてくる政千代。
 なら来なきゃいいのに。

「仲間はずれはひどいです!」

「そういう事。
 仲間に入りたいお年頃なんだから。精一杯大人ぶって」

「白貴姉さん!
 姫様に余計な事を言わないでください!!」

 いいコンビだな。
 白貴姉さんと政千代。
 つーかあんたもついてこなくていいのに。
 厚着でごまかしているけど、雪に白い液体がたれましたよ。
 私も同じなので良く分かる。はい。

「姫様といると楽しそうだからね。
 そういう所でのけ者はないでしょ」

 白貴姉さんは飄々とした物言いといい、一種の脱力系キャラだな。
 知瑠乃がなつく訳だ。

「しかし、姫様が壷神山の事をご存知とは知りませんでした」

 妙に感心する八重姫。しっかりと手には護衛用の八双手裏剣が握られていたり。
 無口系キャラらしい九重姫は舞と共に先導して警戒してくれていたり。下手な忍びより忍だったりする。
 なお、政千代はこの二人に八双手裏剣を教えてもらう約束をしたそうな。
 さすがに日帰りは無理だろうと判断して今日は御社に泊まるつもりで、地元の村人に薪や食料や藁あたりを届けてもらったり。
 このあたりの手配りも九重姫の差配だとか。
 口より先に手を動かすあたり萌えポイントも高いです。

 あ、そうそう。
 霞とあやねだけど、今回は菜子・里夢と共にお留守番です。
 理由はこの二人、子供ができちゃったので。
 種誰よと問い詰めたら、今回の戦にも来ているハヤテちんこと佐田鎮綱と発覚。
 伊勢で私の身代わりやっている時に親しくなって、二人が元々姉妹関係だったこともあって、大友家内部の有力者に抱かれるのならと引き取ったのが真相だったり。
 二人の子供にりっぱなくノ一になるようにと加護の力をあげましたよ。
 まぁ、父上に抱かれてお家騒動起こされても困るし、ハヤテちんなら私の有力支持者宇佐衆筆頭の佐田氏の次期当主だし問題はなし。
 けど、うらやましいぞ。F超えおっぱい姉妹丼。

「ちょっとね。
 ちゃんと地元の神様にはお参りするのが私のジャスティスなの」

「じゃ、じゃすてぃす?」

「異国の言葉よ。
 気にしないで」

 この壷神山、標高970メートルとえらく高いのですが医薬の神・少彦名命が山頂に祭られ、かの神が薬壷を置き忘れたことに由来するそうで。
 こんな場所私が逃す訳無いじゃないですか。
 壷神神社は少彦名命の本社でもないのですが、伝承が残っているのが強み。
 残った伝承は模倣に使え、それは神力の制約と誓約に流用できる。
 医療系スキルのゲットはこれからの戦に絶対に必要です。
 ちなみに、この地の三島神社の伝承を元に、安全に船を停泊できる神力をゲットしていたり。
 これも条件が岩の上で船の艫綱を繋ぎ、岩戸神楽を舞うというもの。
 字で分かった人は鋭い。天宇受売命の例のストリップです。はい。
 では、岩が無い場所で安全な停泊を望む場合は?
 はい。己の体を縄で縛って船の艫綱を繋ぎます。
 じゅ、呪縛ストリップ……
 日本神話との絡みがあるとはいえ、とってもいい感じにビッチの道を突っ走っているのに、清純お姫様路線は無理があると賢女二人に主張したいけど言わない。怖いから。

「ですから、いくら勢いとはいえ……」
「殿方なのですから、こういう時は姫を諌めて……」

 で、その賢女二人は、当然のようについてきた四郎にこんこんと説教タイム中。
 なんで私の暴走を止めなかったのかと、えらく怒られています。
 女はこういう時にねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちと説教するので怖いです。はい。
 私も昨日それを味わいましたから、爽やかに見殺しにします。
 四郎なんて薪背負って雪山登っているのに。ごめんね。
 このうっぷんは、夜、私の中に放っていいからね。
 なんて言葉も言えるわけも無く。

「大体、姫様も姫様です!
 四郎殿が優しいからと無茶ばかり申して……」

 あ、こっちに飛び火した。
 歩きながらだけど、賢女二人を説得してみるか。
 多分この機会を逃すと、私はビッチになれないような気がするし。

「はいはい。
 四郎をいじめないで。
 元々は、私が悪いのだから」

 口を出して二人の攻め手を私に引き付ける。

「大体、今回の戦もそうですが姫様は無茶が過ぎます」

「うん。
 今回については自覚しているわ。
 だからこそ、己の体を差し出して全てを捨てる腹つもりだったのだから」

「まだ、そういう事をいいますか!」

 怒り出す麟姉さんを宥めるように、白貴姉さんが口を挟む。

「無茶って言うけど、昨日の戦みたいにうまくいくって。
 姫様が心配しすぎ」

「あれ、あと最大で十八回はしてもらわないと、私達帰れないんだけど」

 ぴたりと一行の足が止まった。
 そりゃもう綺麗に皆、呆然という顔つきで。
 四郎だけは昨日聞いていたので「あちゃー」と片手をおでこに乗せていたり。

「ひ、姫様。
 助けに来ていただいたのはとても感謝しておりますが、もう一度、戯言無しで、今の言葉をお聞きしたいのですが」

 瑠璃姫の顔から表情が消えて、抑揚のない声ばかり返ってくるので、もの凄く怖い。

「だから、この手勢八百のみで鳥坂峠を越えて、西園寺十五城を全て落として、土佐一条領に入り大友軍と合流して、対峙している長宗我部勢を撃破しないと帰れないと言っているの」
   
 沈黙がめっちゃ痛い。

「皆には秘密にしてよ。
 知ったら間違いなく士気崩壊するから」

「「な、な……何考えているんですかっ!!!!!」」

 うん。麟姉さんと瑠璃姫が大爆発するのが目に見えていたから言わなかったのだけどね。 

「分かっている。
 ちゃんと説明するから。
 少し早いけど山頂に着いたし、お昼にしましょうか」

 ちらりと見た、古びた社に目礼して謝罪する。
 ちょっと騒ぎますがごめんなさいと。


 で、雪積もる山頂のお社の境内で昼食会兼戦略ミーティング開始です。
 まず、棒を持ってかりかりと雪面に西日本の地図を書きだしたらびっくりする一同。

「姫様の頭の中には、日ノ本の地図がはいっているのですか!?」

「そうよ。じょーしきでしょ」

 流石にこれからの話をどう言おうか考えているので、政千代の驚きを一言で切って捨てる。
 それがまた凄みを与えたらしく、瑠璃姫とその娘二人は半ば呆然としているし、四郎や麟姉さんはなんだか嬉しそうだ。
 白貴姉さんはあいかわらずにやにや見てる。なんかいいな。

「今回の戦、いや、今西国で行われている戦の元凶の根底から話すわね。
 そうでないと、さっきの『最大十八回勝て』とか、『戦の報奨に体を差し出す』という言葉が荒唐無稽にしか見えないから」

 アカギ浦部戦の後の解説のようにゆっくりと間を取って、私は地図上のある場所を指しそれを語った。

「すべては、応仁の乱の唯一の勝者と称えられし西国の覇者、大内氏が陶氏に謀反を起こされ滅んだ所から始まっているの。
 けど、陶氏は大内領を継承できずに滅び、やがて広大な大内領は、東西二大勢力に分裂していくわ」

 私は北部九州と中国に丸を書く。

「それが豊後大友氏と安芸毛利氏よ。
 この二者が大内の遺領を食い合い、互いが互いの持つ領土を奪い合っている。
 大友六カ国、毛利六カ国、計十二カ国を巻き込む大戦の最中に居るのよ。私達は」

 皆の顔を見る。
 まだ、脱落者はいないらしい。

「大友と毛利の主戦場は当然豊前筑前と周防長門が最前線になるわ。
 ちなみに、私の初陣は門司合戦ね。
 その後秋月騒動なんか経て『大友の姫巫女』とか呼ばれるようになったけど、この戦線で活躍していたのよ。
 では、問題。
 政千代。この戦で相手の国に攻め込むには何が必要?」

 不意に当てられて露骨にうろたえる政千代。何だかかわいい。

「えっと……兵士、兵糧?それとも鉄砲??」

「船」

 ぽつりと横から口出しした九重姫に私は「正解」と微笑み、瀬戸内海を丸で囲む。

「毛利が抑えている瀬戸内水軍、特に村上水軍が邪魔で大友は攻められてばかり。
 で、大友が打った手は海では無く、陸から毛利を攻める事だった。
 その一つが尼子支援よ」

 毛利の丸の横に、小さな丸を書く。 

「尼子が毛利を引き付けている限り、毛利は全力で大友に攻めてゆけない。
 でも、尼子は風前の灯。
 大友は新たな第二戦線を構築する必要があった」

「それが伊予という訳ですね。
 伊予河野氏は来島氏を通じて村上水軍と繋がっています。
 我々宇都宮を助けたのは、河野を攻めてもらう為ですね」

 口を挟んだのは瑠璃姫。
 さすがに、伊予の情勢だけに理解が速い。

「その通り。だから南蛮船を使って、兵を積めるだけ積んで助けに来たのよ」 

「では、何故西園寺を攻めるという事になるのですか?」

 麟姉さんの質問に、今度は地元ゆえに瑠璃姫が答える。

「近年、伊予は土佐一条氏の侵入を許してきました。
 それは、姫様のご実家の大友家の支援があったからですが、西園寺を屈服させたのです。
 ですが、西園寺は一条氏の武力で服従しているのみで、いつ反旗を翻すか分からない状態なのです」

 瑠璃姫の説明に今度は私が口を挟む。

「その一条だけど、内紛が起こっているって知ってる?」

「何ですって!?」

 瑠璃姫とその娘達の驚愕の顔を見ながら、やはり知らなかったかと嘆息する。

「一条の殿様は本来京で帝に仕えるのがお仕事でしょ。
 京に上がった後の一条領の管理をめぐって一条内部の重臣の意見が分かれているのよ。
 大友は、これまでの支援もあって一条領の管理をしたいの。
 もちろん、一条領を簒奪するのじゃなくて、一条領の管理の名目で不穏な動きをする西園寺を討って西園寺領を頂くつもりだったのよ。
 ところが、これに一部重臣が反対して、一条に従属している武名名高い長宗我部氏に管理を任せようと。
 で、今土佐は大友家の先遣隊と長宗我部の軍勢が睨みあっているのよ。
 そんな中、貴方達から河野襲来の報告が届いたって訳」

 瑠璃姫はさっきまでの気丈さとは裏腹に顔が真っ青だった。
 気づいたのだろう。
 自分達がどれほど危険だったのかを。
 多分、私が一条の方に行っていたら、攻めてきた河野軍を相手にしている背後から西園寺軍が襲いかかり、宇都宮は滅んでいただろう。
 そこまで想像できてしまったが為に、瑠璃姫の体は寒さではない別の震えをしていた。

「ところが、私が宇都宮を助けている間に大友先遣隊と長宗我部が開戦し、長宗我部が勝った場合、大友はこの四国における正当性を失うわ。
 宇都宮支援で宇都宮氏はこちらにつくだろうけど、河野・一条・長宗我部・西園寺が同じ勢力についたら宇都宮は風前の灯火。
 で、こんな仕掛けを組んだのが……安芸の毛利元就。
 この四郎のお父様って訳。
 で、伊予と土佐が毛利勢力になったら大友の庭だった宇和海も毛利勢力圏に入りかねない。
 もう、この戦は大友と毛利の代理戦争になっているのよ。
 本国豊後を襲われたら、大友は豊後の守りを固めないといけない。
 それは、主戦線である筑前豊前の弱体化にも繋がるわ」

 四郎をちらりと見ながら、棒は安芸国を指し、私は淡々とその事実を告げる。
 棒は小気味良い音を立てて雪面の伊予に突き刺さる。

「大友の荒廃はこの一戦にあるわ。
 ね。私が体をくれてやるのに相応しい戦でしょ」

 私はほぼ確信している。
 毛利ホイホイとして伊予の戦場を準備していた私の裏をかいて、大友ホイホイにしたて直したのは、あのじじいだと。

「体をくれてやるについてはおいとくとして、大事な戦である事は理解しました。
 ですが、それが、何故今の手勢で西園寺を攻める事に繋がるのでしょう?」

 麟姉さんがまだ納得いかない顔で私に質問する。

「これ以上長浜に船が呼べないのよ。
 後一回、長浜に来させるつもりだけど、それで打ち切り。
 それ以上船を来させると、このあたりで毛利水軍が張り込んで船戦になっちゃう。
 今の大友水軍では毛利水軍に勝てないわ」

 絶対に避けないといけないのがこの海戦だ。
 最大動員で三百隻を越える毛利水軍と戦って勝てるとは思えないし、大友水軍が殲滅されたらそれこそ私は帰れない。
 長浜ではガダルカナル戦における東京急行よろしく、高速の出る南蛮船で少ない兵や物資を運び込む事しかできない。
 何としても西園寺領に攻め込んで八幡浜を落とさないといけない。
 それができないと我々は立ち枯れる。

「最大十八回の根拠はこの西園寺十五城の事よ。
 まぁ、野戦を一回すれば数城はこっちに寝返ると思うけどね。
 だからこそ、西園寺も出せる兵力全てで宇都宮に攻めてくるはずよ」

 棒を引き抜いて、ある一点に刺し直す。

「伊予鳥坂峠。
 西園寺領と宇都宮領の境にある交通の要衝。
 次の戦はここよ。
 河野はしばらく戦の痛手から立ち直れないから、宇都宮勢も加えて一大決戦をこの地で行うわ」



[5109] 大友の姫巫女 第三十七話 南予侵攻 壷神山の一夜 (後編)
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/17 18:26
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。
 というわけで、次の戦場の説明をしている所です。
 まぁ、一大決戦と言っても宇都宮・西園寺とも合計して一万届かない寂しい戦なのだけどね。

 わざと口を閉じて皆の顔を見渡します。

 四郎はじっと鳥坂峠を見つめたまま。
 雪山の冷たい空気に引き締められた凛々しい顔が何か素敵です。

 麟姉さんは逆に痛々しい顔です。
 私がここまで抱えて戦をしているのを改めて見せ付けられて、己の力不足を感じているのでしょうか。
 それは違うよ。麟姉さん。
 大友だけを考えてリスクを取らないなら、一条に私達は渡るべきだった。
 瑠璃姫や二人の姫を見捨ててね。
 威信は落ちるけど、毛利ホイホイとして適度な兵を引き付け続けただろう。
 それができなかった私の甘さが全ての原因なのだから。
 
 で、私が見捨てようとして見捨てられなかった瑠璃姫、八重姫、九重姫は私の話に顔面蒼白だったり。
 そりゃそうだろう。
 大国のたいしたこと無い都合で、己の生死が決められていたなんて暴露したのだから。
 さらに、瑠璃姫は気づいているだろう。
 自分達を助ける為に、私がこんな所に出張り、己の体を差し出すと言い出した事に。
 
 忍の舞はこういう時も表情は変えません。
 けど、払うリスクについては多分最初に私の発言を理解したはずです。
 体を使った諜略はくノ一は基本戦術ですから。

 政千代は呆然という所か。
 色ボケ姫の一面しか見せてなかったからなぁ。
 ただのビッチだったら色々幸せだったのだけどなぁ。

 白貴姉さんはにやにや笑みを浮かべたまま。
 この人只者じゃないな。
 こちらのペースに巻き込まれていない。

 話をそらすけど、一回の戦で出る損害(死者・負傷者・行方不明者)は、一般的に勝ち戦で一割、負け戦で三割ほど。
 つまり、三回戦えば負け戦と同じだけの損害を受ける事と同じになるのだ。
 なお、21世紀軍事用語における損失三割というのは全滅と判定され、後方にて再編成が必要になる。
 ついでに壊滅とは五割の損害を受けた場合の事をいい、十割、つまり一般的に「全滅」とイメージしている状態の事は殲滅と呼ばれる。
 この殲滅は他にも呼び名があり、その言葉は玉砕と言うのですが……  
 閑話休題。
 最低限の戦という想定をしても鳥坂峠合戦は確定だし、西園寺十五城の内西園寺本拠たる黒瀬城や松葉城は戦わないといけないだろう。
 この時点で本来は後方にて再編成が必要なのだ。
 まぁ、一条領の大友軍先陣に合流してしまえばなんとかなるから、悲観的な面ばかりではないけど。
 かといって、楽観的になる戦でもない。
 まぁ、戦とはそんなものだと言ってしまえばそれまでなのだけど。

「さてと、おおむね現状については認識してくれたわよね。
 で、体を差し出す云々なんだけど、今じゃないと駄目なの」

 その一言にぴんと来たのが母親である瑠璃姫。
 私もそれに気づいて、とてもにこやかな笑みで、男にとって言われたくない言葉ベストテンに入る呪いの言葉を吐いてみる。

「うん。
 来ないの。あれ」

 その言葉が広がるまで数瞬かかった。

「姫様!」
「姫っ!」
「おめでとうございます!姫!!」
「まぁ、あれだけすれば出来るわよね」

 できたの昨日だけどね。
 まぁ、年末からひたすらやっていたからそれほど皆深くは考えないだろうけど。

 女性陣が一様に祝福の言葉を送るのに、四郎は押し黙ったまま。
 かれも毛利一族だ。
 それがどういう意味を持つのか気づいてしまったのだろう。
 男として私の子供が欲しいという生理的欲求と、政治的にものすごくまずい位置に置かれるであろうその子供と私の事を考えているに違いない。

 私はお腹に手をあて、お腹にいるまだ種粒でしかない娘に向けて語りだす。
 ありがとう神力。性別決定させてくれて。

「でも、秘密にしていてね。
 父親がそんじょそこらの足軽ならいいけど、毛利元鎮であるという事は絶対にあってはいけない事なのよ」

「どうしてなのですかっ!
 元鎮殿が父親なら晴れて夫婦になって」



「……殺されるからよ。
 父上に」



 できるだけ明るい笑みで場を和ませようとしたのに、冬の雪山に相応しく誰も私のように笑おうとはしなかった。

「麟姉さん。
 何で、私が結婚しないか知ってる?
 それは私の旦那が豊前宇佐・香春、筑前筑豊の所領に遊郭とかの利益、二十万石相当の主になるからなのよ」

「に、二十万石……」

 絶句しているのは八重姫。
 彼女が使える伊予宇都宮氏は石高にして五万石相当なり。
 私一人で宇都宮が持つ兵力の四倍もの兵を動員できるのだ。

「一族、重臣でこれだけの大領を持っているのは私だけよ。
 近隣への影響力を考えたら、豊前と筑前の半分の国衆は私の声で駆けつけるわよ。
 石高に直したら五十万石越えるんじゃないかな。
 大友百二十万石の四分の一を私は握っているわ」

 自分で言いながらその強大な権力に愕然とする。
 いつの間にか、ここまで強大になっていたか。
 粛清されて当然よね。

 私自身この大きすぎる権力を手放そうと色々やっているのだが、権力という魔物は一度手につくと中々離れてくれない。
 特に、私が抑える領地は誰が統治しても問題が出る場所だから、武名があり大友一門の私でないと押さえられないのが分かっている。
 カリスマないのになぁ。
 痛切にそれは自覚している。
 謀略では毛利元就や松永久秀におもちゃにされ。
 己の武力では、剣豪足利義輝に遠く及ばす。
 政治における政策の徹底や味方に対する冷酷さでは織田信長に勝てない。
 人身掌握能力と人たらし、そして上司の粛清回避能力では木下藤吉郎の足元にすら届かない。
 そして、身内を殺す狂気という、父である大友義鎮の闇の欠片すら、私は持ち合わせていない。
 フリーザ戦におけるヤムチャみたいなものなのだ。私は。

 ……自分で言ってて涙が出るな。まじで。
 神様の力を借りて、前世知識まで使ってチートやっているのに、何で中二病的展開に持っていけませんか。
 まぁ、私の相手が神をも潰しかねない英霊ぞろいなのが理由なのですが。
 そんな私がなんとか統治ができているのは、『ヤムチャでも一般人には楽勝』理論と私は自虐的に命名していたりする。

「この状況下で私の婿は取れない。
 というか、取ったら駄目。
 今、考えているのは次男新九郎に家を立てさせて、彼に私が持つ領地を渡すことかな」

 これでも毛利の諜略喰らえば混乱するだろうなぁ。
 今の私の勢力と権限を安心して渡せる人物が一人いることにはいる。
 戸次鑑連。
 後に立花道雪と名乗るけど、史実の彼が筑前で得た領地と権限は、今の私に匹敵する。
 だが、それは父の側の箍を外す事を意味する。

「娘が生まれたらだけど、新九郎を婿にでもして後を継がせられるけどね。
 息子だったら駄目。
 確実に御家争いの火種になるわ」

 まぁ、娘なのは既に確定なのは内緒。

「私も四郎も妾の子だからね。
 家督継承では劣るのだけど、血族が消せたら西国十二カ国を統治できる血筋に化けるのよ。
 具体的には、毛利の三矢(毛利輝元、吉川元春、小早川隆景)と長寿丸と新九郎。
 この五人を消せば、西国十二カ国は私のこの子のものになるわ」

 それができるかどうかはひとまずおいておくけどね。

「私が毛利元就なら、長寿丸と新九郎を消しにかかるわよ。
 それで毛利は大友を乗っ取れる」

 ここで私はため息をつく。
 ここからは話したくない所だが話さないといけない。

「で、問題は、父上が私を排除する可能性を、私が消しきれないのよ。
 毛利元就は謀略の限りを尽くして大大名に成りあがったから身内だけは何としても守った。
 けど、父上は相続からして……ね」

 これは私の闇だ。
 父上が大友二階崩れにおいて、祖父とその側室と弟を見殺しにしたように。
 その後、叔父である菊池義武とその子を殺し、相続において多大な働きをした重臣小原鑑元を殺し。
 そして、大内家に養子として赴いた大内義長を見殺しにし。

「身内すら殺している父上を私は信じきれない。
 いえ、はっきり言いましょう。
 私は、父上が私を殺しに来ると確信しているわ」

 信じる者のいない父上の闇はそれほど深い。
 それと同じように、父上を信じきれない私の闇も深い。 

「そこまで分かっていながら、どうして貴方は義鎮殿に尽くしているのですか!
 逃げるなり、謀反を起こすなりできたでしょうに!」

 八重姫が私に食ってかかる。
 そうだろう。
 女は家の道具ではないし、ましてや娘を殺そうとする父に尽くしている私が理解できないのだろう。
 だが、私だけが知っている未来では、父が率いる大友は衰退して、家臣や一門の離反の果てに宗教に逃れたまま、父は一生を終える。

「だって、それでも親だもの。
 多分、父上は私を殺そうとしているのを、私が知っているのまで知っている。
 それで私が父を殺すなら、それも大友家の継承に役立つとでも思っているのでしょうね。
 それがもの凄くいやだったの。
 私も四郎や麟姉さん達みんなが私を助けてくれる事は知っているわ。
 けど、だからこそ大好きなみんなに『父を殺すのを手伝って』なんて言える訳無いじゃない」

 北条ぐらいじゃないだろうか。
 一門の掌握と継承において混乱が無かったのは。
 武田にせよ、織田にせよ、上杉(長尾)にせよ、一門・重臣間での抗争を勝ち抜いて家督を掌握しないと家は守れないと達観しているのだろう。

「けど、できないのよ。
 私は父上が好きよ。
 私を育ててくれた豊後が好きよ。
 四郎や麟姉さん、政千代や白貴姉さんや舞達が好きよ。
 だから、父上を殺したくないの。
 殺されると分かっていてもね」

 ぽたり。
 目から涙が出たのに気づいたのは、その涙が雪に落ちてからだった。   

 前世のありふれた記憶がふとよみがえる。
 普通のサラリーマンだった父、パートに出るも晩御飯はちゃんと作っていた母。
 学校から帰ると兄弟で遊び、皆で夕食を囲む。
 そんな光景がこの時代、とてつもなく遠い。

「天下なんていならい。
 ただ、みんなを守りたいだけなのにね。
 大友の家を守る為に気づいたら私はこんなところにいるわ。
 おかしいわね」

 ちらちらと雪が降ってきたが誰も何も言わない。
 けど、私は己の闇を吐き出して少しだけ気持ちが楽になった。

「だから、この体を汚す必要があったの。
 足軽に、いや、それでも足りないなら犬にでも身を投げ出すわ。
 それでも父上を殺すよりましだわ。
 けど、それで私は四郎の子が生めるの。
 なら、後悔なんてしないわ」

 泣きながらも凛とそれだけは伝えた。
 それが、この場のおひらきの言葉となった。


 あ、ここに来た当初の目的である少彦名命の力はちゃんと頂きました。
 神力の制約と誓約を使っても流石にそろそろ厳しい。
 己の体を薬壷に見たててその体液を万能薬にすると。
 うん。
 体の何処かというと肉壷で、薬が愛液になるのだけどね。
 さっきまでの重たい話が台無しです……



「姫。
 ちょっといいかな?」

 社隣の小屋で火を囲み、食事をとった後の事。
 私は白貴姉さんに呼ばれて外に。

「なぁに?」 

「うん。
 昔話をしようと思ってね」

 白貴は私が遊郭経営を始めて、軌道に乗り出した時に買われた遊女です。
 既に大友女のブランドが確立され、私の所に来る前に人買いが高く売る為に下腹部に大友の家紋たる杏葉紋の刺青を彫られています。

「昔話?」

「そう。
 なんてことのない、ありふれた女の昔話」

 そう言って、白貴姉さんは笑った。
 この人の笑みが、月明りの雪景色と映えて凄く美しい。

「村が飢饉でね。
 口減らしの為に売られて、親の顔なんて知らない。
 初めてはまだ九つぐらいだった女は、何度か孕んで、そして流されて、けっこうな生き地獄を見てきたそうよ」

 多分自分の事だろう。
 だとしたら、どうしてこの人はこんなに綺麗に笑えるのだろう。

「そんな果てに別府についた彼女は、初めて人の優しさに触れたらしくてね。
 いや、初めて人として扱ってもらえたんだ。
 だから、その女は感謝した。
 女を人として扱ってくれた姫にね」

 白貴姉さんは私の手を取って、力をこめて私に言った。

「私は、あんたの為ならこの身をくれてやるつもり。
 それこそ、足軽や犬にこの体を捧げても構わないわ」

 ああ、この人にこんないい笑顔をさせていたのは私だったのか。

「だから、姫は姫として幸せを追求しな。
 あんたは大将なのだから軽々しく動いちゃ駄目。
 そんな汚れ仕事は、私達がやってあげるから。ね」

「私……達?」

「はい。姫様。私もです」

 って、音も無く背後に立たないでっ!舞!!

「私も、別府にいる霞もあやねも姫様だからこそ、ここまでついてきているのです。
 もし姫様が父上を殺せと命ずるのでしたら、遠慮なく命じてください。
 私達くノ一がその血をかぶります。
 ですから、姫様一人で全てを背負わないでください」

 きっと、私の顔は鳩が豆鉄砲を喰らっているようになっているのだろう。
 そんな私の顔を白貴姉さんが面白そうに笑う。

「ちなみに、みんな小屋の後ろで聞き耳たてているから。
 姫様。あんたはこれだけの人に愛されて大切にされているんだ。
 少しはそれを信じてあげな」

「もぉ!
 白貴姉さんばらさないでください!!!」

 たまらず出てきた政千代が私に見られて、聞き耳を立てていた言い訳を考えているのか顔面百面相をやっているのがほほえましくて笑ってしまう。
 次に出てきたのは瑠璃姫、八重姫、九重姫の三人。
 私の前でちゃんと臣下の礼を取る。

「私どもは新参ゆえ、姫様の深慮遠謀が分かりません。
 ですが、姫様が我らを救ってくれた恩は忘れるつもりはございません。
 姫様が声をおかけになるならば、この地より馳せ参じます!
 どうか、我らをお使いくださいませ」

 ……なんて言えばいいのだろう。
 わからない。
 それが凄く嬉しいのに、言葉に繋がらない。

「おい、麟。
 あんたも隠れてないで出てきなよ。
 一番、姫の事を案じて、私にこんな芝居打たせたのだから、一言ぐらいかけるべきでしょ」

 え?
 このお膳立て、麟姉さんの仕込み!?
 白貴姉さんにばらされて、麟姉さんがやっと現れる。

「姫……」

 その一言で分かってしまった。
 どれだけ、麟姉さんが私の事を心配してくれたかを。
 どれだけ、私の事を愛してくれていたかを。

「みんな、本当にありがとう……」

 涙目で私は感謝の言葉を告げる。
 私は一人じゃない。
 こんなに私を支えてくれる人がいる。
 父上だって、私を愛してくれるし、支えてくれているじゃないか。
 皆で力を合わせればきっと不幸になんてならないはすだ。

 四郎が気を利かせてか、小屋の陰から私を見て笑った。
 ん?

「今、気づいたけどもしかして、今夜男は四郎一人?」

 冬の雪山だから当然みんな肌を寄せて寝るわけで。

「うん。許す。
 四郎。
 麟姉さんと瑠璃姫以外なら孕ませちゃっていいから」

 この二人は人妻だからだめ。
 ちゃんとそのあたりは分けておかないとね。

「ひ、姫!
 何をおっしゃいますか!!!」

 その突拍子の無い私の発言に四郎も出てきた訳で。
 あれ?
 麟姉さんと瑠璃姫の賢女二人の頭に角が生えているのですが。

「姫、お話しましょうか……」
「姫、ちょっと頭を冷やしましょうね……」

 右手を麟姉さん、左手を瑠璃姫に掴まれて裏手にずるずると。
 あれ。
 ねぇ、さっきまで支えるとかいろいろいい事言ってなかった?

「それとこれとは話が別です!」
「姫様は、ちょっと色気が強すぎます!!」

 みんな、生暖かく見てないで助けてよ!

「だって……」
「ねぇ……」
「自業自得」
「だね」

 う、裏切りものぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!

 みんなの見る中で二人に説教されるけど、それがとても嬉しかった。

 夜、皆で肌をあわせて寝たけど、ついに四郎は襲わず。
 わざわざ挑発して貝合わせとかやったのに、女として魅力ないのかと白貴姉さんが落ち込んでたのを、こっそりばらしておく。



 で、朝。
 寒いけど澄んだ冬晴れの日だった。
 こそっと、外に出て澄んだ空気を吸う。
 不意に後ろから四郎がだきついた。

「我慢してたんだ。
 襲ってもよかったのに」

「私は珠だけのものです」

 唇を重ねて舌を絡めて、流石に寒いので脱がずにまくってと考えていた私が固まる。

「た……
 ひ、姫?」

 不審に思った四郎が私の指す長浜港を見ると、そこには南蛮船の他に安宅船などの艦隊が数十隻ほどこちらに向かっていた。

「ど、どうしてここにいるのよ」

 びっくりする私に四郎はぽんと手を叩いた。

「三崎で若林殿は待機していたとか。
 安宅殿が若林殿を必死に説得した結果でしょうね」

 え?
 四郎どういう事?

「あの日、姫に全てを聞かされて、姫が危ない橋を渡るのをお止めしなかった代わりに少し細工をと。
 安宅殿に三崎を押さえてもらって、兵を乗せた若林殿が率いる水軍を入れてこちらに向かうようにと。
 一回きりなら、全力で出した方が効率いいですから。
 あと、文を持たせて香春に走らせました。
 香春岳城は田原親宏殿が責任を持って預かるとの事です。
 連れてくる予定の本隊八百に香春城代の吉弘鎮理殿が率いる兵五百、それとしばらく戦ができるだけの兵糧に弾薬をたんと積み込ませています」

 優しく四郎は私を抱きしめて耳元で囁く。

「ね。姫。
 貴女はこんなにも愛されてる。
 だから姫も、彼らを信じてあげてください」

「うん……」

 私は知りました。
 こんなに私を慕ってくれる人がいる事を。

 そして、私は得たのです。
 信じあえる仲間という存在を。



[5109] 大友の姫巫女 第三十八話 南予侵攻 鳥坂峠合戦
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/20 09:50
 伊予長浜上陸から 八日目 伊予大洲盆地 野佐来


「西園寺の奴ら、もう勝ったと思っていますね」

「みたいね。
 では、戦というものを教育してあげましょう」


 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。
 しょっぱなから駄目人間な駄目フラグを立てちゃったけど気にしない。
 なお、ヴォル役の言葉を吐いたのは瑠璃姫だったりします。

 鳥坂峠頂上あたりにはためく西園寺軍の旗。
 旗から推測して二千という所でしょうか。
 がんばって農民まで徴集したのでしょう。
 で、こちらはというと宇都宮勢を入れて三千という所です。
 兵数では勝っているのですが、向こうは鳥坂峠に砦を築いて、陣取って動こうとしません。
 まぁ、長宗我部が一条領で大友先遣隊を潰してしまうまで粘ればいいのですから当然でしょう。
 ちなみに、兵の移動に肱川使ってもこれだけかかるのですから難儀な事です。
 その間、連れてきてくれた信長から貰った遠江鹿毛で敵情視察の野駆けを。
 なお、この馬の名前は「サードステージ」と命名。
 異国語の分からないみんなは「佐渡」と呼んでいます。
 次に馬を手に入れたら「ウマドルファースト」と名付けよう。

「姫、待ってください!」

「危険ですから大洲の城に戻ってくださいませ!」

 なんでついてくるのかなぁ。
 四郎に瑠璃姫よ。
 というか、兵の移動の作業でてんてこまいじゃないのか?

「その作業を全部麟様に丸投げして、一騎駆けしたのは何処のどなたですか!
 麟様、夜叉になっているのですから戻ってください!!」

 地元地理に詳しい瑠璃姫と護衛にと四郎が慌てて追ってきた訳で。

「いや、真面目な話、戦場を先見するのは将として当然よ。
 特に、知らない土地ならね」

「とはいえ、そういうのは私達がしますので……」

「瑠璃姫達が知っているのと、私が知っているのは違うのよ。
 特に、総大将として全命令を私が出すんだからね。
 来てくれたからついでに案内を頼むわ。
 いいわね」

 いつになく真顔の私に一同仕方ないかという感じで先導を始める。
 私もいつまでも色ボケしてられないからね。

「しかし、姫。
 西園寺勢は峠の山頂に篭って出てくる様子はありませんが、どう戦うので?」

 城攻め三倍という言葉がある。
 城に篭った敵を撃破するのに、敵兵の三倍を用意しないといけないという意味だ。
 鳥坂峠に篭る西園寺勢は二千だから六千は用意しないといけない。
 四郎の言葉に私は笑って、さも当然のように言い切った。

「決まっているじゃない。
 巣穴に篭っているのならば、そこから追い出すまでよ」

 ここ特有の気象現象を駆使してね。

 なお、帰ったら夜叉の麟姉さんに正座で説教された。
 ……なんだか、瑠璃姫と出会って麟姉さんぱわーあっぷしてね?




 早朝、濃霧漂う大洲盆地を眺めながら見張りについていた西園寺兵は、濃霧の奥からこだまする、爆音と法螺貝と怒声で飛び跳ねた。

「何事だっ!」

「朝駆けです!
 大友勢の朝駆けですっ!!」

「ええい!
 見張りは何をしていた!!!」

「この濃霧で下は何も見えず……」

「言い訳はいい!
 防ぐぞ!!」

 早朝の奇襲に多少の混乱はあったが、元々は砦にしっかり篭っている西園寺勢は、霧の中からいつまでたっても飛んでこない矢鉄砲、襲ってこない兵士に首をかしげる。

「おかしいのぉ?
 たしかに声はするのじゃが……」

 しばらくすると喚声も静まり、わずかに遠くから聞こえるのみになってきたので、西園寺勢は安堵して構えを解き始めた。

「挑発じゃないか?」

「何じゃ。
 飛び起きて損したわい」

「ここを押さえておれば大友も攻めてこぬという事じゃ。
 皆の者、打って出てはならんぞ」

 霧の中、段々と音が小さくなる大友勢の声を聞いていた一人の兵士が、その方角に気づいて大声をあげる。

「違います!!
 この声は、夜昼峠の方から聞こえてきます!!!!」

 その瞬間、西園寺将兵は固まった。


 地理説明

 白 大友・宇都宮軍
 黒 西園寺軍



         凸長浜城
          凸米津城

    ▲    凸
   夜昼峠  大洲城
 ■八幡浜
        野佐来 

       鳥坂峠▲

          ↓一条領

                
「しまった!
 奴らの狙いは一条領ではなく、八幡浜か!!」

 それは恐怖以外の何者でもなかった。
 既に佐多岬半島の水軍も味方につけている大友が上陸地である八幡浜を押さえたら、海沿いに大兵を揃えられたあげく、西園寺領が蹂躙されるのは目に見えている。
 鳥坂峠に集まった諸将は総大将たる西園寺公広を見るが、西園寺公広は何も言わない。
 これは理由がある。
 元々西園寺領というのは、他の大名家に輪をかけて豪族の連合政権の度合いが強く、西園寺本家が抜きん出た力を持っていなかった。
 その上、西園寺公広は元々西園寺公宣の子として生まれ僧籍にいたのだが、現当主の西園寺実充の子公高が戦死し、養子として後継者に指名されている。
 そんな状況下では、強権を発動するなど到底望めず、各将の合意を是認する形をとらねばまとまらない脆さを持っていたのだった。

「このままでは、八幡浜元城の摂津親安殿が危ないぞ!
 ただでさえ、八幡浜萩森城の宇都宮房綱は宇都宮側に内通しているかもしれないというのに……」

 魚成親能が焦りの声をあげる。
 地理的状況から宇都宮房綱は西園寺に属しているだけであって、名前から分かるとおり宇都宮一門の人間である。
 しかも、いくら峠を西園寺が押さえているとはいえ、主力を鳥坂峠に集めた為、夜昼峠は守備兵が五百も残っていない

「いや、峠を下りて八幡浜救援は間に合うまい。
 大洲城を囲んだ方が早い」

 そう声を上げたのは、北之川通安。
 たしかに、戦う必要は無い。
 大洲を突くふりさえすればいいのだ。
 それで八幡浜に向かった大友軍は夜昼峠を戻って大洲に帰るのに対して、西園寺軍はまた鳥坂峠に帰ればいい。

「だとしたら今から峠を下りれば、ぎりぎり八幡浜救援が間に合うかどうかか。
 御大将。ご決断を」

 魚成親能の一言に纏められた家臣団の実質的な命令に、西園寺公広にできたのは、ただ頷く事だけだった。
 こうして西園寺軍二千は、ろくに仕度が整わぬまま、霧の大洲盆地を下りてゆく。
 とはいえ、彼らも馬鹿ではない。
 霧の中、敵襲がある事を想定して警戒を行い、落伍者も出さずに無事に峠を下りてきたのだった。
 峠の入り口にて西園寺軍は兵を整える。
 あとは、霧が晴れると同時に進軍して大洲城を目指せばいい。
  
 そして、待つことしばらく、日は中天に差し掛かるほどになって潮が引くように霧が晴れてゆく。
 そこに西園寺軍が見たものは、完全装備で待ち構えていた大友・宇都宮軍約三千だった。





「ね。簡単でしょ?」

 冒頭の台詞を吐いた後、みんなに解説をしてあげたのですが……
 あれ?おかしいな?
 絵描きの先生みたいに分かりやすく解説したのに、なんでみんなドン引きしますか。
 たしか、彦山川合戦時にも同じように引かれたぞ。

「姫様。
 皆、姫様の鬼謀に恐れおののいているのでございます」

 と、声をかけたのは霞・あやねの旦那になった佐田鎮綱。
 今回は宇佐衆を率いる一手の大将である。

「そうかなぁ。
 簡単な事じゃない」

 私が打った手というのは大洲盆地が霧で見えなくなるのをいい事に、鳥坂峠出口にあたる野佐来に布陣。
 手勢を使って朝駆けの撹乱攻撃のふりをして鳥坂峠を警戒させ、今度は夜昼峠に朝駆けの撹乱攻撃のふりをさせる。
 自分達の攻撃を陽動作戦と判断した以上、次に行われる夜昼峠を本命と考えて、彼らは八幡浜救援の為に峠を下りてこざるを得ない。
 そこをみんなでフルボッコ。
 銀英伝の不敗の魔術師の真似というのは内緒。
 私は同盟派だったけどね。金髪の小僧の「勝てる時に勝つ」という戦略も好きだったりする。
 こんな合戦を選んだのも、四郎が気を利かせて吉弘鎮理率いる兵五百を持ってきてくれたからだけど。
 戦いはやっぱり数です。マジで。

 で、下りてきた敵はいやでも戦わざるを得ない。
 なぜなら、今度は峠道を登って逃げる事になる訳で、追撃されたら簡単に討ち取られるからだ。

「さぁ、来るわよ」
 
 ある種、袋の鼠となった西園寺勢は一斉に押し出してくる。
 それも想定のうちだった。


鳥坂峠合戦

 ↑大洲

   ①  ■
  ⑤   ■
 ④ ② ③■
      ■☆
      ■
      ■
 B A C■
      ■
      肱川
 ↓鳥坂峠


大友軍  三千

①大友珠   姫巫女衆(吉岡麟指揮)     二百
       米津城女中衆他(藤原瑠璃指揮)  百
②吉弘鎮理  香春岳城城兵          五百
③佐田鎮綱  宇佐衆             五百
④宇都宮豊綱 宇都宮家家臣           千
⑤毛利元鎮  御社衆(四郎)         五百
☆カルバリン砲                二門


西園寺軍 二千

A西園寺公広 西園寺軍総大将          千
B魚成親能  竜ヶ森城主           五百
C北之川通安 三滝城主            五百


 戦いは、死兵と化した西園寺勢が突貫する所から始まった。

「見ろ!
 右翼の兵が少ないぞ!
 あれを崩せば勝てるぞ!!」

 そう思ったのだろう。
 敵中央に左翼の兵も佐田鎮綱の方に向かいつつある。

 では、問題。
 死兵を崩すにはどうしたらいいか?
 答えは死兵に希望を与え、それを突き崩す事である。

「撃てぇぇ!!」

 轟音二発が敵右翼に突き刺さる。
 それは、先の慶徳寺合戦と同じく、敵の足と勢いを止めた。

「怯むな!
 あの敵陣を崩せば勝てるのだ!!
 進めぇ!!」

 けど、交互に打ち出した結果、毎分一発飛んでくるカルバリン砲の砲弾に敵勢はみるみる下がってゆく。
 ただでさえ農民の徴集が多い西園寺勢の事だ。
 士気崩壊は思ったより早かった。

「逃げるな!
 踏み留まって戦え!!!」

「いやじゃ!
 おら、家に帰るだ!!」

「こんな戦で死にたくねぇ!!」

 けど、今回は逃がすつもりは無い。
 この一戦で西園寺領を頂かねばならないのだ。
 何の為に、私が左翼に兵を厚く敷いたか、西園寺将兵はすぐに思い知る羽目になる。

 左翼、魚成親能と宇都宮豊綱が衝突。
 兵の数に勢いでも負けている魚成勢は、中央の西園寺本隊までが右翼に兵を向けたスペースを控えていた四郎に突かれ、側面からの攻撃を受けて崩壊する。
 そのまま四郎は宇都宮勢と共に西園寺本隊の側面を突く形を取り半包囲が完成した。

「一兵も逃がすな!
 降伏する者には手を出さない代わりに、手向かう奴は生かして鳥坂峠に帰らせるな!!」

 私の檄が飛び、虐殺が始まった。
 逃げようにも隣は肱川、後ろは鳥坂峠に阻まれ、カルバリン砲が毎分ごとに落ちてくる状況で組織的抵抗などできるわけが無かった。
 結局、戦は一刻もせずに終わった。
 包囲された西園寺兵千五百の内、鳥坂峠に帰れたのはわずか二百。
 峠を下りた西園寺軍全体でも帰れたのは五百に届かなかった。
 討ち取られたのが、西園寺公広と北之川通安を含め五百。
 残り七百近い農民兵は捕虜となる事を選んだ。

「こっちの損害はどれぐらい?」

 私の質問に麟姉さんが吐き気を我慢して答えるが、私も同じだったりする。
 狭い場所のでの合戦ゆえ、血の臭いが充満して気分が悪い。

「全体で三百ほど。
 特に今回は佐田様の手勢に被害が大きい様子」

「後で見舞いに行きます。
 皆の者、勝どきをあげなさい!!」

 歓声を聞きながら私は覚めた目で虐殺が行われた場所を眺めた。
 あれは、コインの裏表だ。
 負ければ私達がああなっていたのだから。

 冬晴れの中、歓声が大洲盆地に響く。
 そして、その日の内に私は西園寺諜略を始めたのだった。


 
鳥坂峠合戦

兵力
 大友家・宇都宮家 大友珠    二千八百
 西園寺家     西園寺公広    二千

損害
  三百(死者・負傷者・行方不明者含む)
 千六百(死者・負傷者・行方不明者・捕虜含む)

討死
 西園寺公広・北之川通安(西園寺家)



[5109] 大友の姫巫女 第三十九話 南予侵攻 鳥坂峠合戦 あとしまつ
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/21 20:45
 伊予長浜上陸から 八日目 鳥坂峠合戦の後


 さっく……さっく……さっく……

 ぽくぽくぽくぽくぽく……

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。
 え?
 なんでお経よんでいるんだって?
 ちょっと、鳥坂峠で人を殺し過ぎましたので、その後始末です。
 宇佐八幡宮は国家仏教の擁護者だった事もあり、神仏融合もいち早く成し遂げました。
 宇佐八幡宮の麓に弥勒寺ってお寺もあるのですよ。
 ですから、これぐらいちょちょいのちょいです。
 ……いえね。
 最初読み物がお経しかなかったの……マジで……
 文系の知識欲のリビドーがそりゃ数百のお経に向かいますって。
 弥勒寺の方でもちょっと神童ぶり発揮しちゃった(てへ)。
 解釈や教義は「珠姫に聞け」と。
 坊さん達よ。世俗化して特権階級になったとはいえそれはどーよ?
 更に、マイケル買いで買いあさった各宗派のお経や、果てにキリスト教の聖書まであるこの充実ぶり。
 もちろん、娯楽に飢えていた私は源氏物語から古今和歌集、十八史略に至るまで、堺や博多で手に入るありとあらえる書物をかき集めたり。
 宇佐の書庫が一杯になったので、別府の杉乃井御殿に大学と名付けた図書館を作りましたよ。
 どこぞの白黒魔法使いが盗みに入りたくなるような充実ぶりです。えへん。
 という事は、私は動きまくる大図書館かしらん?
 ……ぁ、その配役だと、私おぜうさまじゃないか。
 凄く納得。
 毛利のじじいに勝てないわけだ。
 逆補正がかかっていたんだな。きっと。
 うー。
 あ、お約束ですから門番は女性であの服着せています。
 あの服、この時代に無いから特注で作ったんですよ。
 ちゃんと、門番=中国という認識が別府では広がりつつある今日この頃です。
 あと、年などで仕事の出来なくなった遊女の皆様に写本をさせて雇用も作っています。
 え?学の無い遊女に写本なんてできるのかって?
 できるんだなぁ。これが。
 理由は判子。
 そう、活版印刷の一歩手前の作業です。
 見本を見ながら、ひらがなを明朝体で彫った判子でぺったんぺったんと。
 崩し字が主体だった書物で史実では廃れたのですが、勝算はあります。
 本というのは、とにかくばら撒いてしまえば勝ちです。
 村々にひらがなの本が普及し、それが教育水準を押し上げ、そこで生まれる秀才を抜擢する事で、勉強できれば出世できるという事を周知させなければならないのです。
 また、そうやって作られる本は和紙産業の発展に繋がり、扇や和傘などの技術革新に繋がっていきます。
 あ、ついでにアラビア数字も導入。
 目で見て分かるというのは本当に凄いわ。
 博多商人即座に取り入れたし。これ。
 府内から宇佐までの街道工事が進展しているのと馬の飼育が順調なので、博多から府内までの郵便制度も試験的に始めているのですよ。
 幸いかな、二日市・原鶴・香春・宇佐・別府等の遊郭がこの主要街道沿いにあるので、そこを中継地にしています。
 これが馬鹿受け。
 馬を使えば一日で博多-府内間の手紙のやり取りができるというので、情報が命の商人達から面白いように依頼が殺到。
 もちろん、更なる整備を前提に金をもぎ取りましたよ。

 話が逸れました。
 まぁ、そんな訳で後始末の為のお葬式をやっているのですよ。私が。
 だって坊さん呼ぶのめんどくさいし、お金かかりますし。
 なお、この時期の仏教は宗派間でも揉め事が多かったりしますが、大概は私が各宗派のお経をあげると見事に黙ります。
 普通、十五の小娘がお経を唱える事はしないわな。たしかに。
 で、冒頭のさっくさっくという音ですが、墓穴を掘る音です。
 掘っているのは、捕虜となった西園寺家の足軽としてやってきた農民の皆様。
 「穴掘って、一人埋めたら帰っていいよ」という事で仕事をさせています。
 これで来年のこの地は豊作になるでしょう。
 なお、帰る時には手弁当と少ないけど給金つき。
 “労働には報酬を”が、モットーの私です。
 何で捕虜をそのまま足軽として使わなかったって?
 農民の皆様は畑を耕すのが仕事です。
 下手に戦で失うとその後の統治が大変じゃないですか。
 それに、彼らを慰撫して帰す事で西園寺家の内部崩壊が誘えますしね。
 事実、八幡浜方面に向かう夜昼峠は西園寺兵が一兵もいなくなり、八幡浜萩森城の宇都宮房綱が内通の使者を送ってきたばかり。
 八幡浜は手に入ったも同然です。



「お、姫様じゃねーか!
 今日は裸にならんのか?」

「ならないわよ。
 代わりに、あんたたちの傷の手当てに来たの」

 四郎と白貴姉さんを連れて宇佐衆の陣幕にお見舞いです。
 佐田鎮綱が一礼する前に宇佐衆の足軽から卑下な声が出るが、私はそれを笑い飛ばす。
 戦をすれば敵に死傷者が出るだけでなく、味方にも死傷者が出るのは当然の事です。
 この鳥坂峠合戦で出たこちらの死傷者は三百人ほど。
 なお、この死傷者の半分は寡兵で戦線を支えた佐田鎮綱率いる宇佐衆から。
 後方にて再編成をしないと戦えない損害を受けたからこそ、私が見舞いを決断した理由の一つです。
 損害比というのは、死者:その他で大体1:2の割合になる事が多い。
 この鳥坂峠合戦も例外でなく死者が百人ほど、残りは負傷者です。
 
「ほら。傷を見せて。
 洗ってあげるから」

「ありがてぇこって……
 姫様は観音様の生まれ変わりじゃ……
 なまんだぶなまんだぶ……」

 拝みながら差し出す腕の槍傷を、沸騰させてから冷ました水で洗い流す。
 白貴姉さんや、他の遊女連中も同じように傷口を洗い、ヨモギ汁を塗って包帯を巻いてゆく。
 しかし、包帯が高いなぁ。
 質のいい足軽には代えられないから仕方ないけどね。 

「なぁ、姫様よぉ。
 あんなに裸で俺達を挑発するなら抱かせろよぉ」

「あら、私では不満?
 姫様ご所望なら、遊女差し止めしちゃうけど……」

「悪かった!
 白貴様。俺が悪かったから、遊女差し止めは勘弁してくれ。
 あんたの肌が俺には馴染むんだよぉ」

 白貴姉さんの一言で、笑いと共に私に迫ってきた足軽が退散します。
 白貴姉さんと一緒だと、ほぼ私に話が来ずに終わるから、私は苦笑するばかり。
 これが麟姉さんだと、大説教大会に突入するのが目に見えている。
 この手のあしらい方は白貴姉さんなれているなぁ。
 勉強になる。
 あと、白貴姉さんと四郎が私についたおかげて、麟姉さんが後ろで事務作業に専念できるというのも大きかったり。
 今回の戦は宇都宮側に瑠璃姫もいるから、後方作業に滞りはありません。
 まぁ、宇都宮含めても全軍で三千と少ないこともあるんだけどね。

 壷神山で万能薬作成の神力を得たから使ってもいいんだけど、制約と誓約の結果、肉壷から出るお汁でないといけない。
 それ、なんのSMプレイですか?
 そんな訳で、お汁をこっそり集めて使うという使い勝手の悪いスキルに。
 万能薬のスキルだから、それぐらいの条件は当たり前といえば当たり前なんだけどね。
 で、私が考えた頭悪いお汁採取手段というのが、戦意高揚ストリップを潮吹きショーに代えて用意した桶にお汁を放つ。
 それを捨てる振りをして包帯につけて治療。
 ……すさまじく頭悪いな。まじで。
 というか、道理でこれぐらいの制約と誓約で万能薬なんてチートスキルが取れた訳だ。
 万能薬。怪我も病気もぴたりと治る神の薬ゆえ効果は絶大だけど、その作成手段と使用にえらく制限がある。
 しかも数作れないから、身内にしか使えない。
 とどめに何から作られたか知ったら皆ドン引き。
 それでも使うけどね。必要なら。

「姫様!
 ここにいらっしゃったのですか!!」

 仕事が終わったのか、麟姉さんが私の方に駆けて来る。
 心配性だなぁ。
 顔に出ていたのか、麟姉さんの雷が落ちる。

「そうじゃありません!
 姫様一人の命じゃないのですから、もっと御身を大事に……」

 その一言に回りの人間が驚く。
 そーいや、まだ言ってなかったな。

「おめでとう!姫様!」

「つーか、孕んで踊っていたのかよ!」

 揉みくちゃにされて歓迎される私。
 あ、四郎は宇佐衆にいる嫉妬団に可愛がられている。

「畜生!ねたましい!」
「祝ってやる!!」

 何故かぼこすかと肉体言語が聞こえてくるが気にしない。
 後で四郎にはお汁を塗って治しておこう。
 今回は一手の大将として十分な活躍をした上で、また首をいくつか取ったとか。
 けど、四郎が無事なのが一番嬉しかったりする。
 戦でいつ四郎が討ち死にするかと思うと、考えただけで怖いけど今はお腹に四郎の子供も居るしね。
 四郎も大将として育てられた侍だ。
 いつか戦で死ぬと分かっているから、一回一回の逢瀬が激しく、そして切ない。
 今日の夜はいっぱい可愛がってあげるからね。

「姫様。
 そろそろ夕餉の時間にてお戻りを」

 麟姉さんの言葉にふと空を見上げると茜色になっていた。
 もうそんな時間か。

「いいわ。
 ここでみんなと食べるわ」

 その一言に回りで歓声があがり、麟姉さんがため息をつく。

「分かりました。
 夕餉をこっちに持ってきますから……」

「あら、ここで食べるのだから宇佐衆の皆と同じ物を食べるわよ。
 誰か、後でお椀をかしてね」

 更なる歓声に湧き上がる宇佐衆の足軽達。
 兵と共に同じ食事を取るのは、兵掌握の第一歩です。
 同じ場所で眠るまでいきたいのだけどさすがにそれはね。

「おい、今日の飯は味噌粥だったよな?」

「誰か、魚でも取って来い」

「酒、残っていたろう!
 全部持って来い!」

 普通の夕食が、いつの間にやら大宴会に。
 私も琵琶を持ってこらせてオンステージを。

「♪討ち取ったりと~組み付いたら~
  返り討ちにされる~~~
  あああ~~~~ぁぁ、あ~し~がる~~~」

 この手の宴会でえらく受けがいいのは嘉門達夫だったり。
 人間を見て皮肉る歌が多いから、替え歌も作りやすいしね。
 みんな、こうして大いに笑い、そして死んでいった者への追悼を済ませていったのだった。


「珠……」
「もぉ、寝屋まで待ってよぉ……」

 で、最後は四郎へのご褒美タイム。
 できたのに注ぐのは……まぁ、人の性なので。はい。
 野外プレイと意気込んで草むらへと思ったら、すでに先客が。

「あれ?
 もしかして瑠璃姫……」

「しーっ!
 静かに」

 すっかりデバガメ常態の私達二人。
 たしかに、史実でも男子産んでいたから、やる事はやっていたんだろうなとは思ったが。
 なんだ。みんな一緒か。

「あのしっかり者の瑠璃姫があんなに乱れて……
 ぁ、こら、四郎、だめ……」

 瑠璃姫夫婦に燃えたのか、四郎の手つきがいつもより激しくて旨いから、ついつい声が。

「誰ですっ!」

 感づいた瑠璃姫が吹き矢を持って叫んでしまい、私達も出る羽目に。

「ひ、姫様……」
「や、やっほー……」

 いや、それでもしたけどね。
 二組とも。

 次の日、瑠璃姫は私と目を合わせようとはせず、めちゃ居心地が悪かった。
 ほんとごめん……



[5109] 大友の姫巫女 第四十話 南予侵攻 姫巫女対鬼若子
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/02 01:08
 伊予長浜上陸から 十五日目

 それは奇妙な戦だった。
 土佐中村を挟んで、東に長宗我部元親の手勢四千が陣を張り、西に田北鑑重を大将とする大友先遣隊四千八百が対陣していた。
 そして、千ほどの兵が守る中村では何もする気が無い一条兼定を尻目に、家臣達が大友につくか長宗我部につくかを延々と話し合っていたのだった。

 長宗我部元親にしてみれば、この対陣ほど馬鹿げたものは無かった。
 毛利元就からの文により一条領が大友に併合されるのを避けるための出陣ではあったが、本山氏や安芸氏という勢力が残っている現状で一条氏と開戦できる訳が無く。
 とはいえ、これで兵を引いたら対陣する大友側によって一条家内部が大友よりになるのが目に見えている。
 最初、中村に来た時点で大友側兵力は二千三百しかいなかった。
 その段階で叩いてしまえばという誘惑もあった。
 が、長宗我部はまだ一条の被官の立場から脱していない。
 大義なき戦では土佐国人衆の離反もありえるし、去就に迷う一条軍千を、あえて大友方につける愚は絶対に避けねばならなかった。
 その後大友は二千五百の増援を送り、これで元親は長宗我部側からの開戦を諦めた。


 とはいえ、大友側も内情が良いわけではなかった。

「何じゃと!
 姫が手勢のみで伊予長浜に上がったと!!」

 その一報を角隈石宗から聞いた田北鑑重以下、一万田親実、高橋鑑種、田原親賢、佐伯惟教ら諸将はその豪胆さにあきれ果てて声も出ない。
 西園寺と河野にはさまれた宇都宮はたしかに大友にとって味方だが、角隈石宗がこちらに来た時点では河野が既に宇都宮を攻めており風前の灯だったはすである。
 
「それがしと手勢をどうか姫様の元にお送りくださいませ!」

 土下座して願い出たのが今回の一件で帰参を許された佐伯惟教。
 大恩ある姫を助けるのは己の仕事とばかり声を張り上げるが、珠の文を読んでいた先遣隊大将の田北鑑重は首を横に振った。

「ならぬ。
 姫様ご自身が文にて『我らは土佐中村から動くな』と書いてある」

「ですが、このままでは姫様の御身が……」

 尚も食い下がる佐伯惟教を嗜めたのは角隈石宗だった。

「落ち着きなされ。佐伯殿。
 今から向こうても間に合うまい。
 既に豊後より援軍を集めていようて」

「では、我らはどのようにすればいいと?」

 一万田親実が落ち着いた声で尋ねると、田北鑑重は珠からの手紙を読みあげる。
 
「このまま長宗我部を牽制せよと……」

 読んでいた田北鑑重が見事なまでに固まる。
 その不信感ありありな姿に諸将にも不安の色が走る。
 そして、出てきた言葉は流石に不敬だろうと讒言されても仕方ないものだった。

「しょ、正気かっ!
 姫はっ!!!」

「だから何か書いてあるのですか!
 田北殿!!」

 高橋鑑種が苛立つように田北鑑重を急かすと、田北鑑重はぽつりぽつりとその手紙の内容を告げた。

「手勢八百で河野勢を撃破した後に、西園寺領を縦断して、土佐中村に向かうと」

 その言葉が諸将に届いた時、彼らも田北鑑重と同じように固まったのだった。

「田北殿っ!!!
 一刻の猶予もありませんぞ!
 早く、西園寺を攻めないと姫が!
 姫がっっ!!」

「落ち着きなされ。佐伯殿。
 宇都宮も千程度の兵は集められたはず。
 なれば、篭城でもすれば十分に持ちこたえられまする。
 それに目の前の長宗我部を何とかしなければ、西園寺に兵を向けることすらできませぬぞ」
    
 すっかり狼狽する佐伯惟教を角隈石宗が嗜めるが、その彼をして、顔が真っ青だったりする。

「手勢を千程度なら西園寺に向けても問題ないのでは?」

 高橋鑑種がとりあえずの妥協案を述べる。
 長宗我部の手勢は四千、こちらは四千八百。
 たしかに千ぐらいなら、西園寺に振り分けてもいいような気がしないでもない。

「賛同いたしかねますな」

 と、場の空気を見事にぶち壊したのが、今まで一言も言葉を話さなかった田原親賢。
 「だから嫌われる」とは珠が後に笑って語ったのだが、諸将の視線は敵を見るかの如し。

「説明してもらえますな。
 田原殿」

 田北鑑重が敵意をこめた視線で説明を求めると、それを気にする様子も無く田原親賢は淡々とある事を指摘した。

「一条家の手勢が千ほど中村におりまする。
 元々長宗我部は一条家の被官であり、彼らの出兵も我らを快く思っていない一条の一部家臣より出されたもの。
 これで、兵を西園寺に千ほど向けて一条が我らの排除に長宗我部と組んだ場合、兵は三千八百対五千とこちらが不利になりまする。
 加えて、我らはこの地を知らず、向こうは地の利を押さえて戦をしてきますぞ」

 その指摘に押し黙る一同。
 結局、彼らも手を出す事はできなかったのだった。


 かくして、戦は諜略――一条家内の内応――に次元を移してゆく。

 長宗我部は地続きで兵を向けられ、今までの被官関係を強調し「大友に知行を預ければ、大大名ゆえ全て取られてしまう」と説得。
 負けじと大友は「大大名だからこそ、他国に攻められない」と大手の優位さをアピール。
 そして、ばら撒かれる金。
 ここで女が出ないのは、それ専用の姫巫女衆が珠姫と共に伊予長浜に行ってしまったからである。
 そして、いくら四国の土佐とはいえ、冬場の対陣は将兵を疲弊させる。
 その疲弊は遠征軍である大友の方がひどく、このままでは先に音を上げるのは大友側だろうと思われたその時に、その報告は届いた。

「お味方大勝利!!
 大友・宇都宮軍は伊予長浜にて河野軍と戦いこれに勝利したと!」

 伝えたのは宿毛に上がる豊後からの船便と、珠が放った歩き巫女である。
 勝ちは素早く知らせる事がどれほど味方を喜ばせ、敵を失望させるかを珠は知っていた。
 さらにその数日後、決定的な報告が中村に伝わる。

「お味方大勝利!!
 大友・宇都宮軍は伊予鳥坂峠にて西園寺軍を殲滅!
 西園寺軍は総崩れとの事!!!」

 この時の歓声は長宗我部陣にまで届いたという。
 それ以後、急速に強気に出る大友側に対して、長宗我部側は防戦一方となる。
 更に長宗我部側にとって都合が悪い事に、一条領に長期対陣しているのを見て、土佐本山氏や安芸氏が長宗我部領を狙う動きを始めていた事だった。
 そこに、珠姫が八幡浜を落としたとの凶報まで入るに至って、ついに、長宗我部元親は兵を引く決意をした。
 だが、このまま引いたら大友軍に追い討ちされるのは目に見えている。
 彼は一条兼定に和議の仲介を頼む事にし、何もしないがゆえに何も断らない一条兼定も丸投げ前提で了承したのだった。

 中村御所で相対しているのは、大友側は角隈石宗と田原親賢、長宗我部側からは島親益(親房)と谷忠澄の二人。
 そして中央で何もする気の無い一条兼定の代わりに、この場を引っ張るのは土居宗珊。

「では、双方の和議について話を進めたく……」

 長宗我部側から出た和議条件は、

 1.双方兵を引く
 2.一条領に関与しない

 の二点だが、これに大友側が噛み付いた。

「待たれよ。
 一条家に従うはずの西園寺家は、我らに襲い掛かってきたではないか。
 これは、一条家に対する謀反である。
 よって西園寺領は一条家から離れたと見なして、我が大友が統治する所存だがいかがか?」

 噛み付いたのは角隈石宗。
 父義鎮の軍師をやっているだけあって、頭もいいし弁も立つ。
 これを機に一条領から西園寺領を分離させて、西園寺領を併合しようという目論見だった。
 珠の真意である「四国の土地を取るつもりはない」を聞いている田原親賢が、これに意見しようとしたが、目の前に取れる土地――西園寺領十万石――を捨てるのは惜しいとも思っていたので口を挟まなかった。

「これはしたり。
 伊予長浜に上がった大友軍は宇都宮家の後詰と聞いておるが?
 なれば、鳥坂峠以降西園寺を叩いたのは宇都宮家であって、大友家が統治するどうこうの話ではないと思うのだがいかに?
 よって、西園寺領の話は、宇都宮家と一条家の話し合いにおいて解決すべき事。
 大友家は口を挟まないで貰いたい」

 詭弁と分かっていても、堂々と正論のように強調するのは谷忠澄。
 長宗我部にとって、強大な水軍を持っている大友家が四国に策源地を持つのは悪夢に等しく、絶対に阻止せねばならなかった。
 とはいえ、この谷忠澄の詭弁は大友側にとって痛いところをついていた。
 西園寺領には宇都宮一門も多く、彼らの内応が八幡浜陥落の大きな助けになっていたからだった。
 宇都宮はまだ独立大名の扱いであり、大友家に従属していない。

「我が大友家は、宇都宮家が攻められて助けを求めた時点で、宇都宮家を大友家の被官であると考えております。
 宇都宮家との話し合いは、盟主たる我らの了解を得てからしてもらいたい」

 角隈石宗も詭弁で返す。
 何しろ、最初から対毛利戦で捨てるつもりの第二戦線である事を知っているのは、珠の側近中の側近しかいない。 
 だからこそ、一条にせよ宇都宮にせよ、極力影響力を行使しない方向で戦を進めていたのだが、その真意は話していないゆえに角隈石宗は分からない。
 だから話を聞いている田原親賢まで含めた大友諸将は、今回の戦で一条・西園寺・宇都宮の三家二十五万石を得るための戦だと思い込んでいた。
 そして、それは彼らの眼前にあると勘違いしている。
 その齟齬に谷忠澄が食いついた。

「盟主であり、宇都宮家を被官であると言うのでしたら、宇都宮家に所領安堵の書状を送ったという事ですかな?
 後で問い合わせますが、それはよろしいか?」

「ま、待たれよ……」

 思わぬ反撃に詰まる、角隈石宗。
 これで宇都宮に問い合わせなんてされたら、宇都宮が激怒するのは目に見えている。
 まだ、宇都宮領には珠姫をはじめ大友軍が多く駐留しているのだ。
 珠姫と彼らを危険に晒す事は避けねばならなかった。

「そういえば、一条殿はこの和議の後になりますが、土佐での矢止を布告なさるとか?」

「や、矢止だと?」

 窮した角隈石宗に対して、黙っていた田原親賢が土居宗珊に話を振り、それに島親益が反応してしまう。
 矢止――停戦勧告――だが、権威がある一条家が被官である長宗我部家を擁護するという政治的メッセージは、同じ被官である本山氏や安芸氏に対して大きな影響を与えるだろう。
 何よりも、田原親賢が土居宗珊に話を振ったという事は、そこまで大友の影響力が強まっている事を意味していた。
 本山氏と安芸氏を抑えるから帰れという、大友側の飴である事は明白だった。
   
「結構でござる。
 武門に生きる者は避けては通れぬ戦というものがあるゆえ。
 一条家の被官として、土佐を守護する上で本山や安芸ごとき討てねば、我ら長宗我部はそれだけの価値しかないという事です」

 これを谷忠澄はきっぱりと拒否してみせた。
 田原親賢や土居宗珊だけでなく、島親益も唖然とする。
 盟主の勧告を拒否するという、それは下手したら謀反と受け取られかねない言動だが、谷忠澄は毅然と小国の意地というものを見せ付けたのだった。

「船が見えるぞ!
 大友の南蛮船!!」

 そんな報告が飛び込んできたのは、このまま話し合いが流れる寸前の所だった。

「まさか……姫様?」

「でしょうな。
 八幡浜を押さえたのはこの布石でしたか。
 手勢を連れて陸路西園寺領を通れば、どれだけかかるか分からないが、南蛮船で海路なら三日もいらない」

 角隈石宗が驚きの声をあげ、田原親賢が楽しそうに笑った。
 大友側の表情の変化を土居宗珊や島親益、谷忠澄は分からない。
 それを楽しそうに眺めながら、田原親賢は海上の南蛮船を指して口を開いた。

「ご紹介しましょう。
 大友義鎮が娘、今回の総大将を勤める珠姫様でございます」

 まるで図ったかのように、南蛮船に積まれている片舷十七門のカルバリン砲が一斉に火を噴いた。
 響く大音響に混乱する中村の町衆に兵士。
 大友と長宗我部の将兵もその轟音に驚き、恐れたのだった。

「空砲ですよ。
 ですが、明日からの戦で長宗我部の陣にあれが向けられるのです」

 谷忠澄は田原親賢の言葉に、力なく頷いたのだった。
 結局、長宗我部は先の二項に、大友の出した「西園寺領は独立勢力」の項を加える事を余儀なくされ、それを一条も追認せざるをえなかった。
 翌日、一条兼定命による土佐矢止と共に長宗我部軍は兵を引く事になった。






 作者より一言。
 嘉門達夫の替え歌は「小市民」でした。



[5109] 大友の姫巫女 第四十一話 南予侵攻 子供の意地 大人の都合
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/27 12:57
 ぱん

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。

 上の音はなんでしょう?
 頬を叩かれた?
 私が?
 叩いたのは田北鑑重。
 父上にだって叩かれた事無いのにっ!!!

「姫様。
 何故叩かれたのかお分かりですか?」

 いや、マジわかんない?
 どうして?なぜ?

 というわけで、話を少し戻してみましょう。
 鳥坂峠合戦が終わって二日後、大友・宇都宮連合軍は夜昼峠を抵抗無く突破しました。
 まぁ、鳥坂峠合戦が終わってすぐに西園寺兵が逃げ出して、八幡浜萩森城の宇都宮房綱が内通の使者を送ってきたのでここまでは問題なく終わりましたよ。
 八幡浜元城の摂津親安をどうするかなと考えていたのですが、宇都宮勢と吉弘鎮理の手勢を先に峠を越えさせ、内通した宇都宮房綱を先陣に攻めさせる事に。
 で、兵の少ない摂津親安は元城籠城を選択し、こちらも無理攻めする必要もなく、城を囲ませるだけ囲ませた後、私達だけ先に土佐中村に。
 しかし、勝利の鍵であるカルバリン砲の運搬にえらく時間がかかる事。
 二門の運搬に宇佐衆と御社衆の八百人ほどかけて、峠の名前の由来どおり夜から運んで昼までかかりましたよ。
 日本の山道での大砲運用は本当に難ありです。
 こればかりは私の切り札ですから、置いてゆく訳にもいきませんでしたし。
 長浜から船で三崎を経由して豊後に戻った珠姫丸を八幡浜に呼び寄せ、私と姫巫女衆と大砲二門を乗せて土佐中村へ。
 佐田鎮綱に御社衆を預けて宇佐衆との合同部隊にし、四郎は船に乗せ、宇都宮の手勢と共に瑠璃姫一同とも一時お別れです。
 で、風を操る神力を使って、順風の下一気に中村へ。
 幸いにも、戦は始まっていませんでした。
 で、挨拶代わりのカルバリン砲一斉砲撃の空砲をぶっぱなして上陸。無事大友陣と合流し、兵たちの歓呼の元迎えられて、本陣で諸将にねぎらいの言葉をかけようとした矢先に、『ぱん』です。

「まったく分からないわ」

 口に出すほど私は動揺してたいたのでしょう。
 見ていた麟姉さん白貴姉さん、四郎に政千代も呆然。
 なお、向かい合っている田北鑑重以外の諸将も呆然。

「この戦は姫様の戦です。
 姫様は総大将としてもっと奥に、安全な所にいるべきなのです。
 一将としての功績より、もっと高みを見てもらわねばなりませぬ」

 田北鑑重は兄である田北鑑生と共に父上によく使え、その誠実な人柄は豊後でも良く知られていた。
 だからこそ、私の頬を叩くという暴挙に皆呆然としている訳で。
 その誠実な人柄は、次の言葉によって皆に伝わる事になる。

「戦は我らが行いまする。
 姫様はどうか後ろに下がってくださいませ。
 姫様を危険な目に合わせて、我らはのうのうと中村で留まっていたとあっては殿に申し訳が立ちませぬ」

 土下座をして田北鑑重は私に頼む。

「姫様に手をあげた罰はいかようにも償いまする。
 ですが、姫様は殿にとって、大友にとって大切なお方。
 姫様はいずれお子を産み、育てるという使命を持っているのでございます。
 御身をもっと大事にしてくださりませ。
 自ら死地に飛び込むような行為はどうか自重をお願いしたく……」

 ああ、本当に皆に心配をかけていたんだな。私は。

「その身を捨てて諫める、忠臣を罰するほど私は愚かではないわ」

 私のその一言に本陣内の空気が和らぐ。

「ありがとう。
 貴方の言葉はちゃんと届いたし、貴方の手はとても痛かった。
 それを私は忘れないわ。
 けど、駄目なのよ。
 女の私が将兵を従えるには、せめて先陣にたつぐらいはしないと」

「姫様!
 それほどまでに、我らが信用なりませぬか!」

 田北鑑重が伏したまま怒鳴る。
 分かっているのだ。
 今の言い方では『あんたら信用できない』と受け取られても仕方ない事に。
 けど、ここは譲れない。
 何故なら、今山にせよ耳川にせよ、父上は後方に本陣を置いて動く事をせず、前線は後方からの戦況変化に合わない命令に振り回されて大敗北を喫してしまうのだから。
 前線部隊の独立裁量権と後方本部の統制問題は、何時の時代にも問題になっている軍事の永遠のテーマの一つだろう。
 その解決策の一つに、司令部を前線に置く事で情況の変化に対応するというのがある。
 私が今回取った対応策はこれ。
 もちろん、欠点もあって最前線にいるから危険というのと、大局的に物を見る事ができないというのがある。
 また、別の方法に前線部隊に全権を委任して、後方で指導するという手段も無いわけではない。
 だが、これは後方が前線部隊に過度な介入をすると、混乱するという欠点も孕んでいた。
 
「門司の戦の時、父上は松山城まで来たけどついに門司まで足を運ばなかった。
 総大将としては正しいけど、前線の要求に『顔を見せてくれ』って言っていたじゃない」

 だから、過去の戦からなぞるしかない訳で。

「加判衆にも序列がないでしょ。
 だれが総大将になるのか、その時々で違う。
 それで円滑な運営ができると思う?」

 これも大友家の欠陥の一つである。
 ただでさえ、加判衆は一門系列で独占した結果、内政官と武官が混在し、内政官が総大将として出張る事もあった。
 いい例が、筑前の総司令官である方分に任命されている臼杵鑑速。 
 彼は大友家の外交責任者であり、博多奉行でもあったが、門司合戦では司令官の一人として出陣していたりする。
 まぁ、この体制が破綻していないのは複数任命の司令官に、武官(戸次鑑連、田北鑑生、吉弘鑑理)が必ず一人はいるからに他ならない。
 
「そ、それは……」

「じゃあ、少し意地悪な質問をするわ。
 もし、増援が角隈石宗ではなくて臼杵鑑速だったら、誰がこの中村の総大将になるのかしら?」

 私の一言に皆が考える。
 加判衆の任命順なら臼杵鑑速だし、武官としてなら田北鑑重だろう。
 そしてそれは二人の協議で運営される事になる。
 軍事組織として不安定極まりないのだ。現状では。
 なお、大友衰退の決定的な戦となった耳川合戦は加判衆に田原親賢が入り、彼と他の加判衆の対立が最後まで解消されなかった。

「で、皆忘れているわけじゃ無いわよね?
 今回の戦次第においては、田原親賢が加判衆に入るのだけど、彼と円滑に協議できるの?
 出征段階から、対立していたじゃない」

 この一言はよほど堪えたのだろう。
 きりと歯をかみ締める音が聞こえる。

「姫様。
 それがしは武功少なく、今回の席においてもただの引き立て役に過ぎませぬ。
 戯言で皆を困らせないでくださいませ」

 うわ。
 慇懃無礼に言い切りましたよ。田原親賢。
 つーか、場を取り繕ってもらったはずなのに、何でこんなに妬まれるのやら。
 皆の視線が殺意に代わっているのはどーしてよ?
 ああ、まるで某銀河帝国の義眼の軍務尚書を見ているようだ。

「はいはい。
 父上には加判衆を一万田殿で押すように、私からも働きかけます。
 その代わり、その推挙が間違っていない事を、この伊予の戦で見せ付けるように。
 いいわね?」

「はっ!」
「御意」

 不意に話を振られた一万田親実と高橋鑑種の兄弟が同時に平伏して声をあげる。
 そして、ごほんと一息わざとらしく咳をついて田北鑑重に語りかけた。

「約束するわ。
 この陣立ての不安定さを解消できるのならば、私は後ろで大人しくしています。
 けど、今の情況では、前線に一人は一門の人間が入らないとまとまらないのよ。
 貴方は加判衆としてそれを解決しなさい。
 それが、貴方の加判衆としての最初の仕事よ」

「はっ!」

 田北鑑重は低い声で返事を返し、その声にあわせて皆平伏して私に礼をとったのだった。

 ……まぁ、十五歳の小娘が戦にしゃしゃり出ればこーなるわな。



 かこーん

「ほっほっほ。
 武家とは難儀な事よのぉ……」

 しゃかしゃかと茶をたてる私が手を止めずに愚痴る。

「気楽に仰いますね。
 一条殿。貴方も一応その武家になると思いますが?」

 で、当人まったく武士と思っていない一条兼定は扇を開いて優雅に仰いでみせた。

「麿は雅な者ゆえ、戦など下々の者にまかせるでな。
 じゃが、姫のあの砲には驚いたぞ」

 茶をたてながら、私は愚痴を一条兼定にぶつけている訳で。
 親善訪問のついでだが、何も分かるつもりが無い彼に安心して己の心境を吐露できるのはありがたい。

「いずれ、武家も公家と同じ場所に追い込まれましょう。
 あんなものが戦に出てくる昨今、武士の槍働きは消えてゆくでしょうから」

 差し出したお茶を作法に則っていただく一条兼定が興味深そうに呟く。

「ふむ、我らから天下を取った武家が我らと同じように力を失うか。
 では、誰が幕府を開くのやら……」

 冬晴れの土佐中村。
 その空も眼下の海も、冬である事を忘れるほど蒼い。

「足軽でしょう。
 ただの足軽が群れて、武家を潰すのです。
 天下はいずれ、高貴なる血筋でもなく、己の武でもなく、ただの数によって支配されましょう。
 百姓が、町民が、天下を語るのです」

 この人、やる気が無いだけであって、馬鹿ではないんだよなぁ。
 だからこんな切り返しをしてくるわけで。

「ほっほっほ。
 あやつらが天下を語るか。
 愉快な事よ。
 学も無く、雅も無く、武も無いやつらが数のみをもって天下を治めるか。
 さぞ醜き事になっていようのぉ」

 まぁ、そう思うのは分からないではない。
 ただ一点だけ、民主主義が優れているのは、権力の腐敗に対しての浄化作用が比較的低コスト(流れる血の量)でできるという一点のみで、他の体制を駆逐していったのだから。
 
「まぁ、そのような世は麿が極楽に行ってからの話であろう。
 少しは現世の話をしようではないか。姫よ。
 長宗我部との諍いを鎮めてくれて、麿は感謝しておるのだ」

 本当ならばあんたが出張ればこんな事態には……やめよう。
 これは何を言っても無駄だ。

「いえ。
 高貴なる一条殿の手を煩わす訳にはまいりませぬゆえ」

「殊勝な心がけじゃ。
 で、大友家ではなく、姫に何か礼がしたい。
 とはいえ、官位ぐらいしか渡せぬし、それには金がつくがのぉ」

 さり気ないたかりですか?おじゃる丸よ。

「いえいえ。
 私はただの巫女ゆえ官位など……」

 言いかけた私の言葉を、一条兼定はめずらしく強引に潰す。

「宇佐八幡禰宜(ねぎ)として、外従五位下というのはいかがかのぉ?」

 が、外従五位下?
 流石に私も聞いた事が無い官位ゆえ固まっていると、一条兼定が実に楽しそうに笑う。

「古の宇佐八幡の禰宜は東大寺の大仏建造に係ってこの位を与えられたそうな。
 内位外位など既に消えて久しいが、ゆえに簡単に手に入るであろう。
 実際は従五位下として扱われるであろうよ。
 それに、田舎侍に外位など分かりもしないだろうて」

 で、それをさわやかに押し売りするあんたはどーなのよと、心の底から問い詰めたいのだが我慢する。
 ちょっと大人になった私。
 この外位というのは地方豪族を朝廷が掌握する為にばらまいた官位であり、地方キャリアの頂点にあたる。
 なお従五位下から平安時代では貴族と呼ばれる。
 つまり、貴族のお姫様。
 いや、お宮のお巫女様という所か。

「それなら斎宮になりたかったんだけど。
 身を清めるの面倒だし。
 そろそろ宇佐の巫女では収まらないので、ありがたく頂いておきましょう。
 で、御代はいくら払えばいいのかしら?」

「……巫女として聞いてはならぬ言葉を聞いたような……
 まぁ、お代については麿は取るつもりはないぞ。
 あくまで、善意ゆえ」

 ぱちんと扇を閉じて、一条兼定は実に白々しく一言。

「まぁ、どうしてもというのなら、姫の心次第かのぉ」

「まぁ、一条様ったら。
 おほほほほほ……」

「おほほほほほほ……」


 あれ?
 心洗われる??? 



[5109] 大友の姫巫女 第四十二話 南予侵攻 あとしまつ
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/01/29 09:55
 伊予長浜上陸から六十日

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。

 西園寺領の制圧は結局一月半ほどかかりました。
 ……だから山野の領地ってのは……
 この一月半の八割が移動です。
 まじで動くのに一仕事……。

 あの後、南北同時侵攻となった西園寺領は、各城主が個々に戦う道を選び、次々と落とされていきました。
 まず、包囲していた八幡浜元城の摂津親安が開城、降伏。
 次に、同じ宇都宮の流れらしい白木城主の宇都宮乗綱が内応。
 そして鳥坂峠に侵攻。
 内部ががたがたになっている西園寺勢にこれを支える力なく、ついに本拠黒瀬城を眼下におさめる事に。
 後継者を討たれ、自らも病魔に苦しんでいた西園寺実充はこれで降伏を決意。
 ここに名族西園寺家は滅ぶ事になる。
 ただ、西園寺家は特に豪族の力が強く、各城主がどれだけ従うかが疑問視されていて。
 黒瀬城が落ちた事により、城主が討たれた三滝城はそのまま開城し、 竜ヶ森城は逃げ帰った魚成親能がやはり開城、降伏。
 残りの諸城は結局、落さないといけない破目に。

 一条領に派遣していた大友先遣隊に姫巫女衆を加えた五千で残りの城を掃討です。
 なお、鳥坂峠合戦で損害を受けた宇佐衆はこの時点で戻しています。
 御社衆と香春岳城城兵も八幡浜駐屯の後、徐々に帰還させていますが予備兵扱い。
 既に、宇都宮に内応した白木城と萩之森城は、宇都宮家に編入する事で話がついています。
 残りは伊予方分を設けて、加判衆になる一万田親実とその弟高橋鑑種に任せる予定。
 代わりに、筑前太宰府の高橋鑑種の領地全てと、豊後にある一万田氏領地の半分にあたる鳥屋山城近辺を直轄領に。
 現状で西園寺実充が統治していた三万石分に、現在攻めている城々の領土まで入れたら五万石は行くかなと。
 更に一条領の監督がこれに付与され、加判衆の中では最大規模の領国になります。
 まぁ、毛利と長宗我部に挟まれて戦うので、これ位でかくしておかないと…
という本音もあるのですが。
 あと、奥さん連れてっていいよという事は既に言っているので、これで父上に奥さん奪われるフラグは折りました。
 
 で、最後まで残っていた法華津本城を総攻撃中。
 ここを治める法華津前延は以前の大友家侵攻時にも徹底抗戦しており、こうなるのはある種覚悟はしていました。
 なお、法華津氏は西園寺家の水軍衆を抑えている一族なので、制圧後は安宅冬康に任せて残党を取り込んで水軍の再編成を任せる予定。
 こうして、宇和海を完全制圧した新生大友水軍は、その根拠地を伊予日振島に置くつもりです。
 
「姫様。
 ここにおられましたか」

 本陣から離れ、四郎を連れて法華津本城が見える場所に。
 補給が届いている攻め手に対して、援軍も無い守兵はただ必死の抵抗をしているだけにすぎない。
 落城は時間の問題だった。

「どうしたの?
 高橋鑑種。
 貴方の隊は一度下がって休むはずでしょ」

「はっ。
 そのまま下がるのも失礼ゆえ、こうして挨拶をと」

 一人でふらふら歩くほど、わたしも馬鹿ではない。
 四方に薙刀を持たせた姫巫女衆が立ち、更に離れた所で舞がじっと私達のやり取りに耳を傾けていた。

「そうだ。
 貴方の名前、一万田に戻さない?」

 ふと思い立ったように私は高橋鑑種に告げる。

「また突然に……理由を聞かせていただいてもよろしいですか?」

 その言葉に含みがあるのを分かった上で、私は口を開く。

「実を言うとね、この戦の本当の目的は貴方にあったのよ。
 高橋鑑種。
 貴方を筑前太宰府から遠ざける為だけに、伊予くんだりでこれだけの大戦をしたんだな。
 これが」

 やっと種ばらしができた私が清々しい笑顔で笑うのに対して、高橋鑑種は私を敵を見るかのように鋭い視線で射抜く。

「どこまでお知りなのですかな?
 姫様?」

「全部。
 貴方が毛利に内通しているのも、立花鑑載と組んで独立しようとするのも。
 もっと前に、秋月種実の侵攻に内応しようとしていたのも全部ね」

 実は、彼、兄の一万田親実が奥方欲しさに父上に粛清される前から、毛利に内通していたりする。
 あくまで、兄の粛清うんぬんは謀反の口実に過ぎない。
 とはいえ、その謀反の口実にまたとんでもない色をつけてしまった父上も父上なのだが。

 とてもにこやかに笑う私に対して高橋鑑種は刀に手をあて、それを見て四郎も刀に手をかけ、姫巫女衆が高橋鑑種に薙刀を向ける。
 私は手をあげて四郎や姫巫女衆に手を出させない。
 もっとも、この手が勢い良く振り下ろされた時に高橋鑑種の首と胴体が分かれる事になるのだけど。

「ずっと疑問だったのよ。
 毛利の侵攻と謀略があまりに決まりすぎていた。
 いくら豊後が離れていたとはいえ、安芸と比べたらこっちの方が近いわ。
 にもかかわらず、毛利側の計略が常に蠢いていた。
 何故か?
 内通者がいるとその時に思った。
 で、後は秋月・筑紫と潰している時にね」

 と、ほざいているけど、実は前世知識で立花鑑載とあんたの二人が謀反の首謀者であるのは知っていたからだったりするのは内緒。

「筑前方分の臼杵鑑速は優秀よ。
 しかも、大友の外交全てに関与している。
 その彼が気づかずに、これだけ筑前で蠢動できる才能と権力があるとしたら、貴方しか浮かばなかったという訳」

 高橋鑑種は掛け値なしで優秀だ。
 一万田一門の中でも突出した才を持ち、今回の西園寺攻めでも多くの先陣を願い、その殆どを成功させたのだった。
 なお、史実でも彼は毛利内通後も殺されず、毛利側の九州方面軍司令官みたいな地位に立つぐらいなのだ。
 むざむざ毛利に渡してなるものか。
 第二戦線うんぬんはあくまで結果。
 主戦線の安定化の為に高橋鑑種を粛清するのが、今回の戦の本当の目的だったりする。
 まぁ、気づいたのかそれとも気が変わったのか、しっかりと結果を出したからこうして抱き込みにかかっているけど。

「試していたという事ですな。
 そして、それに適ったと」

 刀から手を離して高橋鑑種は苦笑する。
 彼も馬鹿ではない。
 ここで彼を切る選択肢がない事が分かったから。

「こちらからも一言よろしいですかな?
 そこまでわかっておいでなら、姫様自身の立場もご存知かと。
 それがしをそのままにしていたたければ、姫様が立たれた際に一番にて駆けつけまする。
 田原殿も、宇佐衆も、筑前・豊前の国衆はもとより、毛利も姫様を……」

「言うな。
 それ以上言えば、私は貴方を斬らねばならなくなる。
 助けた命は大事にしなさい」

 私の一喝で高橋鑑種は平伏し、頭を下げた。
 それにあわせて私は手をゆっくり下ろす。
 平伏した彼を斬るつもりはない。

「はっ。
 口が過ぎました。
 ご無礼、お許しくださいませ」

 私は大典太光世を抜いて、高橋鑑種の首筋に当てる。

「今回の一万田の知行替えは、貴方への罰よ。
 西園寺領と一条領、二十万石の代償に一万田は毛利と長宗我部に挟まれて苦しむ事になるでしょう。
 それで、一万田の家を保たせなさい。
 それが貴方への罰」

「はっ!
 寛大なるお裁きに感謝する次第……」

 その言葉を刀をしまった私の指で止める。

「あと、この事は私の胸にしまっておきます。
 それと、伊予がやばくなったら遠慮なく一族を連れて逃げること。
 豊後の一万田城を取らなかった意味を忘れないように。
 いいわね」

 ぎりぎりまで粘って、やばくなったら一門連れて逃げろという意味を高橋鑑種は間違いなく理解する。
 それは使い捨てにしないという私の暗黙の保証でもあるのだから。

「ははっ!
 一万田鑑種、今から姫様に死ぬまで忠誠を誓いまする!!!」

 この瞬間、私の南予侵攻作戦は本当の意味で終わった。

「じゃあ、帰りましょうか。
 豊後へ」

 まだ、法華津本城が頑張っているのだけど、それは私にとってどうでもいい事だった。

 なお、高橋鑑種に捨てさせた高橋の名前は、褒賞として吉弘鎮理に渡す事に。
 彼は以後、高橋鎮理と名乗るようになる。



[5109] 大友の姫巫女 第四十三話 南予侵攻 おまけ 米津幻影憚
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/03 11:41
 夢を見た。
 それは私の夢。
 あの愛する肱川を眺める夢だった。

「ねぇ、うちに来ない?」

 世話係として引き合わされた大友の姫巫女、珠姫は色々規格外のお方だった。
 己の身を売って士気高揚をなさるかと思えば、南蛮から取り寄せた大筒で、河野勢や西園寺勢を蹴散らしても見せた。
 その一方で、夜は常に大友にとって仇敵の一族である毛利元鎮殿と褥を共にしたり。
 この戦国の世、女も戦に出る事もあろう。
 けど、それは己の城を守り、身を守る程度の事。
 自ら戦場に出るというのがどれほど奇異なものか姫は考えた事はあるのだろうか。

「ほら、できちゃったでしょ。
 乳母を捜さないといけないんだけど、瑠璃姫ならぴったりかなって」

 そう言って、大きくなりつつなるお腹を触る珠姫はごく普通の母に見えなくも無かった。

「なんなら、旦那さん込みで領地……は、いきなり与えると譜代ににらまれるか。
 一万貫でどうかな?
 旦那は別府杉乃井御殿の御殿奉行という所で。
 主の宇都宮豊綱殿には私が話つけておくからさ」

 こんな所で、この方は住む世界が違うと思い知らされる。
 今、さらりと言ってのけたその金額に目がくらみそうになる。
 一万貫。主人が預かっている米津城の領地の五倍の金額に当たる。

「申し訳ありません。
 私はこの地で暮らし、この地で終える身の上。
 八重姫と九重姫をお連れくださいませ。
 仕込みは終わっておりますゆえ、きっと姫のお役に立てるでしょう」

 断った時の姫のもの悲しそうな目が、何故か忘れられなかった。


 白滝の上から私は大洲を眺める。
 私はこの眺望が好きだった。

 春は菜の花が潮風に揺れ、
 夏は蝉の音と蛍の灯に雅を感じ、
 秋は赤く染まった山々と黄金色に揺れる稲が大洲盆地を染めあげ、
 冬は雪と霧で白の幻影に包まれる。
 
 そんな、四季に彩られたこの土地が好きだった。
 そして、そんな四季と共に戦国という荒波の中で暮らす人々が好きだった。
 何より、この土地と同じようにゆっくりと色をつけて成長する娘や、愛を与え続けてくれる主人がいるこの土地が好きだった。
 それが、いつかは終わることが分かっているとしても。


「姫は、身内しか触れたことがございません。
 私も、姫の身内ゆえつい甘く接する事も多く……お恥ずかしい事ですが。
 他者として姫を叱れる方が絶対に必要なのです」

 戦の最中、裏方として共に働いていた珠姫付きの麟殿はそう言って、寂しそうに笑った。
 この方は珠姫が生まれてからずっと付いていた事もあり、かの姫が数少なく心許せるお方である。

「大友家というのは大大名ゆえ、魑魅魍魎も多く、妾の子として育てられた姫は、いずれ嫁に行き大友から出て行く事になる。
 そう誰もが考えていました。
 姫様自身がここまで大友の家にとって、無くてはならない御方になるとは思っておらず、ふと気づけば、すでに私にお諌めできるお方ではなくなってしまいました」

 それは凄くつらかっただろう。
 女として生きるのならば、麟殿も諌める事もできた。
 だが、珠姫は女のくせに、殿方の世界を生きている。
 その時、珠姫が甘える事ができるのは麟殿しかいない。
 しかも、姫自身が打った手は殿方でも感嘆するものばかり。誰が姫を止める事ができようか。

「姫様。
 姫様は女としての幸せを追求したいとは思わなかったのですか?」

 その一言が大友家の誰も言えなかったのだ。
 言えば、珠姫はいやでも女として自覚してしまうだろう。
 そして、姫が女を自覚し奥に引っ込んでしまったら、その時、彼女が推し進めていた大友家の改革はどうなってしまうか?
 もう、大友家にとっては珠姫という「武将」は手放す事が出来なくなっていたのだった。
 

 私自身は姫に負い目がある。
 壷神山で話された姫の話から推測するに、姫にとって、宇都宮家そのものが毛利戦における駒でしかなかったのは間違いない。
 河野軍が攻めてきた時に見捨てられる可能性は高かった。
 その時に私や夫、二人の娘がどうなっていたか……考えるだけで恐ろしかった。

 だからこそ気づいてしまった。
 乳母の話はあくまで理由付けであって、姫は私達を救いたいのだと。
 そして、姫にとって、宇都宮は滅びても構わない存在なのだと。


「あの姫も馬鹿だよね。
 全部を背負おうとしている。
 自分で助けられる数など、ほんのわずかしかないのが分かっているのにねぇ……」

 湯あみをしながら、白貴太夫が愚痴を漏らした事を思い出す。
 姫が率いる姫巫女衆の長であり、豊後で三人しかいない最高級の遊女の称号「太夫」の名前を持っている。
 なお、残り二人が大友家当主である大友義鎮の愛妾である比売太夫であり、珠姫の付き人兼愛妾だった麟殿こと豊後太夫である。
 ついでだが、麟殿は客は取った事はないが珠姫から一番長く性の手ほどきを受けており、遊郭を差配し、遊女達にその手ほどきを教える役割上太夫の称号を与えられているという。
 麟殿が嫁に行き、四郎殿こと毛利元鎮殿が来るまでは姫は女性しか閨に呼ばず、姫の愛妾達は各遊郭の長として北九州でその美と権勢を誇っている。
 大友家中では姫が殿方に興味を持ったこと自体に、喜ぶ人もいたぐらいなのだから。
 ……それが四郎殿と知って、発狂したのもそんな方々だったりするのだが。     

「何よりも、その馬鹿さは姫自身が一番知っているあたり、私に言わせれば天下一の大馬鹿者よ。
 見捨てればいい者を助け、自らも同じ場所に落ちないと気がすまない。
 天下一の大馬鹿者よね」

 男どもに浴びせられ、注がれた精を洗い落としながら、白貴太夫は苦笑する。
 彼女の体には杏葉紋の刺青が二つ(下腹部と恥丘)彫られ、『二杏葉の白貴』と呼ばれていたりする。
 恥丘の刺青は大量に出回る大友女の偽者に対してとられた対策の一つらしく、それでも偽者は納まらず、次は金銀の輪でも乳首につけようかと姫はこぼしていたとか。
 で、それを姫の母共々つけようとしてまた一騒動を。
 なお、姫の母である比売太夫は各地の豊饒の祈祷ついでに、村々の男とまぐわうのを楽しみにしているとか。
 それを義鎮殿は快くは思っていないけど、行かない村と行く村の収穫量の違いを見せ付けられて文句も言えなくなったとか。
 この母にしてこの娘ありという言葉がふと頭をよぎる。
 閑話休題。 

 戦場において明日はない命ゆえ、足軽達はその生の証を残すかのように彼女にその生きた証を注ぐのだという。
 実は、彼女達姫巫女衆が使う湯の手配だけで、宇都宮家にとっては過度な負担だったりする。

「麟には言わないでよ。
 姫は、かなり昔から、己の身を汚すことを考えていたのよ。
 私達が男に組み敷かれて子種を注がれているのに、その長たる姫がそれをしないこと自体が間違っていると。
 『泥に浮かぶ蓮の花』って自嘲していたのよ。
 姫が足を開けば、それだけ男が姫に群がり、私達が楽になると思っているのよ。
 本当に大馬鹿者よね。
 だからついて行くのだけど」

 それで得心が言った。
 姫が長浜で裸に近い姿で踊るのを何で彼女が反対しなかったのか。
 姫の思いを知っていたからか。
 その馬鹿げた気遣いを知って、泥の中にいるからこそ、その蜘蛛の糸を切ることが忍びなかったのか。

「だから、大友に来なよ。瑠璃姫。
 もう、あんたは姫にとって他人じゃない。
 あんたがここにいるだけで、姫はまた危ない橋を渡るだろうからね。
 私は、またここが戦場になって、姫が足軽どもに体を差し出すと言い出したら止める気ないから。
 実際、助かるしね」

 それは、姫を止めるのは私だと言わんばかりに。
 いや、その役を与えることで大友家内部で、私が入りやすくする配慮なのだろう。
 どうして姫の周りの人々は、姫に似てこんなにも馬鹿ぞろいなのだろうか。
 その心遣いがとても嬉しく、だからこそ見捨てられる予定である今仕えている宇都宮家が痛々しく、私の心を苦しめる。
   

「構わぬぞ。
 むしろ、行け」

 我が主君宇都宮豊綱様に夫婦揃ってこの話をもって行った時、出た言葉がそれだった。

「一応、大友とは対等な立場とうたっているが、実際は被官の関係であるのは紛れも無い事実だ。
 姫が来なければ、我が家は滅んでいた。
 お主らが行けば都合の良い人質となろう」

 姫様がこられてから妙に老け込んだ気のある我が殿は、自虐的な笑みを浮かべて言い捨てた。

「大友が旧西園寺領と一条領を掌握したら、やつらがしたのと同じように夜昼峠と鳥坂峠に兵を置くのだろう。
 だが、そこから先に進むのは難しい。
 いずれ、我が宇都宮は見捨てられるのだろうな」

 殿も気づいていたらしい。
 己の家の末路を。
 河野家相手に戦をして犬寄峠や銭尾峠を最前線にしてもいいが、伊予灘の制海権を毛利側の村上水軍が押さえている以上、常に長浜から大洲急襲の危険が伴うのだ。
 そして、形ばかりとは言え独立勢力である宇都宮を大友が積極的に助ける理由はないし、河野か毛利が宇都宮を滅ぼした後で宇都宮復興の名の元に大友は兵を動かすのだろう。
 珠姫が八幡浜等西園寺領の一部を譲渡してくれたのは、本拠大洲が落とされた時に逃げる為。
 もう既に、この家の盛衰は大友家に握られている。

「いずれ、宇都宮一門の者も豊後に出す事になろう。
 その時は目をかけてやってくれ」

 そう言って笑う殿の顔は泣いている様にも見えた。


 もうすぐ春というのに、内陸にあるためか大洲はまだまだ寒い。
 南予の戦も終わり、豊後に帰る前に姫はわざわざ大洲にまで足を運び我が殿と話をされたとか。
 きっと、私の話も出たのだろう。
 だから、あんな夢を見たのだ。

 夢で見た私は敵兵に追われ、我が子達と女中を連れて懸命に落ち延びるが、ついに白滝にて追い詰められた。
 米津の城は炎の中に揺らぎ、我らを囲む敵兵達は捕らえた私達をどう陵辱するかしか頭にないらしい。
 ふと自然に笑みが漏れる。
 それは手に抱えたまだ生まれてもいない我が子をあやす笑み。
 これから行う事を怖くないと伝える為の笑みだった。
 最後の吹き矢を放った筒をしまい、歩くかのように私は我が子と共に滝つぼに身を躍らせる。
 その姿に敵兵が呆然とする。
 さらに八重姫が、九重姫も、ついてきた女中達も、次々と滝つぼに身を投じた。
 最後の瞬間に見た大洲の景色は、とても綺麗で。
 同時に、珠姫一行と登った壷神山の一夜が走馬灯のように駆け巡り、温かい記憶と共に私は……

 そして私は目を覚ました。
 汗で寝巻きはぐっしょりと濡れ、吐く息は荒く、自然とお腹に手をあてる。
 着替えて、供も連れずに夢に出た白滝に向かう。
 そこから見る肱川が、大洲が好きだった。
 そして、そこから飛び降りた感覚がまだ残っていたから。

 白滝の上には予想通り先客がいた。
 供回りも連れずという事は無いだろうから、きっと気を利かせて隠れているのだろう。
 珠姫は私が夢で飛び降りた滝の上から、夢の私と同じように朝の肱川を眺めていた。

「霧の肱川も好きだけど、朝日に輝く肱川もいいわね」

 私に気づいたのだろう。
 顔を向けずに声だけで語りかける。

「この地は夕日が綺麗なのですよ。
 ここから茜色に染まる肱川は一度見てくださいませ」

 私も姫の隣に並ぶ。
 朝日が私達の体を包み、ほのかな暖かさを与えるのが気持ちいい。

「夢を見ました」

「どんな?」

 姫は霊験あらたかな宇佐八幡の巫女だ。
 きっと、私の夢など知ってここに来たに違いない。
 
「城が落ち、私が我が子を連れてこの滝から飛び降りる夢を」

 姫は長い間何も語らず、

「そう……」

 とだけ、呟いた。

「私は、この場所が好きでした。
 この場所から眺める景色が好きでした。
 けど、この場所からまだ生まれていない我が子と共に飛び降りたくはないと、夢を見た後で思い知りました。
 姫様。
 あれは、私の未来なのですか?」

 姫は私の方を見ずに、笑って呟く。

「きっと、この滝が貴方を飲み込みたくないって見せてくれたんじゃないの?
 それとも、この間おまいりした壷神山の神様がお告げをくれたのかもね」

 その笑みが凄く痛々しくて、私はあの夢が私の未来である事を悟ってしまう。
 涙が一筋、笑っていた姫の目からこぼれた。

「……ごめんね……
 毛利への餌だから、宇都宮はこれ以上助けられないの。
 残れば、あの夢のように貴方はここから、我が子と共に身を投げる事になるわ。
 だからお願い……」

 何でだろう?
 こんなにも泣いているのに、姫が綺麗に見えてしまうのは?

「……私と一緒に来てくれませんか」

 この姫は本当に馬鹿だ。
 全てを伝えて、なおも私を求める。
 己の自己満足の為に。
 全て救済できないのが分かっているのに、その手で助けられる私を引き上げようとする。
 まるで地獄で苦しむ亡者でも、助けた恩を返そうと糸をたらす蜘蛛のように。
   
「はい」

 何故その糸を振り払うことができよう。
 私だけならまだしも、お腹に新たな命がいるのならばなおさら。

「ありがとう」

 そう言って姫は懐から小刀を取り出して……

「姫様っ!!!」

 ばさりと姫が伸びた髪を切る。
 唖然とする私に、姫は笑って言った。

「言ったでしょ。
 信心深いのよ。私」

 さらさらと切られた髪が散る。
 まるで羽のように滝つぼに落ちてゆく。

「夢のお告げのお礼。
 どうせ伸びるし。
 麟姉さんに思いっきり叱られそうだけど」

 髪は女の命。
 この姫はそれを惜しげもなく、私の為に捧げた。
 それが嬉しい。
 気づいたら、私も惜しげもなく髪を切っていた。
 驚きの顔をする珠姫を見て、ああ、この姫はこんな顔もできるのかと思い少し嬉しくなる。

「叱られるのは私も一緒です。
 今回だけですよ。
 今度からは私は叱る方に回りますから」

 ゆっくりと手を離す。
 切られた髪が散って、滝つぼの中に落ちてゆく。 
 そして、二人して嬉しそうに笑った。

「よろしく。瑠璃姫」
「こちらこそ。珠姫」




 後に、この話に脚色がつき、「髪を切って滝から落とすと転職が成功する」という言い伝えに代わり、この地に「姫髪まつり」として残る事になる。
 二人の姫が髪を落とした滝つぼは姫髪淵と呼ばれ、長く人々に信仰されることになるのだが、それは後の話。



[5109] 大友の姫巫女 第四十四話 殖産・火力・闇の巻
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/03 11:37
 冬が過ぎ、九州では梅が花を咲かせるそんな時期になりました。
 
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。

 南予侵攻も終わり、春になった豊後大友家を色々語ろうと思っています。
 まず、戦争のあとしまつたる金の工面です。
 南蛮船のレンタル料金に、商業船の徴用による経済活動への悪影響、功績に伴う褒賞の授与。
 更に南予統治の費用と殖産の予算策定。
 ……本当に金、金、金です。

 本来商用船までの徴集までは考えていなかったのですが、宇都宮への河野侵攻と長宗我部の一条侵攻でそんな事も言っていられず。
 豊後についてはほぼ総力戦状態に。
 仕方がないのでヘソクリその一を出す事にしました。

 鯛生金山です。

 香春の金堀衆に調査させて採掘を開始。
 その金をもって一時的な支出を賄う事に。
 秀吉が天下を統一した時に鉱山を直轄下に置いたので、いやだったのですが。
 豊後に秀吉の監視地ができるのと同義語だったので。
 けど、朝鮮出兵で九州各地に蔵入地を作っている事を思い出して予定を変更。
 秀吉が統一するまでに掘りつくしてやるという心意気です。
 考えてみると、筑豊の炭田も秀吉直轄下に置かれるんだろうなぁ。
 コークス形成技術が広がったら輸出できるしね。あれ。

 砲の運搬を考えて馬の品種改良にも手を出す事に。
 奥州馬は遠いので朝鮮半島から大陸馬を輸入。
 養蚕業に力を入れて絹織物の商品開発を指示、大友女に着せる事でブランドの確立を目指します。
 まだ龍造寺勢力圏だけど、磁器開発もそろそろ開始。
 職人をできるだけ九州にかき集められたらと。
 もちろんお茶も大事な輸出品です。
 八女茶も大々的に生産を開始。
 そういえば、判子による本の生産と同時に始めたのが、本を読み聞かせる事による娯楽の提供。
 引退した遊女達の第二の雇用として活躍中。
 と、同時に民衆の声を拾ってもらう耳として活躍してもらう事に。
 対毛利戦前提に豊後・豊前・筑前においてはかなりのインフラ整備を進めてきたけど、対島津戦ではまだ考える事ができず……
 しかも、上三国のインフラ整備に金取られまくりです。
 大砲による防衛戦を前提にする為に駅館川と山国川、遠賀川に橋をかける事にしましたよ。
 石橋の沈み橋だけどね。
 これも香春の石灰石と阿蘇の火山灰をコークスで焼いたセメントもどきがあるからこそなんだけど。
 筑前・筑後・肥後の街道の整備も開始しました。
 いずれは、筑後川にも沈み橋を作る事になるでしょう。


 さて、こんどは物流の話を。
 キャラック船二番船「大友丸」がようやく仕上がり、別府湾で現在完熟訓練中です。
 順調に行けば年一隻できるかなという所でしょうか。
 これだと少し海軍ができるのに時間がかかるので、少し外道な裏技を。
 はい。南蛮人から船を買うという荒業です。

 いえね。
 この時代多いんですよ。船員による船長への反乱が。
 何しろ欧州から出て行った船で、帰ってくるのがわずかというハイリスクハイリターンな商売ゆえ、強欲で船員の質もあまり良くは無い。
 難破の次に船の喪失にあげられるのが、船員反乱による海賊化だったりする。
 で、別府が船員達の母港となったので、男達にうちの女どもがこう囁いたわけですよ。

「船ごと別府にこない?
 船は難破した事にすれば問題ないし、積荷は博多でさばける。
 で、『船長死亡で船は難破。積荷は喪失』で、さばいた荷はここで遊ぶ金に」

 いや、ひっかかる馬鹿がいるとは思わなかったわ。マジで。
 これも裏があって、船の喪失よりも先に疫病や交易上のトラブルで先に船員がいなくなる事の方が多いのだわ。
 で、そんな船は機密上破却していたのだけど、現地で船員を募って難破という事にして海賊化する輩も多かったんだな。
 そんな彼らにログ(記録)ロンダリングを指南し、彼ら海賊はまっとうな身分を、私は船をというビジネスが成立。
 この船、南予侵攻でうちの兵を運んでくれた船の一隻なのだけど、船長が強欲で船員が不満を持っていたので話がほいほい進む。
 南予から帰る兵を乗せるふりをして安宅冬康率いる水兵を乗せて、八幡浜を出港。
 で、水兵反乱で船長が殺され、船は日振島に。
 残りの船員を大友水軍の船で別府に運んで、船そのものは豊後水道で難破と報告。
 こうして、三番船「九州丸」げっとです。

 ……日本のロアナプラと呼ばれるのもそう遠い事ではないかもしれません。
 人身売買なんて、うちはアジア交易における大手の買手だしね。
 まぁ、スナップと麻薬だけは手を出さないように厳命させておかないと。
  
 船については建造と購入で拡張ですが、こんどは船員の育成です。
 安宅・若林・佐伯等の水軍衆から人間を供給していますが、いずれ足りなくなるのは目に見えている訳で。
 人材の確保もまた裏技を使う事に。
 はい。倭寇です。

 彼らもうちから始まるアジア交易の新しい流れに食いつきたいと思っていたわけで。
 同じく、身分保障と金と女で見事に転びました。
 しかし、倭寇とは名ばかりで、既に中国人主体の海賊になっていたとは……
 まぁ、博多と府内を押さえている大友の正規水軍(商船隊)になれる機会はそうは無いでしょうからね。
 で、倭寇経由で手に入れたかったものが大量に転がり込みました。
 仏郎機砲です。
 大砲の事を明では『将軍』と呼ぶ決戦兵器なのですが、そこは中国。
 金でめでたく横流しできたとか……駄目だろ。
 既に明では、この砲は技術解析を終えて量産体制(1537年時に3800門も生産されている)に入っており、後の朝鮮出兵で日本軍を大いに苦しめる事になるのですが。
 カルバリン砲の技術解析と生産はまだ難航しているので、仏郎機砲は防衛戦で使うつもりです。
 と、なれば今度は火薬の問題が。
 土硝法は当然導入する事にするとはいえ、決定的なまでに火薬が足りない。
 軍編成において、私は大砲をナポレオン時のフランス軍並の配備数(約30-40門)に引き上げようと画策している。
 鉄砲は現状で二千丁用意したけど、これも三千まで上げたいし、無理だろうけど騎兵もできれば三千は欲しいのだ。
 大友の戦時体制における最大出兵兵力が現状で約六万。
 その中核たる豊後国衆の兵にこれらの装備を集中運用させる事で、対毛利・島津戦を乗り切る腹積もりなのだ。
 本当なら諸兵科連合まで持って行きたいけど、現状の国衆頼みの動員体制にそんな事ができる訳も無く。
 という訳で、火力による歩兵支援を充実させる事でひとまずごまかす事に。
 せめて三兵戦術まで持って行きたいけど、常備軍にマニュアル化と士官学校の建設は絶対条件だしなぁ……
 現状足りないものは、他所から持ってくればいい訳で。
 宇佐の巫女である事をフルに使って、雑賀衆と接触。
 南蛮船を使って、雑賀衆を紀伊から九州に持ってくるという裏技を考え中。

         
 で、倭寇を使う事の光もあれば闇もあるわけで。  
 その結果が今、目の前に。
 はい。
 ついに来ました。
 倭寇が商品として出してきた、金髪や赤髪の白人おねーちゃんです。

 また救いが無いのが、裸で首輪をつけられて鎖でつながれて、その全員が孕んでいたというあたり。
 彼女達の供給源はオスマントルコで、彼らイスラム商人がインド洋を越えて勢力圏である東南アジアへ。
 そこから中国商人の手を経て我々の所に。
 で、彼らの計画では、我々が調教してブランド化したものを中国本土に売るのだと。

 人売りの禁止は徹底させていますが、ブランド化に伴う偽者商売は止めようが無く。
 見よう見まねで(何しろ男はそれを味わっている訳で)流出するうちの女達の技術は、そんな偽者にも覚えさせるだけで買値が数倍に跳ね上がるとか。
 しかも、本物である大友女を私が販売禁止にしているから、更にレアリティが上がっているという救いようの無さたるや……

 で、そんな彼女達の陵辱航海の時間はおよそ三ヶ月から半年。
 航海時の悪辣な環境で命を落す者も多く、船内で使われ、買われた先で客を取られ、こうして極東にやってきた女達はその母数からして全体の一割以下。
 残りは過酷な船内で死ぬか、買われた先で一生を終えるかという絶望の果てなのか、心が壊れている物(字間違いで無いのが痛い)も多く、目に光がありませんよ。
 もう条件反射になっているのか、男が前に立ったら自然に壊れた笑みを浮かべてくぱぁしてくれた妊婦のおねーさん見た瞬間、己の所業のおぞましさに吐きましたよ。その場で。
 あれ、リアルで見たら本当にトラウマになるね。まじで。
 なお、この商品を持ってきた倭寇の言葉が痛すぎる。

「孕んでいる方が高く売れるんだ。
 赤子ならば、その地になれるのが早いからな」

 ええ。
 全部買い取りましたよ。
 偽善と分かっていても見捨てられませんでしたよ。



[5109] 大友の姫巫女 第四十五話 ある父と娘の話
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/11 20:25
 府内城 二の丸 旧大友館


「子供ができたか」
「はい。
 四郎の子です」

 畿内のおみやげの松島の茶壷を眺めながら、私は茶を父に差し出した。

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。

 できちゃった報告とその後の話をそろそろ話そうと思います。
 この時、私も父もきっと相手を殺す覚悟でこの茶室に居たんだろうなと思ったり。
 小さな茶室で互いに武器など持たないがゆえに、その意思をいやでも感じた父と娘の話はこんな感じで始まりました。

「南予の戦、ご苦労だった」

「いえ、父上の用意していただいた角隈石宗殿が、長宗我部との和議を整えていただいたお陰でございます」

 互いに互いの顔を見ていません。
 ああ、こういう時に茶器を眺める訳か。

「で、お前は毛利とどうしたい訳だ?」

 確信に触れる父の言葉に、私は意を決して口を開いた。

「毛利元就とは戦の約束があります。
 彼が死ぬか、私が父上に殺されるかで終わる戦の」

 少しの沈黙の後、父は妙に穏やかな声で呟いた。

「なるほど。
 先の加判衆の評定は、その下準備か」



 先の加判衆の評定とは、過日開かれた、南予侵攻での後始末の事です。
 ここで、一万田親実の加判衆承認と伊予方分設置等、戦後処理を片付けたのですが、その処理が終わった後に、私は田北鑑重に頼んで一つの提案をしてもらいました。

「門司を町衆の自治都市にするだと?」

 声をあげたのは筑前方分の臼杵鑑速。
 その問いかけに田北鑑重は重々しい顔で、私が言ったままに説明を続ける。

「はっ。
 門司を博多と同じ町衆の運営に任せ、戦火を避けさせようと。
 既に毛利は彦島に砦を築き、赤間関に市が立つほど栄えております。
 門司は先の戦で焼かれましたが、町衆に任せれば赤間関と同じぐらい栄える事ができるでしょう」

 これが、私のヘソクリその二「門司中立化構想」だったりする。
 正確には門司だけでなく、企救半島全てとその中にある城砦まで町衆に任せる、日本最大の自治都市建設構想である。
 既に商人達には根回しをしており、右筆として私が差し出した企救半島全てを含んだ巨大な町の絵図面に皆度肝を抜かれる。

「この図にある通り、企救半島全てを町衆に任せる事で人口三万を超える博多と同じぐらい栄える港町になるでしょう」

 そのからくりはこうだ。
 門司の価値は瀬戸内海へ繋がるという一点に集約されている。
 博多の富の源泉である南蛮交易や大陸交易で影響力が強いのは、我が大友である。
 ところが、それを一大消費地である畿内に運ぶ為には瀬戸内海に入らねばならない。
 そして、瀬戸内海は毛利水軍の影響力が強く、結果として海運関係はほとんどが毛利側の赤間関に流れているのが現状だったりする。
 で、それを嫌った私が日本海交易に力を入れて、結果、若狭商人と繋がった事を堺商人は快く思っていない。
 その代替策として府内から土佐経由の太平洋航路を作ったが、南伊予侵攻で長宗我部が敵に回り一時頓挫。
 更に、太平洋航路は難破の危険が瀬戸内海より高く、堺商人が瀬戸内海航路を渇望していたのも事実だった。
 私もこの状況に瀬戸内海の無視ができなくなったので、ならばと高く売りつける事にしたのだった。

「金は博多と堺の町衆が出し、門司から堺までの荷の運行は村上水軍が責任を持つとの事。
 運営は町衆の自治に任せ、大友も毛利も門司に兵を出さない事を約定させます」

「姫。
 村上水軍は信用できるのですか?」

 そう私に問いかけたのは志賀親守。
 いや、元案私だけど、提案者田北鑑重なんだからそっちに振れよ。
 ちゃんと答えられる様に、彼に懇々と説明したのだから。

「娘よ。
 こんな愉快な案を、あの生真面目な田北鑑重が出せるわけが無いのは分かっているから、自らの口で説明しろ。
 それぐらいの権限は与えたはずだぞ」

 父上。
 右筆というのは加判衆には入っていないので……ああ、皆の顔色、誰もがそう思っていないよ。
 というか、田北鑑重。あんた説明しなくて済んだと安堵の顔を浮かべるんじゃねぇ!!
 あれだけ言ったのに理解できなかったな!!!
 こんちくしょう。
 やればいいんでしょ!やれば!!

 ため息一つ吐いて、私は口を開く。

「この場合、信用できないから、信用できるのです」

「なんですか?
 それは??」

 志賀親守が分からないと声をあげる。
 見ると、私以外全員分かっていないらしい。

「我々は、村上水軍を信用していない。
 それと同じぐらい、毛利も村上水軍を信用していないでしょうね」

「あ!?」

 その一言に皆も私が言わんとした事に気づく。

「戦場では、有能な敵より無能な味方に足を引っ張られる事の方が多いわ。
 さて、大友よりの博多商人の金をたらふく吸い込んだ村上水軍が、絶対の忠誠を誓えると毛利は考えるのかしら?
 とても楽しみだわ」

 とてもいい笑顔で私は言い捨てる。
 この門司中立化構想は、対毛利戦における私の切り札と言っていいほど、十重二十重に仕掛けを施している。

「門司を町衆に任せる事に、軍事的には三つの利点があります。
 毛利が門司を攻めたら博多・堺の商人と村上水軍を怒らせる事が一つ。
 これはさっき話したわね」

 一同の顔を見渡して、今度は白紙の豊前・筑前の地図を取り出す。
 墨で門司の位置を黒く塗った後で、矢印を二つ書いて私は続きを口にする。

「二つ目は門司を攻めなかった場合、彼らの九州侵攻路が一つに限定される事です。
 以前は門司を基点に、博多を攻めるか豊前を南下するかで、我々は振り回されてきました。
 ですが、門司を候補からはずす場合、新たな上陸地を探さねばなりません」

 そのまま、私は地図に博多を書き込む。

「毛利の最終目標は博多の掌握です。
 よって、瀬戸内海側の豊前松山城侵攻はありえません。
 ここを毛利側の拠点とした場合、豊後からの応援が二日で宇佐に入ります。
 我々の松山城攻撃は一週間もかからないでしょう。
 その短期間で博多を制圧するのは無理です」

 そして、今度は地図に芦屋を書き込む。
 
「毛利の強みであり、九州侵攻の前提条件は毛利が大友より水軍力で圧倒している事です。
 ですから、海路で大友の拠点より遠い芦屋を上陸地に選ぶでしょう。
 芦屋から博多にかけて、このあたりで合戦が行われる事になります」

 話しながら、博多から芦屋にかけての範囲を指でぐるりと囲む。
 
「そして、最後ですがこれはこの合戦に勝った後の話になります。
 毛利が博多を奪う戦となれば総力をあげて兵を出してくるでしょう。
 現在攻めている尼子を滅ぼせば、毛利の勢力は安芸・周防・長門・備中・備後・因幡・伯耆・出雲・石見と九カ国に及び、九州に上がる兵数は四万と見積もっています」

「よ、四万……」

 その数に衝撃を受ける一同だが、いくらかからくりがあるのは黙っておく。
 動員だけでみたらこの国々で十万を越えるが、その全てを投入できるほどの兵給を流石の毛利も持っていない。
 おまけに、因幡・伯耆は尼子包囲の過程で諜略されたので置くとして、備中を治める三村氏と美作・備前を治める浦上氏が既に対立関係にある。
 そして、私がたらふく太らせた事で水軍がある隠岐はまだ毛利影響下に落ちていない。

「この四万、我らが合戦で勝てば全て九州の土に変えられます。
 落ちる場合、いかな毛利水軍といえども四万全てを一度に運ぶのは不可能。
 彼らが夜盗化するのを避ける為にも門司は必要なのです。
 門司についたら逃げられるという希望の為に」

「それを見越して、門司近辺に落人狩りの兵を置くという事ですな」

 声を出したのは戸次鑑連。
 口調に完全な理解が見てとれるゆえに、声が少し震えていた。
 それは、周防長門逆侵攻をまったく逆しまにした、毛利軍包囲殲滅戦の構想である。

「はい。
 彼らを生かして帰すつもりはありません」  

 その決意に満ちた私の声に一同押し黙る。
 私の妊娠は既に耳に入っていたのだろう。
 一番の非戦派と目されていた私が出してきた、毛利殲滅戦構想の派手さとエグさにしばらく誰も声を出そうとはしなかった。
 仕方がないので、私は場を取り繕うように口を開く。

「もちろん、経済的にも利があります。
 博多―門司―府内間の海路が安定化され、瀬戸内海航路にて堺と繋がる事は我が大友に莫大な富をもたらすでしょう。
 既に筑前・豊前・豊後の街道整備も進み、物の流れが商人の行き来を早め、民は豊かさを享受し、大友の名前は偉大なものとなるでしょう。
 毛利が攻めてこなければ我らは莫大な富を手にし、攻めてきたら蟻地獄の罠に落としこむ為の門司の自治都市化です。
 どうか御裁可を」

 あと、秀吉が天下統一時に栄えている府内や別府を直轄地にしないように、生贄の街として門司を差し出すつもりでもあるのだが、この場では関係がないので黙っておく。
 頭を下げつつ、内心ではそんなことを考えていた私に、誰も異を唱える者はいなかった。



 かこーん。

 ししおどしの音と共に、我に帰る。
 父上も私も、茶室に入ってから目をまだ合わせてもいない。 

「わしは、お前が毛利と和議を進めると思っておった。
 ついに四郎にたぶらかされたと思ってな」

 う……それを言われると……
 最近閨では四郎主導が多くなってきたし、珠姫丸の後で首輪プレイを気に入っちゃって。私が。
 しっかりたぶらかされてはいるんだが、それはそれ。これはこれで。

「生憎、私は父母の温情によってここまで育てられてきました。
 その恩義を裏切るつもりはございませぬ」

 その一言で父の顔が歪む。

「甘いな。
 そこで、男を取って父母を殺すと言えばわしも安心できるのだがな。
 おまえは、戦国の世で生きるには少し優しすぎる」

「……自覚はあります」

 そうなのだ。
 自覚はあるのだ。
 だが、それは平和というものを知っていた人間なら誰でも思うと信じたい。
 目の前にある死体、疑心暗鬼に落ちる人々、殺伐とした戦国の世でそれを力足らずとも救済できる地位に私が居る。
 手を差し出すのが当然ではないか。
 けど……

「一つ、南予の戦で変わった事が」

「何だ?
 言ってみろ」

 顔に浮かんでいるだろう。
 自嘲の笑みと共に私はそれを吐き出す。

「最近、人を人と思わなくなりつつある私が居ます。
 敵、もしくは数字と割り切っている私がいるのです。
 父上や養母上、親しき人達はまだ人として見れるのですが」

 そうなのだ。
 先に出した毛利殲滅戦ですら、死ぬべき毛利兵四万を数字としてとらえた。
 その四万の人間の命、彼らにかかわる家族や恋人を無視して。
 殺らなければ、殺られる。
 そんなこの時代の空気に私も染まってきている。

「はははははははは……
 良い傾向ではないか!」

 突然響く笑い声に、私はこの茶室に来て初めて父の顔を見る。
 その笑みは歓喜に歪んでいた。

「大いに結構!
 そうでなければ、戦国の世にて家を残す事などできぬわ!
 娘よ。
 この世全てを呪い、人を人として見なくなれ。
 修羅にならねば、この大友、いやお前がまだ人として見ている者すら守る事はできぬぞ。
 お前が修羅になるのならば、この父、喜んでお前に討たれてくれようぞ!」

 その父の言葉に、私は何も返す事なく茶室を後にするしかできなかった。




「戸次鑑連。
 来ているか?」

「ここに」

 珠が出て行った後も、大友義鎮は茶室で笑い続けていた。
 その笑いが収まった後に、戸の側に控えていた戸次鑑連に声をかける。

「あれは、いい具合に育ちつつあるらしい。
 戸次鑑連。
 あれが、お前から見て大友に不要ならば切り捨てよ。
 わしが許す」

「殿!」

 諫言を陳べようとした戸次鑑連を押し留めて、大友義鎮はまた笑い出す。

「そして、わしがお前から見て大友に不要ならば切り捨てよ。
 わしが許す」

 大友義鎮の笑いは止まらない。

「どうせ、今の大友はわしが親殺し、弟殺し、血の海の果てに作り上げたものよ。
 それがわしの代で滅ぶのならばそれも良かろう。
 華麗に滅びればいいのだ!
 わはははははは……」

 戸次鑑連にできる事は、ただ無言のまま平伏する事だけであった……



[5109] 大友の姫巫女 第四十六話 鶴崎踊り真話 (前編)
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/11 20:33
 府内 戸次鑑連館  数日前

「……そうか。
 殿はそんな事を仰ったか……」

 大友義鎮の命を受けた加判衆である戸次鑑連の報告に、ため息をついたのは大友家軍師である角隈石宗。
 戸次鑑連にとって、角隈石宗は軍学の師にあたり、互いの立場もあり大友家の難局をこうして話し合ってきた仲でもある。

「姫もあの後、四郎様すら入れず奥に篭ったきりです。
 出てきても上の空で、またすぐに奥に戻り、私や麟様や四郎様も入れてもらえませぬ」

 戸次鑑連から一部始終を聞いた娘の政千代は、珠の元気の無い行動の理由が分かったと同時に、大友義鎮が珠につきつけた非常な命に顔を強張らせる。
 壷神山での珠の告白「父殺し」が、こんなに早く突きつけられるとは思っていなかったのだった。
 それゆえ、その打開策も考えられず、珠が父殺しに動いた時の覚悟もまだできておらず、何の力にもなれない自分を恨んだ。


「相変わらず、あれは餓鬼のままじゃのぉ。
 図体ばかり大きくなって、孫までできるというのに可愛いものじゃ」

 一人笑みを浮かべて笑うのは、麟の旦那吉岡鎮興の父親である吉岡長増。
 引退したので気楽に言ってのけるのだろうが、大友家百四十万石の現当主を小僧呼ばわりできるのも、実際、大友義鎮がまだ小僧の頃から仕えていた、彼ぐらいのものだろう。
 と、同時に彼には大友二階崩れ以後、大友義鎮に代わって内乱で揺れる大友家を粛清し、義鎮の元に一本化させた謀略家としての側面もある。
 その見識は常に正しく、大友二階崩れによって、父である大友義鑑が凶刃に倒れた後は、大友義鎮の父代わりとして彼を支えて諌め続けていた事もあって、最も彼を知る者として戸次鑑連が拝み倒して来てもらったのだった。

「吉岡様。
 可愛いなんて仰らないでくださいませ。
 下手すればまた二階崩れが起こるというのに……」

「起したいのであろうよ。あれは。
 それなくば、大友を背負う事はできぬと。
 あれなりの愛情表現ではないか。
 不器用で愛いやつではないか」

 吉岡長増は笑って政千代に諭すが、彼自身、いや戸次鑑連も角隈石宗も、その二階崩れとその後の内乱鎮圧に東奔西走した仲だったりする。
 そんな三人が共通していたのは、誰一人として珠を小娘と侮っていない事だった。
 大友義鎮と珠が争えば、かつて豊後を震撼させた小原鑑元の乱以上の規模になり、豊前・筑前、最悪毛利の介入まで含めた西国十数カ国の大乱になる可能性を孕んでいた。
 だからこそ、三人はこの場に集まった時点で暗黙の内に、この第二の二階崩れ阻止で合意していたのだった。
 そんな男達の機微を政千代は分からないから、ただ頬を膨らませて拗ねるばかり。

「角隈殿。
 何か策はありますかな?」

 吉岡長増は角隈石宗に振り、角隈石宗は顎に手を乗せて考える。

「さて。
 生半可な手では殿が納得せぬし、かといって姫にも自重を求めるとなれば中々手が見つからぬのぉ」

 三人とも大友義鎮の闇の深さを知っているし、政千代も珠の闇が深いという事を三人に伝えていた。
 それでも大友義鎮を闇から救えるのは珠しかいないだろうとも考えていた。
 政千代などはそんな父娘を諭すというのはかなりというか、もの凄く難しいように思えたのだった。
 考える事しばし、戸次鑑連は、年末のとある出来事を思い出す。

「そういえば、珠様が四郎殿の元服の時にはしゃいで、それを諌めた時は素直に聞きましたな。
 娘が親の悪い所をまねしていると、言われると耳に痛い様子で」

「あれも一応親なんじゃろう。
 子の幸せを願わぬ親などおらぬよ。
 それが歪んで分からぬだけであろうよ」

 吉岡長増は上を見上げて呟く。
 その歪みに付き合わされる珠などたまったものではないが、彼にとって大友義鎮は主君でもあり、子供でもあった。
 ぽんと手を叩く音が聞こえ、音の方を皆が向くと、角隈石宗が意地の悪い笑みを浮かべた。

「なるほど。
 では、同じ事をするとしましょう。
 戸次殿。
 女を買いませぬか?」

「は?」

 固まった戸次鑑連に代わって、娘の政千代が間抜けな声をあげた。




 別府 杉乃井御殿 前日 

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。

「えっと、もう一回言ってくれると嬉しいのだけど?」

 目の前の人物の突拍子の無い一言に、私は絶賛フリーズ中。
 なお、その人物とは戸次鑑連だったりするのだが。

「はっ。
 近く我が屋敷で宴を開くので、珠姫様の配下をお貸し頂きたく」

 おーけおちつけくーるになろう。
 この場合の配下って私の遊女連中だよな。うん。
 というか、あんたキャラ違うでしょう。
 大友家の忠臣が女集めて乱痴気騒ぎって……あ!

 そうか!
 鶴崎踊りかっ!!!

 元々はこの鶴崎踊り、史実では永禄三年(1560年)に発生している。
 だが、私が知っている限りそんなイベントが起きていないのですっかり忘れていた。

 酒色に溺れて国政を顧みない父上の耳に、戸次鑑連が遊女や白拍子を集めて宴を開き続けているという。
 あの堅物の戸次鑑連がそんな事をするとはと興味を引かれた父上はホイホイ出かけてゆくと、屋敷には女など一人もおらず、待っていたのは戸次鑑連ただ一人のみ。

「殿、お話があります……」

 こんこんと諫言を受けた父上は一時的に改心し国政に打ち込むのだが、やっぱりまた酒色に溺れて大友家は衰退してゆくというあまり知る者もいないイベントだが、この時呼ばれた遊女達の踊りがそのまま豊後に伝わり鶴崎踊りとなる。
 しかし何で起こらなかったんだろうと過去と歴史を照らし合わせて一つの事実に突き当たる。

 私がいたんだ。

 この時期、既に豊前では門司城を巡る大友と毛利の争いが激化の一途をたどっていた。
 本来の歴史では、元々大内領だった豊前はこの毛利の侵攻によってその殆どが毛利側に寝返り、宇佐ですら日和見を決め込んでそれが父上の宇佐八幡焼き討ちの遠因ともなる。
 だが、この時既に私は宇佐にいた。
 その為豊前南部の国衆が寝返らず、更に香春岳城攻略等大友が猛然と巻き返しを行っていたから、父上が酒色に溺れるほど負けなかったのだ。
 こんな所で、己の因果に向き合うとは。
 少しだけ、私が居た意味を感じてうるっとなる。

「どうしました?
 姫?」

「何でもないの。
 目に何か入ったみたい」

 涙を拭いて私は戸次鑑連に向きなおる。
 けど、おかしいな?
 諌める理由が見つからない。
 父上の酒色はまぁ溺れてはいるが仕事はしているし、現状の大友家で父上を諌めるような事といえば……

 私の事しかないわけで。

 あの茶室の後、府内には病と称して出ていない。
 というか、別府に居てすら人に会うのがきつい。
 四郎とも「気分が悪い」と言ってエッチしてないし。

 私の立場というのはもの凄く微妙だ。
 この当時、その正当性においての血というのは軽くは無いが、かといって無視できるものでもない。
 私の右筆就任ですら快く思っていない者も多いだろう。
 それでも就任できたのは、豊前・筑前における実績と女という性別の特殊性。
 四郎、もしくは別の誰かと結婚して嫁に行けば、大友家から出てゆくという暗黙の了解の上に成り立っているに過ぎない。
 何でそうなるかといえば、私の権力基盤が豊前・筑前にあるからである。
 凄く分かりやすい例えを出すならば、私は武田勝頼のポジションにいる。
 大友家中枢たる豊後国衆に支持されていないのだ。
 それは当然だろう。
 私が大友家当主となった場合、その手足となって働くのは宇佐衆をはじめとした豊前国衆であり、筑前国衆である。
 今の加判衆はまだ私を知っているからいいとして、もし誰かが死ぬか引退でもすれば、確実に豊前国衆から私の爺たる佐田隆居の加判衆就任が要請されるだろう。
 そうなれば、筑前・筑後の国衆からも「おらが国の旗頭を加判衆に」という声が、雪崩のように噴出してくるだろう。
 それを大友家設立当初から支え続け、大友家は我々と共にあると自負し、権力を一身に集めている一門衆や譜代である豊後国衆が、快く思うはずがない。
 更に、先を知っているからこそ打った手ですら、彼らにとっては疑心暗鬼に捕らわれる。
 田原親宏や一万田親実の領地替えですら、『直轄領を増やす事で、自分が当主就任時の豊後国内の影響力を増大させるつもりだ』と陰口を叩かれる始末。
 そんな私が四郎の子供を妊娠しているという事実は、『姫は毛利に降り、四郎もしくはその子供を大友当主にするつもりだ』という噂が広がるのを止められない。
 うん。
 いつ跳ね返りに殺されてもおかしくは無いわな。
 因果応報ってこんな時に使う言葉なのね。納得。
 明確に突きつけられる己の存在に対する糾弾に、心が折れそうになるのをぐっと我慢する。
 
「構わないわよ。
 で、誰を持ってゆくの?」

 心の内を笑顔の仮面で隠して、私は戸次鑑連に尋ねる。

「されば、姫自らご出馬を願いたく……」

 はい?



[5109] 大友の姫巫女 第四十七話 鶴崎踊り真話 (後編)
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/11 20:47
 府内 戸次鑑連館  当日

 あの堅物の戸次鑑連が別府から遊女を招いて宴を開くという噂は、信じられないほどの速さで府内中を駆け巡った。
 それだけ府内が表向きは平和であるという事の裏返しではあるのだが、

「あの戸次殿が女を呼ぶとは……」
「やはり男である以上、別府の女どもと遊ぶのは当然であろうて」
「しかし、戸次殿は誰を呼んだのだ?」
「そりゃ、豊後随一と呼ばれる白貴太夫だろう。
 ああ、羨ましい」

 仕事しろよお前らとつっこみが入りそうなほど、府内の男も女もその噂で持ちきりだったりする。
 何しろ戸次鑑連といえば、戦場での戦働きの他に大友義鎮に常に付き添い諫言している姿しか皆想像できないから、その彼と女遊びが結びつかないのである。
 当然、この話に大友義鎮も食いついた。

「おい、お前が女遊びとは、誰を呼ぶのだ?」

「このような場にて言う事も無い話ゆえ」

 当人に聞いてみても、皆が誰しも思う堅物顔でさらりと返すのみ。
 そうなるとますます知りたくなるものである。

 遊女達は「太夫」と呼ばれる頂点の高級娼婦以下、「花魁」、「白拍子」、「遊女」、「禿」と厳格に階級が分けられている。
 太夫は花魁と呼ばれる遊女達の中から厳選され、珠自身が性技を実地で教えた事もあり、珠の愛妾という側面も持っていたりする。
 現在、豊後には太夫と称される最高級の遊女が三人いる。

 一人は白貴太夫であり、誰もが想像し最も呼びやすい遊女である。
 彼女の体には杏葉紋の刺青が二つ(下腹部と恥丘)彫られ、『二杏葉の白貴』と呼ばれていたりする。
 大友義鎮も何度か彼女を呼び、その肉の味は味わっているが、気遣いから艶のある喘ぎ声にその性技といい今まで抱いた女の中では間違いなく三本の指に入る。

 では、彼にとって最高位とはというと二人目にあげる、珠の実の母である比売御前である。
 彼女は珠の愛妾では無いが実の母であり、その珠を凌駕する性技で本来太夫と呼ばれる所を御前という尊称で区別されている。
 彼女はその全てにおいて魅力的でかつ官能的であり、卓越とした技能を持つ最高級の娼婦である。
 義鎮が父大友義鑑に疎まれて蔑まれていた時に知り合った事もあり、彼女はその寵愛を一身に浴びた。
 だが、義鎮がその人生において最も荒れてかつ狂った大友二階崩れ時の後、彼女は珠を生んだ後に神隠しにあったかのようにその姿を消す。
 それは、既に奈多夫人との祝言を控え、水をささない様にという当時の寵臣一万田鑑相が気を利かせたからなのだが、その時の義鎮の荒れ様は酷く、小原鑑元の乱鎮圧時における一万田鑑相の粛清を含めた過酷なまでの身内への冷たさの一因にもなっていた。
 珠が別府に御殿を築き、そこにかつての姿のままで比売御前が来た事を知った義鎮は馬を飛ばして別府に入り、彼女を部屋に連れ込んで以後数日間出なかったぐらい。
 なお、四郎との初夜における珠とまったく行動が同じな辺り、この父母にしてこの娘ありと知る側近達は誰もが思ったとか。
 そんな彼女も、宇佐の歩き巫女として領内の豊作祈願をしつつも、請われる度にその身を男達に差し出す為に『宇佐の観音様』と妙な名前をもらう始末。
 もちろん、義鎮自身は止めさせたいし、できれば奥に入って欲しいと思うのだが、天性の娼婦である彼女を止められるとも思っていなかった。
 下手に動いて、また神隠しのごとく消え去られでもしたらと思うという恐怖心もあるのだが。

 最後の一人は珠姫の付き人兼愛妾だった吉岡麟こと豊後太夫である。
 彼女は客を取らず、珠姫から一番長く性の手ほどきを受けた珠の愛妾であり、嫁に行っても杉乃井御殿代として珠に使えているので太夫の称号を与えられているという。
 その為、芸事などでその姿を見ても、その肉の味を知っているのは珠と夫である吉岡鎮興のみ。
 杉乃井の客からは『難攻不落の杉乃井城』とからかわれている始末。
 もちろん、義鎮も麟を落そうと頑張ったのだが、彼女の背後には義父となった吉岡長増がいる。
 色々と弱みを握られ、下手な手を打てば返り討ちにされかねない彼の目が光っていたので、義鎮は泣く泣く諦めたのだった。
 そんな三人を思い浮かべ、大友義鎮の女好きに火がつく。 

(まさかとは思うが、あの戸次鑑連が豊後太夫を呼べるとは思えない。
 いや、あの堅物だからこそ落せたのかもしれない。
 まてまて。まさかとは思うが、三人まとめて呼ぶとか考えているのか?
 わしですら白貴と比売の二人同時までしか味わっていないのに)

 人は得てして、自分と同じように相手も動くと考えがちである。
 今の大友義鎮は戸次鑑連では無く、己自身で己の闇に捕らわれていた。

「戸次鑑連の屋敷に参る。
 準備をいたせ」

 できるだけ威厳のある声で近習に命ずるが、近習が義鎮を見る視線は限りなく冷たい。
 何しろ、女にかけては有り余るほど前科のある義鎮の事である。
 義鎮が別府の遊郭で白貴太夫と比売御前の同時攻めを楽しんだ後の賢者時間中に大友家の案件について命を出し、それを近習が隣の御殿に居た祐筆の珠に伝えたら四郎と同衾中で、四郎休憩中にその命を書き上げて続きを楽しんだという奈多夫人には絶対秘な話をこの間やらかしたばかりである。
 まぁ、有力家臣の奥方を奪う為にその家臣を粛清するとかいう愚かな事をする訳でもなく、娘が経営する遊郭で遊び呆けるぐらいの事だからこのあたりで済んでいるのだが。
 女遊び以外は存外まともだし、彼の治世も最近は安定してきたので近習も仕方ないかと諦め顔で義鎮の後をいつもついてゆくのだ。
 そんな義鎮を良く知っている近習一同は、戸次鑑連が女を呼んで宴を開く事に首を突っ込まない訳が無いと最初から諦めて、既に準備をしているあたり有能ではある。

「そ、そんな目で見るでない!
 大名たるもの、臣下の暮らしも見らねばならぬのだ。
 決して、宴に出るわけでもなく、今後の大友家について戸次鑑連と話を……」

 義鎮の弁明は近習の誰一人として聞いていなかった。  

 

「ようこそ御出で下さいました。
 今より宴を始めようかと思っていた次第」

 突然の訪問にもかかわらず、戸次鑑連はいやな顔一つせずに、大友義鎮を出迎えた。

「すまぬな。
 ちと、評定においていくつか話があったのだが宴の後にでもしよう。
 無粋なまねはしたくないのでな」

 さすが百四十万石の大大名の貫禄か、それらしい事を言っている時には威厳があるのである。
 本人含めて本音は別にあるのは分かっているのだが、それは誰も言わぬのが花だろう。

「で、宴というのはお主だけで開くつもりだったのか?」

 興味津々な顔で大友義鎮が聞くと戸次鑑連が笑って答える。

「はは。
 気になるのか、殿と同じような方が酒と肴を持って先に始めております」

「ふむ。誰だ?」
  
 自分が無粋な邪魔者である事を遠くの棚にあげて、義鎮はその無粋者の名前を聞く。

「吉岡老と、我が師でして」

「ああ、あの爺どもか。
 軍師はともかく、なんで吉岡老が来ているのだ?」

 角隈石宗と吉岡長増の名前が出た事に義鎮は興味を覚えるが、戸次鑑連は用意していたかのように答えを口にする。

「加判衆を降りたので暇になったとか。
 最近は、いつも我が師と碁を打っているとのこと。
 それで来られたのでしょう」

「まったく暇人どもめ。
 こういう宴を邪魔しないのが作法というのが分からぬのか……」

 清々しいほど自分を棚に上げての文句に近習が笑いを噛み殺すが、戸次鑑連はにこりともせずに宴の間に義鎮を通す。

「まぁまぁ。
 ささ。こちらにてお待ちを」

「おお、殿。
 先に始めておりますぞ」

 吉岡長増の酒で赤くなった顔を見て義鎮も顔を崩す。
 そして、角隈石宗が酒の入った盃を義鎮に渡す。

「ささ。
 殿も一杯」

「すまぬな。
 しかし、あの戸次鑑連が女を呼ぶか。
 二人はもう誰が来るのか知っているのか?」

 一番聞きたかった事を義鎮はたずねると、杯を空にして角隈石宗が口を開いた。

「未だそれは聞かされておりませぬ。
 ですが、戸次殿曰く『天下一の姫を連れてきた』と」

 その一言に、義鎮の顔に安堵と同時に興が冷めたような色が走ったのを吉岡長増は見逃さなかった。
 眼光鋭く、声にドスを聞かせて穏やかに問いかける。

「おや、殿は誰を想像していたのですかな?」

 義鎮の額から汗が一滴垂れる。
 それを手ぬぐいで拭きながら、義鎮は言葉を取り繕った。

「い、いやな。
 白貴太夫か、比売御前のどちらかだろうとは思っておったのだぞ。吉岡老。
 ただ、どちらか興味があってな。
 そ、そうだ!
 比売御前と白貴太夫のどちらが来るか賭けをしないか?」

「ほぅ、面白そうですな。
 では、殿は誰が来ると?」

 角隈石宗が乗ってくれたので、吉岡長増も追求を止めて場が和む。
 義鎮はその流れを崩さないように、そのまままくし立てた。

「そうだな。
 『天下一の姫を連れてきた』というのだから比売御前だろう」

 何しろ、別府の遊郭の女については一家言あるほど味わい尽くしている義鎮である。
 その中で技量においては間違いなく比売御前が抜きん出ている。

「なるほど。
 では、わしは白貴太夫に賭けさせてもらおうかの」

 義鎮の言葉を受けて角隈石宗が盃に酒を注いで床に置く。
 賭けに負けた者がその盃を飲み干すという意味だろう。義鎮も盃に酒を注いで床に置く。

「では、わしはその二人以外に張ってみようかのぉ。
 最近、若衆に人気の水揚げされたばかりの遊女がいるとか聞いておるのでのぉ」
 
 吉岡長増が酒を注いだ盃を置くと、その話を知らぬ義鎮が興味深そうに尋ねる。

「吉岡老はいつも耳が聡い。
 その遊女の名前を後で教えてもらえぬか?」

「ほっほっほ。
 年寄りが暇にかこつけて色々聞いているにすぎませぬ。
 お、戸次殿がお戻りだ」

 戸次鑑連が娘の政千代を連れて戻ってくる。
 更にその後ろに女中達が酒と肴を持って、三人の前が山海の珍味で溢れる。

「お待たせしました。
 用意が整ったそうなので、宴を始めたいと思います。
 この宴に天下一の姫を用意いたしましたので、その舞をお楽しみください」

 その言葉と同時に幕が張られ、その向こうから女達の衣擦れの音が聞こえてくる。
 数は数人。
 左右に控えるのは楽隊だろう。その方向から鼓や琵琶、笛の試し音が聞こえる。
 踊り子がおそらくその姫だろう。
 中央に立ち、幕が上がるのを待っている。


 そして、宴の幕が上がる。

 義鎮はその上がった幕に違和感を覚えた。

 鼓を叩くのは比売御前。
 笛をふくは豊後太夫。
 琵琶を鳴らすのは白貴太夫。



 では、小姫の能面をつけて千早のみで殆ど裸で舞っている、あの孕んだ腹を晒す女は誰だ?



 その答えが義鎮の頭で繋がった時、乱暴に床が叩かれて盃が倒れ、注がれた酒が広がり床にこぼれた珍味を濡らしてゆく。

「戸次鑑連っ!!!
 これはどういう事だ!!!!!!」

 立ち上がった義鎮は叫び、腰の刀に手をかける。
 近習も刀に手をかけようとして、政千代が女中として連れてきた珠の姫巫女衆が隠し持っていた小刀を首筋や背後に突きつけられて動けない。

「なるほど。
 言葉どおりですな。
 天下一の姫を連れてくる。
 嘘は言っておりますまい。
 賭けは私の勝ちのようですな。殿」

 吉岡長増が我慢できずに笑い出すのが義鎮には分からない。

「吉岡老!
 何を笑っておられるのですか!!
 娘が辱めを受けているというのに……」

「その辱めを受けている娘に、『父を殺せ』と命じたのは何処のどなたでしたかな?殿?」

 低く、そして力強い戸次鑑連の声が否応無く大友義鎮の耳に届く。
 抜刀寸前の義鎮は、その返答に、力なく柄から手を離した。

「そうか。
 わしを殺すのか……」

 急速に覚めていく体に促され諦めたように義鎮はまた座る。

 そんな騒動などお構いなしに音は鳴り続け、舞はさらに続けられる。
 それは綺麗で、妖艶で、生命の躍動に溢れていた。

「辱めも何も、姫は南予の戦で惜しげもなくその体を晒しましたぞ。殿」

「何?」

 角隈石宗の暴露に、義鎮が目を剥く。

「聞いておりませなんだか。
 わざわざ姫は己の手勢八百のみで伊予長浜に上がり、河野・西園寺勢を撃破時に、士気高揚の為にあの姿で舞を披露なされた由。
 そもそも政千代殿の話では、最初から、戦の一番手柄にその身を差し出すおつもりだったご様子。
 姫にとって裸ごとき、さしたる事ではないかと」

 もちろん、そんな暴挙を義鎮の耳に入れる事を珠も近習も嫌ったからなのだが、だからこそこの暴露に義鎮は色を失う。

「ほほう。
 戦に勝つ為にその身を売るか。
 さすがにこれは男に出来ぬ覚悟ですな。
 見て見なされ。殿。
 姫の舞は実に堂々としていなさる」

 吉岡長増が褒めるのを聞きながら、義鎮は珠の舞をゆっくりと落ち着いて見た。
 能面をつけていながら、否、つけていなくても珠はその身の全てを晒すだろう。
 それは、大友家を背負う事になっても同じ事をするという珠の覚悟。
 だからこそ、義鎮は抵抗する事を止めた。

「すまぬ。
 末期の水を注いでくれぬか?」

 義鎮が投げやり気味に盃を戸次鑑連に投げる。
 戸次鑑連はその盃を受け取らずに盃は床に落ちて乾いた音を立てて砕けた。

「まだ分かりませぬか!
 殿っ!!!
 殿は、大友百四十万石の重責を全て姫に背負わせて死ぬおつもりですか!!!」  

 平伏したまま戸次鑑連は怒鳴る。
 その怒鳴り声に義鎮の体が震え、追い討ちをかけるように吉岡長増がぽつりぽつりと昔の事を語る。

「そういえば同じ事を、昔聞きましたな。
 あれは姫がいくつの時でしたかのぉ」

 義鎮も吉岡長増の言葉に昔を思い出す。
 二階崩れの後、豊後は動乱の時期を迎える。
 叔父に当たる菊池義武の豊後侵入に、義鎮の寵臣である小原鑑元の乱。
 小原鑑元の乱などは府内が戦場になり、義鎮自身も、一時は府内を避難するほどの激戦になった時に、吉岡長増は戸次鑑連が同じように彼を叱咤激励していたのを聞いていた。

「殿!!
 姫を残して討ち死になさるおつもりですか!」

 そう。
 まだ珠が立つ事を覚え、名前どおり本当に可愛かった時の話だ。
 父、弟、叔父と次々と背き、愛妾とも別れさせられ、それを仕向けた寵臣に背かれる。
 何も信じられない、いや、珠をこの何も信じられない戦国の世に送り出すことが怖かったのだった。
 自然と義鎮は比売御前の方を見つめ、彼女はその視線に気づいて微笑む。
 まるで閨で囁きあうかのように可愛く、官能的に。
 
 いつの間にか音楽は終わり、舞も終わっていた。
 義鎮の前に能面をつけた珠があられのない姿のまま静かに控えていた。
 静かに、大友義鎮は珠の手を取る。

「お前の手はまだこんなに小さかったのだな。
 この手に、大友の家を取らせようとしていたのか……わしは……」

 その言葉に耐えられなかったのか、能面の下から涙がこぼれる。

「父上……」

「言うな。
 わしが愚かだった。
 誰も信じられず、何も見ることをせず、
 逃げ出す事しか考えなかったわしを許してくれ」

 珠を抱きしめる。
 彼女はこんなにも小さい。
 それなのに、大友義鎮の想いを受け継いで、彼を殺そうと決意する所まで追い込んだのだ。彼自身が。

「とりあえず、何か着てくれ。
 それから、話がしたい。
 皆も聞いて欲しい。
 長い長い話だ……」


 その日、父と娘は家臣や母の見守る中、長く長く話し合った。
 何が変わったわけでもないが、何かがその日から大友家の中で変わったのだ。
 その証拠が近頃、よく府内城で見かける事ができる。

「殿。門司の案件における毛利側の使者が府内に来ております」

「会おう」

 大友義鎮の即答に、報告した臼杵鑑速を含めた加判衆全員と珠が彼の顔を見る。
 いつもなら、任せると丸投げしていた場面での主君の覚醒を知っているのは、まだ珠と戸次鑑連しか知らないが、噂はやがて、皆にも広まるに違いない。
 いずれ、それは好感を持って迎えられるだろう。

「わしでは不足か?」

「いえ、めっそうもない。
 ですが、どういう風の吹き回しで?」

 固まった臼杵鑑速に対して義鎮が意地悪く尋ね、慌てて臼杵鑑速が取り繕う。
 その様子がまたおかしいのか義鎮は笑いながら言い切った。

「何、全てを子供に任せるのは親として失格だと気づいただけのことだ」

 そんな父の顔を、珠はいつまでも嬉しそうに眺めていたのだった……



[5109] 大友の姫巫女 外伝その四 奸雄の茶席
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2011/04/03 02:13
 堺 今井宗久屋敷 茶室


 使われた茶器も天下一品、差し出された茶も天下一品だった。

「結構なお手前で」

 言葉を発したのは屋敷に招かれた客である松永久秀であり、その言葉を引き出させたのは主人である今井宗久である。

「筑後、八女の茶葉だそうで。
 近く大々的に生産されるとか。
 少し、あちらに縁がありまして手に入れた次第」

 その大々的に生産される前の茶葉をどうやって手に入れたのとか、そもそも畿内の人間である彼の所にどうしてそんな茶葉が流れたのかなんて野暮は久秀は聞かないし、聞く必要も無い。
 二人を繋ぐ共通点は、その筑後を統治している大友家の珠姫と知り合いであるという事だろうか。

「そういえば、かの姫は毛利少輔四郎殿、今は毛利元鎮と名乗られているのでしたな。
 その子供を孕んだとか」

 宗久が独り言のようにかなりの重大事を漏らすが、そこは久秀。
 当然知っていたりするのだが、今知ったかのように驚く。

「なんと!
 それはおめでたい事ですなぁ。
 大友と毛利にとって、その子は架け橋となるでしょう。
 何か祝いの品を送らねばなりませぬな」

 そのくせ、正式な祝言はあげていないし、双方の関係はあくまで休戦中であって、南予では大友家と親毛利勢力が一戦やらかしている。
 双方ともまだまだ正式な和議が結ばれる気配は無いように見える。

「あの姫は普通の姫と違いますからな。
 中々いいものが見つかりませぬ」

 宗久の愚痴めいた口調に久秀も苦笑せざるを得ない。

「何しろ、官位も近く得るとの事ですからの」

 土佐から羽振り良く京に屋敷を構えた一条兼定によって、珠姫は外従五位下、宇佐八幡禰宜(ねぎ)の官位が与えられる運びとなっていた。
 これにより彼女は大友禰宜、もしくは宇佐禰宜と呼ばれる事になるのだが、大友が朝廷に対する影響力を強める事を毛利は警戒しており、毛利側も献金と官位による権威付けを画策しているという。

「火薬でも送って差し上げればよろしいのでは?
 あの姫が今一番欲しがっている物だと思いますが?」

 久秀のおどけた口調に今度は宗久が苦笑する。

「よろしいのですかな?
 久秀様が使う分まで豊後に送る事になりますが?」

「宗久殿。それは困る。
 だが、戦も一息ついたし、仕入れたはいいがそれを当て込んだ連中は喜んで豊後に吐き出すのでしょうな」

 畿内を震撼させた、後に永禄騒乱と呼ばれる畿内の動乱のさきがけとなった将軍足利義輝の失踪は、後継をめぐって三好氏の押す足利義親と六角氏が押す足利義秋が対立。
 矢島合戦と呼ばれる合戦が勃発したが、その元凶になった足利義輝の居場所が判明した事で天下は大きく揺れる事になる。

 足利義輝、越後春日山城来訪。

 以後、彼は越後御所と呼ばれる事になるのだが、側近すら連れぬ来訪で幕臣・大名達は大いに揺れた。
 義親と義秋では、畿内をまとめる力などない。
 とはいえ、仕えるには越後は遠すぎる。
 朝廷はこの事態に畿内に居る二人に対し一万貫の献金を将軍就任の要件として求めたのだが、これを二人とも出す事ができなかったのだった。
 更に事態は悪化する。
 六角氏は野良田の戦いで浅井長政と戦って敗れた上、観音寺騒動で後藤賢豊父子を粛清する等その勢力は没落に向かっており、矢島合戦で辛うじて三好三人衆を退けたが京を抑える力すら残っていなかった。
 一方の三好氏も病を経ていた当主長慶がついに病死。
 後を三好義継が継ぐも三好三人衆の傀儡にすぎず、その就任当初から対立が続いていたのだった。
 その危うい状況を取りまとめ、勢力を拡大した男が居た。

 宗久とのんびりと茶を楽しんでいた松永久秀当人である。

 彼は、三好義継が継ぐと三好家の政から一歩退いて三好三人衆に恩を売り、幕臣として足利義親の将軍就任費用一万貫を全額捻出する。
 この金は、先に上洛した大大名大友家の珠姫が彼に与えた金と、珠姫の御用商人の内示を受けた今井宗久が働きかけた堺町衆が出したといわれている。
 これによって十四代将軍足利義栄が誕生する。
 三好三人衆支援の下、足利義栄は永禄八(1565)年春に入京を果たし、六角氏と和議を結び(これにより足利義秋は若狭武田家に逃亡)永禄騒乱はひとまず終結する事になる。
 だが、三好義継と同じく、足利義栄も傀儡である事に不満を持ち三好三人衆と対立。
 三好三人衆は畿内の覇権を握ったはずなのに、その覇権に押しつぶされつつあった。
 一方で松永久秀が求めたのは大和の支配権であり、足利将軍の権威を持って大和を掌握。
 元々大和を支配していた筒井氏を追放して大和を統一する。
 ここからが彼の真骨頂だった。
 あくまで幕府とも三好家とも一線を引き、大和で兵を整えながら善政を敷いてその自壊を待つ戦略を取る。
 さらに伊賀に目をつけ、自治の力が強い伊賀を支配するのではなく、伊賀の忍達を大量に雇い入れたのだった。
 情報という武器の大切さを知っていた久秀は、各地に、特に畿内以外に安芸と筑前と豊後に忍びをばら撒いた。
 彼は毛利か大友、もしくはその両方による西国軍が畿内に攻め上る事を想定していたのだが、珠が博多町衆と調整を続けていた門司中立化構想を掴み、毛利にその案を流し、堺町衆に売り込んで珠に堺町衆との間を取り持たせたのだった。
 この茶席はそのお礼の意味も兼ねている。

「やはり、一戦しないと西国は治まりませんか」

「でしょうな。
 門司の話もつまる所、戦で博多が焼かれても商売ができるようにという目的とか。
 尼子は、そう長く持ちますまい」

 宗久の言葉に久秀は実にわざとらしいため息をつく。
 尼子は、去年秋に行われた珠姫暗殺未遂の首謀者にさせられ、山陰の国人衆に一気に背かれたのだった。
 もちろん毛利がしかけた謀略の濡れ衣なのだが、

「和議を模索していた珠姫を尼子残党が襲った」

 という事実に対して、真実なら裏切りの果てにその手を暴露されるという最悪の形になり、嘘ならそんな残党の統制すら尼子はできないという現実を目の当たりにして尼子の滅亡を国人衆が悟ったのだった。
 もちろん、珠本人は尼子支援を続けているのだが、手足となって動いている博多商人や松浦や隠岐の水軍衆は、尼子支援は「捨て金」と逆に珠を諭す始末。
 こうして、尼子の望みの綱である珠の支援が途切れて尼子は月山富田城に追い込まれる。

「尼子無き情況で、毛利が全軍をあげて九州を襲うというのは姫にとって面白くない。
 尼子に代わる毛利の背後を脅かす大名が必要になるのですが」

 一呼吸おいて久秀はいい笑顔でその家の名前を告げた。

「備前浦上家。
 あそこと備中三村家は既に揉めている。
 伊予に勢力を築いた大友はそこから村上水軍を牽制し、浦上を使って塩飽水軍を牽制できますからな」

 もちろん、久秀が大友に浦上を売り込むのである。
 宗久はそれを聞いてため息をつく。

「それに対して、毛利殿は長宗我部殿や島津殿と親交を深めているとか。
 どちらも考える事は同じですな」

 九州南部に勢力を持つ薩摩の島津家は、日向の伊東家と死闘を繰り広げていたが、大友家が肥後を掌握した事で肥後相良家との国境紛争で島津の敵に回る。
 当然、毛利がそれを放置しておく訳も無く手を差し伸べると、大友は相良家を介して伊東家の支援に乗り出す。
 多くの大名家を巻き込み、大友と毛利の決戦は近づいていたのだった。
 
「そういえば、毛利殿は三好家にも接近しているとか」

 思い出したように、宗久が今回の茶席の核心に触れる。
 それは、宗久からの警告である事を久秀は警告を受ける前から分かっていたのだが。

「うむ。
 三人衆にわしの排除を依頼したらしい。
 もっとも、彼らにそれができるとも思えぬが」

 毛利の依頼を待つまでも無く、三好三人衆も松永久秀の排除を考えなかったわけではない。
 だが、三好義継・足利義栄の擁立の立役者であり、表舞台から久秀が去る形をとって大和である種の隠居をしている以上それ以上の介入ができないのも事実だった。
 久秀攻撃はそのまま傀儡である三好義継と足利義栄に三人衆攻撃の大義名分を与えてしまうし、久秀と親しい堺町衆が久秀の根回しで幕府や三好家に金を出す現状で、彼を討つ事は三好家の緩やかな餓死に繋がるぐらいの事は三人衆も分かっていたのだった。
 結果、三好家・幕府・堺とも、久秀の調整なくして畿内の安定はないとまで言われるほどに彼の権力は増大しているのだが、彼はこの体制が崩壊するまで、表に出る気は更々なかった。
 だが、この畿内の偽りの安定を打破したのは彼が想定した西国勢ではなかったのだが。

「将軍様を擁したのが気に入らないのでしょう。
 何しろ、毛利の御曹司は越後御所から名を貰いましたからな」

 毛利の御曹司というのは、長男隆元の息子幸鶴丸の事で、わざわざ越後まで使者を出して義輝の輝の字を貰って元服している。
 元服後、彼は毛利少輔太郎輝元と呼ばれる事になる。
 先に少し触れた朝廷からの官位もこれに絡み、右馬頭叙任の内示を受けている。

 この痛烈な足利義栄へのあてこすりは、その実権を握っている久秀へ「幕命和議という形で介入するな」という毛利側のメッセージでもあるのだった。
 それに対して大友は、すかさず大金を幕府(を押さえている久秀)に送って、大友義鎮を幕府の相伴衆にしている。
 更に一条兼定を動かして、毛利元鎮にも(当然輝元より高い)官位を与えるよう運動していたりする。

 

 詰まる所、大友も毛利も、畿内における朝廷・幕府工作は、出口戦略を考えての外交攻勢なのだった。
 商人を中立化させ、朝廷や幕府の権威を使っての和議というゴールを設定した上での双方の味方作り。
 戦争は戦場で行われる訳ではない。
 はるかにその前から、激しく火花を散らしているのだった。

 それは博多を巡る西国最大規模の大戦になるだろう。

 そして、茶を飲む二人は結果しか知る事ができぬ戦でしかない。

「おかわり、いかがですかな?」

「頂きましょう」

 二人は、その勝者をあえて考えない。
 肩入れは所詮二分の一の博打でしかない。
 勝った者に従い、操るのが二人の最終的な目的だったのだから。

「願わくは……」

 にもかかわらず、久秀はぽつりと本音を漏らす。

「願わくは、姫がまたこちらに来てもらいものだ。
 今にして思うと、あの姫の嵐のような慌しさが懐かしく思うのだよ」

 茶のせいか、とてもいい笑顔で久秀は笑う。
 その笑顔に釣られてか宗久も笑いながら声を漏らす。

「たしかに。
 あの姫の注文は分からない。
 だからこそ、商いのしがいがあるというもの」

 そして、それ以後二人は言葉を話す事も無く、茶席は終わる事になる。



[5109] チラ裏一発企画 NARUTOと姫巫女 (大友の姫巫女とNARUTOクロス)
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/18 16:40
 注意 これは、あくまでチラシの裏です。
    大友の姫巫女な戦国時代にナルト世界が転移してしまったというお話で、大友の姫巫女本編にはまったく繋がりません。
























 考えてみて欲しい。
 私というイレギュラーの存在が許されているこの世界で、その他のイレギュラーが許されないと思うかい?

 九州の地図において、少し土地が広がったとしても気づくのはこれから四百年は経たないといけないのだから。








 豊後国 別府 杉乃井御殿 

「駄目です。入れません」

「どうなっているんだ?
 ここは?」

 伊賀より雇われた忍達は杉乃井御殿の門前町を目の前にして苦々しく吐き捨てる。
 杉乃井御殿は現在忍にとって難攻不落の要塞として燦然とその名を轟かせている。
 「入ったものは出てこないという」意味ではなく、「害ある者が杉乃井に近づけない」という意味で。
 珠が使う固有結界『天岩戸』のせいなのだが、母の比売御前もこの結界に力を貸した為に城丸ごと結界が覆われているのだった。
 この結界によって、害あるものは近づく以前に排除される。
 具体的には、害を持ったとたん、結界の作用が潜在下の意識に働き始め、入る前から杉乃井に近づけられなくなり、それを意思で振り切ったら今度は頭痛や腹痛が発生し、杉乃井から離れると収まる始末。
 また、害意を持たずに中に入った場合、今度は害意そのものを意識下から押さえ込まれるので、楽しんで杉乃井を出て「あれ?」となる。

 ふと御殿とは反対側の闇の方を一瞥してから伊賀忍を率いている者が口を開く。

「まぁ、いい。
 大友家の動きは基本的に府内を抑えていれば分かるし、松永殿も暗殺など求めてはいない。
 引き上げるぞ」

「はっ」

 こうして、伊賀忍が杉乃井から引き上げるのを一部始終見ていた者達がいた。

「おーい。
 出て来ていいぞ」

 気の抜けた男の声と共に、子供が三人闇から姿を現す。
 率いる男ははたけカカシ、そして残りの子供はうずまきナルト、うちはサスケ、春野サクラだったりする。

「あいつら、俺達が潜んでいたのに気づかないって本当に忍者か?」

 うちはサスケが伊賀者が去っていった方を見て吐き捨てるが、その言葉尻をはたけカカシが捕らえて言い捨てる。

「気づいていたんじゃないか?
 俺はともかくお前ら気配残っていたし」  

「なっ」

 喧嘩腰のサスケが自重したのは、サクラが慌てて話を変えたからだった。

「どっ、どうして伊賀忍は私達を見逃したんですか?」

「そりゃ、争っても益が無いからだろう。
 忍者ってのは、何よりも情報を集める事が任務だ。
 『こっち』の忍者はそのあたりに特化しているのかもしれんな。
 難攻不落の杉乃井御殿。
 こいつを落せるのであれば、誰でもいいんだろうな」

 勢い良く手を上げて質問するのはうずまきナルト。 

「しつもーん。
 俺達が杉乃井御殿を落して、それを秘密にしたらどうするんだってばよ?」

 その質問にカカシは片目しかない目を白くして罵倒する。

「アホ。
 忍びにとって情報ってのは誰かに売る為にあるんだろうが。
 俺が伊賀忍ならその情報を買うだけの話だ」

 もちろん、言い値で買う様な馬鹿な事をするはずもなく、肉体言語を使ったりするかもしれないが。
 本来の諜報の世界というのはこのようにもの凄く地味だったりする。
 特に尼子経久や毛利元就、宇喜多直家や大友義鎮等謀将が群れるこの西国において、暗殺などの直接妨害工作はさしたる意味をもたらさない。
 むしろ、情報操作による間接妨害工作の方がはるかに効果が高かったりする。
 まぁ、それでもヒットマンとかチートじじいとか色狂いパパンとか、愉快な連中が結構気楽に暗殺や粛清をやっているのは気にしない方向で。
 まったく説得力なしとか言ったらいけない。


「じゃあ、任務を確認するぞ。
 今回の任務はこの杉乃井御殿の調査だ。
 依頼主は木の葉上層部。
 大大名大友家の最後かつ最強の闇部だ。
 心してかかれ」

「「「はい」」」

 三人の元気な声にカカシは苦笑する。

(しかし、世界が変わっても忍者は忍者としてしか生きられないってのも悲しいもんだ)
 
 そう、己と木の葉の忍を襲った一連の騒動を自嘲しながら。



 ある日、起きたら世界が変わっていた。
 そうとしか木の葉の住民には言えない激変の一日はこうして始まった。
 木の葉の里が何処か別の場所に移っているという仰天の事態に、木の葉首脳部は三代目火影の元結束して、最大級の警戒の元情報収集に走る。
 その結果分かったのは、この場所は肥後と豊後と呼ばれる国の境目で、この地を治めているのは大友家と呼ばれる大名である事。
 その大友家はこの豊後や肥後を含める九州という島の過半を支配する大大名であり、今、九州を含める日本というこの国では各地で戦が続く戦国の世という事だった。
 とりあえずの状況が分かった上で、今度は大友家についての調査を始める。
 何しろ、木の葉の里丸ごとの移転である。
 忍びの里ゆえ数ヶ月の篭城は準備しているが、そこから先は多くの物資や食料を調達しなければならない。
 仕える主か、もしくは利用するだけの存在かを見極める必要があったのだった。

 で、忍び達は大友領内に潜伏して色々と話を聞きだすのだが、明らかに他の大名家と違ってこの大友家は異質だった。
 たとえば、この十年大友領において不作は存在しなかった。
 数年おきに飢饉に見舞われた戦国の世にあって、これは異常以外の何者でもない。
 次に、海を越えた毛利家や一条家と違い、商業の発展がおかしいぐらいに進んでいるし、唐や南蛮と言った異国との交流も盛んである。
 そして木の葉首脳部を愕然とさせたのが大友家の動員兵力であり、最大で六万を動員でき、鉄砲を二千丁、大砲を数十門用意している事実は火影以下木の葉首脳部を真っ青にさせた。
 戦になれば勝てない事も無いが、何よりも数が違いすぎる。
 一つの例で木の葉の下忍の数をあげてみる。
 アカデミー卒業者が毎年約三十人(実数二十七人だけど計算しやすいので)。
 これが最低技能保持の毎年入る忍者戦力の最大数になる。
 と、すれば、彼らが無事欠ける事無く、三十年仕事をして引退という形にしてもその最大忍者数は九百人でしかない。
 そして、実際の任務で否応無く忍者は死んでゆく。
 まぁ、影分身などで戦力そのものは優越するかもしれないが、木の葉の里の領地を維持し続けるには、忍者は圧倒的に足りない。

 そんな大友家が重視していたのが情報だった。
 かの家は直属のくノ一勢力「姫巫女衆」を配下に持ち、その勢力は西国でも千人を越える最大規模を誇っているという。
 実戦力は木の葉と比べるべくもないが、与える影響力はこの地に移ったばかりの木の葉と比べるまでも無い。
 その姫巫女衆の本拠がこの杉乃井御殿である。
 率いるは大友家当主、大友義鎮の長女珠姫。
 彼女自身、豊前・筑前に十万石という大領を持ち、大友家最高意思決定機関である加判衆評定に右筆として参加する、次期後継者最有力候補である。

「で、どうだ?」

 数刻後、にこやかな顔で『いちゃいちゃパラダイス』を読み終わったカカシの目の前には、杉乃井進入を試みて見事に返り討ちに合った三人の屍(比喩表現)が。

「だめだってばよ。
 影分身で複数から忍び込もうとしても、全て途中で気分が悪くなったり、お腹が痛くなったりして館にすらたどり着けなかったってばよ」

 ナルトは影分身を戻した結果、見事なまでに頭痛腹痛その他もろもろのダメージを負って痙攣しているが命に別状はないらしい。
 とはいえ、口調とは裏腹に手足を痙攣させて死にかけのゴキブリのようになっているが。

「杉乃井へ土遁の術を使って、地下から攻めたが駄目だった。
 次に、裏山の水源から水遁の術を使ったが同じ」

 サスケは頭痛よりその結果として見事なまでにずぶ濡れと、失敗したという屈辱感に体を震わせていた。
 何よりも、彼なりの最善手が通じなかったという屈辱は、高い目標があるがまだ下忍を始めたばかりのサスケには耐え難いものだった。

「私は、杉乃井の周囲に術が張られていると思って、その術の要になるものを捜索したのですが、それらしいものは見つかりませんでした」

 一番まともな情報を持ってきたのはサクラだったりする。
 術が張られているなら、その要があるだろうと周囲の捜索をしたのである。
 もっとも、見つからないという成果は得たが、彼女もついに杉乃井への進入路を見つけられなかったのだった。

「ふむ。
 前の連中と同じ結果しか得てないな」

 冷徹なカカシの一言に三人は愕然とする。

「って、試していたんですか!?」

 サクラの一言にさも当然のようにカカシが言いきる。

「当たり前だろうが。
 大友家の最深部だぞ。
 暗部を含めて数回試みたがその悉くが失敗した任務だ。
 幸いかな、人死にが出てない事もあってランクが落ちているがな」

 そして、三人に見せびらかす、杉乃井御殿の見取り図。

「どうやって、入手したんだってばよ!」

「客として入った。
 で、客として出てきた。
 見取り図ぐらいは取らせてくれるらしいな。
 この御殿の主は」

 なお、それを成したのはカカシでは無く、前までの任務で失敗し続けた忍達なのだが。
 そんな事をおくびにも出さず、地図の虫食いみたいに空白になっている部分をカカシは指差す。

「良く見てみろ。
 客が出入りできる所は見せても、奥の部分なんて出入りできずにこの様だ」

「じゃあ、どうするってばよ!
 このままでは、任務失敗ってばよ」

 ナルトが起き上がろうとして、痙攣でまたぶっ倒れる。
 筋肉痛も貰っているらしい。

「何、御殿に入れないなら、入れる奴に聞けばいいのさ」

「誰にです?」

 サクラの怪訝そうな顔など気にする事無く、カカシは言い切ったのだった。

「そりゃ、御殿の主にさ」




 数日後 豊後 高崎山海岸線近辺

「珠姫は一週間の内三・四日は、右筆として府内の大友家本城に馬車で出かける。
 襲うのはこの場所。
 サスケ。護衛は調べてきたか?」

 カカシの問いかけに当然のように即答で答えるサスケ。

「姫巫女衆の乗る馬が数騎、更に府内城から護衛が十数騎出向いている。
 むしろ、問題はこっちだ。
 珠姫の近くには必ず腕の立つ護衛が居る。
 甲賀くノ一の舞と、その弟子の菜子と里夢が交代で見張っているし、姫の近くには豊後太夫・瑠璃御前・八重姫・九重姫という使い手が必ず一人交代でついている」

「サスケ。
 何で姫が使い手なんだってばよ?」

 ナルトの質問に、女の城という事で従業員募集という設定で変装して杉乃井遊郭にもぐりこんだサクラが答える。

「瑠璃御前、八重姫・九重姫というのは、四国の小大名宇都宮家の姫君で、大友への人質として大友家に来たらしいわ。
 その過程で珠姫の信任を得て、側近になったと御殿で働いている遊女達から聞いたもの。
 三人とも薙刀の使い手としては達人の域に達しており、瑠璃御前は吹き矢、二人の姫は八双手裏剣の名手だそうよ」

 なお、彼女は風呂場でのぽよよんおっぱいパラダイス(あえて誰を見たのかは伏せておく)に血涙を流したのは秘密にしている。

「豊後太夫は珠姫の側近中の側近で、杉乃井御殿代。
 つまり、あの城の実務を全て取り仕切っているわ。
 彼女も薙刀の名手よ。
 そして、姫に付き従うのがもう一人。
 珠姫の愛人、毛利元鎮。
 大友家に敵対する大大名毛利家の四男で、大友家には人質として来ているとか。
 彼女、彼の子供を孕んでいるそうよ」 

 なお、サクラの内なる声は、

(ケッ!
 十五にしてもう、あんな乳で彼氏持ちでママさんだってよ!!)

 と、大いにやさぐれていたのだが。

「毛利元鎮については問題が無い。
 彼は今日、姫直属兵の御社衆の訓練で杉乃井から離れているはずだ。
 サクラ、今日姫についているやつは分かるか?」

 サスケの質問にサクラは力なく首を振った。

「駄目。
 それについては考えるだけで術が発動するみたい。
 分からなかったわ」

 三人(いや、実質二人だったが)の報告にカカシは満足そうに頷く。

「お前達にしては上出来だ。
 では、作戦を説明するぞ。
 ここは高崎山というらしいが、山頂に大友の出城がある。
 が、海岸線の街道までは見張りはいない。
 で、ちょうど別府からも府内からも等距離の位置にある。
 ここで襲撃をすれば、府内に逃げるか別府に戻るかどちらにせよ二刻はかかる。
 ナルト。
 お前は影分身の術で見張りを混乱させろ」

「倒さなくていいのかってばよ?」

 軽口を叩くナルトにカカシが軽く小突く。

「アホ。
 倒したら相手が本気になるだろうが。
 今回の任務は人死を出さない事が最優先だ。
 敵か味方か分からない大勢力に、喧嘩を売るほど馬鹿な事は無いからな」

 そのまま、カカシはサスケとサクラの方を振り向く。

「サスケはナルトが護衛を混乱させている間に、珠姫付きの使い手を相手にしろ。
 お前にも言っておくが殺すなよ。
 調査で彼らに忍と互角に戦う能力は無さそうだが、数は脅威だ。
 大大名大友家を敵に回すと、六万の兵が木の葉の里を攻めると心しておけ」

 その一言で、三人とも里を思って真剣な顔つきになる。

「最後はサクラ。
 お前は、ナルト、サスケが護衛と使い手を混乱させている間に珠姫を拉致して入れ替われ。
 幻術を途切れさせるなよ。
 拉致した珠姫は俺が受け取って、幻術で情報を引き出す。
 これが第一段階だ」

 カカシの説明にサクラが申し訳無さそうに、質問をする。

「あのぉ……
 彼女、妊娠してて、胸も……(畜生。あの年であんな胸しやがって神様は不公平だ!!)」

「何か詰めればいいだろうが」

 呆れたカカシだが、今までで一番真剣な顔でサクラに尋ねる。

「でかいのか?」

「はい」

 何故か天を見つめるカカシに三人はいつもの事なのでほおっておくことにした。

「サクラちゃん。
 これを詰めればいいってばよ」

 ナルトがサクラに差し出したのは、府内で売られていたみかん二つ。

(畜生。いつか殺してやる……)

 みかんを受け取ったサクラだが、心の声が聞こえないナルトは良い事をしたというとてもいい笑みを浮かべていたりする。

「話を元に戻すぞ。
 襲撃があったら、府内か別府のおそらくどちらかに逃げるはずだ。
 で、どちらかに入る前にもう一度襲撃する。
 ナルトとサスケは最初の襲撃と同じ。
 ただし、サスケは府内か別府から来るであろう増援の足止めを頼むから、ナルトはあまり期待しないように」

「わかっているってばよ!
 俺一人で全員やっつけてやるってばよ!」

「殺すなと言っただろうが。馬鹿」

 仲良く言い争う二人もいつもの事なのでカカシは無視する事にした。

「サクラ、お前はタイミングを見て、中から仕掛けろ。
 俺が珠姫を馬車に戻したら撤退。
 何か質問は?」

 三人とも無言で頷くのをカカシは満足そうに眺める。
 そして彼の目には、府内に向けて進む馬車と囲む騎馬達が見えていた。

「始めるぞ。
 しくじるなよ」

 

 ナルトが投げた手裏剣が先頭の馬の前をかすめ、馬が暴れて乗っていた侍を振り落とす。
 それが合図となって、影分身で増えたナルトが一気に突貫してゆく。

「曲者だ!
 出会え!!」

 笛が吹かれ、巫女の一人が弓を構えて天に向ける。

「鏑矢だ!
 撃たせるなっ!!」

 カカシの指示に、ナルトが巫女の弓の弦を切ろうと、手裏剣を投げようとしたその瞬間、その影分身が風船が割れるかのように弾けて消える。

「ちっ!
 瑠璃御前かっ!!」

 御者台に仁王立ちで薙刀と吹き矢を持って瑠璃御前が立ちはだかり、サスケが彼女に襲い掛かる。

「風魔手裏剣!
 影風車!!!」

 巨大手裏剣が瑠璃御前がいる馬車に襲いかかる。
 彼女が立っている御簾のすぐ後ろには珠姫がいる為、「避ける」という選択肢など、はなっから棄てていた。

「甘いわっ!」

 その一撃を止めたのは馬車内に用意していた木盾。
 投げつける事で、巨大風魔手裏剣を突き刺して落すが、その死角をついて二枚目の手裏剣が瑠璃御前を襲う。

「姫の御許に行かせるかっ!!!」

 珠が買い与えた景光銘薙刀を横に構え、飛んできた巨大風魔手裏剣を掬い上げてその軌道を馬車上に跳ね上げる。
 更に彼女の針でナルトの影分身の一人が消え、別の一人が巫女の弓の絃を切ったが、鏑矢は天高く甲高い音を立てていた。
  
「高崎山に狼煙があがったってばよ!!」

 乱戦の中、ナルトが高崎山から登る煙に悲鳴をあげる。

「さすが大友家。
 対応が速いっ!
 構わん!続行するぞ!!」

 当身で侍を馬から倒しながらカカシが毒つき、馬車の前で瑠璃御前と争うサスケの後ろに飛んだ巨大風魔手裏剣が爆音を立てて化けていたサクラが姿を現す。

「しまった!」

 瑠璃御前はサスケに動きを封じられてサクラを止められない。
 サクラは馬車前部の御簾に手をかけようとして……

「きゃっ!」

 サクラが眩暈と共に馬車から転げ落ちる。

「サクラちゃん!
 このぉ!」

 それを見た、影分身の一人がサクラを抱きかかえ、別の一人がやはり馬車に近寄って、

「うわっ!」

 同じ様に苦悶の表情と共に煙と消える。

(ちっ!
 杉乃井と同じ術かっ!!)

 策の失敗を悟り、三人に撤退の合図をしようとしたカカシの耳に飛び込んできたのは、

「ああああああああああああああっっっ!!!
 ナルトにサクラだぁぁぁぁぁぁぁっ!!
 じゃあ、サスケもいるの?
 いたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
 カカシもいるしっっっっっ!!!!」

 全員の名前を暴露しながら御簾から飛び出てきた珠姫ご本人だったりする。

「ひ、姫様!?
 この忍、ご存知なのですか?」

 見事なまでに時が止まった中、珠姫はカカシに向かって決定的な一言を言ってのける。

「あんたらが組んでるという事は試験前か。
 火影のじいちゃん元気?」

 カカシはこの一言で、全てを悟った。
 火影に中忍試験の事を珠姫は知っている。
 更にある種有名とはいえ、下忍になったばかりのナルトやサスケ、ましてやサクラの名前まで抑えているとは。
 彼女はこちらの手を全て読んだ上で、こちらが手を出す決定的瞬間まで待っていたと。
 おそらく、転移後の木の葉の探りの段階でつかまれていたのだろうが、暗部は何やってやがると罵りたくなるカカシだった。
 カカシは武器を捨てて、臣下の礼を取る。

「我らが非礼お許しください。
 我ら木の葉の……」


 その後、政治的に絶対的に不利な情況にも関わらず、珠姫はその寛大さで木の葉を専属の忍として雇い、金に物資の両方の支援をする契約を取り行う。
 なお、その取り決めの話し合いは半刻もかからず、彼女は木の葉の里へ消える。

「おっちゃーん!
 とんこつにんにくラーメン二つ!
 麺やわ、葱山でおねがい!!
 あと、餃子二つとチャーハン二つね!
 って、何じろじろ見ているのよ?四郎?」

「いえ、なんと言うか……
 ずいぶん慣れているなぁと」

 四郎の呆然とする視線の先には、珠の注文でラーメンが湯気を立てていたりする。
 双方の契約の取り決めをした珠姫はナルトの案内でここ一楽へ。
 慌てて追っかけてきた四郎や瑠璃御前、火影やその暗部など気にする事無く、実に幸せそうにラーメンをすすっていたという。

 なお、このラーメンは後に博多の遊郭の名物ともなるのだが、それは先の話。





あとがきという名のチラシの裏

 あ、ありのままに(r

 ニコニコ動画で「Japanese Ninja No1」をエンドレスにかけていたら、こんな話ができていた。
 何が起こったのか(r

 元々、このアルカディアでの投稿は二次創作SS、ナルト・なのは・ネギまのどれかを考えていました。
 その全てで無く、「大友の姫巫女」を書くことになったのは、大傑作「腕白関白」のおかげでして。
 
「Japanese Ninja No1」を聞いていたら、文神様が光臨して「ナルト世界そのものが戦国日本や幕末日本に転移したネタ書かね?」と仰ったのでこうして書いてみたと。
 流石に、「大友の姫巫女」は話がかなり進んでいるので、このままクロスさせる気はありませんが、けっこう面白いと思うのですよ。
 中忍試験前の設定で、木の葉だけでなく他の里も全国に散らばらせて、伊賀や甲賀もバジリスクあたりにチートさせたり、幕末剣客もるろ剣チートさせたりとかでうまくバランスが取れるかなと。
 誰か書かないかなと期待する前に、言いだしっぺがとりあえず話を作ってみたという次第です。


 という訳で、誰か書きませんか?
 読みにいきますから。



[5109] 大友の姫巫女 外伝その五 稲葉山落城
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/18 16:47
 美濃 稲葉山城

 落城を前にしている城というのは、士気がもの凄く低い。
 だから、こんな噂話が足軽達の間に蔓延しているのにそれを防げない。

「おい、聞いたか?
 西美濃三人衆が織田についたってよ」

「何だって!?
 じゃあ、この城は後詰なしかよ」

「東美濃は織田が切り取り、墨俣に織田側の砦ができ、織田と武田が組んだ事で西美濃が脅えて織田側にぞくぞく寝返っているそうな。
 早く逃げ出したほうがいいかもしれんな……」


 稲葉山城の正面にいる織田軍正面にいる先陣がその西美濃三人衆――安藤守就・稲葉一鉄・氏家卜全――の旗を篭城している斉藤軍将兵はうとましく、そして羨ましく見ていたのだった。




 織田軍本陣

「めでたいですのぉ!
 ついに、美濃が殿のものになる!!
 苦節五年。
 長うございましたなぁ」

 重臣がずらりと並んでいる戦評定の場で、小姓のごとくおべっかを使っておだてあげているのは、この織田家において木下藤吉郎以外にいない。
 その席次はかつての末席などではなく、 同じく重臣として先に出世している滝川一益の隣に彼は座っているのだった。
 それほど彼の美濃における功績は抜きん出ていた。
 東美濃征服途中で起こった墨俣築城にて、そのまま城主として斉藤勢を防ぎ続け、竹中半兵衛を口説き落とし、西美濃三人衆を寝返らせたのは彼の功績である。
 もちろん博打ではあった。
 何しろまだ東美濃すら征服しきっていないのに、楔を打つかのように墨俣に城を築くなど。
 だからこそ重臣や諸将が尻込みする中、藤吉郎はいの一番に志願したのだった。
 この前にねねの妊娠が発覚しており、

「男藤吉郎、嫁のため、まだ見ぬ子の為、一世一代の働き所はここ!!」

 と、大見得を切っての志願。
 信長も諸将も、「この猿のおべっかまた始まったよ」と思ってはいたが、子のできた親だけに仕事にハッスルするのはわからんではないなと思い、いらぬ口は出さなかった。

「子供ができた祝いだ。
 猿、墨俣に城ができたらそのままお前にくれてやる」

 信長もまだ自分のものではないので、気楽にほいほい言ってしまったりする。
 何しろ、彼とて以前取り逃がした女間者の「墨俣に城」を戯言で言ったに過ぎない。
 作るとしても、東美濃を切り取ってからでも十分と思っていたし、志願する馬鹿がいるとは思っていなかったのだった。

 で、本気で作りやがったのだから、信長も諸将も斉藤側もびっくりしたわけで。

 秘策は蜂須賀小六率いる野武士集団と、あらかじめ組んだ城作りの材料を木曽川上流から流して作るという発想の転換で、東美濃攻めの材料にまぎれて作られたこれらの材料を織田軍正規兵でない野武士集団によって運ばせた結果、城ができるまで斉藤側はついに気づかなかった。
 この墨俣城ができた事によって、東美濃へ斉藤側が兵を送ることが事実上不可能になり、東美濃は信長の手に落ちたのである。
 もちろん、斉藤側は死に者狂いで墨俣城を落としにかかったが、それができなかったのは近年の美濃攻めでの美濃国人集の戦力低下と、藤吉郎に与えられた三百丁近い鉄砲のおかげである。
 堺や近江国友で鉄砲生産が大友の支援によって著しく盛んになっており、この新兵器を信長は買えるだけ買って藤吉郎に与えた結果、攻勢正面が限られる川に挟まれた墨俣の地で面白いように斉藤兵が屍を築く事になる。
 が、それもある日を境にぴたりと止む事になる。
 織田と武田が手を組み、斉藤を攻める事に合意したからだった。



 きっかけは、越後にふらりと現れた足利義輝。
 当人、上野の上泉信綱を尋ねる為に伊勢から尾張・美濃・近江を経て越前に向い、船で越後に降りたついでに、親しかった上杉輝虎に会いに行き、彼の存在が発覚する。
 この為、彼は越後御所と呼ばれる事になる。
 そんな越後御所こと足利義輝だが、側近を呼び寄せる事も無く御内書も出さず政治的な行動はじっと慎んでいたが、将軍が頼ってきた関東管領でもある上杉家の武威は否応無しにも高まってしまう。
 そんな上杉家が川中島に出陣。第五次川中島合戦と呼ばれる合戦が発生する。
 元々は飛騨における武田上杉の代理戦争に、武田軍が上野における上杉家の有力家臣であった長野氏(なお、上泉信綱の主君にあたる)を攻め、その本拠である箕輪城を囲んでいた武田軍は、慌てて、兵をまとめて川中島に対陣。
 にらみ合いの果てに、武田上杉両軍は撤兵する。

 これらの争いで一番の被害者となったのは甲斐の武田家だった。
 政治権威で将軍を擁した上杉家をこれ以上刺激できず、上杉との全面対決を避け、得る物少なく甲斐に戻る事になる。
 ここで武田信玄は岐路に立たされた。
 武田のあくなき領土拡大は、裏返せば領土を拡大しなければ破綻するほどの国の貧しさに起因している。
 しかも、本国甲斐ですら国人集は半独立状態であり、信玄の武威によって武田家の統率は守られていると言ってよかった。
 そして、上野からの撤退によって武田家はその侵略進路を見失う。 
 今川・北条との三国同盟は健在で、残る進路が越後と上野を押さえる上杉と、三河の徳川、尾張の織田と、その織田に攻められている斉藤家だった。
 現状で上杉と争っても川中島合戦のように被害大きく、益は無いとすれば進路は否応無く絞られる。
 おまけに、織田と徳川は同盟関係にあり、どちらかを攻めればどちらかが援軍に来るだろう。
 残るのは美濃斉藤家しかなかった。
 現在、美濃斉藤家は織田信長が攻撃しており、東美濃攻略と同時に美濃墨俣に出城(城主 木下藤吉郎)を築いて本拠稲葉山城を攻撃する準備に追われていた。
 火事場泥棒には最適と考え、美濃出兵の準備を始める事になる。



 だが、それは織田信長にとって幸運に繋がった。
 武田軍の武威はその残虐さと一緒に知られており、信長はこの一報を意図的に美濃にばら撒き、斉藤家家臣の切り崩し工作の材料に使ったのだった。
 信長の攻勢に晒されて疲弊していた美濃国人衆にとって、この報はとどめの一撃となった。
 武田の攻撃に晒されるのをさけたい国人衆が相次いで信長に帰順。
 西美濃三人衆と呼ばれる安藤守就・稲葉一鉄・氏家卜全が竹中半兵衛の手引きの元で内応を決めた事によって、斉藤龍興は稲葉山城に押し込められ、熟れた柿のように後は落ちるだけという状況にまで追い込まれるのだった。
 その状況に持ち込んだ上で、信長は武田信玄に対して外交攻勢に出る。
 商業が盛んで肥沃な尾張を押さえるがゆえにできた大量の銭と貢物の献上。
 更に、美濃岩村城主遠山景任を仲介とした交渉で、兵を引かせる事に成功させる。
 武田にすればまだ兵を集める段階で織田から大量の銭を手に入れ、上野撤退で恩賞に不満を持つ家臣達を宥める事ができたのだから何もいう事は無い。
 そんな武田信玄に信長は信長養女と勝頼の婚姻による同盟の他に、「今川攻撃」という一つの提案を出す事になるのだがひとまずおいておく。
 
「一当てするぞ。
 先鋒は西美濃三人衆、次に柴田、佐久間を当てる」

「はっ!」

 名前が呼ばれた柴田勝家や佐久間信盛が立ち上がり陣屋に向かって駆けてゆく。
 西美濃三人衆にも総攻撃の下知を伝える為に伝令が駆けてゆく。

 寄せ貝が鳴る。  
 太鼓が叩かれ、万の兵が動く足音が、旗が風を切る音が、そして兵達の声が戦の開始を告げる。

 織田家の美濃征服事業、その最後を飾る稲葉山城攻めがまもなく始まろうとしていた。
  
「放てぃ!」

 轟音と共に鉄砲が城に向かって放たれる。
 惜しげもなく買い込んだ鉄砲はこの時既に五百丁に達していた。
 
「放てっ!」

 お返しとばかりに、今度は斉藤側が矢と石を、攻め込む織田兵に向けて放つ。
 飛び道具が両軍届く位置に来た結果、矢と石が双方に向かって飛び交い、織田・斉藤分け隔てなく死をばら撒いてゆく。

「かかれ!かかれぃ!!」

「一人も中に入れるな!
 迎え討て!!」

 城攻めにおいて、特に火力による攻城戦が行われない場合の城攻めは、士気が最終的にものを言う。
 その意味で、孤立無援におかれた斉藤兵は最初から勝ちに乗る織田兵の敵ではなかった。
 乱戦のどさくさで兵が逃げる程度なら、まだましな方で、寝返り斉藤兵を討つ斉藤兵まで出る始末。

「逃げるな!
 引いてはならん!!」 

「火をかけよ!
 外郭を焼いてしまうのじゃ!!」

 火矢が放たれ、松明を持った織田兵が外郭の屋敷を焼いてゆく。
 炎と煙で斉藤軍は総崩れとなり、山頂の本丸に逃れてゆき、それを織田兵が追い討つ。
 もはや、稲葉山城に抵抗する力などなかった。
 だから、信長はもう稲葉山城の先を見据えて命を下す。

「一益。
 伊勢を攻めるぞ。
 先陣を勤めよ」

「はっ」

 指名された滝川一益が立ち上がり陣を払う為に去ってゆく。

「長秀、恒興、一益を助けよ」

「はっ」
「御意」

 同じように、丹羽長秀、池田恒興が本陣より去ると、信長は燃え盛る稲葉山城外郭を見る為に本陣を出る。
 小姓に混じって当然のように猿がついているのだが、また小姓時と同じように役に立つから信長もさして気にしない。
 仕事を取られる小姓達にはえらく不評だったりするのだが。

「殿。
 どうか、それがしも城攻めに加えてくだされ」

 小姓時みたく実におだてあげる藤吉郎のおねだりを信長は彼を見もせずに一蹴する。

「たわけ。
 お前の仕事は城が落ちてからだ」

 それは、美濃制圧後の落ち武者狩りや、西美濃三人衆を含めた美濃降将達の管理を意味する。

「はっ!」

 平伏した猿など見ずに信長は燃え盛る稲葉山城を黙って眺めていた。
 その先にある天下を意識し、更なる手を考えていた信長に、藤吉郎が思い出したかのような声を出す。

「そういえば、殿。
 小牧山で我らに槍を向けた間者の正体が分かりましたぞ」

 堺や京での振舞いや、大規模支援している近江国友から鉄砲を買っていればいやでも耳にするのだろうが、それを小牧の間者と結びつけたのは秀吉の持つ諜略の才によるものであろう。
 彼は、信長を喜ばせる為に、何よりもかの女間者とその背後の主を寝返らせようとがんばったのだが。
 当初、西美濃三人衆の誰かと思っていたのだが、それは竹中半兵衛に否定され、そこではじめて美濃勢力外に目がいったのである。

 その報告に、信長はぴくりと体を震わせるが、まだ藤吉郎を見るつもりはないようだ。

「取り込め。
 手はずはお前に任せる」

「それは無理にございます。
 かの姫の申すとおり、十万石、百万石を用意していただかねば。
 おそらく、それでも足りますまい」

 信長が藤吉郎に振り向く。
 彼の台詞の内に、聞き捨てならない単語が含まれていたからだ。

「姫?」

「はっ。
 九州探題、大友左衛門督義鎮が娘、珠姫にございます。
 姫自身、十万石の知行を持つ女大名にて」

 その名前に信長は体を震わせる。
 怒るような声をあげるが、顔は修羅のように笑っていた。
 
「はは……
 姫!そうか!
 大友の姫か!!」

 燃える稲葉山城を背後に信長は狂ったように笑う。
 分かったのだ。
 かの姫が小牧山に来た理由が。
 大友と毛利が西海の覇権をかけて争っているのは天下に鳴り響いている。
 その姫が、何でこんな尾張くんだりまでやってきたのか。
 それは信長を東国から来るであろう大友の相手としてみていたからに他ならない。
 武田でも上杉でも、北条や今川でもないこの織田を。
 これ以上の求愛があるだろうか。
 尾張一国の主でしかない信長に、九州六カ国を治める大友の一族が監視をする。
 それは信長が伸びると判断しての事なのだから。
 かの姫は、自分が考えていた天下という概念を理解しているという事なのだから。

 笑いが止まらない。
 狂ったように笑う信長を藤吉郎を含む小姓達は、稲葉山城落城と美濃征服の喜びの笑みと勘違いしていたがそれはまったく違う。
 彼が生涯をかけて目指す天下というものに明確なライバルとして立ち塞がる、珠姫の宣戦布告を今にして完全に理解したからだった。

「猿。
 なんとしてもあの姫を手に入れよ。
 手段は問わぬ。
 十万石、いや、百万石でも構わぬ。
 わしのまえに連れて来い」

 なお、尾張と美濃二国で百万石である。
 いかにこの二カ国が裕福であるか分かるだろう。

「殿。
 ですが、かの姫は既に毛利……」

 藤吉郎が必死に毛利元鎮の事を説明するが信長は聞いていなかった。
 再度、燃える稲葉山城を眺め、豪胆に言い捨てた。

「女も城と同じよ。
 攻められて落ちぬ城があるものか」

 この十五日後、稲葉山城落城。
 斉藤龍興は辛うじて生きたまま落ち延び、信長はこの地を岐阜と改称する。


 以後、覇王と呼ばれる信長は歴史にその名を燦然と轟かす。
 その彼の先に大友の姫巫女がいるのをまだ誰も知らない。




 補足
 史実の稲葉山落城は永禄十(1567)年です。



[5109] 大友の姫巫女 第四十八話 ある杉乃井の一日
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/20 10:52
 杉乃井遊郭の朝は早い。

「ふぁ……
 よいしょっと」

 櫓門になっている杉乃井大手門から、唐風衣装を着た姫巫女衆が降りてくる。
 姫巫女衆は、常に三人一組で動く事を義務付けられており、手には、薙刀か弩を持つのが基本とされている。
 なお、彼女達は鉄砲を持っていない。
 反動に女の体が耐えられないのと、火薬の火花で火傷をするからだ。
 だから鉄砲衆の確保の為、御社衆たる男達もこの大手門に詰めている。
 なお、この服の事を「中国服」と珠姫が呼んだのだが、その唐国である明の商人もこんな服は見た事が無いという。
 太もも丸見えの深いスリットで男達をメロメロにしているのだが、警護としてそれはどうなのかという意見は当初から言われていた。
 とはいえ、門を守る彼女達しかこの扇情的な服を着る事はできないので、それなりに花形部署になっていたりする。

「かいもーんっと」

 姫巫女衆の声にあわせて御社衆の男達が門を開けてゆく。
 遊郭であるので朝日と共に開門し、夜には門を閉める。
 それ以後の出入りは禁止であり、客はお泊りという形で遊郭の中で遊ぶのだが、当然顔を知られたらまずい人もいるので、門番である彼女達に話せば門は開けてくれる。

 そして開門と同時にわらわらと入る人達。
 客な訳もなく、大友中枢にいる珠姫への陳情とご機嫌とりだったりする。
 おかげで、彼女は本拠である宇佐に中々帰れておらず、多くの者もこの別府の御殿が本拠と勘違いしているのだが。
 話はそれるがこの別府は大友本家の直轄地であり、別府の治安や行政は別府奉行の木付鎮秀(なお、彼も同紋衆である)が勤めていたりする。
 とはいえ、なし崩し的に大友家最高意思決定機関の加判衆右筆なんて人間の別邸(あくまで建前)が、あまつさえ門前町まで作ってしまう現状に行政上、下の人間が泣きを見たわけで。
 御社衆の若い奴が門前町で別府奉行の配下と喧嘩をやらかした時は、珠自ら一人馬に乗って、荒ぶる有袋類奥義の「シャイニングスパイラル土下座」をかまして別府奉行に勤める全員を呆れさせるハメに。
 で、慌てて追っかけてきた麟姉さんと木付鎮秀両方から、

「腰が軽すぎです!もっと大将たるもの……」

と、説教一時間コースの果ての折衝で、

『行政はあくまで別府奉行、杉乃井とその門前町は珠の領地として扱う』

事で合意が成立する。

 なお、別府の領地変更(杉乃井を加える為に珠は駅館川開発地二千五百石を差し出している)を加判衆評定にかけた時にその一部始終が伝わっており、父大友義鎮などは珠を見て笑いを堪えるのに苦労したとか。
 おまけだが、このシャイニングスパイラル土下座を知瑠乃がマスターしようとして豪快に頭を打ち、長寿丸に「ばーかばーか!」とからかわれて大喧嘩となったのを、遊女の恋の報告で杉乃井上層部(つまり麟姉さん)の耳に入り、

『杉乃井遊郭内での射位人愚洲敗羅瑠土下座禁止令』

 なるものが発令され、知瑠乃にそんな馬鹿技を見せたのがやっぱり珠だったと分かって、珠は麟姉さん+白貴姉さんのダブル説教(とはいえ麟姉さん独演会に近かったのだが)三時間コースの地獄を見る羽目に。
 なお、忍の体術にはちょうどいいと楽天地のくノ一養成施設では、試験の一つになっていたりするのだが。

 話を元に戻そう。
 で、珠が右筆なんぞになってしまったが為に、こっちにまで陳情者やご機嫌取りが来ているのだった。
 さすがに帰れとは言えないので、これ幸いにと伊予宇都宮家から引き抜いた藤原行春と瑠璃姫夫妻に丸投げしていたりする。
 宇都宮家でも城主をやっていただけに、可も無く不可もなく彼らを処理する夫妻に、本気でいい買い物をしたと珠は喜んでいたが、当人達は、かつての米津城とはけた違いの人数に、いっぱいっぱいになりつつあるのだが。
  
 この遊郭の門前町はそんな陳情者の宿も多くあり、当然その宿でも遊女達が商売をしていたりする。
 一つの公共施設が町を形成する良い見本といえよう。

 杉乃井遊郭は断崖絶壁に立てられた遊郭なので、この門の先からは階段が続く。
 これがけっこうきつい。
 足腰が弱い人の為に駕籠が用意していたり、途中に茶屋を作ったりとそのあたりのフォローもばっちりだったりする。

 昼ごろになると出入りの客層が変わってくる。
 陳情者は姿を消し、今度は遊女の出勤や遊郭出入り商人が酒や食べ物を運んでくるのだった。
 多くの人が住む以上、その手の出入りはどうしても大掛かりになる。
 なお、遊郭である以上朝の仕事に掃除と洗濯があり、城壁や屋根に一斉に干される蒲団や、温泉を使う洗濯で洗われた着物など戦の旗指物のように並べられるので、この城いつも戦支度をしていると間者が勘違いした事例が後の書に残っていたりする。
 最近は三の丸御殿の一部にせり出した櫓を造り、その下に縄で吊るした篭を下ろして搬入するしくみも作ったとか。
 ある種、山城に近い杉乃井遊郭での生活の知恵といえよう。
 ついでだが、この御殿、温泉が湧くほどだから水も無駄にあり、篭城してもまず水手は切れない。
 もっとも、山腹の城ゆえ山頂から攻められると弱いという弱点もあるのだが。
  
 禿の女の子が駆けて来る。
 背中に珠姫の旗となった「社杏葉」の旗をつけている禿は、客でも避ける事がこの御殿の決まりとなっている。
 それは、軍政上必要な伝令の役目をはたしているのだから。

「姫様お出かけ!
 姫様お出かけ!」

 こうして叫んで御殿の主の外出を伝えるのも彼女達の仕事である。
 貴人の外出はそれだけで下々にとっては一騒動である。

「馬用意して!」

「馬車持ってきて!
 新しく揺れない馬車ができたってそっちの方!」

「別府の奉行に使いを!
 姫様が出るから護衛の侍を用意するようにと」

 普段の生活がここ杉乃井である珠は、右筆の仕事をする為にこうして出かける事が週に数度ある。
 なお、当人の価値をまったく気にしていない珠は当初一人で馬に乗って早駆けなんてするから、回りの人間(特に麟姉さん)の胃をそりゃ悪くしたそうで。

「だったら、安心して走れるようにすりゃいいんでしょ!!」

 と、府内―別府間の街道を馬による警護巡回と、高崎山の出城を使った狼煙の伝令制度の設置、更に舞や霞・あやね達くノ一忍者の訓練場を高崎山に指定する事による待ち伏せ排除等の制度を整えてまた周囲の度肝を抜く。
 おかげで、別府―府内間の街道治安は凄く良くなり、人と物が安心して運べるのだが、この一件を評した角隈石宗は、

「あの姫は、どうも事の発端を無視して、事の元凶を潰しにかかろうとする。
 それがいい事か悪い事か、どうも判別がつかぬ」

 と嘆かせたりしているのだが、最近は四郎という男も出来て、お腹も大きくなったので少し落ち着いたと周囲を安堵させていたりする。

 さて、御殿の主人のお出かけともなると、当然手の空いている者全員が見送るのが慣例である。
 「そんな慣例いらないわ」と珠姫本人が廃止を主張しているのだが、麟姉さんに瑠璃姫という常識人が増えた事もあって、まだ実現していない。
 だから、珠姫の前に薙刀を持った巫女達が堂々と歩き、左右に着飾った遊女達が平伏し、その中央に四郎、白貴太夫、豊後太夫、瑠璃御前を従えての行列は杉乃井の名物になりつつあった。
 なお、一人でふらふら出歩くのを好む珠は、恋という遊女が自分に極似しているのをいい事に、恋を身代わり(足りない胸にはみかんを詰めた)に裏口からこっそりと抜け出そうとして、

「やると思っていたよ。姫様」

 と、待ち構えていた恋の上役になる花魁の由良にとっ捕まり、馬車内説教フルコースを味わう羽目に。
 珠は自業自得とはいえ、それに付き合って珠の隣で聞いている四郎を見て、人々は「さすが毛利の子よ。耐えるのを知っている」と、妙な評価を得る始末。
 この話、元大内領だった豊前や筑前で特に広がり、前当主で大内の人質になった毛利隆元と四郎を被らせているのだろう。 

 これだと、ただの珠姫様失敗記になるのだが、恋に吉岡長増が色々入れ知恵しているのを聞いて、

「替え玉ができたって事は、いざとなったら私を消してもいいってわけね。
 大友家の諸改革は「珠」が生きている事が大事であって、珠名義で色々できるしね」

 と、しっかり釘をさして黙認する当たり、「さすが殿の子だ」と苦笑したとか。

「できれば、私に代わるぐらいに育ててよ。
 そしたら奥に引っ込んで四郎といちゃいちゃするから」

 と、続く珠の言葉に「やっぱり殿の子だ」とため息をつかれたのはご愛嬌だろう。きっと。


 日も暮れると杉乃井の遊郭の隅々に灯りが灯り、不夜城の姿を曝け出す。
 何しろその灯りは府内からも見えるというのだから、推して知るべし。
 賑やかな宴の声に、鳴り響く音楽。
 湯気はそのまま闇に消え、嬌声は金と男の欲望を引き出して更に淫らに夜の闇に溶け込む。


「へいもーん」  
 
 この声と共に門が閉じられ不夜城の一日が一応終わる。
 中で男と女が一夜の愛を語り合ったりするのだが、それはこの杉乃井ではいつもの事。



「だから、いつもいつも夜帰って裏から入るのはどういう事ですか!姫様!!
 しかも、また馬車内でしたでしょう!
 臭いますし、垂れています!」

「仕方ないじゃない!
 加判衆の仕事が多いんだからぁ」

「だから朝に出ましょうと毎日言っているじゃないですか!
 それなのに、四郎殿と朝からするからこうして昼に出る事に……」

「じゃあ、麟姉さんは朝の四郎のあれを見ないふりをしろと!
 立っているのにかわいそうじゃない!」

「で、三刻もまぐわって、あげくに温泉に入りなおして、そこでもう一回戦はどうみてもやりすぎです!」


 裏口でなんだかこんな痴話喧嘩が聞こえてくるのもいつもの事だろう。
 多分。



補足

 今回出てきた遊女の恋と花魁の由良は、大友の姫巫女XXX(作者大隅氏)の許可を得て使わせてもらっています。



[5109] 大友の姫巫女 第四十九話 秋月の忠臣
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/23 15:06
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。

 何だかこの出だしも久しぶりのような気がします。

 気づけば季節はもう春真っ盛りです。
 プーさんが笛を吹く季節で私のお腹も大きくなりました。

 だからえっちはお休み中というかお休みにさせられました。
 ……大丈夫と言っているのに、麟姉さんや瑠璃姫がそりゃ延々と私と四郎に諭したので。
 四郎はさすがに自重できる男なので、我慢はしているけどあれは生理的なものもあるので。はい。

「じゃあ、遊郭でてきとーに女ひっかけてきなさいよ」

 と私が進めるのだけど、

「私は姫だけで十分です」

 なんて真顔で言いやがるし。
 照れるじゃないか。

 仕方が無いので胸と口での奉仕で我慢してもらいましょう。

 なお、我が母なんぞ父と遠慮なくやりまくっていたそうで。
 その時の家中は、妾だからいいやという感想だったとか。
 大切にされているというか、立場って大事というのか……

 という訳で、空いた時間を仕事に使う女となった珠です。
 対毛利戦においての懸案事項を一気に片付けてしまいます。

 まずは狼煙を使った伝令制度を豊前と筑前にまで広げました。
 豊前は松山城を最前線に狼煙台を造り、街道工事も立石あたりまで進んでいるので兵を一日で宇佐まで持っていけそうです。
 難儀だったのは筑前。
 博多での一大事を伝えるのはいいとして、兵の到達に早くて一週間かかるのはちょっと問題です。
 で、日田に駐屯地を造りました。
 日田鎮台と命名。
 この軍を中核に各地の国衆を集合させるので、偉そうな名前を引っ張ってきました。
 ここに兵を千人常時置いて狼煙台を日田にも引っ張ります。
 原鶴・二日市の遊郭を拠点にすれば博多まで三日です。
 と、加判衆評定で提案したら、その次の日に、

「それがしにその役目を与えてくださりませ」

 と、不意に田北鑑重が別府まで来て志願してきたりする。

「姫様はおっしゃいました。
 伊予で『今の情況では、前線に一人は一門の人間が入らないとまとまらない』と。
 この日田鎮台は、筑前・筑後の戦の先鋒となる戦力。
 同紋で加判衆も勤める我ら田北が勤めれば、国衆も集まりやすいでしょう」

 ああ、伊予での宿題を果たしに来たわけだ。
 ちゃんとこっちの意図を分かって志願しているのが嬉しい。
 私が日田鎮台を率いて、先鋒として火消しをする事を読んで、私に匹敵する格を持つ自らが志願するか。
 その心意気買った。

「いいわ。
 伊予での約束果たしてもらうわよ。
 けど大丈夫?
 府内と日田の移動は結構きついわよ」

「軍のほうは弟に率いてもらいます」

 なるほど。自分は府内で仕事はしつつ、弟に名前を貸す訳だ。
 弟は田北鎮周。耳川合戦の先手大将。
 彼なら問題ないだろう。後ろで手綱を握れるのならば。
 とはいえ、ブレーキ役を一人入れておくか。

「構わないわ。
 で、日田鎮台に一人入れて欲しい人間がいるの。
 恵利暢尭。
 秋月の若武者よ」

 秋月という言葉に田北鑑重もぴくりと体を震わせる。

「信用できますか?」

「主家再興を、私に訴えかけるぐらいには信用できると思うけど?」




 そうなのだ。
 主家秋月氏が秋月騒乱で滅び、私に寝返った秋月家臣以外の所領は全部私の懐に入ったのだが、それは最後まで秋月についていた人間の所領を奪う事を意味していた。
 で、そんな彼らは農家に戻ったり、新しい領主になった私が雇ったりして夜盗化を防いでいたのだが、そんな彼が香春城代の高橋鎮理の所に出向いて、

「ぜひ、秋月家の再興を!」

 と、志願したので私の耳に届いた次第。
 また、ちょっと前に香春・筑豊領を私が手放そうとした事もあり、もしかしてという機運があったのかもしれない。
 まぁ、若武者一人の戯言と済ませてしまってもいいのだけど、思うところがあって私がわざわざ香春まで出向いて面接したのだった。

「正直に言うわ。
 私、秋月種実が怖いの」

 まぁ、滅ぼした本人の口からこんな言葉が聞こえてきたのだから、恵利暢尭も高橋鎮理もついてきた政千代や四郎も呆然。

「だって、彼は戦も政も私より才能あるわよ。
 何より、機会を取らえるのは九州一ね。
 私が彼を殺さないのは、彼を殺す事で、秋月旧臣の反乱の火種になるのを避ける為よ」

 ちなみに彼は府内に来るまでに女性不信にちょっとなって、今は国東半島の高山寺で僧として静かに(監視をつけて)暮らしている。

「もう秋月に姫に逆らう力はございませぬ。
 ですから、どうか再興を!」

 恵利暢尭の若武者らしい熱い言葉を私は即座に切って捨てる。

「嘘ね。
 秋月には無くても、大蔵党一族にはあるでしょ。
 我が大友がどれだけあの一族に手を焼いたと思っているのよ」

 さて、今私が言った大蔵という名前なのだが、まず二十一世紀の人は知らないし、戦国ゲームをやっている人ですら「誰?」の言葉が返ってくるだろう。
 ところが、この戦国において、そりゃもう大友の怨敵と言っていいぐらいの邪魔をしやがる一族だったりするのだ。これが。

 日田英彦山を根城にする地場豪族の連合体で、その派生した家を列挙すれば、原田氏、秋月氏、波多江氏、三原氏、田尻氏、高橋氏等、北部九州に根付いており、更に婚姻で血の広がった家まで含めれば、筑前で大蔵の血が入っていない所はないといわれるぐらい。
 本家などは歴史に消えているのだが、地場豪族が大蔵の名前でご近所付き合いをして集まるからなおたちが悪い。

 歴史の話になるけど、源平合戦が終わり、鎌倉幕府が成立した時から、西日本では特に西国に下向した御家人と地場武士の衝突が発生していた。
 我が大友家も鎌倉御家人であるがゆえに、下向から地場武士である大神氏(緒方三郎惟栄なんかが有名)と血で血を洗うバトルを繰り広げていたりする。
 豊後の地場一族の大神氏を、ある家は大友の血を入れたり、またある家は粛清したりしてやっと大友による領内統一が完成する。

 ところが、この大蔵氏については支配領国が豊前・筑前という事もあって、少弐氏や大内氏と国主が変遷した為についに地場武士を根絶やしにできなかったのだった。
 で、豊後大蔵党の血を引く日田氏は私の爺様に当たる大友義鑑によって滅ぼされ、更にその日田氏の傍流同士の内紛を起こして徹底的に弱体化させられた。
 大蔵党一族の反大友風潮はこれから始まったと言っても過言ではない。
 特に史実の対毛利戦(門司合戦・立花合戦)では、その最初から最後まで反大友を貫いて、父上なんて激怒の果てに宇佐だけじゃなく、彼ら大蔵党の精神的支柱だった英彦山(山伏で有名)まで焼き討ちにしている。
 という訳で、日本古来の宗教勢力にそっぽ向かれた父上は、キリスト教に逃げたんだろうなぁとふと今にして思ってみたり。

「姫様。
 秋月、筑紫、原田、高橋とその大蔵党を悉く潰しているお方のお言葉とは思えませぬな」  

 恵利暢尭の皮肉に私も嘲笑で返す。 

「当たり前じゃない。
 近く行われる毛利との大戦を前に、謀反の火種は消すのが当然でしょう。
 秋月は毛利に恩義がある。
 それを裏切れと私が言わないその寛大さを褒めて欲しいわね」

 近く行われる毛利との大戦という言葉に恵利暢尭だけでなく、高橋鎮理も体を硬くする。
 毛利戦においては、この香春岳城も戦火に巻き込まれる可能性が高いのだ。
 で、何故か恵利暢尭の顔に疑問が広がるのが見える。

「何よ?
 何か言いたい事があるの?」

 何でか私の顔と四郎の顔を交互に見た上で、私の誘いに意を決したかのように恵利暢尭が口を開く。

「いえ。
 姫様は毛利の若君と婚姻なさるとかで、毛利側に立つと思っていたので」
 

 は?


「ごめん。お願い聞こえなかった。
 もう一回言ってくれないかな?かな?」

 怪訝な顔をした恵利暢尭は再度同じ言葉を繰り返す。

「ですから、
 姫様は毛利の若君と婚姻なさるとかで、毛利側に立つと。
 失礼ですが、そのお腹毛利の若君の子で?」

 おーけーおちつけくーるになろう。

「だ……
 誰が言ったのよっ!!!!
 そんなとんでもない事をっ!!!!!!!」

「ひ、姫様落ち着いて。
 お腹の子にさわります」

「姫。お願いですから気を静めて」

「静まっているわよ!
 ちょっとストレス溜まっているからこの場で四郎を求めるぐらいに!」

「南蛮言葉は分かりませんが、姫様ご乱心ですっっ!!」

「押さえて!
 姫様抑えて!!」

 というわけで。
 とりあえず気を静めようという事で、お茶なんて立てていたりする。
 いや、おいしいわ。
 八女のお茶。 

 で、気を落ち着かせようとしている私の耳に、恵利暢尭の実にストレスの溜まる言葉がグサグサと。

「何でも、珠姫は毛利の若君に恋して父上に疎まれているらしく、近く姫様と父上の間で戦になるとか。
 で、毛利は嫁であり、一門である若君を助ける為に戦をするのだと。
 この豊前・筑前では有名な話で」

 お茶を優雅に飲み干して、ため息を一つ。

「じゃあ、何でその私が大蔵党を潰しているのよ。
 矛盾しているじゃない」

「ですから、姫の名前を使って先に父上が潰しているのだと。
 何しろ、姫の側に常に毛利の若君がおられ、姫様がその若君の子を宿している以上、父上との戦は決定的だと」

 こーいう愉快極まる悪戯をかましてくれるのは、間違いなくあのチートじじいでしか無い訳で。

「四郎。
 殺っちゃっていい?
 あんたのパパン」

 私が四郎に振り向いて笑ったのに何故か皆ドン引き。あれ?

「ぱ、ぱぱん?
 ああ、父上の事ですか。
 それより姫。笑顔が怖いです……」

 そして真顔で何かを考えて口を開く。

「無理ですね。
 今の状況で戦になったら、豊前・筑前の国衆はまともに動きませんよ」

「だよねー。
 姫巫女衆総動員して、私は大友側だって訴えないと。
 ぁぁぁ……またやる事が増えたぁぁぁ」

 人目など気にせずにごろんと大の字になってため息をつく私。
 あれ、なんで赤くなる。恵利暢尭。

「姫様……着物…見えます……」

 ぽん。

「はしたない所をお見せしたわ。
 とりあえず忘れるように。いいわね」

 こくこくと頷く私以外の四人。
 
「あ、そうだ。
 本来の目的忘れていたけど、あんたの主君間違いなく毛利側につくでしょ。
 息子でいいなら家継がせてもいいわよ」

「本当ですか!」

 その言葉に飛びつく恵利暢尭。
 実は、彦山川合戦の後で、遊女の何人かがめでたく秋月種実の子を宿していたのだ。
 女ならもらおうと思っていたけど、男なら坊さんコース確定なのもかわいそうだとも思ったし。
 
「親はともかく、まだ子供に罪は無いわよ。
 貴方がどれだけ家を再興させたいか知らないけど、うちに来て働くなら秋月家再興させてあげるわ」

「ありがたきしあわせ!」

 大声を出さないで。
 響くから。

「けど、いいの?
 直参で取り立てたら、あんたに丸々知行が行くのに。
 他の人もそうしているけど」

 尋ねたら今日一番のいい笑顔で恵利暢尭は言い切った。

「それがし、こういう風にしか生きられませぬから」

 秋月にも忠臣はいたか。
 恵利暢尭を下がらせた後に、残った私達は言葉にする事無く同じ事を思っていた訳で。



「なるほど。
 秋月の忠臣ですか」

 香春岳城の一部始終を伝えると、田北鑑重も疑念を忘れていい笑顔で呟く。

「案外、人望があったみたいね。
 秋月種実は。
 百人越えたから、恵利暢尭にまとめさせているわ。
 大蔵党の懐柔も頭に入れといて彼を使ってね」

 大蔵党全体に対しての手として、粛清より懐柔を意図させる私の指示に田北鑑重も静かに頭を下げたのだった。

「かしこまりました。姫様。
 ところで、このような鎮台はあといくつ作るおつもりで?」

 そこまで読んでいたか。
 田北鑑重の評価を上方に上げておかないと。

「日田に中津、南は臼杵に作るわ。
 で、府内の旗本を旗本鎮台として再編成させる。
 各鎮台の定数は千人を目処にする。
 一応、この四鎮台の兵は常備兵にするつもり」

 この鎮台制度の導入を前に、本国豊後と本国扱いの豊前・筑後にて一領具足制度を導入している。
 具体的に、各鎮台にて登録をした者は、戦時に動員がかけられる代わりに、年貢を半分に免除する事にしている。
 で、彼等の動員時期は四分割のシフトローテーションを組ませることで、生産力低下に歯止めをかける。
 そして、鎮台登録者以外の勝手働きは禁止する命令を布告。
 兵農分離制度の走りではあるが、完全に分離できないのは国衆連合体である守護大名大友家の限界だから仕方ない。
 この鎮台制度の目的は、戦時における動員兵の把握と、ある程度の裁量権を持つ現地司令部の設置にある。 
 何しろ、府内に急報が伝わらないと兵が動かせないというのは遅すぎる。
 加判衆がそれぞれ責任を持つ現地司令部に水際の防御をさせるだけでも、国衆の離反はかなり抑えられるだろう。
 
「中津は私が握るわ。
 臼杵は、吉弘鑑理に任せるつもり。
 この間帰参した佐伯惟教はここにつけるわ。
 水軍衆はこれまでと同じ様に若林殿に。
 で、旗本鎮台。
 父上の陣代として大友の総大将になる男は戸次鑑連を」

 旗本鎮台が総司令部、そして中津・日田・臼杵の鎮台を現地司令部と定義する事で、軍務上の上下関係を明確化させる。
 で、鎮台同士の合同作戦において現地司令部を上位と置く事で、命令系統ははっきりするはずだ。
 あれ?
 田北鑑重の顔に不満が見えるが。
 ああ、私が鎮台を結局握って暴走すると踏んでいるのか。

「私も貴方と同じ名前貸しよ。
 実際の指揮は爺や城井鎮房に任せるわよ」

 彦山川合戦で共に戦った爺こと佐田隆居や城井鎮房ならば、豊前国衆も従うからね。
 その一言を聞いて田北鑑重の顔に安堵が浮かぶ。

「あと、荷駄奉行を作って田原親賢にやってもらう事にするから」

 うわ。
 田原親賢の名前を聞いて露骨に顔をしかめているよ。

「そんな顔しないの。
 彼も大友に忠誠を誓っている身なのだから。
 彼に兵糧運搬等の荷駄を任せるわ。
 で、彼の上司に陣代の戸次鑑連を当てるから問題はでないでしょ」

 まぁ、小原鑑元や一万田鑑相が謀反を起こしたから、寵臣を警戒するのも分からないでもないが。
 頭に戸次鑑連をつけるという私の提案に田北鑑重も不承不承に了承する。


 少しまとめてみる。

 大友軍 平時編成(戦時はこの三倍から五倍)

 旗本鎮台(総司令部) 陣代  戸次鑑連   千
          荷駄奉行   田原親賢    
          水軍奉行   若林鎮興
                 安宅冬康

   日田鎮台    総大将  田北鑑重   千
                 田北鎮周
                 恵利暢尭

   臼杵鎮台    総大将  吉弘鑑理   千
                 吉弘鎮信
                 佐伯惟教

   中津鎮台    総大将  大友珠    千
                 佐田隆居
                 城井鎮房

 で、これに隠し兵力として私の直下の兵が加わる。
 各遊郭に散らばらせているのが難点だが、初期防衛戦時には各鎮台指揮下に入るように命令を出しておく。
 
   大友珠    直属兵力   御社衆   二千(ただし、各遊郭に散らばっている)
                  佐田鎮綱
                  毛利元鎮
                  藤原行春
                 姫巫女衆  五百(戦場に出れる遊女という意味。同じく各遊郭に散らばっている)
                  豊後太夫(吉岡麟)
                  白貴太夫
                  瑠璃御前

 
 ひとまず、これを毛利と戦う前提組織とする。
 で、外交官かつ博多奉行の臼杵鑑速、伊予方分も兼務する一万田親実は、内政官として府内で仕事をしてもらう。
 阿蘇氏への配慮と、一族内部の微妙な問題(一族割れているし)で大野鎮台を作らなかった志賀親守は予備兵力として残しておく。


 で、だ。
 この案が加判衆で通ったら、田原親賢の名前で拒否反応出る奴が続出。
 あんたドンだけ嫌われているんだよ。

 あげくに府内城でこんな陰口を利く事に。

「ふん!
 奴など槍働きより、算盤しかできぬではないか!
 それで奉行など片腹痛いわ!!」

 ぷっちーん。

「算盤を馬鹿にするなぁぁぁぁっ!!
 あんたが戦場で白いお飯食べられるのは、誰のおかげだと思っている!
 矢や火薬を運んでくれるのは、誰のおかげだと思っている!!
 討ち取った首を功績に数えて、供養するのは誰だと思っている!!!
 槍働きができずに算盤を馬鹿にするなら、まず私を馬鹿にしなさいよっ!!!!!」

 うん。
 幼女妊婦大立ち回りの巻。
 影口叩いた若武者の襟首掴んで、かっくんかっくん揺さぶっての説教ですよ。
 四郎や政千代が止めるわ、府内城詰めの侍が駆けつけるわ、ノリは松の廊下でしたよ。まじで。

 で、この影口叩いた若武者ってのが小野和泉と申しまして……

「この度は、姫様に無礼を働いた事、慙愧に耐えぬ所存。
 本来なら、切腹を申し付ける所でござるが、この侍、彼は実に豪勇無敵の士であります。
 彼に攻めさせれば、いかなる堅陣であっても攻め破れぬと言う事はございませぬ。
 真に武夫の本領を得た者であり、何卒寛大な処置をお願いしたく……」

 うん。
 彼の上司になる戸次鑑連が彼を連れて詫びにきましたよ。
 加判衆は皆逃げるし、父上は大爆笑するし、まるで私が悪役みたいじゃないか。
 結局、彼は別府にて吉岡長増や田北鑑生の老後の楽しみ学校に強制入学させましたよ。
 算盤は無理でもせめていろはぐらい覚えていきなさいね。



[5109] 大友の姫巫女 第五十話 宴席公卿と仕事する人々
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/27 11:54
 お元気ですか。
 宇佐で巫女をしている珠です。

 官位がやってきました。
 宇佐八幡禰宜(ねぎ)、外従五位下の官位です。
 そういえば、この官位を貰うに当たり、諱をつける必要があって。
 仲直りしたパパンから一文字貰いました。

 義子(よしこ)です。

 まぁ、すでに珠の名の方で馴染んでいるので、これっきりの名前でしょうが。
 で、長ったらしい儀式は省略。
 いや、足痛かったし。


 というわけで、儀式が終わった後のフランクな宴会で、京より官位を持ってきたお方がとってもストレートにこうおっしゃいました。

「銭くれ」

 えっと、ぶっちゃけすぎじゃないでしょうか?
 山科言継卿。

 この時代の朝廷の主な収入源と言えば大名からの寄付なのです。
 が、この山科言継卿、あちこちの大名から金を取り立て……もとい寄付を募ったすばらしいお方。
 大酒飲みで医者でもあり、京の庶民に愛され、その膨大な大名とのコネで窮乏の朝廷を一手に支え続けた、戦国における公家のあだ花。
 だから、とってもフランクなのですが、うちの焼酎かぽかぽ一気飲みしないでください。
 アル中になっても知りませんよ。

「安心するがよい。
 酒ごときで、雅を失うぐらいでは公卿はつとまらぬわ」

 できませんから。
 ああ、南蛮から大金払って買って来た秘蔵のワインをかっぷかっぷと。
 誰よ!あれ持ってきたのは!!

「え?
 姫様がもってこいとおっしゃったのでは!?

 私の糾弾の視線を感じたらしい麟姉さんが慌てて釈明していたりするのだが。

「気にするでない。
 ここに来る前に別府で遊んでの。
 姫がいい酒を持っていると商人達から聞いておったのじゃ。
 で、遊郭の稚児に「姫様の命」と命じて持ってこらせたまでの事」

「麟姉さん。
 大典太光世持ってきて。
 ちょっと、私もワインが飲みたくなったわ」

 何だか心の声がダダ漏れのような気がするが気のせいだろう。
 宴席なのにぴたりと談笑が止まったのも気のせいだろう。うん。
 
「まったく、酒を飲まれたぐらいで怒るでない。
 また買えばいいではないか」

 ああ、自覚がある。
 今、私めっちゃいい笑顔のはず。
 この間、府内城で小野和泉相手に松の廊下ごっこをやってから、何でか「珠姫の夜叉笑み」って家臣が噂していたの聞いたから。うん。

「ほほう。
 はるばる南蛮から持ってこさせたワインを買うのにどれだけの手間隙かかるか、
分かっておっしゃっているのですね?」

 けど、この笑みも伝統に裏打ちされた公卿には効かなかったらしい。

「知らぬわ。そんな事。
 だが、酒は飲まれてこそ花。
 ましてや、いい酒は皆に振舞うのが道よ。
 一人で隠れて飲むなど酒道から外れるので、麿は姫に道を教える為に飲んでいるのでおじゃるよ。
 ほほほほほほ……」

「誰でもいいから鎮台から鉄砲持ってきて。
 射的の的にするから」

「まぁ、娘よ。
 そのぐらいで勘弁したらどうだ。
 この公卿に酒の事を知られた時点でお前の負けなのだ」

 何だか父上が、妙にうろたえて私を宥めにかかっているのはどういうことだろう?
 なお、今回の宴の主賓のはずなんだけど、遠ざかってみんな私を囲むように見てやがるし。
 おまけに、さり気なく両手は四郎と麟姉さんが引きつった笑みで抑えてやがるし。

「姫よ覚えておくがよい。
 世というのはかくも理不尽なものじゃ。
 形も無い官位というものをありがたがって銭を捨てる者もいれば、酒を飲まれたぐらいで人を斬ろうとする姫もいる。
 それぐらいで怒っては、この戦国の世は渡ってはゆけぬぞ」

 うぁ。
 官位持ってきた本人が、その宴席で官位そのものを否定しやがった。
 やっぱ、この人器が違うわ。

「なんで公家やってんのよ?
 一条みたいに大名になれば、一国切り取れるのに」

「そんな野蛮な事は侍がすれば良い。
 一応、麿は雅な者ゆえ」

 すげぇ。
 めちゃ、いい笑顔で笑いやがったよ。この人。
 こういう所がこの人の人脈構築の秘訣なんだろうなぁ。

「はいはい。
 私の負け負け。
 今度酒風呂に沈めてやるから覚悟しなさいよね。
 だから手を放してよ。四郎に麟姉さん」

 ため息と同時に顔を緩めたのが伝わったのか、一斉に漏れる「ほっ」という安堵の声。
 うちの家臣だけでなく、山科卿についてきた従者も安堵の顔をしているが、まさか他の大名家でもこんな事してねーだろうな?

「ん?
 麿が京から離れたとて麿である事に変わりはないであろう?」

 やってやがったか……
 ああ、ちょいと年がたったけどわざわざワインを買って、ギヤマングラスも用意してベルンカステルごっこをやろうと思っていたのに……

 あと、遊郭用にギヤマンの鐘も3つほど買っていたり。
 ちゃんと、「ぜうす」「まりあ」「さたん」と名付けましたよ。
 何だか凄くやばいフラグが立った様な気がするけど、気にしない。
 多分届かないはず。うん。
 けど、届いたら別府で姫巫女衆相手に仮面忍者が戦うのかな?
 その時のラスボスは南蛮船にしよう。うん。

「ちょっと頭冷やしてくるわ」

 一度席を外す。
 政千代一人をつれて庭で涼もうかと思ったら、

「姫様。こちらにおられましたか」

 声をかけてきたのは、一万田鑑種。
 そういや、私のめでたい席という事で伊予からやってきたのか。
 兄の一万田親実が加判衆として府内で仕事をしているから、実質的な四国の主として占領地の行政を一手に行っている。

「ん?
 どうしたの?」

「姫のお祝いにこれを献上したく……」

 差し出した冊子を政千代が受け取って、私に渡す。
 で、ぱらぱら……と。
 私の目の色が変わる。
 ぱらり。ぱらり。
 ページをめくる音がゆっくりになり、めくるたびに顔が険しくなってゆくので、

「ひ、姫様?」

 と政千代が心配するほどに。

「これ、考えたのは貴方?」

「いえ、姫の案を広げるとしたらと考え、手を加えたに過ぎませぬ。
 姫の功績でございます」

 そこに書かれていたのは、大友領全域に設置された鎮台計画案だった。
 おそらく、一領具足については隣国長宗我部がある事もあり、四国大友領への導入は問題なかったのだろう。
 定数五百の南予鎮台の設置場所は宇和島。
 一条救援の対長宗我部戦にも、宇都宮救援の対河野戦にも悪くない場所を選んでいる。
 で、この鎮台の兵を旧西園寺家の連中にするというのがまた心憎い。
 更に、畑に乏しい四国ならではなのだろう。
 支払いは銭とし、その支払い予算を大友本家に押し付けるとは。
 で、鎮台の総大将を兄一万田親実にして名前を借りて、実際は自分が操るか。
 更に唸らせたのが、一条、宇都宮両家の派遣軍もこの鎮台指揮下に入れてしまう当たり、私が府内でやりたくてもできなかった事をやっている。
 さすが征服地。

 四国以外にも記述が続く。
 大友領全域に一領具足導入を前提とした、大野鎮台と隈府鎮台の設置。
 志賀氏は田原・託摩と並ぶ大友家三大支族で豊後南部に強大な勢力を誇っていた。
 なお、託摩氏は肥後に地盤を持っていたが、南北朝の騒乱で南朝につき、さらに菊池義武の乱と小原鑑元の乱で肥後がめちゃくちゃになり、その勢力は大幅に衰えている。
 で、志賀氏は北志賀・南志賀の二家に分かれて、現在本家筋の北志賀(なお、当人達は志賀で通すからややこしい)親守が加判衆に入っていたりする。
 なお、南志賀の領主は一時香春岳城城代を勤めた志賀鑑綱こと、志賀鑑隆。
 戦国時代の人はころころ名前を変えるから困る。
 で、この二人に同組織において格が分かれて争われたら、豊後南部の防衛が崩壊するので大野鎮台の設置を避けたのだった。 
 それを志賀鑑隆を隈府鎮台総大将にして定数五百の鎮台を作り、肥後に睨みを効かせる事で解消させるか。
 鎮台同士の合同作戦において現地司令部を上位と置く取り決めで、大野鎮台が肥後に援軍に来ても志賀鑑隆の顔が立つ訳ね。
 上手く考えてやがる。
 で、阿蘇や相良もこっちに入れて、隈府鎮台も銭で兵を雇って……ぉぃ。

「だから、隈府な訳ね。
 菊池浪人を雇うのか」

「姫が、どうも豊前・筑前に対して肥後の手が遅いなと思っていましたので、差し出がましいと思いましたが。
 秋月に対しての計らいを見るならば、菊池にも夢は見せるべきです。
 かの家の影響力は、肥後においてはやはり大きいですから」

 いや、単に龍造寺や島津に取られるから放棄していたなんて言える訳も無く。
 正直、肥後は阿蘇氏が大友についているなら、それ以上深入りするつもりなかったしね。
 
「夢を見させるなら、相良に逃れた菊池の遺児を引き取りましょうか?」

「それはおよしになられた方が。
 夢は夢である事が大事ですから」

 本当にこいつ毛利に取られなくて良かったと思い知る。
 ここまで有能だったか。

 で、加判衆である志賀親守は定数千の大野鎮台総大将にする。
 付けるのは斉藤鎮実に柴田礼能と、朽網鑑康に入田義実って、おい!
 朽網と入田って、大友二階崩れで粛清された入田親誠の縁者と息子じゃねーか。
 
「くすぶらせたままではいずれ火がつきます。
 ならば、目の届く所において功に賞すれば火は消えるでしょう」

 まぁ、言わんとする事は分からないではないが、父親殺された恨みを消すのは並大抵の事じゃないと思うけど。
 考えていた事が顔に出ていたのだろう。
 一万田鑑種が苦笑して本音をぶっちゃける。

「裏切るにも、主君が公正に治め、己が賞されているのに裏切ると不義理と罵られて周りがついてこないのですよ。
 今の殿はまぁ、若干色に溺れていますが公正の範疇ですから、あとは働ける場所を与えてそれを賞すれば、今度は家臣が納得しませんよ」

 うわ。
 さすが元内通者。
 言う事に説得力ありまくり。

 日向の豪族土持親成も大野鎮台に入るから、この大野鎮台は豊後南部国境の備えであると同時に、対毛利戦における予備兵力となる。
 うん。文句の付け所が無いわ。  
 とはいえ、彼が率いるであろう宇和島鎮台についてはいくつか首をひねる所があったので質問してみる。

「田北鑑重にできて、貴方にできない道理は無いか。
 けど、補佐がいないけど誰かあてがあるの?」

「渡辺教忠殿と土居清良殿にお願いしようかと」

 渡辺教忠は一条房家の甥に当たり、西園寺家に対する一条家の監視として西園寺十五将の渡辺家の養子に入っている。
 まぁ、彼は断らないだろう。
 問題は、土居清良の方だ。
 農業に一家言を持ち、配下に鉄砲隊を配備させたその先見の明を持つ彼を配下に出来れば、言う事この上ないのだが。
 彼、祖父や父を大友の侵攻で失っている。
 で、一時没落してまた復活したと思ったら、西園寺家そのものが大友によって滅亡してまた没落の憂き目に。
 大友を恨んでいるに違いないと思って、一万田鑑種がこれを差し出してきた理由を知る。

「口説けって事ね。
 土居清良を」

「はっ。
 残しては危険な男。
 害する前に取り込みたいのですが、それがしが誘うより、四国で武名著しい姫の文を頂きたく」

 これだからできる男は。
 断れないじゃないか。
 本気で彼を毛利に取られなくて良かったとほっとする。

「いいわ。
 必要なら私自ら出向いて口説くわ」

「ありがたき幸せ」

 私の即決に一万田鑑種が頭を下げる。
 で、一週間後に本当に出向いて口説き落としてきた、有限実行の私です。
 まぁ、その話はこの宴席外の事なのでおいといて。



「良かった。
 ちょっと話がしたかったのだけどいい?」

 宴席で見かけた顔に声をかける。
 島井宗室。
 博多の商人にて、大友の御用商人の一人。
 この間杉乃井で吉岡長増経由で南蛮船建造の資金援助、代わりに南蛮船を安く購入するという提案があったのだった。
  
「これは姫様。
 何か御用で?」

「吉岡老に妙な話吹き込んだでしょ。
 あれの返答をしようと思って」

 あの隠居じじい、すっかり別府に居ついて若い者に色々教えていたりする。
 教育は大事よねと思っていたけど、最近はこのじじいの教え子が増えていたりする。

 まぁ、私とうり二つの遊女に恋文の一つ出せないのも恥ずかしいからね。きっと。

 何しろ私が書物をかき集めた図書館が別府にはあるし、学ぼうとする意思があるなら学べる場所なのだ。実は。
 若い衆が下心みえみえとはいえ、読み書きしようという気になったのはいい事だ。
 なお、もう一人の隠居じじいの田北老(田北鑑生)も来て、武芸を教えているとか。
 だから、別府であの二人が教えているのを、私はこっそりと「老後の楽しみ学校」と呼んでいたりする。
 で、最近両方に出来るだけ顔をだして、武芸に学問両方とも最近めきめき力をつけている若武者が一人。

 うん。四郎なんだな。これが。
 妊婦自重しろとの声で、自重した結果がこれだよ!
 血があのチートじじいのを引いているから、伸びるのは分かっていた訳で。
 まったく何やってやがる。大友しっと団。
 四郎を越えるべく良い男にならないと恋も取られちゃうよ。四郎に。

「いつまでも姫に頼られる男になるべく、日々精進しているだけです」

 なんて閨で言うのですよ。
 もう、かっこいいたらありゃしない。
 思わず抱きついて奉仕オンパレードをやろうとして、瑠璃姫に見つかって二人仲良く説教喰らったけど、こんな時ぐらいは空気読んでよ!瑠璃姫。

 いかん。話が逸れた。

「別府の支店は構わないわ。
 あと、南蛮船購入についてだけど、こっちは構わないけど、いいの?」

 実にわざとらしい疑問系に島井宗室が食いつく。

「何がでしょうか?」

「建造に時間がかかるから回せても一隻ずつだし、それが難破したら大損でしょ」

「ですから、難破しにくい姫の船をお願いしたわけで」

 この時期の航海の難破率は信じられないほど高い。
 少し時代は古くなるが、元寇時では、対馬海峡を渡る為に一月も待ったとかいう記述が残っていたりする。
 あの時期の対馬海峡ですらこれだ。
 技術が進歩したとはいえ、この戦国の世でそれはさして変わっていなかったりする。
 なお、大航海時代の南蛮船ですらその帰還率(まぁ、地球を半周回るから当然か)は限りなく低かったりする。

「なら、船が沈んだらおしまいじゃない。
 で、一つ相談なのだけど、南蛮船を買うんじゃなくって、うちから借りない?」

 私の提案に島井宗室の目がぱちくり。
 これのメリットは、

 大友側
 水軍維持費用が出る。
 航海による水兵錬度が上がる。
 戦時は徴用し、平時は商船として使うから売却による戦力減がない。

 島井側
 買うより安い。
 人材は大友持ち。
 難破や老朽化しても次を貸してくれる。
 堺や若狭など大友の名前で商売ができる。

「もちろん毛利との戦なんかで貸せない弊害もあるけど、自前で船を持つより安全に思えない?」

 実は、前世知識のリース系企業のネタそのままだったりする。
 近い内に船舶保険にも手を出しますか。
 目指せ、日本のロイズです。

 と、話せばそこは稀代の大商人。
 破顔一笑の後に手を差し出す。
 私もその手を握ってにっこりと。

「今後ともよしなに」

「まったくです。
 これ、お祝いの品です。どうぞ」

 と、後ろの番頭が持ってきたのはさっき山科卿に飲まれたワインで、しかも対のギヤマングラスつき。
 そして、さっきの宴会での山科卿の言葉を思い出す。

「山科卿にちくったの、あんたね」

 ちょっと手を強く握って意趣返しをするが、さすが大商人の手。
 ちっとも痛そうな顔をしないで、彼は言い切ったのだった。

「傘は、雨が降らないと売れませぬゆえ」

 さすがにやられっぱなしでいられるのは嫌なので、一言。

「あ、そうだ。
 高麗象嵌青磁を買おうとしていたの父上の手の者だから、言い訳考えておきなさいよ」

 ぴたりと固まった島井宗室を捨ておいて、私はワインを持って宴会場に戻ったのだった。



「おお、姫。
 麿の為にまた酒を持ってきてくれたか。
 よきかなよきかな」

 まったく自重しねーな。
 この酒飲み公卿。
 ギヤマングラスを山科卿の前においてワインを自分のグラスにだけ注いでごくり。
 ああ、美味しいわ。これ。

「姫。
 先ほどの意趣返しならば、少し雅ではありませぬぞ」

「ご安心を。
 山科卿がお願いを聞いてくれたら、残りは全部差し上げますから」

「本当か!
 銭以外なら何でも言うが良い!!」

 そのワインの為に足舐めそうなぐらいの顔は止めてください。
 これだから酒飲みってのは……

「山科卿の日記を写本させてください」

「ほぅ。日記とな」

 そうなのだ。
 彼、後に当代一級資料となる日記『言継卿記』の著者なのだ。
 そして、何よりも大事なのはこの日記に書かれた患者の記録が、日本最古のカルテと言われている。
 これが医師に渡り、正しく医療に使われれば、どれほどの命が助かるか。
 この手を逃してなるものか。

「写本の費用に運搬、全ての手間は私が持ちます。
 それにお礼として、朝廷と山科卿にそれぞれ五千貫、合計一万貫払いましょう。
 いかがです?」

 一万貫という言葉にまたぴたりと場が静まる。
 しかし、良く場が止まる宴会よね。これ。

「姫。
 そういう事で麿は銭を取りはせぬよ。
 遠慮なく、写本すると良い。
 そうじゃな、今度正親町三条家のご隠居が来るらしいから、その支度金にでもすればよい」

 この時、真の貴族として私は山科言継を見た。
 こんな人間が残っていたのだな。

「じゃが、大友家が朝廷に献金するのは大歓迎じゃ。
 何しろ、銭はいくらあっても困らぬからのぉ」

 尊敬の雰囲気ぶちこわし。
 これも彼の魅力か。
 私は山科卿にワインを渡して立ち上がる。
 私の為に開いた宴会だ。場が冷めたなら、私が盛り上げないと。

「一番!大友禰宜!
 芸を披露します!!!」

 と、叫んで豊後高田名産白葱を手に取ってくるくる回す。

「やっつぁっつぁぱれびっぱれらんらんびっぱりりんらん……」


 しーん。


 どうやら、このハイセンスは四・五百年立たないと分からなかったか……
 いや、時代はタコだったか。

 見事なまでに固まった場をどう取り付くおうかと、私は冷や汗をかきながらネギを回し続けたのだった。



補足
 このお話に出てきた、島井宗室の提案は、「大友の姫巫女XXX とある少女の物語・幕間~島井宗室~」の裏にあたり、大隅氏の了解を頂いております。



[5109] 大友の姫巫女 第五十一話 ふるさとは遠くにありて思うもの
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/27 12:08
 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。
 
 宴席でネギを称える歌を歌ったけど大失敗。
 時代はタコでした。

 海産物を称える歌を歌えばよかったかと後悔中。
 けど、あれ歌うとSAN値直葬で何か勝手に神力付きそうでいやだし。
 いやほんとに、憑いたら困るし。
 敵味方発狂しそうで。


「あれ?
 姫様何処に行かれるんですか?」

 大手門の所で仕事しないように命じている唐衣装の門番娘三人が尋ねてくる。
 門番の意味あるのかと聞かれると、ちょっと耳が痛いがいいのだろう。
 元ネタが元ネタだし。うん。

「ちょっと里帰りしてくるわ。
 向こうに泊まるって麟姉さんに言っといて。
 あと、面倒な事は恋を身代わりにして、全部麟姉さんに任せるから」

 いや、仕事もえっちも「妊婦自重しろ」だし、暇で暇で。
 ちょいと、この間四国に土居清良を口説きに行ったのだけど、雨の中家の前で待っていた妊婦攻撃に彼もあえなく陥落ですよ。
 一応四郎に傘さしてもらったのだけど、まさかこんな手段で口説くとは四郎も頼んだ一万田鑑種も勧誘を拒否しようとした土居清良も思っていなかったらしく。
 彼の家に引きずり込まれて、体を乾かした後で説教受けましたよ。

「お腹の子が名将になるとしても、その前に家が滅んだら意味無いでしょ。
 今、この瞬間でお腹の子と貴方のどちらかを選ぶならば、私は貴方を選ぶわよ。
 子供はまた生めばいいし」

 カテリーナ・スフォルツァ並の駄目発言は、妊婦の姿だとえらい効果があったようで。

「大友は嫌いだし憎いが、お腹の子供に罪は無い。
 私の存在が姫の子に害を与えたとすれば、私は、私自身を許せない」

 消極的だけど、出仕させる事に成功です。
 まぁ、神力でなんともないと分かっているからの外道アタックなのだけど。
 正攻法では落せなかっただろうし。彼。

 考えてみると、この一件からぴたりと仕事が来なくなったのよね。確か。

「ああ、姫様それは私がしますから」
「姫。それはそれがしがするので」
「どうかお部屋に戻って大人しくしてくださいませ」

 どうもこの姫に任せると、目的の為に(己を含めて)手段を選ばないと認知された様子。
 失礼な。
 私ほど、ルールを守るマンチキンな人間はいないというのに。
 結局、理由が「神様の加護があるから」でしか説明できないのが問題なのよね。
 それが、妊婦というある種のリアルを見せ付けられると、神より妊婦をこの時代の人も取っていたという事だろう。
 冷静に考えると、やっている事が毘沙門天の生まれ変わりと信じきっている某大名と変わらなかったり。
 あれ? 

 で、仕事がなくなると今度は時間を持て余す訳で。
 買いあさった本をぱらぱらと読んでいたら、続きは宇佐に置いてきたので、取りにゆこうというのが今回の小旅行の目的です。
 簡単に買える物じゃないからね。この時代の本は。

「はーい。
 護衛つけてくださいよ」

「分かってるって」

 禿が走ってやってくる場合は公式外出だから仕方ないとして、こうやって一人でこっそりやってきたならばお忍びという事で。
 ちゃんと仕事をしないように教育したので、こうして堂々と門から脱走できるわけだ。
 最近は裏口も警戒厳しいから。
 で、仕事しない門番の使い道発見ですよ。

 という訳で、馬小屋に出向いてサードステージに乗ってお出かけです。
 え?妊婦自重しろ?
 こんな時に神力使わなくてどうしますか。

 なお、私の脱走を知った麟姉さんが私と門番三人を大手門に並べて大説教大会を開幕させたのは先に書いておく。
 その時の麟姉さんと門番の受け答えがまた伝説になったのでこれも先に書いておこう。

「何で止められなかったんですか!」

「私達であの姫様止められる訳無いじゃないですか!」

 その言い訳に、私も麟姉さんも見ていた通りすがりも一斉に、

「うんうん」

 と首を立てに振ったのは見事なコントだったと思う。多分。


 かっぽかっぽとお馬が歩く。
 ゆらり揺られて目指すは宇佐へ。
 護衛の姫巫女衆の馬四騎だけつけてののんびり小旅行です。

 別府の奉行にも顔出したから護衛が十騎ほどいたりするのだが、小さいとはいえ峠を二つ越えるので先行偵察と宇佐への伝令をお願いしています。
 街道警護と治安維持は商業発展の要だから、最終的には大友領全て安心して旅行できたらと思っていたり。

 赤松峠到着。
 山頂に関所が設けられていて、通行料と旅行者チェックをやっています。
 私を見て平伏する役人に話しかけてみる。

「最近は夜盗とか出てる?」

「流れ者が悪さをするのはありますが、徒党は組んでないみたいです。
 府内からの言いつけどおり、昼夜に巡回を始めたのも大きいと思いますが」

 つまる所、夜盗が夜盗になる多くの人の理由が食っていけないからにつきる。
 幸いかな、大友領ではこの数年(私や母の祈願で)豊作が続いているし、兵士に鉱山開発や新田開発に街道整備と仕事がいくらでもある状況ではある。
 だから、そんな状況で夜盗になる輩は生粋の悪党でしかない訳で。
 一銭切りとまではいかないけど、かなりの厳罰(炭鉱・たたら場送り)を持ってのぞんでいます。
 関所の通行料は宇佐八幡の懐に入りますが、料金も低く設定し、この収入のかなりの部分を還元する方針を取っているので今の所文句は聞こえてきません。
 で、そんな還元事業の一つが関所に隣接されたお茶屋さん。
 足を洗った元遊女の第二の人生を送る雇用としてもあり、私の諜報機関の出先でもあり。
 と、後付で色々理由をくっつけたけど、

「やっぱり、峠の茶屋でお茶を飲んでお団子を食べるのは最高よねっ!」

 真の理由は食欲が理由だったりする。文句あるか。
 のんびりとお団子を食べて待つことしばらく。

「姫様~~~!」

 あ、来た来た。
 姫巫女衆が乗る騎馬の集団の先頭は、今日の護衛だった八重姫と九重姫の二人か。
 そんなに大げさに考えなくてもいいのに……。

「はぁはぁはぁ……
 いつもいつも私達を巻こうとして……はぁはぁはぁ……
 そんなに私達がお邪魔ですかっ!!
 ……はぁはぁはぁ……」

 叱るか息を落ち着けるかどっちかにすべきだと思うな。うん。
 邪魔ならばここでお団子食べずに先に行っているがな。

「八重。
 姫は賢明だ。
 悪戯で済む場所で留まって、そこから先は我々を待っている。
 とはいえ、お腹の子の事を考えてほしい。
 今の姫は、姫だけの命ではないのだから」

「分かっているわよ。
 けど、おとなしくしているわけにはいかないのも事実なのよねぇ。
 相手は戦を待ってくれないしさ」

 心配はかけたくないが、実は対毛利戦を考えるとあまり時間が残っていない。
 現在永禄八年で、立花合戦が勃発するのは永禄十年。
 まだ筑前の内半分しか掌握していないのである。
 筑前の諸豪族で特に厄介なのが二つあって、大友一門のくせに独立色が強く博多を押さえる立花山城の立花鑑載と、宗像大社大宮司の宗像氏貞の二家をまだ粛清していない。
 後一個、大蔵党一族の高祖城の原田隆種ってのがいるけどひとまずおいておく。
 このニ家というか三家か。反大友傾向が強いくせにぼろを出さない。
 皮肉にも、秋月から始まった粛清を目の当たりにしているから、逆らうのは避けようという傾向が露骨に出ていたりする。
 
 内紛でも起こっていればなぁ。
 焚きつけて介入するのだけど。
 ちなみに筑紫氏で私がやったのは、主君、筑紫惟門を隠居させるのならば、息子広門に後を継がせて旧領を回復させると筑紫重臣に囁いたのだ。
 筑紫惟門は弘治三年(1557)に秋月文種と共に反乱を起こし敗北。降伏。
 それにこりずに永禄二年(1559)に、また反乱を起こし、博多を襲うという暴挙までやらかして旧領が大幅に削られていた。
 門司合戦での引き分けと秋月騒動の一部始終を見て、毛利より大友につく方が良さそうだと判断したのだろう。
 毛利隆元暗殺後のごたごた時に仕掛けたのも効いたらしく、めでたく惟門を隠居させて筑紫を大友側に引き込んだのだった。

 宗像氏貞の所は彼自身内紛の果ての勝者だし、原田隆種の所も数年前に内紛があったばかり。
 で、立花で内紛が勃発したら、一門ゆえ大友本体(特に父上)に打撃が行くし。
 秋月・筑紫を粛清し、後の立花合戦での主導者である高橋鑑種は釘を刺して四国に転封させ、豊後から博多まで邪魔をする国衆は誰もいない。
 が、肝心の防衛地の博多や毛利上陸予定地である宗像、更に博多の後背地に当たる原田がこんな状況なので防衛計画が作れないのだ。
 仕方がないので、町衆の自治に任せる事で博多防衛を放棄。
 防衛線を水城まで南下、拠点を岩屋城にして大砲備えさせましたよ。
 おまけに、立花山城の監視として送り込まれていた、怒留湯融泉(ぬるゆゆうせん)を岩屋城代にもってきて、立花家で大友派の薦野(こもの)宗鎮と米多比(ねたび)大学を岩屋城付きにしましたよ。
 博多と二日市の遊郭に兵を入れているので、いつでも謀反カモンと思っていたのですが、ここまで露骨にしたら『次、あんたね』と暗に言っているようなもので。
 別府にまで貢物を持ってきたのは、筑前ではこの三家ぐらいですよ。まじで。

 また困った事に、立花鑑載の動向が分からないのだ。
 西大友とまで呼ばれ、本家からの独立志向があるのは分かるのだが、反乱に踏み切るかどうか覚悟が見えないのだ。
 ちなみに、立花鑑載の謀反の理由は表向きは銭だった。
 史実では、門司合戦に敗北した大友は、勢力回復の為に大規模出兵を繰り返し、その負担を後背地である筑前国衆に求めたのだ。
 その負担に耐え切れず謀反というのが立花合戦の理由だったりする。
 ところが、戦に負けず、勢力を伸ばして経済状態は絶好調では謀反を起こす理由が無い。
 しかも、何しろ場所が場所ゆえ、かつては大内の臣下でもあった立花氏である。
 一応後継となっている毛利に対して、そんなにいい印象を持っているはずが無い。
 家柄的に大友家の出で大内家に仕えていた彼が、毛利家につけるかという気分的な問題もある。
 たとえるなら、大企業に勤めていたサラリーマンが、自分の所属する部門丸ごと新興ベンチャーに買われたもの。
 これも本社が景気が悪くてのリストラなら仕方ないが、本社である大友家は現在収益過去最高を更新中の絶好調状態である。
 そりゃ、躊躇うか。

「姫?」

 我に帰ると、八重姫が心配そうに見つめていたり。

「ごめん。
 ちょっと考え事していたわ。
 さて、行きましょうか」

「姫。
 馬車を用意している。
 乗って」

 いや、私、馬が「乗って」
 ……はい。
 どこぞの対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースばりの無表情攻撃はやめてください。九重姫。
 ほら、サードステージも威嚇しているじゃないか。
 九重姫、サードステージの目をじっと見て、

「……」
「……」
「……」
「……」

「大丈夫。彼は納得した」

「「したの!?」」

 八重姫と二人で突っ込んだのだった。


 立石峠到着。
 ここは関所というより城郭化している。
 昔、この近辺にある勢場ヶ原合戦で大内軍を迎撃しようとして立石峠と地蔵峠に軍を置いていたら、めでたく迂回されて大友軍本陣を直撃されるという大失態をやらかした為である。
 この戦い、大友本陣が壊滅したのにこの待ち伏せ部隊が逆襲に転じ、勝って油断をしていた大内軍は大壊走するという、どっちも突っ込みたくなるような戦だったりする。
 なお、この戦いでは兵数では無く、騎数(一騎、つまり下三人から五人つく足軽は入れていない)なので、双方とも兵数では一万を越える大戦だったとか。
 この反省から、立石峠と地蔵峠には城郭が築かれてそこで防ぎ、主力は竜王城から駆けつける体制ができていたり。
 それを提案し、構築したのは宇佐時代の私だけどね。
 ちなみに狼煙台も作ったし、宇佐に入りきれない兵はこの二つの峠の城郭で休ませる事になる。

「あ!姫様だ!」
「姫様が帰ってきた!!」

 別府の侍はここで帰し、峠まで来ていた宇佐の侍に護衛を引き継ぐ。
 ここからは私の故郷みたいなものだから、心配はいらないとは思うけど。
 子供が寄ってくるし。
 爺様は拝むし。
 百姓の皆様は手を振るし。

「凄いですね。
 皆、姫様に手を振っていますよ」

 八重姫が少し引いている。
 多分、馬鹿や無茶やる私と為政者の私のギャップが埋められないのだろう。

「姫はこの宇佐在住時からだが、村々を練り歩き、祈祷に相談にと働いていた。
 これはその結果」

「ねぇ。
 それ、いつから?」

 八重姫の質問に本人が横から答えてやる。

「私が宇佐に人質に行った時からだから、かれこれ数年前かな」

「そうだ。
 姫は我々が母上と遊んでいた時に既に、民の声を聞こうとしていた。
 そして、民の為に尽くしたからこそ、この光景がある」

 九重姫の淡々とした物言いがまた恥ずかしい事この上ない。

「姫様、毛利の若君と結婚したんだって?
 めでたいなぁ」

「お腹こんなに大きくなって。
 精のつくもの持って行きますからね」

「そのお腹見たら佐田様喜びますよ」

 ここでも聞こえる『毛利の若君』。
 うわ。四郎の子孕んだデメリットが噴出しているわ。
 父上、宇佐に呼んで一度仲が良い事をアピールしとかないとまずいな。本気で。

 代わる代わるの村人達の挨拶を受けての宇佐八幡入城。
 うん。字間違っていないほど、この御社は城郭化されていたりする。
 何しろ古は九州最大の荘園領主であり、源平合戦時に焼かれたりと結構いろいろあった宇佐八幡である。
 その門前町に巨大御殿がでんと。
 私の遊郭でございます。
 他の遊郭もできてそりゃりっぱな色街に。
 そんな喧騒も寄藻川を越えると途端に静寂に。
 これが神域の力か。
 宇佐八幡宮はその本殿たる上宮の置かれている麓に弥勒寺があり、神域である御許山の麓に大宮司宮成公建の屋敷があり、その隣に小さく私の屋敷が居を構えている。
 宮成公建に挨拶を済ませて我が家へ。

「小さいですね」

「まぁね。
 私だけが住むならこんなものでしょ」

 八重姫に言葉を返しながら、屋敷に入ると、私よりお腹の大きな二人が侍女つきで出迎えた。

「お帰りなさいませ。姫」

「ただいま。
 霞、あやね。
 私もだけど、お腹大きくなったわねぇ」

 屋敷は綺麗に片付けられていた。
 無駄に本や巻物が積み上げられていた屋敷も風通し良く人が住める家になっていたりする。
 いや、本って日の光天敵だし。
 ビブリオマニアになると、北向きの家を選んじゃう理由と同じだったりするのだが、かなり別府に持っていったからなぁ。

 あれ?
 九重姫どこ行った?

「……」

 蔵の前で呆然と立っている九重姫発見。
 と見ると、蔵一杯の本と巻物に呆然としているらしい。

「凄いでしょ。
 これ全部、私がかき集めたんだからね」

 それだけじゃない。
 村々を回っている時に聞いた話や逸話、昔話なんてのも書いて収めていたりする。
 『珠姫集話』と名付けたこれらこそ、私の知の源泉でもある。
 やっぱり、人の師は人よね。
 どんな話にも学ぼうとすれば、そこには自らを磨く何かがあるのだから。

「見たい?」

 こくりと首を縦に振ったので鍵を渡してあげると、そのまま蔵に突貫していった。
 ありゃ、しばらく出てこないな。多分。
 しばらくほっときましょう。


「大きくなられましたな。
 姫の子はわしにとって、曾孫のようなものです。
 霞もあやねも順調に大きくなっております。
 これも長生きしたおかげですな」

 私の爺、佐田隆居は嬉しそうに私に笑う。
 一線を引いたとはいえ、その影響力は私の存在もあって豊前の中で抜きん出ている。
 お茶を立ててあげながら、私は懐かしそうに周りを見渡す。

「けど、変わらないわね。
 ここは。
 栄えようとも、衰えようとも山河はそのままであるか。
 いつか、遥か先の私達の子孫がこの場所を見てもそう思うのかしらね」

 かつて、前世ではここで暮らした事もあるので、この景色が二十一世紀に繋がっていると思った事がある。
 それが無性に寂しくて、一人で泣いたこともあった。
 そんな時に私を見つけてあやしていたのがこの爺だった。
 親とも離れ、精神はともかく体はりっぱな子供だった私は、そんな爺の撫でてくれる手がとても好きだった。

「そういえば、一つ爺にあやまらないといけない事があったわ」

「ほう、何ですかな?」

「鎮綱殿と夫婦になれそうも無いわ。
 ごめんね」

 宇佐に来た時ならまだしらず、これだけの権力を集めてしまうと結婚も色々と問題がある。
 そして、嫁として家に入れば歴史に介入できずに、宇佐焼き討ちや大友滅亡を見る事になる。
 結局、私とハヤテちんこと鎮綱の関係は、年の離れた兄と妹から執事とお嬢様に移ってしまった。
 それだけは、私が爺に謝らないといけない罪。
 爺は笑ったまま空を見上げた。

「期待していなかったといえば嘘になりますな。
 霞やあやねをつけたのは姫の侘びですかな?」

「さすがにそこまでは考えていないわよ。
 けど、良かった。
 あの二人とはうまくやっているのね」

 そのまま二人とも無言で。
 それが心地よくて。
 大友家の女大名と豊前一の国衆旗頭でもない、ただの娘と爺がそこにいたのだった。


「九重!
 ちょっと出てきなさいよ!
 もう姫様が帰るってのに!!
 おーい!!!」

 なお、九重姫は見事なまでに本に嵌ったらしい。
 以後、別府でも図書館で良く本を読む九重姫の姿を見る事になる。



[5109] 大友の姫巫女 第五十二話 雷神光臨
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/02/28 10:56
 それは、府内での酒の席での事だった。

「負けを知るですか?」

 問うたのは戸次鑑連。
 この度大友家全軍を率いる旗本鎮台陣代に内定している。

「うむ。
 あれは知恵では毛利狐に遊ばれているから警戒はしているだろうが、戦では少し勝ち過ぎる。
 戦という物はあれの知恵の及ぶ物ではないという事を分からせる為にも、一度徹底的に負けさせる必要があるのだ」

 答えたのは大友義鎮。
 で、あれと呼ばれたのは別府にいる娘の珠姫の事である。
 門司合戦、彦山川合戦、慶徳寺合戦、鳥坂峠合戦と勝ち続けた姫を後方から見続けた彼は、その危うさを感じたのだった。

「とはいえ、敵相手に負けると下手すれば慰み者。
 悪ければ討ち死にもある訳で。
 それがしも、負け戦は御免蒙りたいもので」

 人間、常勝であるという事はまれである。
 戸次鑑連自身も幾度か小競り合いを入れてだが負け戦を体験していたりする。
 だからこそ、現在の武神と恐れられる戦績がある訳で。

「将ならばそれも良かろう。
 だが、大名ならばそれは兵だけではない、民にまで害が届く。
 大内しかり、尼子しかり、勝ち過ぎる者はいずれ家を滅ぼすものよ。
 あれにはそのような道を歩いて欲しくはないのでな」

 たしかに後継者としての愛情だろうし、「己を殺せ」と命じるほど狂っているわけでもないが、難題である事には違いない。
 顔に出ていたのだろう。義鎮が笑う。

「難儀ではあるだろうが頼む。
 わしも、少しは親らしいことをしてやりたいのだ」

 その笑みに闇が無いのを見て取ったからこそ、戸次鑑連も彼の頼みを聞いたわけで。
 その夜、また前と同じ様に角隈石宗と吉岡長増を呼んで謀を考える事になる。



 宇佐で巫女をしている珠です。
 今回は大将モードです。
 相手は……戸次鑑連。

 戦いたくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

 事は鎮台発足の前日に遡ります。

「模擬戦ですか?」

「はい。
 旗本鎮台が発足するに当たり馬揃えを行い、殿に訓練の成果を見てもらうべく、模擬戦を行いたい所存で」

 いや、それは構わないけど、何故私よ!
 もっと強い人間いっぱい居るじゃない!!!

「娘よ。
 お前、武功ではわが家の上位に居るの忘れてないか?」

 ああ、父上までいい笑顔で言い切りやがった。
 あんたら組んでいるな!
 そんなに娘をいじめて楽しいか!!

「ご安心を。
 いい勝負ができる様に、姫様には三倍の兵を率いてもらおうと」

 その淡々と語る戸次鑑連に、流石にカチンと来た訳で。

「三倍ですって?」

「はい。
 姫様が率いる御社衆や豊前・筑前国衆ならそれぐらいでちょうどいいと」

 流石にこれはカチンと来た。
 三倍ですよ!三倍!
 『戦いは数だよ!』の信奉者である私からすれば冒涜以外の何者でもありませんよ。
 その挑発乗った。

「わかりました。
 旗本鎮台発足の泥を塗るようで失礼かもと思いますが、どうかよろしくお願いします」

 今にして思う。
 この時に既に負けていたと。



 で、大友家の家臣一同勢揃いの旗本鎮台の馬揃え式が終わった次の日の模擬戦当日。

 いや、集まったりの観客の数。
 父上も母上も養母上もきてやがるし。

「いい!
 旗本鎮台は今日できたばかりだけど、その最初の戦に敗北を刻み込むのよ!
 数は我々の方が多いわ!
 彼らに目にもの見せてやりなさい!!!」

 私の将兵を前にした演説を終えると、麟姉さんが薙刀を持って命じます。

「姫様に歓呼三声!」

「らー!」
「らー!」
「らー!」

 今回、相手が相手だけに、使える者を根こそぎかき集めてきましたよ。
 主力の佐田鎮綱率いる宇佐衆千人は中央に。
 四郎指揮の御社衆千人は右翼に。
 更に高橋鎮理率いる香春岳城守備兵に、別府で学んでいるじじいの老後の楽しみ学校の生徒も郎党連れて強制参加で、合わせた千人を左翼に置いている。
 そしてその後方、私のいる本陣は姫巫女衆が五百。
 合計三千五百人の大軍勢です。
 五百人多いけど、戸次鑑連の「姫巫女衆は数にも入りませぬな」との余裕の挑発に、麟姉さんも、白貴姉さん、瑠璃姫も大激怒。
 絶対泣かすと意気込んでいたりする。

 で、戸次鑑連率いる旗本鎮台は自ら率いる本隊四百に、小野鎮幸指揮の右翼と由布惟信指揮の左翼それぞれ三百ずつの千人。
 普通、これなら負けないでしょう。多分。

 ルールの説明。
 騎馬・鉄砲・大砲は禁止。
 使用は木刀および、先を丸めた矢と槍のみ。
 全員、旗と笠(武将は兜)着用。
 このどちらかを敵に取られたら「死亡」で離脱。
 この二つのどちらかを地面に落としても「死亡」(つまり、旗に矢や槍が当たって折れても「死亡」扱い)
 総大将(私か戸次鑑連)が死亡するか、負けを認めたら終了。


「姫様は失策を犯しましたな。
 同数の兵ならば、宇佐衆のみで勝てたかも知れませぬのに。
 兵の錬度に差がありすぎるから、戸次殿はそこを突くでしょうな」

 この言葉は、始まる前に父上に尋ねられた角隈石宗の言葉である。
 全てが終わった後でこれを聞いて、蒲団で悔し涙を流したのはとりあえずおいて置く。




    ③   B
 ① ②   A  
    ④   C


 珠指揮軍(鶴翼の陣)   三千五百
 ① 大友珠  (姫巫女衆)五百 
 ② 佐田鎮綱 (宇佐衆) 千
 ③ 高橋鎮理 (香春岳城兵+α)千
 ④ 毛利元鎮 (御社衆) 千


 旗本鎮台軍(魚鱗の陣)   千 
 A 戸次鑑連 (鎮台本陣) 四百
 B 由布惟信 (鎮台左翼) 三百
 C 小野鎮幸 (鎮台右翼) 三百


「放てぃ!」

 双方から放たれる矢の雨によって模擬戦は始まった。
 早くも双方からぱらぱらと離脱者が出始める。

「敵、突っ込んできます!」

 矢合わせでは数の多いこっちが有利なのは分かっているので、旗本鎮台軍は全力で突っ込んで来る。
 これを受け止めて、囲んでしまえばこっちの勝ちだ。

「右翼、左翼とも広げて囲んでしまうわよ!」

 私の指示を伝令が走って伝え、更にその翼を広げて包み込もうとした瞬間、それは急激に起こった。

「な……
 うそ……」

 陣を崩さずの斜線移動。
 こんな事ができるってどんだけ錬度高いんだ。やつら。
 って、呆けている場合じゃない。
 左斜めにずれたって事は……

「まずい!
 陣を元に戻してっ!!」

「遅いですな。
 姫様」

 幻聴だけど、私は確かに戸次鑑連がそう呟くのを聞いた。
 こちらの左翼先鋒と旗本鎮台本陣が衝突。
 そこを旗本鎮台両翼が左右から突っ込む。
 この瞬間、瞬間的な勢力比は旗本鎮台の方が上、しかも春香岳城将兵だけならまだしも、今回は若集とその郎党が加わっているので統制が取れていない。
 瞬時に左翼先鋒が壊乱。
 その混乱は左翼全体に波及する。

「静まれっ!
 姫様が見ているのだぞ!
 落ち着かぬかっ!!」

 高橋鎮理が必死になって統制を取ろうとするけど、若集とその郎党が邪魔になって元に戻らない。
 これで、左翼は死んだも同然になり、そんな左翼をほおっておいて旗本鎮台軍は更に迂回する。

「まずい!
 旗本鎮台のやつら、迂回して本陣をつくつもりだ!!」

     BA
      ③C
  ① ②
      ④      

 ③混乱中

「姫様の本陣を守れ!」

 慌てて中央の一部が旗本鎮台と本陣の間に割って入る。
 だが、それも戸次鑑連の思う壺だった。
 敵左翼は残って間に割って入った兵を拘束して、本陣と右翼は反転。
 そのまま四郎率いるこちらの右翼に突っ込んだのだった。
 主導権を取られ、兵の錬度で劣る御社衆は、戸次鑑連率いる旗本鎮台の敵ではなかった。

「下がるなっ!
 我らの方が兵が多いのだ!!
 引くなっ!!!」

 四郎が声を枯らして必死に隊列を維持させようとするけど、旗本鎮台右翼の横槍でついに崩壊。
 この一撃で先鋒が壊乱するだけならまだしも、士気と錬度から右翼全体が総崩れを起してしまう。
 この時点で私が敗北しなかったのは、佐田鎮綱率いる中央が旗本鎮台本陣に横槍を入れたからに他ならない。
 それでも敗北が少し先に伸びただけだったりするのだが。 

 何しろ、かろうじて機能している中央の宇佐衆は本陣を守る為と右翼を助ける為に兵を裂いている。
 兵の錬度では旗本鎮台に負けない自身はあったが、右翼・左翼の崩壊を目の当たりにして士気が崩壊していた。
 数度の衝突の後、ついに中央も崩れ始める。
 
「右翼は使い物にならないわ……
 左翼はどうなっているの!」

「まだ、鎮台左翼と交戦中です!」

 左翼の高橋鎮理は若衆とその郎党を切り捨てる事で、本来の香春岳城城兵のみで再編を完成させるのだが、すり減らされたとはいえまだ戦える敵左翼が拘束して中央の救援に迎えない。
 何という機動力だろう。
 そして、何という統率力だろう。
 これが名将率いる最強の兵の戦か。

「姫様!
 来ますっ!!」

「姫巫女衆構えよっ!
 一兵たりとも姫に近づけさせるなっ!!」

 呆然としていた私を現実に戻したのは、中央の宇佐衆が崩れた隙を突いた旗本鎮台の突撃であり、麟姉さんと瑠璃姫の悲鳴に近い叫びだったわけで。
 この時点で既に私達は恐慌に陥っていた。

    C
   ③   
  ① ②
   BA


   ③ 兵数半減
   ④ 総崩れにて指揮不能



「構えよっ!」

 戸次鑑連の猛々しい声が響き、鎮台本陣と右翼の槍衆が下がって……

「しまった!弓!!」

 白貴姉さんの叫びと同じく、戸次鑑連の手が下り、矢が構えていた姫巫女衆に襲い掛かった。
 その内の一つの矢が、私を正面から射抜き、かぶっていた兜を吹き飛ばしたのだった。

「珠討ち死にっ!
 そこまでっ!!」

 父上の声が聞こえる中、私は動く事すらできなかった。
 私を射抜いた者こそ、この間府内で松の廊下をした小野鎮幸だったのだから。
 たしかに、戦では天下無双だわ。彼。
 不敵な笑みを浮かべる彼を見ながら、悔しいがそんな事を思ってしまったのだった。

 模擬戦が終わったというのに、家臣も見物客も一声も発しない。
 そりゃそうだろう。
 ちょっと名前売り出し中の私が、三倍強もの兵を集めて完敗したのだ。
 
「勝どきをあげよ!」

 ああ、負けて相手の勝どきを聞くって、こんなに屈辱だったのね……ちくしょう……


 今回の模擬戦

 兵力
 珠指揮軍 三千五百  
 旗本鎮台 千

 損害 
 珠指揮軍 千
 旗本鎮台 四百 

 討死
 大友珠(珠指揮軍) 

 
 しばらく、私を含め別府の人間はそりゃ機嫌が悪かった。
 そして、遊郭なのに何故か軍事訓練の時間が多く取られ、「次は旗本鎮台の首取ったる!」を合言葉に、四郎や高橋鎮理、佐田鎮綱がわざわざ出張ってきた宇佐衆や香春城兵相手に、御社衆と若衆集めて猛訓練をするのが別府の日常になる。
 なお、麟姉さんや瑠璃姫、白貴姉さんも時間がある限り姫巫女衆率いてこの訓練に参加するようになったり。
 知瑠乃など、尊敬する白貴姉さんがいる姫巫女衆の敗北に、

「あたいが仇を討ってやるの!」

 と、長寿丸を引っ張って訓練に参加したり(まぁ、加わっても足手まといだから別メニューで走って体力をつけているとか)。 
   
 で、私はというと……

「やっぱり、これからの戦闘は火力よね♪」

 と、ほざきながら鉄砲と大砲を買い漁る事に。
 戸次鑑連とやってこれなら、毛利の両川や島津四兄弟と戦ったらどうなっていたのやら。



 おまけ

「娘よ。
 神功皇后の神力があっぷしたわ」

「何故っ!?」

「そりゃ、そのお腹で戦に出れば、神功皇后とやっている事同じじゃない」

 あ……



[5109] 大友の姫巫女 第五十三話 別府大茶会(前編)
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/03/08 09:16
 前回、フルボッコにされました珠です。
 やっぱり雷神つえーわ。

 ガチでするなら、長篠合戦ばりの弾幕……でも突破されそうだな。
 野戦陣地構築と九州を縦断する塹壕を築いて、あの機動力を封殺してくれるわと出来ない事を考えていたりします。
 確実に財政破綻するって。
 第一次大戦の塹壕戦で列強がそりゃ経済崩壊したのもわからんではない。
 戦わないという手段もある事にはあるのですが。
 結局、私は相手の正面をどうやって逸らすかを、常に考える人間みたいです。
 前世での話、友人とこんな話をしたのを思い出します。

「人が王道、覇道を行くのを別に気にしない。
 だが、獣道を通ってゴールするのは私だ」

 すっげぇいい性格していたなぁ。前世の私。
 まぁ、某スペースオペラの不敗の魔術師に憧れていたからの思考なのだけど。
 あれ、当人も言っていたけど、ペテン師や詐欺師って呼称の方が似合っていると思う。

 で、そんな大友の詐欺師候補な私が考案した光景が眼下に。

 うららかな春。
 そよぐ若草。
 陣幕の中には畳が敷かれ、釜から湯気が立ち上る。
 珍味を集め、茶を楽しみながら管弦の音に風情を感じる。
 そんな大人数の男女を集めた大茶会。
 別府大茶会が開催されていたのでした。

 ちなみに、これは父上こと大友義鎮の仕掛けです。
 集められた客人は九州・四国九カ国にわたる大友支配領域の商人や国人層、更に南蛮人や寺社・公家までと千人を越えています。
 大友家の威光を見せつけようという企みなのでずが、会場警護は戸次鑑連と旗本鎮台が参加。
 私は姫巫女衆と遊女を連れての接待役です。
 で、父上はというと、

「ぁ、あの……」

 狼狽しまくりな遊女の恋が何か言う前にばっさりと切り捨てる。

「あげませんよ。
 それ」

「……そうか」

 あんた、恋の持つ高麗象嵌青磁を欲しそうに眺めているんじゃないわよ!
 目が口ほどにものを言ったのか、胸を張って父上も言い切る。

「娘よ。
 数寄者というのは、どうしてもいいものを見ると欲しくなるのだ」

「だから?」

 エターナルフォースブリザード並みの絶対零度な視線で睨んであげるけど、そこは父上。
 弟見殺しにして茶器を欲したという愉快な逸話を持つお方は、空気を読んでいなかった。

「くれ」

「帰れ」

 これで、とぼとぼ近習引き連れて帰るのが最近の父上だったりする。
 なんだか、凄く人間味が出てきたな。近頃。
 まぁ、その半刻後に自分の茶席で母上と養母上の両花はべらせて、私の畿内土産の『松島』を来客者に自慢していたりする。
 こんな馬鹿父上だが、仕事はちゃんとしていたり。

 来るわ、来るわの来客者。
 何しろ豊後・豊前・筑前・筑後・肥前・肥後・日向・伊予・土佐の九カ国にまたがる領国の主だけに、色々と群がる輩も多い。
 そんな彼らに何がしかの影響を与え、それが大友にとってプラスになるようにするのが今回の茶会の目的である。
 前世でも、パーティに顔を出す輩がいるが、そんな人付き合いは縁とコネを生み、ビジネスチャンスに繋がってゆくのは戦国時代でも変わらない。

 なお、二番手に来客が多いのが私の茶席だったりするのだが、今回は恋のお披露目も兼ねている。
 え?影武者じゃなかったのかって?
 武田信玄だって、その死がすぐにばれた戦国時代ですよ。
 そんなのばれるに決まっているじゃないですか。
 それよりも影武者を堂々と公言して、迷わせた方がまだましです。
 
「しかし、良く似ておる。
 双子ではないのですな?」

 恋は微笑んで、その客に茶を差し出します。
 この客人、安国寺恵瓊というお坊様だったりしますが。
 ええ、毛利の公式外交使節ですよ。
 現在毛利とは休戦中ですので。はい。

「私がこんなので、戦場には彼女と元鎮殿におまかせしようかと。
 まぁ、毛利と戦などないと私は信じておりますが」

 おっきなお腹をさすりながら、茶菓子のカステラをはむはむと。
 そんな私を慈愛の顔で見る限り、ただのお坊様に見えるから不思議だ。

「まったくですな。
 姫も毛利の縁者ゆえ、互いの家が争う事は心が痛むでしょう」

 けど、それ以前に毛利の大使として目が笑っておりませんが。彼。

「まぁ、私は大友の姫ですわ。恵瓊様」

「おや、これは失礼」

「ほほほほほ……」

「はっはっはっはっ……」

 寒いよっ!
 極寒だよ!エターナルフォースブリザードだよっ!!
 私も安国寺恵瓊もとてもいい笑顔で語り合っているのに、恋がめっさ引いているよ。
 恋の表情が普通だよなぁ。本来なら。
 なんで私の茶席にこんなのがやってきたんだよって、門司がらみの話をしに来たのだから当然なのだが。

「門司の一件ですが、お館様は『姫の好きにするがよい』と。
 町を皇室御料所として寄進し、それぞれ大友と毛利から奉行を一人ずつ出す事で問題はないとの事」

 からくりはこうだ。
 町衆の自治は町衆が行うが、大勢力である大友と毛利の国境線上にある門司ゆえ、完全中立なんぞ受け入れられるわけも無く。
 頭に朝廷を持ってくる事で、権威で両勢力に自制を求め、朝廷には銭を払う事で双方の顔を立てる。
 更に、双方一人ずつの奉行(大使)を町衆に加える、つまり交戦中の外交チャンネルの確保に成功した訳だ。
 かくして、

「いらっしゃいませ!!野郎ども(ファッキンガイズ)!!」

な、門司中立地帯は無事に成立する事になる。
  
 茶を楽しむ安国寺恵瓊がぽつりと言葉を漏らす。

「しかし、姫が大友を継ぐのであれば、毛利は全面的な支援をしますが?」

 恋なんて体ががくがく震えて小動物のようだ。かわいい。
 私も、けっこう内心がくぶるなんだけど、色々あって慣れた。
 ボンバーマンとか、覇王とか、剣豪将軍とか、チートじじいとか。
 あの連中と付き合うって、そういう意味でも人間味が消えるよね。うん。

「ご冗談を。
 まぁ、私が継がなくても、大友は博多を毛利にさしあげる用意がありますが?
 その時、私は博多代官毛利元鎮の妻という役回りで」

 ころりと、安国寺恵瓊の手から高麗象嵌青磁がこぼれた。
 それ高いんだから。割れなくて良かった。
 陰謀って密室よりこんな場所の方がばれないから不思議だ。
 立花・宗像・原田をどうしても粛清・討伐するいい手が見つからなかった事前の策だったりするのだが、毛利が「珠は毛利の身内」の噂を流すのでそれを逆利用する手でもある。
 さて、この三家が毛利側に内通しているとしたら、その後起こる対大友戦において毛利一門の出撃を望む事になる。
 なぜなら、その一門は前線司令官という役割のほかに、現地勢力に対する人質という側面も出てくるからだ。
 そういう意味でも、大友の人質だった四郎は都合がいいのだった。
 そして、毛利(四郎の名前で私が)の手でこの三家を粛清する。
 大友はまったく手が汚れない。

「まるで、博多を失っても惜しくない言い方ですな。
 門司ができるからこその提案なのですかな?
 それとも、博多はまた大友の手に戻るとわかっての話なのですかな?」

 鋭いな。
 さすが毛利の外交僧。
 毛利が博多を保持する事ができないと、こっちが踏んでいるのを見抜いてやがる。
 当初の門司中立化構想で毛利軍殲滅を考えていた私ですが、予想外の事態に計画を修正する為に。

 織田信長の美濃征服完了です。

 早い。
 本来の歴史より早すぎる。
 ボンバーマンこと松永久秀(なお、彼が作り上げた足利義栄の最大のスポンサーが我が大友家だったりする)の手紙でこの事態を知り、一日中呆然としてみんなを心配させてしまったり。
 こうなると、毛利の殲滅どころか毛利両川すら殺せない。

 理由は簡単。
 圧倒的な動員力とそれを維持できる兵給を持つ織田が相手だと、毛利を滅ぼして九州を統一した大友でも勝てないからです。
 大友は、まだ一門・国衆の力が強すぎる。
 この間の模擬戦フルボッコも、豊後国衆あたりは「増長した豊前国衆に冷や水をかけた」と喝采したのだから。
 それぞ本願寺戦並の長期戦闘の果てに、織田に降伏するのが目に見えている。
 そうなると、織田信長最後の敵となる毛利は潰せない。
 これを潰して、信長と直接対決なんて悪夢は見たくない。
 もちろん、これは裏面もある。
 織田が対毛利戦を仕掛けた場合、大友がその勢力を維持できていたら自然と彼らは大友に寝返るだろう。
 その時に博多奪回の兵をあげて織田と対毛利同盟を組むという理由も作れるしね。
 まぁ、先の長いはったりだったりするのだが、毛利はしばらく私の真意を測りかねて疑心暗鬼に落ちるだろう。
 豊前や筑前での流言を流した報復はこれで十分かな。

「さぁ?
 茶の席で無粋なお話はこれぐらいで。
 おほほ」

「はっはっは。
 たしかに。
 雅な席で、大内の遺児が居なければ九州で戦をする必要が無いなんて、無粋な話は無しですな」

「本当ですわ。
 こんなにいい日ですのに。
 あ、恋、手止まってる」

「ぁ!姫様申し訳ございませんっ!!」

 恋が、慌てて茶を作り、隣で待っていた別のお客であるお侍さん二人に相次いでお茶を差し出した。
 そのお侍二人ってのが、浦上家家臣宇喜多直家と、龍造寺家家臣鍋島信生って言うのですが。
 何?この腹黒実務者協議。
 そんな二人は礼法に則って、恋のお茶を飲み、抑揚の無い声でこう告げたのだった。

「結構なお手前で」

 と。



[5109] 大友の姫巫女 第五十四話 別府大茶会(後編)
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/03/08 09:36
 暗黒大茶会中の珠です。
 この茶会、もうちっとだけ続くのです。はぁ……

 前回の安国寺恵瓊との会話は、宇喜多直家と鍋島信生には丸聞こえだったりしますが気にしない。
 このレベルの腹黒連中は「『信用できない』事が信用できる」ので。
 大事な事なので「」で囲んでみました。
 もう一度。

『信用できない』事が信用できる。

 大事な事なので二回言いました。
 覚えておきましょう。

 はぁ。
 こんなに爽やかな空なのに。
 こんなにお茶は美味しいのに。

「遅れてしまいましたな。
 私にもお茶を一杯下さらぬか?」

「私にも一杯」

 他の連中もこの暗黒空間を本能で感じたのでしょう。
 遠目で見てるだけで近寄ってこねーし。
 で、来る奴はこんなのばっかりだし。
 今度の二人は味方だけど。

 我らが大友の誇る謀略じじいこと吉岡長増と、阿蘇家からやってきた甲斐親直。
 父上の差し金だな。
 こっち見て笑ってやがるし。

「あたいにもいっぱい!」
「姉上の邪魔しちゃ駄目だよ。
 帰ろうよ……」

 お子様知瑠乃は空気読まずに、私や恋がいるからやって来たな。
 さすが、将来の英雄はこんなところで一味違う。
 我が弟の長寿丸が怯えて引っ張って出て行こうといるあたり、大妖精のポジションになって微笑ましい。
 この二人が居る間、やっとまったりとした空気が流れたのでした。
 去った途端に、冷却暗黒化したけど。

「さて、言い訳があれば聞きましょう」

 まだ、安国寺恵瓊相手の時は交渉事でしたが、次のお相手である鍋島信生には、高圧的に言い切ります。
 これも、現状で龍造寺家が大友に従属しているからなのですが。
 この人もできる人なので、端的に言葉を切り返してきます。

「言い訳も何も。
 まだ、大友が怒るほどの事ではないと思いますが」

 龍造寺は背振山地を地盤とする神代家を下して佐賀平野一円を支配しつつあります。
 その結果、筑後や、肥前大村家や有馬家、松浦家などの所領で小競り合いが頻発して起こっていたのです。
 九州探題として、北九州を守護する大友にとって、見過ごせるはずがありません。

「貴方が当主なら、その言葉を信じてもいいのだけどね。
 貴方の上が、まったく信用できないのよ」

 はっきりと言い切った私に対して鍋島信生が激昂する。

「失礼な!
 いくら、主筋の姫とはいえ、我が主を愚弄するか!!」

「『五年で肥前を統一。もう五年で九州を制圧』でしたっけ?
 貴方の主は、もう少し声を小さくした方がいいんじゃない?」

 鍋島信生の顔に動揺が走り、頬から一筋の汗が流れた。
 前世での龍造寺隆信の大言壮語だったが、案の定言ってやがったか。
 さぁ、どう切り返すか?

「男子たる者、二言はござらぬ!
 この言葉で我らを討伐するのであればそれも結構!
 この場で首をはね、当家を滅ぼせばよかろう!!」

 おお、言い切ったか。
 ここで私が首を切れないと踏んだな。見事だ。
 大友家の威信をかけた茶会だ。
 そんなイベントを、血で汚したくないのをよく分かっていらっしゃる。

「まぁまぁ、ここは拙僧の顔を立てて。
 何しろ姫は、起こりもしない当家との戦で不安を覚えておるのだ。
 それに、かの御仁の大言は元服して間もなき、男子たるものが一度は吐く言葉。
 姫。
 そんな戯言に怯えて家臣を討伐するは、亡国の道ですぞ」

 言うと思っていたよ。安国寺恵瓊。
 あんたが口を出して、場を収めると踏んでの挑発だったんだけど。
 史実でも組んでいたからな。あんたら。
 龍造寺を大友が潰せなかった最大の理由、それは毛利の横槍に他ならない。
 佐賀城一城にまで追い込めておきながら、そのたびに毛利が北九州に攻め込み、大友は歯噛みしながら和議を結び、軍を毛利に向けねばならなかったのである。
  
「それもそうね。
 楽しい茶会ですから。
 この通り詫びるわ。
 けど、肥前の諸侯と『話し合って仲良く』してほしいわね」

 頭を下げる私に、わざとらしくうろたえる鍋島信生。
 ああ、猿芝居が段々うまくなってゆく私。

「頭をお上げくだされ。
 『話し合って』、肥前が姫の不安とならぬようこの鍋島信生がお約束します」

 これだから抜け目が無い。
 『戦の後で話し合って、肥前統一しますから』と私の耳に聞こえたのだけど。
 もしくは、『大友公認で肥前の旗頭は龍造寺。だから話し合おう』と言質を与えた形にして、肥前征服を狙うか。
 で、終わろうとした話に横槍をかけたのは吉岡老。

「それは頼もしいですな。
 ところで、貴君、我が姫に使える気は無いかの?
 この姫は優れた才を持つが、このようにおてんばでの。
 姫を諌める御仁を探しておった所じゃ」

 むぅ。
 なんか、某RPGⅣのおてんば姫になった感じ。
 吉岡老ヒャド唱えそうだし。
 しかし、私そんなの頼んだ覚えは無いのだが?
 そっか。父上達も彼を取り除けば龍造寺が弱体化すると踏んでいるのか。
 わからんではないが、彼の忠誠心を知っているから私は声をかけなかったのだが、吉岡老の気持ちを不意にする事もあるまい。

「そうね。
 貴方が私の元に来るなら、十万石用意するけど?」

 凛と通る澄んだ声で、私が言い放つ。
 その声に押されて、ざわざわしていた空気がぴたりと固まる。
 この時期の龍造寺の全領土と同じだけの石高を提示したのだ。
 近隣の席も興味津々とばかり私達の茶席を覗くが、鍋島信生はいい笑顔で笑って言い切った。

「厚遇、大変に感謝する次第。
 ですが、我が主君は龍造寺隆信ただ一人にて」

 いい男だな。鍋島信生。
 やっぱり敵には回したくないわ。
 だから、「十万石で大友が彼をスカウトしようとした」って噂を肥前にばら撒いて、内部分裂の種を巻いておこう。
 


 本来なら、次は宇喜多直家の番なのだけど、

「それがし、最後で構わぬゆえ」

 と、辞退したので甲斐親直の番に。
 なお、安国寺恵瓊も鍋島信生も去ろうともしない。
 だから恋が脅えているって。
 ほんとごめん。
 もうちょっとお披露目で毒の少ない場を用意すべきだった。

「今回は、日頃のお礼を兼ねて」 

「いいわよ。
 お互い持ちつ持たれつなのだから」

 阿蘇家は一応大友の従属という形を取っているが、その実態は対等の同盟関係に近い。
 これには理由があって、大友二階崩れから始まった大友の内乱において、阿蘇氏はそのほとんどを親大友で通していたのである。
 おまけに、ここ最近では阿蘇山を押さえる地理的要員から、硫黄・牛・馬を豊後に輸出し、豊後で米などの生活物資を買う交易が盛んになっていた。
 大友従属勢力の中でも、筆頭に近い待遇を与えている家である。

「で、こちらに出向いたという事は例の話まとまったのね?」

「はい。
 我が阿蘇が仲介となって、伊東・相良・菱刈の三家で盟約が結ばれました。
 それも姫様の支援の賜物です。
 伊東家には一条家からも支援が届いているとか」

「それも私の手引きだったりするのよ。
 土佐一条家と伊東家は親戚関係だから、京に上がった一条兼定の名前を使って、雑賀鉄砲衆を二百人ほど雇って南蛮船で伊東に送ったわ」

 情けない事この上ないが、私の対島津恐怖症は史実を知っているだけに、もの凄いものがある。
 とはいえ、対毛利に全力を注がないといけない以上、使える手は限られてくるわけで。
 阿蘇や一条を隠れ蓑にした、対島津勢力への支援はそんな私の一手である。
 もう少し後に起こるはずの木崎原合戦で伊東家が用意した兵が三千。
そんな動員兵数の伊東家に、二百人の鉄砲隊を送り込むという私の支援が、いかに島津を恐れているか分かるだろう。
 なお、この三家同盟の背後に大友がいるのは島津も感づいている。
 だから、その島津と友好的関係を築いている安国寺恵瓊の前で、うちの優位性をアピールしてみたり。
 それで島津が押さえられるとは、まっっっっったく私も思っていないのがとても空しく思うけど、考えない事にしている。
 そういや、信長が美濃を食べたという事は、斉藤龍興が京あたりで燻っているな。
 彼らの一党も雇ってそのまま日向に送るか。
 役には立たないだろうが、夜盗よろしくあの当たりを荒らしてくれればこっちは何も困らない。
 傭兵による戦争状態の常態化は国力が弱い島津にとって圧迫要員になるはずだし、試してみても悪くは無い。

「あと、何か入用な物はある?
 できる限りの物は用意させますゆえ」

 私の言葉に、甲斐親直はしばらく考えてとんでもないものを要求してくれた。

「では、道を」

「道ぃ!?」

 すっとんきょうな私の声が面白かったのだろう。
 笑いながら、甲斐親直は言葉を続ける。

「ご存知の通り、阿蘇近隣は山また山で人も物も通るのに難儀する場所。
 ですが、同じように難儀していた別府と府内の間はこのような道がしかれ、往来も激しい。
 このような道を我が阿蘇まで引いていただけたら、互いの往来も更に楽になるでしょう」

 甲斐親直の言葉はもっともなのだが、それは裏返すと一度戦乱が起こると府内一直線という事になる訳で。
 道路というのは、いつの時代でも金がかかる。
 北は最悪高崎山という押さえがあるからいいとして、南は島津が抑えきれないのが分かっている以上、インフラが破壊される確率が高いし、逆に使われたりしたら目も当てられないのだ。
 とはいえ、それを伝えて甲斐親直に不安と不信を与えるわけにも行かず。
 どうしてくれようかと考えていた所、吉岡老が横から口を挟んだ。

「甲斐殿。
 我が大友は博多への街道整備に力を注いでおり、全ての場所に道を敷く力もありはせぬ。
 じゃが、大野川の治水は始めればならぬと思っていた所じゃ。
 この老人の顔に免じて、船便で勘弁してくれぬかの?」

 上手い切り替えしだ。
 船ならば、川沿いの船着場の整備で金も納まる。
 甲斐親直もその言葉に満足したらしい。 

「よろしいでしょう。
 今後とも良き関係が続く事を」

 といいながらお茶をごくり。
 ほっとして、次の客である宇喜多直家を見ると、安国寺恵瓊と何かやりやっている様子。

「浦上は大友と組むと、拙僧は解釈してよろしいのか?」

「いえ、あくまでそれがし個人としての参加にて。
 このような雅な宴は、出なければ末代まで後悔する故」

「三村との一件は毛利も把握しておる。
 ゆめゆめ軽率な行動は起こさぬように」

「それは三村の対応次第という事で」

 どこも大変なもんだと、わが身を棚において思ったり。
 宇喜多直家とはこんな状況ゆえ、お茶は儀礼的答弁であっさりと終わった。
 ただ、

「畿内に寄るついでにぜひ、当家にも寄ってくだされ。
 歓待しますゆえ」

 これ、死亡フラグよね。きっと。
 儀礼答弁だから、「いつか」と答えざるを得なかったのだけど……



[5109] 大友の姫巫女 第五十五話 高崎山艶話
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/05/07 19:12
 九州・四国八カ国を治める大大名大友義鎮にはひとつ困ったくせがある。
 供を連れずにふらりと出かけ、そのまま帰ってこないのだった。
 家臣が総出で探しに出ると、朝にふらりと戻ったりするので女遊びと共に大いに家臣を心配させていたのだった。
 なお、このくせは娘の珠にしっかりと受け継がれ、ため息と共に「あの父の娘だ」と納得されたとか。

 そんな彼が珠の母の比売御前と出会ったのも、一人馬上で月照らす波音に耳をよせていた時の事だった。



「どちらに参られますか?お屋形さま?」

 府内城秘密の裏口。
 新しく作られたこの城の縄張りは珠がしたが、建物や通路は義鎮が作っている。
 そんな過程で、密かに出る秘密の通路を作ったのだが、その場所に居たのは奥方たる奈多夫人一人のみ。

「何、月が綺麗だから、月見と思っていた所だ」

 憑き物が落ちたような、さわやかな笑みを作って義鎮は言葉を返す。
 その義鎮の変化に奈多夫人も嬉しそうに笑う。

「私もご一緒させてもらえませぬか?」

「構わぬぞ。
 月に照らされる双方の山というのもおつなものだ」

「あら、月だけでなく、女も見に行かれるので?」

 奈多夫人は義鎮に抱きついて己の胸をわざと当てる。
 昼間は大大名大友家という奥の全てを取り仕切る女主人だが、誰も居ない時に甘える妖艶な姿は別府の太夫に負けるとも劣らない。

「この間、生んだばかりだろうに」

「女は、赤子がいなくなると欲しくなるものです。
 お屋形さまが、女をお抱きになる程度には女も欲しがっているのですよ」

 珠仕込みで比売御前の実地研修(つまり二人同時にやられていたらしい)で磨いたおねだりのしぐさに、義鎮も苦笑する。
 なお、奈多婦人は義鎮より年上なのだが、ここ最近とみに色っぽく若々しく見える。
 珠が母親の比売大神に頼んで力を与えているからなのだが、そんな事は女として淫靡に咲いた奈多夫人は知らない。

「ふむ……
 このまま閨もいいが、月見も捨てがたいな。
 一緒に来ないか?」

 その答えに、奈多婦人は抱きついたまま義鎮に口づけすることで答えた。



 月明かりが二人を乗せた馬を照らす。
 奈多夫人は前に乗り、義鎮に背を預けて馬に揺られるのが心地よい。

「朧月夜か。
 波の音しか聞こえぬというのもいいものだ」

「その音を聞きながら、女を鳴かせるのでしょう?」

「それが雅な音遊びというものだ」

 奈多夫人の胸をまさぐりながら義鎮は笑う。
 悶える奈多夫人の声に雅を感じながら、考えるのは別の女の事。
 その女は、月明りの中生まれたままの姿で、義鎮を見て微笑んだのだった。

「今、比売御前の事を考えていましたね」

 腕に激痛が走る。
 奈多夫人が胸をまさぐっていた腕をつねったのだった。

「怒るな。
 あれは、わしにとって特別なのだ」

 その声が過去に向けられていたから、奈多夫人はつねっていた腕を放した。

「あの頃のわしは、誰も信じることができなかった。
 実際、お前も知っていると思うが、家督を継ぐまで色々あったからな。
 あれは、わしがあの頃唯一心許した女だ」

 女は特別扱いされる事に無上の快楽を感じる。
 昔の話とは言え、奈多夫人にとって面白い話ではないが、それは好きな男が過去の全てを話すという別な特別によって打ち消されている。
 背の後ろに居て姿が見えないからこそ、はじめて奈多夫人は大友義鎮という男の本質に触れていたのだった。

「それまで男達とまぐわっていたらしい。
 注がれた子種を洗おうと波間に入ろうとした時にわしと出会った。
 あいつ、そのあとどうしたと思う?」

 知り合ってから短いが、散々その痴態は隣で見てきたのだ。
 あっさりとその答えにたどり着いて思わず笑ってしまう。

「『あら、まだ居たの』って股を開いたのでしょう。
 他の殿方が散々注いだのなんて構わずに」

「そうだ。
 その時思ったよ。
 あれは、わしをただの子種を吐き出す男の一人にしか見ていないと。
 だから惚れた」

 ずいぶんな言い方だが、月を眺めながら義鎮は楽しそうに笑う。

「神に仕える歩き巫女だ。
 一人の男に肩入れすることも無い。
 全ての男を同じように愛する。
 大友家次期当主という腐った肩書きなど、あれには無縁だったよ。
 だからはまった」

 義鎮は己の闇に向き合う為に色々な神に救いを求めた。
 仏や南蛮の神にすらすがった。
 だが、彼の闇に灯火をつけたのは最底辺から敬われ、同時に蔑まれた女だったのだ。
 
「で、どうなさいました?」

「笑うなよ。
 その場で土下座して口説いた」

「まぁ」

「笑うなと言っただろうが」

 可笑しそうに肩を震わせる奈多夫人に義鎮はむっとするが、それも形だけで、そんな風に笑う奈多夫人を愛しく思ってしまう。
 珠と和解してから、少しずつ義鎮の闇が晴れているのに彼自身は気づかない。

「あれには色々教えてもらった。
 おまけに、珠という娘まで授けてもらった。
 あの二人が居なければ、わしは、今の大友は無かっただろうよ」

「ですが、あのお方が孕むまでよく我慢しましたね」

「するわけ無いだろう。
 褥の跡で大喧嘩して、手と口だけは別と我慢させられた。
 あれ、子種が欲しくて裸で亀川の砂風呂に埋まったのだぞ。
 下が砂に埋まっているから、安心して男どもに嬲られている姿を見て、怒るより呆れたよ。
 孕んだのが分かった後など、孕んだまま昼夜男どもに嬲られる姿は今の珠よりひどいぞ。
 さすが、あれの母親だ」

 その姿を容易に想像してしまい、奈多夫人は呆れて声が出ない。
 そんな後ろ姿を見る義鎮も、思わず苦笑してしまう。
 そこまで精を求めるのは珠を産む為なのだが、そんな事は二人とも知らない。

「あれが、なんで皆に求められるか分かるか?
 あれが誰のものでもないからだ。
 侍や農民、乞食や流れ者、戯れで連れてきた犬や馬でもあれは等しく同じように求め、乱れ、愛したのだ。
 だから惹かれる。
 あれを独占したい。全てをわしのものにしたい。
 そして、気づかされた。
 誰もあれを見ていないという事にな」

 それは、己の姿の写しだと義鎮は思い知ったのだ。
 だからこそ、また出会えた今でも義鎮は比売御前を好きにさせている。
 その淫蕩ぶりは当時ですら有名だった。
 また、まずい事に義鎮自身も父大友義鑑の息子かと出生について疑念が湧いていたこともあり、そんな父息子の対立は大友二階崩れという最悪の形で噴出する。
 だからこそ、孕んだ比売御前を見て「本当に殿の子種か?」という噂が出て、それが比売御前失踪の遠因となる。
 それらの声を掻き消したのは、多くの内乱を苦戦の末に勝ち上がり、一門・譜代・寵臣と粛清した血まみれの義鎮の手だった。

 ふとした沈黙に、聞いてみたかった事を奈多夫人は口にした。

「私との輿入れで身を引いたと、一万田殿には聞かされましたが?」

「実際は逃げたのだよ。
 一万田鑑相の手の者があれを殺そうとしていた」

 あの当時、その出生にまつわる醜聞はまだ基盤の弱い義鎮にとって、致命的な弱点になりかねなかったのだった。
 そして、義鎮権力基盤の強化に嫁として選ばれたが、国東半島に強い影響力を持つ奈多八幡の娘だった奈多夫人である。
 だからこそ、義鎮の寵臣であった一万田鑑相はこれ以上の醜聞を出さない為に、比売御前抹殺を決意する。
 しかし、比売御前は逃亡。
 これが死んでいたらまだ諦めがついたのだろう。
 この一連の結末は義鎮と一万田鑑相の仲を裂き、小原鑑元の乱時に彼を敵側に走らせる事にまでなる。

「だからですね。
 初めての時にあんなに荒々しく私を抱いたのは?」

 奈多夫人の責める口調に、義鎮も軽くうろたえる。

「許せ。
 この大友という名などで、あれを捨てた己に腹がたち、手に入れたお前にぶつけるしかわしにはできなかったのだ」

「許しません。
 一生かけて償ってもらいますから」

 懐かしそうに奈多夫人も笑う。
 荒々しく乱暴に抱く義鎮の苦悶ともつかない顔を、闇の中で見ていたのが奈多夫人自身だったのだから。
 奈多夫人は義鎮の闇に光を灯す事はできなかったかもしれない。
 けど、同じ闇の中で彼を優しく抱きしめていたのだった。
 その成果が、彼との間に作られた多くの子供たちであり、こうして二人馬に揺られる大友家というものなのだから。

「いつからか忘れたが、お前があれに重なる事があった」

「珠の仕込みで色々と。
 あれもきっとあのお方譲りだったのでしょうね」

 そして二人して笑う。
 笑い声が波音にかき消されるが、聞いている者は誰も居ない。
 そのまま馬は歩み続け、人の姿を見つけて止まる。

「もしかして、今日のお相手ですか?」

 少しつんとした声で奈多夫人は尋ねるが、それすら義鎮は聞いていなかった。
 この場所は、義鎮が彼女と出会った場所なのだから。

「月が綺麗ね。
 こんな日は、体が火照っちゃう」

 波間に髪を揺らめかせながら、生まれたままの姿で比売御前は笑った。
 その笑みが昔と変わらないのが義鎮は嬉しかった。

「んっ!?」

 それの感傷を邪魔したのが奈多夫人の唇だった。
 義鎮の舌と絡めながら、奈多夫人は比売御前に言い放ったのだった。

「独り占めは駄目よ。
 二人で分けましょ」


 なお、三人は近くのあばら家で、裸で寝ているのが発見された。


「別に私は構いませんよ。
 父上が誰とまぐわおうとも、ましてや母上や養母上となら誰も文句は言いませんとも。
 大大名大友家の当主と、その奥方という自覚を持っていただければですが。
 それが、こそっと城を抜け出してなんて、なんて羨ま……げふげふん。
 とにかく!
 四郎とまぐわっていた私の所にまで急報が着て、探し手を手配する羽目になった私の苦労も察していただければ。
 ええ!
 私は、大友家の為を思って言っているのであって、急報でまぐわっているのがばれて麟姉さんに説教された事なんて、
 ちっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとも、気にしていませんからっっ!!!」

 杉乃井で正座させられた三人に、珠が「お前が言うな」と説教されている三人にすら心中突っ込まれた説教の間、説教されている三人は嬉しそうに説教している珠を見つめていたのだった。
 なお、この後、珠も四郎と共に正座させられて、麟姉さんの説教を受ける羽目になった事を書いておく。
 更に、府内城に戻った義鎮と奈多夫人の二人が、加判衆一同や奥女中に頭をさげまくる羽目になった事もついでにかいておく。



[5109] 大友の姫巫女 第五十六話 嵐を呼ぶ姫君襲来!
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/03/16 11:30
 それは、唐突にやってくる春の嵐のように、いきなりやってきた。

「……ここが、あの女の城ね」

「姫様。
 仮にも、これからご厄介になるかもしれぬお方をあの女呼ばわりは……」

「構わぬ。
 どうせ、閨では取り合うのだ。
 さて、我が君を奪った女に会いに行くとしましょうか」

 付いてきた侍女に言い捨てると、開きっぱなしの城門の前であくびをしていた三人の門番娘に言い放ったのだった。

「杉乃井御殿の主に取次ぎを願いたい。
 わらわは、来島通康の娘、鶴!
 我が君を取り戻しに参ったとな!!」



 珠です。
 今、とってもいい笑顔です。
 額に怒マークがついているけどそれは無視の方向で。

「で、わざわざ取り戻しにきたと。
 四郎を」

 お腹をさすりさすり四郎の子がいる事をアピール。
 なお、さり気なく隣に汗だらだらの四郎を座らせてしなだれてみたり。

「うむ。
 元々は、親同士の縁談とはいえ、わらわの所に四郎殿は来る予定だったのじゃ。
 返していただきたい」

 とりあえず、敵の容姿確認。
 一言で言えば、まこまこりーんの架空戦記姿。
 年は私より二つ三つ下か?
 船戦を意図したのだろう。髪は短く切られ、ほどよく焼けている褐色色の肌が健康的な姿をアピール。
 胸は、うむ。私の圧勝だ。えへん。

「四郎がここに来たのは、四郎の意思であって」

「それも家同士の縁談の方が重たいと存じますが、いかに?」

 わからんではないが、毛利と大友という大大名和議の切り札ともいえる、私と四郎の縁談を反故にできるだけのものが毛利と来島にあるのかしら……おや?

「ちょっと話を逸らすけど、鶴姫って、あの鶴姫?」

 あのがついた事で、彼女も自身のことではないと分かっていたのだろう。
 胸を張って、名の由来を語る。

「姫の言う、『あの』鶴姫とは大山祇神社の大宮司・大祝安用の娘の事であろう。
 大内から大三島を守りし姫の名をわらわももらったのじゃ。
 父は先ほどから言うた通り、河野一門の来島通康じゃ」

 あれ?
 その名前どっかで聞いたような…………
 来島通康の娘って???

「あああああああああああああああっっっっ!!!
 あんた、本物の四郎の許婚かぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 立ち上がって指差して叫ぶ私に、鶴姫は呆れ顔でぽつり。

「だから、言うたではないか。
 四郎殿はわらわの許婚なのじゃと」

「し、し、し、四郎!
 なんで婚約破棄してこなかったのよ!」

 かっくんかっくん四郎の首を揺らしながら少女妊婦大立ち回り中。
 神力の無駄遣いでお腹の子は無事なので。あしからず。

「ひ、ひ、ひ、姫。
 そ、そ、そ、それがしも、今聞いた次第で……」

「あんたのとこのチートしじいや、チートブラザースがこんな間の抜けた事する訳無いでしょうがっ!」

「で、ですが、尼子攻めや、兄上の逝去など毛利にも色々あった事もまた事実……」

 とりあえず、四郎を揺らす手を止めて深呼吸を二回。
 すーはーすーはー。
 おーけーおちつけくーるになろう。
 問題なのが、あの毛利一門の不手際なのか、策謀の一環なのか分からない所なのよねぇ。
 ちょっと状況を整理してみよう。

「あのさ、四郎の事は何処で知ったの?」

 鶴姫に尋ねると鶴姫もあっさりと口を割る。

「知るも何も、お主らこの間まで伊予で戦をしていたではないか。
 四郎殿が豊後であれだけ派手に元服した上、我らの土地である伊予であれだけ派手に戦をしておいて、分からぬと思っておるのか?」

 あ、なるほど。
 伊予の戦で河野ともやっていたわ。

「で、あんたのこの行動って、あんたの父上に了解とっているのよね?」

「……」

 何故黙る。
 とりあえず、鶴姫が連れてきた侍女の夏を睨んでみる。

「…………」

 あ、二人ともなんかいやな汗でてる。
 こう、やっちゃった感が漂う感じの汗がだらだらと。
 ちょっと、突付いてみよう。

「一応聞くけれども、これ、大友に対する開戦理由になるけどいいの?
 一部始終ばれたら、うちの軍勢河野に攻め込むと思うけど?」

 あ、侍女の夏さんがつんつんと鶴姫を突付いてる。

(どーするんですか。これ)
(ぅ……)

 小声で言っているんだろうけど、聞こえてますから。二人とも。
 あ、涙目になった。

「わらわのものなのじゃ!
 ずっと来るのを楽しみにしていたのに、残されたわらわがどれほど思うておったか知らぬじゃろう!!
 うえぇぇぇん!」

 あーあ、泣き出したよ。
 どうしましょう、これ?
 深く深くため息をついて、夏が鶴姫をあやすのを見るしかなかったのだった。



 で、現在鶴姫は泣き疲れてお休み中。
 後に残ったのは、夏と我々なのだが……。

「本当に、お騒がせをしてしまいまして……」

「いえいえ。
 わがまま姫の扱いは、慣れておりますゆえ」

 何故、こっちを見る?
 麟姉さんに瑠璃姫に四郎よ。

「正直、こんなに応対してもらえるとは思っていなかったのです。
 門前払いになって、九州まで来たら姫も諦めがつくだろうと」

 そんな事だろうとは思った。
 それならと疑問が湧く。

「もしかして、別の縁談でも上がった?」

 私の言葉に、夏もこくりと頷いたのだった。
 正確には、鶴姫と四郎は正規の許婚ではない。
 毛利家と河野家の縁組であり、それに選ばれたのが四郎と河野家一門の来島家という事である。
 だから、毛利と河野の名前がつくならば、ぶっちゃけると案山子でも構わないのだったりするのだが、四郎が私をたぶらかす為に畿内にあがる時に来島に寄ってしまったらしい。
 で、自分が嫁ぐ毛利の若君と勘違いするという事に。

「よろしければ、私が河野側に連絡をとりますが?」

 考えている私を、どう穏便に送り返すかと勘違いした瑠璃姫が申し出る。
 おそらく、元主君の宇都宮家を使うつもりなのだろう。
 敵対しているがゆえに、交渉のチャンネルは必ず持っているのがこの戦国の武家である。
 異民族戦をほとんど経験せず、同族間での争いに終始していたから、最後は話せば分かるという信頼が残っているのだった。
 けど、考えているのは別の事だったりする。

「私が奪った……か」

 あながち間違いでもないのがまた困る。
 史実ではこの二人が夫婦になっていたのだから。
 私というイレギュラーがこのような結果となって帰ってくるのは、因果応報としか言いようが無い訳で。
 四郎はいい男だ。
 それは認める。
 だから、彼に惚れる女は多いのだが、四郎は生真面目でもある。
 その上、独占欲がかなり強い。
 で、どうなるかというと、困ったぐらいの一穴主義人間に。
 父上並の淫蕩さを出してくれば、私や遊女総出でハーレム奉仕なんてするのに、あまり興味が無いらしい。
 まぁ、私も遠慮なく四郎の肉欲に溺れたのだからあまり強くいえません。はい。

 本当ならば、四郎をセフレの一人として扱って、母よろしく四六時中男に嬲られる肉欲生活を送る予定だったのだが……。
 神力、特に地母神系統の力を伸ばすのは数多くの男に抱かれるのは必須だし、そもそもそれを目的としたからこその遊郭なのだし。
 また羨ましいというか、困った事になりつつあるのが、替え玉として吉岡老達が作った恋という遊女。
 私の代わりに大友家若衆に抱かれているのだが、その人気ぶりに嫉妬と危機感があったりする。
 ぶっちゃけると、恋に抱かれた若衆が私ではなく、恋につくのではと恐れているのだった。
 身分の差なんて無かった前世の考えだと、平等であるという事は、誰にでもチャンスがあるという事でもある。
 となれば、そのリードを保ち、守るのは己の才能でしかない。
 私自身、大友珠という存在が大事なのであって、恋がそれに取って代わるならそれもありよねと吉岡老に釘をさしている。
 身分というもので己の安泰を図るつもりは無い。
 だからこそ、恋や、こうして何も考えずに飛び込んできた鶴姫に敬意を持つのだ。
 彼女達の思いに、四郎は答えてあげて欲しいと思う私がいる。
 と、同時に彼女達に負けてなるものかと思う私も確かにいる訳で。
 何言っているんだろう、私。
 考えがまとまらない。

「ちょっと、奥に引っ込むわ。
 とりあえず、二人はしばらく滞在してもらうから。
 いいわね」

 奥に一人入って、ふわふわ布団にぼすんと倒れる。
 妊婦だけど気にしなくていいこの神力はかなり便利だ。
 一人、転寝をしつつ考えると、行き着く所まで考えてしまうわけで。

「私、四郎に相応しい、いい女になれているかな?」

 思わず声を出してしまう。

「なれていますよ。姫」

「ふぁいっっっっっっ!?」

 びっくりして飛び起きましたよ。
 で、そのまま四郎に抱きつかれたり。

「いいい、いつからそこに居たのかな?かな?」

「声、かけましたよ。
 しっかり返事を頂きましたが?」

 私のあほぉぉぉぉぉぉ!!!
 何も考えずに返事なんかするなよぉぉぉっ!!

「私は、珠の為にここに居ます。
 いつも言っているのに、不安ですか?」

 優しく耳元で囁かれるのが心地よい。
 ああ、すっかり私、四郎にはまっちゃったなぁ。

「違うの。
 私が、四郎のお荷物になっていないか不安なのよ」

 私も前世は男だった身だ。
 美女よりどりみどりのハーレム願望ぐらい持っている。
 だから、私という鎖で四郎を縛りたくは無いのだ。

「珠は間違っている。
 私は、自ら珠にはまっているんです」

 そして照れくさそうに微笑む四郎を見ると、何を悩んでいたのか馬鹿馬鹿しくなって、噴き出してしまう。

「あははははっ!
 何だ。私達、互いにはまっているんじゃない」 
 
「今頃気づいたのですか?」  

 そのまま四郎は私の唇を塞ぐ。
 もうこれ以上の言葉はいらないとばかりに。
 私も気づいたら舌を絡めて唾液の交換をしていたり。

 あれ、いつもならここで麟姉さんか、瑠璃姫が出てきて説教タイムのような気が。 
 私の心を読んだかのごとく、四郎が先回りしてその答えを口に出す。

「珠自身がこの間、『大丈夫』と一同を丸め込んだではありませんか」

 あ……
 神力だけで説明できないから、うちの遊女三千人ほどにアンケートを取ったんだった。
 で、確率と統計を駆使しての説得に一同ドン引き。
 『なんでこのお方はその力を他の所にもっと向けないのか』と麟姉さんを呆れさせながら、Hの許可を取り付けたばかりだった。
 なお、この確率と統計の概念はしっかり他の部署にも広めるので、大友家は「文書化・データ化・ロジスティック化」の官僚主義の道を驀進する事に。
 さておいて。
 何だか、今日の四郎は凄く積極的なのですが。
 あっという間に、何も纏わぬ姿に剥かれてしまいましたよ。
  
「あ、あのね。
 四郎。
 今日の四郎、凄く積極的……」

「知りませんでした?
 珠が私を求めるのと同じぐらい、私も珠が欲しいんです」

 うわぁ。
 さすが、七十超えて子供を作ったチートじじいの息子。
 うすうす感づいてはいたけど、やっぱり四郎むっつりすけべだわ。

「もぉ、だから恋とか抱きなさいって言っているのに……」

「それが姫様の命令なら。
 ですが、わたしの子種は全て珠のものです」

「さすがにこれ以上妊娠できないわよ」

 そんな睦み事を言いながら四郎に身を任せる。
 久しぶりに私とお腹の娘は、四郎のミルクをいっぱいもらって安らかに眠れたのでした。


 次の日。

「居るのは構わないし、四郎を寝取ってもいいわよ。
 私もこんな体だし、四郎にも性欲の捌け口が必要だと思うし」

 一同の前で言い放つ私に、鶴姫は最初唖然としつつ、次に怒りで顔が真っ赤に。

「先にできたものの余裕じゃな!
 その挑発買った!
 絶対に四郎を寝取ってやるから覚悟せい!!」

 うん。
 お姫様の言う台詞じゃないわな。
 私も鶴姫も。

「あ、ちゃんと父上には連絡を取って滞在の許可を貰うように。
 いいわね?」

「…………はぃ」

 その後、吉岡老を呼んで顛末を話して、「姫が二人に増えましたな」と呆れられ、毛利側もこの顛末は想定外だったらしく慌てて安国寺恵瓊が飛んでくる始末。
 何しろ、戦争前だから、どんな細事で開戦になるか分かったものではない。
 大友と毛利の間に書簡が行きかい、河野の了解を取り付けて滞在許可が出るまで一苦労が。
 開戦間際の大友と毛利の間に行われた、これはそんな寸劇の一幕。



[5109] 大友の姫巫女 第五十七話 泡姫と海賊姫と宣教師
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/03/19 13:52
「しかし、この府内は栄えておるのぉ」

 鶴姫が感嘆するその光景は、大友家の繁栄の象徴でもあった府内に向けられていた。

「全ての商いを、府内でする訳ではないのです。
 南蛮船は、別府湾に浮かぶ瓜生島で。
 国内諸国の船は、府内の港で取引が行われています」

 接待役である同年代の政千代の声もはきはきとしている。
 もっとも、与えられた仕事にかける情熱の為か、案内文の暗記になっているあたり微笑ましいと鶴姫付きの侍女の夏などは思ってしまうが、口に出すおろかな事はしない。

「取引を分けているのは何故じゃ?
 一つの所ですれば、楽だろうに?」

 鶴姫の疑問ももっともらしく、先に調べた政千代がやはり淀み無くその答えを口にする。

「一つは、南蛮船の大きさが理由との事。
 あれだけの大きな船を浜に近づけると、座礁してしまうとか。
 もう一つは、南蛮人との諍いを避ける為です。
 言葉の通じない人が府内で暴れると大変ですから」

「なるほどのぉ。
 どおりで海に無数の船が浮かぶ訳じゃ」

 鶴姫が感心するので政千代はほっとするが、暗記しただけの政千代は珠が意図した別府湾全体を俯瞰する都市計画がまだ理解できていなかった。
 南蛮人専用として、ある種の隔離を意図した交易拠点の瓜生島。
 大友家の中枢、および国内港として船を集める府内。
 この二つの慰安地として、適度に離れて作られている別府。
 その間に作られた防衛拠点の高崎山城には狼煙台と灯台まで作られている。
 更に、別府湾最奥の大神に作られている造船所と水軍港。
 これらの間を小船や馬車が行き来し、人・物・金が動き、雇用が生まれているという意味を鶴姫も政千代も知るにはまだ幼すぎた。

「あの島へはわらわも行く事ができるのか?」

「ええ。お望みとあらば、後で船を手配しましょう」

 三人は府内の市に着く。
 常時、物が溢れているそこは、博多や堺の大店が店を出していた。

「おや、政千代様。
 今日は、姫様の使いで?」

「いえ、今日は姫様のお客様の案内を」

 挨拶をしたのは、薬屋小西家の番頭。
 ルイス・デ・アルメイダが建てた病院を最も大々的に支援していたのが珠であり、医師・薬師を集め、山科言継のカルテを写本して医学の発展を求めた。
 ルイス自身はキリスト教を歪めてしまった珠に思うところがあるみたいだが、恵まれない人たちへの奉仕の方向は同じとこの地に留まっている。
 そんな状況ゆえ、薬を扱う小西家が府内に店を構えたのもある種当然なのだろう。
 その売れ筋商品が、火薬と遊女に使う堕胎薬(オギノ式を広めてもできる子というのは必ず居たので)というのは、皮肉以上の何者でもないのだが。
 そんな大店の番頭が、政千代に案内される姫の事を知らないはずがない。

「よろしければ、若旦那に挨拶をさせたいのですが」

「姫様。よろしいですか?」

「うむ。構わぬぞ」

 大友家とは違った意味で、鶴姫の生まれである来島家というのは商人達にとって知って損は無いコネであった。
 何しろ、瀬戸内交易を一手に握る瀬戸内水軍衆の超大物、村上水軍の一翼を担っているのだから。
 運搬と瀬戸内の関所を押さえる一族と知り合いになるのは、魅力的商品を生み出す大友家と同じぐらい商人達にとって大事な事であった。
 なお、鶴姫滞在費用は彼ら商人達からの献金によって成り立っているのだが、そんな事を鶴姫が知る訳も無い。
 
「はじめまして。
 府内での店を任されています、小西如清と申します」

「鶴姫じゃ」

 鷹揚に挨拶を返す鶴姫の前に差し出される貢物。

「これは何じゃ?」

「南蛮のお菓子でございます。ぼうろと申すとか。
 小麦粉に蜂蜜や砂糖を混ぜて焼き上げるのでございます」

 差し出されたお菓子を鶴姫は一つ摘んでぱくり。
 その爪ほどの大きさのお菓子一つで、普通の人が一週間ほど暮らすほどの銭が飛んでゆくのを鶴姫は知らない。

「うまいのじゃ!」

「どうぞ好きなだけお召し上がりください」

 更に差し出されたお菓子を綺麗に平らげる鶴姫を見て、小西如清も笑みを浮かべる。

「何か入用でしたら、うちをご贔屓に」

「うむ。
 何かあったら夏を使いに出すから頼むぞ」

 実に姫様らしい鷹揚さで鶴姫は言ってのけるが、そもそも姫様がこんな場所に出てくる時点で間違っている事を、この府内の人間はすっかり忘れていたりする。
 何しろ、身重にも係らず、

「煙草葉の生産にこぎつけたぁ!!」

 と、この間大喜びでこの市で踊っていた姫をここで見たばかりなのだから。
 あの姫に比べたら、どんなおてんば姫でも、姫らしく見えるのが不思議だ。
 なお、そんな姫はこの市に来る時は自ら算盤弾いて値切りに来るから、なおたちが悪い。
 町人達の寄り合いにて、

「あれは姫の皮をかぶった商人だ」

と言って皆が納得するぐらいの出来人である。
 彼女が率いる遊女の他に、石炭・鋼・酒・茶・煙草・蜜柑と面白いほど売れる品物を次々と押さえているのだから。
 最近では、唐から最新のお茶である烏龍茶を取り寄せ、その緑茶とは違う別の味と香りで商人達を虜にしたばかり。
 あの姫のおかげで、博多と府内は東アジア交易で商人達が避けては通れない巨大国際港に押し上げられている。

「鶴姫様。
 船が手配できました」 
 
「うむ」

 府内の港に立ち並ぶ蔵を横目に、三人は大友家が持つ小早船に乗り込む。
 一斉に動く櫓を見ながら、鶴姫がぽつり。

「豊後の水軍も悪くは無いな」

「後で、水軍奉行の若林殿にお聞かせしましょう。
 きっと、喜ぶと思いますわ」

 政千代の言葉に嘘は無い。
 村上水軍の一員から、船についてお褒めの言葉が出るのはやはり嬉しい物だ。
 何しろ、彼らに瀬戸内を封鎖されて大内義長を見殺しにする羽目となった大友家水軍は、対毛利・村上水軍を頭に置いて訓練をしていたのだから。
 だが、そんな訓練を無にする代物が鶴姫の目に入ると鶴姫も息を呑む。

「でかいな。
 この南蛮船。
 大友家の家紋がかかっているという事は、あれは大友の物か?」

「はい。
 珠姫様所有の南蛮船『珠姫丸』ですわ。
 姫様はこのような南蛮船を三隻もお持ちになり、年一隻ずつ増やすつもりとか」

 その言葉に鶴姫は愕然とする。
 『大友の姫巫女』珠姫の名前を西海に轟かせた南予侵攻戦において、実際戦った村上吉継は珠姫の恐ろしさについて鶴姫にこう語っていた。
 
「あの姫様の恐ろしさは、大筒を使った事じゃない。
 大筒を使って勝てる場所に、陣を敷いた事が恐ろしいのだ。
 そして、それを可能にしていたのが、あの姫様が率いる南蛮船だ。
 我らが長浜に来る南蛮船を阻止できていれば、そもそもあの戦は起きなかったのだ。
 あの姫の陣の見立てと、それを可能にする南蛮船の速さと積載量。
 あの姫に水際で勝てる者は、そうはいないだろうよ」

 なお、この話はしっかりと毛利の小早川隆景にも伝えており、毛利・村上水軍で対大友南蛮船撃破策を練っているらしいが、鶴姫にはそれは教えられていない。
 瓜生島に近づくにつれ、南蛮船の数が増える。

「南蛮船を仕立てるぽるとがるという国ですが、五隻の船団を組んで、最初は大村家に寄って荷を降ろすのです。
 その後、博多でも荷を降ろしてこの府内に来るのです。
 そして、船団の皆様は別府で羽を伸ばすのですわ」

 次に見えるのがシャンクと呼ばれる唐製の船である。
 これもかなりの数の船が大友家の杏葉紋の旗がはためいている。
 東アジアで暴れている倭寇を大々的に保護したからで、大友家はこれによって東アジア有数の船団を持つ家になっている。

「絹や木綿、壷に香料、銅銭と府内に多くの物を降ろしてくれますわ。
 もっとも、一番の商品は全て博多でさばかれるそうですが」

 政千代の少し後ろめたい声に、鶴姫が気にする事無く言い放つ。

「気にするでない。
 人であろう。
 わらわも海の娘じゃ。
 荷については一通りの知識はあるわ」

 この時代、恐ろしいほどの人身売買が盛んになっていた。
 黒人を新大陸に運ぶ奴隷貿易が有名だが、それだけではなく世界各地から奴隷として、疫病で現地人が根絶しつつあった新大陸に人がかき集められていたのを知る人は少ない。
 事実、太平洋のスペインやポルトガル領の小島では、人狩りが行われて新大陸に連れて行かれていたりする。
 それが表にならなかったのは、絶対的人数の少なさ以外の何者でもない。
 また、東アジアの奴隷交易は女性を主体に扱われており、その終着地である博多の相場が東アジア全体の奴隷相場となっていたのだった。
 珠自身、日本女性奴隷の身請け先として博多で大々的に購入していたが、白人の妊婦奴隷を買った以後、『言葉が分からないから使えない』と買う事で拒否している。
 とはいえ、博多市場にて行われている、他者の取引をとめるつもりも無かった。
 彼女の正義感と冷徹な政治の妥協がそこにはあったのだが、話が違うのでここまでにしておく。
 そんな女奴隷は瀬戸内航路でも高級商品となっており、村上水軍の大友船に対する海賊行為に対し、大友義鎮は大友領全域の奴隷売買の中止を通告。
 京・堺の商人や毛利の政治的圧力の果てに、即座に村上水軍が海賊行為の中止と奴隷売買の再開を陳情しにきたというドス黒い話もできる始末。

 なお、欧州の白人奴隷が病気や遭難、他地域に買われる等で、博多に連れて来られるのは百人に一人。
 そこからイスラム勢力の手に渡り、欧州に帰る事ができる女は千人に一人と言われ、日本の家紋を彫られ、性欲と性知識以外全てを消された彼女達は王侯貴族のステータスシンボルとして大流行する。
 さすがに、彼女達を人と認めることは憚られたのだろう。
 彼女達は人形として扱われ、欧州人であるにも拘らず日本の着物を着せられ、原産地の名前をつけられた『博多人形』は、人類暗黒史に燦然とその名前を轟かす事になる。
  
「聞きたいのじゃが、何故、姫は奴隷交易に手を出さぬ?
 これだけの船団を持ち、あれだけの遊女を持つのならば巨万の富を得られように。
 あの姫が切れ者であるのは分かる。
 じゃが、あの姫が一番儲かる『人』を商いに使わぬのが、どうも解せぬのじゃ」

 鶴姫も戦国の女。水軍、一皮向けば海賊の娘だ。
 だからこそ、人道などという珠の前世しか意味を持たない概念などではなく、冷徹に商品として人を見ている。

「それは私もにも分からないのです。
 何故、姫様があれほど遊女達を保護するのか?
 何故遊女を買うばかりで、売らないのか?
 噂では、姫様の母上様が歩き巫女をしているからだとか」

 政千代も困惑しながら、鶴姫の問いに答えるしかない。
 先見の明があるあの姫様が、こと人身売買において、非合理ともいえる行動を取り続けているのだった。 
 政千代も珠の異状ともいえる遊女優遇策に、違和感を持っている一人だった。
 珠を頂点とする女集団の中ですら、実は激烈な派閥争いがあったりする。
 珠の警護を目的として最初から珠に付き従う、武家の娘達の派閥。
 珠が経営する遊郭からのし上がってきた、遊女達の派閥。
 この二派は、表面上は珠の元結束をしているが、裏では『男の真似する侍もどき』と『股を開く事しかできない刺青者』と影口の言い合いをやっていたり。
 初期の面子、苦労人の麟や白貴がまだ表に出ている内は、問題が起きないだろう。
 だが、その次の世代が珠を支える時に相手派閥の排除に動かないか?
 珠を含めて麟や白貴が頭を悩ませ、姫巫女衆の人員を常に入れ替えつつ一体感を出させる涙ぐましい努力をしているのだか、それがまだ政千代には見えない。
 大大名大友家の姫として、四郎と婚姻して相応しい生活を送って欲しいと、珠の幸せを願っているのだった。
 彼女が政治をする必要も無い。
 商売や遊郭を経営する必要も無い。
 ましてや戦にでる事等言語道断。
 子を産み、育て、家を守る。
 そんな教育を受けてきた政千代にとって珠は崇拝の対象であると同時に、男社会に切り込む道化師に見えていたのだった。
 珠にたいする見方は、鶴姫も政千代と同じだったりする。

「ヨクコラレマシタ。
 コチラノヒメハ?」

 瓜生島には、大まかに分けて三つの大きな建物がある。
 一つは大友の代官所兼珠の遊郭の出先。
 もう一つが、華僑達の商館。
 最後の一つが、南蛮、つまりポルトガルの商館だった。
 今、政千代や鶴姫にたどたどしい日本語で挨拶しているのは、ポルトガル商館代表兼イエズス会宣教師であるコスメ・デ・トーレス。
 南蛮交易はキリスト教の布教と切っても切れない関係であるから、ポルトガル商館の中には教会まで備えられている。
 珠姫が表舞台に出てから布教が歪んでいるので大友家との関係はあまり良くは無い。
 とはいえ、民に対する施しに理解を示し、その活動を一番支援しているのもまた珠というジレンマに彼は悩まされているのだった。

「鶴姫じゃ」

「瀬戸内海、村上水軍の一族の姫、鶴姫様にございます」

「ハジメマシテ。
 コスメ・デ・トーレス ト、イイマス」

 館の案内に興味しんしんな鶴姫と夏を眺めていた政千代の所にトーレスが近づく。
 その顔は先ほどの笑みと違い、苦悩に満ちていた。

「タマヒメサマニツタエテホシイコトガアリマス」

 その表情に政千代も一歩引いてしまうが、それでも彼女も武家の娘で珠の下につく女である。
 すぐ一歩前に出て顔を近づける。

「『タマヒメサマガイタンニンテイサレタ。
 イタンシンモンダンガココニヤッテクル』
 コウオツタエクダサイ」

「???
 は、はい……」

 政千代は意味が分からないがとりあえずその言葉を一言一句覚えた。
 それを確かめると、トーレスも少しだけ顔を緩めた。
 珠姫は知らない。
 既に東アジアにおける奴隷交易が巨万の富を生んでいる事を。
 この交易路が『隷姫航路』と呼ばれ、あまたの女達の命を吸っているという事を。
 珠姫の異端認定を受けて、ライバルであるスペインが船を出したという事。
 そして、そのスペイン船団がフィリピンを征服し、ここへ向けて出港した事。
 マカオという拠点を持つポルトガルとって、フィリピンについてからのスペインの行動はほぼ筒抜けと言ってよかった。
 しかも、トーレスがイエズス会宣教師という教会内部を知る者であったがゆえに、その経緯すら完全に把握していたのだった。
 と、同時に珠姫が差し出している支援の手を失うのが怖いというのもあった。
 彼は、盟友フランシスコ・ザビエルの「適応主義」を支持し、日本の文化を尊重し、日本人と共に暮らす事で布教を続けていたのだった。
 珠がゆがめてしまったキリスト教とて、トーレス自身は珠のアヴェ・マリアを聞いていた。
 あんなに優しく歌う姫が本当に異端なのか?
 こんなに民を思う姫を異端として裁くのか?
 リリスと断罪した宣教師の報告を最終的に黙認したのが、ほかならぬ彼である。
 その心は乱れ、神に救いを求め、長く祈りを捧げるほどだった。
 そんな彼の決心を決めたのが、ライバルスペイン船団の日本派遣である。
 フィリピンでの悪行を耳にしたトーレスは、ライバルのスペインがこの府内を荒らすのを見過ごす事ができなかった。 
 そして、悪名高いスペイン異端審問団に彼女が殺されるのを見過ごす事もできなかったのだ。

(かの姫を改宗させる。
 それでこの府内は悲劇から救われる)

 苦悩の末に宗教的正義心が絡んだ、トーレスなりの限界一杯の誠意だった。
 珠がこれに耳を貸して、我らに助けを求めたら改宗させてこの地を救う。
 魔女やリリスと欧州に名が広がっている彼女を改宗させれば、この地の布教も進む。
 彼にとって、まさに天啓に近いひらめきだっただろう。

「政千代さーん!」

「失礼しますわ。
 必ずお伝えします」

 夏に呼ばれた政千代がトーレスに一礼して鶴姫たちの方に駆けてゆく。

(これで、この地は救われる……)

 トーレスはその場に膝をついて、神に感謝した。



 珠姫が本当に聖書に名の載るような魔女ならば、彼女はトーレスに救いを求め、改宗してこの地は神の威光に包まれるのだろう。
 だが、トーレスのこの一言は結果として、大乱の引き金となる。
 そして、この大乱によって、珠は本物の魔女として欧州にその名前を刻まれる事になるのだが、それを彼はその目で見る事になる。



[5109] 大友の姫巫女 第五十八話 豊西戦争 前夜から一日目
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/04/02 15:59
 勝負とは、どれだけ己の失敗を少なくするかで勝敗が決まる。
 特に、人の生死はおろか国家の盛衰まで左右する戦争などは、それが特に顕著に出る。
 この豊西戦争においても、それは当然のように戦争の結果に繋がったのである。
 西――スペイン(イスパニア)――側は、過去の成功体験から侵攻を始めた事自体が最大の失敗だった。
 新大陸征服、アステカを滅ぼした時は兵五百人、インカを滅ぼした時も兵百八十人というものだった。
 そう、フィリピン征服に用意した兵五百人というのは、決して相手を舐めていたものではなく、彼らが用意できる限界人数だったのである。
 とはいえ、この征服事業は順調とはほど遠く、最初の征服地であるフィリピンですらゼブ島を制圧したのみでメキシコに増援を求めたというのにも係らず、その侵攻の矛先を日本に向けてしまったのは致命的失敗だった。
 そして、豊――豊後大友家――側も失策を犯していた。
 南蛮としか区別していないポルトガルとイスパニアの違いが分からず、南蛮船交易で共存体制ができつつあり、キリスト教布教にも寛容であった事もあって、自らの王城が直接攻撃を受けるとはまったく思っていなかったのである。
 結果として、大友家はこの戦争によって十数年、イスパニアは数十年の血の代償を払い続ける事になる。
 その結果として、東アジア交易で漁夫の利を得たポルトガルだったが、かの国もその繁栄を長く謳歌する事はなかったのである。

 20XX年 国営放送 「歴史 その瞬間  信仰の代償――カトリック布教とその結末――」より



「おねがい。
 もう一回言って。
 嘘って言ってよ!」

 私の叫び声に政千代の怪訝そうな顔が、先ほどと同じ言葉を言う。

「いえ。
 私はトーレス神父からこの通りに言えと。

『タマヒメサマガイタンニンテイサレタ。
 イタンシンモンダンガココニヤッテクル』

 これが何か?」

「あはっ……あははっ……
 私も色々人生経験したけど、今の言葉は人生において最悪から二番目の言葉に認定されたわ。
 あははははははは……」

「姫様っ!」
「姫!おちついて!」

 狂ったように笑う私に、四郎や麟姉さんが心配そうな顔で私を宥めるけど私の笑い声は止まらない。
 なお、人生一番に悪い言葉は常に未来の為に取ってあったりする。

「何があったって言うの?政千代」
「私にもさっぱり……」

 完全に気が触れたような私に白貴姉さんも、その言葉を伝えた政千代も目をぱちくりするばかり。
 ああ、この言葉の意味は私にしか分からない。
 だからこそ、哂う。
 私自身を。
 私が変えた世界を。
 私が歪めた歴史を。
 
 ぴたりと私は哂うのを止めた。
 そしてその顔に浮かぶ狂気にも似た笑顔に皆が言葉を失う。

「政千代。
 トーレス神父に連絡を取って、こっちに来てもらうようにしてちょうだい」
 
「は、はい。
 姫様」

 ぴくりと政千代の体が震えるが、今の私はそれに構う余裕がない。

「瑠璃御前。
 大神の安宅殿に文を。
 『日振島の南蛮船を全て大神に呼び寄せろ』。
 府内の父上にも。
 『南蛮から新たな国が来る可能性あり』。
 書き上げたら私が花押を押すから、両方とも早馬で届けて」

「御意」

 こういう時に大人である瑠璃姫は、臣下としての礼をしっかり取るからありがたい。
 いつの間にか八重姫と九重姫がいなくなっているから、文を書きに行ったな。
 自分がいやおうなく上に立つ者――下の者の生活や命を支えている――という義務を思い出させてくれる。

「白貴姉さん。
 遊女で姫巫女衆に属している者のお仕事を全面的に中止させて」

「了解。姫様」

「麟姉さん。
 兵糧を城に運んで。
 四郎。御社衆を動けるようにしておいて」

「わかりました。姫」
 
「姫様。
 戦準備に近いのですが、何か起こるのですか?」

 一同を代表してなのだろう。
 麟姉さんが質問をする。

「起こらないで欲しいけどね。
 万一の為かな。
 新しい南蛮人が来るかもしれないから。その為にね」

 途中で八重・九重の両姫が書き上げた手紙に花押を書いて渡す。

「あと、旗本鎮台の戸次鑑連にも文をお願い。
 『新しい南蛮人が来る。警戒されたし』
 あ、政千代。
 あんたの父上にも手紙を書くから。
 ついでに何かあるなら持って行ってあげるわよ」

 八重姫は手紙を持って既に去り、即座に書き出した九重姫を見ながら政千代は急に振られてうろたえる。

「いえ。
 別に家にも戻りますから特に何も……」

 政千代の言葉をもう私は聞いていなかった。
 九重姫が差し出した戸次鑑連あての文に花押を書いて、立ち上がり襖を開けて眼下に広がる別府湾を眺める。
 スペイン異端審問団。
 某国国営放送では愉快な連中と化していたが、史実では悪魔より怖い連中として恐れられていた。
 私が異端認定。
 その先に待つのは多分火あぶり。どこのジャンヌだ。マジで。

 そして、ふと自問する。
 何が間違っていたのか?
 過度な科学知識の持込はしていない。
 そんなに頭が良くも無かったし。
 神力だって、豊饒祈祷など伝統の域を出ていないはず。
 女が戦で派手に動いた事か?
 考えども答えが出てこない。
 ため息をついて考えるのをやめる。
 今考えても、答えが出ないからだ。

 日本はキリスト教に対しては、いずれ豊臣秀吉の禁教をもって挑む。
 そこまで生き延びればこっちの勝ちだ。   

(来るなら来なさい。
 ただではやられないわよ。異端審問団)



 だから、見誤っていた。
 トーレスの情報が何処から来たのかを。
 そして、その情報がもたらされる前に異端審問団が出ているという事実を。
 こうして、最善手ではない手を打ったまま私はその日を迎える。



「姫様っ!
 新たな南蛮船五隻が豊後の港に!!」

 その報告を麟姉さんから聞いたのは、私が露天風呂で朝風呂につかっていた時の事だった。
 そのまま、裸で府内の方角を眺めるが、次に響いてきたのは大音量の爆発音だった。

「姫様伏せてっ!!!」

 麟姉さんが私に抱きついて伏せさせる。
 鉄砲も大砲も私が使っているから、この轟音が大砲の連射である事を麟姉さんは見抜いていたのだった。

「砲撃ですっ!
 速く中にっ!」

 私は見た。
 もうもうと黒煙を吐く中に、ひときわ大きな帆船五隻が火を吹く様を。

「が、ガレオン船……
 なんであれがあんな所に……」

 その衝撃は私にしか分からない。
 キャラックより大きな船体に積んである大砲は四十門。
 それが火を吹いている。
 府内の町が燃えているのか、黒煙があがる。
 瓜生島の方を見ると、停泊していたポルトガル船やシャンクも炎に包まれ、別府湾は地獄絵図のようになっていた。
 その現実を受け入れられなくて、

「姫様!
 しっかりしてください!珠姫様っ!!」

 いつの間にか麟姉さんに引っ張られて、御殿の大広間で服を着せられていた。
 呆然としていたのだろう。
 この事態に麟姉さんは私を揺さぶっていたのだろう。
 心配そうな麟姉さんの顔がすぐ目の前にある。

「姫!ご無事で!!」

 服を着せられた事で一斉に皆が大広間に入ってくる。

「篭城準備はできています」
「門前町の皆もこの御殿に収容を!」
「姫巫女衆は動けるようにしてあるわよ」
「御社衆もいつでも動かせます」

 皆の視線にやっと私は我にかえる。

「あ、ごめんなさい。
 門前町の皆を御殿に収容して。
 御社衆と姫巫女衆はその誘導を。
 舞、いる?」

「ここに」
「別府奉行に連絡を取って。『必要なら、杉乃井で皆を受け入れる』って」
「はっ」

 すっと現れて消えたくノ一の舞にも私は命令を伝える。

「何事じゃ!騒々しい!!」

 客人のくせに主人みたいに振舞いますね。鶴姫よ。

「ごめん。
 ちょっと戦になりそうだから、今、あんたに係っている暇はないのよ」

「何じゃ……むがむが……」
「姫様おちついて。
 毛利ですか?」

 鶴姫の口を強引に押さえたまま鶴姫侍女の夏が私に尋ねる。
 対毛利戦なら、鶴姫の立場はもの凄く厄介な事になるからだ。

「違うわ。
 南蛮船が府内に攻撃をしているのよ。
 目的は、多分私。
 ポルトガルの船を焼いたという事は、多分イスパニアね。
 まとめて消して証拠隠滅でも図るつもりなのかしら」

「えっ?」

 皆の視線が、私に集中する。
 しまった。
 今の一言は失言だった。
 
「どういう事か聞かせてもらいますかな?姫様」

 今までの声とは違う、枯れても響く声を発したのは、隠居して老後の楽しみ学校を開いていた吉岡長増老。
 吉岡老と隣の田北鑑生老なんて、ここに学びに来ている小野和泉と共に戦姿でやってきているし。準備速いな。

「既に、篭城の準備ができているというのは解せませぬな。
 姫様はこれを予感していたのかな?」

 田北老が運び込まれていた兵糧を見たのだろう。若干の不信感を持って私に質問する。
 分からないでもない。
 勝手に兵を動かすのは謀反と思われても仕方ないからだ。

「違います。
 既に父上には文にてお伝えしております。
 本来なら、杞憂に終わって欲しかったのですが、ポルトガル商館のトーレス神父から警告があったのです」

 南蛮への不信だけは避けなければならない。
 私の言葉に老人二人が怪訝そうな顔をする。

「それはまことですか?」

「はい。
 私がトーレス神父から直にお聞きしました。
 姫様はそれを受けて、こうして備えていました。
 父上にも文を出しているので、府内が落ちるとは思えません」

 よく見ると青白い顔で政千代が強がる。
 考えてみれば、あの砲撃を受けている府内に政千代の父たる戸次鑑連がいるのだ。
 雷神と恐れられる彼でも、この砲撃下で攻撃を受けている府内を守れるのか不安なのだろう。
 自分の事をひとまず棚において、政千代の頭を撫でる。

「ぁ……姫様……」

「大丈夫。
 貴方の父上を信じなさい。
 彼がいるなら、府内は落ちないわ。ね」

 強がりと分かっても笑ってみせる。
 
「で、何で姫様が狙われているのです?」

 核心の質問に触れたのは吉岡老。
 ちっ。
 一番触れて欲しくない事を。
 口を開く前に、麟姉さんが吉岡老に説明してしまう。

「そのトーレス神父が、姫様に伝えたのです。
『タマヒメサマガイタンニンテイサレタ。
 イタンシンモンダンガココニヤッテクル』
 と。
 我らはその言葉が分からないのですが、姫様はその言葉を聞かれて狂ったように笑いながら篭城の指示を」

「と、言う事は全て姫様は分かっているのですな。
 お聞かせ願いたい」

 射抜くような視線で私を見据える吉岡老。
 元加判衆でも謀略を担当していたほどの男の視線に耐え切れずに、私はついに口を割る。

「仏教の宗派争いを思い出してくれればいいわ。
 南蛮の宗教にも同じのがあるの。
 で、私が南蛮の宗教の一派に仏敵認定されたって、トーレス神父が教えてくれたわ」

 私の言葉の重さで皆が完全に黙り込む。
 遠くから砲撃している爆音が響いてくるのが心に痛い。

「な、なぜじゃ!
 何で姫様がそんな事に巻き込まれたのじゃ!!」

 田北老が激昂する。
 けど、その激昂は皆同じなのだろう、手を震わせて怒りを堪えている。

「そこまでは分からないわ。
 けど、狙いが私なら遅かれ早かれここに奴らはやってくるわ。
 だから篭城の準備を指示したのよ」

 不意に四郎が口を挟む。

「でしたら、姫はここからお退きになられて、宇佐に下がるべきかと」

「何で、私……」

 私の抗議を手で制して四郎はそのまま続ける。

「船は数隻。
 乗せている兵は多くても千を越える事はございませぬ。
 あの大砲がやっかいですが、それさえ押さえれば潰す事ができます」

 何時の間にそこまで見ていたのか。四郎。
 私のあっけに取られた顔などお構いなしに、私に向けて必死の説得の言葉を続ける。

「勝てる戦です。
 だからこそ、姫の御身を危険に晒してはなりませぬ。
 更に、これを機に諸国が悪さをしてくるでしょう。
 我が父なら、この機を逃しませぬ。
 豊前・筑前に睨みが効く人間がいないと、この二カ国毛利に寝返りますぞ!」

 まさか、四郎が己の立場を無視して毛利による豊前・筑前侵攻を警告するとは思っていなかった。
 皆、あっけに取られる中、四郎は土下座までして私に訴える。

「お願いでございます!
 姫は宇佐にお下がりくださいませ!
 姫が健在なら、豊前も筑豊も寝返る事はございませぬ。
 佐田殿、城井殿、高橋殿、田原殿も姫ならば忠義を尽くすでしょう。
 ですからっ!」

 四郎必死の懇願に、私の答えを待っている皆の視線に気づく。
 視線を察するに、皆同じ答えらしい。
 ああ、もうこの馬鹿野郎共。
 大好きだ。

「……五日持ちこたえて。
 杉乃井がそれだけ持ちこたえたならば、宇佐で必要な手配をして、中津鎮台の兵を連れて戻るから」
 
 その声に、皆の顔に笑顔が広がるのが分かる。

「麟姉さん、この城の事お願いします」

 何故か涙を浮かべて、麟姉さんが返事をする。

「はい。
 きっとお迎えにあがりますわ」

「白貴姉さんと瑠璃御前も、麟姉さんを支えてください。
 あと、恋を身代わりにするわ。
 私が杉乃井にいる事を広めて、南蛮船の攻撃を府内から別府に引き付けます」

 それは代わりに、この杉乃井が攻撃に晒される事を意味する訳で。
 自ら危険に晒されるのに係らず、飄々としている白貴姉さんと、力強く微笑む瑠璃姫が私の心に暖かさをもたらしてくれる。

「安心しな。姫。
 恋もこの為にいるんだから、由良共に支えて見せるさ。
 政千代を連れていきな。
 宇佐でも手足はいるだろう」

「かしこまりました。
 八重・九重をお連れください。
 姫の手足となるよう仕込んであります」

「「えっ!?」」

 ほぼ同時の二人の声に、名指しされた政千代と八重姫が声をあげる。
 その不意打ちの二人の声と無表情に頷く九重姫を見て、私も笑ってしまう。
 そして気づいた。
 さり気なく、死闘になる篭城戦から子供の三人を外した事を。
 きっと身代わりが無ければ、恋も連れて行きたかったのだろうと。

「吉岡老と田北老もよろしければって、その気満々ですね。
 田北老は小野和泉以下、ここに学びに来ている郎党をお任せします。
 吉岡老はその見識で麟姉さんの補佐をお願いします」

「安心してくだされ。
 この老骨、隠居するには若すぎるゆえ、若人の邪魔にならぬ程度に働きまするぞ!」

 田北老なんて、この面子で一番戦意が高く見えるのはどういう事だろう?
 小野和泉も顔が高潮しているし、この二人がいれば篭城も苦労はしないだろう。

「分かり申した。
 邪魔にならぬ程度に、お役に立つ次第」

 遊郭という性格から若者が多い杉乃井で、吉岡老の見識が暴走しがちな若者達を自制させるだろう。
  
 そして、また平伏したままの四郎を見つめる。
 その姿を見て悟る。
 彼は、ここに残るつもりなのだと。

「五日後、おもいっきり可愛がってもらうからね。
 死なないでよ」

「はい」

 やっと表をあげた四郎の笑みに抱きついてキスしたいけど、今は自重。
 きっと、会える。
 そう信じているから。 

「鶴姫と夏は一緒に」

「いやじゃ。
 お主が居ない時が、四郎を寝取る好機ではないか。
 この時に残らずに、どうする?」

 その言い草に思わず苦笑してしまう。
 女の戦いも現実の戦と同じぐらい必死なのだ。

「四郎はこの杉乃井より難攻不落よ」

「だからこそ、落すのじゃ。
 お主が五日後に悔しがる姿が目に浮かぶわ。
 だから、安心して後ろを固めるがよい」

 鶴姫が差し出した手を握る。

「死なないでよ」
「四郎の子を孕むまで死ぬものか」

「姫様、そろそろ」

 麟姉さんが促す。
 私は政千代・八重姫・九重姫を従えて、裏口に向かう。

「行くの?」

 裏口には母上が待っていた。
 きっと、私と共に宇佐に退かせようと麟姉さんあたりが画策したのだろう。

「母上は?」

「ここに残るわ。
 子を逃がすのが親の勤めでしょ」

 日頃ちゃらんぽらんとしていても、こういう時は親をするのだなぁ。

「そんなものよ。
 親ってものは。
 あんたももうすぐなるのだから、それぐらい覚えなさい」

 ウインクして微笑む母の姿に、何故か涙がこぼれる。
 あれ?おかしいな?
 どうして、ここで泣くんだろう?

「行ってきます」
「いってらっしゃい」

 そんなあっけない別れ方をして、私はサードステージに乗り、杉乃井の裏口から数騎を連れて去る。
 海岸線は危ないので、山伝いに豊前竜王城を目指す。
 二十一世紀の地理で言うなら、宇佐別府道路の道伝いと思っていただけると分かりやすいだろう。

「ちょっと待って」

 別府湾が望める山の中腹で、私は馬を止める。

「どうなさいました?姫?」

 馬を下りた私に、政千代が不思議そうな顔をする。
 府内はもうもうと広がる黒煙のせいでどうなっているか良く分からない。
 だが、南蛮船の砲撃は続いているらしく、響く爆音がここまで聞こえていた。

「戦勝祈願の祈祷ぐらいさせてよ。
 どうせ、八重姫・九重姫の二人が先を確認しないと、先に進めないのだから」

 この手の落ち延び系では本国といえども、容赦なく襲ってくるのが戦国の怖い所。
 何処までが安全なのかを先行して探らないと先に進めないのだ。
 別府湾で暴れる数隻の南蛮船を見据える。
 このままで終わるとは思うなよ。
 まだ、私のターンは始まってもいないんだから。
 私や政千代の髪が突風になびく。
 私が神力を発動させたのだ。

「ひっ、姫様っ!」

 南蛮船がうろたえるのが分かる。
 理不尽な強風に、南蛮船が帆を降ろして抵抗しようとしているのが分かる。
 だが、逃がさない。
 あのでかい船体そのものに風を当て、強風を海にも当てて波も駆使して、南蛮船達を別府に引き寄せる。
 一隻、二隻、三隻、四隻、あ、一隻転覆した。
 四隻の南蛮船が別府の北浜に打ち上げられる。
 それが限界だった。

「ごめん。
 後、頼むわ」

「姫様!
 しっかりしてください!姫様!!」

 政千代の悲鳴を聞きながら、神力の使いすぎで私は気を失った。



[5109] 大友の姫巫女 第五十九話 豊西戦争 一日目夜 北浜夜戦
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/04/07 22:20
地理説明
    ↑
   宇佐
  □  |    別府湾
 別府  |
     |
 凸   |
杉乃井御殿▲スペイン南蛮船
     |
     |
      |    凹瓜生島
    凸  |
  高崎山城 |
       |
        ------
           凸
          府内城  




一日目 昼 杉乃井遊郭 大広間


「で、殿はご無事なのだな?」

 吉岡長増の問いかけに答えたのは、くノ一の菜子。
 その小柄な体を駆使し、高崎山の裏手を通り府内へ繋ぎを取ったのだった。

「はっ。
 お館様、および一門、重臣の方々は皆ご無事です。
 城も落ちておりませぬが、南蛮船の砲撃と浜に打ち上げさせた神風のせいで火災が発生。
 港を中心に街の三割が焼けた模様で、旗本鎮台はまだ動けぬとの事。
 臼杵鎮台は明日にも先鋒が府内に。
 大野鎮台も日向の動向を見ながら、明後日には先鋒を府内に送るとの事」

 菜子と同じように控えていたのが妹の里夢。
 彼女は宇佐に走り、北の情報を押さえて戻って来たのだった。
 珠が主導した伝令制度と鎮台は、完全にその機能を発揮していた。
 事変が勃発して、現場にまとまった戦力が投入できるのがそれまでと比べて格段に早い。

「姫様は無事に立石砦に入られました。
 途中、疲れが出たのかお倒れになりましたが、穏やかに眠っておられるとの事。
 明日にも宇佐にお入りになるでしょう。
 佐田隆居様より伝言が。
 中津鎮台と宇佐御社衆、合わせて千が明日、明後日にはもう千が杉乃井に入れるとの事。
 別府奉行の木付鎮秀様からも伝言が。
 木付勢と奈多八幡の奈多鑑基様の手勢、合わせて千が間もなく別府に入るとの事」

 珠姫が倒れたという報告に一同がざわつくが、その後の眠っているという言葉に安堵の息が漏れる。
 杉乃井遊郭の広間には、要職についている全ての人間が男女構わず集まっている。
 だが、その中央にいるのは遊郭の主ではない。
 能面のように表情を消した、珠の替え玉である恋が人形のように鎮座している。
 彼女の前に鎮座するのが、御殿代の吉岡麟であり、その両隣に補佐する形で隠居していたはずの吉岡長増と田北鑑生が鎧姿で座っている。
 恋の人形のような仕草も、替え玉としての初仕事に緊張しているのだろうと前の三人は思っていた。
 だからこそ、後に一騒動起こり、その後始末に頭を抱える事になるのだが、今の段階でそれを責める事はあまりに酷だろう。

「杉乃井には御社衆が五百詰めており、姫巫女衆も二百五十ほどおります。
 更に、吉岡様・田北様に習いに来ている者も郎党含めれば、戦に使えるのは千人ほどいる計算になります。
 また、別府および杉乃井の門前町から逃れてきた者は三千人ほどおり、健康な者は裏口から山を越えて城島高原の方に逃しております」

 奉行職につく藤原行春が杉乃井の兵と住民の避難について述べる。
 その隣には奥方である瑠璃姫が夫に添うように控えていた。

「南蛮船ですが、府内砲撃後に吹いた強風で北浜に打ち上げられました。
 内、一隻は転覆しており使い物にならない様子。
 南蛮人は上陸して船の隣に大きな穴を掘り、陣を敷いています。
 その数は千ほど」

 くノ一の舞の報告に一同地図を見て困った顔になる。
 南蛮船で好き勝手砲撃されないだけましかもしれないが、打ち上げられたその場所が大問題だった。
 後の世に『別大』と呼ばれるそこは九州でも有数の交通の要衝であり、海を埋め立ててまで一部六車線の道路が作られたのは、高崎山の裏手にトンネルで抜ける高速を除いてそこしか道が無いからである。
 その別府側出口である北浜に南蛮船は打ち上げられた。
 それは、府内から最短距離で北に上がる事ができない事を意味していた。

「兵が揃うのを待って、一気に押しつぶすしかなかろうな」

 田北鑑生の一言に、吉岡長増が異を唱える。

「待て。
 やつらの狙いは姫様だ。
 姫様が宇佐に下がったのをやつらは知らない。
 だとしたら、あいつらはどういう行動に出る?」

「この杉乃井を攻撃に出るか?
 いや違う。
 彼らは先に府内を叩いた。
 姫様の居城がこの杉乃井と知っているならば、府内を反撃できないだけ叩いて本拠であるここに来るはずだ。
 ん?」

 そこまで言って、田北鑑生も気づく。

「やつら、府内と別府を勘違いしていないか?」

 田北鑑生の一言に吉岡長増がにやりと人を食ったような笑みを浮かべた。
 この時代の地図なんぞ、正確に書かれている方がまれである。
 たしかに欧州にはベップの名前は伝わっていただろう。
 だが、そのベップのあるだろう湾に入ると、四層天守を誇る巨大城砦都市が構えていたら彼らはそれをベップと思い込むのでは?
 その府内を守るのは大友の軍神戸次鑑連。
 南蛮船は浜に打ち上げられ、臼杵や大野鎮台からの増援も明日には入る以上、簡単には落とされないだろう。
 戦には兵糧や弾薬を含め、膨大な物資が必要になる。
 彼らが府内城を攻めて消耗した所を叩けばいい。

「よろしいのですか?
 府内を、お館様を危険に晒すような事をして?」

 吉岡長増に尋ねたのは義娘となった吉岡麟。
 その不安そうな顔を見て、吉岡長増は笑って答える。

「構わぬよ。
 姫様が狙いと分かった以上、姫様から南蛮船を離す事が肝要。
 いざとなれば、わしと田北殿が腹を切れば良い」 

「おうとも。
 老骨はその為にいるのだからの。
 まぁ、異人相手に槍を振るえないのはちと残念だが」

 おどけたような田北鑑生の一言に皆がどっと笑う。
 その笑みの輪に恋が入っていないのに誰も気づいてはいなかった。

「では、このまま城を固めるとしよう。
 やつらが府内を攻めて消耗した後で、姫様率いる後詰と共にやつらを叩く」

 吉岡長増がこの場での方針を固めようとした時に、その声は凛として力強く響いた。

「その時間は無いかも知れぬぞ」

 末席に当然のように座っていた鶴姫がいい笑み――肉食獣が獲物を見つけたような――を浮かべて皆に言い捨てる。

「それはどういう事ですかな?」

 皆を代表して吉岡長増が鶴姫に問いかける。
 杉乃井の人間は、厄介事として鶴姫をそんなに評価していないが、規格外という事ではこの杉乃井の主である珠姫の例もある。
 侮るつもりはなかった吉岡長増は、それが正解と悟る。

「やつら穴を掘っていると言ったな。
 ならば、南蛮船を動かすつもりだろうよ。
 船体横に海まで続く大穴をあけて、潮が満ちるのを待つ。
 満ちた潮が穴に入り、穴の側壁を崩せば、船自らの重さで船が穴に落ちる。
 で、穴の深みで船は沖に出られるという寸法じゃ。
 安宅船など大きな船を上げて、また海に出す時に使う手法じゃ。
 ほおって置けば、夜の満ち潮にでも脱出されるのではないか?」

 その一言に、広間の全員が凍りつく。
 あの南蛮船が動き出す。
 それを止める手段がまだない。
 大神に南蛮船が一隻待機しているが、日振島にいる二隻が来るのはどんなに速くても明日以降。
 それまでに南蛮船が動き出して大神の南蛮船が沈められたら、やつらを止める手段が無い。
 何よりも一番厄介なのは、南蛮船が暴れるだけ暴れてそのまま帰ったら諸国の笑い者である。
 おまけに、また来るかもしれない南蛮船に脅えなければならない。
 それは、南蛮交易で繁栄していた府内経済の決定的な破綻を意味していた。
 そこまで考えて真っ青になっている一同に対して、鶴姫はあまり豊かでない胸をそらして己の才を誇っている。
 もちろん四郎向けなのだが、その四郎も真っ青になって気づいていないのが哀れというかなんというか。

「まずいな。
 やつらを足止めせねば」

 田北鑑生が漏らしたその一言が場の空気を変えた。
 篭城による消極策から、足止めの為の野戦という積極策に変わったのに気づいたのは、四郎と小野和泉の二人。
 彼らは打って出る隊の大将をする事になるから、功績を立てる事を夢見てその変わった空気をある種歓迎していた。
 だから気づかなかった。
 その野戦の大将が誰になるかを。
 この別府の地が大友宗家の直轄領という事実を。
 珠が去った後、別府近辺の指揮をとる最上位者が誰になるのか、誰も考えていなかったという事を。
 数刻後、二人はそれを血の代償と共に思い知る事になる。


同日 夕方 別府奉行所

「夜襲か」

 杉乃井から送られた文を見て、奈多鑑基はある種の侮蔑を持ってその文を床に投げ捨てた。
 その表情には不満がはっきりと写っていた。

「老人どもがでしゃばりおって。
 面白くない」

 奈多鑑基自身は寺社奉行として国東半島に大きな影響力を持ち、奈多夫人を大友義鎮の正室に送るなど絶大な権勢を誇っていたはずだった。
 その権勢に幾許かの陰りが出てきたのは、珠姫という存在の為であると思い込んでいた。
 実は奈多八幡(分家)と宇佐八幡(本家)は豊後の寺社領荘園を巡って対立していた仲であり、寺社奉行だった奈多鑑基が奈多八幡側の裁定を出して宇佐八幡の荘園を奪っていたのだった。
 史実における対毛利戦の宇佐八幡の日和見というのは、奈多八幡擁する大友家への意趣返しという側面もある。
 だが、珠姫が宇佐に人質に出た事により、強硬な裁定が出来なくなっていた。
 珠自身も父である大友義鎮に直接交渉して、宇佐八幡の権益の回復を求めた事もあり、奈多八幡と宇佐八幡の荘園問題は宇佐八幡側の主張を認めつつ、奈多八幡の権益を確定させるという玉虫色の決着によって終結している。
 もちろん、香春岳神社再興による権益や新田開発等で、珠が宇佐八幡・奈多八幡双方に利を与えたからこそあくまで不満に留まっているのだが、やはり面白くない。
 珠そのものについても、奈多鑑基は疑心を持っていた。
 何しろ、娘である奈多夫人が可愛がっても、彼女の腹から出ていない子供である。
 しかもお腹に西国屈指の大大名の一族である毛利元鎮の子供を宿している。
 珠姫と彼女の子供も、大友家の後継者となりかねない位置にいるのだった。
 また、息子であり養子に出した田原親賢の加判衆就任を阻止したのも、珠姫が行った南予侵攻だった。
 更に疑心を深めるのが、珠姫自身の才覚である。
 合戦では負け知らず、謀略も冴え渡り、統治も善政をしき、大友家に巨万の富をもたらしている。
 あげくに、朝廷から官位までもらい、既に大友家次期後継者最有力候補と(珠自身は否定しているのに)家中からみられていたのだった。
 そんな珠姫が今回の南蛮船襲来では、身重の体という事もあって宇佐に退いている。
 大友宗家に血縁で食い込んだ奈多一族と我が娘の孫達の為にも、功績をあげる必要があったのだった。

 別府湾周辺は大友宗家の直轄地扱いになっている。
 という事は、このあたりの指揮系統は府内にいる大友義鎮自身か、旗本鎮台陣代である戸次鑑連に従う事になるのだが、南蛮船のおかけで府内とは連絡がつかない。
 これで、珠姫が残っていればいやでも彼女の指揮下に入っただろう。
 疑念はあっても負け知らずのその功績は評価しているのだった。
 だが、命令を出しているのは引退したはずの田北鑑生や吉岡長増である。
 現役武将である奈多鑑基が面白いはすが無い。
 しかも、別府北浜に打ち上げられた南蛮人は少数で、一隻難破したと聞く。
 己の手勢だけで蹴散らせるかもしれないと思った時に、誘惑が悪魔の姿に化ける。
 率いる手勢は五百。
 一撃与えるなら申し分ない兵力だ。
 抜け駆けになるが、そもそもが足止めを意図した攻撃なので速ければ速いほどいい。
 一撃与えた後、木付鎮秀の手勢か、杉乃井守備兵が続いて叩けば問題も無い。兵力では勝っているのだ。
 計画では、杉乃井集結後に南蛮船攻撃を計画している。
 既に、木付鎮秀の手勢は杉乃井に向かって出発しており、日が落ちつつある中で奈多鑑基の手勢も間もなく出発する手はずとなっていた。
 ほんの少し、杉乃井への進路がずれたとしたら。
 たまたま、その途中で南蛮人と出会ってしまったとしたら。

「出るぞ」

 奈多鑑基は手勢に声をかけ、別府奉行を出発した。
 何処へ出るかを最後まで言わないまま。



同日 大禍時 杉乃井遊郭 大手門前

 大手門前に揃っていた兵は御社衆のみでその数は五百。
 茜色の大地に彼らの影が長く伸びる。
 この間、府内で行われた旗本鎮台との模擬戦にて兵の錬度が違う部隊を強引に運用して、総崩れに陥った苦い経験から出撃は御社衆のみで行われる事になった。
 姫巫女衆およびその他の兵がまだ五百いるから、簡単には落ちないだろう。
 この姫巫女衆を率いるのは田北鑑生。
 本来御社衆を率いる四郎が請うて大将に据えたのである。
 で、四郎自身は手勢二百の大将として、同じ手勢二百を預けられた小野和泉と共に前線に出るつもりだった。
 指揮官を増やして、指揮する手勢が少なければ兵の統率は楽になる。
 錬度と士気が低い御社衆の統一運用を考えた四郎苦肉の策である。

「四郎殿。
 成長なさいましたな」

 漆黒の鎧武者姿を見て同じ姿である吉岡長増が見送りがてらに褒める。

「いえ、それがしまだ未熟者ゆえ」

「誰も最初は未熟者よ。
 失敗し、生き残って初めて一人前になるというもの。
 何より、四郎殿は既に功績をあげておられる」

「え?」

 きょとんとする四郎に吉岡長増が好々爺の笑みを浮かべた。

「姫様を逃がした事じゃ。
 ちゃんと府内での敗北を糧にしているではないか」

 その一言に四郎もいい笑顔を浮かべる。

「吉岡様の教えのおかげでございます。
 姫様の御身をこのような戦で危険に晒す事こそ、最悪の手という事を教えていただいたゆえに」

「そうじゃ。
 総大将が御前に出るのは、こちらが負けている時で良い。
 一軍の将が簡単に討ち取られては困るのじゃ。
 姫様は誰よりも先が、大局が見える。
 否、見え過ぎてしまうが故にそこに足を取られる気がしてならん。
 そこを支えるのが四郎殿の役目よ。
 覚えておくがよろしかろう」

「はっ」

 一礼をする若武者の凛々しさに嬉しさを感じると共に、一抹の不安も覚える。
 もしかして、自ら最強の敵を作っているのではないかと。
 ひとまずの不安を消して、吉岡長増はそのまま小野和泉と田北鑑生の所に顔を出す。

「初めての隊を指揮するのはいかがか?田北殿」

 床机に腰掛けて田北鑑生が笑う。

「何、一通り動けるぐらいには訓練しているのは知っている。
 他国の国衆を率いるよりは楽だろうよ」

 加判衆の一員として、万を越える大友軍の総大将も勤めた田北鑑生にとって、この程度の兵の指揮等呼吸をするがようにできる。
 それを知っているから、そのまま笑って流し、隣に控える小野和泉の方が固まっているので吉岡長増はそちらにも声をかけた。

「和泉。
 お主が固まってどうする?」

「はっ。
 今頃になって、府内での姫様の苦労を知った次第で」

 知らぬ兵を指揮するというのは、侍大将になるためには必須の条件でもある。
 自分の思い通りに動かない兵を与えられた今回、彼の真価が問われるだろうと自覚していて硬くなっていたのだった。

「気をぬけ。
 硬い者ほど死んで行くぞ」

「はっ」

 轟音が轟いたのはそんな時だった。

「落ち着けいっ!!!
 斥候を音のする方に走らせよ!」

「はっ!」

 田北鑑生の一喝でうろたえかけた空気が戻り、数騎の斥候が轟音のした方に駆けて行く。
 
「吉岡殿。
 城を頼む」

「心得た。
 だが、田北殿。
 この杉乃井は城では無いぞ。建前上」

「老人は、建前を覚える前に忘れるのよ!
 御社衆出るぞ!
 警戒しつつ、木付殿、奈多殿の手勢と合流する!!」

「はっ!」
「御意」

 田北鑑生の采配に四郎と小野和泉が号令をかけて兵を動かしてゆく。
 断続的に響く轟音を耳にしながら、吉岡長増は大手門に入り、負けじと大声で命じる。

「門を閉じよ!
 以後、わしの許しなく門を開ける事はまかりならぬ!」

「はいっ!」

 大手門に詰めていた中華衣装娘三人組が元気な声をあげるが、その顔は断続的に響く轟音に脅えの色が見えていた。
 杉乃井の本丸御殿からはこの轟音の正体が見えていた。
 奈多鑑基が独断で南蛮人に攻撃をしかけていたからである。



同日 夜のはじめ 北浜

 月明りに波の音が揺れ、それを完全にぶち壊すように砂浜に赤い花が轟音と共に断続的に咲く。
 その火炎の花咲く元に奈多鑑基率いる大友軍は、近づく事すらできなかった。

「何故じゃ!
 何故やつらの弾は当たる!!」

 大友軍は足元の悪い砂浜を突撃するが隊列が崩れ、そこを左右の鉄砲で狙い撃ちされていた。
 しかも、その左右に船から降ろしたたらしい大砲を据付け、その大砲の轟音が大友軍の士気を打ち崩したのだった。
 スペイン軍は日本と違い、鉄砲の使い道を狙撃ではなく、制圧射撃に使っていた。
 南蛮船を出す為に掘っていた砂で鉄砲の射程限界の所に丘を作り、そこを下りてきた大友軍兵士を一斉射撃で狙い撃ちしていたのだった。
 それでも近づいてきた大友兵は整列したパイク兵によって叩かれ、貫かれていく。
 それは、珠姫が行った慶徳寺合戦の裏返しだった。
 士気を叩き崩す火砲の優位、近づけさせない槍ふすま、そして、士官の多さによる柔軟な運用。
 カノン砲と呼ばれる大口径の火砲がまた火を吹いた。
 砂場で足を取られていた竹束を吹き飛ばした時、奈多鑑基率いる大友軍の士気は完全に折れた。

「もうこんな場所にいたくねぇぇっ!!」
「おら、死にたくねぇだぁ!」

 一斉に逃げ出す足軽達はおろか、侍達も逃げ出す始末。

「ま、待て!
 逃げ……」

 轟音と共にカノン砲が着弾した。
 その場所は運が悪い事に砂の下に石が埋まっており、火花を散らして砕いた石の破片を撒き散らしてカノン砲の弾を跳ねさせた。
 その跳ねた方向は、奈多鑑基の正面。

「え?」

 その迫り来る黒い物体に対する疑問の声が、彼の最後の言葉となった。


「奈多鑑基様討ち死にっ!
 奈多隊は総崩れですっ!!」

 決して遅かった訳ではないが、木付鎮秀が戦場に到着していた時には奈多隊は崩壊していた。
 とはいえ、見通しの良い砂浜での事、奈多隊総崩れの一部始終はしっかりと見ている。

「側面に回って槍を突き崩す!
 一隊は囮となって、あの丘の前で弓をいかけよ!
 杉乃井に伝令!
『奈多隊総崩れ。奈多鑑基討ち死。
 我らは南蛮人の側面をつき、奈多隊撤退の支援をする』と」

「はっ!」

 一騎の伝令が杉乃井に向かって駆けて行く。
 その方向には杉乃井から出てきた田北隊が、こちらに向かっているのが見えた。
 松明を赤々と掲げた敵は方陣の陣形で、その側面をつけば正面の槍は動けない。
 だから、見落としていた。
 方陣の四隅に銃兵と火砲が備えられていた事を。

 かくして、木付隊も奈多隊と同じ地獄を味わう事になった。

「ええいっ!
 これでは持たんわっ!
 一度退いて杉乃井勢と合流する!!」

 奈多隊の崩壊を前にして、木付隊も士気が崩壊しかかっていた。
 そして、木付隊より錬度も士気も低い杉乃井御社衆が裏崩れを起こす事を何よりも木付鎮秀は恐れた。
 彼らまで総崩れになったら、杉乃井はおろか別府湾中央部を守れる隊がいなくなってしまう。

「退けい!
 隊を乱すな!
 追い討ちを喰らうぞ!」

 その判断が田北勢を救った。
 既に、奈多・木付両隊の崩壊を目の当たりにして裏崩れを起こしかけていたのだった。

「逃げるなっ!
 逃げたら俺がこの場で切るっ!!」

 小野和泉や四郎が必死に馬上から叱咤すれど、一人、また一人と闇の中に落ち延びてゆく。
 特に、御社衆は南予侵攻で珠姫が見せた火力の凄まじさを見ていただけに、己の末路を簡単に想像してしまったのだった。

「これは戦えぬな。
 退くぞ。
 わしが殿を勤める。
 吉岡殿に詳細を伝え、敗残兵を収容させよ」

 ため息をつきながら、田北鑑生は撤退の指示を出す。
 これだけのものを見せられたのだ。
 杉乃井、奈多、木付の将兵はしばらく使い物にならないだろう。
 床机を持ってこさせ、悠然と腰をかける。
 そういう物事に動じないしぐさが兵の安堵に繋がる事を、この老将は幾多の戦経験より学んでいた。
 その為か、田北鑑生率いる本陣の百人は一人も逃亡者を出していない。

「田北様、それがしに殿を!」
「いや、それがしに殿を!」

 隊を辛うじて纏め上げた四郎と小野和泉に向かって、田北鑑生が一喝する。

「はしゃぐな!若造ども!!
 裏崩れを起こすような隊に殿を任せられると思うか!
 ここはわしが抑えるから、とっとと杉乃井に帰って、おなごの乳でも吸ってろ!!」

 その叱咤を含んだ言い捨てに二人とも顔を赤めて怒気を発するが、田北鑑生の言うとおりなので何も言い返せずに二人とも自らの隊を率いて撤退してゆく。
 そこに、隊をまとめて退いてきた木付鎮秀が合流する。

「木付殿すまぬ。
 勢い良く出たはいいが、役にたたなんだ」

 座ったまま頭を下げる田北鑑生に、木付鎮秀も安堵の息を漏らす。

「いえ。
 さすが田北老。
 裏崩れを起こさずに、杉乃井に入れるのはご老体がそこに座っているおかけではないですか」

 馬上から見下ろす木付鎮秀に、床机に座ったまま田北鑑生が白々しく苦笑する。

「何、足腰が弱ってな。
 年は取りたくないものじゃ」

「では、我が隊と共に杉乃井にお退きを」

 諧謔の笑みを浮かべて木付鎮秀も乗る。
 二人して笑っているのに目は赤々と篝火を灯す南蛮人たちに釘つけになっていた。

「そうさせてもらおう。
 で、木付殿。
 一当てしてどうじゃ?」

「弾切れを待つしか手が無いかと。
 竹束を吹き飛ばされたら近づけませぬゆえ」

 それは、戦場を潜って来た歴戦の将、先に帰らせた二人の若武者がまだ手に入れることの出来ないものを持つ戦国武将の姿だった。

「足止めは、今の兵では無理ですな」

 作戦目的の失敗を木付鎮秀は認め、田北鑑生も異議を唱えなかった。

「くノ一を使い、この顛末をわしの名前で殿と姫様に伝える」

 それは、今回の敗戦の責任を田北鑑生が取る事を意味していた。
 それを木付鎮秀が止めないのも、総大将としての責務である事を知っていたからに他ならない。

「わしらは負けたが、南蛮人。
 殿は、姫様は手ごわいぞ。
 次も同じように勝てると思うなよ」

 床机から田北鑑生が立ち上がった。
 彼と木付隊は南蛮人の追撃も無く、無事杉乃井に入城した。

 こうして、この日の戦は大友軍の敗北として終わる。
 なお、その夜に兵も居らず、避難が済んだはずの別府の町が大火によって焼失する。
 南蛮人の仕業と後に伝えられるが、実際は逃げ出した大友敗残兵が略奪し、その証拠隠滅が原因と言われている。



 北浜合戦

兵力
 大友家       田北鑑生             千五百
 スペイン派遣船団  ミゲル・ロペス・デ・レガスピ   千

損害
 四百(死者・負傷者・行方不明者含む)
 不明(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死
 奈多鑑基(大友家)



[5109] 大友の姫巫女 第六十話 豊西戦争 二日目
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/05/07 19:07
 目が覚めた。
 茶色の木目調の見知った天井が視野に入ってきた。

「知らない天井だ……」

 いや、お約束って大事だと思うのですよ。
 特に、生死を決する時ほどね。おちつくから。それで。

 というわけで、

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。
 宇佐にある私の屋敷の天井を見上げながら、とりあえず私は宇佐に着いた事を悟ったのでした。

「姫様っ!
 姫様がお目覚めになられましたっ!!」

 妙に明るい。お昼か?
 側についていたのだろう。
 政千代が大声をあげる。ちょっと五月蝿い。

「姫様っ!」
「姫。ご無事で」
「姫様がお目覚めになられたぞ!!!」

 って、何でそんなに集まってるのっ!!みんなっ!!!
 しかもみんなは漆黒の鎧を纏って戦装束だし。
 戦……あれ?

 皆の声を無視して考え込む事しばらく。
 気絶前までの状況を思い出す。


 がばっ!


「政千代!
 何日寝てた!!!」

「姫様落ち着いてくださいっ!」

「いいから、私は何日寝てたっ!!」

 政千代をかっくんかっくん揺さぶって大急ぎで時間を確認する。
 帰ってきた言葉は私にとって愕然とするものだった。

「丸一日です。
 お倒れになられた日から、丸一日経たれた朝でございます」
 
 こうしちゃいられない。

「状況を説明して!」

 ぬっと突き出されたのは、朱色のお椀に盛られたほかほかの味噌粥。

「まずは食べて」

 お願いだからその無表情と抑揚の無い声は起きかけにはかなり驚くから。九重姫。

「食べて」

「……はい」

 とりあえず、床から半身を起こし、味噌粥を食べながら状況を確認中。
 とろとろのご飯と、歯ごたえのある茸と大根が味噌に絡み、薬味の葱が舌を刺激する。
 おいしい。
 考えてみると丸一日寝ていたからそりゃお腹もすくわけで。

「おかわりはここ」

 だから、ぬっとお椀を突き出すのはやめてください。九重姫。

「食べて」

「……はい」

 うん。
 仕方ないよね。まだお腹空いていたんだから。
 ぱくぱくかつかつと箸を一心不乱に動かす私に、また鼻をくすぐるいい臭いが。

「鮎を焼いています。
 お召し上がりを」

 霞が持ってきた塩焼きの鮎にかぼすをかけてぱくり。
 うまい。
 おっと、料理解説なんぞやっている場合じゃなかった。
 鮎を食べながら、大急ぎで文を把握。
 なお、手は鮎の塩焼きの串を持っているので、手紙を持っているのは政千代である。

 別府からの文で、父上達は無事なのと、北浜で上陸した南蛮船の連中と一戦して惨敗した所まで把握。
 テルシオにガチでぶち当たったか。
 今の大友軍にあれにまともにぶち当たって勝てる訳無いのに……

 さて、このテルシオというのはスペイン軍が当時最強を誇っていた戦闘陣形である。
 その特徴は、方陣の四隅に鉄砲などの火力兵を用意した上で、パイク兵等の槍兵が構えて敵兵を近づけさせないという物。
 鉄砲による面制圧射撃でこっちの突撃を阻み、大砲でこっちの士気を叩き崩し、それでも突っ込んだこっちの兵は槍の壁で近づけさせない。
 おまけに方陣でその四隅に火力兵を置くという全周防御陣形だから、側面をついても結果は同じときたもんだ。
 また難儀なのが、戦国日本で発達していないというか、発達できなかった騎兵集団という突撃時に衝力を発揮できる兵科が居なかったので、突撃歩兵たこ殴りという散々たる結果に。
 奈多鑑基の討ち死に、参加兵力三割の損害って何よ。
 恋は母上と一緒に何か凄い事しているし。うらやま……げふんげふん。
 そこまでしないと士気が維持できないって末期的だし。

「はぁ……
 頭痛くなってきた……」

「姫様?
 医師をお呼びしましょうか?」

 真顔で青くなる八重姫に手を振って拒否する。

「比喩表現よ。
 で、今はどうなっているの?」

 すかさず答えたのは、控えていた武者達を代表した爺こと佐田隆居。

「今日には息子が率いる宇佐御社衆と、中津鎮台が別府に入る予定です。
 夜には報告が来るでしょう」

 だから居なかったのか。ハヤテちん。

「南蛮人と一戦するかしら?」

「分かりませぬな。こればかりは。
 戦は水物ゆえ」

 現状で南蛮人に勝つためには、彼らの弾切れを狙うぐらいしかないのも事実である。
 その段階でどれだけの損害が出るか、考えただけで悪寒が走る。
 とはいえ、せっかく座礁させた南蛮船をまた海に戻されたら、ガレオン四隻に対してこっちはキャラック三隻、勝てるとも思えない。
 陸上にての撃破は絶対条件なのだが、今一つ考えがまとまらない。
 ええい、ひとまず考えるのをやめよう。
 それよりも宇佐に来てしないといけない事がある。

「豊前・筑前の国人集は?」

「府内での一件を知るのは今日でしょう。
 既に、姫様が宇佐に逃れた事を知らせておきました」

「グッジョブよ。爺」

「姫様の南蛮言葉は分かりませぬが、その笑顔から察するに間違ってなかったのでしょうな。
 宇佐衆は既に昨日の内に動員をかけ、兵二千、何時でも動かせますぞ」

 今回は突発事態に近い事もあって総動員をかけたらしい。
 中津鎮台に出ている兵まで含めたら、宇佐衆総動員に近い。
 
「姫様。
 今、早馬が。
 城井鎮房殿の手勢千と、高橋鎮理殿の手勢五百がこちらに向かっておるとの事。
 宇佐に着くのは夕方の予定」

 あやねの報告に私は眉をしかめる。
 ありがたいのは事実だが、少し速くないか?この動員。
 何かあった時の為に、最前線の香春岳城や松山城には押さえの兵も残しているし、筑豊に移った田原親宏が押さえになるように手はずは整えている。
 だが、事変が昨日で動員・出兵が今日というのは速すぎる。
 高橋鎮理の場合は精兵で常時戦場とか言いそうだからまだわからんではないが、豊前の押さえとして予備兵力的位置づけをしていた城井殿がそんなに速く動く必要は無い。

「既に別府に向かっているのが千五百、ここにいるのが二千、香春に城井が千五百か。
 動かせる豊前の兵は総動員に近いわね。
 銭・米の手当ての方はどうなっているかしら?」

「対毛利戦の事を考えて、銭も米も中津や長洲の蔵に蓄えております。
 足りない分は、門司から買い入れればと」

 爺の苦笑する顔に私も釣られて苦笑する。
 今回は毛利戦ではないので、門司で買い物はできるだろう。
 対毛利戦では、使えない門司ではなく府内で必要物資の購入を行う予定だったので、先の話になるが府内復興の段取りも考えておかないといけない。

「門司に人を走らせて、期日近い証文の支払いを。
 大友は府内を攻撃されても銭を返せる事を見せ付けておかないと」

 私の一言に、爺の顔がふと困ったような顔になる。

「どうしたの?爺?」

「実は、島井宗室殿より文が。
 わしにはよく分からぬゆえ、姫様に見てもらいたく」

 爺より渡された島井宗室の手紙を読む。

「な、何ですって!?
 暴落した大友の証文を神屋紹策が全て買い取ったぁ!?」

 生き馬の目を抜く商人世界での南蛮船府内攻撃は、ぶっちゃけ9.11なみの衝撃となるのは分かっていたので、大急ぎで出回る証文の整理をやるつもりだったのだが。
 あれ?
 何か引っかかるな。

「神屋紹策って、博多の豪商よね。
 たしか……」

 頭をゆらして思い出そうとしていた時に、政千代がすらすらと解説を。

「博多の豪商で、紹策様の父上に当たる神屋寿貞殿は石見銀山開発で財を成した方ですわ。
 その縁故で大内・毛利氏と関係が深く……」

 あれ?
 今、凄くやばいキーワードを聞いた気がしたぞ。
 なんで、落ち目の大友の証文を毛利側の商人が買い漁っているんだ?

「姫様!
 ご無事でしたか!!」

 つかつかとやって来ているのは、現在こっちに向かっているはずの城井鎮房。
 あんた、率いている手勢どうしたのよ?

「高橋鎮理殿に手勢を任せて、少数の供を連れて先駆けを。
 よかった……姫にもしもの事あれば、この豊前がどうなっていたかと。
 門司からの報告で、姫様が別府から逃げ出したと聞き、慌てて駆けつけた次第。
 宇佐からの文で南蛮人が攻撃をしかけたとか、我らの手勢異人にも負けませぬぞ!」

 言われる前に、言ってくれた城井鎮房が鎧をつけた己の胸をどんどん叩いてみせる。
 あれ?
 何で、府内攻撃の報告を門司が知っているんだ?

 ちょっと待て。
 今、城井鎮房は何て言った?

「『門司からの報告』で、『姫様が逃げ出した』」  

「姫様!
 どうなさいました!!
 珠姫様!
 お顔が真っ青で!!」

「ぇ、ぁぁ。
 ごめんなさい。政千代。
 まだちょっと気分がよくないみたい」

 見えないけど分かる。
 私の顔は今、真っ青で、体の震えが止まらない。

「爺の手勢は赤松峠まで進めて。
 そこを本陣にするわ。
 城井殿は手勢をそのまま立石峠に」

 私は、最低限の指示をだすが、寒気が止まらない。
 
「姫様。
 これ以上は無理をなさいますな。
 無理をすればお腹の子に差し障りますぞ」
「左様。
 ここは我らに任せて、ゆっくりとお体をお安めに」

 見るからに悪化した私の容体に爺と城井鎮房の二人が必死に説得する。
 それに私も頷かざるをえなかった。

「ありがとう。
 少し横になるわ。
 一刻経ったら起こして」

 皆を下がらせて、私はゆっくりと横になる。
 体の震えが止まらない。
 うっすらと汗も出てきている。


 今、私は厳島の陶晴賢の気分をたっぷりと味わっていた。
 チートじじい。毛利元就の罠にしっかりと絡め取られていたという事を認識したので。

 
 神屋寿貞の証文買い取り、城井鎮房の速すぎる兵の動員、そして前々から流布していた「珠姫は毛利側」という噂。
 これらは全てあるトリガーによって発生する。
 それは、私が別府から逃げ出すという事。
 つまり、私が謀反を起こして失敗した時の事を想定していたのだ。
 出回っている大友の証文は私が父上を倒したら額面支払いが確定しているので、謀反勃発時の暴落時に買い漁り、毛利は私を支援する事で策源地と大義名分を手に入れる。
 府内攻撃時に門司行きの船も居たから、彼らが南蛮船の攻撃を見たらきっと私が府内を攻撃したと勘違いするに違いない。南蛮船私も持っているし。
 城井鎮房の門司での情報は、おそらくはぼかして私に伝えているのだろう。
 きっと、

「珠姫謀反!
 別府で蜂起するも失敗し、宇佐に逃亡中!」

 とかの過激な一報が門司に流れたのだろうな。
 多分、前々から計画されていたのだろう。神屋寿貞の証文買い取りもこれがトリガーと見た。
 で、兵を集めている最中に宇佐からの報告である「南蛮船攻撃」あたりを聞いて、慌てて先駆けしていたというあたりが真相だろう。
 危なかった。
 状況証拠だけで、私は危うく謀反を起こしている所だった。

 かつて、私は毛利元就についてこういう事を言った。

『AがBという事をするという情報が広がって、Cは一日、Dに届くのに数日かかるとする。
 この情報を得てDが何かをする場合、既にCが介入しているという情況で、Dが出し抜くにはどうすればいいか?

 答えはこうだ。
 DがAに対してBという事をするように導く。

 これでタイムラグは逆転し、CはDの後塵を拝む事になる。
 地方大名の謀将にその傾向は強く、その代表は毛利元就なんかだったり。
 このタイプの打つ手というのは距離もそうだが時間も長い。
 介入に対して距離と時間という制約を抱えて手を打つから一手一手が凄く分かりにくい。
 たが、ある瞬間、ある場所に来るとその一手一手が詰み手になって逃れられなくなっていたりする。
 厳島合戦なんてまさにその典型である』

 まさにそんな状況だった。
 辛うじて私がその罠から逃れられたのは、情報伝達を速めて可能な限り情報を流すように心がけていたからと、毛利元就必殺の地雷原を踏んづけたのは私ではなく南蛮人だったという事。
 たった二つの奇跡から私は致死の罠から逃れられたのだった。
 それを自覚したからこそ、体の震えが止まらない。
 本気であのチートじじいが怖いと思ったのは今回が初めてだった。
 幸いにも、この手の弱点は、次の手を作るのに時間がかかるという事。
 次にどんな手が来るか分からないが、「珠姫謀反」ネタはこれで使えないだろう。
 もっとも、それは別府に居座っている南蛮人を無事に叩き潰したらの話だが。

「姫様」

「起きているわよ」 
  
 声をかけてきたのは政千代。
 ふすま越しにも声が震えていた。

「先行している佐田様より最新の報告です。
 南蛮人達は、杉乃井を攻めだしました」



[5109] 大友の姫巫女 第六十一話 豊西戦争 三日目 別府湾海戦
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/04/24 17:34
 風は順風。
 波は少し高し。
 相手はガレオン船三隻。
 こっちはキャラック船三隻。
 その火蓋が切られるのを、私は木付鎮秀の居城である木付城から眺める事しかできなかった。

 お元気ですか?
 宇佐で巫女をしている珠です。
 杉乃井は辛うじてですが、落ちませんでした。
 大手門を破られるほど攻め込まれたらしいのですが、佐田鎮綱の横槍で辛うじて持ちこたえたとか。
 やばかった。
 しかし、トーレス神父が仲介して交渉をしたらしいけど、何よこれ?

1)私の火あぶり
2)父上のキリスト教改宗
3)瓜生島の併合

 まったく話す気ないだろう。スペイン……
 やつらにとっては寛大な要求なのだろうが。
 この報告は府内の父上にも送ったらしいけど、激怒しているんだろうなぁ。きっと。
 こんな事があって、宇佐ではなくわざわざ別府湾に戻ってきたのも、これが理由。
 とりかく、これを片付けないと南蛮人全体への風評になりかねないし、それは大友家の経済崩壊に繋がりかねない。
 
 南蛮人のやつらは船でやってきた。
 という事は、船以上の人員を連れてくる事ができない。
 それが杉乃井戦で消耗した。
 叩き出すだけでなく、ガレオン船を手に入れるチャンスです。
 現在動ける南蛮人のガレオン船は四隻。
 消耗していた南蛮人は、今ガレオン船を三隻動かせるかどうかと私は見ている。
 死ななくても負傷者に船は動かせない。
 かれらの人員が千人と踏んで、北浜と杉乃井で二割は損害が出ているはず。
 しかも船を動かす瞬間、水夫でもある兵士を収納する為に一番無防備になるはすである。
 四隻の内、一隻はろくに動かせないだろう。
 これを頂く。
 既に杉乃井には伝令を走らせて、彼らが船を動かしたら残った船を奪い取れと命じている。
 そして、こちらの切り札であるカルバリン船三隻が木付城前に停泊している。
 この城は別府湾の最奥に位置し、かつ三方を海にかこまれた半島の城砦で、その高台から見下ろす私の眼下の先には離脱したらしい南蛮船が三隻。
 読みどおり、一隻は砂浜に鎮座したまま。

「姫様。
 これを」

 高台から動かない私に政千代が差し出す紙の束。
 それに花押をかきかきかき。
 本当なら、私自身が珠姫丸に乗り込んで海戦指揮を取りたかったのだけど、

「「駄目です」」

 爺だけでなく、南蛮船を率いる安宅冬康にも大反対されたので、私はこの木付城でおるすばん。
 杉乃井から逃げた時の最後っ屁であるあの大風でぶっ倒れてから、偉く過保護なのですが。

 え?杉乃井に入らないのかって?
 ここから先、治安がかなり悪くなっているのです。
 北浜での敗北や杉乃井戦で別府焼けましたし。
 赤松峠でなく木付城に入ったのも、主力が杉乃井に入った木付鎮秀の居城である木付城が荒れるのを避けるのも理由の一つ。
 もちろん、爺達の魂胆は、

「とにかく姫を安全な所に」

 だから、私が当初考えていた杉乃井入城を必死に押し留めたのも、これが理由だったりする。
 できる事なら、宇佐からすら出したくなかったのだろうなぁ。
 それは我慢できない私とのぎりぎりの妥協が、この木付城入城だったりする。
 まぁ、悪い事ばかりではない。

「はい。これを届けて」
「はい」

 かきかきした花押は全部豊前・筑前の国人衆あての手紙だったりする。
 逐一情報を流して、彼らが暴発しないようにしないといけません。
 で、城の人間かき集めて、判子でぺったんぺったん。
 全部私がするより格段に速いので助かっていたり。
 花押だけが証明だから信じない所もあるだろうけど、下手な流言よりはましだろう。多分。
 私が花押をかきかきで、百枚以上の手紙をばら撒いたり。
 
 話を戻そう。
 兵の展開にも、私の身柄最優先が現れている。
 この木付城に宇佐衆を中心とした兵千。
 本来本陣を置く予定だった赤松峠は城井鎮房殿の手勢千。
 何度も杉乃井に来ている高橋鎮理に手勢と宇佐衆の残りの兵千五百を持たせ、別府の焼け跡の治安回復の巡回・救助をさせている。

 別府の方角から、出港したキャラック船三隻の方を改めて見る。
 ここからは見えないが、白地の帆に黒く塗られた杏葉の紋章が風をいっぱい受けているはすである。
 とはいえ、使っている神力は抑え目で、キャラック船に順風を当てる程度。
 ここでまたぶっ倒れたら本気でこの後の情勢に影響でそうだし、静養と称して宇佐か杉乃井で寝かされ介護なんてされかねないし。



「いい、無理はしないでね。
 船はともかく、あんたらは替えがきかないんだから」

 出港前の珠姫丸に乗り込んだ安宅冬康にそう声をかけたけど、

「ここで命を捨てずに、何処で捨てろと?」

 と返されて、

「そりゃ、毛利戦」

 と、ぽろりと本音を漏らしたら水兵ともども大爆笑していたな。やつら。
 なお、今回の戦において、安宅冬康率いる南蛮船乗員は多国籍だったりする。
 南蛮船の操作というのはやっぱり難しく、珠姫丸を動かしていた安宅党だけでは当然数も足りず、若林鎮興率いる豊後水軍からも水夫を融通したはいいがそれでも足りず。
 で、倭寇の中国人を雇って訓練していたのだけど、今度は技量が足りず。
 そんな不安なこちらの南蛮船に志願(もちろん報酬こみで)したのは、船を撃沈されたポルトガル人だったりする。
 私が小躍りしたのは言うまでもなく、かくしてこの海戦の舞台が整った訳だ。

「毛利戦にて命を捨てるためにも、皆の者!
 生きて帰ろうぞ!!」

「応!!!」

 海の男達の決意に、私はただ見ているしか出来ないのが凄く悔しい。
 女になっておもうけど、やっぱり男ってかっこいいわ。
 日本人も、中国人も、ポルトガル人も、すっげーいい目で私を見つめるんだから。
 特に何かにかける男、ましてやそれが死と繋がる決意を決めた男っていいなぁ。
 前世の私は、少なくともそんな男ではなかったなぁ。

 で、何で腕を掴む。政千代。

「麟様から言い付かっております。
 『姫様が黙って何かを見ている時に、とりあえず手を掴め。
 少なくとも、それで姫様と共に何かに引きずり込まれるから』だそうで」

 うわ。
 麟姉さん、すげー恨み言を政千代に漏らしていたんだな。
 このまま船に乗り込みねないとでも思ったのだろうか。
 ほいほい護衛から離れてお忍びするのは少しだけ控えよう。

 この瞬間だけ。

「姫様。
 まったく、目に反省の色が見えていないのですが?」

 ジト目の政千代に睨まれ、握られた手はちょっと痛かったりする。
 とりあえず、弁明だけはしておく。 

「し、シツレイナ!
 コ、コウヤッテノコッテイルジャナイノ」

「凄く、声が棒読みです。姫様……」

 結局、政千代に手を掴まれたまま、こうして木付城の高台に。
 政千代は階段しか出入り口が無いのを確認して、やっと手を放しやがった。
 まったく信用されていません。私。
 で、高台での花押かきかきとかやっていたわけで。
 そういえば、まだ望遠鏡ってできていないのです。
 おかげで遠目から見るのは結構大変です。
 ガラス二枚あれば作れるから、今度博多の商人にでも頼んでみよう。

「姫様。
 我らの水軍は勝てると思いますか?」

 文を城の者に渡してきた政千代が隣で不安そうに私に尋ねる。
 キャラック船の大砲は片舷17門、ガレオンは40門だから、片舷20門か。
 風向きもこっち向きだし、負けないとは思う。
 いくつか手は打っているし。
 何か返事を返そうと思ったが、その機会は永遠に失われた。

「姫様!?」

 手を握ってくる政千代の声に返事ができないぐらい、私は別府湾を凝視していた。
 轟音が轟き、海戦が始まった。



地理説明(黒スペイン 白大友)
    ↑
   宇佐


     △赤松峠

        凸木付城
      ------
     |□大神造船所
     |  
  □  |  ▽キャラック船三隻    
 別府  |  ↓
     |
 凸   |
杉乃井御殿▲▼ガレオン船三隻(一隻放置)
     |↓
     |
      |    凹瓜生島
    凸  |
  高崎山城 |
       |
        ------
           凸
          府内城  


 風が逆風になり、動きが遅いガレオン船は順風に帆を合わせる為に進路を府内側に向ける。
 もちろん、近づいてこないように撃てる大砲は全て撃ってこちらのキャラックを寄せ付けないようにしているが、威嚇なのでキャラック船のはるか前で水柱が立ち上がるのみ。
 キャラックに積んでいるカルバリン砲の方が射程は長いが、絶対的優位とはいえないのがこの手の海戦の怖い所。
 アルマダ海戦で決定打になったのは、砲の性能より火船の特攻や嵐の為という説もあるみたいだし。
 だが、風で敵進路が固定されたのはこっちにとっては都合が良かった。
 こちらのキャラック船はまだ撃っていない。
 艦首に大砲が備えられていないからだ。

「やはり、瓜生島には近づかないか」
「どうしてですか?」

 轟音が続く別府湾を眺めながら、呟いた私の一言に政千代が尋ねる。
 視線をキャラック船に向けたまま私はその答えを口にした。

「あっちにポルトガル船や、明のシャンクが停泊していたでしょ。
 大砲が降ろされて、瓜生島から撃たれたらいやなのよ」

 ガレオン船団の選択肢は二つあった。
 Uターンの要領で瓜生島前でT字に持ち込んで大砲でフルボッコと、順風を受けて府内側からの脱出の二パターン。
 キャラックを叩くならT字持ち込みだったのだが、それは瓜生島に近づく事を意味する。
 元々商館があった瓜生島にはある程度の装備もある。
 スペイン艦隊来襲時に瓜生島も攻撃を受けたが、兵も送られておらず、そこにいたポルトガル人も我々に協力的だ。
 なにより、湾の真ん中に島があるという事は、近づいたら浅瀬に座礁する事を意味しており、地理に不慣れな彼らからすれば危険な選択肢でもあったのだった。
  
 けど、それはこっちの思う壺。
 高崎山山頂から轟音と共に黒煙に包まれ、ガレオン船の近辺に次々に水柱を作り出す。
 同じ場所から物を投げた場合、高い所から投げる方がよく届く原理を使っての砲撃だが、ガレオン船団は慌てて瓜生島の方に舵を切って見事なまでに動揺している。
 なお、高崎山は標高約六百メートルなり。
 スペイン人襲来前から、偉い苦労をして大砲を上に持っていったかいがあった。
 来襲時、私は杉乃井から追い出されたので、見張り程度の兵しかいない高崎山の砲台を使えなかった。
 だが、今回は府内からちゃんと兵を詰めているので遠慮なくぶっ放せるだろう。
 そんないやがらせ砲撃の一発が、先頭のガレオン船のメインマストをへし折った。
  
「やった!」

 その光景は、別府湾て行われているこの海戦を見ている大友側全員の気持ちだろう。
 良く耳を澄ますと、砲声にまじって法螺貝の音も聞こえる。
 杉乃井から残った南蛮船を占領する為に兵を出したらしい。
 燃やすか、壊されるかされると思ったが、幸いにもそれは防げたみたいだ。
 まずは、ガレオン船一隻ゲット。

 視線を逃げるガレオン船団に向ける。
 先頭のガレオン船が速度を落としたので、二番艦以後は舵を切って先頭の船を避けないといけない。
 そんな、状況下の彼らに姿を見せたのは、塞ぐように横に並んだ若林鎮興率いる安宅船三隻を中心とした豊後水軍だった。

 
 

地理説明(黒スペイン 白大友)
    ↑
   宇佐


     △赤松峠

        凸木付城
      ------
     |□大神造船所
     |  
  □  |    
 別府  |
     |
 凸   |
杉乃井御殿△
     | ▽キャラック船三隻
     |
      |    凹瓜生島
    凸  | ▼ガレオン船三隻
  高崎山城 |     ▽安宅船三隻他
       |     
        ------
           凸
          府内城  


 安宅船は足が遅い。
 だからこそ、障害として、別府湾の出口側に待機させていたのだった。
 キャラック船が追い込み、安宅船で塞ぐ。
 ガレオン船は安宅船の排除の為に、大砲を使うべく船腹を晒そうとする。
 だが、攻撃は安宅船の方が速かった。
 大砲より軽い爆音と共に放たれる赤い火矢の群れ。
 瀬戸内水軍の必殺兵器、棒火矢。焙烙火矢ともいう。
 バズーカというか、ロケット砲というかそんなもので、火薬で筒をぶっ飛ばす原理としては簡単な兵器である。
 その狙いはガレオン船の帆。
 火矢で帆を焼いてしまえば、帆船は動けないのだ。
 後に起こるであろう織田対毛利の第二次木津川口海戦では、鉄甲船に効かなかったとされるが、櫂で動き、河口封鎖で動かなくても良かった鉄張りの鉄甲船とはそもそも相性が悪い。
 よく見ると小早船とかも近づいて、鉄砲や火矢を射掛けたり。
 船腹が高いので切込みができないのが痛いが、足を止めてしまえば後ろからキャラック船がしとめてくれる。
 無事な二隻もマストが火まみれになった瞬間、この戦に勝った事を悟った。
 轟音と共に燃えていた一隻のガレオン船が大爆発を起こす。
 火薬にでも引火したのだろう。
 もう一隻は燃え盛るマストが折れて海に落ちていた。
 先にマストが折れた船は、降伏でもしたのかキャラック船が近づいたのに、抵抗らしい抵抗はしているように見えない。

「勝ったわね」
「はい。姫様」

 ゆっくりと息を吐き出す。
 気づいたら、政千代の手をきつく握っていた。

「痛くなかった?ごめん」
「大丈夫です」

 政千代ははかんで答える。
 安堵なのだろう。
 うっすらと目には涙を浮かべていたり。
 そんな空気はたった数瞬で終わってしまうのだけど。

「姫様っ!
 ここにいらっしゃいましたか!姫様!!
 謀反です!!!」  

 勝った余韻すら味わわせてくれないらしい。
 駆けて息を切らした八重姫の背中をさすりながら、自分自身驚くほど低い声で相手を尋ねた。

「で、何処?」

「ち、筑前蔦ケ岳城城主宗像氏貞!
 同じく、筑前高祖城城主原田了栄(出家前は隆種)!
 『珠姫様の御謀反に賛同する』という名分で謀反を起こしました!!」

 驚くより、ああやっぱりと思ってしまうのは、これがチートじじい毛利元就の策だからと知っていたからだろう。
 むしろ、『珠姫謀反』の一報が入ったら即応するように、図っていたのだろうなぁ。
 ここまでくると、怒るとか驚くとか通り越して感心せざるを得ない。

「やっぱり、謀反を起こしたのね。
 あれ?宗像と原田だけ?」

「はい。私が聞いたのはその二家だけですが……」

 おかしいな?
 筑前立花山城の立花鑑載も謀反を起こすかと思っていたのだが……
 まぁ、博多や二日市に即応状態の兵を詰めさせて、『次、あんたね』と露骨に脅していたからなぁ。
 もしかしてやり過ぎた?

「もう一家ある」

 八重姫が語り終えると共に出てきたのは九重姫。
 息切れしていない所を見ると、歩いたのか、それても顔に出ない性分なのか。多分後者だな。

「八重と同じ名分で肥前龍造寺が謀反を起こした。
 日田鎮台が既に動いている」

 九重姫の淡々とした物言いに、私はこの騒動の短期終結に失敗した事をいやでも悟らざるを得なかった。
 そして、この騒動が更に拡大・長期化する事をこの時確信する事になる。



 別府湾海戦

参加戦力
 大友家        安宅冬康             キャラック船三隻 安宅船三隻+関船・小早船多数
 スペイン派遣船団   ミゲル・ロペス・デ・レガスピ   ガレオン船三隻(一隻放棄)

損害
 大友家    なし  負傷者若干
 スペイン   撃沈一隻   拿捕(放棄)一隻   拿捕(中破判定)二隻   死傷者五百 残り全て捕虜

捕虜   
 ミゲル・ロペス・デ・レガスピ



作者より補足。
 今回の話は、XXX板にある「大友の姫巫女XXX~とある少女の物語~」のコラボレーションになっています。
 特に二日目の杉乃井攻防戦(とある少女の物語第十四話・杉乃井攻防戦二日目~交渉と攻城と~)は私がお願いして大隅さんに書いてもらったもので、私も話に関与し、了解しています。
 この場を借りて大隅氏に感謝を。



[5109] 大友の姫巫女 第六十二話 豊西戦争 あとしまつ
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/05/04 10:16
南蛮人攻撃から四日目 府内

 こ、これは……

「惨いです……」
「府内の町が……」
「……」

 木付城から海路で府内へやってきたのだけど、その府内の街は海岸線部が焼け落ちて、焼け出された民が呆然としていたのだった。


 お元気ですか?
 一息ついたと思ったら、反乱祭りイベントに突っ込んだ珠です。
 本当なら杉乃井に入って、みんなにねぎらいの一言とかかけたかったのですが、時間がありません。
 木付城に小早を呼んで、政千代と八重・九重姫を連れてそのまま府内城へ一直線。
 なお、木付城と赤松峠の兵二千は爺と城井鎮房殿指揮下の元でそのまま北上させて豊前松山城へ。
 毛利の対応を見ながら、宗像討伐に使う予定です。
 高橋鎮理の千五百と杉乃井に入城した佐田鎮綱の千五百、合わせて三千を動かせないのがちょっと痛い。
 別府復興と治安回復には統制の取れている兵は絶対に必要だからだ。
 別府の町に雨露の凌げる建物を立てて、民を落ち着かせるのに最低でも一月はかかる。
 そして、それはこの戦で焼けた府内でも同じだった。
 人口は府内の方が多いだけに復興も時間がかかる。
 その分、兵が拘束される訳で、今度は反乱に投入できる兵が減る事を意味する。
 府内の城は幸いにも無事だった。
 港にも堤防を敷く構想だったのだが、対島津戦を想定して城郭と大分川堤防を先に工事したのが裏目に出たか。
 炊出しも行われているらしい。兵達が立っている場所のあちこちから白い煙があがり、鼻に粥の臭いが。
 商家は早くも仕える物を仕分けて商売しているし。たくましいな。
 焼けた商家もよく見ると、土蔵は黒こげでも無事だったりする。
 砲撃より火災でここまで被害が広がったので、火災に対する備えを当然のようにしている商家はすでに蔵を開いて商売をしていたり。本当にたくましいな。
 城に入ると、臼杵と大野鎮台の兵が控えていたり。
 試しにと兵に聞いてみたら、今は旗本鎮台が復興作業に出て次の日は交代するとか。
 もっとも、龍造寺・原田・宗像の三家謀反でそれも無理かもしれないが。
 復興を優先すれば、反乱鎮圧の投入兵力は減るだろうし。
 頭痛い……


「娘よ。
 中々慕われているではないか」

 加判衆一同控えた一室で、私は父と対面する。
 会った私に対する父上の皮肉も、以前と比べて闇がなくなった様に見える。
 とはいえ、その皮肉とっても痛いのですが。まじで。

「幸いというか、不幸というか、謀反最大勢力がまだ謀反していませぬゆえ。
 まさか、謀反の首謀者が南蛮から火あぶり要求を出されるとは……
 します?火あぶり?」

 加判衆からざわめきが漏れる。
 私を斬ってしまえば丸く収まりますよと言外に含めて、苦々しく、そして苦笑して父上に皮肉を叩き返す。
 これ、以前なら間違いなく斬られかねなかったのだが、父上は大笑いしただけだった。

「ふん。
 種はともかく、わしはできる孫をあやすのを楽しみにしているのだ。
 毛利狐や南蛮人ごときにその楽しみを邪魔されてたまるか。
 とはいえ、此度の謀反について、お前はおとなしくしておけ。
 別府や府内を復興しないといけないし、お前が出るとかえってややこしくなるからな」

 このあたり、親と一国の大名の絶妙なバランス加減が混じって、私は平伏せざるを得ない。
 私が前線に出て豊前や筑前の国衆を糾合した場合、それぞ大反乱に突入しかねないほど毛利の諜略の手が延びているからだった。
 府内別府復興を名目に、杉乃井でおとなしくしていろという実質上の謹慎命令を謹んで承った。

「はっ。
 父上の寛大なご処置に感謝いたします」

 それで、私に対する謀反嫌疑の話は終わった。
 そして、私を救ってくれた南蛮人達へのあとしまつが始まる。
 この場に別府から連れてきたトーレス神父が連れてこられる。
 彼が着ている黒の修道士服が今は罪人の服に見える。
 その中央に光る十字架もとても痛々しく輝く。
 事実、話を聞くというより弾劾に近いのだから、あながち間違っては居ないのだろうが。
 なお、彼を連れてくる前まではもっとひどかった。
 南蛮人の大将を捕らえたはいいが、皆冷静ではなく「首をはねよ!」と力んでいたのを私が必死に押し留めたり。
 あと、杉乃井戦の報告を兼ねて吉岡長増老もこっちに来ていたりする。

「つまり、南蛮人の宗派争いに娘は巻き込まれたというのか?」

 さきほど、私の嫌疑を笑い飛ばした時とはうって変わって、一番激怒している父上がそのまま殺さんばかりの声で吉岡老に確認する。
 トーレス神父による仲介と私が漏らした異端認定の報告で、南蛮人の宗教に対する不信が絶賛上昇中。
 これでキリスト教追い出されたら、実はもの凄く困るのは私だったりする。
 宗教って、ある種のサービス業である。
 で、ライバルのいないサービス業は殿様商売にあぐらをかいて確実に腐敗する。
 いい例が、かつて西日本最大の荘園領主であり、私が送られた宇佐を筆頭とした神仏勢力だったり。
 キリスト教という異種が入ったことで排斥運動も起きているが、彼らの民への救済と己等の腐敗を私が指摘してゆっくりと浄化させつつあるのだ。
 ちなみに、宇佐八幡と関係が深く国東半島に根付く六郷満山寺院群にも僧兵が在籍しており、無視できない兵力をもっていたりするから対応が大変なのだった。

「はい。
 かの神父の話と、姫様の推察、和議交渉に出向いたトーレス神父の言葉を総合するとそうなるかと」

 トーレス神父が吉岡老の言葉に割って入る。
 その目に決意が満ち、殺気漂う父上を真っ向から見据えて、口を開いた。 

「オネガイデゴザイマス。
 ヒメサマヲカイシュウサセテクダサイ。
 ヒメサマヲカイシュウサセタラ、ワレラポルトガルガヒメサマヲオマモリシマス」

「自惚れるな!異人!!
 実の娘すら守れぬ親が、国を、民を導けると思うたか!
 これ以上、何か言うのならば、切り捨てるぞ!!」

「イエ、ヒメサマノタメ。
 ワタシタチニヨクシテクレタコノクニノタメニ、ワタシハイッテイルノデス。
 コノクビ、ヨロコンデトノサマニサシアゲマショウ。
 デスカラ、ヒメサマヲカイシュウシテクダサイマセ!」  

「おのれ!
 まだ言うか……」

 小姓が持つ刀を掴もうとした父上の手を押し留めたのは、私の手だった。

「父上。
 今、彼を切っても解決しないでしょう」

「手を放せ!
 こやつは、お前を差し出すことでこの国を守れと言っているのだぞ!!」

 けど、私は放さない。
 父上を見据えて、淡々とある事実を指摘した。

「それに、改宗してもおそらく襲ってきますゆえ。
 彼らは」

 その一言に、父上だけでなく、トーレス神父も目を見張って私を睨みつける。

「ヒメサマ。
 ソレハドウイウコトデ……」

「新大陸で何が起こっているか、私は知っているわ。
 アフリカから新大陸に何を運んでいるかも」

 その一言で、トーレス神父は落ちた。
 おそらく、私と彼にしか分からない「新大陸」や「アフリカ」という言葉。

「姫様は、杉乃井に居た時から南蛮人について何か知っておられたようでした。
 姫様。
 事、ここまで大きくなった以上、全てをお話くださいませ」

 うわ。
 吉岡老、余計な事を。
 こっちが必死につじつまを合わせて事を穏便にまとめようと考えている時に、私に振るんじゃねぇ。

「説明してくれるのだろうな。娘よ」

 刀から手を放して、父上がため息をついた。
 見ると、父上だけでなく全ての視線が私を注視していた。
 皆の視線に私もため息をついた。

「少し長くなりますが、よろしいですか?」

 紙を取り出して、すらすらと簡単な世界地図を書き出す。
 その地理に愕然としているトーレス神父をほっといて、私は大航海時代と、新大陸からもたらされた金銀によるスペインとポルトガルの経済的繁栄と、その代償である新大陸原住民の根絶と穴埋めとしての奴隷交易を説明する。
 世界規模での話に父上以下加判衆全員ぽかーん。
 そして、ついてこられるトーレス神父は某少年探偵に名指しされた犯人の様に、汗はだらだら、体は寒気からか震えていたりする。

「で、どっちよ?
 銀?
 それとも人?」

 私はトーレス神父にトドメの一言を投げつけた。 
 だが、銀だろうなと思っていた私の予想に、トーレス神父はとんでもない事を口に出した。

「リョウホウデス。
 コノクニノギンハ、タイリクハオロカ、インドマデリュウツウシテイマス。
 ソシテ、ヒメサマガツクリシオンナタチハ、タイリクノオウコウキゾクガセツニホッシテイマス」

 トーレス神父の告白をまとめるとこうなる。
 うちの遊郭を代表する遊女達は世界トップレベルのサービスを提供している。
 それが別府に来るポルトガル人や、密貿易でやってくる明商人や倭寇がうちの女の味を知ってしまい、海路大陸に広がってブランドとして広まってしまった。
 特に、中国こと明帝国やオスマントルコ帝国にこのブランドが確立したのが決定打となる。 
 この二カ国、大規模な後宮を持つ専制国家である。
 つまり、女を武器に成り上がる輩はいくらでもいるし、実際なりあがった連中も一杯居るわけで。

『大友女を使って後宮を支配し、いずれは国も』

 そう考える輩が大量に手持ちの女奴隷を大友女とすべく日本に送り出したのだった。
 ところが、海路の女奴隷輸送なんてまともに機能する訳も無く。
 遭難や病気、果ては船員の使用や現地売却などで、日本に届いたのは極わずか。
 私が思わず偽善の果てに買った女達は、みんな孕んで精神壊れていたあたりをあげれば、どれだけまともなのが残っているか分かるだろう。
 つまり、決定的なレアリティがついてしまったのだった。
 なお、同じような過程で決定的レアリティがついた商品の名前を一つあげれば、これがどれほどの事態か分かるだろう。

 胡椒である。

 そんなハイレートレアリティ商品を、大航海時代真っ只中の欧州が見逃すはずが無かった。
 大陸の専制帝国国家のブームメントは、当然のように欧州貴族界も席巻する。
 トーレス神父が和平交渉時に聞いた話では、欧州で誰も持っていないがゆえに大友女一人についてガレオン船一隻の値段をつけた大貴族がいたとか。
 なるほど。
 それほどの暴利商品なら、教会保護下に置かないとどうしようもないと同時に、教会そのものが莫大な利益を上げられるな。
 娼婦を改宗させて教会の支配下に置き、娼婦には神の安寧を、教会には彼女の体で稼いだ金を寄付として頂く訳だ。
 免罪符なんぞを売って新教旧教対立が始まっているローマ側は、喉から手の出るほど欲しい利権だろう。 

 人道など屑の価値すらない戦国の世とはいえ、世界規模の人身売買の実態を聞いて私も父上以下も真っ青になっていたりする。
 ちなみに、欧州人が人として扱うのはキリスト教に入信している者のみ。
 当然それ以外は奴隷として扱われる。
 トーレス神父が必要に入信を求めていたのも、スペインが父上を改宗させようとしていたのも彼等からすればとても寛大な要求なのだろう。
 問題は、彼等の視線であって、我等の視線からは違う景色が見えるという事を理解していないあたりなのだが。

「父上。
 売られた喧嘩は買うべきだと思いますが」

「もちろんだ。
 が、また府内が焼かれる事態は避けねばならぬし、やつらの本国は海の果てではないか」

 怒りより、世界規模の事態に頭がついていかないらしい。
 まぁ、日本の小ささを最初に見せた後で、海洋帝国ができつつあるスペインの領土を見せたらびびるわな。

「父上。
 かの国は大きいのは間違いありませぬ。
 だからこそ、敵も多いのです。
 わが大友や毛利の様に」

 だから、理解できるレベルまで話を落としてやる必要がある。
 私の言葉の持つ意味を理解した父上は皮肉交じりの苦笑を浮かべる。

「となれば、わが大友もかの国にとっては宇都宮程度か」

「せめて、長宗我部と言ってください。
 かの国は全力が出せませぬ。
 かの国にとっての毛利、オスマントルコがいる限り。
 だから、遠慮なくかの国の喧嘩を買えます」

 私の不敵な笑み気づいたらしく、父上や加判衆もうっすらと笑みを浮かべる。
 そんな事は知らないトーレス神父だけが、必死に私の暴挙を止めようと言葉を並べて説得する。

「ヒメサマ。
 コノクニノスベテヲモッテモ、イスパニアニハカテマセヌ」

「そうね。
 けど、貴方方ポルトガルならどう?」

 呆けた神父の顔って凄く間抜けに見えるというのを私は今知った。
 彼が呆けているのをお構い無しに私は言葉を続ける。

「大友家はイスパニアに宣戦布告するわ。
 とうぜん、証人はポルトガルね。
 で、世界のポルトガル船を大友名義で雇って、イスパニアの船を襲わせるの。
 襲った船の積荷の九割は報酬に、一割を私達に。
 トルデシリャス・ サラゴサ条約を無視して、商売敵のイスパニアに喧嘩が売れるわよ」

 それがどういう事になるか、分かってしまうが為にトーレス神父の顔は真っ青になる。
 私は、ポルトガルに対して大友の旗を貸すから、遠慮なくスペイン船に対して海賊をしろと言っているのだった。
 まぁ、私略船を仕立ててアルマダの遠因を作ったイングランドのまねというのは内緒。
 そして、この手が最も効果を発揮するのは本国がある大西洋である。
 ポルトガルがスペインに飲み込まれるまで、スペインはまったくアジア大西洋に手が出せなくなるだろう。

「もちろん、喧嘩を買った以上、我々も攻めないとね。
 領内の反乱が終わってからだけど、船もナウにガレオンと揃ってきたし」

 とってもいい笑顔で、私はトーレス神父に悪魔の囁きを告げた。

「アジア交易の独占を狙い、
 うちの船団とマカオの船団を使って、ルソン攻めませんか?」



 スペイン派遣船団の長だったミゲル・ロペス・デ・レガスピは大友側の親書--宣戦布告--を持ってマカオに送られ、そこからスペインに帰国する事になる。
 当然、彼がスペインに戻っていた時には、事態ははるかに大きく動いていたのだが。
 なお、他の捕虜達はポルトガルに一任し、ポルトガルはこの攻撃を海賊として扱い、身代金が払える者はマカオに連れて行かれ、残りは縛り首となり府内にその躯を晒す事になった。



[5109] 大友の姫巫女 第六十三話 大友の後継者達
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/05/07 19:11
 南蛮人攻撃から五日目 府内城


「材木の手配はこれ、その代金は博多の商人へこの証文を持っていって。
 鯛生金山で取れた金は堺へ持ってゆくから、火薬はそれでいっぱい買ってくるように。
 米が足りない?これも堺から買わないと……
 街の縄張りはこれ。商人に復興の銭を出させて、出した商人は表通りに屋敷を手配して……」

 府内にて実質謹慎中の珠です。
 でも、仕事はちっとも減りません。
 『オー人事オー人事』と心の中で罵倒しながら書類と格闘中です。
 これでも半分の仕事はしていないというのだからなお救われない。
 私がやっているのは府内と別府の復興作業で、宗像・原田・龍造寺の謀反討伐にはノータッチ中。

「……」

 で、その討伐関係の兵給をやっている田原親賢は淡々と書類を片付けていたり。
 まぁ、作業の仕方というのは人それぞれだろうけど。

「姫様。
 兵糧の手配ですが、ご裁可をお願いします」

 そんな田原親賢が差し出した討伐軍編成をさっとチェック。
 複数に跨る大規模謀反なだけに、万を越える兵が出陣する大規模なものに。
 総大将は旗本鎮台陣代の戸次鑑連が大野・臼杵鎮台の兵を率いて出陣。
 この軍が到着するまでは現地司令部である日田鎮台の田北鑑重が全体の指揮を取る。
 距離的に先に到着する隈府鎮台の兵は先に日田鎮台の指揮下に入り、その後旗本鎮台の指揮下に入る事になる。

「えっと、現在の日田鎮台はどれだけ兵を集めていたっけ?」

 紙とにらめっこしていた私の問いかけに、田原親賢が淡々と書類を処理しながら答える。

「日田・玖珠および、筑後より兵を集めており、原鶴を集結地に兵は五千を越えています。
 動員をかけた隈府鎮台が兵二千を、臼杵・大野の兵をまとめた旗本鎮台が五千を出すので、最終的には一万二千という所でしょうか。
 毛利の策から、筑前・豊前の兵は意図的に外しています。
 彼等を加えれば二万は集められるのですが……」

 何しろ私が抑える中津鎮台ですら、虚報に踊らされてあのざまだ。
 何処にどれだけ毛利の手が延びているか分からない状況で、彼等の兵を加える事は内部に裏切り者を入れるに等しい。 

「一万二千か……少ないわね……」

 なお、大友軍は毛利相手の門司戦で一万五千、秋月戦でも一万五千の兵を投入していただけに、三千のマイナスは結構痛い。
 本拠地である府内がこのざまじゃ仕方ないのだが。
 なお、この兵力は国政に影響なく出せる兵であり、総動員兵力ではないのであしからず。
 総動員なんぞしたら、それがそのまま秋の収穫に響くので、怖くて出来ないというのは内緒。
 けど、皆したがるんだよなぁ。総動員。
 兵を率いる将からすれば、手持ちの兵は多いに越した事はないしね。
 しかし、物資集積地である府内を叩かれると露骨に兵の運用に支障が出るな。
 紙をぺらぺらめくり、算盤をぱちぱちぱち。
 更に紙にさらさらさら。

「うわ。
 これでも、兵糧は足りなくなるかもしれないわ……」

 南蛮人の攻撃で、多くの物資が蓄えられていた港湾部が甚大な被害を受けており、何より痛いのは府内復興の為に荷駄が取られる事にある。
 つまり、移動する軍に持ってゆく荷駄が足りない。
 まだ原鶴あたりなら、筑後川の河川を使って運べるから問題は無い。
 だが、宗像や原田を叩く場合、万の軍勢ではどう弄くっても軍まで物資が届かない。

「博多商人の荷駄を徴発すれば……」

「その彼等に証文大量に握られているじゃない。
 府内攻撃されて信用揺らいでいる所に、荷駄徴発なんてしてみなさいな。
 二度と証文引き取ってもらえなくなるわよ」

 田原親賢の提案を即座に切って捨てる。
 既に、大友家は信用経済によって運用されている以上、その信用の維持は絶対条件なのだった。

「と、なれば、龍造寺ですな」

「あっこか。
 やりたくないなぁ……」

 これもまたやりたくない相手だったりする。
 何しろ相手はあの鍋島信生である。
 なんで、彼をこんなに恐れるかというと前世知識もあるが、それよりも相性がとことんまで悪いからである。
 私の戦略方針は基本がハメ殺しであり、その状況までに追い込む事が前提となるのだが、これはちゃぶ台返し系の手にもの凄く弱い。
 ちゃぶ台返し、つまり戦略的・戦術的奇襲ができる輩は私にとって天敵なのだ。
 で、この鍋島信生は九州ではトップクラスの奇襲スキル持ちである。
 何しろ彼の爺様である鍋島清久からして、田手畷の戦いで赤熊のお面を被って突っ込むという奇襲策で勝利しているあたり、鍋島一族の奇襲スキルは遺伝だと勝手に思っていたり。
 こんな相手に万の兵すら安心材料になるはずもなく。
 というか、今山合戦なんぞ、公称六万の大友軍に手勢数百で突っ込む夜襲で勝利をもぎ取った相手ですよ。彼。
    
「まぁ、いいわ。
 加判衆評定にはこれで上げるわ」

 かきかきと書類に私の花押を書いて、田原親賢に渡す。
 他の書類に目を通しながら、田原親賢はぽつり。

「姫様。
 その加判衆評定、始まっていると思われますが」

「へ……?」

 耳に評定開始を告げる太鼓の音がどんどんと。

「にょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
 何でもっと早く教えないのよっ!
 こうしちゃいられないわっ!」

 慌ててすっ飛んでゆく私の耳に、田原親賢の声が追い討ちをかけたが、聞かなかったことにする。

「姫様に仕事を片付けてもらわないと、私の仕事が片付かないゆえ。
 何しろ加判衆の皆様は、戦手柄は首を取る事としか考えておられませんからな」

 ええ。
 正論だけど、聞いてやるもんですか。
 とりあえず、この恨みはどっかではらすから覚悟しなさい。



 
「遅れました」

 私が部屋に入ると、父上以下一同戦装束で地図を眺めて睨めっこ中。

「遅いぞ。
 此度はお前の出陣は許さぬが、お前も軍を率いる身なのだ。
 少しは知恵を出せ」

「はっ。
 申し訳ございませぬ」

 頭を下げて状況を確認。
 おや、人間が多くね?
 田北鑑重は前線指揮の為に既に府内を発ち、父上の軍師たる角隈石宗が出てくるのは分かるのだが、何で隠居した吉岡長増老がいるのかな?
 まぁ、居た方が助かるから問題はないとして、その吉岡老の隣に座っている利発そうな若武者君は誰よ?
 ぎらぎらした目で皆を見ているし、これがきっと初陣と見た。

「お前には紹介はまだしていなかったな。
 吉岡老に預けていた八郎だ」

「此度、元服いたしまして、大友親貞と名乗らせて頂いています。
 大友の姫巫女と呼ばれし、義姉上様にお目通りが適う事は光栄の極み。
 此度、初陣として旗本鎮台に加えて頂く事になりました」

 丁寧に頭を下げる親貞君を前に私は真っ青になっていたり。
 い、今山フラグですか?これは??
 いや、先に立花合戦があって今山合戦のはずだからって、歴史いじっているからどこまであってるか分からないし。

 おーけーおちつけ。くーるになろう。

 絶賛パニック中の私などお構いなしに、父上は特大の爆弾を投下した。

「お前がわしみたいに色に溺れてなければ、お前の婿にと考えていた男だ」

 な、なんですとーーーーーーーっ!!
 
 そんな私の百面相を、皆楽しそうに眺めていた。
 戦評定なのにいいのか?大友家……

 聞くと、親貞君は父上の爺様たる大友義鑑の末子として生を受けた。
 母親は名乗る身分の女ではなく、産後そのまま亡くなったのだが、その時府内は大友二階崩れの真っ只中。
 爺様が亡くなり、父上も家督相続後の不安定下に、父上の命で彼を保護したのが吉岡長増だったという。
 ちなみに、この二階崩れは糸を引いたのが父上だとしても、その糸を実際に操ったのがこの好々爺面している吉岡老と言われている。
 そんな吉岡老だからこそ、二階崩れ後に加判衆に入ったのだろうし、爆弾にもなりかねない親貞君を保護したのだろう。
 これが結局親貞君の命を救った。
 叔父菊池義武の謀反、弟大内義長の見殺し等、身内に冷たかった父大友義鎮は政治的な動きを見せなかった彼をついに殺さなかった。
 そして、彼を保護した吉岡老も彼が政治的旗頭になる事を恐れてその存在を隠し、小原鑑元の乱を乗り越えたのだった。

 一方、私と父上の対立が表面化し、それが和解するに及んで父上が変わった事を知った吉岡老は、彼を父上の元に出す。
 問題の元ではあるが、父上が粛清しつくした後継者候補たる一門衆再編は急務だったのだ。
 ん?
 そういや、『義姉上』と呼んでなかったか?私の事を。
 その疑問も氷解する。
 元服し親貞と名乗った彼は、この戦の後に妹の梓姫と婚儀をあげて、後継者候補に名乗り出る予定になっている。
 なお、現状後継者一位はどうやら私らしい。
 長寿丸元服後に彼が一位となるのだろうが、このあたり暗黙の了解でしかないから絶対に揉める事請け合いである。
 このあたり、当人間では決められない深い闇があったりする。

 たとえば、私こと珠姫が大友家当主および、当主代行になった場合、その時に現在六人いる加判衆の椅子のどれかが空いた場合、爺である佐田隆居が座るのは暗黙の了解として確定しているらしい。
 他にも、筑前に移って珠姫派を公認している田原親宏も、加判衆に当確だろうと言われている。
 という事は、誰かがその時点で蹴落とされる事を意味する訳で、加判衆内の家臣ですら、私に警戒感を隠していなかったりする。
 もちろん、他国国人がでかい顔をする事になるので、豊後国人衆は私をものごっつ嫌っていたりする。
 あと、母上のおかげもあって、『本当に殿の子か?』という疑念もあったりするそうな。
 困った事に、容姿は母親に。性格は父上にだったりするから私を見たこと無い豊後国人にとって私は悪女か性悪女か。
 笑えない話である。

 長寿丸が元服するまでの暫定当主および当主代行の可能性だろうけど、その段階で最高意思決定機関の加判衆に私の息がかかる誰かを送り込まれるのを警戒しているのだった。
 そんな彼らにとって、親貞君は希望の星になるだろう。
 父上に何かあって、暫定当主を設けないといけない場合、吉岡長増という豊後の同紋衆を背後につけている彼ならば、豊後国人衆を無下にする事は無いだろうと踏んでいるのだった。
 もっとも、親貞君が彼ら豊後国人衆の操り人形に終わるとは、私はまったく思っていないのだけど。
 吉岡老がついていたとはいえ、小原鑑元の乱を乗り越えたのは私的に大評価だったりする。
 何しろ、ほいほいと大内の養子になって、悲惨な最期を遂げた大内義長という見本もあったりする訳で。
 野心も才能もあり、ただ今山で酒宴の果てに不意打ちを食らって討ち取られるだけの無能ではないというのが、私の第一印象だった。
 今回の出陣前に一度父上と話をつけて、後継者順位についてはきっちり話をしておかないと。
 なお、私の希望は後継者候補から外れる事なのだけど。

 ……無理なんだろうなぁ。きっと……

 あ、妹の梓姫ってのは、史実では一条兼定の妻になる予定だったジュスタの事。
 名前どおり、どたぷーんであほ毛の似合うおっとりした妹でございます。
 うわ、あのおじゃる丸に嫁がせるのはもったいねぇぇぇっ!!
 と、思った私が一条領ごと南予侵攻で縁談をぶっ潰したので、縁談が宙に浮いていたのでした。
 まぁ、一条再利用が目的であって、縁談ぶち壊しは結果としてついてきた形ではあるのだけど。

「そうだ。娘よ。
 閨での作法を梓に教えておけ。
 家の繁栄は子宝からだ」

「いいのですか?
 私みたいに色に狂うかもしれませぬが……」

「ふん。
 一人の女で苦労するようなら、この大友の家など任せられぬわ」

 いや、父上。
 ある種正論ではございますが、それあんたが言うのは間違いだと思いますが。まじで。
 あんた、母上使って養母上調教したでしょうに。
 おかげで、『昼は賢母、夜は娼婦』という男の浪漫な女になっているじゃないですか。養母上。
 しかも、私がはまっている首輪ワンコプレイ真似て、二匹の牝犬を時々杉乃井でお散歩させているでしょうが。
 夜中、快楽に狂った私と母上&養母上が顔を合わせ、次の日の昼間に養母上と顔を合わせるのが妙に辛かったのですから。
 おまけに、今度牝犬二匹に白貴姉さん足して三匹ワンコお散歩を企んでいるって、嬉しそうに茶室でこの間語っていたじゃないですか。

「……」

 私だけでなく、加判衆全員の9393視線が父上に突き刺さる。
 そういえば、戦評定だったような気がするが。この評定。

「まぁ、そのあたりの匙加減は任せる。
 でだ。娘よ。
 此度の討伐について何か言う事があるなら申せ」

 咳払い一つで、全部うやむやにしやがった。このエロ親父!
 親貞君がどうか父上や私の真似なんてしませんように。
 とはいえ、話が逸れたままはまずいので私も戦評定に参加する事に。
  
「まずは報告を。
 此度の討伐において、兵を一万二千以上動かすと秋の収穫に響きます」

 このあたりの概念が今まで無かったんだよなぁ。大友家。
 というか、殆どの大名がこんな視点を持っていなかったし。
 なんというか、尊敬の視線というか、初陣前ゆえの功績を持つ者への嫉妬というか、その発想は無かったらしい彼の私に対する見方とか、親貞君のぎらつく視線が私を捉えているのですが。
    
「一万二千しか持ってゆけぬのか……」

 各人に動員兵数と兵糧とそれに必要な荷駄を書いた紙を渡す。
 その紙を睨みつけていた今回の総大将である戸次鑑連も、めずらしく戸惑いの顔を浮かべる。
 何しろ今までの戦は、

「出陣じゃー!」
「戦があると聞いてやってきました!」

 という、おおらかというか、どんぶり勘定ここに極まれりというかそんな形態で戦をしてきたのだった。
 そりゃ、国力衰退するがな。ほんと。
 先に出陣予定の兵が分かるというのは選択肢の幅を狭めるが、その選択肢を選ぶという行為によって意思決定が迅速化される。
 事実、私が告げた一万二千の数字が議論を活発化させる。

「纏めて潰すというのは無理かも知れぬな。
 下手に分散させると、各個撃破されるかもしれぬ」

 戸次鑑連の発言に私はそのまま注釈を加えた。

「筑前・豊前の兵はこの動員からは外しています。
 これを加えればもう少し増えるでしょうが、現状この二カ国は毛利の計略がどこまで及んでいるか分からぬ情況。
 寝返りなどされたらどうしようもないので、ご注意を。
 あと、この兵ですら原田や宗像を攻めると、兵糧が不足するかもしれませぬのでこれもお忘れなきように」

 私が提示した条件が戦略的選択肢を狭めてゆく。
 すると、本当に私にとって嫌な事だが龍造寺討伐がベスト選択肢に見えるから不思議だ。

「宗像は長引かせると、毛利の後詰がくる可能性がある。
 原田はこの三家で一番勢力が小さいがゆえに、この大兵で落とすのに割が合わぬぞ」

 吉弘鑑理の言葉に、志賀親守がため息をつく。

「そして、この二家を攻める場合、博多を後方拠点とする必要があり、立花山城の立花鑑載の動きが読みきれない」

 これが最大の障害となっている。
 もし、立花鑑載が謀反を起こしたのなら、こちらも迷う事無く彼のいる立花山城攻撃を目指し、それに相応しい準備をしたはずだ。
 事実、史実の立花合戦はそんな情況で発生している。
 だが、脅かしすぎたのかまだ彼は寝返っていない。
 結果、宗像と原田は分断され、毛利の後詰が来るだろう芦屋のある宗像と、背振山地を越えるが一応の提携ができる龍造寺と原田に分裂してしまっている。

「龍造寺はこの三家では十万石と一番の領地を持ち、今回の謀反の旗頭となっている。
 この家を潰せば、この二家はこちらに降伏するかも知れぬ」

 外交官たる臼杵鑑速が外交面から発言する。
 事実、頭が潰れたので手下が降伏するケースというのは、この戦国の世においてもの凄く多かったりする。
 そういう意味で、早期鎮圧を考えるのならば、龍造寺攻めというのは悪い選択肢ではない。

「姫様が提示してくれた資料では、肥前は動員も何もされていない様子。
 肥前の諸侯、松浦・大村・有馬等の家に動員をかければ、包囲に必要な兵は揃うと思われますが。
 何しろ、彼ら肥前の諸侯は近年の龍造寺の暴虐ぶりを我らに訴えていましたからな」

 一万田親実が肥前の情況を軽く解説する。
 ああ、今山フラグが次々と。

「肥前は、石高と交易を合わせれば四十万石相当の知行を持つ国。
 龍造寺以外の家が加われば、あと四千は兵を加える事ができまする。
 城を落とすなら、何とか足りる数でしょうな」

 城攻めは守備兵の三倍の兵を要するのは基本である。
 龍造寺は今回本土防衛戦だから、根こそぎ動員をかけて五千。
 今回の軍勢一万二千に、肥前国衆の四千を足せば一万六千となり、角隈石宗の見立ては正しいがゆえに反対ができない。
 親貞君、万一この戦で討ち死にしてもいいように、先に梓と婚儀をあげさせて孕ませてしまおうかしら。
 半ば諦観と共に評定を眺めていた私だが、奇跡は小姓の持つ文によってもたらされた。
 もちろん、加判衆の評定ゆえ、並大抵の用では入ってこられない。
 つまり、並大抵ではない事態が勃発したという事である。
 小姓は一万田親実の前で止まり、彼に文を渡しつつ耳元で何か囁く。

「弟、一万田鑑種より至急の文です。
 『土佐不穏。長宗我部兵を集める』」


 その報告を聞いた一同に衝撃が走ったのに、不覚にも私は笑みが漏れてしまった。

 鍋島の今山フラグが折れたと思ったら長宗我部って、何て素敵な罰ゲームよ。
 人間、どうしようもない状況では笑うしかないって本当ね。
 神様の馬鹿野郎。
 これで、四国情勢の後詰も考えないといけないから、臼杵鎮台の兵も出せない。
 派遣軍の総兵力は一万切るかもしれない……まてよ。


 私は、この場である提案を二つほど行い、それが了承された。
 それをふまえた派遣軍が次の日に出発するのだが、この軍と親貞君の初陣については別の機会に。



[5109] 大友の姫巫女 第六十四話 珠姫誘拐未遂顛末
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/05/14 23:41
 南蛮人襲来から五日目 夜 高崎山山中にて

「いたか!」
「こっちに逃げたぞ!」
「笛を鳴らせ!
 犬に追わせるぞ!」

 山中に響く笛や鏑矢、吠える犬、剣戟と命が潰える最後の吐息。
 薄暗い森を包む闇に提灯の灯りがちらほら蝶の様に揺れる。
 そんなものが、高崎山裏手には満ちていた。

 忍ばせていた者十数人も駆り立てられ、残るは彼一人。
 とはいえ、これの計画の内と知ったら、大友家中の者はどう思うだろうか。
 すでに、受けた傷は致命傷に達していたが、彼は任務から少しでも長く生きて追手を引き付けなければならなかった。

 そんな彼を見つめる気配が一つ。
 彼はその気配に対して最後のくないを投げる。
 当たった感触はなかった。

「甲賀の娘とは違うな。
 誰だ?」

 問うても忍びの者は答えないのが普通である。
 だが、返事が返る。

「ただの傍観者さ。
 面白そうだから、見物していた」

 人を食ったような男とも女ともつかぬ声に、男は思い当たる名前を口に出した。

「その幻術……伊賀でも名高い幻術使いか。
 まぁ、いい。
 俺もこれまでのようだ。
 あんたみたいな輩が、看取ってくれるならそれもまたさだめよ……」

 笑おうと口を開けた男から漏れたのは己の血。
 そして、男は動かなくなり、男を看取った気配は軽く口笛をふいた。
 それは、死んだ男が任務を達成した賞賛であり、この茶番を終わらせる為の呼び水でもあった。

「どうでもいいが、甲賀のくノ一は話せる相手にすら刃を向けるのかな?」

 忍者同士が話をするというのは、それ自体が戦闘でもある。
 情報戦のエキスパートである忍者にとって、言葉もまた武器であった。

「貴方が、伊賀の幻術使いと分かっていても、座頭衆とつるんで姫様を害さないと決め付ける訳にはいかない。
 ここに居る目的は何だ?」

 くノ一の舞は、小太刀を構えたまま気配に向けて話す。
 その左右を菜子と里夢がくないを持って構えていた。

「ただの傍観者さ。
 面白そうだから、見物していた」

 告げたのは、先に黄泉に旅立った男と同じ台詞。
 男とも女ともつかぬ抑揚の無い声は、明らかな侮蔑を含んで舞達をあざ笑った。

「十数人の忍を始末するのに、犬に大量の兵を投じるか。
 おぬし等だけでは、姫すら守れぬかもしれんな」

 南蛮人の攻撃による府内と別府の治安悪化で兵が投入されたからこそ、潜んでいた忍びがあぶりだされた訳で。
 専属の忍び集団を持たないがゆえに、大友側は兵を大量に、地元の猟師に犬まで投入しての山狩りでやっと彼等を狩りだしたのだった。
 そんな投入兵力の一端に、舞達杉乃井のくノ一も参加していたのだった。

「貴様!何を……」

 激昂した奈子を舞は手で制した。
 それが事実なのは、里長となった舞自身が一番良く知っていた。
 遊女や歩き巫女という情報収集機関を彼女の主である珠姫は持っていたが、こと防諜に関してはざると言っても良かった。
 それを無視できたのも、珠自身の遥か先を打つ手と、珠だけを守ればいいと割り切った舞達の限界の露呈でもあったのだ。
 何しろ、使える者は舞の下で学ぶ菜子と里夢の他に、最近遊女から転身したあさぎ・さくら・むらさき(珠姫命名)ぐらいしかいない。
 しかも、彼女達は元が遊女ゆえこの手の戦闘に出すのはおぼつかなく、単純な戦闘だけなら四国からやってきた瑠璃御前とその娘の八重・九重姫の方が使えるという体たらく。
 なお、舞達が取っている三人体制も、菜子と里夢を単独で出すには危ないと判断した舞の苦肉のフォーメーションである。
 まぁ、これがそのまま大友家忍集団の基本体型となり、生存率の向上に寄与するのだから世の中何がどうなるか分からない。
 閑話休題。

 手で奈子を制した舞は考える事数秒。
 それで目の前の気配に、『教えられた』情報を吟味して叫んだ。

「こいつら囮かっ!
 本命は府内の姫様かっ!!」

 舞の悲鳴に菜子と里夢もまだついてこれない。
 そもそも、彼ら座頭衆が存在していたのが露見したのは、杉乃井御殿にて忍び込んで珠姫を拉致しようとしたのが発端である。
 幸いにも珠姫は不在で、替え玉の恋を拉致しようとして失敗。
 襲撃時に十数人いた彼らもこの山狩りでやっと狩り出した以上、まだ府内や別府に潜んでいる忍は多くても数人もいないだろう。
 だが、その先の舞が言おうとした事を中性的な声が拍手と共に告げた。

「おみごと。
 一応里長になる程度の頭はあるみたいだ。
 そう。
 別府から離れ、混乱している府内に滞在している今なら、その人数で十分珠姫が襲えるのだよ」

 拍手が小さくなると共に気配が消えてゆく。

「ま、待て!
 何処に行った!?」

 里夢がうろたえた声で叫ぶが、乾いた笑い声が闇の中に木霊するばかり。

「見物させてもらおう。
 おぬし等が、座頭衆相手に姫を守りきれるかを……」

 闇の中の気配が完全に消えた時、三人は慌てて府内城に駆けるが、事は全て終わった後だった。



 その数時間前 府内港

「色々持って来てくれて本当にありがとう。
 府内にとって、足りないものばかりよ。
 神屋紹策殿によろしく伝えて下さい」

 府内復興作業中の珠です。
 府内復興の為の物資をいち早く持ってきた神屋紹策の船に自らで向いてご挨拶中です。
 微妙に上から目線なのは大友の姫という立場上で、ジャパニーズビジネスマンチックにぺこぺこ頭を下げたい所なのだけど。
 金が無いのは首が無いのと一緒って言葉を身に染みる今日この頃です。

「で、今回の代金ですが、買い付けられた証文と含め、鯛生金山の金と筑前黒石と筑前鋼で支払うわ。
 筑前黒石と筑前鋼は門司に運ぶから。
 これが、その証文です。
 鯛生の金はここに。お確かめを」

 証文と一緒に出した金の入った袋を差し出そうとした私を押し留めたのは、私の前にいる船の船長さんだった。
 私と同じ年かな。
 神屋貞清、後に宗湛と呼ばれるだろう、若き船長は笑みをにこにこ浮かべたまま。

「いえ。
 過大な御代を頂くわけにはまいりませぬ。
 証文もまだ支払期日にまだ日があるものばかり。
 それらのお金は、府内復興や此度の謀反討伐にお使いくださいませ」

 いや、あんたらに証文握られているのがいやなんだよぉぉぉぉっ!!
 なんていえる訳も無く。
 銭に敵も味方もありませんとも。ええ。

「姫様の事ですから、既に府内と別府復興に際して手を打っておられるのでは?
 我々もそのお手伝いができたらと」

 これだから商人ってのは!
 こっちの足元見てきやがる。本命はこっちか。
 ため息一つついて、後ろに居る政千代に目配せを。
 政千代が差し出した、紙を神屋貞清はまじまじと見つめる。

「府内と別府復興についての、必要な物の数、それを購入する銭の数、それを手に入れる為に出す証文の総額です。
 額が大きいので、博多・門司・堺と三ヶ所に分けて出すつもりですが、わが大友家は現在色々と大変なので額面どおり集まるか不安な所で」

 南蛮人攻撃から三家謀反まで、現状で大友家の証文は売り銘柄に間違いない。
 実体経済が好調だからそこまで問題は目立っては居ないが、資金ショートなんて起こしたら二度と大友家の証文を誰も買わなくなるだろう。
 そして、その売り気配な大友証文を買いあさっているのが、この神屋貞清の父たる神屋紹策だったりする。
 その背後に、彼が財を成した石見銀山を押さえる毛利の影がちらちらと。

「よろしければ、その証文、全てうちで引き取らせてはもらえないでしょうか?
 支払いが石見の銀でよろしいのでしたら、すぐ博多から用立てますが」

 うわ。大きく出やがった。
 断れないじゃないか。畜生。
 ただでさえ三家討伐で戦費用がかかっているのだ。
 即金での用立てができるなんて魅力的な提案、くやしい。でも感じちゃう。

「わかりました。
 私の裏書で証文を出します。
 用立てをお願いします」

「姫様っ!」

 私の即決を政千代他周囲の人間が唖然とするけど、私はそれを無視する。

「大友本家で支払えないなら、私が立て替えます。
 そのかわり、復興に必要な物、早急に取り揃えてください。
 父上及び、加判衆には私から話を通しておきます」

「かしこまりました。
 今後ともよしなに」

 時は金なりだ。
 堺の今井宗久や御用商人の島井宗室には、三家討伐の戦費用の証文を渡すことで利益配分も忘れないようにする。
 かなりの儲けが神屋紹策から毛利に流れるのだろうけど、ここはキャッシュ・フローを増やしておく場所だ。
 こうして、最大の懸案事項の一つ復興資金調達についての目処が立ったので、鼻歌を歌い政千代の手をぶんぶん振りながらいい気分で府内城に帰ったのだった。







「間違いないです。
 府内に居るのが本物の珠姫です」

「何故そう言い切れる?
 あの姫には替え玉がいるのだぞ?」

「戦ができる女、政に口出しする女、家の銭勘定をする女は多い。
 ですが、天下の銭勘定ができる女はあの珠姫しかいません。
 いたら、商売の世界にもっと女が出張っていますよ」

「なるほど。
 では、今夜仕掛けるぞ」











 その夜 府内城 二の丸 珠姫の部屋

「長宗我部に手がだせねぇ……」

 詳報を送ってきた一万田鑑種の文を握り締めて自分の部屋で悶絶中。
 事、問題が土佐一条家の内部問題に繋がるからなおたちが悪い。
 大友家は一条領を「預かっている」という建前なので、あの領地の主はあくまで一条兼定だったりする。
 そしてあのおじゃる丸、まったりしているせいかそれともそれが理由か、土佐における影響力は強い。
 土佐一国は、一条兼定の家臣達によって一国がまとまっているという建前になっているのだ。
 長宗我部が兵を集めたのは、安芸中部の豪族本山氏を攻める為という理由が、土佐中村の一条家に届けられたという。
 なお、先の南予攻めでも見せたように一条家内部でも、大友に飲み込まれないかと危惧する連中が居る。
 彼等がお膳立てをした結果、事はあくまで「一条家家臣間の争い」でしかないので、大友が介入する理由が無い。
 おまけに、本山氏ってのがまた落ち目で、しかも一条領本体ではないので防衛出動すらできない。
 とどめに、一条家内部の問題だから、介入する為には京にあがった一条兼定の了解を取らないといけないというややこしさ。

 もちろん、そのあたりのしがらみを無視して介入するというのも手だ。
 だが、このあたりの国衆の争いに大名が介入するというのを大友がやった場合、九州の国衆に動揺が走る。
 彼等の持つ現地行政権と警察権を侵犯すると見なされるからだ。
 ただでさえ、絶賛反乱祭り中なのに、そんな状況で国衆に手を出すわけには行かない。
 おまけに、介入して土佐に兵を進めたら、最前線である伊予宇都宮家が危なくなる。
 そして、後詰を豊後から送ろうにも、集めた兵は三家謀反討伐が先である。
 状況は逼迫しているが、動く事が出来ないというのが四国の状況だった。

「姫様。よろしいですか?」

「何かあったの?」

 襖向こうから聞こえる政千代の声に私は手紙をおいて尋ねた。

「高崎山から知らせが。
 夜盗か落ち武者か分かりませぬが動いている様子」

 その報告に私は意識を四国から現実に引き戻した。

「規模は?」

「分かりませぬ。
 ですが、高崎山だけでなく、杉乃井からも兵が出ている様子。
 今晩は、お城でお休みになられた方がよろしいかと」

 急いで帰って、四郎やみんなの顔を見たかったのだが、仕方ない。
 夜でも帰れる治安の良さが別大の道の売りなのだが、やはり悪人も機会は見逃さないか。

「分かったわ。
 今日は、こっちで泊まる事にするわ」

 だが、高崎山で動いているのは悪党ではなかった。

「忍者ぁ!?」

 一刻後、詳報を持ってきた八重姫に対して、私はすっとんきょうな声を盛大にあげた。

「はっ。
 杉乃井御殿に侵入し、替え玉の恋を拉致しようとし、失敗。
 その後、切り合いになり高崎山に逃亡。
 くノ一の舞より、忍びは十数人。
 座頭衆だと思われるとの事。
 既に、杉乃井の兵が大規模な山狩りを始めており、高崎山もそれに加わっているそうです」

 座頭衆。
 毛利元就直属の忍び達。
 そんな彼等が、そこまで腹くくって私の身柄を確保しに来たか。 
 焦っているんだろうなぁ。向こうも。
 何しろ一撃必殺の罠にかかったのが、誰も予想なんてしていなかった南蛮人だったのだから。
 あのチートじじいの罠は必殺であるがゆえに、作るのに時間がかかる。
 チートじじいの寿命から考えると、この罠を掻い潜れば次はもうないだろう。
 だからこそ、忍びまで使って強引に私を攫いにきた。
 私の身柄が毛利に渡れば、豊前・筑前は大混乱になる。
 そうなれば謀反討伐なんて出来る訳が無い。
 
「ここが正念場ね。
 山狩りはどれぐらいの規模で行っているの?」

 私の質問に八重姫はとまどいながら口を開く。

「それが、杉乃井は南蛮人との戦で混乱しており、くノ一は舞達含め数人しか使える者がおりませぬ。
 別府が焼けて、そっちにも兵を出していたので御殿内は混乱しており、正確な報告ができないと。
 詳報を送った舞達くノ一は、使える者を引き連れて山狩りに参加するとの事です」 

 戦が終わった気の緩みを突かれたか。
 吉岡老や田北老などのできるじじいや、はやてちんこと佐田鎮綱や高橋鎮理がいるのに、私の身代わりである恋を狙ってきた。
 間違いなく最精鋭の忍びだ。

「確実に彼等を仕留めなさい。
 杉乃井と高崎山の空いている兵を全て動員しても構わないわ」

「はっ」

 八重姫が私の命を伝えに出てゆくのと入れ違いで、今度は九重姫が入ってくる。

「姫。
 あまりよくない話だ。
 府内で騒ぎがあったらしい」

「何ですって?」

 淡々と語る九重姫の姿は油の灯りに照らされて、いっそうの凄みを見せ付ける。

「原因はよく分からない。
 焼け出された避難民の間で喧嘩があったらしい。
 かなり大きな喧嘩らしく、旗本鎮台の兵が出て収めたが、奉行達も加判衆も明日の出陣にあらかた借り出されて処理ができないらしい」

「あちゃー。
 で、手が空いている私に処理を頼むつもりね」

 何しろ、父上ですらHをせずに事務処理に打ち込む有様だ。
 私が例外的に浮いているのは「妊婦自重しろ」という回りの突っ込みのおかげだったりする。
 だが、この事件は処理できないのはまずい。
 この手の暴動は火花のうちに鎮火するに限る。
 後で燃え広がったりしたら目も当てられない。
 私の権限で片付けてしまおう。
     
「いいわ。
 私がこの一件処理するわ。
 街の奉行所まで出向くから、政千代。準備して」

「はい」

「姫。
 高崎山の山狩りもある。
 できれば城から出ない方がいい」

 準備をしようとした政千代を抑えて、九重姫が自重を促す。
 たしかに一理あるな。

「一理あるわね。
 じゃあ、政千代。
 喧嘩の話を聞くから、当事者を城に連れてきてくれない?」

「かしこまりました」

 こうして、喧嘩の話を聞く為に、城の門を開けて話を聞くことにしたのだった。
 その結果が私にこんな形で返って来るなんて、その時はまったく思っていなかったのだけど。




 冒頭の高崎山と同時刻 府内城 大手門前

「動くな。珠姫」

 私の喉元にくないが。
 一瞬の出来事だった。
 出てきた私達に投げられたくないが門番を絶命させ、かろうじてかわした八重姫や九重姫達が次のリアクションを取る前に私に近づいてこの有様。

「姫様っ!」

 たまたま、処理する為の紙と筆を取りに行っていた政千代が、それを投げ捨てて慌ててこちらに寄ろうとするが、別の所から現れた忍びに牽制されて近づけない。
 たちまち悲鳴と怒号が飛び交う大手門前。
 一歩、また一歩と私は大手門から引きずり出され、その後を政千代・八重姫・九重姫と城方の兵がじりじり追いかけている状況。
 強引に引きずられて痛いし、喉元のくらいはひたひた肌に当たるけど、恐怖感はかつて安芸で夜盗に襲われた時よりなかった。
 それは、こいつらの正体が分かっているから。
 彼等ほどの腕ならば、最初の一撃で私は殺されているだろう。
 彼等、毛利の忍びは私を、私のお腹の子の身柄を確保しなければならない。
 それが分かっているからこそ、おとなしく抵抗もしていないのだ。今の所は。
 私を捕まえている奴に、牽制をしている奴、隠れてもう一人二人いるかもしれないな。
 かまかけてみよう。

「あと群集に一人、いや、二人いるわね」

「喋るな」

 八重・九重姫が殺気を纏わせたまま、逃げ惑う群集をにらみつけた結果、潜んでいた忍び三人があぶりだされて私を取り囲む。
 しかも、隠れていた忍びの一人は馬なんて持ってきているし。
 想定外だったな。

「乗れ」

 ここで逆らっても仕方ない。
 おとなしく馬に乗って、後ろからリーダー格の忍びが手綱を握って駆け出す。

「姫様!」

「行かさん」

 たちまち起こる剣戟の音もすぐに聞こえなくなった。
 みんな、大丈夫かな。
 闇夜に駆ける馬上の上で私は脱出の準備をする。
 こういう時の為に神力を使わずしていつ使う。

「妙な事は考えるなよ。姫」

「分かっているわよ」

 背中に当てられたくないがちくちく着物越しに私を刺激するので、テンプレどおりの答えを返しておく。
 一瞬でいい。
 やつの視線が一瞬でいいから私から離れてくれれば、後はどうにでもなるのだが。
 馬は軽快に闇夜の街中を駆けてゆく。
 この方角、港か。

 その瞬間、全てのからくりが解けた。

「そうか。
 神屋紹策の船で逃げるのね」

 忍びは何も答えなかったが、私はそれを確信していた。
 十重二十重と仕掛けられたあまりの策のひどさに、捕らわれているというのに苦笑するしかない。
 彼の船でやってきて、まず私が本物かどうかを確認。
 私が一番欲しがっている銭話で私が本物である事を確認したのだろう。
 たしかに、恋に証文裏書なんて話はできないわな。まんまと餌に食いついてしまった。
 で、本物である事を確かめて、戦力の過半を偽者である恋がいる杉乃井に投入。
 恋襲撃未遂で偽者にかかったと安堵した私達は、安心して戦力を彼等に注ぎ込む。
 で、ぎりぎりまで減らした最精鋭で府内で騒ぎを起こし、私を拉致。
 船でそのまま毛利領へか。
 見事だ。
 見事すぎる。

「何を笑っている」

 ちょっと、背中のくないが痛いんですが。まじで。
 だが、その時に待ちに待っていた隙がやっと彼に出来たのだった。


「珠ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「姫さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 その声、四郎と麟姉さんの声と共に飛んでくる矢が一つ。
 それを避ける為に忍びはくないを外して手綱を握り、馬を逸らせて矢を回避する。
 それだけで、私には十分だった。

 テンプテーション。最大出力。

 男を虜にする必殺スキル。
 己のレベルの低さで一時的に魅了する程度だが、この状況ではその一瞬だけでよかった。
 なぜなら、私に魅了されて動きが緩慢になったその瞬間に、四郎の放った矢が忍びを貫いて落馬させたのだから。

「ちょ!
 あばれないで!
 落ち着いてよぉ!!」

 そういえば、この馬も雄でした。
 ロデオ状態になりながら、何とか馬から降りたらいきなりがっしと四郎につかまりましたよ。

「珠……良かった……よかった……」

 四郎はそう言ったきり、マジ泣き中です。
 忍びが絶命しているのを確認してから麟姉さんもしがみ付いて涙ぽろぽろ。

「四郎様が『姫が危ない!』とおっしゃって慌てて府内に駆けつけた次第。
 攫った姫を運ぶなら、この府内港しかないだろうとおっしゃって……」

 そっか。
 あんたの父上のチートじじいの策を読み取ったんだ。四郎。
 さすが毛利の血。親の思考はよく分かるか。
 四郎に助けられたの、二回目よね。
 麟姉さんも日頃強気な姿勢だけに、この乙女泣きにちょっとキュンとしたり。

「もぉ、泣かないの。二人とも。
 私は無事なんだから。ね」

「姫様……だって……泣いて……いらっしゃるじゃないですか……」

 え?
 泣いてる?
 あれ?

 助かった事に気が途切れて、涙ぽろぽろ。
 実はお漏らしまでしていたり。
 で、そんな状況なのに四郎も麟姉さんも離れないし。


「泣いていますよ……あの麟様が」

「四郎殿も、姫様にしがみ付いて」

「白貴殿がおっしゃっていた。
 『男を腹の上で泣かすのは良い女だ』と。
 やはり、姫は極上の女らしい。
 我等も見習わないと」

「だから何でそんなに冷静に見ていられるんですか!九重姫っ!」

 残った忍びを排除できたのだろう。
 追ってきた政千代・八重姫・九重姫率いる追っ手に半ば呆然と見られながら、私達はこのまま泣き続けていたのだった。



 追記。
 テンプテーションのせいか、この夜の四郎はめちゃ凄かった。
 というか、朝まで眠らせてくれませんでした。
 おまけに、麟姉さんはまだいるかもしれない忍びの為に、ずっと隣に控えているし。
 なに?
 この羞恥プレイ?



 次の日 府内港

「おはようございます。姫様。
 ……失礼ですが、お顔がすぐれませぬが?」

「あ~。
 おはよう。神屋殿。
 気にしないで。ちょっと騒ぎがあって眠れなかったのよ。
 証文を引き取ってもらえるお得意様になる船だから、見送りにきたの」

 当然の事ながら、アレだけ派手にやらかされた今回の誘拐未遂は府内中に広がり、父上はじめ加判衆大激怒。
 早急に忍びの確保を命じたのだけど、こんな特殊スキル持ちの連中なんてそう簡単にいる訳も無く。
 と、思っていたら、一つあてがあったので提案したら、即了承されましたよ。
 
 現在滅亡寸前の尼子家に仕える忍び集団、鉢屋衆です。

 隠岐の奈佐日本之介は私が作った交易ルートでたらふく銭を食わせていたので、まだ毛利になびかないはず。
 海路、彼等を拾って大友家に組み込んでしまうつもりです。
 更に、彦山の修験者等も雇い、大友家全体の防諜力強化を命じたのです。私に。

 あれ?
 何か仕事増えてね?
 まぁ、そんな都合の悪い事はさておき。

「思ったのだけど、何か船員少なくない?」

 昨日のしかえしとばかりちくり。
 なお、この神屋紹策の船が私を攫う船だったりする事は父上達にも伏せている。
 とはいえ、両隣にいる四郎や麟姉さんなんて、今にも切りかかるがのごとく殺気ばりばりなのですが。
 なお、政千代や八重姫・九重姫に兵を率いさせて港に隠し、何かあったら即突入させる準備もやっていたり。

「はて?
 こんなものでしたよ」

 さすが、大商人の後継者。
 二人の殺気なんてまったく気にせず、にこにこしてやがる。

「そう。私の思い違いね。ごめんなさい。
 良い船旅を。
 私が出す証文に、『少し』色をつけてくれると嬉しいな♪」

 とってもいい笑顔で、和解条件を提示してみる。
 銭払うなら不問にしてやるというこちらの条件に、神屋貞清は笑顔を崩す事無く手を差し出した。
 これで、この一件は終わりとなった。

 数日後、博多の神屋紹策から大量の銀が届けられた報告と共に小箱が一つ。
 どうやら、『少し』の部分がこれらしい。
 中には綺麗な青磁茶碗が一つ。
 記録に無いという事は、歴史に消えた名器か。
 箱に真新しい流暢な文字で銘が。

『夜駆』

 洒落が分かってやがる。
 この茶碗父上に見つかって、そっこーで奪われそうになったのは内緒。



[5109] 大友の姫巫女 第六十五話 討伐軍出陣とその先の事
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2010/11/21 09:00
 南蛮船 襲来から六日目 府内城

 府内で謹慎しているはずなのに、仕事に追われている珠です。
 で、父上の隣で武者達の勇士を目に焼き付けています。

「出陣!」

 陣太鼓が鳴り、兵達が隊列を組んで歩き出す。
 府内を出る兵は結局三千にまで落ち込んだ。
 とはいえ、筑後国原鶴にかなりの兵が集結する予定なので、討伐軍の総兵力は一万を超える程度と見込んでいる。
 その結果、兵の減少分は将で補う事に。
 総大将は戸次鑑連。
 彼が率いる旗本鎮台三千に、副将として小野鎮幸(和泉)と由布惟信という模擬戦でフルボッコにされたメンバーを用意。
 なお、初陣の大友親貞はこの旗本鎮台にて一隊を率いる事になっている。
 更に、別府の治安活動をしていた高橋鎮理と彼の手勢もそのまま討伐軍に組み込ませた。

 大友家 謀反討伐軍

 総大将 戸次鑑連

 旗本鎮台    小野鎮幸 由布惟信 大友親貞 高橋鎮理         三千
 日田鎮台    田北鑑重 田北鎮周 恵利暢尭 蒲池鑑盛 問註所鎮連 他 五千
 隈府鎮台    志賀鑑隆 託摩貞秀 甲斐親直            他 二千

 総兵力                                 一万

 大友が出せる最強メンバーでの出陣です。
 高橋鎮理と小野鎮幸については杉乃井戦もあるので、無理なら出なくていいと一応聞いてみたが答えは案の定。

「大友家存亡の危機に置いて、己の身など気にする必要はござらぬ」

 と、二人ともあっさりと快諾しやがった。
 特に、小野和泉の場合は杉乃井での指揮もあるからきちんと報奨をあけたかったのだけど、それも拒否りやがるし。

「それがし、杉乃井において、姫様に誉められる働きなどしておりませぬ。
 預けられた兵を裏崩れで失いかけ、姫様から預かりし遊郭の大手門を落とされ、むしろ姫様にお叱りを受けねばならぬ立場。
 此度の討伐軍に参加する事で、汚名を返上したい所存」

 そう言った彼の拳が握り締められたのを私は見てしまって、彼を止める事はできなかった。
 そして、まっすぐに私に訴える声と射抜くような視線に私は確信した。
 彼は、きっと史実以上にいい将になるだろうと。

 話がそれました。
 日田鎮台からの報告では、龍造寺・原田・宗像ともこんなに速く兵がやってくるとは思っていなかったらしい。
 まぁ、府内襲撃から一週間で兵が集まっていたらそりゃ、びびるわな。
 どの家もまだ兵を集めている最中で、何処かに打って出るようなそぶりもない。
 主導権は完全にこっちが握ったらしい。
 後は、その主導権を戸次鑑連がうまく使えたらって釈迦に説法だな。きっと。
 もう少し肥後の隈府鎮台から兵を出しても良かったのだけど、菊池の血を引く赤星・城・隈部の家からはあえて出さず。
 この謀反に連動したらと私や父上が怯えた結果でもある。
 だから、代わりに同盟国である阿蘇家の名将甲斐親直とその手勢に加勢を依頼している。
 今回の討伐軍は、何よりも裏切る面子がいないという所に苦心して編成したのだった。
   
 府内からの出陣は三千なので、その出陣は一刻もせずに終わり、また私を含めた居残り組は復旧作業に戻る事に。

「姫様。呼ばれて来ましたぜ」
「我らに何用でしょうか?」

 杉乃井から召還したのは朝倉一玄と大谷吉房の二人。
 朝倉一玄は吉岡老の老後の楽しみ学校で策の方に才能を開花させた逸材で、大谷吉房は杉乃井の勘定奉行である。
 他の杉乃井の面子も府内に呼ぶ手はずになっているが、何よりもこの二人を早急に、『とにかく来い!』と急き立てて呼び寄せたのだった。

「良く来たわ。
 仕事よ」

 『どかっ!』と積まれる紙の束によく分かっていない二人は目をぱちくり。

「えっと、姫様。
 杉乃井での顛末とかそんな用件じゃないので?」

 何を言っているのだろう?こいつは。
 とってもいい笑顔で朝倉一玄の言葉をぶったぎる。

「そんな話を貴方達から聞くつもりないから。
 貴方達は槍働きよりもっと大事な紙働きをしてもらわないといけないの。
 別府と府内の復興にどれだけの銭がかかって、どれだけの物が必要で、どれだけの月日がかかるかとか。
 分かる?
 今までというか、昨日一日で私がどれだけ絶望したか?
 おまけに謀反関連で奉行連中も手が足りないし、ふふふふふふ……」

 あれ?
 何で二人とも後ずさりするのかな?かな?
 
「つまり我らを呼んだのは……」
「これを始末しろと?」

 目の前に詰まれた紙の束に真っ青になる二人の肩を、とってもいい笑顔でぽんと叩く。

「知ってる?
 あんた達が処理した紙って、そのまま奉行に出しても効果が無いから、加判衆である私が加判してはじめて効力を発揮するの。
 つまり、私と一緒に修羅に落ちてね」

 これが愛の告白なら嬉しかろうが、やっているのは実質的な残業宣言だから哀れを誘う。
 朝倉一玄は肩をすくめて書類に筆を入れ、大谷吉房は算盤片手に計算を始めだす。
 それを見て、私も次の仕事の為に部屋を出ようとして、ふと立ち止まる。

「あ、そうだ。
 杉乃井で、策を使って戦働きをしたんですって?
 聞いているわよ。
 ありがとう。
 ちゃんと、この紙働きのついでに功績として評価しておくからね」

 すたすたと去る私の後ろから、大谷吉房がリズミカルに響かせる算盤の音と、

「かなわないなぁ。あの姫は」

 と、嬉しそうに嘆く朝倉一玄の声が聞こえてきたが無視することにする。
 私は忙しいのだから。
 そういや、大谷って何処かで聞いた名前なのだけど、何処だったかな?




「此度の杉乃井の不始末は全てそれがしにあり……」

 父上や残った加判衆を前に、田北鑑生老が平伏して杉乃井の顛末を告げる。
 この場に杉乃井側からはあと吉岡長増老と四郎、そして麟姉さんが出席していた。

「父上。
 杉乃井での一件は、全て私の原因にて始められた事。
 隠居していた吉岡老や田北老に罪を着せるは……」

 田北老の弁を受けた私の弁明を父上が手で制した。

「もうよい。
 大友に尽くし、老後を健やかに過ごしてもらうつもりが、戦に巻き込まれたまでの事。
 お前もここで大人しくしているなら、罪など問わぬ」

「父上の寛大な処分に感謝いたします」

 つまりこういう事だ。
 今回の騒動は南蛮人攻撃と三家の謀反が結果的に連動しているので、その処分を一緒にした形にして誤魔化したのだった。
 まず、杉乃井のトップである私の実質的謹慎という処分が先に確定している。
 もし平時の情況なら、今回の討伐軍は総大将もしくは鎮台大将として私も参加する予定だった。
 それだけの兵を持ち、それだけの功績も立てている。
 それが戦に出ない。
 つまり、他の者が功績を立てる事によって、相対的に私の地位が落ちる事を意味する。
 と、同時に私は戦働きではない、府内・別府復興の総指揮を命じられている。
 当然、戦働きより功績は少なく、おまけに復興予算はわざと少なく計上させ、私の持ち出しでの復興となる。
 これも処罰の一つと考えてもらって構わない。
 という所まで私の処罰が固まっているので、それ以上の罪を問えないというのもある。 
 もちろん、おのれの影響力減少を狙って私が父上に提案した事だったりする。
 ちなみに、

「いっその事、私を裸で大手門にでも吊るして晒し者にしましょうか?」

 と、私が言ったら父上に怒られた。
 いや、一番明確に処罰が伝わる方法と思ったのだけど。
 ちょっと、エロス分も入って期待していたのは内緒。

「こちらは、杉乃井近辺で起こった一連の報告書です」

 報告は淡々と続き、四郎が提出した戦報告に皆の視線が集まる。
 更に、私が書いたテルシオ陣形の構造とその長所と短所も提出している。

「これらの戦訓は、討伐軍に送りましょう。
 戸次殿ならば、有効に生かすでしょう」

 父上の軍師たる角隈石宗殿が父上に向けて発言し、父上も重々しく頷いた。

「荷駄隊にこれを送りましょう。
 あと、写本して、各鎮台にそれぞれ送る予定です」

 教訓を鎮台ごとに共有化して戦力の底上げを図るのが狙いです。
 これも了承されたので、

「じゃあ、写本させるので、これを部屋にいる朝倉一玄と大谷吉房の所に持っていって」

 実に容赦ないな。我ながら。
 小姓がそれらの報告書を持って行く中、今度は麟姉さんが杉乃井御殿代として杉乃井の報告を告げる。

「杉乃井の門前町、別府の町、御殿大手門が焼失。
 篭城戦では兵より二百人程度の死傷者を出しております。
 さらに、先ほどの姫様を攫おうとした忍びの件で、別府から府内にかけて兵を配備して山狩りを行っており、回復にはもうしばらくかかるかと」

 高橋鎮理を討伐軍に転出させたけど、まだ杉乃井近隣には佐田鎮綱と木付鎮秀がいる。
 杉乃井の兵を含め、安心して使えるのは宇佐衆ぐらいしかいないけど、治安回復ぐらいなら仕事としてできるだろう。

「奈多鑑基殿の後任ですが、嫡男鎮基殿に後を継がせるよう申請が出ております。
 それについては依存がありませぬが、後任の寺社奉行について任せるには少し若く……」

 加判衆居残り組の志賀親守の報告に父上が考える仕草をする。
 婉曲的に言っているが、奈多鑑基の軍令無視の一件の処罰として、寺社奉行職から鑑基の息子である鎮基を外せと言っているのだった。

「で、適任者はいるのか?」

 父上が加判衆に問いかける。
 現在、豊後において寺社奉行というのはかなり地位が高い。
 大友領内部に宇佐八幡を始めとする有名な寺社が多く、その寺社特権との調整は国内安定の要と位置づけられているからだった。
 ちなみに、その制御は私という存在を持ってかなり統制が取られてはいるのだが、私自身が寺社勢力の人間である訳で。

「この戦が終わってからになりますが、親貞殿をと。
 その下の目付として奈多鎮基殿についてもらえば仕事に支障はないかと」

 内々に話は済んでいたらしい、志賀親守の言葉に思わず薄く笑みが浮かんでしまう。
 大友親貞の政治面の初仕事として寺社勢力との調整、つまり私と交渉する事が最初の仕事となる。
 後継者候補である親貞君を頭に置く形になるので奈多鎮基も文句は言えず、おまけに彼にとって姪である梓姫と婚姻する予定なので、親族として彼を優遇する事で親貞君の側近を作ろうという所か。
 彼の適正テストからすれば悪くない選択だろう。

「いいだろう。
 だが、あやつが戦から帰ってくる事が条件だぞ」

「はっ」

 父上の了解で、この話は承認される事になった。
 そして、そのまま謀反討伐の話となる。

「娘よ。
 謀反討伐が長引いた場合、後詰を用意せねばならぬが、どれだけ出せる?」

 この話ができるのが私しかいないのが、また問題だったりするが、問われたら答えないといけない。

「臼杵鎮台、大野鎮台からそれぞれ五千ずつ、計一万は出せます。
 ですが、豊後の収穫は刈り取る人間が居なくなるので、確実に落ちるでしょう」

 この後詰が出るという事は、秋の収穫という一番忙しい時期に、その労働力が居なくなる事を意味する。
 そして、刈られない稲を狙って雀や獣達が狙うだけでなく、よその村が狙い騒動になる事も。

「後詰を出すのなら、収穫が終わるまで待たれた方がよろしいかと」

 私の言葉の後に、臼杵鑑速が口を開く。

「おそれながら、気になる噂を耳に。
 尼子、月山富田城において、重臣宇山久信が主君尼子義久に討ち取られたとの事。
 既に、尼子側は大量の投降・逃亡者を出しており、落城は間近との事」

 ちっ。
 月山富田落城が早まりそうじゃないか。
 史実の落城が史実では永禄九年(1566年)の冬なのに、今は永禄八年(1565年)の夏じゃないか。
 毛利軍主力三万五千を集めて行われている、長期の大篭城戦が終われば、その兵が今のままでは九州に向かうのは必定。
 再編成や出雲統治等で兵を残したとしても、二万も持ってこられたら今の大友ではどうする事も出来ない。

「此度の討伐軍が事を収めるならよし。
 無理ならば、毛利との長き戦を覚悟せねばならぬか。
 娘よ。
 今年の冬に総動員できる兵と兵糧、荷駄の総数を出しておいてくれ」

「かしこまりました」

 私を含めて全員が父上に平伏する。
 それで、今日の評定は終わりとなった。

「姫様。
 少しよろしいでしょうか?」

 声は麟姉さん。
 評定時とはうって変わって、不安げな顔を見せる。

「何?
 どうしたの?」

 私の問いかけに、意を決したらしい麟姉さんはゆっくりと口を開いた。

「実は……恋の事なのですが……」



[5109] 大友の姫巫女 第六十六話 それが散り行く華なればこそ
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/05/22 10:44
 彼女はきっと理解できない。
 彼女にしか告げられる事はない言葉を私は告げた。

 それは、私の贖罪なのだから。


 恋という遊女がいる。
 杉乃井で私の替え玉をつとめる少女で、その昔、母上が生んだ一族の縁者でもある。
 だから、父ですら見間違う程に私と容姿が似ているという事なのだが。
 今回の南蛮人襲来に際して、私の身代わりとして杉乃井に残ってくれた功労者のはずなのだが……

「なにこれ?」

 抑揚の無い声で、私は尋ねた。
 眼下に映るは人形の様に成り果てた恋の姿。

「申し訳ございませんっ!姫様。
 全て、私が悪いのでございます」

 平伏している由良姉さんを見ても恋は視線を動かさない。
 その時点で、恋がとんでもない状態に陥っているのを理解した。

「私は、説明して欲しいのだけど?
 由良姉さん」

 とても低い声で、私は由良姉さんに問いただす。
 そして、杉乃井で何が起こったか理解した。



 ぱんっ!



 叩いたのは私の手。
 叩かれたのは四郎の頬。

 一同、その光景に呆然としているのに、恋は視線すら動かさなかった。

「四郎。
 貴方の名前は何?
 仮にも、天下の毛利元就の血を引く者が、どうして、こういう事をするのよっ!」

 自然と視野がぼやける。
 頬を涙が伝うが、私は四郎の襟を掴んで怒鳴る。

「私が惚れた四郎って男は、こんなに器の小さな男じゃないのよっ!
 慕う女一人幸せに出来ない輩が、本命を幸せにできると思っているのっ!
 自惚れんじゃないわよっ!!」

 肺の息を全て吐き出し肩で息をする私に、叩かれた四郎は呆然。
 周りに居た麟姉さんや由良姉さん、政千代なんかも動けず。

「恋をちゃんと元に戻すまで一緒に寝ないからねっ!
 政千代。行くわよ」

「ま、待ってください。
 姫様っ!」

 つかつかと部屋から出た私の前に、人影が一つ。

「話しておきたい事がある」

 鶴姫のいたたまれない顔を見て、私はため息を漏らす。

「少し別の場所でおはなししましょうか」




 府内城の茶室は基本的に父専用となっている。
 とはいえ、私みたいに茶を嗜む者の為に、茶がたてられる部屋もある。
 神屋紹策からもらった青磁茶碗『夜駆』に八女茶を注いで鶴姫に差し出す。

「お主に謝らねばならぬ。
 此度の一件は、わらわの手落ちであった。
 すまぬ」

 頭を下げたままの鶴姫をじっと見ることしばらく。
 それについての返答をせずに、私は別の事を口にした。

「冷めるわよ。
 早く飲みなさいよ」

 鶴姫は頭をあげて作法どおりに差し出されたお茶を頂く。
 その表情が強張っているのは仕方ない事だろう。

「結構なお手前で」

「どういたしまして」

 そして、時が止まる。
 少し見ただけだが、鶴姫は悪い子ではない。

「恋殿がああなったのは、わらわの責任じゃ。
 わらわの視野が狭く、恋殿を。毛利殿を追い込んでしもうた。
 ゆるしてほしい」

 頭を下げた鶴姫の声は振るえ、畳につけられた手には従来の精気はない。
 己がやらかした失態について心から後悔し、頭を下げる程度の技量は持っている姫だと再確認する。
 四郎を追っかけて、敵地に侍女一人連れて乗り込んでくる時点で並大抵の姫じゃない事は分かっていた。
 とはいえ、彼女も姫である以上、その常識からは逃れなれないという所か。
 私が、戦国以外の記憶を持っているせいで、激しくこの戦国で浮いているの同じように。

「わらわも此処に来るまで、それなりに姫としての意地もあった。
 お主に負けた事すら我慢できぬのに、それが替え玉、しかも遊女にすら劣る事に激昂してしもうた。

 『四郎様が不憫じゃ、本意でない女子まで無理矢理抱かされる羽目になるとは』
 
 そう罵ってしもうた。
 それが、どれだけ恋殿を追い詰めたのか。
 戻れるなら戻って昔のわらわを罵りたい所じゃ」

 いや、結局罵るのですか。あんた。
 そう突っ込みたくなるのをぐっと我慢する。
 ここは真面目なシーンなのだから。
 黙っていたのを促されたと勘違いした鶴姫はそのまま続きを口にする。
 まるで、己の何処が間違っていたかを確認するかのように。

「杉乃井での恋殿の働きは見事じゃった。
 体を差し出して城を守り、替え玉として忍びに狙われるなど武者にも負けぬ働きをした。
 それに比べ、わらわは何もせなんだ。
 由良殿に話を聞き、己の器の小ささを思い知った所よ。
 今は、一緒に恋殿の看護をしておる。
 それで、許されるとも思わぬがな」

 贖罪が終わり、胸に使えた物が吐き出せたのだろう。
 鶴姫の顔に少しだけ笑みが戻る。 
 だから、いい機会なので聞きたかった事を口にした。

「フランクに聞くけど」
「ふ、ふらんく?」
「南蛮言葉よ。
 単刀直入に聞くわよ。
 四郎を寝取った後、あんたどうしたかったの?」

 私から鶴姫に核心部分に触れる。
 それは、茶の席というある種の密閉空間で行われる女の戦いのゴングでもあるのだが。

「その問いを答える前に聞きたい。
 お主は、あの恋を毛利殿の妾として扱うのを許すのか?」

「ええ。何か問題でも」

 私の即答に鶴姫が唖然とする。
 複数の女性との関係が当然であるこの戦国でもというか、だからこそと言い直そう。
 女の争いはもの凄く激しい。
 正室・側室というは社会的身分ではあるが、男の愛を手に入れた者が最終的な勝者となるのはこの戦国でも変わらない。
 私が言い切った一言は、四郎のライバルとして恋を受け入れると言ったに等しい。
 と、同時に恋という遊女すら受け入れたのだから、鶴姫も受け入れて構わないというシグナルでもある。
 それを鶴姫は正確に読みきった。

「寵愛が奪われる事を恐れないのか?
 ……いや、腹にいるからか」

 私が四郎の子を宿しているから、他の女を受け入れても構わないと鶴姫は判断したらしい。
 この時代、子供が出来るかどうかで女の価値が決まるといっても過言ではない。
 ましてや、大友と毛利の血を引く子供など、どれだけの政治的価値を持つか分からない鶴姫ではない。

「そうでもないけどね。
 私、四郎の事好きよ。
 こんなお腹だけど、毎日おねだりしているんだから」

 私の惚気に鶴姫は少し俯いて頬を赤める。

「……それは構わぬが、大大名の姫が犬畜生のまねをするのはどうかと思うぞ」

「構わないわよ。
 母上も養母上もやっているし。
 あんたもする?」

 考えたのだろう。
 羞恥でびくびく震えるのは傍から見て怖いのですが。鶴姫。
 我に戻ったらしく、咳をわざとらしくして話を変えるように求める。

「もう一杯いる?
 あれぐらいしないと四郎寝取れないわよ」

「いただ……っ!」

 あ、噛んだ。
 鶴姫は赤くなりながらも口を開く。

「ごほん。
 で、恋にもあんな事をさせるのか?」

「当然。それが何か?」

 呆然とする鶴姫の顔を見ながら、私はまたお茶を注ぐ。
 しゃかしゃかと茶をたてる音だけが耳に届く。

「どうぞ」

「あ、うん。
 い、いただこう」

 疑念と混乱と恐怖が混じった瞳で私を見つめながら、鶴姫は二杯目のお茶を飲む。
 とりあえず、『何を言っているのか理解できない』という鶴姫の言葉無き質問に答えてやるとする。

「男ってね。
 基本的に、女好きなのよ」

「は?」

 元・男の前世の記憶を持っている私が言うのだ。間違いない。
 鶴姫が間抜けな声を出したが、構わずに私は独り言を続けた。

「好きな物ってね、沢山食べ過ぎると飽きちゃうでしょ。
 だから、時々は違うものを食べて、『ああ、私はこれが好きなんだな』って確認しないといけないと思うのよ」

 鶴姫の目に怒りの色が浮かぶ。
 こう言えば、『四郎がいくら抱いても、彼は私の所に帰ってくるから』と喧嘩売っていると取られるだろうから。
 それをあえて無視して、鶴姫にわざとらしく問いかける。
 
「ねぇ。
 戦でも色恋でもいいわ。
 最後に掴む者ってどんな人だと思う?」

 私の穏やかな笑みに、鶴姫は怪訝な顔をしつつ私の問いかけに答える。

「それは勝った者であろう。
 勝たねば、戦も色恋も手に入らぬではないか」

 鶴姫の予想通りの答えに私は静かに首を左右に振った。

「最後まで残った者よ。
 いくら勝っても、負けて滅べば意味は無いわ。
 物部を滅ぼした蘇我のように。
 平家を蹴落とした源氏のようにね。
 じっと身を潜め、他の物が滅ぶのを待ち続けた者が、最後に掴めるのよ。
 千年の栄華を誇った藤原氏のように。
 執権として幕府を支配した北条氏のようにね」

 寂しそうに笑う私の笑みを鶴姫は理解できないらしい。
 そんな鶴姫を気にせず、私はあえて鶴姫に語り続けた。

「四郎を巡る争いで、最後まで残れるのは鶴姫。
 多分貴方よ。
 恋も残れる可能性もあるけど、私は多分駄目ね。
 だから、今の貴方になら言えるわ。
 どうか、四郎を支えてあげて」


 予想外の言葉を聞いて唖然とする鶴姫に私は、寂しく、儚く、そして優しく笑って告げた。



「だって、大友の姫と毛利の若武者の恋なんて、
 幸せに終わるはすがないじゃない」



 いずれ別れる恋だからこそ。
 だから、一日一日が愛しくて、そして四郎と共に歩めるのが嬉しいという事が鶴姫には理解できたかしら?




 南蛮船 襲来から七日目 

 その報告が届けられたのは、まだ日が昇る前のことだった。
 一人で寝ていた私を叩き起こした日田鎮台からの早文。
 そこには、田北鑑重から一文が書かれているのみだった。


「筑前御社衆、筑後太刀洗川にて龍造寺軍に敗北」

 と。



 作者より補足
 恋の描写及び設定は大隈氏より了解を頂いております。 



[5109] 大友の姫巫女 第六十七話 戦争芸術 太刀洗合戦(前編)
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/05/29 18:38
地理説明

白 大友側
黒 反大友側


          凸立花山城(立花)

▲高祖城(原田)
         □博多・中洲遊郭

            凸岩屋城(大友)
           □太宰府・二日市遊郭


     凸勝尾城(筑紫)              凸古処山城(田原)


        凸朝日山城(筑紫)  太刀洗
                         □原鶴遊郭


▲村中城(龍造寺)



 その報告が肥前村中城に伝えられた時、鍋島信生は当然の様にそれを諌めた。
 だが、彼の諫言を持ってしても、龍造寺隆信がその決意を翻す事は無かった。

「信生。
 お前は正しいだろう。
 だが、お前の正しい諫言を聞けば、龍造寺は肥前の豪族のまま。
 俺はそれが我慢ならんのだ」

「何故ですか!
 出る杭は打たれるのは当然でしょうに。
 ましてや、馬場頼周に一族を討たれ、この城すら追われた我等が肥前一の豪族としてこの場所に居る。
 それで十分でしょうに。
 大友は、あの珠姫は間違いなく殿に目をつけています。
 立花を粛清したら、次は我々ですぞ!!」

「だからだ。信生」

 義弟でもある鍋島信生に主従というより兄弟のような軽い口調で隆信は言ってのける。

「元々寺で経を読む人生だった。
 それが、何の因果かこんな場所で、お前と口論をしているなんぞ、仏すら知らぬという事よ」

 楽しそうに笑うが、その目は笑っていない。
 これが、龍造寺隆信のいつもの笑い方だった。

「死ねば終わりよ。
 ならば、己が命で何処まで行けるか、それも一興」

 なのに、その声は笑う。
 己も天下も彼にとっては賭け札でしかない。
 それが分かっているからこそ、その狂気を母たる慶誾尼は恐れ、その手綱を取るように信生に頼まれている。
 隆信の笑みに潜む狂気を見て、鍋島信生は彼を諌めるのを諦め、彼の望みを叶えながらお家の存続を考える事にした。
 そして、鍋島信生はそれができる男だった。


 龍造寺が決起した時、集まった手持ちの兵は千に届くか届かないか程度。
 『珠姫謀反』の一報が踊る中で即座に珠姫側についたのも、劣勢の彼女が勝てば必然的に重く用いられるからに他ならない。
 もっとも、その謀反が誤報と分かり、原田や宗像等毛利の仕掛けが露呈するという最悪の形となってしまったのだが。

「ここで篭ればいずれ滅ぼされる。
 ならば打って出るより他無し!」

 そして、周囲を敵に回し、動揺著しい龍造寺を引っ張ったのは鍋島信生と彼の下で働く若侍達であった。

 珠姫謀反の誤報から三日目。
 別府湾で南蛮船が燃えていた時に龍造寺軍は集まった手勢を全て村中城より出して、筑紫氏の支城である朝日山城を囲んだ。
 日本の城郭体制というのは本城と支城が有機的に結びつき、支城が襲われている間に本城から手勢が出てその敵を叩くように作られている。
 だが、珠姫謀反の誤報から三日目で、各家とも兵を集めきれていない。
 出ている龍造寺勢とて、本来の動員では二千から三千は用意できるのだが朝日山城を囲んでいるのは千に届いていない。
 とはいえ、この数百の兵でも落とされる事もあるし、何より囲まれた上で乱捕りなんぞされたらたまらない。
 筑紫氏本城である勝尾城にその報告が届けられた時に、当主である筑紫広門は即座に手勢を向かわせようとしたがそれを止める者がいた。

「手勢だけで龍造寺と争うは具の骨頂。
 大友の兵で蹴散らせればよい」

 珠姫によって強制的に隠居させられた筑紫惟門は、珠姫謀反の誤報と共に謹慎を命じた息子によってその謹慎を解かれていた。
 状況が激しく変わるこの事態に、豪族でしかない筑紫氏の決断を取るには広門一人では心もとなかった事もあったが、仏心を出した珠姫の失策の一つとも取られなくは無い。

「ですが……」

 広門が何か言おうとした所を惟門は手で制する。
 戦装束の広門と違い、惟門は普段着のまま。
 その姿で自身が一線を退いた事を示していた。

「少しは考えよ。
 龍造寺は肥前一の知行を持ち、兵は三千は集まるのだぞ。
 我等筑紫は全て集めたとしても千届くかどうか。
 まともに争っても勝てぬでは無いか。
 大友の兵と合流して、龍造寺を叩くと岩屋城代の怒留湯融泉(ぬるゆゆうぜん)殿に伝えるのだ」

「はっ。
 誰か居るか!
 文を岩屋城に届けるのだ!」

 慌てて部屋を出てゆく広門を惟門は苦笑して見つめる。
 残るは惟門の隠居という監禁先の城主だった、飯盛城主の帆足弾正のみ。

「焚きつけましたな」

「あれに大名の中で右往左往する習いを教えているまでよ。
 それに、最後は大友が勝つかも知れぬが、それまでに我が筑紫が滅びては意味が無いからの」 

 好々爺の笑みを浮かべて、惟門は笑い飛ばす。
 そんな彼を見ながら帆足弾正は決定的な一言を放つ。

「まだ毛利に通じていましたか」

 筑紫惟門は何も答えない。
 それが、かえって正解である事を伝えているのに気づいて、ゆっくりと息を吐き出した後に呟くように口を開いた。

「人聞きの悪い。
 隠居先まで毛利の手の者が世の流れを教えてくれていたまでよ。
 だが、この戦は大友が勝つぞ」

 毛利側の諜略を受けながら、筑紫惟門は大友の勝利を予言して見せる。
 そこには、大友や大内や少弐や毛利という大名に頭を下げ続けた一領主の悲哀と、それをしなければ生き残れなかった才が両立しているのを帆足弾正は知っていた。

「立花は寝返らぬよ。
 飢え死にした後で粥を出されても食えるものか。
 高橋鑑種殿が宝満山城におれば変わったかも知れぬが、この戦は博多がどっちに付くかで決まる。
 そして、博多にあの姫様はえらく受けがいい」

 門司合戦に秋月騒乱と九州内の毛利勢力は次々と珠姫によって潰されており、残った勢力での一斉蜂起だけでは勝てないと惟門は看破していたのだった。
 そして、蜂起勢力だけで対抗できない以上、毛利本隊の後詰は絶対的に必要になるが、その毛利主力は出雲の地で尼子攻めの最終局面を迎えている。
 そんな謀反のタイミングを逃した事を揶揄し、立花の謀反を押し留めたのが珠姫によって莫大な富を得ている博多商人である事まで惟門は見抜いていた。
 その視線は鋭く、白髪の髪さえ見なければ、惟門は往年時の精悍さを取り戻しているように帆足弾正には見えた。
 ため息をついて帆足弾正は尋ねる。

「そこまで分かるなら、我等一同大友につけばよろしいではないですか?」

「そしてあの姫を増徴させるか?
 大内しかり、少弐しかり、全てが上手くいく者ほど奢り高ぶるぞ。
 それに付き合うのは我等国衆よ。
 あの姫には、全てが上手くいくはすがないという事を学ばねばならぬ。
 大友がこのまま九州を治める時に、国衆の事を知る者がいてほしいというのが願いよ」

 即答でそこまで言い切ったくせに、若干の白々しさを顔に残して惟門は続けた。

「まぁ、建前はこんな所だが、本音は隠居に追い込まれたあの姫に一泡吹かせたいのだ。
 それに、隠居の老人にさしたる力は無いしのぉ。
 誰かが龍造寺に繋ぎをつけなければのぉ」

 そんな惟門の顔を帆足弾正は苦々しく見つめて重く口を開いた。

「白々しい。
 それをそれがしにさせようと思っているのでしょうに」

 大友から来る後詰の情報を敵である龍造寺に売る事で、筑紫領内の狼藉を防ぐつもりなのだ。
 帆足弾正の声を笑顔で頷きながら、惟門は気さくに肩を叩いた。

「安心せい。
 露見しても、この老人の枯れ首で筑紫の家が守れるなら安いものよ」

 この数日後、筑紫惟門は病死として大友家に報告が届き、彼は筑紫の山野にその亡骸を葬られた。
 その彼が本当に病死だったのかどうかはついに分からないが、筑紫氏はこれで筑紫広門の下で団結するのだった。
 なお、家督の継承と龍造寺謀反における不手際の詮議を一身に受けて筑紫の家を守った忠臣として、帆足弾正はひっそりとその名を歴史に残す事になる。
 そして、帆足弾正の出した文はしっかりと朝日山城を囲んだ龍造寺軍に届けられた。


 『珠姫謀反!』の誤報が筑前・豊前の国衆に与えた影響力は絶大だった。
 何しろ毛利元鎮という毛利の御曹司を愛人に持ち、父親と仲が先ごろまで良くなかった珠姫の謀反は、毛利介入の大乱になる可能性がとても高かったのだ。
 それが誤報であると珠姫自身の文が告げていたが、南蛮人の府内攻撃などとても信じられるものではなく、更に遅れて届けられた府内の大友義鎮直筆の書状にてやっと誤報であると認識される事になった。
 そのタイムラグの間に、反大友傾向が強かった龍造寺・宗像・原田の三家が謀反。
 誰が敵で誰が味方か分からぬ以上、迂闊に兵を出す事はできぬ。
 それが国衆皆の統一見解のはずだった。
 だから、本拠地を一時的に空にした龍造寺の朝日山城攻撃は、近隣諸侯に衝撃となって瞬く間に筑後平野全域に広がっていった。

「龍造寺のやつら、何を考えている?」

 既に疑心暗鬼状態となっている肥前・筑前・筑後国衆にとって、龍造寺の本拠である肥前村中城を襲うという選択肢は無かった。
 襲った背後を別の国衆に自分の本拠を襲われたら元も子もない。
 更に、珠姫が押し進めていた鎮台制度がかえって足を引っ張った。
 大兵を集めて運用する為に用意した鎮台制度だが、それは逆に小勢力の跋扈に対応できない欠点を孕んでいた。
 事実、日田鎮台の田北鎮周は三家にまたがる謀反を大兵を持って鎮圧する事を目論み、その集結地点である筑後原鶴遊郭への集結を急がせていた。
 そのため、各地の大友方国衆は守備兵以外はいないという空白状況が起こってしまい、朝日山城攻撃から最後まで戦の主導権は龍造寺が握り続ける事になった。


 そんな状況下にて、筑紫広門の早馬によって後詰を要請された岩屋城代の怒留湯融泉は、その対応に苦慮する事になる。
 彼の手元には、珠が立花謀反に備えて用意した博多・二日市遊郭守備兵、御社衆およそ千が臨戦態勢で水城に控えている。
 立花山城の立花鑑載が謀反を起こし、その早期鎮圧の為だけに用意した兵なのだが、その立花がまだ寝返らず日和見を続けているのが更なる誤算となっていた。
 その為、立花を救援する義務が発生し、宗像や原田が博多を目指した場合の貴重な後詰と怒留湯融泉はこの兵を捕らえていたのだった。
 そういう想定状況と既に異なっている状況において、背後の龍造寺が筑紫氏を攻撃する事などもはや珠の想定外だった。
 結果、大友勢力の博多防衛の実質的な総司令官である怒留湯融泉に、全ての責任が圧し掛かっているのだった。

「何を悩んでおられますか!
 敵が攻めてきたのならば、蹴散らせば良いのです」

 薦野宗鎮が怒留湯融泉に迫る。
 薦野宗鎮の隣に同じように迫るのは米多比大学で、二人ともかつて立花家中における親大友派の家臣で、謀殺されるのを避けるために珠が引き抜いて怒留湯融泉の元につけたのだった。
  
「左様。
 あと両日もあれば兵は集まり申す。
 ましてや、龍造寺の手勢は千に届かぬとか。
 肥前村中城に兵を集める為の牽制と思われます。
 ならば、これを叩いて、豊後からの軍勢の先導をするのがよろしいかと」

 そして、珠の想定外の失敗はさらに悪い方に加速する。
 彼女は最終的には大名による独裁体制を目指していた為、中央からの統制に力を注ぎ、末端部に対しての方針を限定的にしか伝えていなかった。
 実際、怒留湯融泉が受けていた命は『立花が謀反した場合、水城から南に行かせるな』でしかない。
 しかも、この時点において一番近い日田鎮台ですら兵の動員と原鶴への進出までしか考えておらず、三家の何処を叩くのか明確な方針が決めきれていなかったのだった。

 とどめに大友家の命令系統の不明朗さが一気にここに着て噴出する。
 国衆の連合体である大友家において、その国衆に対する命令権を持つ司令官の立場が曖昧すぎるのだった。
 博多については博多奉行の臼杵鑑速が管轄(ちなみにその為に彼は筑前柑子ヶ岳城に領地を持っている)しているが、彼は大友家の外交全般を管理している為に府内に居る事が多い。
 そんな豊後に居る臼杵鑑速の管轄は、博多と筑前方分という筑前全域に対する命令権を持っていた。
 そして、その下に居る怒留湯融泉はあくまで岩屋城城代であって、その命令権は臼杵鑑速より遥かに落ちてしまう。
 彼自身も筑前国衆を従わせる為に勝利を欲していたのだった。

 更に、現在臨戦態勢の御社衆は大友正規兵ではなく珠姫の私兵である。
 もちろん、

「好きに使っていいわよ」

 という珠の言質を貰っているが、元が夜盗や盗賊崩れの兵達である。
 そんな彼らが、権威も命令系統も違う怒留湯融泉の命令を素直に聞くとは思えなかった。
 これが香春や宇佐、杉乃井と違う最大かつ致命的な欠陥だった。
 珠の領土である香春や宇佐、杉乃井は高橋鎮理や佐田鎮綱、毛利元鎮という良将の監視下で猛訓練をしているし、最終責任者が珠という明確な責任所在があった。
 御社衆の兵達も、一般兵達と競う事はあれど「おらが姫様の為」と一致して訓練をしたりしてその交流があったりする。
 だが、命令系統が曖昧となっている博多においてそんな事がある訳もなく、御社衆が臨戦態勢ではあるがその実態は飢えた獣でしかないというのも預かった怒留湯融泉は知っていたのだった。
 こんな兵を先行して出すなど、彼らの略奪暴行の事を心配しなくてはならないだろう。
 とはいえ、そんな事を考えている怒留湯融泉の気持ちなど、顔前にて迫る二人には分からない。

 この二人も退くに引けない事情があるのだった。
 反大友傾向を強めていた立花家家中において、彼らを救い出したのは珠姫である。
 とはいえ、立花家を出奔という形になった新参者ゆえに、速く功績が欲しかったのだった。
 敵は千以下、そしてこっちは臨戦体制の御社衆が千。
 兵の数が勝利に繋がるのなら、負けるはずがない戦である。

「我等の手勢も合力させるゆえ」
「どうか、龍造寺を討つ許可を!」

 結果、怒留湯融泉は二人の熱意に押され岩屋城を出陣する。
 薦野宗鎮と米多比大学の手勢に御社衆をつけ、出陣した兵は千五百に膨れていた。
 もし、彼らの出陣を珠が知っていたのなら、兵の錬度と指揮系統の不明瞭さで戸次鑑連相手の模擬戦にてフルボッコにされた珠ならば、全力で止めに入っていただろう。
 だが、珠は豊後に居て南蛮人達の後始末をせねばならず、彼らは勝ち戦と奢って龍造寺軍に相対する事になる。
 そして、早馬から一日後、彼らが筑紫広門率いる筑紫勢と合流し、二千の兵となった大友軍が肥前朝日山城を眼下におさめた時、その城を囲んでいるはずの龍造寺軍の姿は何処にも無かった。

「村中城に引っ込んだのではないか?」

 高揚感が着え、ある種の安堵感が漂いだした大友軍にその報告は飛び込んできた。

「太刀洗にて、原鶴御社衆が龍造寺勢に襲われています!」



[5109] 大友の姫巫女 第六十八話 戦争芸術 太刀洗合戦(後編)
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/05/29 21:13
 朝倉街道と呼ばれる街道がある。
 この朝倉とは、百済救援のため斉明天皇の行宮(あんぐう)である朝倉橘広庭宮の事で、この道はその後博多と日田を結び、豊後に至る主要街道となる。
 筑後川の水利と朝倉街道が傍を通る交通の要衝に温泉が湧く原鶴遊郭がある。
 その為、この遊郭も栄えてその益は遊郭の主である珠姫の懐に転がり込んでいたのだが、この遊郭を守る為に彼女の私兵である御社衆を置いていた。
 日田鎮台が設置され、日田鎮台の集結拠点として原鶴遊郭が指定された事もあり、原鶴御社衆は博多で何かあった時に後詰として二日市遊郭に移動するように事前に取り決められていたのだった。
 この取り決めによって、武威を見せる為に何度か訓練しており、原鶴の御社衆二百五十人は訓練と同じように朝倉街道を進んでいた。
 だが、秋月入口である小石原川にさしかかった時に、逃げ出したらしい農民達が彼らに嘆願したのだった。

「村か龍造寺の落ち武者に襲われている。助けてくれ!」

 もちろん、彼らの元にも肥前朝日山城が襲われた事は知っていた。
 だが、彼らの耳に届いたのは『落ち武者』という言葉。
 それは、龍造寺軍が戦に敗れた事を意味していた。
 そして、彼ら原鶴の御社衆も博多や二日市と同じく頭のいない烏合の衆だった。
 珠自身、その解消の為に人を探したのだがついに見つからず、派遣された将を使えばいいと割り切って考えていたからだった。
 そんな烏合の衆に、『落ち武者』という手柄が見の前に晒されてしまった。
 誰が龍造寺軍に勝ったのか考える事もなく、考えた者がいたとしても朝日山城の筑紫の手勢が打って出たのだろうぐらいにしか考えていなかった。

 彼ら逃げ出した農民達が、鍋島信生に買収されて芝居をしていたなんて考える事もなく。

 不埒な者の中には、乱捕りを龍造寺勢の仕業にして自分達も乱捕りを企む輩までいる始末。
 当然のように朝倉街道を離れ、小石原川に沿って南下した彼らを待ち構えていたのは準備万端の龍造寺軍だった。   

「かかれ!」

 鍋島信生の声と共に黄金の稲穂に変わり始めていた田から一斉に姿を表した龍造寺勢。
 御社衆の三倍近い数百の龍造寺勢が突然出現し、彼らのときの声にあっさりと御社衆は士気崩壊。
 蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく御社衆に呆れたのは、鍋島信生の副将に志願した戸田賢兼だった。

「なんじゃあれは?
 大友はあんな兵を雇って何をするつもりだったのやら」  

 歯ごたえの無い敵に戸田賢兼がぼやくが、雇い主の珠姫が、

「夜盗を追い回すぐらいなら、取り込んでしまった方が安上がりよ」

 と、ヤクザにみかじめ料を払う感覚で彼らを雇っていたのを彼は知る訳も無い。
 富士川の平家よろしく、戦う事無く御社衆は逃げ散っていたのだが、鍋島信生は追わずに兵を休ませ次の戦に備えさせる。

「戦ですらなかったし、兵達も勝った事で士気も高い。
 で、岩屋城の手勢はどのように?」

 同じく副将に志願した木下昌直が鍋島信生に尋ねるが、彼はまったく別の事を口にした。

「そういえばこの近くで大原合戦が行われたのだったな」

 大原合戦。大保原合戦とも呼ばれるこの合戦は、南北朝期に北朝六万、南朝四万が筑後川を挟んで激突した九州最大級の合戦である。
 この合戦は兵の少ない南朝側が勝利し、以後十年九州は南朝の支配する土地となるのだが、この合戦に大友は北朝軍として参加していた。
 その結果、大損害の果てに当時の当主である大友氏時は失意のうちに病死するという、大友にとって呪われた地でもあったのだ。

「この近くに菊池武光公が血で汚れた刀を洗った小川がある。
 この戦の勝利でその川は、太刀洗川と名付けられたとか。
 我等も刀を洗い、菊池公の武威にあやかろうではないか」

 鍋島信生は大声を張り上げて、兵達を鼓舞する。
 この手のゲン担ぎが兵達の士気を著しく高める事を鍋島信生は知っていた。

「だが、鍋島殿の刀は血塗られておらぬではないか。
 刀を汚さずに大友を敗走させし武勇は菊池公に勝るとも劣らず!」

 戸田賢兼の突っ込みに皆が大笑いする。
 戦うまでも無く大壊走してしまった原鶴御社衆の為に、鍋島信生の刀はまったく血で汚れていなかったのだった。
 この話より、

 太刀洗 鍋は洗えど 太刀抜かず

 と、詠われて大いに龍造寺側の宣伝材料となるのだが、それは後の話である。

 太刀洗近辺での御社衆壊走の一報はあっという間に近隣に伝わった。
 中でも、朝日山城救援に来ていた大友軍は微妙な立場に立たされた。
 救援という目的は達しているのだが、率いる将達は救援ではなく己の立場の為に勝利を欲していたからである。
 しかも、朝日山城から東に位置する太刀洗に龍造寺軍は陣を敷いている。
 それは、周囲の大友勢力に囲まれた袋の鼠である事を意味していた。  

「このまま帰るのではなく、龍造寺勢を叩いて味方の敗戦を帳消しにしてくれん!」

 大兵に奢り、そのまま大友軍は太刀洗に転進する。
 この時点で大友軍は龍造寺軍の罠にかかった。
 まず、朝日山城救援が目的の筑紫勢は太刀洗転進を拒否。

「感謝はすれど、まずは朝日山城救援が第一。
 原鶴に集まっている日田鎮台の大軍で押しつぶしてしまえば良いではないか」

 と筑紫広門は正論を言って、筑紫勢は後詰として朝日山城に留まる事になった。
 次に、御社衆内部から脱走が相次いだ。
 野党盗賊の類のままと彼らからしてみれば、太刀洗の龍造寺軍など命をかける価値ではなかった。
 しかも、筑紫氏が離脱した今では彼ら御社衆が龍造寺の攻撃を一手に受けねばならぬ立場となっていたからである。
 太刀洗行軍中に一人、また一人と脱走が相次ぎ、太刀洗で龍造寺軍と相対した時に既に御社衆の一割が何処かに逃げ去っていた後だった。

 龍造寺軍は太刀洗川を前に陣を構え、大友軍は隊列が乱れ兵の士気と体力も落ちた状態で戦を始める事になった。
 そんな状況だから大友軍の攻撃に対して龍造寺軍は崩れない。
 焦りにも似た攻撃をしかけていた大友軍に対して決定打となったのは、朝日山城からやってきた早馬だった。

「龍造寺勢多数が我が城を囲んでおります!
 『白地に剣花菱』の旗あり!
 龍造寺隆信自ら出向いています!!」

 村中城で遅れて集まった手勢を率いて、龍造寺隆信本人が出向いてきたのだった。
 この瞬間、大友軍は心理的に挟まれた。
 予備兵力と期待していた朝日山城に詰めて戦闘に参加していなかった筑紫勢が来ない。
 これが御社衆総崩れの引き金となった。
 将がおらず、錬度も低い烏合の衆の当然の帰結と言えるだろう。

「逃げるな!」
「もうだめだ!」
「こんな戦につきあってられるか!」

 だが、まだこの時点でも大友勢の方が多かった。
 それでも怒留湯融泉以下大友軍首脳部の心が折れてしまったのだった。
 結果、総崩れは加速する。 

「討ち取れ!
 一兵も逃すな!!」

 この壊走で薦野宗鎮と米多比大学が命を落とし、怒留湯融泉と共に岩屋城に戻れたのは三百に届かなかった。
 もっとも、彼らが生き延びられたのは己の武勇の為ではなかった。

「原鶴遊郭より大友の追っ手が!
 旗印は唐花!秋月勢です!!」

 背後の小石原川に残していた物見の報告があと少し遅かったら、怒留湯融泉と残りの兵も太刀洗川に血を流していただろう。
 日田鎮台から出向いてきた田北鎮周が率いる先鋒隊で、このあたりの地理に詳しい恵利暢尭が秋月残党を率いて救援に来たのだった。

「手仕舞いぞ!
 殿の手勢と合流する!」

 鍋島信生の指揮下で龍造寺勢は整然と兵を退いてゆく。
 恵利暢尭が追撃をかけようとしたが、急いで駆けてきた上に小石原川を渡る事になる為に追撃を見送り、敗残兵の救出に当てる事となった。
 他の豪族も追い討ちを考えなかった訳ではないが、整然と撤退してゆく龍造寺勢を見て、自分だけが損害を蒙るのはいやなので手を出す事無く合流を許したのだった。
 そして、翌日。
 龍造寺家と筑紫家は和議を結び、龍造寺勢は大手を振って凱旋する事となった。
 同じ時刻、怒留湯融泉率いる敗残兵が岩屋城に帰り着く。
 出撃した兵の七割を失うという大惨敗を喫したとはいえ、この段階で岩屋城兵の動員が進んでおり、岩屋城には千ほどの兵が集まっていたがこの兵を使って再度挑むような事は無かった。
 少数と侮って敗北した怒留湯融泉は既に心が折れ、必要以上に慎重になっていたからだった。
 そんな博多の動向に原鶴遊郭も引きずられ、府内の討伐軍本隊が到着するまで手出し無用という報告を各地に出す事になる。


「和議だと?」

 勝ち戦に沸き、篭城準備を進めていた肥前村中城の一室にて、龍造寺隆信は低い声で尋ね返した。
 相手は太刀洗合戦の立役者である鍋島信生に他ならない。

「既に原鶴には数千の兵が集まっており、松浦・大村・西郷・有馬等肥前の諸侯も兵を集め終わり、我が城を囲むでしょう。
 その兵の数は万を越えるはず。
 既に、毛利に対しての義理も果たしました。
 ここで和議を求め、兵を引くべきです」

 二人の会話に他の重臣は口を挟まない、いや挟めない。
 緊迫した空気の中、一同の視線が二人に集まっているのを感じながら、隆信は口を開いた。

「それを大友が、お前の言う珠姫が許すと思うか?」

「許すでしょう。
 我が家のみが謀反を起こしたのならまだしも、建前は大友内部の内紛。
 珠姫自らが謀反の旗頭として担がれてお咎めが無い以上、取り潰し等の重い処分は大友も行えませぬ」

 南蛮人襲来から始まった珠姫謀反という誤報の顛末と、大友内部の後継者に絡む思惑を鍋島信生は完全に読みきっていた。
 南蛮人という想定外のファクターが絡んだとはいえ、今回の騒動は外から見れば、父娘の家督を巡る御家争いでしかない。
 だからこそ、その張本人である珠姫が処罰されない以上、彼女の側に立つという大義名分で謀反を起こしたこれらの家が処分されるのはおかしいのだった。

「とはいえ、万の兵を集めて攻めるのは銭も米もかかるぞ。
 やつら、我々を潰す気満々じゃないか?」

「でしょうな。
 とはいえ、三家全てを潰すのは肥前と筑前にまたがる大戦になるゆえ、府内を叩かれた大友にとって避けたいはず。
 ですから、当家が一に手を上げて和議を求めるのです。
 謀反勢力で最大の領地と兵を持つ我が家が真っ先に屈すれば、残るは宗像と原田のみとなり、鎮圧は容易になるでしょう」

 そして、短くない沈黙が一同の間を包む。
 口は挟まなかったが、彼らとて分かっているのだった。
 もし、毛利の後詰が来なかったら我々は破滅だと。
 それは、鋭く言葉を交わす隆信と信生も同じ認識を持っていた。
 隆信が視線を信生から逸らし、ため息を吐く。
 彼の狂気が現実に負けた瞬間だった。

「和議の条件を申してみよ」

 隆信のこの言葉に、部屋に居た一同から安堵の息が漏れる。
 そんな部屋の空気など知らぬ厳しい顔で鍋島信生は口を開いた。

「長法師丸様を人質に出し、原田・宗像追討の先陣に立つ事が最低条件でしょう。
 所領も削られるかもしれませぬが、戦働きでどうとでもなるかと」

「使者とその手はずは?」

「先に和議を結んだ筑紫広門殿と、筑後柳川城主蒲池鑑盛殿に。
 そして、大友義鎮及び珠姫への申し開きはそれがしが」

 蒲池鑑盛は、かつて龍造寺家が馬場頼周による粛清で村中城を去らねばならぬ時に保護してもらった大恩があり、義心強き公正明大な人柄と文武優れた筑後の旗頭として大友家の信任も厚い。
 そして、龍造寺討伐となると隣接する蒲池領も戦で荒れるという現実的な利点もあった。
 彼の性格と現実的な利益から仲介に労を取ってくれる可能性は高かった。

「よかろう。
 信生。全てお前に任せる」 

「はっ」

 一同頭を下げ、それぞれがやるべき事をなす為に部屋から出てゆく。
 皆が出た後に残ったのは、そのまま頭を下げたままの鍋島信生とそれをじっと見ていた龍造寺隆信のみ。

「なぁ、次があると思うか?」

 漏れた言葉は誰に言ったわけでもない、隆信の狂気の残滓。
 信生はその言葉を聞いて頭を明けで、莞爾と笑い飛ばす。

「この城でこうして話せる事が奇跡でござれば。
 仏すら知らぬ事は、意外と多いようで」

 そして浮かべた信生の微笑に隆信は破顔一笑する。
 こんな機微に洒落気を言って彼の狂気を完全に払って見せた、信生と義兄弟の関係になれたのを母に心から感謝しながら。


「ああ、二人で仏の知らぬ事を次々と成し遂げてゆくぞ」


 結局、この龍造寺からの和議――実質的な降伏――は鍋島信生の読みどおり受け入れられた。
 大友家中でも反対が多かった龍造寺の和議を強引に推進し、これを成立に結びつけたのも鍋島信生の読みどおり珠姫だった。

「全ては私の不徳の致すところ。
 私が罪を償う事でどうか彼らに寛大な処分を」

 己の手勢である御社衆が大敗を喫したにもかかわらず、龍造寺の戦ぶりを褒めてまで彼女は和議を取り繕った。
 だが、その結果は劇的に現れる。 
 太刀洗で大友軍先鋒を相手に完勝してみせ、もっとも厄介だった龍造寺が屈するという事態に追随する謀反勢力がついに出る事は無く、何よりも博多を擁する立花鑑載が大友側への参加を決定。
 これで、謀反勢力の宗像と原田の分断は決定的となり、早期鎮圧への道筋が見えた事が大友勢の士気を高めていた。 
 なお、和議交渉時に太刀洗合戦で武勇を誇った龍造寺の若武者達、

 
 江里口信常、成松信勝、戸田(百武)賢兼、円城寺信胤、木下昌直。


 彼ら五人に『龍造寺五虎将』と敵方である珠姫から命名され、その武勇を九州に誇る事になる。

「四天王なのに五人というのはちょっとね……」

 とは、珠姫の言葉が残っているが、それが何を意味するのか今もってよく分かっていない。



 太刀洗合戦は大友と龍造寺の一合戦であるが、大局的に見れば龍造寺が屈服する結果となり、大きな意義がある合戦ではない。
 とはいえ、この合戦の与えた影響は大きく、特に御社衆の失態を見せつけられた九州の大名達は、

「金で雇う兵など役に立たず」

 という認識の下、配下の家臣団の強化に動く事となった。
 その為、九州で傭兵での常備兵を積極的に使うのは珠姫一人という状況になり、彼女はそんな弱兵を率いて戦場を駆け巡り、必要な所に必要なだけの兵を送り続けたのだった。
 それがどう意味を持つかというのは歴史が証明しているのでここで述べるのはやめておこう。
 


 
 太刀洗合戦

兵力
 大友家       怒留湯融泉             二千
 龍造寺家      鍋島信生              数百

損害
 千二百(死者・負傷者・行方不明者含む)
 数十(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死
 薦野宗鎮 米多比大学(大友家)



[5109] 大友の姫巫女 第六十九話 戦争芸術 戦国禿鷹道
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/06/28 06:05
 戦国時に国内有数の繁栄を誇っていた博多の賭場に、裳着を済ませたばかりの娘がふらりと現れた。
 その上質な着物から大店の娘が迷子にでもなったかと思われたが、「遊びたい」と銭の入った袋を差し出した。

「倍プッシュよ」

 この手の賭場は当然イカサマが行われており、娘は豪快に負け続けた。
 けど、彼女は負けた次の賭け銭を前の倍にして張り続ける。

 銭が無くなり娘は帰るかと思えば、

「体で払うから」

 と、ほざいて更に賭けを続ける始末。
 当然負けたので、体で払ってもらおうかと男達が下心丸出しで娘に近づこうとしたら、娘は一言。

「紙と筆を持ってきて」

 と、のたまい、さらさらと何か書いて胴元に手渡す。

「これを両替商に持って行ってくれない?
 その後で、たっぷり体で払うからさぁ」

 餓鬼の落書きなんて一文にもならないと嘲笑いながら、両替商の所に持っていったら、負け分全額が支払われて目が点。
 しかも、割引無しの満額支払いという超優良証文と両替商に言われて、持って帰った銭を前にして一同ポカーン。
 そんな中、娘は一同を嘲笑いながら、

「さぁ、賭けを続けましょう。
 私の賭け銭は二十万石分あるわよ」

 そう。
 ワシズごっこを楽しんでいたのは、秋月騒乱で領地を急拡大させた大友家の珠姫本人だったのです。
 そして珠姫は負け続ける。
 けど、勝てば勝つほど賭場の相手は、汗が吹き出て、眩暈で手が震え、賭け銭が一万貫を突破した時に胴元が、

「銭は返すから出て行ってくれ!」

 と、泣きついて追い出されたという。
 なお、この一部始終は博多奉行の臼杵鑑速経由で父大友義鎮の耳に入り、義鎮は大爆笑。
 珠姫は博多にすっ飛んできた養母の奈多夫人に尻を叩かれながらこっぴどく叱られたという。
 それ以降、博多の全ての賭場では『姫様お断り』の張り紙が張られる事となり、姫の名を持つソープ嬢(泡姫)も博多の賭場には出入りできなくなったという。

 ――民明書房刊「九州おもしろ伝統風俗」より抜粋――




 九州最大、そしてアジアでも有数の貿易都市として急拡大している博多の一角にその座はあった。
 宇佐八幡の管轄する新たな座、『博多座』は突如九州において発生した戦争に対してその商品、『証文』の売り買いに勤しんでいたのだった。
 さて、ここで証文取引の簡単な説明をしよう。
 この時期の多くの武士は土地から上がる収入で生活していた。
 とはいえ、生活における日々の支払いは常にあるものだが、収入源である米は年に一度しか取れない。
 かくして、商人に借金して秋の収穫物で支払うという契約が成立する。

 だが、商人とて無限に金を持っているわけではない。
 戦や天災で損を出し、手持ちの金では足りない事も多々あるのである。
 そんな時にこの証文を別の商人に割引して売るのである。
 売手は割り引いた事で現金と時間を買い、買手はその割引差分が利益となる。
 もちろん、証文売買ができる商人というのは、満期支払いが待てる時間があるほど銭がうなっている大商人に限られる。
 もっとも、

「博打に確実に勝つには胴元になるのが一番でしょ」

 と、設立時に珠姫がほざいた通り、ここでの売買には手数料がつき、その手数料は全て座の主人である珠姫の懐に転がり込むようになっていた。
 だが、世の中というのは時々副次的な効果を見落とす事が多い。
 珠姫が作った博多座に入れる者はその性質上西国でも豪商と呼ばれる大商人しか入れず、結果的にある種のサロンとして機能してゆくのだった。
 そして、博多座の茶席で茶を点てるというのが、商人にとってのステータス、茶人にとっての晴れ舞台となってゆく。

「この証文買ってくれ!」
「この証文売るで!」
「買った!」
「売った!!」

 博多座一階は基本的に誰でも出入りができるようになっており、そこは座のメンバー達が合同で出資した両替商がおかれている。
 交通が整っていないこの時期、遠方から来る出入りの商人の存在は情報源として必須であり、出入り商人達も小商いの証文も価値に応じて換金してくれるこの両替商を重宝していたのである。
 そんな売り買いを見ながら、一人の男が奥に向かって歩く。
 上品な身なりの男の先には二階に通じる階段があり、その前には屈強な男達が見張り出入りを制限している。
 ぺこりと男が頭を下げると、見張りの男達もその歩みを止める事無く、男はそのまま二階に上がる。
 そこが上流階級の世界という事だった。

 座主である珠姫は意図してなかったが、サロンというものは己の権勢を見せつけてコネを作る場所である。
 座に入った大商人達は競って、二階を己の権勢に相応しい空間に変えていったのである。
 大陸に近い事もあり、大陸風の美術品が溢れ、一級品の屏風や茶器が嫌味にならない程度に飾られていた。

「いらっしゃいませ。島井宗室様」

 珠がこの博多座につけた専属の高級娼婦、博多太夫が優雅に上がって来た島井宗室に一礼する。
 彼女は本来体を売る事が仕事ではあるが、この手のサロンで体を売っても二束三文でしかない。
 彼女が売るのは雅な空気であり、メンバー達が心地よく情報交換できる潤滑油であり、彼女の雇い主である珠姫がもたらす情報だった。
 彼女の下に数人花魁もつけられており、珠姫の博多における外交使節としても機能しているのだった。
 当然体だけでなく頭も一流で、彼女の前任者はここでの仕事の後、サロンのメンバーである商人の後妻に納まっていたりする。

「お手数をおかけしました。
 それで商いの方はいかほどに?」

 艶っぽい博多太夫の声にも揺れず、島井宗室は商人の笑みのままその成果を伝えた。

「そこそこ儲けさせてもらいました。
 姫様は最初から龍造寺は助ける算段だったんでしょうなぁ。
 太刀洗で戦が始まる前に、龍造寺の証文を買い漁れとは」

 それは、規模は小さいが毛利が行った大友への仕手戦の仕返しだった。
 謀反で暴落した龍造寺の証文を島井宗室は珠姫の命によって買い漁り、郵便制度が整っていたからこそ彼は太刀洗合戦前に動く事ができたのだった。
 その証文達は太刀洗合戦における勝利とその後の大友への和議成立をもって急高騰。
 珠姫と島井宗室に数万石分の巨利をもたらしたのだった。
 とはいえ、毛利が神屋紹策を使って行った対大友仕手戦で得た利益は数十万石に及ぶ。
 十万石しかない龍造寺と百万石を超える大友の差であるから仕方ないといえばそれまでなのだが。 
 つい数日前まで、下では大友の証文の大暴落が起こっていたばかりなのだから。 
  
「大友の証文を売るで!」
「もっちもや!八掛けで売るで!」
「待ってくれ!うちは七掛けで売るからうちのを先に買ってくれ!!」

 南蛮人の府内攻撃時、その最初の一報が『珠姫謀反』であった事から、大友および大友勢力の証文は豪快に叩き売られたのだった。
 その誤報が収まって南蛮人の攻撃であると分かり、一時は持ち直したと思った相場は太刀洗合戦の敗北で謀反鎮圧に時間がかかると判断され、底が抜けたように叩き落ちたのだった。
 最安値で五掛けの割引が行われていたのだから、市場というのは正直なものである。
 それが急転直下で龍造寺との和議が成立したので、今度は謀反鎮圧は時間の問題と皆が判断し急騰。
 ここ数日の乱高下に一夜にして長者になった者がいれば、博多湾に身投げした者もいる。
 このあたりの熱狂感は昔も今も変わらない。

「しかし、龍造寺で儲けさせてもらったとはいえ、神屋さんに府内の証文全部渡すとは姫様も剛毅ですな」

「時間がなかった事は姫様に代わってお詫びいたします」

 ひんやりと流れる空気の背景に、珠姫が毛利側の御用商人である神屋紹策に一任して復興資金を出させた事にある。
 珠姫が大友圏で意図した証文経済は、ただの紙に信用を付加させて流通させる事で、ある種の紙幣として機能し始めていた。
 だからこそ、その信用が揺らいでいる現在においてさらに証文を出しても、足元を見られると珠姫は判断したのだった。
 その点、毛利圏の経済というのは石見の銀山があるおかげで銀流通が整っている。
 皮肉にも毛利隆元の死後に崩壊した毛利家の経済的信用が毛利家発行の証文流通を阻んでおり、現物である銀をほとんど垂れ流して毛利家を運営していたのだった。
 だから珠姫は、ただの紙と比べてそのものに価値がある銀をまとめて仕入れる事で、物資の買い付けを円滑にし、大急ぎの復旧を目論んでいたのだった。
 とはいえ、経済規模で見たら毛利より大友の方が遥かに大きかったりする。
 既に大友の証文、特に小口証文は若狭や堺と取引がある事もあり、全国規模で流通が始まろうとしており、南蛮交易との絡みでマカオや大陸でもその価値が保障されていた。
 それが裏目に出て、仕手戦で毛利家に巨利を持っていかれる羽目になっていたが、毛利家は銀と米いう現物でしか経済を運営できず、年度毎の経済運営でしか対応できない。
 それに対して大友家は経済政策の長期目標を持ち、年度収支予告を商人達に公表し、証文による補正予算の策定等、柔軟な対応を行い、遊女を筆頭に金・硫黄・コークス・鋼・みかん・酒・茶・煙草など換金作物に不足する事は無い。
 事実、南蛮人の本拠府内攻撃という突発異常事態ですら証文が半値で耐えたと言うべきだろう。
 本拠が攻撃されて焼かれたなど、普通なら証文がただの紙に戻るほどの衝撃なのだから。
 それだけの信用力を作り出し、支えていたのが、珠姫だった。
 後に戦国期の経済について必ず珠姫の名前が出るのだが、彼女について面白い比喩が付く事になる。

「信用力において、大友の珠姫は歩く中央銀行だ」
 
 と。

 話がそれた。 
 博多太夫にちくりと嫌味を漏らした島井宗室とて分かってはいるが、神屋紹策に出し抜かれたと思ってしまうのは仕方の無い事だろう。
   
「姫様は恩を忘れぬ方です。
 島井様には引き続き、証文の商いをお願いしたいと。
 また小口なのでお手数はかかると思いますが」

 博多太夫の声に、銭の臭いを嗅ぎつけた島井宗室の目が鋭く光るが、顔は商人の笑みのまま。
 ほんのり香る白檀の香より、銭の香りはいいらしいと博多太夫は内心がっかりしながらも妖艶な笑みは崩さない。

「何処ですかな?それは?
 最近は物騒ですからなぁ。
 越前朝倉家や能登畠山家、越後上杉家、京の公方様など西国であるここでも耳にしますからなぁ」

 越前朝倉家、能登畠山家、越後上杉家は二つのキーワードで繋がっている。
 足利義輝と一向一揆である。
 京から越後に逃れた足利義輝は越後御所として上杉輝虎の元で政治的行動もおこさず、上野箕輪城長野業盛配下の上泉信綱と剣の勝負をしたりとのどかに過ごしていた。
 とはいえ、最上級の権威が転がり込んできた上杉家はこの権威を生かそうと試み、それ以上に義輝より諱までもらった上杉輝虎自身が、

「流浪の公方を御所に帰す事こそ我が義」

 と、燃えてしまい、関東ではなく北陸にその侵略経路を向けたのだった。
 間がいい事に、北陸を支配する一向一揆の本拠加賀と接する一向一揆不倶戴天の敵である越前朝倉家は、

「公方様が上洛するなら、安全な陸路で。
 一揆勢を叩くなら、我等も加勢する次第」

 と協力を約束。
 更に、一向一揆と親しい家臣団に手を焼いていた能登畠山家の畠山義綱もこれに同調。
 越前・越後・能登という三方同時攻撃に一向一揆勢は各所で寸断され、組織的抵抗ができずに追い詰められていたのだった。
 なお、この一向一揆攻撃の大義が上杉主張の『足利義輝帰還』であったが為に、それに同調した朝倉家の下で庇護されていた足利義秋がひっそりと織田家に走っていたりするのだが、そこまでは二人の耳には届いていない。

 そして、今の公方様として京に居る足利義栄は、かつての足利義輝と同じ立場に追い込まれつつあった。
 彼を擁立していた三好家当主三好義継と組んで三好三人衆の排除を狙ったが、失敗。
 三好義継、足利義栄共に三好三人衆に監禁されたが、その際背中に腫物を患っていた義栄はそれが悪化。病の床に伏せてしまっていた。
 このまま亡くなってしまうと京に将軍が居ない事態となり、その為に公方が出した証文はただの紙に戻るほどに叩き売られていたのだった。
 銭の話題で大商いができるこれらの家を島井宗室は思い浮かべただけに、博多太夫の口から出てきた想定外の名前に一瞬対応ができなくなる。

「肥後相良家と、日向伊東家ですわ」

「は?」

「どうかなさいましたか?島井様?」

「いえ。
 この二家の証文を買い漁れですか……」

 肥後相良家は大友家に従属している大名だし、日向伊東家は独立勢力とはいえ大友家から支援を受けている大名だ。
 そしてこの両家は、薩摩菱刈家を支援して対島津戦を共闘している。

(その証文を買い漁れという事は……)

 そこまで考えて、島井宗室は思考を一時止めた。
 それは、大友家御用商人として、目の前にクライアントが居るのに考えるのにははばかれる内容だったからだ。

(まるで、姫様はこの二家が負けると分かっているような……)

 図らずも、島井宗室の予感は現実のものとなる。
 龍造寺和議成立から十日後、薩摩国大口城近隣戸神尾の合戦にて菱刈・相良・伊東の三カ国連合軍が島津軍に大敗。
 菱刈家は島津家に降伏、滅亡する羽目となり、相良・伊東の両家も必然的に大友に頼る事になる。
 この時、相良・伊東の証文は珠が保有しており、珠は軍事・経済的の両方から島津戦に対しての指導をする事になる。
 それは、大友と島津が九州統一をかけて激突する事が確定した瞬間でもあった。
 なお、相良・伊東の両家が経済的には完全に大友に依存する事になり、両家を組み込んだ大友の証文は後に西国における基軸通貨としての地位を確立。
 そこからくる経済力とその経済攻勢に島津家は最後まで苦しめられ、大友家は島津家の尋常ではない軍事力に同じように最後まで苦しめられる事となる。



[5109] 大友の姫巫女 第七十話 義父と息子
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/06/23 01:08
 南蛮船 襲来から七日目


 人間、いつもの事をしないと落ち着かないというものはある訳で、それは現在珠姫と喧嘩中(というか、一方的にぶったたかれた)の毛利少輔四郎元鎮にもある。
 彼は武人たれと体を鍛えていたし、鍛えないと夜の珠姫のおねだりに耐えられなかったというのもある。
 だから、そのおねだりがないこの夜、寝るには目が冴え、書を読むには暗く、そして心乱れた現状で何かするわけでもないので、庭から出て素振りをしていたりする。
 上半身裸の肌には木刀を振る度に汗が浮き出て、月明りの中で木刀が風を切る音がただ響いていた。

 ……訳でもなく。

 彼が居るのは珠姫の居城たる杉乃井ではなく、大友家の本拠たる府内城、その二の丸にある大友一門の居住区である。
 という事は、珠姫の親である三人(父・母・養母)もここに居る訳で。

 夏の月 闇から喘ぐ 牝二匹
  せっかくだから 私も喘ごう

 珠姫ならそんな歌を詠みそうな駄目な音がしっかりと聞こえてきたりする。
 なお、昨日あたりまで、その闇からの喘ぎ声に珠姫もしっかり加わっていたあたりある種慣れもあるのだろうが、今の四郎よろしく心落ち着かせたい時の環境からすればあまり良くは無い。
 ならば、二の丸から出ればいいのではと思ったのだが、現在府内城は珠姫誘拐未遂の一件で人の出入りがえらく制限されていたりする。
 で、散々していたはずなのだが、自分がしていないのに他の人がしているのを聞くというのは『隣の芝生は青い』よろしくえらく妄想力を書き立てるものである。
 一心不乱に木刀を振っているのだが、目を閉じるとくぱぁな珠姫や、わんこな珠姫や、アヘな珠姫が目蓋に浮かぶわけで。

 だからこそ、あの時叩かれた涙目の珠姫をいやでも思い出してしまう。

「四郎。
 貴方の名前は何?
 仮にも、天下の毛利元就の血を引く者が、どうして、こういう事をするのよっ!」

 あの時、珠姫は泣いていた。
 遊女の恋を追い込んだ事ではない。
 そうなった四郎自身の男の器量に失望して泣いていたのだった。

「私が惚れた四郎って男は、こんなに器の小さな男じゃないのよっ!
 慕う女一人幸せに出来ない輩が、本命を幸せにできると思っているのっ!
 自惚れんじゃないわよっ!!」

 振っていた木刀が地面についてしまう。
 それをまた振り上げる気にもなれず、ゆっくりと手を離して重力に木刀の身を委ねた。
 からんと乾いた音が響く。
 自然と吐き出した息が長く、ため息の様に漏れるのを止める事ができない。
 これぐらいで息が上がる体ではないが、何かするという意欲がわかず、ため息をついて井戸に向かう事にした。



「誰だ?」

 井戸にはどうやら先客がいたらしく、その気配を確かめつつ四郎は木刀を構える。
 刀を持っていないが木刀でも足止めはできる。
 曲者なら派手に太刀回って騒いでしまえば、警戒中の二の丸なら必ず人が来るだろうと見込んでの事だ。
 だが、四郎の心配も杞憂に終わった。
 半裸の姿で水を浴びていたのは、この城の主である大友義鎮だったのだから。

「失礼いたしました。殿。
 先日の事もあり、警戒した次第で」

 臣下の礼を取って、四郎は義鎮に話しかける。
 そんな四郎を気にする事無く、義鎮は口を開いた。

「構わぬ。
 一度話をしたいと思っていた所だ。
 四郎。
 お主も水を浴びたらどうだ」

 そこまで言って義鎮は意地悪い笑顔を浮かべる。

「どうせ一人寝るだけなら付き合え。
 あれらもしばらくは二人で悶えるだろうからな」

 それが、比売御前と奈多夫人の事だと気づいて、さっきまでの嬌声を思い出して四郎は顔を赤くしてしまう。
 そんな様を見て義鎮は己の企みが上手く決まったので、上機嫌で四郎を手招きする。

「女というのも難儀なものだ。
 男は、子種を出せば我に帰るのに、女は構わず腰を振り続けるからな。
 二人まとめてする事で、休めるとは思わなんだ。
 何しろ、子種を独占しようと、相手を堕とすのに協力するからの。
 互いが互いを堕として、今頃互いの体を貪っているだろうよ」

「……」

 四郎が何を想像したか手に取るように分かり、その想像に顔を赤めるのが義鎮にとっておかしくて仕方ない。
 それでも躾けられた礼節を忘れないあたりはさすがと、義鎮は四郎をこっそりと採点してゆく。

「では、失礼しまして」

 四郎は義鎮の隣で水を浴びる。
 夏の熱さと体の火照りを井戸の水が火照った体を覚ましてゆく。
 しばらく無言で二人とも水を浴びていると、四郎は義鎮から声をかけられる。

「杉乃井での働き、大儀だった。
 あれからはそう聞いている。
 先の伊予の戦も鑑みて、知行を与えても構わぬがどうだ?」

 現在の四郎の大友家中の位置づけは客将という所だろうか。
 人質ではあるのだが、その才は惜しく、伊予では実家である毛利の同盟勢力相手に功績をあげている。
 それゆえ、大友家中の心無い陰口で『珠姫の妾』という評価できない立場にいるのだが、義鎮から知行を得て大友家直臣となれば話は別である。
 珠の中には四郎の子供もいるので、四郎も大友一門に組み込むと暗に告げた義鎮に対して四郎はただ静かに首を横に振って告げる。

「それがしが目立てば、家中の火種になるだけでなく、姫にも迷惑がかかりまする。
 できればこのままにて」

 その答えは想定していたのだろう。
 義鎮は体を拭きながら、あえて四郎の核心に触れてみる。

「解せぬな。
 一門として組み込まれ、大友の内部で蠢けば、毛利狐の思惑通りだと思うが?
 今回の一件でもそのまま見逃せば、今頃あれは吉田郡山の床で貴様の下に敷かれていただろうに」

 義鎮は珠が誘拐されかかり、それを四郎が防いだ事に違和感を持っていたのだった。
 大友の混乱こそ毛利が望む事。
 ましてや、四郎の子を孕んだ以上、大友の旗の下にいる必要は無いはずだった。

「それがしもそれを考えました。
 ですが、姫が笑っていられるのは、この豊後の地にて。
 姫の笑顔を奪ってまで、安芸に連れ帰る事を考えるのを忘れるぐらい、姫に入れ込んでおりまして」

 真顔で四郎は言ってのけた。
 だからこそ、父親として、大名として義鎮は次の言葉が自然と口に出てしまう。

「あれだけ共にいても、あれが読めぬか?」

 その一言に、臣下としてでなく、男として四郎は悔しそうに答えた。

「はい。
 姫の考えは底なしの沼のよう。
 その考えを理解しえるのは、殿以外でしたら我が父毛利元就ぐらいでしょう」

 それが四郎には悔しいのだ。
 四郎とて男である。
 惚れた女にいい所は見せたい訳で、ましてや毛利元就を父に持ち、毛利隆元、小早川隆景、吉川元春という優秀な兄を持ちその薫陶を受けた並々ならぬ武人である。
 だが、その彼を持ってしても、あの姫の考えが読めない。
 天真爛漫に振舞うかと思えば、遊女のように妖艶に誘い、かと思えば戦に政に女がてらに活躍する。
 その顔が忘れられない。
 初めて出会った瀬戸内での笑顔、吉田郡山城で夜盗に見せた夜叉、伊予侵攻時の壷神山での寂しそうな涙、褥で見せる妖艶な女の顔。
 その全ての顔に四郎は応えきれない。

「貴様らに何が分かる!
 あの姫の見ている物が貴様らに見えているというのか!
 それすら分からず、あの姫以外の女を見ろというのか!」

 杉乃井で四郎がこう叫んだのは義鎮は知らないが、四郎の悩みの種が分からぬほど義鎮は愚かではない。
 
「そうだな。
 少し昔話をするか」

 桶に水を入れて手ぬぐいをひたしながら義鎮はぽつりと呟く。
 四郎が何か答える間もなく、義鎮の口から出るのは惜別とも後悔とも付かぬ言葉だった。

「わしは父上に嫌われていたのだろう。
 可愛げのない餓鬼だった」

 四郎は言葉を返す事無く、義鎮の独白を聞く。
 そんな四郎を居ないかのように、義鎮も言葉を続けた。

「『何を考えているか分からぬ』父上の嘆きの口癖だった。
 あの時父上と何か分かれば良かったのかと思うと、否と答えざるをえなくてな。
 あの時の父上と心通わせていたら、きっとわしは父上に殺されていただろうよ。
 それほど、あの時の大友の屋台骨は軋んでいた」

 家督相続における朽網親満の反乱、大内との対立、他紋衆を中心とする豊後国人衆との対立、義鎮にとっては叔父にあたる菊池義武との対立を抱えた義鎮の父である大友義鑑は傑物ではあったが、義鎮以上に孤独な王でもあった。 
 本国豊後ですら安全とはいえず、身内をも信じられない義鑑の行き着いた道は己の独裁。
 そう考えると、義鎮を廃嫡して幼子でしかない塩市丸を後継にすえるという構想も納得が行くのである。
 そんな義鑑の心情を知っていたからこそ義鎮も狂い、この父息子の関係は大友二階崩れという最悪の結末を迎え、義鎮は父以上に血まみれとなる修羅の道をつき進むことになる。
 義鎮の言葉に四郎はわずかに頷くことしかできなかった。
 何しろ、彼の父である毛利元就も引退できずに、己の権力を保持せざるをえないほど拡大による歪みが生じていたのを知っていたのだから。

 『王は孤独である』

 それは偉大なる父親の後ろ姿を見ていた四郎にもいやでも思い知らされていた。
 そんな王の孤独を四郎の眼前にいる人物も、いやおうなく思い知っているのだった。
 多分、その位置に自ら進もうとしている珠姫も同じ孤独をすでに感じているのだろう。

「あれを、女と見るな。
 お前の父親と同じように見てみるといい。
 それで、あれの考えている事の半分は分かるだろうよ」

 ぽつりと漏らした義鎮の一言には、つい数ヶ月前まで互いに殺し合いを行おうとした父娘の関係の為か、恐ろしく実感が込められていた。

「わしも、わしの父も、家督を継ぐ時に大規模な戦をせざるを得なかった。
 あれが一時にせよ、そのまま継ぐにせよ必ず血は流れると心せよ。
 とはいえ、わしが生きている間はわしが血をかぶるつもりだが、あれの肌に返り血がつかぬ訳ではない。
 それを忘れないならば、貴様の立ち位置も定まるだろうよ」

 その一言で、四郎の中でうっすらとだが霧が晴れてゆく。
 珠姫が行っていた事を大名としてみたら、恐ろしいほど整合性がつくのである。
 何しろ、同じようなことを四郎の父である毛利元就もやっているのだから間違いない。
 と、同時に四郎自身の立ち位置の違いも否応なく思い知らされる。
 側室出の四男という生まれである四郎は、有力な一門かつ宗家を支える家臣としての振る舞いを徹底的に躾られた。
 そう。
 彼は武将としてはひとかどであろう。
 だが、大名としては何も心構えができていないし、その心構えを教えられてはいない。

 珠姫と立ち位置が違うのに、同じものが見えると思い込んでいたのが四郎の間違いであると今気づかされた。
 そして、だからこそ四郎の背筋が凍る。
 珠姫と同じ場所に立つというのは、大名としての視野を持てと。
 珠が浴びるであろう血を四郎もかぶれと義鎮は言っているのだと。

「俺は最も血にまみれた時、その血から守る女を失っていた。
 自棄になっていたんだろう。
 そんな思いだけはあれにはしてほしくない」

 四郎の心を見透かして義鎮は笑う。
 過去を思い出して、口調がさりげなく俺に変わっているのに義鎮は気づいていないらしい。
 そう。
 彼が血塗られた修羅道から引き返せたのも、失っていたと思った最愛の人を取り戻したからであろう事は四郎は理解できたのだった。

「さて、わしは戻る。
 まだ子種がほしくてあれらが待っているだろうからな」

 義鎮は立ち上がり、四郎の肩をぽんと叩く。
 それは、彼なりの不器用な激励なのだろう。
 後姿を見送ろうとして、四郎は不意に尋ねなければならない事を思い出す。

「殿。
 ちなみに、残りの半分は?」

 四郎のある種当然といえば当然の問いに、義鎮は振り向かずに答えを言い放った。

「知るか。そんなもの。
 女は魔物だからな」

 

 義鎮と分かれてからしばらくして、四郎は自然とある部屋に足を向けていた。
 それは、壊れてしまった遊女の恋が休んでいる部屋。
 じっとついていたのだろう。鶴姫が隣で恋の手を握り、代わりに見ていた侍女の夏が四郎に頭を下げた。

「恋殿は?」
「相変わらずじゃ」

 握った恋の手を放して、鶴姫は深くため息をつく。
 恋は寝ているか、人形のように動かない。
 それが、今の恋だった。
 そして、そのように恋を追い込んでしまったのは自分にあると四郎は思っていた。
 下の者は上だけを見ればいい。
 事実、四郎は人質という自分の立ち居地を分かっていたからこそ、珠だけを見ていればよかった。
 だが、上の者は下の全てを見なければならない。
 それは、四郎をはじめ、恋や鶴姫まで含まれる。
 珠姫は皆の幸せを考える。
 四郎と皆のどちらを取れと言われた時、彼女は躊躇わず四郎を切るだろう。
 それが、今になってやっと理解できた。
 そんな珠姫が恋をこのように追い込む訳がない。
 彼女は犠牲が必要なら、まず最初にその身を差し出す事を南予侵攻において四郎は知っていた。

「わたしは……愚かな事を……」
「愚かは、わらわじゃ。
 四郎殿に罪は無い」

 ぽつりと呟いた四郎の声を鶴姫は即座に力ない笑顔で否定する。
 その笑顔から鶴姫が献身的に恋の看護をし、彼女も疲れているのが四郎に見えて四郎はそれから先の言葉を続けることができない。
 そんな四郎に気づかず、侍女の夏が水を持ってくる。

「それは?」

「何も食べず、飲まずでは体が本当に壊れてしまいます。
 せめて水だけでも飲ませないとと思い、口移しで飲ませているのです」

「こうやっての。
 んっ……」
 
 四郎に夏が説明し、鶴姫は口写しで恋に水を飲ませてゆく。

「それがしもやらせてもらおう」
「え、ですが……」
「それがしにもできる事があるなら、させてもらいたい。
 恋殿。失礼」
「し、四郎殿!?」


 夏や鶴姫の返事まど待たずに、四郎は水を含んで口写しで恋に水を飲ませてゆく。
 ぴくりと体が振るえ、焦点の定まっていなかった目が驚愕するのを四郎は唇をつけたまま見ていた。

「し、四郎さ、さまっ!」

 体が弱っていた事もあって、恋の驚愕の声も震えて弱弱しい。
 だが、意識が戻らなかった事もあって、久しぶりに聞いた恋の声に四郎と鶴姫は驚愕しながらも安堵の息を漏らす。

「れ、恋殿っ!」
「医師を呼んでまいります!
 誰かっ!」

 慌てて夏が医師を呼びに行く。
 で、その当事者の恋はといえば、そのあまりに近い四郎の顔から逃れようと動かない体を動かそうとしているが、しっかりと抱きつかれた四郎から逃れる事ができない。

「良かった……
 本当に良かった……」

 その笑顔に恋が真っ赤になっているのを四郎は勘違いする。
 手を恋の額に当てて、自分が口移しで水を与える途中だったのを思い出す。

「熱が出ておる。
 恋殿。動かれるな……」

「!?」

 口移しで恋に水を飲ませているのだが、恋は身じろぎせずにその水を体内に入れる。
 顔が真っ赤になっている恋に四郎は見事なまでに勘違いをする。

「まだ体が弱っておるのだろう。
 無理をなさるな」

 やさしく恋を床につかせて、四郎は恋に土下座をする。

「恋殿。
 本当に申し訳なかった。
 われら侍の失態で恋殿にあのような無茶をさせて体を壊させるなど、己の未熟さを恥じる次第」

「い、いえっ!
 四郎様っ
 お顔をあげてくださいっ!!」

 そんな四郎の土下座を止めさせようとした恋は、台風のようにしがみついた鶴姫に邪魔される。

「恋!
 ほんにすまなんだっ!!
 わらわの短慮でお主をそこまで追い込むなど!
 ゆるしてくれっ!!」

 かっくんかっくんと恋を揺さぶり、泣きながら謝罪する鶴の姿は誠意はあるのだが、恋の目がくるくる回っているあたりはた迷惑以外の何者ではないような気がする。
 で、そんな混沌の部屋を更に混沌に追い込む最後の一人がこの部屋に登場する。




「あら、元気そうね」   




 何故か、部屋の温度が急激に下がったような気がした。
 その低く抑揚の無い声に、時も止まったかのように三人の動きが見事なまでに固まる。
 ゆっくりと三人は、その声のした部屋の入り口の方を見る。

「どうしたの?
 私の事は気にしなくていいわよ」

『ごごごごごごごごごごごごごごご』という擬音を背景に珠姫が中に入ってくる。
 なお、恋をかっくんかっくん揺さぶっていた鶴姫は今度は自らががくがく怯えて、つかんだままの恋もがくがく震えていたり。

「ひ、ひめ?
 いつからそこに?」

 極力、刺激しないように四郎が姫に声をかけるが、それが手遅れである事を冷酷に珠姫は告げた。

「え?
 寝付けなくて、ちょっとぶん殴ったのはやりすぎたかなぁって、謝るつもりで木刀を振っていたあたりから隠れて隙を伺っていたわけじゃないわよ。
 べ、別に四郎が恋に口づけしたからってムカついている訳じゃないから。うん」

 三人の顔が真っ青になるが、珠姫はそんな事気にせずに夜叉の笑みを浮かべたまま呟く。

「そっか。
 この感情を『嫉妬』って言うのね……
 それなりに人生送ってきたけど、悪くないわ」

 ぱっと、部屋に渦巻いていた重圧が解かれる。
 今度こそ本当に華のような笑顔で珠姫は恋の頬に触れる。

「良かった。
 心配したんだからね」

「ひ、姫様……」

 恋の目から涙がこぼれるのをぬぐってあげながら珠姫は言葉を続けた。

「本当に無理させてごめんね。
 本当なら、私がやらないといけない事をあなたにさせてしまったわ。
 そしてありがとう。
 恋のおかげて、杉乃井は救われたわ」

 で、しがみついたままの鶴姫と恋の額をあわせて珠姫はしっかり釘を刺すのも忘れなかったりする。

「けど、四郎は私のだから、簡単には渡さないからね」

 二人にしか聞こえないはっきりドスのこもった珠姫の宣戦布告に、二人して真っ青になりながらこくこくと頷く事しかできない。
 で、そんな事を言わなかったのごとく華やかな笑顔で浮かべて二人から離れたのは、夏が麟と医師を連れて入ってきたからである。

「じゃあ、ゆっくり休んでね。
 あ、四郎。
 ちょっといいかな?」

 麟に耳打ちされながら、珠姫は獲物を取るような目で四郎を射すくめ、四郎に選択肢などある訳がなかった。






 部屋から出た四郎はそこで先ほどとは違う殺気のこもった顔で笑いかける珠姫を見て、なんとなくだが義鎮を思い出していた。
 そう、奈多婦人が閨に彼を引きずって行く時と同じような顔をしていたなとなんとなく己の末路を悟ったのだが、珠姫はそんな悟りを開いた四郎を見てきょとんとする。

「四郎?
 どったの?」

「いえ。
 今にして殿の苦労が分かった次第で」

 怪訝な顔をした珠姫だが、四郎に麟から手渡された手紙を渡す。
 廊下の燭台にその手紙近づけて読み進むと、色ボケた四郎の頭も彼女が女では無く大名として四郎に接していたのに気づいて、武将の顔に戻る。

「日田鎮台からの急報よ。
 筑前御社衆、筑後太刀洗川にて龍造寺軍に敗北」

 手紙に書かれていたが、その事実を口に出すとその重みがいやというほど体にのしかかる。
 けど、それをあえて珠姫は言った。

「討伐軍では無くて?」

 その衝撃に打ちのめされかかりながらも、四郎は事実を確認する為に珠姫に尋ねた。 
 廊下を照らす蝋燭の暖かい灯りの中、唇に親指をつけて珠姫が呟く。

「まだ全部隊が原鶴に集まっていないわ。
 筑前御社衆は好きに使っていいと伝えていたから、先鋒に組み込んだのかも。
 それが敗れたんだと思う。
 とりあえず、詳報が朝までには入ると思うわ。
 父上にはこの報告は伝えた?」

 その声に答えたのは麟の声。
 さすがに、となりで回復した恋やそれを喜ぶ鶴姫に聞かせる話でもないので、必要以上に声を低くして話す。

「すでに、奥に人をやりました。
 加判衆にも人をやっております」

 麟の声に頷いた珠姫は四郎の方を向いて尋ねる。

「朝一にはこの件で評定を開くわ。
 四郎。
 必要なら後詰を杉乃井から出したいけど、削れる?」

 今の杉乃井を知っている将として四郎は事実を伝えた。

「無理です。
 先の忍びの件もあるので、むしろ足りないかと」

「分かったわ。
 龍造寺と講和します」

 即決に近い珠姫の決断に二人は驚愕するが、さすがに声を上げるわけにもいかずに、二人は口を押さえて珠姫を見つめる事しかできない。

「この勝利で大友討伐軍全体が崩れた訳ではないわ。
 勝ちを持って、必ず龍造寺は和議を申し入れてくる。
 あの鍋島信生がいるんだもの。
 勝ち進めて自滅なんて龍造寺はしないわよ。
 その方向で加判衆に根回しをして頂戴。」

「はっ」
「畏まりました」

 その根回しの為に麟が静かに去ってゆく。
 四郎も根回しの為に去ろうとしたら、珠姫に腕をつかまれる。

「あと一個、いい忘れていたわ」

 ほっぺたに何度も味わった珠姫の唇の感触が触れる。

「ごめんね。
 ちょっと私わがままだった」

 その一言に四郎は珠姫の唇を自分の唇でふさぐ事で返した。
 蝋燭の灯りに真っ赤になった珠姫の顔を見ながら、四郎は優しく珠姫の耳元にささやいた。

「そんな姫だからこそ、それがしは惚れたのです」


 

 その日の昼までには珠姫の読みどおり、龍造寺からの和議――実質的な降伏――が筑紫広門と、筑後柳川城主蒲池鑑盛から伝えられた。
 だが、先に珠姫の根回しが進んでいた事もあり、大友家中でも反対が多かった龍造寺の和議を珠姫は強引に推進し、これを成立に結びつけたのだった。
 その結果は劇的に現れる。 
 太刀洗で大友軍先鋒を相手に完勝してみせ、もっとも厄介だった龍造寺が屈するという事態に追随する謀反勢力がついに出る事は無く、何よりも博多を擁する立花鑑載が大友側への参加を決定。
 これで、謀反勢力の宗像と原田の分断は決定的となり、早期鎮圧への道筋が見えた事が大友勢の士気を高めていた。 

 そして、この南蛮人襲来からはじまったこの一連の戦も終幕に向かおうとしていた。



[5109] 大友の姫巫女 第七十一話 戦争芸術 戸神尾合戦
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/06/28 06:29
 珠姫は島津家を畏怖をこめてこう評したという。

「やつらの一番たちの悪いところは、戦場の勝利がそのまま戦争の勝利に繋がっている所よ。
 それまでどれだけお膳立てをしても、一回の敗北で全てをおしゃかにしかねない。
 やってらんないわね。
 あの『戦略級戦術兵器』は」

 その矛盾した言葉は、多数の血によって証明されていた。

 後に戦国最強とうたわれるほどの武力を有する薩摩国島津家が、この当時に保持していた兵力というのは精々数千でしかなかった。
 何しろ桜島という火山を抱え、火山灰降り積もる大地の国である。
 収穫が豊かとはとてもいえなかった。
 そんな土地に統治する事となった島津家は、内部分裂で弱体化していたのだが、先代島津忠良の代から飛躍を遂げる。
 分家筋の血だった島津忠良が本家筋を押しのけて家を継ぎ、薩摩半島の統一に向けて地場国人衆と血みどろの争いを繰り広げてその領土を広げ、その息子島津貴久は武勇の息子達を従えて薩摩統一の後一歩という所にまで駒を進めたのだった。
 そこで、宿敵である日向伊東家と対決する。
 その確執は長く、現在では日向国飫肥城をめぐって死闘を繰り広げていたのだった。
 この飫肥城の戦は島津側不利で推移している。
 というより、現在島津が抱えている三つの戦線全てで苦戦を強いられていたのである。
 対相良・菱刈を相手とする、肥後戦線。
 対伊東を相手とする日向戦線。
 対肝付を相手とする大隈戦線。
 この三方面を相手にするのは、統一寸前とはいえ薩摩一国の国力では到底無理だった。
 そして、それを仕掛けたのが九州随一の大大名、九州探題大友家の長女、珠姫である。

 彼女は、いずれ行われるだろう対島津戦に置いて、過剰とも思える準備を行っていた。
 一家が島津に当たるのでは無く、近隣諸侯の三家(菱刈・相良・伊東)を甲斐親直に依頼して同盟させたのは珠の仕掛けだった。
 元々、菱刈と相良は縁戚関係であり、相良と阿蘇は同盟を結んでいた。
 相良と伊東は真幸院を抑える北原氏継承問題から対立していたのだが、島津家の飫肥城攻撃が佳境に入っていた伊東と、島津家が侵攻していた菱刈支援で横槍を受けたくない相良の利害が一致したのである。
 それを軸に同盟を作り上げた甲斐親直の才も見事だが、彼に全権を任せながら伊東家家中に金と女をばら撒いて交渉を支援した珠姫もえげつない。
 彼女の支援はそれだけではなく、伊東家とにとって縁戚でもある土佐一条家の名前を使って伊東家に雑賀鉄砲衆二百人を送りつけていたりする。
 更に、伊東家や相良家には銭と米の支援までしており、菱刈家に何かあった時に即座に兵を出せるように整えさせていたのだった。
 菱刈家が動員できる兵は二千。
 相良・伊東家とも千を出し、四千で島津を防ぐという構想は、島津にとって本当に都合が悪かったのだった。
 繰り返すが、この当時の島津軍の動因兵力は数千でしかないのだ。
 それだけではない。
 これだけの包囲網を敷いておきながら、彼女は決して防衛以外の行動を取らせるつもりは無かった。

「戦う必要は無いでしょ。
 あくまで脅しよ。脅し。
 初動でこれだけの兵が出てきたら、島津だって無茶な戦はしないわ」

 この言葉を言い放った珠姫本人がまったく信じていなかったが、言い放つだけの理由が一応はあったりする。
 菱刈氏が支配する大口地方は盆地であり、少数の兵しか進めない峠道を塞いでしまえば天然の要塞と化すのである。
 ならば、島津が峠を押さえる前に大兵でその少数の兵を潰してしまえばいい。


 それを完膚なきまでにひっくり返してしまったところが、島津の島津たる所以なのだが。


 皮肉にも、始まりは大本の仕掛けを作っていた珠姫側だった。

「珠姫謀反!
 府内で合戦し府内を焼くも敗北。
 宇佐に逃亡して再起を図る」

 この一報が薩摩に飛び込んできたのは、府内が南蛮船の襲撃を受けてから三日目の事。
 この報が遅れたのも、甲斐親直が肥後領内で関所を止めて情報規制を敷いたからであり、それが誤報であるという報告とともに肥後の沈静化に繋がったのだった。
 だが、敵国である島津の間者は関所を迂回し、山中を踏み分けて薩摩に舞い戻った為に、誤報である事を知る訳もなかった。

「事の真偽はどうあれ、豊後で何か起こっているのは間違いない。
 ならば、南は手薄になるだろうよ」

 そう言って、一言で事態を看破したのは隠居していた島津忠良。
 一門・重臣を集めた評定の席で淡々と話す彼の口を邪魔する者はいない。

「肝付は内部で島津派と伊東派の暗闘が起こっている。
 伊東は飫肥から目を離せない。
 ……後は分かるな」

 忠良に話を振られたのは、現当主である島津貴久。
 優れた息子たちと同じく、父忠良の信頼も厚い彼は当主としてその決定を下した。

「これより、菱刈を攻めて薩摩を統一する!
 島津の悲願である薩摩の統一、大隈、日向の統一はこの一戦にあると思え!」

「はっ」

 貴久の声に皆が一斉に頭を下げる。
 この即決が選択肢として正解だったゆえに、動員から速攻に至るまで菱刈・相良・伊東の三家同盟軍は翻弄され続ける事になった。


地理説明


       ↑肥後



←出水
             凸大口城
      ▲羽月城

                凸馬越城

                      →日向
         戸神尾
         

         堂ヶ崎



       ↓鹿児島

黒 島津軍
白 菱刈軍


 翌日、珠姫謀反が誤報で、南蛮人の攻撃であると薩摩に伝わった時、島津軍先鋒は大口盆地に侵入していた。
 島津義虎率いる兵数百が出水から進入。
 島津軍が付城の羽月城に入城する段階でも、『珠姫謀反』の誤報に踊らされた菱刈側は兵を集めきれていなかった。
 だが、島津軍はそこから進撃を停止する。
 羽月城と大口城・馬越城の間には日本有数の荒れ川である川内川の支流が幾本にも流れていた。
 そもそも、この大口盆地そのものが川内川の支流によって作られた盆地であり、夏の水量多いこの川達が双方にとっての堀となって戦を阻んでいたのだった。
 この島津軍の進撃停止を見た菱刈隆秋は兵を集め、相良と伊東両家に援軍を求める。
 一方の島津軍も兵を集めてはいたが、大隈方面の肝付や日向飫肥城の動向が掴めずに、兵を出せる状況ではなかった。
 後に相良家からの援軍が大口城に到着。
 伊東家からの援軍も馬越城に着くが、珠姫が用意した雑賀鉄砲衆は日向飫肥城攻めに用いられてこちらには来ていなかった。
 とはいえ、兵力差は四千対数百と圧倒している。
 菱刈隆秋は領土拡張の野心もあって羽月城攻めを提案するが、相良軍の将赤池長任と伊東軍の将伊東祐安はそれを断っている。

「無理して敵を叩く必要は無いのでは?」

「左様。
 周囲に敵を抱える島津に、長期の対陣はできませぬ。
 大友から銭も米もたんまり貰っているし、このまま敵が退くのを待てば、自ずと勝ちが転がってこよう」

 ここでも、太刀洗と同じ、いやそれ以上に悪い命令系統の欠陥が露呈する。
 何しろ大名同士の同盟だから、どちらが上になってもしこりが残る。
 それが露呈しなかったのは大大名大友家という要があり、その要をしっかりと支えられた甲斐親直の存在があってこそ。
 それが、片や大友家は龍造寺・原田・宗像の謀反に追われ、手綱を握っているはずの甲斐親直もその討伐軍参加が決定し筑後国原鶴に兵を進めている最中だった。
 これでは、機能するはすが無い。

 もちろん、この様をスポンサーである珠姫は予測していたので、ちゃんと手紙を菱刈・相良・伊東のそれぞれの家に送りつけていたりする。
 その文面からは、よほど島津を怖がっているのがありありと分かる。

「いい、絶対に攻め込まないでね!
 あくまで、菱刈の防衛だけ考えていればいいんだから。
 間違っても絶対に島津と戦を起こそうと考えないように!!」

 自重を求める手紙なのだろうが、今の状況においてどうみても、某鳥類の名前のついたリアクション芸人の言う、

「押すなよ!絶対に押すなよ!!!」

 にしか彼らには見えなかったのだった。
 それでも、川内川支流である羽月川をはさんで双方相手の動向を必死に探っていたが、数日後、衝撃が走る一報が届く。

「筑後国太刀洗にて大友軍が龍造寺軍に敗北」

 三カ国連合にとって悪夢といってよかった。
 大友が筑前・筑後・豊前という北方の戦にはまり込めば、はまり込むほど南方は軽視される。
 それは、大友という要によって組み立てられた三カ国同盟が、瓦解しかねない危うさを孕んでいたのだった。
 何しろ戦国の世で、裏切り裏切られは必然である。

 そして、この混乱を間者によって島津側はほぼ完璧に掴んでいた。   
 何しろ兵数で勝ち、攻め込まなければ羽月川が堀の役目を果たしてくれている。
 篭城用の兵糧もたっぷり、おまけに銭まであるのだから、三カ国同盟軍は完全に気が緩んでしまっていた。
 で、そんな気の緩みに土地の遊女と称して島津の女間者は潜り込み、情報入手だけでなく、誤報までばら撒いたのだった。
 曰く、

「島津軍は兵を強引に羽月城に入れたので、兵糧が不足している。
 近く、堂ヶ崎方面から荷駄隊が羽月城に入る」

 と。

 物見を派遣してみると、確かに堂ヶ崎方面から島津軍の荷駄隊が羽月城に向かっているのが見えた。
 ついている兵は少数で三百程度しかいない。

「この荷駄隊を叩く。
 我等だけで結構」

 同盟軍内部の温度差に苛立っていた菱刈隆秋はそう言い捨てて出陣すると、さすがに篭ったままでは悪いので相良・伊東両軍も出陣する。
 彼らは知らないし、知るつもりも無い。
 この少数の荷駄隊を率いていたのが島津義弘である事を。

 かくして、彼らは罠に自らはまった。



地理説明


       羽月川
        ■    凸大口城
        ■
 ▲羽月城   ■
山山山山    ■   B
山山山山    ■
山山山山①   ■ A  C
        ■
■■■■■■■■■■■■■■川内川

島津軍
① 島津義弘  三百

三カ国連合軍
A 菱刈隆秋  菱刈軍 二千
B 赤池長任  相良軍  千
C 伊東祐安  伊東軍  千



「敵は少数ぞ!
 蹴散らせ!!」

 菱刈隆秋の号令の元、菱刈軍二千が襲い掛かる。
 増水している羽月川だが、敵が少数で菱刈軍が地元という事もあり、無事に渡河して島津軍に襲い掛かった。
 
「放てぃ!」

 島津義弘の号令の下、鉄砲の轟音が戸神尾に響き渡る。
 『繰抜』と呼ばれる島津の鉄砲武者による交互射撃が菱刈兵を打ち倒してゆく。
 とはいえ、多勢に無勢である以上島津軍は押されてゆき、菱刈軍は更に攻め立ててゆく。
 
「荷駄を捨てて羽月城に逃げ込め!」
「島津軍を城に逃がすな!」

 島津義弘の号令の下、島津軍は荷駄を捨てて羽月城に逃げ込もうとする。
 その壊走ぶりに、控えていた相良軍も羽月川を渡り、島津軍の逃げ道を塞ごうとする。

「城にも逃げ込めぬか!
 川内川に沿って落ち延びるぞ!」

 相良軍が羽月城への逃げ道を塞いだ事によって、島津軍は羽月城へ逃げ込むのを諦め、川内川沿いに落ち延びようとする。
 この時点で、味方の勝利を確信し、『何もしなかった』と非難される事を恐れて伊東軍も羽月川を渡る。
 そして、追い討ちをかけ、功績を狙おうと隊列を崩して追っていた菱刈軍の横合いを、轟音とともに島津軍の伏兵が殴りつけた。


地理説明


       羽月川
        ■    凸大口城
        ■
 ▲羽月城   ■
山山山山 ②  ■
山山山山 B  ■
山山③山    ■ 
① A C   ■
■■■■■■■■■■■■■■川内川


島津軍
① 島津義弘  三百
② 島津義虎  数百
③ 川上久朗   百


三カ国連合軍
A 菱刈隆秋  菱刈軍 二千
B 赤池長任  相良軍  千
C 伊東祐安  伊東軍  千



「伏兵かっ!
 うろたえるなっ!!」

 馬上から菱刈隆秋が叱咤するも、隊列を崩していた事もあって菱刈軍は統制が取れない。
 しかも、この伏兵は島津義弘配下の川上久朗率いる精鋭の百人で、悪辣にも鉄砲を馬上の武者に絞って撃ったのだった。
 馬上武者は多くは侍大将が多く、この射撃で菱刈隆秋が馬を撃たれて落馬したのが大混乱の始まりだった。
 何しろ片側が山で、もう片側が川内川だから逃げる場所が無い。
 大兵が役に立たないし、大将が落ちたから命令が出ない。
 しかも、三家連合で誰が総大将なのか決めていなかったから、誰の命を聞いていいか分からない。

 かくして菱刈軍は大混乱に陥った。
 この時を島津義弘が逃すわけも無く、菱刈軍に切り込んで行き、次々と菱刈軍は屍を晒していった。
 そして、後に島津のお家芸となる釣り野伏の原型ともいえる横槍が連合軍に襲い掛かった。

「羽月城から島津勢が!」

 図ったように羽月城から打って出た島津義虎が相良軍に襲い掛かる。
 赤池長任は警戒を怠っていなかったが、島津義弘の壊走を見ていた事もあり、その後の急転直下の菱刈勢大混乱についてゆけず、島津義虎の攻撃にまったく対処できなかった。

 そして、一番悲惨だったのが伊東軍である。
 菱刈軍の壊走に巻き込まれて混乱した挙句に、隣の相良軍も崩れた結果裏崩れを起こしてしまったのだった。
 この時点で、三家連合軍は四分五裂の大混乱に落ちいっていた。
 そして、島津の隠されたお家芸もこの戦場で花開く。
 島津の戦は死亡率が他の合戦と比べて格段に高い。
 その死因第一位は水死であった。

「助けてくれ!
 足が……溺れ……」

 混乱して退却しようとする三カ国連合軍の敗残兵に、水量豊かな羽月川が容赦なく襲い掛かった。
 普通に渡るのにも注意が必要な荒れ川を、混乱して逃げている将兵達がどうして無事に渡れようか。
 華美な鎧をつけた騎馬武者が馬もろとも流れに飲み込まれ、胴丸だけの足軽が深みにはまってそのまま沈んでゆく。
 残った者達も討ち取られるか、武器を捨てて降伏するかのどちらしか選択肢は残されていなかった。

 大口城に辛うじて帰り着いた菱刈隆秋は、残った兵が百を切っていた驚愕の大敗北に降伏を決意。
 城を囲んでいた島津軍に向けて門を開けてその軍門に下った。


 そして、相良・伊東両家もこの大敗北に愕然とする。
 かろうじて大将は帰る事ができたが、双方とも兵は半数を切り、その殆どが戦で討ち取られたのではなく、羽月川で溺死したか、渡ったはいいが力尽きて倒れたか、その弱った体を落ち武者狩りに襲われたのだった。
 三家連合軍、合戦参加兵力四千。
 その損害は三千を超え、三千の内千人は羽月川の藻屑となった者達である。
 一方の島津勢だが、連合軍を誘い出して攻撃を受け止めた島津義弘隊三百の内、百人の損害を出し、横槍となった島津義虎と川上久朗隊も数十名程度の損害を受けるに留まった。
 こうして、島津家は薩摩を統一する。

 だが、その統一の余韻も『まるで知っていたかのような』珠の支援によって頓挫する。
 相良家に送られた元御社衆(元職が盗賊や夜盗)の千人が、島津との国境沿いで暴れて島津は占領地である大口の統治に腐心せざるをえなくなる。
 もちろん、この動きを島津は当然把握していた。
 肥薩国境で暴れまわる盗賊や夜盗を根絶やしにしようと潰し続けるが、珠はそれを上回る数の傭兵を島津領に送り続けたのだった。
 なお、この時から始まった珠の御社衆薩摩派遣において、薩摩からの帰還率は常に半分を超える事はなかったという。

 更に、島津の脅威を肌で感じていた大隈の名家たる肝付家で内紛が起きて、親島津から反島津へ転向。
 それを決定付けたのは珠から肝付に送られた大量の銭だった。
 この肝付の転向によって飫肥城は孤立無援となり、雑賀鉄砲衆を含めた伊東軍の猛攻によって開城。
 伊東家は大口での敗北を取り戻す勝利によって一息つくことができたのである。



戸神尾合戦

兵力
 島津軍       島津義弘  四百+数百
 三家連合軍     菱刈隆秋     四千

損害
 島津軍             二百以下(死者・負傷者・行方不明者含む)  
 三家連合軍           三千以上(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死

 なし





 作者より一言。


 島津チートを書こうと思ったら、史実が既にチートだった。
 何を言っているか分からなければ、『木崎原合戦』や『耳川合戦』や『沖田畷合戦』を検索してみよう。
 作者は最初これらを見た衝撃をいまだ忘れる事ができません。 



[5109] チラ裏一発企画 次章の予告を映画予告風に作ってみた
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/07/03 14:04
「娘よ。
 孫の祝いを受け取るがいい」

 その報を指し手の一人は月山富田城を眼前に呟き、

「チェックメイトよ。
 おじいさま」

 もう一人の指し手は府内の復旧する町を天守から見下ろして吐き捨てた。




――西国の覇者を決める戦は、本当の大将無しで始められた。
 だから、人が駒のように動き、駒のように死んでゆく。
 そこに、倒れる死体や流れ出た血で染まる大地を指し手は見る事無く――




「やっと始めおったか。
 正行。お主には働いてもらうぞ」

「では、西へ?」

 同じ才を持つ若者に、老いてもなお知略盛んな謀将は凄みのある笑みで言い放った。

「東だ。
 織田の若造に話をつけてこい」




――西の戦に天下が動く。
 誰もがその戦を注視する――




「猿。
 ありとあらゆる手を使って、この戦を集めろ。
 何が起こったかを全て俺の所に持って来い」

「はっ。
 で、殿はいかがするので?」

 そう問うた猿顔の重臣を睨み付けて殿と呼ばれた男は笑う。

「出迎えるに決まっていようが!
 新しき公方と共に、京でな」




「一月、かの地で持ちこたえてもらいたい。
 分かっていると思うが、この戦次第で月山富田の……」

 船団を眺めながら、若武者は水軍大将乃美宗勝の言葉を遮った。

「分かっている。
 ところで……」

 浮かんだ笑みは自然体で、高野監物を討ち取った自負も見せずに淡々とその事を確認したのだった。


「戸次鑑連。
 討ち取ってしまっても構わないのだろう?」




――毛利軍先鋒、筑前国芦屋に上陸――




 その報を聞いた雷神と称えられし男は、ただ地図の芦屋を指して全軍に進撃を命じた。




--島津が龍造寺が長宗我部が、全ての大名達がその戦を注視する。
 戦の規模、外交・謀略、経済から軍事衝突……
 明らかに他の戦とかけ離れたこの西国の一連の戦を、後の史書は『戦争芸術』と名づけた――



 大友の姫巫女 戦争芸術 終章 宗像合戦 開幕



――乱世はまだ続く。
 だが、その終わりの始まりは、今、この戦から始まる――





 作者より一言。

 書いても書いても終わりが見えない作者です(泣)。
 で、自身の情報整理をかねて、話を映画予告風に一部公開。

 この展開に驚いてくれたら私の勝ちです。



[5109] 大友の姫巫女 第七十二話 戦争芸術終章 舞台裏 その一
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/07/16 11:28
筑前国 二日市遊郭 

 集まっていたのは、数千の兵。
 だが、その兵達の殆どは大友家の兵ではなかった。

「皮肉なものですな。
 勝った者、負けた者、傍観した者が同じ席で軍議を行うとは」

 そう自嘲したのは敗者だった岩屋城代である怒留湯融泉。
 今回の戦の監督を任されたはいいが、己の手勢に今回も役に立たないだろうかき集めた御社衆を足した千五百を率いて、背後の宗像への警戒に当たる羽目に。
 しかも監督する面子を見たら腐りもしよう。

「自らを貶めなさるな。
 此度の一件では、御咎めを下された訳ではないのですぞ」

「左様。
 論功は全て終わってから。
 『先の敗北はこの度の勝利で取り消せばいい』とのお達しをお忘れ無く」

 腐る怒留湯融泉を、勝尾城主筑紫広門と立花山城主立花鑑載がとりなすが、三人の視線の前には太刀洗合戦の勝者である鍋島信生が仏頂面で地図を睨んでいたのだった。
 龍造寺との和議が成立した後、大友軍は筑前高祖城の原田了栄(出家前は隆種)を攻める事を決定。
 謀反を起こした三家中、一番小さい原田を潰すのに先に和議を結んだ龍造寺、太刀洗合戦で不手際を問われた筑紫、今頃になって態度を表明した立花と問題ある家に任せる事にしたのだった。
 何しろ、戸次鑑連率いる討伐軍は今だ原鶴の地に留まっている。
 これらの家が何かしたら即座に潰す準備は整っているので、彼らも不審な動きをする訳にはいかなかったのだ。
 手勢千と共に高祖城に篭っている原田了栄に対し、

 大将 怒留湯融泉  千五百
    筑紫広門    五百
    立花鑑載    三千
    鍋島信生  二千五百

    合計    七千五百

 という圧倒的な兵力で攻め込む為に、博多近郊の二日市遊郭に集結していた。
 中でも大規模な兵を持ってきたのは、龍造寺家で、

「大将である龍造寺隆信が出るか、龍造寺領の兵全部持ってくるかのどちらか好きなのを選んで」

 という珠姫のオーダーによって、動員兵力を全て持ってきていたりする。
 さすがに、大将が出向いた結果謀殺されかねないと龍造寺家中も心配して、派兵できる最大戦力を持っての出陣である。
 もちろん、それを率いる大将は鍋島信生しかいない。

「隙あらば、裏切れ」

 とは主君龍造寺隆信の命だが、出陣準備の段階で既に珠姫の謀略の糸に絡め取られていた事を彼らは思い知るのだった。
 何しろ、今回の出陣は各家の自腹である。
 もちろん、原田領を攻め取ればそこから恩賞が与えられるのだろうが、龍造寺の場合は既に功績を立てないと知行を削減する旨を伝えられている。
 そして、出陣の為の兵糧や弾薬、荷駄に人足に至るまで全て用立てた島井宗室(の背後にいる珠姫)の請求は龍造寺については他家より割高で設定されており、他の商家を探そうとしても、

「姫さんの目があるので勘弁してください」

 と断られる始末。
 この事態にはじめは隆信も信生も楽観視していたが、肥前商人ですら龍造寺を断る事態に二人して顔が真っ青になる。

「俺は、誰に喧嘩を売ったかはじめて思い知った。
 しかもその喧嘩、えらく高値で買われたらしいな……」

 隆信の狂気すら打ち砕く容赦ない銭攻めに信生も打つ手が無く、今回の出征で龍造寺は蓄えだけでは足りず、莫大な借金を背負う形となった。
 そして、その借金の担保は龍造寺の知行なのだから、勝っても負けても龍造寺はとんでもない事になる。
 だからこそ隆信の「裏切れ」発言なのだが、ここで裏切ったら今度こそ龍造寺は原鶴の大友勢に蹂躙されるだろう。
 かくして、龍造寺の生き残る唯一の手段は原田攻めで大功を立て、珠姫に取り立てを控えてもらうしかない。

 こうして二日市にやってきた龍造寺勢を出迎えたのが、九州南部で発生した戸神尾合戦である。
 この合戦では大友が直接関与をした訳ではないが、親大友勢力の大敗は日向と肥後の国人の動揺を招き、太刀洗に続く敗北に大友は早急な勝利を求めていたのだった。

(せめて戸神尾合戦の報が、太刀洗合戦の直後に来ていれば……いや、戸神尾合戦の後に動けば良かったか……
 いや、府内の騒動に派生してだろうから、戸神尾の報がきてからでは遅い。
 考えても詮無き事か……)

 そんな内心を顔に出さず、鍋島信生は諸将を前にこう言い切った。

「此度の戦、我等龍造寺のみで行う所存。
 どうぞ、諸将の皆様は高みの見物をしていただきたい」

 その淡々としつつも傲慢極まりない物言いにさすがにカチンと来たのか、立花鑑載が毒を吐く。

「大変ですな。
 お家の一大事にある家は」

「勘違いしないで貰いたい。
 まだ宗像が残っているではござらぬか。
 原田ごとき雑魚は我等で十分。
 宗像という大魚で思う存分手柄を立てられれば良かろう」

 立花鑑載の吐く毒程度で鍋島信生の鉄面皮は崩せない。
 残る謀反勢力で原田は精々三万石程度、宗像は六万石の知行を持つ。
 ましてや、龍造寺の窮状は諸将に広く知れ渡っていて、原田を攻め落としてもその知行は龍造寺に流れる事はまずない事まで知られていたのだった。

「だが、まだ宗像攻めの命はきておらぬが?」

 控えめに筑紫広門が口を挟む。
 病死(という事になっている)した先代惟門の毛利内通、龍造寺との単独和議を大友に責められたこの家も、功績を立てなければ危ないと自覚はしていたのだった。

「宗像が考えるのは、我等が兵を原田に向けた時にその背後を突く事だろう。
 よって、犬鳴峠と見坂峠に兵を置いて警戒し、即座に動けるようにする事こそ肝要では」

 鍋島信生の見立てが正しいがゆえに誰も口を挟むことができない。
 ぽつりと、怒留湯融泉が口を開く。

「まさかと思うが、原田攻めで罪が贖えると思ってはいるまいな?」

「わが家の窮状はご存知のはず。
 できれば、原田だけでなく宗像すらもわが家のみで滅ぼしたいぐらいで」

 さすがにここまで言い切られると諸将も苦笑せざるを得ない。
 かくして、原田攻めは龍造寺が先鋒、筑紫と御社衆の一隊が二陣となり、立花は宗像への警戒、怒留湯融泉は後詰として二日市で待機という陣立てが決まったのだった。




 数日後 高祖城郊外 龍造寺陣所

 高祖城を囲んだ龍造寺軍はそのまま城攻めを敢行。
 既に下の城は落とし、上の城に追い詰められた原田軍は必死の抵抗を続けていた。
 とはいえ、思った以上の城攻めの進行に皆浮かれ、夜の闇が降りているのにかがり火を盛大に炊いて明日の戦に備えていたりする。

「下の城があっさり抜けるとは……大筒は城攻めにおいて恐るべき力を見せるかもしれぬ」

 龍造寺五虎将の一人、戸田(百武)賢兼がぽつりと原田が篭る山頂の山城を眺めながら呟く。
 かの城も奇襲を避ける為にかがり火を盛大に炊いているから、こんな夜でも城が見えているのだった。
 彼ら龍造寺五虎将もこの戦に全員参加していたが、下の城が落ちたのは龍造寺軍の猛攻では無く、珠姫の指示で岩屋城からはずされた大筒の威力のためである。
 大陸から持ち込まれた佛狼機砲五門を御社衆につけて原田戦に投入。
 杉乃井戦で問題となった大砲の欠陥についての改善案も兼ねての実戦投入だったのだが効果は絶大で、高祖山の麓にあった下の城と呼ばれる居住区や屋敷はこの砲撃で壁や板が崩れ、何よりも轟音の連打で守備兵の士気が崩壊して、砲弾の届かない上の城に逃げ出したというのが真相である。
 
「だが、上の城は大筒が届かぬ。
 ここからがわれらの仕事よ」

 同じく龍造寺五虎将である江里口信常が胸を叩いて鼓舞する。

「とはいえ、下の城を抜いたのだから囲んで、向こうが根を上げるのを待つのがいいのでは?
 死兵と化した原田をこれ以上攻めるは、我等も無視できぬ手傷を負うかもしれぬ」

 成松信勝が慎重論を唱える。
 鍋島信生の見立てどおり、原田攻めで宗像が隙を突くのならばそろそろ動いてもいいはずである。
 原田攻めで多くの損害を出すと、後の宗像攻めに対応できないから言ったはいいが成松信勝もその心中は揺れていた。

「考えても仕方あるまい。
 追い詰めてはいいが、そのまま原田を残せば今度は原田に背後を突かれる。
 損害は覚悟でここは潰してしまうべきかと」

 円城寺信胤がため息を吐きつつぼやく。
 大兵を集め、大筒という新兵器を投入しての戦だが、常に二両面作戦を意識せずにはいられないので将兵ともいつ挟まれるか気が気でないのだった。
 だからこそ、原田を潰してしまえという意見が自然と主流になる。何しろ人は不安時には強硬な意見に流れるものである。

「で、御大将はどうする腹積もりで?」

 木下昌直が鍋島信生の方を見て決断を促すが、信生はそれに答えずに、その日の軍議はそのままお流れとなったのだった。




 その夜遅く、陣内の宴を避けるように鍋島信生は一人陣から出て、筑紫陣に入る。
 筑紫陣も、酒に女に博打とにぎやかな事この上ないが、これも戦の光景であるため鍋島信生はあえて何も言うつもりは無かった。

「お待たせしました。鍋島殿」

「お構いなさるな。帆足殿。
 先代のお悔やみも言えず、申し訳ない」

「構いませぬ。
 これも戦国の世ゆえ」

 病死と届けられた筑紫惟門は、実は自ら腹を切ったのである。
 筑紫惟門の死をもって全ての罪を彼に押し付けたからこそ、筑紫は逃げきる事ができた。
 そして、筑紫との和議を担当した鍋島信生だからこそ、筑紫のからくりを全て見透かしていたし、彼を死に追いやった罪悪感もあったりするがそれはこの場の本題ではない。

「毛利の後詰が来ます。
 芦屋に、数日中には」

 国人衆はその所領の小ささゆえ常に勝ち組につこうとし、だからこそ彼らの情報網は恐ろしいほど発達している。
 筑紫惟門が持っていた毛利とのパイプは、全て帆足弾正に引き継がれていた。
 だからこそ、この事態の急変を告げる報告も耳に入ったのである。
 毛利側とすれば、各地で反大友勢力が蜂起すればするほど上陸が楽になるからである。

「規模の方は?」

「数千は確実。
 あと無視できぬのが、豊後の騒動の隙に寺に幽閉されていた秋月種実が逃げ出したと」

 秋月種実。
 彼が旧領に帰れば、一騒動起こるだろう。
 珠姫も、新領主となった田原親宏も善政を敷いてはいたが、世の常として勝ち組と負け組は必ずおり、その負け組の一発逆転の旗頭に祭り上げられるだろうからである。
 そんな事を鍋島信生が考えているとは知らずに帆足弾正は続きを話す。

「それに、麻生も揉めている。
 あそこは領地が門司にも宗像にも近すぎる。
 大友と毛利の二派に別れているから、毛利の後詰が着いたら火を噴く」

 麻生隆実は場所が場所ゆえ、大内家、そしてその後を継いだ毛利家と縁が深いが、門司合戦以後の毛利勢力の衰退を見ながら少しずつ大友に舵を切り始めていた。
 とはいえ、内部の統一など反大友傾向の強い宗像が隣にある事もあり、まとまらずに統一行動が取れていなかったのだった。
 
「太刀洗、戸神尾の連敗がこうも効くか。
 思った以上に大友は揺れていると見える」

 既に大友側に付かないと明日が無い現状ゆえ、鍋島信生も愚痴をもらしてしまう。
 ぱちぱちとかがり火の音を気にしながら、帆足弾正は左右を確認して誰もいない事を確かめた。
 その仕草で、鍋島信生は間違いなくまずい事を話すのだと気づいたが、帆足弾正の言葉を止めるつもりも無かった。

「立花に謀反の気配がある」

「なっ!」

 必死になって鍋島信生は手で口を押さえて声が漏れるのを防いだ。
 あまりの衝撃的な事実に感覚が鋭敏になり、今更だがかがり火に飛び込む虫の燃える臭いに不快感を持ってしまう。

「元々、姫様の次の狙いが立花だったのは鍋島殿も知っていよう。
 その下準備として、薦野宗鎮や米多比大学等、立花家中の親大友派を岩屋城付きとして引き抜いている。
 だから、あそこは家中は反大友でまとまっているのだ」

「では、大友についたのは立花殿の独断……」

「さよう。
 当然家中はそれを快く思っていない。
 そんな矢先での戸神尾の大敗と毛利の後詰の報。
 揉めるでしょうな」

 とはいえ、逆賊がそのまま城を治めるのは意外と難しい。
 何しろ、立花鑑載に過失がある訳でもないからだ。
 そこまで考えていた鍋島信生がある事実に気づいてはじめて声を荒げた。

「だから毛利の後詰か……!
 毛利軍に立花山城を渡し、自分らは毛利家臣として組み込まれる。
 それで謀反の汚名は毛利がかぶってくれるっ……」

 夏の夜なのに鍋島信生は震えていた。
 寒いわけではない。
 自分達が死地にいると思い知ったからである。

「これでもまだ姫様の勝利を疑いませぬか?」

 帆足弾正はあえて危険な言葉を鍋島信生にはなった。
 受け取り方によっては、『毛利に寝返れ』と聞こえなくも無いからだ。
 それができるのならば苦労は無い。
 現状での裏切りは、本拠に兵の無い龍造寺の滅亡に他ならない。
 それを知った上で帆足弾正が尋ねているという事は、うかつな返事はできないと鍋島信生は悟った。

「……」
「……」

 双方何も言わない。しゃべらない。
 けど、この静寂な瞬間に龍造寺家の未来がかかっている事を鍋島信生は分かっていた。

(何故、ここで帆足弾正は寝返りを誘う?
 いや、龍造寺と筑紫が寝返っても、原鶴の大友本軍に今なら簡単に潰される。
 ましてや、筑紫は先代に腹を切らせてまで大友に忠義を見せたはず。
 辻褄が合わない……)

 顔から汗が垂れる。
 とはいえ、二人とも微動だにしない。

(そうか。
 帆足弾正は我等を売るつもりだ。
 もし、ここで寝返りの言葉を言えば、謀反の意思ありと原鶴に告げるつもりなのだ。
 かの家は龍造寺の叛意を確かめる事で、大友に対して忠義を立てるか……)

 かかり火の燃える音だけがひどく大きく響く陣幕の中、意を決して鍋島信生は口を開いた。

「実は、かの姫に少々借りがございましてな。
 踏み倒そうものなら、毛利はおろか地獄まで追ってこられると心配している次第で」

 あえて茶化したこの答えを聞いた帆足弾正はゆっくりと息を吐き出した。
 その後に浮かんだ微笑を見て、鍋島信生はこの場を切り抜けた事を悟ったのだった。

「もし、立花が謀反を起こせば我等は袋の鼠。
 三瀬峠を越える前に補足されて潰されましょう。
 小笠木峠を越えてくだされば、そこから二日市まで筑紫の者が案内いたしましょう」

 そして、鍋島信生は気づいた。
 ここまでの手を用意しているという事は、筑紫は、いや珠姫は立花が寝返る事を想定して事を起していたのだと。
 しかも、それを食い破るつもりで毛利は後詰を送ってくると。

 その先と結末がどうなるのか、鍋島信生にも分からなかった。
 
  


 数日後、高祖城を囲んでいた龍造寺軍と筑紫軍に、

『毛利軍先鋒芦屋に上陸!』
『立花謀反!
 立花鑑載殿は謀反勢に討たれ、立花山城は謀反勢が占拠!』

 の急報に囲みを解いて撤退する。
 もちろん、原田と立花謀反の首謀者の一人である安武民部がこれを見逃すはすが無く、室見川中流の内野で合戦が発生。
 三瀬峠を越えると読んだ謀反勢の裏をかいた龍造寺軍と筑紫軍は、さしたる損害も無く小笠木峠を越えて二日市に逃げ込む事に成功したのだった。
 なお、この高祖城攻めに使った大砲は御社衆が逃亡・離散した為に鹵獲される事を恐れた鍋島信生の命によって全て爆破処理された。
 その報を聞いて、

『あれ高かったのにぃぃ!』
 
 と、叫んで珠姫がぶっ倒れたという伝承が残ったがそれは後の話。 

  
内野合戦

 兵力
 龍造寺家・筑紫家   鍋島信生・筑紫広門       三千
 原田家・立花家    原田了栄・安武民部       千数百

損害
 百数十(死者・負傷者・行方不明者含む)
 百数十(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死
 なし



[5109] 大友の姫巫女 第七十三話 戦争芸術終章 舞台裏 その二
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/07/16 11:45
 長門国 彦島

 かつて、平家の拠点の置かれていた本州の果ての島には、多くの船が集められていた。
 それらの船には兵が乗り込み、出港を待ち望んでいた。

 戦国の世はもとより、いつの時代でも日本の大動脈となっていた瀬戸内海の出口である馬関(関門)海峡が毛利家の支配下に置かれてまだ十年と経っていない。
 だが、毛利の瀬戸内における水軍衆優遇政策と、対岸にある大友家の爆発的な市場拡大によって、史上空前の繁栄を遂げていたのだった。
 そんな船の集まる所で、兵を乗せて毛利軍は対岸の九州に押し渡ろうとしていた。

「警固衆が彦島に集めた船が二百隻。
 これらの船に警護をさせて、沖家水軍から来てもらった三百隻の船で筑前国芦屋に兵を上げる。
 既に芦屋浜は宗像の兵に警護させているので大友に叩かれる事も無い」

 今回の上陸作戦の総大将となる乃美宗勝が戦評定の席で発言し、作戦の段取りを確認する。
 それを瀬戸内から出張ってきた村上水軍大将である村上武吉が苦々しそうに見つめていた。
 何しろ、彼には伊予河野家経由で珠姫の諜略の手が伸びていたのだから。

「中立を保つのならば、手出ししない。
 ただし、手を出すのなら、こっちも容赦しないわ」

 彼女の脅しは嘘では無かった。
 南蛮人の襲来で大混乱に陥っていた大友家だが、その領国の一部である南予は、大友の混乱を好機と見た土佐長宗我部家が本山家を攻めるという蠢動を始めるも、その蠢動を見ながら兵を動かさず、毛利への牽制の為だけに村上水軍と縁の深い湯築城の河野家をじっと狙っていたのだった。
 その兵数は従属大名である宇都宮家を合わせて三千。
 しかも、本国豊後より宗像・原田・龍造寺の謀反勢力討伐軍への編入を見送った三千程度の後詰を受けられる準備までしている念の入れよう。
 牽制の為だけにここまでの兵をそろえるあたり、瀬戸内水軍によって関門海峡と周防灘の制海権が取れず、大内義長を見殺しにせざるを得なかった大友家の恨みと恐怖の表れと言えよう。
 どどめに、宇和島鎮台を率いる一万田鑑種が一条家を介して独断で長宗我部家と不戦協定を結ぶ(これを珠姫は喜んで評定で追認させた)に及んで、長宗我部は安心して本山家を攻め、宇和島鎮台は河野に対するフリーハンドを得ていたりする。
 大友と毛利という大国の策謀に翻弄されながらも笑いが止まらないのは長宗我部で、この不戦協定をたてに本山家に諜略をしかけ、二ヵ月後には本山家を降伏に追い込み、その旗下に組み込んでいたりするが、それは別の話。
 その後、太刀洗合戦・戸神尾合戦と連続して大友とその友好勢力が負ける中、毛利の圧力は瀬戸内水軍全域に及び、村上武吉も毛利の要請によって彦島に船を持ってこざるを得なくなったのである。
 海の男達はその行動力と情報収集能力で利に聡いが、船乗りである以上、一本気でまっすぐな者が多い。
 だからこそ、水軍衆に良くしてくれる毛利と、物流を握りその顧客として大得意客となった大友という、恩の板挟みとなった村上武吉は双方の顔を立てるべく奔走し、

「我等は戦に来たのではなく、兵という荷を運んだだけだ」

 という言い訳で、彦島に来ていたり。
 そんな言い訳を大友側も毛利側も了承していたりする。
 というか、この言い訳そのものを考えたのが大友側が臼杵鑑速、毛利側が安国寺恵瓊という外交官達で、双方出入りできる門司の街で頭を抱えて角が立たないように奔走したのだった。
 何しろ、瀬戸内水軍中最大最強の村上水軍を潰してしまえは瀬戸内海のパワーバランスが崩れ、物流の大動脈としての瀬戸内海が機能しなくなる。
 それは大友も毛利も分かっているので、双方恐ろしいほど気を使っているのだった。
 なお、この村上武吉の案件から始まった門司での大友毛利の直接協議はそのまま継続されて、最後には和議締結まで発展するのだが、その未来をこの場の誰も知る者はいない。
 もちろん、こんな馬鹿話の裏もしっかりある訳で、珠が想定していた毛利軍殲滅の前提は筑前に毛利軍が上陸する事なので、理にかなっていたりするという所までは彼に分かるはずもない。
 だからこそ、珠姫が了解した言い訳である、

「鶴姫こっちにいるしね。
 あの姫の実家と戦なんてしたくないのよ」

 という言葉に代表されるように、大友は村上水軍の彦島集結という協定破りに対して、表向きはこの鶴姫の存在を使ってうやむやにしたのである。
 それに村上武吉は見事なまでにだまされていた。
 もっとも、毛利元就や小早川隆景あたりは、

「あの姫がそんな殊勝なものか。
 つい数ヶ月前まで、父親を殺す腹だったくせに」

 と、吐き捨てるだろうが、その父娘の対立を煽りまくっていたのが彼らなので、

「どの口が言うか!」

 とその父娘が聞いたら彼らと同じような顔で吐き捨てるだろう。


 
 閑話休題。
 そんな謀ができる人間がこの軍議に参加していないので、誰も村上武吉の動揺に気づかない。
 
「で、九州に渡ったらそこからは?
 先の門司での戦を考えたら、大友は最低でも一万五千、下手したら二万近くを動員できるが?」

 発言したのは周防鷺山城の秋穂盛光。
 続いて、侍大将の吉田興種が発言する。

「宗像が総動員して四千。
 われらの手勢が四千で八千。
 守る事はできるが、大友を追い払うには心もとない。
 本隊はいつごろくるのか?」

 その問いかけに下口水軍(周防・長門の水軍)大将である冷泉元満が淡々と答える。

「月山富田が開城した後、小早川隆景殿の手勢五千が、次いで吉川元春殿の手勢同じく五千がこちらに来る予定です」

「お館様は?」

 尋ねたのは長門守護代内藤隆春。
 出陣はしないが、長門守備の総大将としてこの場に参加していた。

「出雲の後始末の為残られるという。
 それが終われば、こちらに来るだろうが……」

 内藤隆春は長門守護代という地位から、今回の九州上陸においては毛利元就よりかなり高い情報を与えられていた。
 その情報を告げるべく、一度評定の一同をゆっくり見渡してから、口を重く開く。

「立花は、安武民部と藤木和泉守が謀反を起こす予定だ。
 既に家中は謀反勢によってまとまっている。
 立花の謀反を悟られるよう、麻生の内紛と秋月の残党を使って筑豊で一騒ぎ起こす。
 芦屋に上陸した後、彼ら謀反勢と共に立花山城に入城してもらう。
 出雲に展開している本軍がこっちに来るまでが勝負だ」

「おおっ!」

 一同が驚きの声をあげる。
 豊前・筑前の反大友勢力を粛清した大友義鎮と珠姫といえど、全てを潰せたわけではない。
 その燻る火種を集めて風を起こして大火にするのが彼ら上陸軍の仕事だった。

「立花勢は約三千。
 先の八千と合わせれば、一万一千。
 守るには十分な手勢だ。
 それに後の後詰一万を合わせたら二万一千。
 秋穂殿、吉田殿、是非とも頑張っていただきたい」

「はっ」
「心得た」

 その乃美宗勝の声にあわせて、一同が一斉に視線を発言していない末席に座る若武者に向ける。
 その視線をものともせずに山中幸盛は目を閉じて無言を貫いたのだった。

 この時点で毛利本軍が出雲に展開している理由である、尼子家の月山富田城はまだ落ちていない。
 にもかかわらず、尼子の若武者である山中幸盛がここにいるのにはやはり理由があった。
 出雲国月山富田城を本拠とする尼子家は膨張する毛利家と一進一退の攻防を行いつつも、その領土は少しずつ切り取られていった。
 その情況に介入したのが、九州で毛利と対立していた大友家の珠姫である。
 松浦水軍や隠岐水軍を使った兵糧支援によって、一時は毛利軍を出雲から追い出す事に成功したのだった。
 毛利との講和を模索する為に安芸に来ていた珠姫が、尼子残党によって襲われるという事件が勃発する前までは。
 この事件そのものが毛利元就の謀略だったのだが、犯人が尼子残党だったのは事実で、尼子は内部統制が取れていない事が露呈。
 あげくに支援者に手をかけた外道と、国人衆が一斉に尼子を見限り、大友家も支援を打ち切り、尼子家は毛利軍三万の包囲の元、月山富田城に篭る事しかできなくなる。
 国人衆も支援も無く、外からの援軍も無い籠城戦ゆえ士気が高くなる訳も無く、しかも、籠城指揮を取っていた重臣の一人宇山久兼が、毛利への内通を疑われて主君尼子義久によって粛清。
 それが、無実である事を毛利軍によって暴露されるに及んで、尼子軍の心は完全に折れた。
 くしの歯がこぼれるかのように脱走者が相次ぎ、飢えと絶望感が残る将兵を容赦なく打ち砕いた果てに、尼子義久は和議――実質的な降伏――を申し込む。
 その使者が立原久綱。
 彼と毛利元就の数度にわたる交渉途中でその報が飛び込んでくる。

「珠姫謀反!
 府内で蜂起するも敗北し、宇佐に逃亡中」

 その後の詳報でこれは誤報であると分かったが、この九州での大混乱を立原久綱に知られたのが毛利側にとって致命的だった。
 尼子には蜂屋衆と言われる忍び集団が存在している。
 毛利戦において毛利の忍び集団に壊滅的打撃を受けながらも、月山富田籠城に伴い城内に入った者もいれば、諸国や敵陣において情報を集める者もいた。
 そんな彼らが命がけで集めた情報を、和議交渉中に立原久綱は受け取ったのだった。
 府内の南蛮人攻撃からはじまった九州の混乱が、結果として毛利の反大友勢力蜂起の仕掛けを浮き彫りにしたという決定的情報を。
 かくして、立原久綱による交渉の遅滞戦術が始まった。
 大急ぎで軍を返したい毛利と、それを見抜いた尼子の立場は逆転し、ついに毛利元就から譲歩の言質を引き出す事ができたのだった。

 その条件は、降伏開城による尼子家の出雲存続と、義久の弟である倫久と秀久を人質に出すという事。
 立原久綱も馬鹿ではない。
 もう尼子の命運が尽きている事は自覚していた。
 だからこそ、臣下として降り、せめて出雲に住めるだけの望みを欲したのである。
 とはいえ、積年の宿敵である尼子滅亡を前にした立原久綱の条件に毛利家臣達は激昂した。

「何様のつもりぞ!
 落城寸前の尼子に情けなど無用!」

「一気に月山富田を踏み潰してもいいのだぞ!」

 だが、その怒りがはったりである事を立原久綱は見抜いていた。
 南蛮人をあっさりと退けた大友は太刀洗合戦で龍造寺相手に敗北を喫したが、その龍造寺を和議を結び、討伐軍を異常な速さで府内より出していたのだった。
 このままでは、毛利の九州最後の足場である宗像と原田も潰されてしまう。
  
「分かりました。
 このまま尼子が毛利の臣下となるには信用が足りぬと。
 ならば、武功を持って信用とさせていただきたいがいかがか?」

 立原久綱は落ち着いた口調で、顔を赤めて拒否する毛利家臣達を無視して毛利元就に向けて妥協案を提示した。

「月山富田城から一隊を出しましょう。
 その一隊を九州に派遣してもらいたい。
 その功績で、尼子は毛利の旗下に入るに相応しい武功をあげてみせる所存」

 その妥協案は毛利元就にとって魅力的であった。
 士気が崩壊しているとはいえ月山富田城は難攻不落の硬城である。
 実際、毛利元就が大内家の旗下にいた時に、大内軍はこの城を攻めて大惨敗を喫しており、その敗走において毛利元就も命の危険を感じたのを忘れてはいなかった。
 その城から、自主的に兵が出てくれるのだ。難攻不落といえども、兵がいなければ話にならない。
 また、出てくる尼子勢が悪さをしようとしても、それを先に警戒しているならばこちらは三万の大軍である以上、崩れるとも思えない。
 とはいえ、老獪な謀将である毛利元就は、妥協案に保険をかける事を忘れてはいなかった。

「月山富田城の開城は、出てもらう尼子勢が九州にて武功を立てた後に行う。
 その一隊を率いる大将は尼子義久殿およびそのご兄弟では無い事。
 それでよろしいか?」

 何かやらかしたら即座に月山富田城を攻め落とすという条件を無言で提示した毛利元就に対して、立原久綱は笑って受け入れたのだった。


 月山富田城から出す一隊の編成は思った以上に集まった。
 逃げるには見苦しいが、このまま飢え死にはいやだという連中の格好の大義名分となったのだから。
 月山富田城に残っていた尼子兵は約三千、そのうちこの隊に志願した者は二千名を超えたのである。
 さすがに城に兵がいなくなりすぎると危惧する重臣達に、立原久綱はあっさりと言ってのける。

「既に全ての将兵に食わせる兵糧も無い以上、それを押し留める事ができましょうか?
 むしろ、武功を立てて毛利が潰せなくする為にも、働いてもらう兵は多い方がよろしい」

 そして、この一隊を率いる大将だが、重臣が出ると毛利に警戒されるから若くて身分がそこそこ低く、そして武勇を持つ者。
 そんな都合のいい大将をまるで運命のように、滅亡前の尼子は持っていたのである。
 それが、山中幸盛であった。

 かくして、『奇妙な篭城』と後に呼ばれる月山富田包囲戦の終章が始まった。
 毛利側も気は緩んではいるが、尼子側がもう戦う力が無い事は分かっている。
 とはいえ、散発的に誰もいない郭を攻めて引き上げる事を繰り返した為に、大友の間者は包囲によって決定的に弱体化した尼子を見て、近く強襲で城を落とすと報告していた。
 この報告はまた運の悪い事に、尼子の一隊が城から堂々と毛利陣に逃げ出した事も書かれており、立原久綱が和議の為に交渉している事も報告されていた。
 だから、この報告を見た珠姫は、

『包囲下で守備隊が堂々と逃げ出すほど尼子は弱っている。
 立原久綱が和議の交渉をしているらしいけど、もう遅いわ。
 事、こうなったら毛利は力攻めで落として尼子を滅ぼすでしょうね。
 力攻めと、その後始末を考えたらあと三月は毛利本隊は出雲から動けない』

 という、解釈をしてしまったのである。
 似たように、微妙に隠された事実で毛利元就は陶晴賢を厳島に誘導した事を珠姫は完全に忘れていた。
 せめて脱走した隊の大将の名前を知っていたらこんな誤判断はしなかっただろうが、そこまで間者に求めるのも酷である。
 この誤判断の代償は立花謀反という形で珠姫に降りかかる事になった。


 旗を毛利に替えて、粛々と長門を目指す山中隊。
 あくまで、『九州の混乱に対する備えの一陣』として、彼らは長門を目指していた。
 とはいえ、兵も将も尼子の者である。
 旧尼子領を通る際にその人数は膨れていった。
 尼子滅亡を目前として、尼子側将兵の没落は既に始まっており、彼らも再就職のための戦を欲していたのである。
 こうして、山中隊が彦島に着いた時にはその兵数は三千に膨れていた。
 そして、同じく上陸する為に集まった秋穂盛光と吉田興種の手勢が持つ唐菱の家紋を見て、山中幸盛は自嘲の笑みを浮かべた。

「尼子に大内残党か。
 あのご老体、内部の反対勢力を九州で大友に始末させるらしいな……」



[5109] 大友の姫巫女 第七十四話 戦争芸術終章 水城合戦 前編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/07/26 17:21
 後に、講談の人気となる、『山中鹿之助九州渡海』の演目において、彼は士気低い尼子将兵に対してこう訴えたという。


「我々は落ち武者だ」

 触れたくない真実に彼はあえて突きつけた。
 うらぶれた将兵達の幾人かが体を震わせたが、敗北によって砕かれた心は彼の言葉ですら届かない。

「裏切られ、飢えと絶望に苦しみ、まだ城に篭る味方を見捨ててこんな場所に来ている。
 敵である毛利の者として」

 嗚咽の声が少しずつ彼の耳に届く。
 真実であるがゆえに、それを認めたくない男達の嗚咽だった。
 その戦は既に今までの戦と違う、何かによって彼らは敗れていた。
 戦ではない、謀でもない、商いでも、政でもない、後にこう呼ばれる概念をまだ彼も彼らも知らない。

 総力戦。

 そう呼ばれる言葉を。
 だからこそ、巻き込まれる。
 大友か毛利か、それは歴史の大渦で、避ける事などできずに多くの運命を飲み込んでゆく。

「だが」

 彼の声は低く、重たいのに、それを聞き逃す者はいなかった。

「勝者につく事を潔しとせず、己が背負う滅んだ旗を貫き通す。
 そんな馬鹿がまだいるのなら」

 彼自身の声も大きく、熱くなる。
 その熱気に、その魂の叫びに、彼らも知らず知らず引きこまれているのに気づかない。
 はっきりと見せ付けるように、彼は哂った。

「その馬鹿を、勝者に見せ付けてやろうではないか」

 彼らの目の色が変わった。
 既に生きる為に来た者は逃げ去っている。
 ここに居たのは、死ぬ為に来たのに死にそこなった者ばかり。

「俺は、毛利の武者を道連れにするならまだしも、戦えずに飢えて死ぬのが我慢ならない!
 戦が何もせずに終わるのが許せない!
 何よりも、ただの負け犬として滅ぶのが我慢できる訳がない!!」

「そうだ!」

 ついに彼以外の魂の叫びが響く。
 そして、その叫びは波紋のように感染してゆく。
 皆の叫びを満足そうに見つめ、彼は運命を哂う。
 その手に持つ旗は四つ目結。
 その旗は気高く、そして誇らしく周りにそびえる一文字に三つ星の旗を見下していた。

「我等は尼子である!!!
 一時は大内と派を競い、西国十一カ国を治めた西国の覇者なり!
 散るならば戦場で堂々と散ろうではないか!!」

 彼は哂いながら呪う。
 敗者達が勝者に送るの最後の呪詛なのだ。
 その呪詛を彼は誇らしく高らかに叫ぶ。 

「さあ!敗北を始めようではないか!!!」


 本当に彼がこのような演説をしたかは史書は語らない。
 だが、九州に渡った尼子勢の奮戦ぶりは多くの史書が語り、その武勇を称えているのが答えなのだろう。


 かくして、彼らの栄光ある敗北はこうして始まった。


 毛利水軍による芦屋上陸は順調にすすんだ。
 丸一日かけて上陸軍四千が芦屋にあげられた時、大友はそれを妨害する事ができなかった。
 この時、もっとも近くに領地を持っていた麻生家は、総領家麻生隆実と分家麻生鎮里が対立。
 麻生鎮里が宗像側についてしまい、芦屋攻撃などできる訳も無く。
 その奥座敷にある筑豊を統治していた田原親宏も、豊後から逃亡してきた秋月種実が旧臣を集めて蜂起しており、その対応に追われていた。
 そして、水際で防ぐ事を期待されていた立花山城の立花鑑載が重臣である安武民部と藤木和泉守の謀反によって殺されるという突発事態が発生。
 間の悪い事に、この時大友軍は原田了栄が篭る高祖城を攻めており、この謀反で大友軍は大混乱に陥っていた。
 かくして、毛利軍四千は犬鳴峠と見坂峠を守っていた立花軍と合流して、立花山城に入城したのだった。
 この入城を持って、博多は毛利の手に落ちたと言っていいだろう。
 なぜなら、博多の大友勢力は立花山城陥落時の想定に基づいて二日市に退避を始めており、後を任された博多町衆は大友勢力が居ない事と、毛利軍に逆らわない事を約束して博多を戦火から守ったのである。
 そして、博多が手中に落ちた事で毛利軍は総崩れの大友軍に対して追い討ちをかける。
 高祖城を攻めていた大友軍は慌てて引き上げようとしたが、原田・立花軍に補足され室見川中流の内野で合戦を行うも辛うじて逃げられてしまう。
 そして、内野合戦の後立花山城に戻った立花・原田軍と合流した毛利軍が目をつけたのが、博多近郊の大友勢力の最大かつ最後の拠点である岩屋城であった。


 地理説明


     ▲立花山城

   ▲名島城

 ■博多   ▲丸山城


    凸水城 凸岩屋城

       □大宰府
    □二日市
 

 既に宗像を除く反大友勢力の全てである八千五百が博多に集結していた。
 そして、岩屋城周辺の大友軍は四千五百しかいない。

「兵で勝ち、勢いも我等の方にある。
 岩屋城を落とせば、大友軍は用意に博多に攻められなくなる。
 直ちに兵を出して、岩屋城を攻め取るべし!」

 今まで散々押されていた分、軍議に参加している原田了栄は鼻息荒く攻撃を主張する。
 藤木和泉守が岩屋城近隣の大友軍の詳細を告げる。
 先ごろまで大友側だっただけに、大友軍の配置も全て漏れていた。

「岩屋城の城代は太刀洗合戦の敗将である、怒留湯融泉。
 彼が千の兵と共に岩屋城に篭っています。
 そして、内野合戦で逃れた龍造寺と筑紫の軍勢三千が水城に陣を構えて待ち構えており、二日市と大宰府には中洲遊郭から逃げ出した女共が居る模様。
 彼女らは、岩屋城落城の際に褒美として兵たちにくれてやりましょう。
 もちろん、われらが先に味見した後で」

 卑下た冗談で評定の席が笑いに包まれる。
 そんな評定でも山中幸盛は積極的に口を開こうともしない。   

「で、岩屋城を落とすのならば、水城を潰さないといけない訳だが?」

 場の空気を戒めたのは、筑豊で蜂起してきた秋月種実。
 彼は筑豊での蜂起が時間稼ぎであり、珠が善政を敷いている旧秋月領を回復する事は無理と蜂起勢千を率いて立花山城に入城していた。
 この面子の中で最も大友を恨み、かつ痛い目に合わされいてた彼だからこそ、この場の空気が危うい事を察したのである。

「平地にあるただの土塁ごとき、抜くのは容易い事。
 何しろ我等にも大筒はある」

 安武民部が余裕の評定で言い放つ。
 大筒は高価なものであるが、珠姫が買いあさりそれを使用した戦果を上げていた事もあって、九州の大友勢力を中心に購入を始めた勢力が出て来たのだった。
 そして、立花家は博多という大筒が買える経済力と大筒を入手できる場所を持っていた事もあり、二門だが大筒を保有していた。

「つまり、水城を落とし、二日市・大宰府を落とした上での岩屋城攻めか。
 そして、こちらが大筒を持っている事は、向こうも知っている。
 二日市も大宰府も防御に向いていない以上、大友は全力で水城を守りにくる訳だ」

 山中幸盛は、はじめてこの戦評定で口を開く。
 その声は飢えた餓狼を諸将に想像させた。





 先陣は山中幸盛率いる尼子勢三千、次に原田了栄・秋月種実が率いる千五百、本陣は藤木和泉守・安武民部が率いる立花勢二千の六千五百で立花山城を出陣した。
 水城攻めは本隊が引っ張っている大筒で行うため、尼子勢は本陣が水城に展開するまで、大筒を狙っていくるであろう大友軍をあしらうのが仕事となる。

「なぁ、何で先陣を申し出た?
 尼子再興の為にも、兵の消耗は避けた方がいいと思うのだが?」

 戦前にそう問いかけたのが尼子勢の副将である横道正光。
 他に彼は高光・高宗の弟を連れてきており、部隊運用面における実質的な大将として山中幸盛を傍で支えていたのである。
 その彼の問いかけに、山中幸盛は肩をすくめてため息をついてみせる。

「あの連中で勝てると思うのか?」

 それは、今回の戦の総大将となっている藤木和泉守・安武民部の二人の事を指していると横道正光は気づく。

「そこまでひどいか?」

「ああ、俺たちがこったに来る前にやつらが起こした内野合戦か。
 あれもひどいぞ。
 追撃戦なのに、追手が出せてないし、たいした損害を与えられていない」

 山中幸盛の評価は半分正当であり、半分間違っている。
 内野合戦に参加した安武民部は自身が動かせる兵を最大限持ってきているのだった。
 つまり、彼が動かせる兵は千でしかない。
 それは、藤木和泉守も同じで、内野合戦時に何をしていたかというと、彼の手勢千で立花山城と博多の掌握に動いていたのである。
 だから二人が率いる本陣の二千というのは両方の最大兵力であり、両隊に一門ずつ大筒も配備していたのだった。
 立花家の兵は三千なのであとの千はと思うが、その千を率いる大将がいないので立花山城に篭らせているというていたらくである。
 何しろ、この戦の前に珠姫によって薦野宗鎮・米多比大学という二人の重臣を引き抜かれ、今回の謀反で当主である立花鑑載を殺しているので大将が不足していたのだった。
 ならば、原田了栄や秋月種実に兵を分ければいいのだが、分けた兵を自分の物にされるのを二人は恐れているのだった。
 何の事はない、大友家およびその友好勢力がやらかした大失敗である、『軍勢の意思統一』がここでも図られていないのであった。
 そして、月山富田篭城戦で意思統一に失敗して軍勢が崩壊するのを山中幸盛はその目で見ていたのである。
 
「俺たちの仕事は本陣が出張るまでの露払いだ。
 で、俺が敵将なら、俺らを叩くとも思えんがな。
 水城に篭っている龍造寺の大将が分かった」

 山中幸盛が今、間者から届けられた書状を横道正光に渡す。

「鍋島信生。
 太刀洗合戦で大友を手玉に取った、龍造寺隆信の懐刀。
 毛利が掴んでいる、太刀洗合戦の詳報が本物なら、多分あの二人では勝てない」

 はっきりと山中幸盛が断言する事によって、横道正光もうっすらと彼が何を考えているか分かってきた。

「立花勢が壊滅し、あの二人が討ち取られたら必然的に毛利側から大将が来ない限り、立花山城を守るのは兵数の多い我等となる訳だ」

「城に篭るのならば、知らぬ者の指揮で篭りたくはないだろう?」

「悪党め」

 二人して意地の悪い笑みを浮かべてた時、尼子勢で一隊を率いている、秋上久家がこちらに駆けてくるのが見える。

「おい、女之介はもう向こうに行ったのか?」

「ああ、この書状を渡して二日市遊郭に潜り込んでもらっている」

 井筒女之介。
 蜂屋衆の一人で、山中幸盛が横道正光に渡した書状を持ってきた間者であり、女装の達人である。
 珠姫の駄目言葉を使えば、一言で彼の容姿が分かるのであえて遣わしてもらう。


「お、男の娘ですってぇぇぇぇぇぇっ!」

 
 本当にありがとうございました。
 話がそれた。
 秋上久家が潜り込ませた間者を探す事を気になった山中幸盛が彼に尋ねる。

「女之介がどうかしたのか?」

「気になる噂を耳にした。
 丸山城があるだろ。
 立花謀反の後、立花勢が攻めたらもぬけの殻だった。
 博多の博多太夫の手引きで一党を逃がしたらしいが、なんで大友珠姫直属の博多太夫が立花山城の付城の逃亡まで差配するんだ?」

 秋上久家の説明で、それが異常な事である事が分かる。
 九州に君臨する超大大名である大友家の筆頭後継者候補であり、最高意思決定機関である加判衆に参加し、二十万石以上の収入を持つ大友家の最重要人物の一人。
 その珠姫に直属で使える姫巫女衆の遊女、特に太夫と名のついた各遊郭の長はそんじょそこらの国衆なんかより遥かに影響力がある重要人物である。
 そんな重要人物が立花謀反という緊急事態において、丸山城という小城の脱出の手引きをしたとくれば疑問符が付かざるをえない。

「で、だ。
 この城には黒殿姫という姫がいたらしいが、誰が親だか分かっていない。
 使えている者も皆、親については口を噤んだそうだ。
 達筆で頭も良く、気品ある娘子らしいが……」

 そこまで言えば、秋上久家が言いたい事を山中幸盛も横道正光を察した。

「立花鑑載の隠し子か?」
「案外、博多太夫が母親だったりしてな」
「その可能性は高かろう。
 だとしたら、まずいぞ。
 立花鑑載とその血族は皆始末したそうだが、隠し種が居たなんて事がばれたら家中に動揺が走るだろうな。
 あの二人が負けた後だと」

 この時の三人の推測は見事に的中していた。
 珠姫は立花鑑載の謀反の可能性と立花家の粛清を考えており、その後釜に立花の血を引く都合の良い子どもを欲していたのである。
 で、立花鑑載を篭絡できるだけの女も博多に置いていた事もあり、色仕掛けをしかけたのである。
 この色仕掛けは博多太夫が黒殿姫を生んだ事によって結実するが、惚れた博多太夫が珠の命令を無視して立花鑑載に事の次第を暴露。
 商人たちの情報と共に、彼が謀反を思いとどまる一因になるのだが、それを知っているのは博多太夫しかいない。

「水城前方に大友・龍造寺・筑紫軍!
 その数は約三千!!」

 伝令の敵発見によって、三人は現実に戻る。
 横道正光が前に出張る龍造寺の旗を見つめて口笛を吹く。

「やはり大筒を警戒して、水城には近づけさせぬか。
 防がせるが、お前はどうする?」

 横道正光は山中幸盛にわざと尋ねる。
 尼子勢の総大将をしているが、彼とてまだ若武者。
 軍を率いるより、己の武勇を誇りたい年頃である。

「ふん。
 後ろが崩れるまで、龍造寺と遊んでいるさ。
 久家、後詰として待機してくれ。
 後ろが崩れたら、見捨てて引くぞ」

「承知。
 お気をつけなされ。
 龍造寺には、敵方である珠姫より特別に武勇を称された五虎将がいるとか」

 秋上久家の言葉に山中幸盛は心底楽しそうに笑う。
 これぞ、彼が求めていた戦であった。

「頼むから、女との逢瀬に行く様な顔をしてくれるな。
 今更言っても仕方ないが」

 横道正光はこれ見よがしにため息をついた。
 それを気にする事も無いように、山中幸盛は馬に一あてして前方に単機で駆け出す。

「すまぬ。
 少し手合わせしてくる」

「ほどほどにして帰って来い。
 一応、お前が大将なんだからな」

 秋上久家が言葉を投げかけるが、既に山中幸盛は駆けていてそれを聞いていない。
 かくして、水城合戦は山中幸盛一騎駆けという、源平合戦さながらの戦作法ではじまったのだった。



作者より一言

 黒殿姫と井筒女之介はオリ設定入っていますが、井筒女之介の『女装の達人』については、

 出展である講談の 設 定 ど お り  です。


 凄いよ日本……



[5109] 大友の姫巫女 第七十五話 戦争芸術終章 水城合戦 後編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/07/26 17:43
 煌びやかな武具を身にまとい、馬上一騎駆ける山中幸盛。
 前にそびえるは、太古から防人を守りし緑の城壁である水城。
 杏葉・日足・寄り掛目結の旗下の将兵達に彼は馬上から弓を見せ相手を求める。
 その出で立ちは古の鎌倉武士のごとく、双方の将兵を魅了する。
 そんな姿に見せられたのは、龍造寺軍の若武者達。
 太刀洗で勝っての出陣ゆえ、彼らの鼻息も荒く、彼らの眼前に出向いた山中幸盛と手合わせしたいと願う気持ちなど抑えられるはすがなかった。

「弓鉄砲を放つな!
 武士の一騎駆けに飛び道具は卑怯なり!!」

 味方の足軽が弓鉄砲で狙っている事を知って、慌てて大声で江里口信常が叫んで弓鉄砲を下げさせる。
 見ると、山中幸盛がにやりと笑っている。
 その笑みで誘っているのだ。

「誰が出る?」

 と。

「俺が出るぞ。
 馬引けい!」

 と、己の馬を持ってこらせようとした江里口信常を成松信勝が引き止める。

「待て。
 おぬし、御大将からここを預かっているのだろう!
 お前が出て行ってどうする?」

 成松信勝の掴んだ手を引き離そうとして、江里口信常も悟った。
 こいつも出たいのだと。

「いやいや。
 あのような挑発は若武者の仕事ゆえ、ぜひ成松殿はここで隊を率いて……」

「普通、年配者に譲るものだろう。
 若輩者は、ここで見て先達から学ぶべきなのだ」

 互いが互いの手を掴んで穏やかな声なのに、周りの空気がどんどん冷え込んでゆく。
 そんな二人の横を一騎の騎馬武者が駆けていった後で、

「先駆け御免!」

 の捨て台詞が二人に届く。

「戸田殿!」
「抜け駆けとは卑怯な!!」

 何の事は無い。
 二人の敗因は馬を足軽に持ってこらせようとしたからで、戸田(百武)賢兼は自ら馬を取りに行ったので、この二人に巻き込まれなかったのである。
 もちろん、戸田賢兼も成松信勝や江里口信常と同じく、ここで隊を率いている身だったりする。
 二人が罵るが、既に戸田賢兼は山中幸盛の前に馬を進めていたのだった。
 戸田賢兼は弓を持ち出し、馬を走らせて山中幸盛の正面に立ち、先に進ませぬと弓を構える。
 双方の陣からは、太鼓や法螺貝が鳴らされ、足軽達の歓声があたりに響く。
 戦国の世だからこそ、こんな馬鹿げた一騎討ちという浪漫を皆求めていたのだろう。

「我は龍造寺五虎将が一人、戸田賢兼!
 家を失いし、落ち武者風情にこの先は進ませぬ!」

 言上と共に構えた矢を山中幸盛に向けて放つ。
 それを馬の向きを変える事で、山中幸盛はその矢を交わした。

「ほう、太刀洗で勝ったのに膝を折った龍造寺の虎は鳴く事はできるらしい。
 牙もあれば我らと轡を並べたものを」

「ほざけ!」

 戸田賢兼は山中幸盛に次の矢を放とうとするが、山中幸盛の矢の方が早かった。
 流れるように弓を構え、張り詰めた弦が澄んだ音を鳴らして、戸田賢兼の正面に矢を向かわせる。
 馬の向きを変えるのでは遅いと悟った戸田賢兼は、体をずらしてかろうじて矢をそらす。
 その頬にはうっすらと紅色の線ができ、朱色の雫がたれようとしていた。

「やってくれたな……」

 憤怒の凶相で山中幸盛を睨み付ける戸田賢兼は、そのまま馬を山中幸盛の方に向けて走らせる。
 体が崩れた状態で弓は放てないので、組み討ちで山中幸盛を狙う事に変更したのだった。
 だが、戸田賢兼が近づくまでに山中幸盛の第二射が戸田賢兼を襲う。

「なんのっ!」

 持っていた弓を使って矢をはじく。
 乾いた音と共に弓が折れるが、それを投げ捨てた時には、山中幸盛の姿は既に目前にある。
 鎧と鎧が当たり、鈍い音は二人にしか聞こえない。
 最初の組み討ちは互いに馬から落とす事はできず、一度間合いを取ろうとした時、合戦の喚声が二人の横から聞こえてきた。

「牛頸方面で筑紫勢と秋月・原田勢が交戦しています!」

 その伝令は尼子・龍造寺双方ともほぼ同時に届き、源平武者の世界を戦国色に戻してゆく。

「ふん。
 抜け駆けとは面白くないな」

 山中幸盛が吐き捨てる。
 第二陣の秋月・原田勢は尼子勢の後詰の位置づけだったはずである。
 それが尼子勢を迂回して側面の筑紫勢が守る牛頸方面で戦端を開いたのだから面白いはすが無い。

「左様。
 これでは我らが道化ではないか」

 面白くないのは戸田賢兼も同じである。
 攻勢正面である水城を守るという事は、自分達が今回の戦の主戦力であると認められたからこそ。
 おまけに、尼子の勇将である山中幸盛との一騎討ちを邪魔してくれるのだから怒りは戸田賢兼の方が大きい。
 とはいえ、双方とも兵を率いる大将である以上、そろそろ自陣に戻らねばならぬ事は理解していた。

「まぁ良い。
 また会ったら続きをしようぞ」

 そう言い残して山中幸盛が先に馬を翻して自陣に駆け戻ってゆく。
 戸田賢兼もそれを視野に納めつつ、馬を自陣に向けたのだった。

「太鼓を鳴らせ!
 押し出すぞ!!」

「弓、鉄砲構え!
 引きつけてしとめるぞ!」

 こうして、戦が浪漫から現実に戻ってゆく。
 二騎の騎馬武者が自陣に戻った時、攻め手は怒号と共に敵陣に襲い掛かり、守り手はそれを矢弾で出迎えた。



地理説明


      ▲立花山城

    ▲名島城

 ■博多 C   ▲丸山城
       山
   B A  山 宇美
  牛頸 ①   山
   ② 凸水城  凸岩屋城

         □大宰府
     □二日市

大友軍

 ①龍造寺本隊  (戸田賢兼 成松信勝 江里口信常) 千五百
 ②筑紫勢+御社衆(筑紫広門)            七百五十

立花軍

 A尼子勢    (山中幸盛)            三千
 B秋月・原田勢 (原田了栄 秋月種実)       千五百
 C立花本隊   (藤木和泉守 安武民部)      二千




 脊振山地と四王寺山(大野城・現岩屋城)の隘路を塞ぐように作られた水城の背振山地側の隘路を牛頸と言うのだが、ここでの戦闘は双方とも最初は意図などしていなかった。
 それが、牛頸方向へ陣を持っていったのは地の利を知っている第二陣大将である原田了栄が陣取りの為に転進したからに他ならない。
 本陣である立花軍は大筒を持って進軍してくるのと、隘路での戦である為に本陣が大筒と共に前に出る空間が無い。
 そして、地の利のない尼子勢は馬鹿正直に龍造寺勢とぶち当たってしまい、本陣の出張る空間確保の為にはここしか残って居なかったというのが真相に近い。
 だが、彼らは大友側にも原田了栄よりもはるかに地の利を持っている筑紫広門が居た事を忘れていた。 
 牛頸を含めた背振山地東側こそ筑紫家の領地なのだから、彼と彼の率いる将兵は牛頸という土地が持つ優位さを知りぬいている。
 木々茂る小高い丘である牛頸に着いた秋月・原田勢は、先に陣取っていた筑紫勢の矢の洗礼を受ける羽目になる。

「数はこちらの方が多い!
 蹴散らせ!」

 矢の洗礼を受けた秋月・原田勢は怯まずに筑紫勢に突貫してゆく。
 かくして、森の中で敵味方どちらが優位か分からぬ死闘が始まる。
 秋月・原田勢にとって不運だったのは、森の中という状況が分かりにくい所において、

『筑紫勢は少数』

 と思い込んでいた事だった。
 だが、この筑紫勢には実は隠し玉が存在していた。
 太刀洗・高祖城戦で蜘蛛の子を散らすように逃げ出した御社衆二百五十人である。
 水城まで逃げ延びた彼らを、珠姫の事前の指示どおり再雇用して筑紫勢五百人に預けたのである。
 それを筑紫勢二人に対して御社衆一人の配分で混ぜて、森に伏せさせる。
 御社衆も知らぬ森の中では逃げ出す事もできず、牛頸での戦は秋月・原田勢が想定するよりも長く拘束されようとしていた。
 

 一方、水城正面でも動きがある。
 尼子勢と龍造寺勢の衝突からしばらくして、龍造寺勢が引き出したのである。

「この勝負、預ける!
 引くぞ!!」

 乱戦の中で、手勢と共に先頭にいた山中幸盛に突っ込んできた江里口信常が、捨て台詞を吐いて後退してゆく。
 なお、似たような台詞を吐いて成松信勝も山中幸盛の前から引き下がっていたりする。
 ここで龍造寺勢を追うと尼子勢が突出してしまい、牛頸方面で筑紫勢が勝ってしまえば尼子勢は挟まれる危険があった。
 本来ならその時は第二陣である原田・秋月勢が空いた空間を確保する予定だったのだが、その第二陣が拘束されているので下手に出られない。
 そして、大筒を率いてくる立花本陣はまだこちらに到着していない。

「牛頸から横を突かれなかっただけましか」

 後退する龍造寺勢の足軽を眺めながら山中幸盛はぼやく。
 尼子勢が追撃をかけなかった事もあり、正面での戦は収束に向かっていた。

「深追いするな!
 陣を整えよ!」

 兵に声をかけながら、山中幸盛はある事に気づく。

「兵が……少ない?」

 出てきた龍造寺勢の兵が少なく見える。
 彼らはこの戦で二千五百は持ってきているはず。
 今、引いてゆく龍造寺勢を見ると千五百か二千程度にしか見えない。
 つまり、どこかに彼らは兵を隠している。

「どうした?
 めずらしく考えて?」

 いつの間にか駆けてきた横道正光が話しかける。
 それに気づいて山中幸盛も苦笑しながら、気づいた事を口にした。

「どうもあいつら、どこかに兵を伏せているらしい。
 牛頸の方だろうな。
 下手に突っ込んだら横槍を食らうところだった」

 牛頸の方ではまだ戦が続いている。
 戦況が混沌としていて、こちらが出した伝令も状況が分からずに戦が続けられている事しか分かっていなかった。

「ならば、控えている久家の手勢を向こうに出すか?」

 秋上久家の手勢五百は尼子勢の最後尾に陣取っており、現状で唯一動かせる最後の予備兵力である。
 今すぐに動かせるがゆえに、それを命ずるのは危険と山中幸盛の武将の感が告げていた。

「こちらが兵を裂けば、今度は正面の龍造寺勢は食い破るつもりで襲ってこよう。
 今、やつらが兵を引いたのは誘いだ」

 考えてみると、龍造寺勢の侍大将クラスがわざわざ山中幸盛に突貫して後退する事自体がおかしい。
 まさか、鍋島信生の指示が無い事をいい事に好き勝手に彼らが戦をしているなんて、山中幸盛に分かるはずが無い。
 好き勝手が戦そのものを破綻しない程度の分別を持っていた事が幸いして、山中幸盛には龍造寺の囮に見えていたのだった。
 今、戦線に出ている大友軍の兵数が分からない事と、太刀洗合戦の立役者である鍋島信生が見えない事が、山中幸盛を思考の呪縛に捕らえている事に彼自身気づいていない。

「我らの受けた命はこの地を押さえる事だ。
 それ以上の動きをする事も無いだろう。
 とはいえ、牛頸の方を何もせなんだら秋月殿や原田殿に恨まれよう。
 兵を整えた後、こちらから後詰を出すと向こうに伝令を出してくれ」

 だから、不必要な安全策を山中幸盛は取ってしまう。
 即座に秋上久家の手勢を後詰に出したら、三倍近い兵を受け止める事になり、筑紫勢は崩れる可能性が高かった。
 そして、水城側面を押さえる事で、立花軍が来る前に大友軍の防衛線を崩壊させる事が可能だったのである。
 だが、山中幸盛は名将と呼ばれる才を持っていたが為に、その才に捕らわれた。
 動きの見えない鍋島信生とその手勢が出ない事によって、大友軍は寡兵を利に変えていたのである。
 そして、それは実を結ぶ。

「立花本陣!
 裏崩れにござる!!」

 その報告が飛び込んだ時、尼子勢は体制を整えて、牛頸の方に後詰を送る寸前の所だった。
 ある種の確信を持っていたがゆえに、安堵した事を顔に出さず、山中幸盛は詳細を伝令に尋ねる。

「大友・龍造寺勢、二千が丸山城を急襲、落城。
 その報を聞いて、立花勢は立花山城に帰ったとの事」

 山中幸盛の読みどおり、鍋島信生の狙いは立花本陣だった。
 だが、全体で寡兵である事を鍋島信生は理解しており、損害を少なくして相手を撤退させる事を鍋島信生は狙ったのである。
 大友軍総大将である岩屋城代の怒留湯融泉に兵を出してもらい、立花本陣を叩くに足りる二千の兵を用意。
 怒留湯融泉は兵を出す事を渋っていたが、丸山城奪還を目指す事を知った博多太夫の口ぞえで兵を借り受けた鍋島信生は、その兵を持って宇美方面に先に移動して待機していたのである。
 宇美の地は、乙金山・大野山・井野山などに囲まれた盆地になっている。
 そこに二千もの兵を伏せておくのは大きな賭けでもあったが、立花軍が二日市や大宰府という餌に釣られて馬鹿正直に水城に来た事で問題とならなくなった。
 そして、宇美の地は珠姫が庇護する宇美八幡宮があり、元丸山城兵も加わっていた事もあって情報が漏れる事無く、丸山城を攻撃できたのだった。
 城兵が逃げ出した後に入った丸山城の立花軍は寡兵でしかなく、二千もの大兵で押し寄せられて支えられるはずも無く、戦う前に逃亡・開城してしまっていた。
 そして、丸山城から逃げ出した城兵によって、水城進軍中の立花本陣は事態を把握して真っ青になる。
 冷静に考えると数は二千対二千なのだが、藤木和泉守も安武民部も同格の大将である為に、自分が率いている兵でしか物を見る事ができない。

「二千対千……襲われたらひとたまりも無い……
 退路が塞がれる……!」

 共同して敵に当たれば同数であり、大筒もあるので負けるはずも無いのだが、何しろ二人とも謀反を起こしただけに相手を信用できない。
 だから、大筒の破壊力よりもその足の遅さに目がいってしまう。

「城攻めは中止だ!
 急いで立花山城に引き上げよ!」

 どちらが先に崩れたかは分からないが、片方の退却を見てもう片方も退却するという友崩れが発生し、戦う前に立花勢は壊走する始末。
 なお、この壊走時に鍋島信生の大友軍はまだ丸山城を出ていなかったりする。
 そして、この裏崩れが狙い通り水城を攻撃していた立花軍に伝わり、動揺が総崩れに繋がるのに時間がかからなかった。

「秋月・原田勢総崩れです!」
「龍造寺勢、再度押し出してきます!!」

 山中幸盛は、この戦の負けを悟った。
 たとえ兵が少なくとも、本隊が崩れて挟み撃ちにあうと思い込んだ将兵を立て直す事はできない。 

「手仕舞いだな。
 秋上久家の手勢で秋月・原田勢を支えよ。
 博多の方に兵を引くぞ」

 山中幸盛の命に崩れていない尼子勢は整然と兵を引き上げる。
 龍造寺勢も尼子勢が崩れていない事を悟って手出しを控え、崩れている秋月・原田勢の方に後詰を出していた。

「博多?
 立花山城に逃げないのか?」

 退路の方向が違う事に横道正光が疑念の声をあげるが、山中幸盛は壮絶な笑みを浮かべて言い放つ。

「まっすぐ逃げてみろ。
 そこを鍋島信生に潰されるぞ。
 博多を盾に名島城に逃げ込む」

 山中幸盛の読みは当たっていた。
 尼子勢の支援で辛うじて水城から離脱できた秋月・原田勢は、山中幸盛の提唱する博多を盾にする案を拒否して立花山城に逃げ込もうとして、挟みに来た鍋島信生と正面からぶち当たる羽目になる。
 この結果、原田了栄が討ち死に、秋月種実は辛うじて逃れたがその手勢の殆どを失っていた。
 そして、博多を盾にした尼子勢は秋月・原田勢を生贄にして名島城に逃れ、大友軍もそれ以上の追撃を控えて兵を水城に下げたのである。
 
 

水城合戦 

 兵力
 大友軍   鍋島信生他・筑紫広門       四千二百五十
 立花軍   山中幸盛・秋月種実・原田了栄   四千五百

損害
 五百(死者・負傷者・行方不明者含む)
 千五百(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死
 原田了栄(立花軍)





「しかし、何でやつら兵を返したんだ?
 あのまま名島なり立花山なり攻めていれば、博多は奪還できただろうに……」

 水城合戦の翌日、山中幸盛は名島城で博多の町を眺めながら呟く。
 大友軍は再占拠した丸山城も捨てて全兵力を元の水城に下げさせていた。
 大友軍が捨てた丸山城には、立花軍がそれなりの兵を置いて宇美方面へ備えさせている。
 この水城合戦では立花軍の将兵が消耗しただけで、博多の支配権は相変わらずこちら側にある。
 勝利による戦果拡大を狙うのならば、大友軍はこっちに押し出してもおかしくは無い状況のはすである。
 こちら側は兵はまだ六千を越えるが、敗戦で士気は落ち、大友軍は原鶴からの後詰も期待できるはすである。
 その問いに対する回答は、立花山城からの早馬で届けられた。

「白山城の宗像氏貞殿より急報!
 大友軍一万二千が遠賀川を下って芦屋に向かっています!!」



[5109] 大友の姫巫女 第七十六話 珠姫の戦国サラリーマン講座
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/08/15 16:33
(とりあえず、もの悲しいBGMを思い浮かべてください)

 珠です。
 一応、この話の主人公やっています。

 珠です。
 けど、こうして語るのがひどく久しぶりのような気がします。

 珠です。
 というか、このギャグ分かる人居るのでしょうか?

 珠です……珠です……珠です……





 さて、世の中戦争だ合戦だと浮かれつつも、日常というものは常に存在しているわけで。
 非日常の極みである戦争の間でも、人は生活し、人を愛し、子を産み、お金を稼ぎ、埋立地でハゼを釣って干物にし、地下迷宮でワニに追いかけられたりするのです。
 うん。
 ロボットアニメだったはずなのに、ロボットが出てきていない話の方が大好きだったなぁ……
 何の事だが良く分かりませんが。ええ。

 ちなみに、現在私は府内城にて府内と別府の復興計画の全体指揮を取りつつ、謀反を起こした討伐軍への兵給の統括をするというかなり素敵な罰ゲーム中。
 いや、これがどれだけ異常か分かる?ねぇ?
 某スペースオペラでの役職で言えば、後方勤務本部長と工部尚書を兼務しているようなもの。
 体がいくらあっても足りやしねぇ……
 今回の一連の合戦で評価基準もいつの間にか変わってきています。
 以前は、合戦において功績がある者がそのまま評価されているのですが、今回の戦で別の評価面が見られるようになりました。
 内政官達の待遇上昇です。
 どういう事かといいますと、地位が上がったのではないのですが、彼ら内政官というのがおいしい職業であると気づいたらしいのです。
 合戦での功績はぶっちゃけるとハイリスク・ハイリターン。
 何しろ己の命をチップに博打をやっているものですから。
 その代わり、手柄を立てたら夢は城主という素敵な未来が待っています。
 で、内政官連中の場合はローリスク・ローリターン。
 武官には馬鹿にされるし、仕事は多いし、とはいえ死ぬ事はめったに無い。
 それを私が改めました。
 というより、流通機構の整備と貨幣経済の急速な進展で、経済規模が拡大したので彼ら内政官の取り分が武官が羨むほど増えているのです。

 まず、この時代の戦国大名の給料の支払い方をお話しましょう。
 多くの大名が国衆豪族の連合政権であるというのは以前からお話しましたが、多くの家臣は自領を持っています。
 とはいえ、そんな領地を持っていない家臣だって居ます。
 彼らはどうやって生活していたのか?
 大名直轄領の収入(米や銭)をもらっていたのです。
 サラリーマンですね。
 で、大名も生活があり、彼らサラリーマン侍は領地持ちの侍より収入が少ないのが常でした。
 ところが、貨幣経済の急速な発展で銭が力を持ち出すと、これが逆転します。
 たとえば、現在の杉乃井御殿奉行で瑠璃姫の旦那である藤原行春は、一万貫の大友家における最高位のサラリーマン侍だったりする。
 これ、現在時の木下藤吉郎や滝川一益が織田家重臣としてもらっていたサラリーが二千五百貫という事を知れば、これがどれぐらいの価値になるかお分かりだと思う。
 で、災害や一揆に関係なく、毎月約八百貫が入る藤原行春に対して、領地持ちは秋の収穫頼みで、毎月の遣り繰りは商人に証文を書いてもらうという不安定さ。
 そして、ここにきてやっとですが、読み書き算盤ができる人材が大友家中に新世代として入りだしています。

「武功を立てなくても、文才でちゃんと生活できるよ」 

 それがやっと大友家中に広がったのでした。
 彼らには奉行・代官職の他に関所役人をさせる事で雇用を促進させます。
 え?関所の通行料高騰で物流が歪まないかって?
 甘いです。
 通行料はこちらで抑える代わりに、彼らには別の方面で儲けさせるのです。
 つまり、関所前の宿場町運営や、関所間の馬借(もちろん彼らに運ばせると通行料割引あり)、武芸も才があるなら、街道間の盗賊討伐での盗賊が溜め込んだ財宝は彼らに全て与えたり。
 イメージは武力を持ったまま民営化された道路公団や国鉄がサイドビジネスを展開するような。
 やっている事は、某大陸の人民共和国と名のつく国の軍閥と変わらないのは内緒。
 まだまだあります。
 関所役人は大友本家直轄職にする為、改定大友義長条々を叩き込ませた上で簡易司法権を付与させます。
 つまり、国人達の手に負えない村々での大規模な揉め事が起こった時に、最初に仲裁するのはこれらの関所役人という事です。
 都合がいいのは、関所ですから、国人領の境とか邪魔にならない所にあるわけで。
 彼ら国人領の司法権を邪魔しないという所がポイントです。
 賄賂が当たり前だったこのご時世、丸く治めれば銭がウハウハです。
 で、その裁定が気に入らないなら奉行に申し立て、更にそこで収まらないなら加判衆の出番という事です。
 ただ、これをすると関所役人は地域と土着するので、任期は五年と決めて各地をたらい回しに、そして彼らの中で優秀な者が次の奉行や代官となる予定です。
 もちろん悪さをする輩もいるので、利害が対立する国人領主から監視役である大目付職を創設して相互チェックをさせますよ。
 そして、現在謀反討伐と復興事業で馬宿大忙しです。
 武官はとりあえず戦争が終わらないと褒美が確定しません。
 もちろん、戦の最中の衣食住や合戦時の即時褒美の銭などは支給しますが、彼らが望む領地が戦争が終わらないと絵に描いた餅だからです。
 しかし、文官連中が経営している馬宿はお構いなしに銭を生み出し続けています。
 中には、溢れる銭を領主に貸している才覚ありすぎる輩も居る始末。
 流石に豊臣政権末期の武官と文官の対立になりかねないので、私が立て替えて武家への貸金業は禁止する事を徹底させましたが。
 何しろ、私も彼ら窮乏する国人衆から領地を買い取ってサラリーマン侍に切り替える事で、大友家内部の国人衆統制を狙っているのですから。

 さて、サラリーマン侍が出てきたならば、彼らの出世のゴールも用意するべきで。
 まぁ前世で最高位の社長まで上り詰めた島○作までは行かないけど、サクセスストーリーは彼らサラリーマン侍の士気向上になるので。
 で、新設部署を作る事に。
 その名は評定衆。
 え?加判衆とどう違うのかって?
 説明しましょう。

 最高意思決定機関である大友家の評定は、加判衆と呼ばれています。
 つまり、決定について大名と共にその書類に加判(サイン)をするからで、意思決定=加判だったのです。
 これに目をつけました。
 評定というのは、話し合いであって、意思決定に参加できる権利と定義。
 加判衆の評定に彼らも参加させるのです。
 しかし、意思決定のサインをするのは加判衆のみ。
 当初は、取締役と執行役員みたいな位置づけを目指していたのですが、ノリは国連安全保障理事会の常任理事国と非常任理事国みたいな形に。
 で、評定衆には一門や譜代の他に他国の旗頭大名(阿蘇家や蒲池家等)を入れ、一門や譜代はこの職を経てから加判衆に就任させる事に。
 合議制のように見えて、迅速な決定は加判衆が出す加判書によってなされるから問題は無いはずです。
 この何も決まらないがゆえに、名誉職になりやすい評定衆が一応彼らサラリーマン侍のコールとなります。
 ついでだから、加判衆の引退ポストもここにしよう。
 吉岡老も田北老も元気なじじいだから、楽隠居させるのは少し惜しいし。


 分かりやすく項目を分けてみましょう。


 大名
  当然父上の出す命令は絶対ですので、父上の加判は大友領全域で効力を発揮します。

 加判衆 一門家より六人+右筆(私)
  我々が出す加判も大友領全域で効力を発揮します。
  また、数が奇数なのを良い事に、「加判衆の過半数の加判がある物」と「加判衆の半数以下で大名の加判がある物」で効力が出るように取り決めをしました。

 評定衆 大名と加判衆が参加して、更に一門や譜代、他国の旗頭大名(ノリは社外取締役)等が参加できる最高意思決定機関。
  ここでの決定に大名か加判衆が加判する事で、効力を発揮。
  サラリーマン侍のキャリアのゴールです。

 大目付
  領地持ちの国人衆より選抜。
  奉行衆や代官の監視。

 奉行衆・代官 
  地方の行政・司法機関
  サラリーマン侍達のキャリアの終点の一つ。

 関所役人
  ドサ回り前提だけど見入りの多い役職。
  簡易司法権と地域物流事業の長。

 
 大名独裁体制の道はまだまだ遠いですが、これによって他国国人衆の不満分子を意思決定に取り込んで暴発を防ぎ、組織が固まる事で突発時の崩壊を防げると。
 何しろ、史実の耳川合戦では、中枢部の武将達が軒並み討ち死にする羽目になって、その後の内乱と共に大友宗家の権力集中を促したとかいう間抜け極まるオチを知っているだけに、緩やかに狡猾に権力を掌握しないといけません。
 で、組織整備をかねて、これらの部署に人材をぶち込みました。

 具体的には、
 軍師というあやふやな地位にいた角隈石宗と、私の下で荷駄奉行をさせている父上お気に入りの田原親賢、次期加判衆の呼び声が私のせいで無駄に高い私の爺こと佐田隆居を評定衆に就任。
 バランスと現在合戦中なので田原親宏は見送り。だけど、彼も評定衆についてもらう。
 おなじく、旗頭大名として、蒲池鑑盛・阿蘇惟将・宇都宮豊綱の三人も評定衆に就任させます。
 位置づけからも土佐一条家も入れてもいいけど、向こうの方が格が高いので却下。
 龍造寺も謀反がなければここに入れたのだけどなぁ……数年は塗炭の苦しみを味わってもらおう。
 もちろん、府内に来てずっと評定なんてやっていたら領内が荒れるので、府内に来た時に評定に参加していいよ的な意味で。
 ただ、大友家最高意思決定機関にこうして参加できるという事は、彼らの箔付けにはいい効果が出るでしょう。
 そして、次期加判衆を狙う一門も彼らの合議に任せて推薦してもらいました。
 人数がそこそこ多いので割愛するけど、引退してもがんばる吉岡長益老の息子で麟姉さんの旦那である吉岡鑑興も評定衆にちゃっかり入れていたり。
 吉岡老引退後の加判衆就任は若すぎるという理由で国衆合議から落とされたみたいだけど、次期後継者候補の私に麟姉さん、後継者三位予定の大友親貞の保護者でもある吉岡家は、北浜夜戦で討ち死にした奈多鑑基のおかげで没落しつつある奈多家をしのぐ家になりつつあるのだった。

 で、暫定措置だけど、朝倉一玄と大谷吉房と藤原行春を私の権限で奉行衆に押し込み、復興計画の実務を担当してもらう事に。
 さらに財務と府内都市計画の顧問として、島井宗室と小西如清も奉行格として参加してもらい辣腕を振るってもらう事に。
 全権を私が持っているから、彼らの抜擢による国衆の不満も今のところ表に出ず、府内の町も復興は順調に進んでほっとしていたり。
 これで、謀反が潰せたら国衆の再編成を行って……制御された内乱は体制強化に繋がるってのは本当ですね。
 なんて仕事をしながら考えていると、

「ばーかばーか!」
「ばかじゃないもん!!」
「まぁまぁ。お二人とも落ち着いて」

 もはや府内城でもなじみとなってしまった、知瑠乃と長寿丸(現在後継者二位。元服したら私と交代予定)の喧嘩がって……
 そういや、治安が悪化した杉乃井御殿周辺の保育所を一時的に府内に持って来たのだった。
 なお、その府内の保育所も便利だと府内の町の奥様達が利用しだし、杉乃井移設後も使えるようにしてくれと嘆願が出たのは後の話。
 で、白貴姉さんについている知瑠乃は基本的にフリーパスだったのを良い事に、長寿丸(私の誘拐事件から護衛が強化されて鬱憤がたまっている)と更に喧嘩をする始末。
 そんな微笑ましい府内城の一コマだけど、誰かが二人をなだめている様な。
 顔を出してみると、三人とも似たような背丈で、長寿丸と知留乃をなだめている男の子が一人と、見事に返り討ちにあったのだろうぶったおれて泣いている男の子が数人。
 この辺りから、長寿丸にも近習を作る為に同じ年ぐらいの子供をつけるのだけど、その子供達が知瑠乃に喧嘩を売って返り討ちという所か。
 知瑠乃も傷だらけだし、ああ、立派にガキ大将してやがる。

「はいはい。二人とも何やっているのよ」

「あ!姫様だぁ!!」
「あ、あねうぇ……」

 私が出てゆくと、見る見るしょぼんとする長寿丸に、ガッツポーズの知瑠乃。
 既にこの時点で大体の想像がつくのだけど、仲裁に入っていた男の子に話を聞いてみる。

「で、どうしたのかな?」
「はっ。
 実は、小姓の者が『下賎の者が長寿丸様と遊ぶのは良くない』と知瑠乃殿に喧嘩を売り、知瑠乃殿が返り討ちに。
 で、事態を知った長寿丸様がこちらに来て、今度は知瑠乃殿が食って掛かっている次第で……」

 えらく礼儀正しいお子様だね君と、心の中で突っ込みながらため息を一つ。
 知瑠乃よ……ちゃんとさいきょーの道を歩んでてわたしゃうれしいよ……皮肉的な意味で。
 地味に彼女、私より初陣が早く(何しろ初陣がこの間の南蛮人の杉乃井攻めだ)、たまたま放った弩が南蛮人の大将に当たって落馬させるという功績を立てていたりする。
 私もあとで聞いて口あんぐり。
 しかも杉乃井連中皆同じに言うので、お子様だから褒めて終わらせようと父上にお目見えさせて功績報告を。

「さすがお前の下に仕える者よ!
 これからも励むが良い」

 と、父上も大笑いして褒美の菓子を知瑠乃にやったのだった。
 で、このさいきょーなお子様は、そのお菓子をその場で食べやがってまた父上は笑うわ、私を含めた回りは真っ青になるわで大変だったけど。
 私は功績を表に出すのが面倒(銭や領地はやるのに手続きが面倒なのだ)だったので、これで片付けたつもりだったのだ。
 ところが、同年代からすれば大名顔見せだけで重大事なのに、功績を認められて、褒美を賜ったという所が容赦なく嫉妬心を煽ったようで。
 おまけに長寿丸とのけんか友達まで話したら養母上まで、

「じゃあ、彼女このままいけば長寿丸の側室になるのね」

 と、ある種の公認になってしまって、同年代の女性からも嫉妬オーラが。
 まぁ、知瑠乃は知瑠乃ゆえにまったく気づいてないけど。
 で、半ば傍若無人を許され、強気を挫き弱きを助けるチビ大久保彦左衛門と化した彼女だから年下からの支持も絶大で、今や府内のおてんば娘として府内と別府の子供社会を牛耳っているのだった。
 こんな素敵な問題児に杉乃井から目付として小姓を一人つける羽目に。
 そこ、本末転倒って言わない。
 で、その小姓が今えらく礼儀正しい彼なのだけど、確か名前は大谷吉房の息子で紀之介と言った様な。
 何だろう?
 えらく名前にひっかかるんだよなぁ……

「どうなさいました?姫様」

「え?
 うん。ごめん。ちょっと考え事していた。
 知瑠乃。
 けんかはだめって言ったでしょ。
 長寿丸も小姓に弱いものいじめはだめって言わないと……」

 軽く二人を説教して三人を解放する。
 で、仕事戻ると書類が増えていた。
 ため息を深く深くついてその書類の処理を。
 荷駄奉行の田原親賢からで、原鶴遊郭からついに討伐軍本軍が動いた事で、これで戦は天王山を向かえる。
 ん?
 天王山?……いや、天下分け目……これも違うな……関が原……あ!!!
 さっきの礼儀正しい小姓がやっと繋がる。
 ゲームでは頭巾かぶった姿ばっかりだったし。彼。

 そりゃ、彼なら知瑠乃の相手もできるだろうなぁ。大谷吉継なら……



[5109] 大友の姫巫女 第七十七話 戦争芸術終章 舞台裏 その三
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/08/18 15:11
長門国 彦島

 手勢を置いてきて、馬を飛ばす事数日。
 乗り換えた馬は両手で足りぬほどの急ぎで、吉川元春はこの彦島に怒鳴り込んできた。

「これはどういう事だ!隆景!!」

 既に日は落ち、油の灯りが薄暗い部屋をほのかに照らす中、怒鳴り込まれた相手である小早川隆景は眉一つ動かさず、

「父上の文の通りでは?
 兄上は何がご不満で?」

 吉川元春の所にも来たであろう文を手に持ち、白々しく抑揚の無い声で言ってのけられた為に興を削がれた元春は我に返る。
 このあたり、兄の扱いを良く分かっている弟である。

「不満も何も、
 我らを九州に送らず、救援を出さないとはどう言う事だ!」

 その激昂ぶりは鬼も近づきたく無いほどだが、彼がまだ怒りを露にした時の方が扱いやすい。
 この兄が本気で激怒した時は無表情に薄く哂う。
 そして、その哂われた相手は今まで生きていないのも小早川隆景は知っていた。

「兄上。
 我らの戦の相手はどなたですか?」

 諭すようにゆっくりと、小早川隆景は兄に己の戦の相手を尋ねる。
 その穏やかな声に虚をつかれた吉川元春だが、彼とて毛利の三矢の一人。
 眼前の敵の裏を読む事ぐらいできないわけではない。

「なるほど。
 我らの敵は尼子であって大友ではないか」

 彼らの父である毛利元就の文には、隆景は長門、元春は石見に留まり、反毛利勢の摘発を行えと命じられていた。
 それは、九州に上陸させた援軍が敗北し、領内で反毛利勢が一斉蜂起する事を想定した策であった。
 守護大名から戦国大名に変化した大友家と違って、安芸の一領主から戦国大名へと成り上がった毛利家は、大友家以上に国人衆の力が強く、内部の反毛利風潮も強い。
 それを天敵と言っていい尼子攻めに目を向ける事で、辛うじて領内の安定を作り出していたのだった。
 だが、その尼子も風前の灯となった現在、その国人衆を粛清する格好のチャンスが来ていたのに毛利元就は気づいていた。
 旧宗主国である大内家残党が闊歩する周防・長門は大内義長滅亡後、問田亀鶴の乱などが発生しており、大友家が準備していた大内輝弘の山口帰還等兵無しで統治できる場所では決してない。
 また、長い間中国の諸大名の焦点となっていた石見は、それゆえ強い所になびく寝返り上等な風潮ゆえに信用できるわけも無い。
 そして、新領土となる出雲・伯耆は難攻不落の月山富田城を擁して頑強な抵抗を続けていた尼子の根が強く、毛利に靡くまでに途方も無い時間がかかるだろう。
 それに拍車をかけたのが、戦国大名としての毛利家に対する信用不安である。
 大内の後継を謳った長男毛利隆元が世を去り、その遺児輝元はまだ幼く、毛利をここまで押し上げた英傑毛利元就は老いていた。
 そう。
 大友家も問題は山積していたが、一代で成り上がった毛利家は大友家以上に問題が山積していたのだった。
 だから、南蛮人の府内攻撃の報を聞いた毛利元就は、安堵のため息を漏らしたと言われている。
 月山富田城を囲んだまま、九州に対して手を打ちつつも、彼は広がった領内統治の確保と内部粛清の手を考えていたのだった。
 先行して長門に出した小早川隆景の手勢も、今だ石見の地を進軍中の吉川元春の手勢も全ては『対大友戦の援軍』という名の欺瞞でしかない。

「尼子と大内の残党を九州に送って、かの姫に潰させて、その敗北を餌に謀反を起こす国衆を粛清。
 相変わらずというか、なんというか……
 という事は、既に大友と話はついているのだな?」

 先ほどまでの怒りを忘れたように吉川元春は苦笑してため息をこぼす。
 毛利の敗北は国衆の動揺を招くが、その謀反を起こす勢力の中核戦力は既に九州で躯を晒している。
 そして、残った有象無象を粛清して領内統治を完成させるという毛利元就の策について、吉川元春は理解したのだった。 

「かの姫が何のために門司を用意したと?
 こたびの戦の最初から最後まで、門司にて安国寺恵瓊と臼杵鑑速がずっと談合していた次第で」

 その安国寺恵瓊を使って、長門到着後に戦の手仕舞いの工作を指揮していた小早川隆景も嬉しそうに笑みをこぼす。
 ただの戦の和議とは次元が違うこの門司での会談に、小早川隆景は全身全霊をかけ、実は数度極秘に単身門司に渡って臼杵鑑速と直談判していたぐらいである。
 皮肉にも府内の南蛮人襲撃の報告を毛利側は大友から伝えられていたのである。
 もちろん、毛利も情報の裏取りはしていたが、南蛮人襲撃から太刀洗や鳥神尾での敗北、更には珠姫誘拐未遂事件(たっぷりと嫌味と皮肉を込めてだが)すらも大友は毛利に公表していた。
 それが、ここにきて両者の信用に繋がる。
 隠すのが当然である自勢力の敗北すらも敵に教える余裕と、交渉相手に対しての誠実さが双方の交渉担当者である小早川隆景や安国寺恵瓊と臼杵鑑速の間でできたのも大きい。 
 更に、利害関係者が毛利と大友だけでなく、博多や堺との大商人という第三者も介在しており、彼らはこの二カ国和議によって成立する、日本海と瀬戸内海を押さえる西国十数カ国という巨大流通圏の誕生を心待ちにしていた。
 アジア随一の交易都市である博多を支えていたのは、珠姫が構築していた信用経済であるが、その裏づけとなったのは大友が誇る換金商品群の他にも、毛利が博多を通じて大量に卸していた石見銀山の銀も大きかったのである。
 何しろ、府内を焼いた南蛮人達は、大友が持つ女と毛利が抑える銀が欲しくて九州にまでやってきたのだから。
 この時点で、経済的にWIN=WINの関係を構築していた大友と毛利が潰しあった所で商人連中は誰も喜ぶ訳もなく、彼らも両者に金を渡したり両家の要人に談判して早期終結を嘆願していたのである。
 そして、大友も毛利もこれ以上戦をする余裕は無い。
 大友は一連の騒動で落ちた威信の回復に時間を欲し、毛利は拡大し続けていた戦線を整理したがっていた。
 特に、大友によって親毛利勢力が減少し続けている九州戦線は、リストラ候補の筆頭だったのだから毛利の面子が保てて戦が終わるのならば万々歳である。
 何よりも海を越えて領地を保持し続けるのは、大内家が散々苦労しているのを毛利は知っている。

「我らの弟に、立花姓を与えて博多奉行に就く事を、大友は提案しています」

 それは、別府の茶会で珠姫が安国寺恵瓊に提案した事だが、それに立花姓を与える事を加えるとなると見える絵図面も違ってくる。
 家中の謀反で倒れた立花鑑載に代わって名門である立花姓を継ぐという事は、博多を支配する事と同義となり、博多支配を目指した大内家の後継たる毛利家にとって悲願成就となる。
 つまり、毛利元鎮に博多の名家である立花の名前を与え博多奉行という職に就かせる事で、大内の後継という呪縛から解かれ、毛利は九州方面の戦から解放されるのだ。  
  
「もちろん、筑前と豊前の実効支配は大友が握るという事ですが、弟が兼帯する事で我らは九州に上がる必要は無くなります。
 更に、大内輝弘については筑前に所領を持たせる事で旧臣をこちらで引き取りたいとも申し出ている次第で」

 大友はこの戦に勝てば、秋月・立花・原田・宗像と筑前主要豪族の殆どを潰す事ができ、その所領を自由に使う事ができる。
 大内輝弘を使った大内家再興は、大内残党が力を失った後で行われるから、もはや毛利にとって害にはならない。
 当然、毛利が大内家復興に力を貸す事で、ある程度の面目も施せる事も見越しての提案である。

「思ったのだが」

 吉川元春はぽつりと呟き、小早川隆景の口を封じた。
 そこまで纏まっているからこそ、一つどうしても矛盾している事が気になって仕方ない。

「そこまでまとまっているなら、何故父上は忍びを用いてかの姫を攫わせようとした?
 どうせ、この話もあの姫が糸を引いておるのだろう。
 それだけが、納得できぬ」

 その言葉を聞いた時でも、小早川隆景は笑みを崩す事は無かった。
 それは、かれも同じ疑問を持っていたのだから。

「父上が九州から手を引く事を、どの時点で考えたいたかわかりますか?兄上」

 不意に出た弟の質問に、兄も顎に手をおいて唸る。

「わからぬ。
 太刀洗での龍造寺の勝利とその後の和議では立花の謀反の仕掛けが読めぬし、鳥神尾の大敗の後では勝ち戦なのに兵を引くとは何事と言われ……」

 不意の閃きが吉川元春をかすめる。
 その閃きが正しいなら、この戦そのものが飛んだ茶番でしかない。

「なるほどな。

 だ か ら 毛 利 は 負 け ね ば な ら ぬ か。

 となれば、大友の躓きである南蛮人襲来からか?」

 戦線の将兵が聞いたらあまりに理不尽きわまる台詞を吐き捨てて、吉川元春は正解を口に出す。
 彼も、やっとこの戦が尼子戦などとは違う理で動いているのを理解したのだった。

「そうです。兄上。
 前の門司の戦を考えれば、大友と尼子の二者を相手に戦をする訳にはいかない。
 ならば、強大な戦力を持ち、海を渡って戦をする羽目になる大友より、滅亡寸前の尼子を完全に潰す事が肝要。
 おそらく、父上は南蛮人が府内を攻撃した時には、既にこの絵図を引いておられたかと。
 兵を用いずに忍びを動かしてわれらの関与を浮き立たせ、各地の勝報によって満を持して上陸した兵を潰される事で、この戦そのものが終わります」

「策は本気で無ければ、欺瞞にはならぬか。
 相変わらず、えぐい事を……」

 毛利元就が欲したのは、負けだったのである。
 それも制御できる負けで、自身がまだその身が動き、水ぶくれのように膨れた反毛利勢力が蠢く領国を粛清し、若き孫へ継がせるための内部改革を促す程度の負けであった。
 負けの作り方も厳島と同じぐらい手が込んでいて、かつえぐいのはもう毛利元就だからで片付けてもいいだろう。
 これができるのも、毛利元就が可愛がっている珠姫をある種信用していたからに他ならない。
 そして、彼女はその信用に答え、門司での会談を最後まで維持しきっていたのだった。

「『あの姫が居る限り、九州に手は出すな』。
 わが弟ですら飼いならせなかった雌虎に手を出して、噛まれる愚を避けるは当然でしょう。
 で、兄上は子持ちの虎に手を出す勇気はおありで?」

「ふん。
 隆景。お前俺に死ねと言っているのか?」

 そして、二人して笑い出す。
 この話、よほど気に入ったらしく、後に加藤清正に「虎を狩るなら子持ちの雌虎は狩るな」と言ったという伝承が残るぐらいだからよほど広がったのだろう。

「だが、隆景よ。
 この話は、全て大友が勝つ事が前提だが、やつら、本当に勝てるのか?」

 笑い終わった後に、吉川元春は一番気になる事を小早川隆景に尋ねる。
 その答えに、小早川隆景は最新の間者が持ってきた報告を差し出した。

「なるほど。
 これでは我らは九州に上がれぬな」

 それは、大友の南蛮船を含めた水軍衆に毛利水軍が大敗を喫した報告が記されていた。



[5109] 大友の姫巫女 第七十八話 戦争芸術終章 舞台裏 その四
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/08/18 15:30
 大友家が龍造寺・宗像・原田の謀反勢に対して討伐軍を送る決定をした評定の最後で、珠姫はある事を皆に尋ねた。

「父上。
 やつら、この戦をどう終わらせるつもりなのでしょう?」

「終わらせるとは?」

 皆の視線が彼女に集まり、問いかけてきた吉弘鑑理の声を気にせず珠姫は地図を睨んだまま呟く。

「彼らの勢力では独力で我らに当たるのは不可能。
 いずれどこか大きな旗の下につかないとならない。
 で、九州において我らの旗を離れるとしたら……」

「毛利しかないでしょうな。
 姫様、話が見えてきましたぞ。
 姫様は後詰を叩けとおっしゃるのですな」

 ぽんと手を叩いて、志賀親守が珠姫の言いたい事を要約する。
 毛利の後詰を叩いてなお抵抗するとはこの三家は思えない。
 ならば、来る事を前提に考えて迎撃計画を立てた方が楽である。

「毛利は門司が使えぬ以上、兵を九州にあげるとしたら芦屋しかありません。
 そして、芦屋に兵を降ろすなら、目の前にある博多を取る誘惑に逆らえない。
 彼らが博多を占拠した後、我らは遠賀川を補給路として筑豊から芦屋を攻撃。
 後は、博多に分かれた兵を各個に撃破すればいいかと」

 珠姫の話を聞いていた一万田親実がある事に気づいて顔をしかめる。

「姫様。
 話を聞くと博多を毛利に取らせるという事は、立花山城の立花鑑載殿について……」

「見捨てます」

 一万田親実の疑問を遮って、容赦のない結論を彼女は口にした。
 その断定口調に評定の席に座ってはいたが発言権が無い大友親貞などは青ざめて、無表情に口を開く珠姫を眺めていた。

「元々大友一門にありながら、西大友と称するほどの繁栄を誇り独立傾向が強い立花家は一度懲らしめねばなりませぬ。
 既に、立花家中の大友に忠誠を誓う者達は引き抜いているので、あの家も近く謀反を起こすでしょう。
 『立花謀反』は博多が宙に浮くと同義。
 これを毛利は見逃すとは思えませぬ」

 九州における最大の戦略拠点であり、日本有数の国際交易港である博多を餌にすると珠姫は言ってのけ、それがまた参加者一同のど肝をぬく。
 博多はなんとしても死守すべき拠点であると皆考えていただけに、博多を捨てるという珠姫の発想に皆追いつけない。

「姫様。
 立花が謀反を起こせば、芦屋から背振を越えて龍造寺まで繋がってしまいますぞ。
 やつらの集まる兵も万を越え、鎮圧にどれほど時間がかかる事か」

 角隈石宗が謀反勢力が結合する危険を諭すが、珠姫はそれを待っていたかのように年相応の乙女の笑みを浮かべた。

「あら、簡単になるはずよ。
 だって、彼らが博多を守るには、彼らの領地から兵を出さないといけないのだから」

「あ!」

 珠姫の意図に気づいた大友親貞が思わず声を漏らす。
 万の兵力を謀反勢が持っても博多防衛に兵を裂かねばならず、その分彼らの本領が手薄になるという事に。
 彼女は先にその手薄になった本領を攻め取ってしまえと言っているのだった。

「毛利が彼ら謀反勢の後詰に来る以上、豊前側への上陸は無駄となります。
 もっとも、豊前に上陸したとしても、南蛮人の一件で動員が始まっている中津鎮台で押さえられるでしょうから問題はありません。
 謀反勢は立花と龍造寺の連絡を確かにしたいと考えるでしょうから、攻勢はおそらく水城および岩屋城を攻めるでしょう。
 ここを防衛しつつ彼らの攻勢限界を待ちます。
 我らの最終防衛線は、原鶴遊郭。
 ここを落とされると筑後が全て龍造寺に落ちるので、ここは死守してもらう必要があります。
 日田鎮台が既にここを軍勢の集結拠点に指定しているので落ちるとは思いませんが、討伐軍も原鶴にて集結編成をお願い致します」

「心得た」

 珠姫の説明に今回の総大将である戸次鑑連が力強く頷く。
 彼らは、既に珠姫が描いている罠の正体が半分ほど見えていただけに、その笑みも餓狼が獲物を見つけたようになっているのだが。

「今回の計画において、移動は筑豊を使います。
 私や田原殿が民を鎮撫し続けた結果、ここでは大きな騒動はおきないでしょう。
 原鶴遊郭から、古処山城を経由し筑豊に入り、遠賀川に沿って芦屋に向かってください。
 芦屋の毛利上陸拠点を潰せば、いくら兵があろうと彼らでは博多を支えきれませぬ。
 後は博多を敵の手に残しつつ、龍造寺や原田や宗像の本領を潰してゆくだけ」

 嬉しそうに語り終えた珠姫の戦略に誰も声を出さない。
 その戦は領地や城を取る事が戦と思っていた彼らにとって、まったく違う規模でまったく想像していなかった概念だった。

「姫。
 それでは、最後に博多を攻める事になるのでは?」

 隠居しているのに出ている吉岡長増が確認のため、珠姫に質問を投げかける。
 顔に浮かぶ笑みが、成長した孫を見ているような感じになっており実に好々爺なのだが、珠姫に言わせようとしている事が果てしなく黒く、えげつない。

「あら、どうして博多を攻めて、あの町を焼かないといけないのかしら?
 毛利と和議結べば、博多は帰ってくるじゃない」

 『パンが無ければケーキを食べればいいじゃない』と言わんばかりの天真爛漫な笑みで珠姫も吉岡長増に言ってのける。
 その言い草にたまらず大友義鎮が笑い声をあげた。

「わはははははははは……
 こんな痛快愉快な事は久方ぶりよ!
 これほどまでに謀反勢を虚仮にするとは、わしは初めてやつらに対して哀れに思ったぞ」

 大友領内の謀反から、毛利を介入させて大友と毛利の戦に変えて、大友と毛利の和議によって戦を終わらせる。
 そして、和議が締結された以上、彼ら謀反勢は旗と仰いだ毛利によって切り捨てられる形になるのだから、ただの道化でしかない。
 その笑い声が一段落した後、大友家の外交担当である臼杵鑑速が静かに頭を下げて口を開いた。

「既に、姫様の命にて毛利の安国寺恵瓊殿と門司にて接触しております。
 彼らも、尼子攻めの詰めの段階での九州の動乱は望んでいない様子。
 話次第では乗ってくるかと」

 ここに来て、参加者全員に珠姫が描いた絵図の全貌が見渡せた。
 彼女にとって謀反など問題ではなく、最初から最後まで対毛利戦としてこの戦を眺めていたのだと。

「姫様。
 あと一つ聞きたき事が」

 そんな中、戸次鑑連が疑問を口に出す。
 完全に仕掛けられた罠の口をどう閉じるか、そこを知らされていないからだった。

「毛利の水軍はどう対処するおつもりで?
 芦屋は潰せるかもしれませぬが、博多に船をつけられたら、我らでも手出しは難しいかと」

 それを聞いた珠姫は、用意していた回答を口に出す。

「南蛮船を使います。
 あれは、一隻で水軍の船数十隻にも勝る優れもの。
 手持ちの四隻、全てを用いて芦屋に停泊するであろう毛利水軍を潰します」

 珠姫が言う手持ちの南蛮船とは、ポルトガルから買ったり大神で作ったりしたキャラック船三隻と、先の南蛮人襲撃で砂浜に埋まったまま無傷で手に入れたガレオン船一隻の事である。
 ガレオン船へ乗せる人員も、停泊していたポルトガル船をスペイン艦隊が潰してくれたおかげでポルトガル人が余っており、彼らに任せる事で稼動状態に持っていけたのだった。

「ですが、先の別府湾の戦を見るに、あの船は陸地に近き所で火矢で襲われたらひとたまりも無い。
 それで、馬関海峡を越えるのは少々無理ではないかと」

 別府湾の戦を府内から見ていた戸次鑑連が、思った事を口に出す。
 なまじ、海の戦に疎いがゆえに、その見たままの感が核心をついているあたり、さすが名将といった所だろう。
 だが、それに対する珠姫の回答は、遥かにぶっ飛んでいた。

「何 で 馬 関 海 峡 を 越 え る の ?」

 誰もが皆時間が止まる。
 いや、何を言っているのだろうこの姫は。
 芦屋を叩くには、あの毛利水軍が厳重な警戒をしている馬関海峡を越えるしか道が無いじゃないかと珠姫以外の全員が視線で珠姫に語りかけるが、珠姫はまったく動じることなく筆を手に取る。

「ふんふんふん~♪」

 何か良く分からぬ鼻歌まで歌いながら、筆に墨をつけて地図に丸を書いた。


「「「「「「!?」」」」」」


 その丸が、南蛮船の航海ルートであると気づいた一同は驚愕の為に口を開けるけど、声が出ない。
 そう。
 豊後をスタートした線は、南下して日向・大隈・薩摩と時計回りに回り込んで北上、肥後・肥前と北上して玄界灘に突っ込んでいた。
 できるのだ。南蛮船ならば。
 地球の裏側から来た事から南蛮船の航続距離が優れている事を、珠姫以外気づいていなかった。
 薩摩・大隈を除いた九州が大友の勢力圏にあるという事を、珠姫以外理解していなかった。
 毛利が死守する水軍の要地である関門海峡が重要ではなく、本当に重要なのは上陸後の補給路になる響灘や玄界灘の制海権である事に珠姫以外は気づいていなかった。
 
「日向の伊東家は中立の方向ですが、伊東家の親戚である一条家や、対島津の支援もあるので寄港は断らないでしょう。
 美々津、油津(飫肥の戦しだいですが)と停泊して、一気に大隈・薩摩を越えます。
 ポルトガルの旗と帆を用意しておけば、島津の船も何も言ってこないでしょうし、言ってきたとしてもポルトガル人に応対させれば良いかと。
 薩摩を越えたら、肥後天草か肥前横瀬浦で休んで、平戸を越えて唐津へ。
 ここで、松浦水軍、宗氏の壱岐・対馬水軍を率いて芦屋を攻撃。
 毛利側の村上水軍は、伊予が気になるのと鶴姫の件で既に楔を打ち込んでおり、隠岐水軍は毛利についたとはいえ、まだ信服しておりません」

 珠姫は唖然とする一同に対して、悠然と微笑んで見せた。


「一隻でも、南蛮船が芦屋にたどり着いたら我らの勝ちです」
 

 この船団は、討伐軍が出陣した翌日に出港した。
 そして、彼らが横瀬浦に着いた報告を待って、討伐軍は原鶴遊郭を動くように取り決めがなされたのであった。
 龍造寺による太刀洗合戦が勃発、その敗北と龍造寺の和議成立によって立花が大友側に残ったのは珠姫にとっては誤算だったが、龍造寺の降伏によって水城以南が戦火にさらされない事は大きなプラスとなった。
 その後の鳥神尾合戦の大敗が反大友勢力の決起をうながし、立花家中で謀反が勃発。
 それが呼び水となって、毛利軍が芦屋に上陸する。
 前後して、府内を出発した南蛮船団は一隻の難破という犠牲を出したが、三隻が肥前横瀬浦に到着したのである。

『南蛮船横瀬浦に到着』  
 
 この報告を持って、腹鶴遊郭の大友軍は動き出す。
 立花謀反とその後に行われた、内野合戦、水城合戦で反大友勢は兵力を消耗し、毛利本軍の増援を矢のように催促していた。
 そのタイミングで原鶴遊郭の大友軍は動き、大友軍の動きに反大友勢が神経をとがらせていたその時、唐津に集結していた大友水軍は南蛮船三隻を中核に松浦・壱岐・対馬水軍二百隻を集めて芦屋に向けて出港したのだった。
 かくして、吉川・小早川兄弟に九州上陸を諦めさせ、後の海戦に多大な影響を与えた響灘海戦の幕が上がる。



[5109] 大友の姫巫女 第七十九話 戦争芸術終章 響灘海戦
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Date: 2009/08/29 19:25
 肥前国 唐津港

 集まった軍船は約二百隻。
 その中でひときわ目を引くのが三隻の南蛮船だった。
 そのうちの一隻は他の二隻より大きいが、今回の大将である安宅冬康は小ぶりな方の南蛮船に乗っていた。
 そんな南蛮船から女達が小船で降りてゆく。
 今回の航海の慰安にとわざわざ唐津にまで珠姫がつけてくれた博多の遊女達である。
 この航海において、最後まで珠姫は自ら乗ろうとしており、家中全員の総反対によって挫折したという経緯がある。
 その時、

「『監獄戦艦』がぁ……『ヴィクトワール』がぁ……」

 と謎の言葉を吐きながら泣く泣く諦めた珠姫の姿が見られたのだが、何を言っていたのかは家中の誰にも分かっていなかった。
 とはいえ、府内からの出航において盛大に祈祷という名のストリップをやらかして、人員が増えた最初の評定に取り上げられるほどの大問題となっていたり。
 まぁ、母親の比売御前と影武者の恋を引き連れて船上ショーなんてやれば、そりゃ大問題にもなろうというもので。
 ちなみに、珠姫の母親たる比売御前はというと、大友義鎮と奈多夫人公認の筋金入りの色狂いで、珠姫の父親についてはその色狂いから、

「本当に殿の子か?」

 という出生についての疑惑はずっとついてまわり、小原鑑元の乱の時には寵臣である一万田鑑相を敵側に走らせ、珠姫自身も宇佐八幡に人質として出す結果となる。
 そんな比売御前だが、その言動もまったくぶれが無く、

「孕まなければ浮気じゃない」

 という迷言をほざいて、各地の祈祷時に遊び狂っている始末。
 で、この船上ショーを知って激怒した義鎮と四郎は慌てて駆けつけたら、その艶妖さにそのまま虜になって、怒るに怒れなかったりする。
 まぁ、義鎮と比売御前を知る重臣にとって、親が親だから珠姫もと思っていたが、見事なまでにその血が開花しているので頭が痛い事この上ない。


「わたし、戦に出れないから……
 受け止めてあげるくらいしかできないんだ」


 評定での弁明時になんだか、「サクセス!」とか叫びそうな怪しげなポーズまで決めた珠姫だが、参加した重臣一同から『何言ってんだこの姫』という無言の集中砲火を浴びると、

「仕事が忙しくて息抜きがしたかったのよぉぉぉ……」

 泣きながら評定の席で復興と戦の書類を処理(一日遊ぶだけで加速度的に書類が溜まるので、評定中も処理する羽目に。自業自得だが)しつつ、恨み言をぶつけるという高等戦術で評定衆を困らせるし。
 とりあえずの常識論でお茶を濁す事が第一回拡大評定の結論となっている辺り、大友家の将来は別の意味で怪しかったりする。


 
 さておき、府内を出航した船団は府内を襲った南蛮人が乗ってきたガレオン船が一隻と、ポルトガルから買ったり大神で作ったキャラック船が三隻の計四隻。
 航海は順調に進み、日向美々津に到着。
 飫肥の戦が緊迫している情報を掴んで、船団は油津には寄らずに一気に大隈・薩摩を越える事を決意する。
 その途中で、一隻が船団からはぐれて行方不明となったが、薩摩から北上する際には対馬海流にも乗ったこともあり、肥前横瀬浦に到着したのである。
 船団到着の報告が原鶴遊郭に届けられ、更に船団は唐津に入港。
 同時に松浦党を中核とする大友水軍が唐津に集結し、いまや遅しと全船団が出航を待ち構えている状態だった。

「船団を分けるですと?」

 最後の確認の為に安宅冬康の乗る旗艦『珠姫丸』に集まった諸将は、安宅冬康の第一声に怪訝な声をあげた。

「毛利が彦島に集めた船は警固衆の船が二百隻、更に沖家水軍が三百隻もある。
 五百隻の船を相手に船団を分けるは、必敗と思うがいかに?」

 松浦水軍の大将である松浦隆信が、懸念を表明するが、安宅冬康は動じない。

「既に、沖家水軍には手を打っている。
 戦意も低く、三百隻全てを相手にする事もあるまい。
 我らは警固衆を叩く事だけを考えればよろしい」

 安宅冬康の言葉に続いて対馬の太守でその水軍を率いてきた宗義調が口を開く。

「とはいえ、毛利の警固衆も強敵。
 どうやって叩くおつもりか?」

 宗義調の声に安宅冬康は軽く自らが乗る『珠姫丸』の壁を軽く叩いた。

「まず、この南蛮船の特性を教えておこう。
 この船は関船や小早が追いつけぬほどの速度が出る。
 ゆえに一緒に行動する事自体が無理なのだ」

 珠姫丸を与えられてからの安宅冬康は必死に南蛮船の特性を勉強していたのだった。
 そして、別府湾海戦という実戦も積んだ事もあって、その自信に揺らぎは無い。

「それに、この南蛮船の弱点は帆だ。
 帆を焼かれると何もできなくなる。
 その為にも、乱戦は避けたい」

 この時代の海戦と言っても、平家一門が海に沈んだ壇ノ浦合戦とさして変わらない。
 飛び道具が使われても最後にものを言うのは、互いの船を近づけての近接戦闘であった。
 もっとも、近づいたら焙烙火矢や棒火矢で船ごと焼く辺り、武器は進化しているのだが。
 そういう意味でも、南蛮船を敵船に近づけたくは無かった。

「南蛮船三隻だけで船団を組み、横から大筒で毛利の警固衆をかき回す。
 敵は正面と横からの攻撃に晒されるだろう」

「おお」

 松浦隆信が声をあげる。
 何しろ、松浦水軍は宮ノ前事件で南蛮船に数十隻で喧嘩をふっかけて、完膚なきまでに負けるという経験をしていたりする。

「皆の者、この戦で勝たねば、陸の戦のけりがつかぬ。
 勝って、この戦を終わらせようぞ!」

 安宅冬康の激に諸将が頷く。
 その後、南蛮船を筆頭に大友水軍は出撃したのだった。

「『沖家水軍には手を打っている』か……」

 関船に乗り込んだ宗義調はぽつりと呟いた。
 評定の席では気づかなかったが、今更になって気づいてしまったがゆえに、その不安が口から漏れてしまうのだった。

「だが、手が外れて、沖家水軍が全力で攻めてきたらどうするつもりなのだろう?
 五百隻対二百隻では話にならぬぞ……」



 宗義調の不安はある意味的中していた。
 沖家水軍の中核であり、村上水軍大将である村上武吉は典型的な海の男だった。
 恩も利も義もがんじがらめになっているが、珠姫や小早川隆景みたいな腹芸が使えるわけも無い。
 だから、とても分かりやすい選択、

「まぁ、いい。
 我らが戦に勝てば、全てが上手くいくだろう」

 というある種の思考放棄をやらかしていたのだった。
 まぁ、大友と毛利の出来レースなんて、双方の中枢しか知らぬ最重要機密である。
 とはいえ、両者が不自然なぐらいに村上水軍を意識していたのが、ある種の傲慢となって一番やってはいけない選択をやらかしたのである。
 ここに来て、門司で交渉していた臼杵鑑速と安国寺恵瓊が焦り出す。
 毛利水軍が響灘の制海権を保持したままでは上陸した毛利軍を孤立させられない。
 もちろん、敗北を前提に九州に兵を送るつもりの無い毛利も、このまま沖家水軍が鎮座しているのに援軍を送らないのはどういう事だと怪しまれる。
 かくして、空気の読めない村上武吉を帰らせるために頭を大友・毛利の双方が頭を抱える羽目になる。

「何?
 宇都宮が動いた?」

「はっ。
 宇都宮勢の千が大友の援軍三千を連れて、伊予由並城を囲む動きをしていると。
 湯築城の河野通直殿が後詰を求めております」

 水城合戦の後、彦島の毛利軍に飛び込んできたのは、四国情勢の急変だった。
 原鶴遊郭の大友本軍が動いたという報告も飛び込んできており、小早川隆景を筆頭に諸将がその対応に追われていた。

「既に大友軍は唐津に松浦党や壱岐・対馬水軍を集め、我らに対抗しようとしております。
 これを先に叩けば、小早川殿を安心して九州に送る事ができます。
 どうか裁可を」

 地図をじっと睨んでいる小早川隆景は、それを理由に村上武吉の提案に答えない。
 そもそも、四国情勢の急変は村上武吉を帰らせる為だけに、隆景が大友側に依頼した事だったりする。
 だが、その心を村上武吉が知るわけも無い。

「尋ねるが、村上殿の一族に連なる鶴姫が大友側に居る。
 大友の珠姫の温情によりつつがなく向こうで暮らしているが、我らも姫の事を考えると気が重いのだ」

 内心の怒りなど見せずに、淡々と小早川隆景が人質を心配する大将の顔で村上武吉に漏らす。
 だが、そんな腹芸などできない海の男ゆえ、村上武吉はどんと胸を叩いて言い捨てた。

「あれも戦国の習いは知っておりましょう。
 今、戻っても伊予では戦が始まっています。
 この戦は伊予では無く、九州にて全てが決まる戦。
 我ら沖家水軍は厳島の時と同じく、毛利の助けとなりましょうぞ」

 これで村上武吉が馬鹿でないのだから小早川隆景も困る。
 というか、隆景や珠姫の腹黒さが突出しているのだが、それを言った所で理解できるのは互いの父である毛利元就と大友義鎮ぐらいしかいない。
 村上武吉の言葉は確信をついているだけに、これ以上の憂慮は何か感づかねかねないと悟り、小早川隆景は村上武吉の方を向いてゆっくりと口を開く。

「申し訳ござらぬ。
 村上殿、いや、厳島で共に戦った沖家水軍に失礼な事を申してしまった。
 大友水軍の排除、お願いできますかな?」

「お任せあれ!」

 頭を下げる小早川隆景は同時に、計画の修正を考える。

(こうなれば、我ら兄弟が九州に渡るのは仕方ない。
 ならば、九州に渡った後に、突発事態で戻るという事にするか。
 尼子の反撃は距離が遠すぎるし、たしか大友側に大内輝弘がいたな。
 奴を長門に上げさせて、乱を起こさせるか。
 一度は大友本軍と槍を合わせねばならぬな。
 臼杵殿にどう伝えるか……)

 この時点で、戦国最強を誇る沖家水軍を中核とする毛利水軍五百隻に勝てるとは小早川隆景も思っていなかった。
 大友水軍の壊滅と戦の継続を視野に、大友側との交渉でどう修正を入れるかで小早川隆景は頭がいっぱいだった事もあり、海戦の指揮を村上武吉と警固衆大将である乃美宗勝に任せたのである。

 唐津から先は毛利の勢力圏である。
 だから、大友水軍の出撃は当然のように毛利側に伝えられ、万全の迎撃体制で出迎えられていた。



 地理説明



       ② B

    地ノ島凸
大島凸      A
          ―――――――
         |鐘ノ崎
  ①      |
         |
   ――――――
  |


大友軍
① 松浦党・壱岐対馬水軍衆 松浦隆信・宗義調  二百隻
② 大友南蛮船       安宅冬康      三隻


A毛利警固衆        乃美宗勝      二百隻
B沖家水軍         村上武吉      三百隻



 地ノ島沖の戦場に現れた大友南蛮船の三隻は、その先に集結している毛利水軍の数に暫く誰も声を出せぬほど圧倒されていた。
 何より、中央に位置する安宅船に掲げられている、『丸に上の字』の旗を見た瞬間に、安宅冬康は計略の失敗を悟ったのである。

「棒火矢で帆を狙え!」

 そう。
 彼らは南蛮船の弱点である帆を狙う為に、棒火矢を大量に装備していた。
 一斉に放たれる棒火矢の群れ。
 数十本の煙が南蛮船に向かうが、距離が足りずに南蛮船の手前に落ちてしまう。
 だが、これは景気付けであり、これからも棒火矢を放つ事でこちらの士気高揚を狙ったもので、最初から当てる為に放った訳ではない。
 だから、ついつい南蛮船も同じ棒火矢の射程で物を考えてしまったのである。
 その事を彼らは数瞬後に後悔する。

「うろたえるな!
 こっちの方が速いし、大筒もある!
 大筒を撃って、やつらを近づけさせるな!!」

 安宅冬康の激になんとか我をとりもどした南蛮船三隻は、襲い掛かる沖家水軍に船腹を晒す。

「撃て!」

 南蛮船が黒い煙に包まれ、雷が落ちたかのような轟音が響灘に轟く。
 キャラック船二隻が積んでいる片舷十七門のカルバリン砲と、ガレオン船が積んでいる片舷二十門のカノン砲の合計五十四門の大筒が火を噴き、沖家水軍三百隻に襲い掛かった。
 その数秒後に五十四発の砲弾が沖家水軍に降り注ぎ、砲弾が次々と小早や関船を貫き、沈めてゆく。
 三隻の南蛮船の一斉射撃で沈んだ船は小早が二隻と関船が一隻。
 とはいえ、船団中段に位置していた関船まで砲弾が届き、船底を砲弾が貫いたらしくみるみる沈んでゆく関船に沖家水軍の一同は唖然としてしまう。
 第二射以降は各個に砲弾を降り注がせるようになったが、棒火矢の射程にはまだ入っていないのに更に数隻の小早が沈められた。
 その一撃で勝負がついた。
 まだ数隻の損害しか出ていないが、この攻撃で兵士も櫓を漕ぐ水夫達も心が折れてしまった。
 轟音を轟かせ、こちらの攻撃の届かない遠距離から一撃で船を沈める南蛮船。
 ここで、櫓で進む船の欠点が露呈する。
 水夫の心が一つにならないとこの手の船は力が出ない。
 だが、心が折れた彼らは次の砲撃が来る前に安全圏に逃げようと隊列を崩したのである。指揮官の命令を待つまでも無く。
 統制の取れない致命的な大混乱が沖家水軍に広がってゆく。
 村上武吉は必死に統制をとろうと安宅船上から激を飛ばすが、南蛮船団の砲撃で指揮が完全に崩壊し、総崩れとなる。

「やつらを逃がすな!」

 沖家水軍の総崩れを安宅冬康が見逃すはすが無かった。
 距離を取りながら、大砲の弾が無くなるまで砲弾を打ち続け、次々と小早や関船を沈めてゆく。
 そんな蹂躙を鐘ノ崎沖で見ていた警固衆も当然のように動揺していた。
 彼らにも南蛮船の後を追いかけてきた、松浦・壱岐対馬水軍衆が襲い掛かる。
 同数の激突だが、沖家水軍の総崩れはそのまま毛利の警固衆の崩壊を促した。
 三隻の南蛮船に三百隻の沖家水軍が負けたのである。
 彼らもまた櫓の船であるがゆえに、同じく指揮が崩壊、総崩れとなったのである。

「一隻も逃がすな!」

 結局、大友水軍は小早十数隻の損害だったのに対して、毛利水軍は小早三十五隻、関船十四隻が沈み、小早五十隻と関船八隻が降伏するいう大損害を受けた。
 その損害の殆どが、水夫達の士気が崩壊して算を乱して敗走する途中で南蛮船に追いつかれて発生している。
 この敗北で、小早川隆景は内心ニヤリとしながらも水軍衆の撤退を決断する。
 その決断に村上武吉も異存があるはずもなかった。
 村上武吉にとって想定もしなかった大敗北。
 何よりも、鉄の結束を誇った村上水軍が、大砲の集中砲火の為に士気が崩壊し総崩れとなった衝撃にまだ呆然としているというのが真相に近い。
 この敗北で櫓で進む船にとって、一番都合の悪い『疑心暗鬼』に沖家水軍全体がとりつかれてたのを考えると悪夢以外の何者でもない。
 彼はこれから長い長い再建の事を考え、さらに伊予の事態急変も考えねばならなず、いっきに老け込んでいた。
 なお、大友と毛利の和議の後、村上武吉は隠居する。
 自立を謳っていた村上水軍だが、この敗北の後はその気概も力も失い、河野氏と共に毛利旗下に降ったのだった。
 それは、瀬戸内海における海賊の終わりでもあった。
 瀬戸内水軍を吸収した毛利は、安芸国の呉に南蛮船造船所と水軍本部を設置。
 それを薦めたのがかつての敵であった珠姫だったという。


 なお、この海戦は大友側にも甚大な影響を与えた。
 大砲の破壊力は海戦の主力である小早程度の船では相手にならないという事が、はっきりと見せ付けられたからである。
 更に、南蛮船の火力・航続力・速度に積載量のどれをとっても、主力のはずだった松浦党や壱岐対馬水軍を置いてゆく結果となり、水軍全体の存在意義を問われていたからである。
 その為に、南蛮船が建造できる大神の造船所を持っている事もあって、大友家は水軍編成を南蛮船主体に切り替える事にしたのである。
 南蛮人の襲撃で鹵獲し現在修復中のガレオン船二隻も水軍に編入する事を決定。
 大神の造船所の大拡張が決定され、南蛮船主体の大友船団は北は蝦夷から南は南越まで活躍し、大友に尋常ではない富をもたらす事になるのだがそれは別の話。
 
  

 響灘海戦

参加戦力
 大友家        安宅冬康・松浦隆信・宗義調    南蛮船三隻 二百隻
 毛利家        乃美宗勝・村上武吉              五百隻

損害
 大友家        撃沈十数隻
 毛利家        撃沈四十九隻 拿捕五十八隻



[5109] 大友の姫巫女 第八十話 戦争芸術終章 小金原合戦 前編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/08/30 03:13
 筑前 立花山城

「笠木山城?」

「そう。
 大友本隊が筑豊に入ったならば、狙うは博多では無く宗像本拠の白山城か毛利が後詰を送れる芦屋しかない。
 そのどちらにも対応できるのが、この笠木山城だ」

 秋月種実は己の手勢の殆どを失ってはいたが、現在立花山城に詰めている面子で一番土地勘があり、大友本隊が筑豊に入った時点で目的地は芦屋と看破していた。
 とはいえ、手勢を失った事によってその発言力は大幅に衰えており、手勢はあるが流浪の軍である尼子勢に接触を図り、山中幸盛の冒頭の台詞に繋がる。

「たしかに遠賀川を下ればその河口は芦屋だが、まっすぐ下ってくるのか?やつらは?」

 山中幸盛のある意味当然ともいえる疑問に秋月種実は鼻で笑う。

「万を超える軍につく荷駄を考えろ。
 博多を突くのなら、岩屋城や水城の連中ともう合流している。
 やつらも府内を焼かれて、荷駄の手配が追いついていない。
 間違いなく、やつらは芦屋を叩く。
 麻生隆実も助ける事ができるからな」

 事実、荷駄に不足感のある大友本隊は響灘海戦の勝利もあり、芦屋を押さえる事で海路の補給を企んでいた。
 龍造寺以外動員をかけなかった肥前国人衆から兵糧を調達し、それを唐津に集めて南蛮船で芦屋に持ってくるという腹である。
 今回、後方において大友軍の兵給を統括している珠姫は、出陣時より飢えさせる事だけは絶対にさせなかった。
 その為、滞在していた原鶴遊郭を一大兵給拠点に仕上げ、続々参陣する各国の将兵にあったかい味噌粥を振舞って士気を高めたりしている。
 そんな彼女が海路からの補給を考えない訳がない。
 なお、対岸で籠城している麻生隆実については毛利側は手を出していなかった。
 こちらが大軍なのもあるし、麻生隆実からも『手出しはしない』という言質を受け取っていたりする。
 このあたりの豪族の生き延びる執念と知恵は恐ろしい。

「とはいえ、立花山城を空にする勇気はあのお二方にはあるまい。
 我らが宗像と合流しても七千。
 大友本隊は一万二千を数えるのに勝算はいかに?」

 秋月種実の言葉を止めたのは、横道正光。
 淡々とした口調だが、それゆえに言葉に凄みがあった。
 響灘海戦の毛利水軍の敗北は既に伝えられており、九州の反大友勢力の失望感は大きい。
 その情況下で寡兵で大軍を相手にするなど自殺行為に等しい。

「だから、笠木山城なんだ。
 この城が落ちれば宗像が安全地帯になる。
 そして、遠賀川に睨みがきくから大友本隊を引き付けられる。
 こちらが頑張れば毛利も援軍を再度考えるだろう」

 勝つ事こそ生き残る為の条件と考えて秋月種実は積極論をしかける。
 それに今度は山中幸盛が尋ねる。

「岩屋城と水城の大友勢はどうする?」

「立花のお二方にお任せすればよろしかろう。
 三千の兵をむざむざ遊ばせるのは腹が立つが、足止めには十分だ」

 横道正光と同じように立花勢の二人を秋月種実もこきおろす。 
 その仕草に山中幸盛と横道正光も苦笑する。

「いいだろう。
 我らは流浪の軍だ。
 こういう捨て戦にこそふさわしいだろうよ」

 笑って承諾した山中幸盛に秋月種実は頷いて口を開いた。

「感謝する。
 白山城の宗像殿にはわしから話を通しておく。
 自領が狙われている以上、出し惜しみはしないだろうよ」

 それで話が終わりと思っていたのだが、

「あまりここには長く居れないかもしれないぞ」

 という声と共に、秋上久家が大友側に潜っていた井筒女之介を連れて入ってくる。
 その顔は良くない報告なのだろう。
 肩まで切りそろえられたおかっぱ美少女にしか見えない女之介など真っ青になっている有様である。

「立花の二将に内応の手が伸びています。
 相手を殺して降伏すれば、命を助け、領地は安堵すると」

 その小さく可愛らしい声に生気がまったくないが、聞いた四人もみるみる顔面蒼白になってゆく。

「まずいな。
 その情報確かか?」

「はい。
 僕がその役目を仰せつかりましたから」

 井筒女之介の震えた声に四人は最初何を言っているのか良く分からなかった。
 いや、分かっていたのだが、分かりたくなかったのだった。
 そんな四人の思いを踏みにじるように、井筒女之介は口を開く。

「大友家ご息女、珠姫様お抱えのくノ一頭、舞様より山中殿に対し珠姫様のお言葉を承っています。
 『立花の残党を潰してこっちにつくなら、尼子再興の手を貸すわよ』と。
 なお、立花の二将には舞様が直々にお伝えしているはずです」

 我に返ったのは秋月種実が一番速かった。
 刀を抜いて女之介に切りかかろうとして、秋上久家と横道正光に止められる。

「貴様裏切ったか!
 山中殿もどうして、こやつを斬らぬ!」

 激昂する秋月種実に対して、井筒女之介は動こうともせず、ただ目に涙を浮かべてその理由を語りだす。

「毛利によって壊滅寸前の鉢屋衆を保護する事を珠姫様が決め、各地の鉢屋衆残党が奈佐日本之介殿の仲介で門司にあがり、そのまま姫様にお使えしているそうです。
 そこから僕の名前も漏れ、二日市に潜り込んだ時には既に姫巫女衆に監視され、水城合戦の後捕まって……」

 そこからは、ただ泣くばかりで女之介は何も語らない。
 が、後に姫巫女衆の不文律の一つになり、珠姫自身も採用しようとして超大問題となった発言を察すれば、何をされたかは簡単に分かるだろう。
 後の趣味人たちの日本史において燦然と輝く珍騒動、『男の娘は浮気じゃない』事件のこれが元である。
 なお、この珍騒動時に評定における珠姫の珍演説、

「私の為じゃない。
 準にゃんの為に、私はがんばっているの!」

 の一言で、『また姫の愛人か!』と大友家中蜂の巣を突いた様な大騒動となり、大友家中および毛利家の男女全てを探しても準と名乗る者がいなかった事によってやっと事態は沈静化する。
 こうして姫巫女衆に組み込まれた男の娘だが、そこから後に超絶の才を誇る男の娘が出て、この珠姫の判断が正当化されたのである。
 それが、今、井筒女之介を斬ろうとしている秋月種実を父親とする、秋月涼なのだから歴史は皮肉に満ちている。
 彼(あえてそう言わせてもらう)と、もう一人秋月種実の種をもらって姫巫女衆に入った秋月律子によって、秋月家は復興するのだがそれは別の話。

「それをこうして伝えている女之介の気持ちを考えろ。
 すまなかった。
 お主につらい役目を負わせてしまったな」

 一言だけ秋月種実に告げて、山中幸盛は井筒女之介に頭を下げた。
 秋上久家と横道正光もそうだが、尼子復興を誓った仲であるがゆえに互いの信頼を信じているし、それは他の三人も同じだった。

「とはいえ、このまま寝返ったら毛利に攻められている月山富田城がどうなるか分からない。
 秋月殿。我らには大友と戦って勝つしか選択肢がないのでござるよ」

 主家である尼子を見捨てたらそれもありかもしれないが、それをしたくなかったがゆえに九州くんだりまできて戦をやっているのである。
 山中幸盛も彼が率いる尼子衆はその意地だけで戦っていると言っていいだろう。

「結局、いざござはあるが我らは秋月殿の策で戦うしかないのですよ。
 ですから、秋月殿にも兵を率いてもらわないとこちらも困ります」

 さらりとまとめた横道正光に秋月種実はいやな顔をする。
 その率いる兵がないからこうして流浪の尼子勢に頭を下げている訳なのだが。
 もちろん、そこまで読んでくれる事を期待した横道正光の嫌味だったりする。

「その兵が無いからこうして来ているのだが。
 せめて立花のどちらかを引っ張り出す事ができればなぁ……」

 ぼやく、秋月種実を前に、ぽんと山中幸盛は手を叩いた。

「まてよ。
 女之介の持ってきた話……使えるかもしれんな……」



 翌日。
 立花山城を出て、丸山城に向かうのは山中幸盛率いる尼子勢三千と、秋月種実。
 丸山城の守備兵も秋月種実の指揮下に従う事を約束させたので、その兵力は五百となる。
 山中幸盛は立花の二将、安武民部と藤木和泉守に個別に会ってこう囁いたのだった。

「相手が大友に内応しようとしている。
 そうなると、浮いた手勢がどう動くか分からないぞ」

 と。
 双方内応しようとしていただけにこの一言は衝撃となって二人に襲い掛かった。
 将なき兵はいい操り人形ではあったが、互いのバランスが崩れるので今まではそのままにしていた。
 だが、裏切るのならば相手がその掌握に動く事を頭に入れていなかったのである。
 既に二人の心の中は疑心暗鬼でいっぱいだから、山中幸盛の差し出した手を掴む事はしてもその意図まで気づかない。

「特に丸山城が危ない。
 あそこは将がおらぬから、また大友が攻めてきた時と同様、逃げ出しかねないぞ」

 言っている事が正しいがゆえに、二人は山中幸盛に対しての警戒を下げた。
 内心ニヤリとしながらも山中幸盛は本題に入る。 

「ならば、丸山城を秋月種実殿に任せてみてはいかがか?
 我らは宗像殿の要請において、これより笠木山城を攻めるのだが、犬鳴峠の入口に当たる丸山城が落とされたら帰ることができぬ。
 秋月殿ならば我らを裏切る事はせぬし、こちらも安心して戦ができるのだが。
 もちろん、安武殿と藤木殿のどちらかが丸山城に入って頂くのが一番なのだが」

 できもしない事を知らない振りをして、山中幸盛は平然と言ってのける。
 どちらかば丸山城に入れば、立花山城に残った方が謀反を起こすに決まっている。
 だが、先の水城合戦を見れば分かるように、将無き兵など城に篭らせても無駄である。
 二人は山中幸盛の提案に対して、頷く事しかできなかったのである。
 こうして、丸山城の手勢を手に入れた秋月種実だが、その手勢を全て出撃させて笠木山城攻撃に向かっていた。
 なお、彼らの出陣の後、安武民部と藤木和泉守の内部対立は城内の合戦に発展し、秋月種実の暴挙はそのまま見過ごされる事になる。

 尼子勢と秋月勢は丸山城に入城後、犬鳴峠を越えて小金原台地に着陣する。
 先にこの地を収める宗像家に属する若宮衆の河津隆家率いる千がこの地を押さえており、ここにて宗像氏貞の本隊二千と毛利から送られた大内残党の千を待つ段取りになっていた。


 だが、こうした反大友勢の動きを、全て読みきっていた女が大友側に一人いた。
 けど、その女はこれから起こる戦には一切口出ししていない。
 それは、戦場において女が口出しをするまでもないほど指揮官が有能である事を女が知っていたからに他ならない。
 かくして、『大友の雷神』戸次鑑連は全軍を小金原に向け、ここにこの戦最後の合戦となる小金原合戦の火蓋は切って落とされたのである。



 地理説明
          ↑宗像


          小金原

       犬鳴峠
   ▲丸山城
                凸笠木山城



 



[5109] 大友の姫巫女 第八十一話 戦争芸術終章 小金原合戦 中編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/08/30 16:53
 府内での出陣式の後、珠姫は戸次鑑連を捕まえてこんな事を言ったという。

「私は大友の一門として、極力大きな戦には関わるようにしてきたわ。
 門司しかり、秋月しかり、南予しかり。
 戦に出ずに留守番をするのは今回が初めてよ」

「お腹のお子のためにもそれがよろしいかと。
 ご心配なさるな。
 それとも、それがしの采配が不安なのですかな?」

 珍しく冗談を口にして場を和ませようとした戸次鑑連だが、その面白くない冗談に反応するだけの余裕を珠姫は持っていなかった。

「門司では死体を見て吐いたし、彦山川では死兵に震えてお漏らしまでしたわ。
 けど、南予ではそれを受け入れている自分がいたし、府内の騒動もどこか人事のように感じる私が居るのよ」

 どう言い繕っていいか分からない戸次鑑連など視野に入っていない珠姫は、そのまま震える声でその本心を口にした。


「怖いのよ」


「何がですかな?
 南蛮人も去り、忍びの者も討ち取り、姫は今回戦に出ない。
 姫の仕掛けで負けることもないと思われれば、心安らかに……」

 戸次鑑連の慰めを強引にとめた珠姫は、その恐怖を口にした。


「戦 を 楽 し ん で し ま う 
 自分が怖いのよ……」


 その言葉に呆然とする戸次鑑連を無視して、珠姫はその恐怖を口にする。

「かつて、『戦は評定で起こっているのではない!戦場で起こっているんだ!!』といった足軽がいたわ。
 それに対して大将はその足軽に平然とこう言い返したそうよ。
 『戦は、戦場ではなく、評定で起こっているの』と。
 今回、私が目指した戦はそれよ。
 評定の席では、民の怨嗟も、足軽の飢えも、人の死体も見ないで戦が進んでゆくわ。
 それゆれ、冷酷に、合理的に、容赦なく、結果を求めて人を死に追いやってゆくわ。
 私はそれが怖い。
 それを楽しんでしまう自分が本当に怖いの」

 本心を暴露してまだ震えている珠姫の頭を、戸次鑑連の無骨な手が撫でる。

「ぁ……」

「その心があるのでしたら心配はござらぬ。
 本当に姫はお優しゅうございますなぁ」

「そうかな?」

 何故か涙目で微笑む珠姫を見て、戸次鑑連は悟った。
 たとえ才があれど、珠姫もまだまだ若造なのだと。
 そして、そんな若造達の未来を守るために、彼自身が修羅になるのだと。
 そんな事を思い出しながら、戸次鑑連は旗本鎮台の兵を率いて小金原台地に足を踏み入れた。
 彼の眼下には、血と死体と修羅の踊る戦場が広がっていた。



 地理説明
          ↑宗像

           ①
         ②小金原
     ③   
      犬鳴峠     A
   ▲丸山城        B
                凸笠木山城



 宗像軍 
 ① 若宮衆    河津隆家 千 
 ② 丸山城城兵  秋月種実 五百
 ③ 尼子勢    山中幸盛 三千

   合計          四千五百


 大友軍
 A 秋月恭順派  千家宗元 千 
 B 田原家家臣  田原親宏 千

   合計          二千



 大友・反大友の争覇の焦点となった笠木山城には、先行してこの土地一帯の領主となった古処山城城主田原親宏が手勢二千を率いて入城していた。
 領地である筑豊・秋月で秋月種実の一揆が発生し、それを追い出したとはいえ彼は焦っていたのである。
 既に大友家では、豊後外の有力な国人衆も評定衆として大友家の統治に関与できる様にしており、田原親宏もその評定衆就任が内定されていた。
 とはいえ、この戦の結果次第ではそれが取り消されるとも限らない。
 何しろ珠姫が庇護する前の田原家は繁栄しすぎて大友本家から目をつけられ、国政に関与させてもらえなかった前科がある。
 それは、田原親宏の配下となった旧秋月家の恭順派も同じであった。
 彼らが見切った元主君秋月種実によって一揆を起こされたので、彼ら恭順派の面目は丸つぶれである。
 こうして彼らは、一刻も早い勝利を欲していたのである。

「小金原台地に宗像勢千が陣を敷いています!」
「犬鳴峠より、秋月種実の手勢五百が合流しようとしています!
 後続も出ている模様!」

 物見の報告に彼らは色めき立った。
 彼らを窮地に追い込んだ秋月種実が来ている。
 しかも、まだ手勢はこちらの方が多い。

「宗像を守るために、守り安い小金原に陣を敷いたと。
 ここで踏ん張れば、本隊は宗像本拠である白山城を直接突くのは難しくなる故に」

 秋月恭順派を束ねていた千家宗元が土地勘のある意見を出して、出陣してきた敵の意図を推察する。
 その事が田原親宏をはじめとした戦評定に出ている全員の功名心に火をつけた。

「本隊にこの事を知らせよ!
 我らは小金原に出陣し、宗像勢と秋月種実を蹴散らす!」

 伝令を本陣に走らせ、彼らは出陣した。
 兵もこちらが多く、大友本隊という後詰も期待できる。
 この時、大友本隊がまだ古処山城を出たばかりで、翌日にならないと笠木山城に着かない事は理解していたが、総兵力で勝る大友側に攻勢をかけるために布陣しているとは考えていなかった。
 一撃で宗像・秋月勢を叩き潰して後続を待つという楽観的な空気で彼らは戦場に赴いていたのである。
 だが、それは間違っていた。

「法螺貝を鳴らせ!
 攻めかかるぞ!!」

「敵は少数ぞ!
 かかれ!かかれ!」

 小金原台地を流れる犬鳴川を越えて攻めかかる大友軍に対して、秋月勢も宗像勢も陣を守って戦い、積極的に打って出てこない。
 それを見て更に攻めかかる大友軍は、不意に宗像陣が上がる狼煙に警戒する。

「伏兵かも知れぬ!
 気をつけろ!!」

 だが、襲ってきたのは伏兵ではなかった。

「犬鳴川の水が!!」

 大友軍に襲い掛かったのは、急に増水した犬鳴川の水だった。
 土地勘がある河津隆家が若宮衆に命じて犬鳴川をせき止めて、大友軍の大半が渡り終えたのを見計らって堰を切って押し流したのだった。

「助けてくれ!
 水が……」

「お、おぼれる……」

 突然襲った濁流に大友軍は大混乱に陥った。
 そして、それを陣に篭って守っていた宗像・秋月勢が見逃す訳がなかった。
 大混乱に陥った大友軍はこの合戦で千近い損害を出し、千家宗元が討ち死に。
 敗走し、笠木山城に逃げ込もうとする大友軍を追撃しようとしたその時に、山中幸盛率いる尼子勢三千が到着したのである。

「少し遅かったか」

 山中幸盛が苦笑するが、それを秋月種実が笑い飛ばす。 

「いや、ちょうどよい所よ。
 尼子勢は休んでこの地を守って欲しい。
 我らは笠木山城を攻めに行くでな」

「一刻、時間をくれ。
 動ける者をまとめて、我らも城攻めに参加する」

「心得た。
 だが、獲物が無くても嘆くなよ」 

 こうして、大友勢を蹂躙しながら宗像軍は笠木山城を目指す。
 だが、宗像軍の決定的な追撃はついにできなかった。

「丸山城が、龍造寺勢によって急襲されて陥落!」

 尼子勢も追撃に加わろうとした矢先に、残してきた物見がその報告を持ってきた。
 城を空にするから取られるかもとは思っていたが、ここまで的確に奪いに来るあたり流石としか言い様が無い。
 
「ははっ。
 水城に続いて、また我らの邪魔をするかっ!
 鍋島信生!」

 既に山中幸盛も秋月種実も立花を見捨てていたので、丸山城そのものに価値を払っていなかった。
 だが、その立花を更に混乱させる一手として、丸山城陥落は大きな意味を持つ事に気づいていなかった二人の失態である。
 既に双方が疑心暗鬼に陥っていた立花勢は、大将である安武民部と藤木和泉守が大友に寝返る為に互いの首を欲し、立花山城内で合戦を行う始末。
 この立花の混乱が宗像軍の追撃の手を止めたと言っていい。
 立花が脱落したら、見坂峠や海岸線にも兵を置かねばならない。
 そうなれば、彼らは破滅である。

「このまま座して死を待つよりも、一戦して勝負を賭けたほうが活路があります!
 ですから、どうか攻撃の続行を!!」

 追撃を打ち切って宗像本陣に出向いて攻撃続行を主張する山中幸盛と秋月種実に、宗像氏貞もここで篭っても勝ち目は無いと決意し、小金原に本陣を移す。
 これで貴重な一日を失うが、目的が笠木山城から大友本隊に変わっただけともいえる。
 そして、河津隆家必殺の罠である犬鳴川せき止めも既に使っているという八方塞りだか、彼らにはそれしか道が残っていたなったのである。
 翌日、大友本隊が小金原台地に侵入。
 決戦の火蓋は切って落とされた。


 作者より一言。
 笠木山城 福岡県宮若市宮田(旧地名 福岡県鞍手郡宮田町宮田)
 それと、彦島(山口県下関市彦島 巌流島で無い大きな方)の追加をお願いします。



[5109] 大友の姫巫女 第八十二話 戦争芸術終章 小金原合戦 後編
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2010/11/21 09:03
 地理説明
          ↑宗像

           ④      
         小金原 ⑤
           ②③①
     犬鳴峠      A
   凸丸山城      C B
                凸笠木山城



 宗像軍 
 ① 若宮衆    河津隆家 千 
 ② 丸山城城兵  秋月種実 五百
 ③ 尼子勢    山中幸盛 三千
 ④ 宗像軍本陣  宗像氏貞 二千
 ⑤ 大内勢    秋穂盛光 千
   合計          七千五百


 大友軍
 A 日田鎮台   田北鑑重 五千 
 B 旗本鎮台   戸次鑑連 三千
 C 隈府鎮台   志賀鑑隆 二千
   合計          一万


「昨日の勢いを持って、大友勢に攻めかかるべし!」

「さよう。
 もはや、この状況において策などなく、ただ敵を打ち破るのみ!!」

 戦評定の席で、河津隆家や秋月種実はこう主張し、それに異を唱える者もなかったのでこちら側からの攻撃が決定された。
 ある種のやけくそに近い空気の中、陣決めにおいて山中幸盛はある事を提案したのである。

「尼子勢を中央では無く、右か左のどちらかにおいて欲しいと?」

「さよう。
 大友勢を打ち破らねば、我らは身の破滅。
 それゆえ寡兵な我らは敵本陣を突いて、大将を討ち取らねばなりませぬ。
 あの、戸次鑑連を」

 山中幸盛がその名前を口にした瞬間、蝋燭の最後の灯火のように燃え上がっていた空気がぴたりと静まる。
 そして、燃え尽きた蝋燭と同じく、燻る空気の中に恐怖と諦めが漂っているのを山中幸盛は感じ取ってしまっていた。
 大友家が九州六カ国の太守となったその原動力。
 大友義鎮が大友家を継いでから、内乱と合戦を勝ち抜いた大友家最強の武将。
 秋月種実などは、国を失い、父親と兄を戸次鑑連に殺されているだけにその怨嗟と恐怖は人一倍あり、今にも斬りかかりそうな顔をしていたりする。

「寡兵で大軍と当たるならば、策を用いねば勝てはせぬ。
 中央の兵が厚くなるのは戦の常道ゆえ、横を迂回し本陣を突く所存で」

 山中幸盛率いる尼子勢三千は宗像勢最大戦力であり、当然のように中央に置かれると思っていた。
 とはいえ、山中幸盛の意見も理にかなっており一同考え出す。

「それならば、夜襲というのはどうか?」

 と、声を出したのは秋穂盛光。
 こちらからの攻撃は向こうも意図していないし、心理的衝撃を与えるならば常道的な手段ともいえよう。
 だが、その意見に山中幸盛は首を横に振った。

「夜襲を警戒してか、夜間は間者が常に見回っている。
 動けば向こうに感づかれるぞ」

 今回の合戦で珠姫が一番恐れたのが夜襲だった。
 彼女は戸次鑑連唯一の負け戦と言われる、休松合戦のフラグを秋月滅亡によって折ってはいたが、その指揮官であった秋月種実が向こうにいる以上夜襲の可能性があると考えて、保護しだした元尼子忍者である鉢屋衆残党を全て投入していた。
 もちろん、裏切りを恐れて英彦山の山伏達や、後方で飯炊きや治療・慰安に当たっている姫巫女衆の監視がついているのだが。
 これによって夜襲の危険性は大きく低下し、大友軍は安心して夜休めていたのである。

「ならば朝駆けだな。
 たとえ、分かっていても体がついてこぬだろうよ」

 河津隆家が山中幸盛の言葉を受け止めて、彼が言いたい事を代弁した。
 起き掛けの体への心理的衝撃は分かっていても、制御するのは難しい。
 それが朝駆け――早朝奇襲――である。

「決まりだな。
 朝駆けなら、こちらの陣を把握するのに時間がかかるから、中央が少なくても気づくのは遅れるだろう。
 だが、山中殿。
 本当に討ち取れるのか?
 あの、戸次鑑連を」

 祈るように、縋るように総大将である宗像氏貞は山中幸盛に尋ねる。
 見れば、宗像氏貞と同じように諸将が山中幸盛を見ているのを感じて、彼は冷静に淡々と口を開いた。

「その為に、我らはここにいるのです」





 大友本隊は油断無く犬鳴川対岸に陣を構えた。
 このあたり、戦慣れしているが府内の南蛮人襲撃によって精鋭しか持ってきていない事も理由の一つにあげられるだろう。
 今回、この大友本隊に属する諸将を改めて記しておく。


 総大将 戸次鑑連

 旗本鎮台    小野鎮幸 由布惟信 大友親貞 高橋鎮理         三千
 日田鎮台    田北鑑重 田北鎮周 恵利暢尭 蒲池鑑盛 問駐所鎮連 他 五千
 隈府鎮台    志賀鑑隆 託摩貞秀 甲斐親直            他 二千
   
 これ以上ないほどの顔ぶれであり、これで敗北しようものなら、全ての仕掛けが崩壊しかねないほどの打撃を受ける。
 そんな乾坤一撃の部隊であった。
 なお、先日打撃を受けた田原親宏の率いる千が笠木山城に入り、守備および後方作業に従事していたりする。
 そんな大友本陣において、酒も飲まず、女も抱かず、ただ星空を眺めていた大友親貞を見かけた小野鎮幸はなんとなしに声をかけた。

「若様。
 何か考え事ですかな?」

「すまぬ。
 少しな。
 初陣というのは、皆こうなのか?」

 見ると大友親貞の手が震えている。
 彼は先日の合戦の後に物見に志願し、そこで初めて戦場というものを体験したのである。
 血の臭い、転がる死体、群がるカラスに野犬、死体を漁る落ち武者狩りの百姓達。
 物見から帰った彼は盛大に吐いた後、食が喉を通らず、寝る事もできずに体の震えを押さえていたのだった。

「そんなものです。
 その内慣れるでしょう」

 誰もが通る道だと肩を叩いて気をほぐそうとする小野鎮幸に、大友親貞は呟くように尋ねた。

「それになれる事ができなければ?」

「死にます」

 その小野鎮幸の即答に大友親貞は呆然として体の震えも忘れてしまう。
 言い切った小野鎮幸の瞳は真摯で、曇り一つ無く、それが戦場での真理なのだといやでも悟らされてしまう。

「吐く事も、震える事も、後悔する事も生きていればこそできる事です。
 ですから、若様。
 戦場で迷いますな。
 戦場は迷った者から命を落としてゆくのです」
 
 その言葉に大友親貞は迷いを吹っ切った顔で力強く頷いたのだった。


 そんな二人を陣幕から覗いていた戸次鑑連は、自分が出てゆく事もないだろうとそこから離れ、同じように覗いていた同僚に声をかけた。

「若様は大丈夫そうだな。
 田北殿」

「ああ、誰もが通る道だが、こればかりは慣れるしかない。
 見守るというのはつらいな。戸次殿」

 打ち合わせに来て、帰る途中に大友親貞を見かけた田北鑑重だが、その顔には笑みが浮かんでいた。

「気づいているか?
 姫様が戦をしだしてから、兵達の乱捕りや刈田が驚くほど少なくなっている事に」

「ああ、陣で酒に女だけでなく、暖かい味噌粥が食えるとはいい時代になったものだ」

 互いに戦場での働きは長く、それと比べて格段に改善している事に二人は嬉しくもあり、けど荒々しさが消えた事を少し寂しくも思ったりしたり。
 まぁ、年長者のなんとやらなので、二人とも笑みを浮かべたまま本題に入る。

「姫様を戦場に出すな。
 たしかに南予の戦を見れば、姫様は戦もできるだろう。
 だが、此度の戦をみて確信した。
 あの姫様は後ろに控えてこそ、その力を発揮する。
 あの姫様が戦に出なければならないのならば、それは戦に負けている時と思え」

 南予にて珠姫の戦を知っていた田北鑑重が、真顔で戸次鑑連に囁く。
 頷く戸次鑑連だが、口に出したのは田北鑑重と少し意見が違っていた。

「確かに田北殿の言うとおりだが、姫様はそれを知って怯えていたぞ。
 『戦場に出ないから、戦を楽しんでしまうのが怖い』と。
 難儀なものよ。
 おとなしく城にて子を産み、育てていればこのような事も感じずに済んだだろうに……」

 出陣前に珠姫を撫でたその手は硬く握られ、顔には鬼神を想像させるほどの怒りがみなぎっていた。

「姫様は、我らを信用していない。
 寝返りとかいう話ではない。
 おそらく、戦の先を見て勝ち負けが分かるのではないか、わしはそう思っている」

「宇佐に出されてから巫女をしていたからな。
 何か神仏の加護を得ているのかもしれん」

 それは戦場に居続けた者しか分からない勘だった。
 そして、戸次鑑連と同じ事を田北鑑重も思っていたのである。
 珠姫の打った手が正しすぎるのだ。
 勝敗など別の次元で勝ちを確定し、まるで戦う将を知っているかのような動員をかけ、戦で負けないように手を打ち、負けても取り返せるような手を打つ。
 全てが理にかなって、正しいがゆえに二人は気づいたのだった。

「姫様は大友にとって無くてはならぬお方だ。
 そして、姫様を支えるためにも、我らは姫様の期待に答えねばならぬ。
 姫様のお膳立てで、この戦については姫様は一言も言っていない。
 我らが勝つと踏んでいるのだろうからな。
 それとも見てきたのか知らぬが」

 わざとらしく茶化しながら戸次鑑連は話を打ち切って、本陣に戻ってゆく。
 後姿なのに、肩より湧き出る闘気がこの戦にかける彼の意気込みを示していた。
 それは、田北鑑重も同じで、陣に帰るのを目撃した大友親貞と小野鎮幸が声をかけようとして思いとどまったぐらい鬼気迫るものがあったのである。


 こうして、早朝の朝霧が覆う頃、この合戦は幕を開けた。
 

「目指すは大友本陣!
 かかれぇ!!!」

 中央に陣取った若宮衆大将河津隆家の声によって宗像軍は喚声と共に犬鳴川を渡河、大友軍に襲い掛かった。

「奇襲!」
「宗像軍の朝駆けにござる!!」

 だが、間者の大量投入にてこの動きは大友側に察知されていた。

「防げ!」
「鉄砲隊!放てぃ!
 音で味方に奇襲を伝えよ!!」

 霧の中、躊躇うことなく日田鎮台先陣である田北鎮周は鉄砲隊に射撃を命じた。
 連続する轟音が、敵襲を味方に伝えてゆく。

「旗印は分かるか!」
「駄目です!
 霧で旗が……」

 相手が誰だか分からなければ、この攻勢が囮かどうかが分からない。
 奇襲に対して準備はしていたとしても、思い通りにならないのが戦という物である。

「同士討ちは避けるように各隊に伝えよ!
 先陣は絶対に下がるな!
 下がれば後ろが混乱して同士討ちになるぞ!!」

 真っ白に染まった朝霧の中、ぽつぽつと黒点がシミのように映り、やっと宗像兵をその姿に捕らえる。

「旗印見えました!
 若宮衆の河津隆家です!」

 先陣の物見が叫ぶと同時に、相手も矢を放ってくる。
 刀を抜いて田北鎮周が声の限りに叫ぶ。

「分かった、それを本陣に伝えよ!
 若宮衆を押しとどめるぞ!!
 かかれぇ!!!」

 負けじと日田鎮台先陣も声をあらん限りに叫んで、若宮衆に突貫してゆく。
 敵兵と切り合いを繰り広げながら、田北鎮周はふと我に返り疑問を心の中で呟いた。

(先陣が若宮衆?
 では、やつらの最大兵力である尼子勢はどこに行ったのだ?)

 と。



「日田鎮台先陣押されております!」
「うろたえるな!
 こっちにも来るぞ!」

 隈府鎮台にも日田鎮台が戦闘に入った事は伝わり、各陣とも敵が来るのを今かと待ち構えていた。
 真っ白な視野に響く剣戟の音、鉄砲の轟音、喚声はどっちが勝っているのかまったく分からない。
 隈府鎮台は陣取りが他の陣と少し違っていた。
 背後の山と前方の犬鳴川に挟まれて、横に広く陣を敷かねばならなかったからである。
 とはいえ、ここを押さえないと本陣に迂回されかねない場所なので押さえざるを得なかったのというのが本音だったりするのだが。
 兵力二千の内訳は、大将である志賀鑑隆と託摩貞秀がそれぞれ五百に対して、同盟国である阿蘇家から出向いた甲斐親直が千を率いている。
 そういう兵数だったこともあり、最も危険であろう最左翼に甲斐親直が、その横に志賀鑑隆と託摩貞秀と陣を敷いていたのである。
 ここに、主力である山中幸盛率いる尼子勢三千が襲い掛かった。

「やつら、こっちが本命か!
 尼子勢来襲を本陣に伝えよ!
 我らだけでは尼子勢を押さえ切れん!!」

 既に交戦状態に入っていた志賀鑑隆が、馬上から必死になって尼子勢の突貫を押し戻そうとしていた。
 だが、多勢に無勢、その勢いは強く、じりじりと志賀勢は押し崩されてゆく。
 そして、旗本鎮台本陣の通過点となっていた託摩勢はその攻撃に押されて総崩れ寸前にまで追い詰められていたのだった。

「甲斐殿はどうした!」

 支援を求めて隣の甲斐親直を頼ろうとした志賀鑑隆だが、伝令の報告に顔をしかめながら敵足軽を切り捨てたのだった。

「阿蘇勢にも敵襲が!
 旗は秋月勢ですっ!」

 攻勢正面をずらす事によって迂回して、一気に本陣を突く作戦だろうと志賀鑑隆は敵の意図を悟ったが、現状では何もできない。
 奇襲に対する用意はしていたが、先手を取られた事と、この朝霧が同士討ちを恐れて各隊の連携を取りにくくしている。

「畜生、この霧が晴れたらどうにでもなるものを……」

 いらつく志賀鑑隆の耳に伝令の叫び声が轟く。

「託摩貞秀殿、討ち死に!
 託摩勢総崩れです!!!」




 地理説明
          ↑宗像

                 
         小金原 
           ④ ①⑤
     犬鳴峠      A
   凸丸山城    ③C②DB
                凸笠木山城



 宗像軍 
 ① 若宮衆    河津隆家 千 
 ② 丸山城城兵  秋月種実 五百
 ③ 尼子勢    山中幸盛 三千
 ④ 宗像軍本陣  宗像氏貞 二千
 ⑤ 大内勢    秋穂盛光 千
   合計          七千五百


 大友軍
 A 日田鎮台   田北鑑重 四千五百 
 B 旗本鎮台   戸次鑑連 二千
 C 隈府鎮台   志賀鑑隆 千五百
 D 旗本鎮台後詰 高橋鎮理 千五百
   合計          九千五百



 尼子勢は、隈府鎮台を突破したはいいが、その先で頑強な抵抗にぶち当たっていた。
 隈府鎮台へ後詰として送り込もうとしていた高橋鎮理率いる千と、それに横槍をぶちかました日田鎮台の恵利暢尭指揮下の五百である。

「畜生!
 こいつら兵の錬度が違う!!」

 山中幸盛が血まみれで正面の敵を笑う。
 いくら勢いに任せて突撃をしても、その突撃を受け止めて跳ね返してしまう。
 明らかに突破した隈府鎮台の兵と違っていた。

「これが大友最精鋭の兵の力か!」

 ある種の歓喜を浮かべながら血まみれの槍を振るう。
 そこに、尼子勢やや後方から混乱と怒声が聞こえてきたのである。

「何事だ!」

「大友軍、日田鎮台の横槍です!!
 旗印は恵利暢尭!
 横道様が手勢で押しとどめています!」

 いったん下がり、山中幸盛は状況を見渡す。
 思っていた以上に、横槍の数が少ない。

(中央の河津殿がひきつけてくれているのか。
 助かる……)

 中央の若宮勢と日田鎮台の合戦は日田鎮台先手が踏みとどまり、若宮勢を蹴散らそうとしたその横を、遅れて現れた大内勢に横槍を突かれて乱戦状態に陥っていた。
 恵利暢尭の横槍は、乱戦状態の日田鎮台が出せる精一杯の兵力だった事を山中幸盛は見抜いていた。
 今度は突破した隈府鎮台の方を見る。
 後方で志賀鑑隆の兵を秋上久家の手勢が必死になって食い留めていた。
 その先は霧で見えないが、甲斐親直の手勢を秋月種実が必死に押さえているはずである。

「霧が晴れつつあるな。
 後詰がないと抜けんな」

 人事のように呟くが、その後詰にもあてがあった。
 先ほど伝令が宗像氏貞の本陣が動いて、こっちに向かっている事を伝えてくれていた。
 ならば、この正面の敵が戸次鑑連へ繋がる最後の敵となる。
 山中幸盛は再度最前線、つまり高橋鎮理の前へと馬を薦める。

「名のある武将とお見受けした。
 我が名は山中幸盛。
 貴殿を討ち取る男と覚えていただきたい!」

「高橋鎮理。
 そういう事は討ち取ってからいう事だ」

 鎧をぶつけ、太刀を合わせる事、十数合。
 霧は完全に晴れ、すがすがしい青空が広がり、あんなに濃く広がっていた朝霧を一掃してゆく。
 戦場が見渡せるようになると、大兵の大友軍が少しずつ統制を取り戻してゆく。
 山中幸盛の顔に焦りが浮かぶが、高橋鎮理の太刀筋には少しの乱れも無い。
 この場を守り通せば勝ちである事を理解しているからに他ならない。

「その首あとで貰い受ける!」

 間合いを取ろうと離れた瞬間を見計らって、山中幸盛は馬を返す。
 高橋鎮理は追ってこなかった。

「いったん引くぞ!
 宗像殿の本陣と合流して再度……」

 そこで、山中幸盛は言葉を失う。
 その視野に見えるものがどれだけ絶望的なものか理解しているからに他ならないが、それが宗像勢の奇襲の衝撃を完全に跳ね返したのだった。
 山中幸盛の視野の先に見えたもの。
 犬鳴峠を下ってくる、剣花菱の旗印――龍造寺勢――だった。

 


 地理説明
          ↑宗像

                 
         小金原 
       F     ①⑤
     犬鳴峠     ④AE
   凸丸山城    ③C②DB
                凸笠木山城



 宗像軍 
 ① 若宮衆    河津隆家 七百五十 
 ② 丸山城城兵  秋月種実 二百五十
 ③ 尼子勢    山中幸盛 二千
 ④ 宗像軍本陣  宗像氏貞 二千
 ⑤ 大内勢    秋穂盛光 七百五十
   合計          五千七百五十


 大友軍
 A 日田鎮台   田北鑑重 四千 
 B 旗本鎮台   戸次鑑連 千
 C 隈府鎮台   志賀鑑隆 千二百五十
 D 旗本鎮台後詰 高橋鎮理 千二百五十
 E 旗本鎮台後詰 大友親貞 千
 F 龍造寺勢   鍋島信生 五百
   合計          九千



 何故、鍋島信生が小金原に出張ったのか?
 話せば簡単な事だが、お家の経済破綻を避けるべく、鍋島信生は更なる勲功を欲していたのだった。
 そして、疲労困憊ながらも最精鋭の五百だけを率いて犬鳴峠を突破したのである。
 当然、連戦と強行軍で宗像勢と戦える力なんて無い。
 だが、太刀洗で、水城で、丸山城での彼の功績が虚構を造り、宗像勢の奇襲が限界に達したこの時に予想外の方向から現れた大友側援軍に宗像勢全軍が浮き足立った。
 それを戸次鑑連が見逃すわけが無かった。
 最後の予備兵力である千を大友親貞につけ(実際指揮を取るのは小野鎮幸と由布惟信なのだが)、日田鎮台へ横槍を入れている大内勢に襲い掛かる。
 この攻撃に大内勢は崩れ、それを見た田北鑑重は正面の若宮衆に総攻撃をかけてこれを突き崩した。
 一方、霧が晴れて阿蘇勢と連携が取れるようになった隈府鎮台は、背後の秋月勢を叩くべくその矛先を向けたが、既に寡兵である秋月勢に五倍近い敵を支えきれる訳が無かった。

「引くな!」

「もうだめだぁ!」

 各所で宗像勢は崩れ、尼子勢と宗像本陣は大友軍の包囲の輪に捕らえられようとしていた。

「まだだ!
 まだ負けていない!
 本陣を!
 戸次鑑連さえ討ち取ればこの戦はひっくり返せるのだ!!」

 修羅の表情で山中幸盛は叫ぶ。
 その配置を頭で思い浮かべて、戸次鑑連が誘っているのに気づいていた。
 戸次鑑連の本陣を突いて討ち取ればこの包囲は雲散霧消する。
 だが、戸次鑑連を討ち取れなかったら、尼子勢も宗像勢も包囲されて殲滅される。
 そんな賭けだが、もう自分達には後が無い事を山中幸盛は一番良く知っていた。
 この突撃が最後の勝負になる。

「大友本陣に突撃をかける!
 戸次鑑連さえ討ち取ってしまえばこの戦我らの勝ちぞ!!」

 その気迫が尼子将兵に伝わり、山中幸盛以下皆死兵となって正面に向かって突撃する。
 それは尼子の意地でもあり、山中幸盛の覚悟でもあった。

 その決死の突撃に高橋鎮理率いる手勢がずるずると後退する。
 その後退に目もくれずに尼子勢は旗本鎮台本陣に向かって突撃していった。
 それを見ていた高橋鎮理は、唐突に珠姫の言葉を思い出していた。
 珠姫の戦の才を燦然と見せ付けられた鳥坂峠合戦の時の珠姫の言葉を。



 修羅と化した山中幸盛とその将兵が見たものは、



(では、問題)



 本陣前に土盛されて砲門をこちらに向けた、



(死兵を崩すにはどうしたらいいか?)



 佛狼機砲五門を中核とした、鉄砲隊千人がその狙いを彼らにつけていた。



(答えは死兵に希望を与え、それを突き崩す事である)

 

 射程に入った事を見た戸次鑑連は、敵正面を見据えたまま、ただ一言だけ呟いた。



「撃て」



 日本史上において、急速に広がる閃光と爆煙と大轟音が轟く。 
 それが、山中幸盛が意識を失う前の景色となった。










「起きましたか」

 中性的な優しい声で、山中幸盛は目を覚ました。

「……っ、ここは?」

「許斐山城です。
 あの砲撃で馬が驚いて、振り落とされて意識を失っていたので。
 十日以上寝ていたんですよ。
 その時落ちなければ、今頃死んでいました」

 起き上がろうとするが、体を強く打ったらしく力が入らない。
 起き上がる事を諦めて、山中幸盛は井筒女之介に一番尋ねたい事を尋ねた。

「皆は?」

 ただ静かに女之介は首を横に振る。
 それが答えになった。

「そうか。
 で、いくら負けた?」

「横道殿、秋上殿の他、秋月種実殿、河津隆家殿が討ち死に。
 参加兵力七千五百の内、この城に逃れたのは千少し。
 完敗です。
 宗像氏貞殿は既に降伏の使者を大友軍に出しています」

 淡々と語るがゆえに、女之介の台詞には諦めの口調が強くにじんでしまう。
 山中幸盛が最後に見た光景、戸次鑑連の大筒と鉄砲の直接火力支援によって尼子勢は瞬時に崩壊し、それは最後の抵抗をしていた宗像勢にとってとどめの一撃となった。
 そして、大友軍の包囲が完成し、宗像軍は辛うじて包囲から逃れた部隊を除いて殆どの将兵が大友軍によって包囲殲滅されたのである。
 この大砲が珠姫の切り札中の切り札だった。
 大砲の運用には大量の荷駄と人員が必要で、そのノウハウが無い立花勢はついに戦場に大筒を持ってゆく事はできなかった。
 だが、遠賀川の河川交通を補給路に指定していた大友軍は、大砲と部隊を分離して別に進軍させる事で解決し、先日負けた田原親宏の率いる千人を急場凌ぎの荷駄衆に指定して大筒を戦場に持ってこらせたのである。
 なお、秋月種実は元家臣だった恵利暢尭の配下によって討ち取られたという。


「最後の質問だ。
 俺は何で生きている?」

 その質問を聞いて、粥を持ってきた女之介の手が振るえ、お椀を落としてしまい粥が床に広がってしまう。
 動かなくなった女之介の方を見ながら、山中幸盛は呟く。

「お前が助けたんだろうな……
 何をされた?」

 その一言に女之介の顔が歪む。
 それが、正解である事を、その泣きそうな顔が伝えていた。

「色恋的な事はされませんでした。
 もっと恐ろしい事です」

 床に広がった粥を片付けながら、女之介は言葉を続けた。

「黒殿姫の代わりをさせられました」

 その一言が何を言っているのか分からない山中幸盛に対して、いつのまにか女之介は涙を零して続きを話す。

「知ってました?
 黒殿姫ってまだ子供なんですよ。
 けど、謀反を起こした逆賊を討伐したのは立花一門の血を引く彼女でなければならないって……
 立花山城で仲間割れを起こし、安武民部殿を殺して大友に降伏しに行く藤木和泉守を討伐の名目で殺して……」

 それが、包囲下にあった尼子勢残党と彼を助ける条件だった。
 大友兵でなく、脅威になる数でもなくなっていた彼らにうってつけの仕事があったから助けたに過ぎない。
 それが、謀反を起こした立花の将の排除だった。
 女之介の涙が止まらない。
 裏取引をせざるを得なかった彼の耳には、大友と毛利の出来レースの一部も耳に入っていたのである。

「僕たちが負けてからすぐ、月山富田城が落ちたそうです。
 『尼子勢は役に立たず』だそうで……殿様達は安芸に連れて行かれたそうです。 
 僕たち、これじゃ道化じゃないですか……」

「そうか……」

 山中幸盛はそれしか言う事ができなかった。
 そして、女之介の泣き声を子守唄にして、力尽きたかのようにまた眠るのだった。
  






 小金原合戦

 兵力
 大友軍   戸次鑑連 他           一万二千五百
 宗像軍   宗像氏貞・山中幸盛他・秋月種実    七千五百

損害
 三千(死者・負傷者・行方不明者含む)
 六千五百(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死

 千手宗元・託摩貞秀(大友軍)
 秋上久家・横道正光・秋月種実・河津隆家(宗像軍)




地理メモ 許斐山城  福岡県宗像市王丸



[5109] 大友の姫巫女 第八十三話 恩賞のかなたに
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/09/06 16:00
「お前に筑前をくれてやる」

 え?
 何をいいやがりましたか?このくそおやじ。

 そんなのりで始まります。
 現在府内に滞在中の珠です。
 ちょっとえっちな踊りを踊ったら、家中大問題に発展してこうして説教を受けているという名目で茶室に二人きり。
 その間に、筑前小金原で討伐軍が宗像勢に対して大勝利の報告が府内にも届いて、府内は祝勝ムードがほのかに。
 そのムードを使って誤魔化そうと考えていた私に向けて、ぱぱんである大友義鎮の第一声がそれでした。

「父上。
 そんなに殺されたいですか?
 まじで」

 お茶を飲みながらこれぐらいは堂々と言える仲になったのもつい最近だったり。
 それまでは、粛清フラグが立たない様に、出す言葉が既に詰め将棋だったなぁ。
 なお、この筑前で約四十万石ぐらいあり、博多の金銭収入を加えれば百万石近くになる大友家で最も豊かな国である。
 で、私にそんな言葉を返された父上は、ため息をついて愚痴をこぼす。

「仕方ないだろう。
 守護代という名前貸しだ。
 これも、毛利との和議条件に入るのだからな」

 毛利との和議については、大内の後継という政治的旗頭を立てている毛利への餌として、四郎に立花姓を継がせて博多奉行にするという事で合意している。
 ところが、これについて大友家中より、

「名目とはいえ、博多の奉行を毛利の子に渡すというのはどうか?」

 という意見が出て、じゃあ、その上の筑前国守護代に誰か大友の人間を当てればいいやという事になった。
 まではいいのだけど、毛利一門という貴種な上に筑前の名族である立花の名前に対抗できる血というのが、大友家は意外なほどに少ない。
 まぁ、父上が粛清しまくった果てなのだが。
 もちろん、一門衆としての同紋衆はいるが、彼らは既に臣下となって世代が変わっているので加判衆を守護代に持っていってもバランスが取れているともいえない。
 どうしても苗字に大友の名前が必要なのだった。
 で、そうなった時に大友の名前がついている人間が現在において二人しかいない。
 私と、現在出陣中の大友親貞だ。
 で、四郎が博多奉行なら私が筑前守護代でちゃんと立場もはっきりしているし。
 ……夜になると進んで立場が逆転するのは内緒。うん。
 で、冒頭の「筑前をくれてやる」発言に繋がるわけだ。
 名貸しとはいえ、大友家総石高の五分の一、実体経済の半分を新設分家にやるなんて馬鹿なの?死ぬの?とゆっくりボイスで叩き付けたい所だが、ぐっと我慢する。
 そんな説明をしている父上の顔もむっつりだ。
 まぁ、おもしろくない話ではあるわけで。

「あと、大友と毛利の間に一家挟む事で仲介を頼むという事を考えている。
 大友と毛利、それに双方の血を引く分家だ。
 この分家に大友と毛利の間を仲介する事でいざござを無くす。
 それを前提に、大友と毛利の間で縁談を結ぶつもりなので、頭に入れておくように」

 まぁ、鼎の足ではないが、二つより三つの方がまとまりやすいのは事実だ。

「ですが、筑前は多すぎです。
 何より毛利は何も出してないじゃないですか」

 私の抗議に、実にいまいましげに父上は言葉を吐き捨てた。

「あの毛利狐も領地を出す。
 隠岐だ」

「ぷぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう!!」

 その一言に思わず飲んでいた茶を噴き出してしまう私。
 お、隠岐ですって?
 それは、日本海の制海権をその家に譲るって……あ!

「そうだ。
 向こうも、お前がこの分家を作る事に賛成している。
 だから名貸しでも、派手な支度金を出さねば親の沽券にかかわるだろう」

 隠岐は私の支援もあって、膝を屈したとはいえ反毛利風潮が強い。
 しかも島国だから、反乱が起こった時に気楽に遠征などできない土地である。
 だからこっちに押し付けたな。あのチートじじい。
 けど、水軍持ちで筑前を治めるって名貸しでないならば、本気で双方にとっての壁になるわけだ。
 
「新設分家への向こう側からの押し付け人材は?
 このまま大友独占という訳にもいかないでしょうに」

 内部がバリバリ大友派で固められたら壁にも何もならない。
 その答えを言う前に、父上は茶を一口飲んで喉を潤す。

「何も言ってこなかった。
 領地を出すのが少ない代わりに、中はこっちで決めろという所じゃないか?
 お前の子の代になって本格的に動く家だ。
 いずれ、大友・毛利の双方の血が入ると心せよ」

 はいはい……ん?
 おかしいな?
 何かこの話齟齬があるのだが??
 あ!

「父上。
 私と四郎の縁談で和議って筋書きではなかったので?」

 祝言挙げて、マスオさん状態な四郎の妻という役で大友家に残る筋書きだったのだが、これでは私の立場が分からない。
 で、私の一言を聞いた父上が深く深く、とっても深ぁぁぁぁぁぁくため息をつきやがった。
 これ見よがしに。

「珠。
 言っておくが、長寿丸が元服したらわしは隠居するからな。
 実権は離すつもりはないが」

 そりゃそうでしょう。
 『何を言っているんですか?この父上は?』という言葉を出す前に、

「で、隠居後に大友の杏葉の家紋を継ぐのはお前だ。珠。
 名貸しではあるが、お前が望むなら本当にくれてやる。
 いい修行だ」

 はい?
 見事なまでに固まる私に、父上はため息をじつにわざとらしくつく。

「やりすぎたんだよ。お前は。
 戦に政に、そのどれをとっても満足のいく結果を出し続けた。
 既に、お前が次を継がなければ、豊後以外の全ての国が謀反を起こすぞ」

 うわぁ。
 そこまで、高まってましたか。
 珠待望論。

「父上。
 色狂いを理由に廃嫡できませんか?」

 一応無駄な抵抗を試みる。
 けど、私も無駄だと分かっている時点でまぁ、お察しくださいな言葉が。

「お前のあれは己が楽しむのもあるだろうが、それが狙いなのも知っている。
 わしも昔同じ事をしたからな」

 大友二階崩れですね。分かります。
 と、心の中で突っ込んでいるのを知らずに父上は続きを口にする。

「お前の母もあれだし、わしも色狂いだ。
 『親子だな』で終わると思うぞ」

 ですよね~。
 父上、この間団鬼六ちっくに母上を人間花入に仕立てて、茶室に飾っていましたよねぇ……
 嬉しそうに自慢しながらいじって楽しんでいたのを横目に、『これいいかも』と考えていたのは内緒。

「お前が継ぎたくないのは分かっているし、姉弟の家督争いなどわしも見たくない。
 わしが実権握ったままお前に家督を継がせて、しばらくして長寿丸に変える。
 これがぎりぎりの手だろうよ」

 まぁ、そこまで聞けば理由は納得したが、

「んじゃ、私と四郎の祝言は?」

「立花を継ぐ四郎の妻に、大友宗家を継ぐお前がなれると思うか?
 せめて、お前が降りてからにしろ。
 どうせ、祝言なんて祝い事が目当てだろうに」

 ばれてやがる。
 四郎と一緒なら妻じゃなくて、愛人でも構わないし。
 それに今の状態で大友を離れる事もできない。
 大友壊滅の最大かつ最凶フラグである対島津戦、耳川合戦フラグをへし折るまでは。
 史実の大友家も対毛利戦で勝ってしまったが為に驕りが生じ、それが今山・耳川と大敗北に繋がってゆく。
 勝ったがゆえの気の緩みと驕りこそ、一番気をつけないといけないのだ。

「では、名貸しついでにいくつか質問を。
 我らの一番煩い身内である豊後国人衆をどう説得するので?」

 ああ、名貸しなんだけどばりばり関与してるよぉぉ……
 けど、格好の豊後国人衆の整理のチャンスだから口は出したいこのジレンマ。
 と、内心の悶えを見せず、せっかくの茶室なので、気分を変えてこの間神屋紹策からもらった青磁茶碗を出す。
 父上。目が訴えていますが。『くれ』と。

「父上。
 話の続きを」

「うむ。
 そうだったな。
 くれ」

 そっちかよ!
 本当に茶狂いだな。この人は。

「『夜駆』と言うそうですよ。
 この間、私が浚われた事からこの名前がついたとか」 

 あ、顔がちょっと不機嫌になった。
 まぁ、あんな大失態は思い出したくないだろうなぁ。

「まぁ、名前は後で変えるから、くれ」

 物欲が勝ちやがったよ。この茶狂いおやじ。
 隠居したら、茶狂いと女狂いの日々を堪能するんだろうなぁ。うらやましい。
 とりあえず、戸次鑑連は豊後から動かさないようにしよう。
 父上にはお目付け役が絶対に必要だ。

「で、豊後国人衆をどう説得するので?」

 聞かなかった事にして、強引に話を元に戻す。
 『ちっ』と舌打ちしないでください。聞こえますから。

「今回の戦で筑前がほとんど空いたから、そこに何人か入れようと思っている」 

 で、移した国人連中を懐柔しろという事ですね。わかります。
 何しろ筑前の有力豪族は筑紫をのぞいて、宗像・原田・立花・秋月残党と軒並み消えているのだ。
 今回の謀反で浮いた領地は約二十万石に及ぶ。
 秋月領に田原家を入れて懐柔させたように、豊後国人衆を取り込んでしまえと言っているのだった。

「博多を実際に取り仕切るのは、今と同じく臼杵鑑速殿で問題ないかと。
 元々の臼杵家の飛び地である糸島半島柑子岳城に原田領を足して、博多の西を押さえてもらいましょう。
 実務を四郎の代わりにとる人間が必要ですが」

 臼杵鑑速は長く博多奉行を務め、向こうに領地もあるのでうってつけである。
 ただ、問題は大友家の外交全般を取り仕切っているので、博多をあける事が多くなるという事。
 博多の町が自治都市だからさして問題はないのだが、以前から何とかしてけりをつけたいと思っていた問題でもある。
 四郎が博多奉行として博多に常駐するのならば問題はないのだが、四郎は私の側をはなれないしなぁ。

「大内輝弘殿に一万石ほど与えて博多に住んでもらいますか。
 大内の名前ならば、町衆も無視するとも思いませんし。
 あと、筑紫広門殿に四郎の下についてもらって実務をやってもらいましょう」

 地味に筑紫家は今回の騒動に置いて功績が高かったりする。
 内部の反大友派の中心だった父である筑紫惟門を切り捨て、大友側に残って内野合戦や水城合戦を戦っているからアメは必要だ。
 博多奉行の実務、賄賂OKのこの時代だからいい実入りが入るはずである。

「宗像は所領は没収させるが、宗像大社大宮司の職は安堵させる。
 宗像領の統治は分割させて、監視を兼ねて誰かに渡す事になるが」

 父上の言葉を聞いて、私はあえて踏み込んだ発言をしてみる。

「どうします?
 豊後国人衆、できれば加判衆をもう一人引き抜きたいのですが。こっちに」

 せっかく筑前という空き領地ができたのだから、転封で豊後の大友直轄領を増やそうという私の発言に父上もニヤリと笑ったのだった。



 茶室から出ると、くノ一の舞が控えていた。
 城内では、くノ一スタイルではなく、女中姿である。
 ある意味当然だが。

「井筒女之介より、『藤木和泉守を討ち取った』との報告が。
 こちらの監視もそれを確認しました」

 その報告に私は部屋に入り、書いておいた三つの書状を舞に手渡す。
 一つは、山中幸盛や井筒女之介を含めた尼子残党の大友領内通行許可証。
 もう一つは、当座の生活費+暗殺報酬を入れた三万貫もの証文。
 最後の一つが、織田家の木下藤吉郎への紹介状である。

「姫様。
 我らに命じていただければ、彼らの始末は……」

 そう言いかけた舞の口を手で封じる。
 ここまで歴史をいじってはいたが、あの才能有り余る秀吉が織田家中枢に上り詰める事は確信していた。
 問題は、そこから。
 重臣になっても、成り上がりゆえ、彼には信頼できる部下が弟の秀長ぐらいしかいない。
 だから突発事態な情況で、後の天下人になるかもしれない秀吉が、討ち死になんてしてもらったら困るのである。
 西国に行き場のなくなった、山中鹿之助は私にとって格好の手駒だった。
 秀吉にちょっと恩を売り、信長の性格だからほおっておいても毛利とは戦をするだろう。
 『尼子再興』の為に働けるだろう鹿之助にも恩が売れると。
 で、危険人物を追放できるので毛利も万々歳。未来の事は秘密だが。
 
「じゃあ、届けて頂戴」

「畏まりました」

 舞が一礼して出てゆくと、今度は麟姉さんが入ってくる。

「姫様。姫様に会いたい方が……」

 妙に言いにくいというか戸惑っている様子で麟姉さんは用件を伝える。

「何か言いにくいって事は、訳ありな客?」

 今や九州の大半を支配する大友家の一門にて、その中枢である加判衆右筆をつとめる私は当然のように取り入ろうと様々な客が来る。
 で、そんな客のあしらいは麟姉さん達に一任していたのだが。

「はい。
 姫様に、こう伝えてくれと。
 『堺で、姫様に毒茶を飲ませた者の家来だ』と」

 うわぁ。
 それ、絶対ボンバーマンだわ。
 小金原合戦で戦が終わり、大友毛利連合成立が目前に迫ってきたからってさっそく使者送ってきたな。
 あれ、どんだけこっちに間者おいているのよ。

「分かったわ。
 会います」
 
 と私は答えざるを得なかったのである。

「松永弾正の臣、本多正行と申します。
 姫様においてはご機嫌麗し……姫様?」

 挨拶が止まるほど私の顔が真っ青だったりする。
 なんであんたがここにいるのよ。本多正信。
 後の徳川最高の謀将を前に、叫びだしたい所をぐっと我慢して造り笑顔を。

「ごめんなさいね。
 ちょっとこんなお腹だから、気分が悪くて」

 おっきくなったお腹を触り触りでごまかす。
 妊婦って便利だ。こういう時に。
 そういや、三河一向一揆の時に、家康の下から離れてボンバーマンの下で働いていたな。こいつ。
 後の謀才はここで磨かれたか。

「姫様。
 でしたらまたの機会にして、お休みになられた方が」

 控えていた麟姉さんを手で制して、

「時間が惜しいから本題に入るわ。
 和議の仲介をお願いしたいの」

 彼とて馬鹿ではない。
 和議の仲介が大友と毛利の事であると理解した上で、私が何を求めているのか即座に把握した。

「幕命か、朝廷の講和ですな」

 戦争というのは始まりがあれば終わりがある訳で。
 片方が滅亡する場合を除いて、こうして和議という形で戦争を終わらせるのである。
 で、その戦争終結宣言を第三者である、幕府か朝廷にしてもらいたいという事だった。
 当事者同士での終結は、遺恨が残っている事があってうまくまとまらないし、大友八カ国、毛利八ヶ国の大国同士の和議ともなると、それに匹敵する格を持つ第三者が幕府か朝廷しかいない。
 で、現在幕府を牛耳っているボンバーマンに仲介の労をとってもらおうという訳だ。
 だが、本多正行は能面のように感情を表に出さずに、口を開いた。

「少々遅うございましたな。
 公方様は京でお隠れになり、現在前公方(義輝)の弟君である義昭様が織田信長殿の支援の下、京に向かって進んできております」


作者補足 感想掲示板の指摘を受けて修正



[5109] 大友の姫巫女 第八十四話 戦争芸術 あとしまつ
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/09/09 14:58
 1565年 12月 門司

 その日、門司は戒厳令下にあった。
 彦島の毛利水軍はいつでも動けるように水夫が位置につき、大友の南蛮船も近くで何かあったら駆けつけられるように停泊していた。
 大友と毛利の双方の間者が門司の町に大量に入り込み、互いを監視しながら不審人物がいないかを探している。
 とはいえ、これは全て闇の中の仕業。
 裏方の緊迫感とは裏腹に、この街は自治都市として栄え、華やかな賑わいを醸し出していたのである。
 博多と違い互いの勢力圏の境にあって、大友と毛利の主権が意図的にあいまいとなった結果、門司は倭寇や南蛮人の海賊や犯罪組織も潜り込んでオリエンタル極まる町並みを醸し出していた。

「意図はしていたけど、北丹になっちゃったわね。
 世界は広大だわ」

 南蛮船から降りた後、出迎えの馬車に揺られて、珠姫は何気なく呟く。
 南予侵攻後に計画され、南蛮人の府内攻撃から始まる戦から加速度的にこの街は人が集まり、戦が終わり大友毛利連合の成立が確定してから三ヶ月、この街で建物を建てる木槌の音が途切れる事は無い。
 海の方を見ると土蔵が立ち並び、人足が沖合いの船から積んできた荷物を積み出したり、下ろしたりしている。
 博多と堺の大店は必ずここに店を出しているし、出さないと大店ではないと言われるぐらい。
 何しろ、大消費地である畿内と瀬戸内海で繋がっている街だ。
 北は蝦夷や沿海州、西は大陸、南は呂宋や南越にまで、海を経由して集められた物資は必ずこの港を通らないと畿内に届かない。 
 倉庫と物流を握った大友家と毛利家はこの街から上がる莫大な利益に目を丸くした。
 できればそんな利益を独占したい所なのだが、双方とも何故この街がこれだけの利益を上げているのか良く分かっていない。
 物流と倉庫を握る、つまり、消費地に必要なものをこちらの都合でコントロールできる、市場操作の概念を駆使して巨万の富を築き上げた珠姫の手法を侍達はまだ把握できなかった。
 もちろん、目聡い商人はうっすらと仕組みを理解しつつあったが、それゆえに口を硬く閉ざした。
 美味しい話は、知っている人間が少ないほど美味しいものなのだから。
 街中に入ると、朱色の建物や大陸風の楼閣が目立つ。
 唐人が屋敷を立てている証拠だ。
 かと思えば、大陸とも違う異国風の建物の建造も目立つ。
 ポルトガル人で、この地を終の棲家にした者達の屋敷なのだろう。
 そのうち、石造りの洋館もできるかもしれない。
 既に人口の激増を見越して、珠姫は紫川を水源とする水道建設計画を立てており、インフラ支配で門司への影響力を強めようとしているのは内緒である。
 彼ら異邦人の殆どが珠の遊女を身請けして、故郷に帰る事を捨てた者達だった。
 そんな彼を、この街は受け入れた。
 そして、この街は異国の風を身にまとってさらに華やかに変わってゆくのだろう。
 もちろん、光あるところには影もある。
 不意に馬車が止まる。

「どうしたの?」

 馬車の御者をやっている護衛の舞に珠姫は問いかける。

「辻が混雑しているみたいで、少しお待ちください」

 見ると、積荷を降ろしている馬車とかちあったらしい。
 向こうが引く事で珠姫の乗る馬車が相手の馬車とすれ違う。
 その馬車に積まれていた荷物とは、生まれたままの姿で鎖に繋がれ、皆お腹を膨らませた異国の女達だった。
 最初見たあまりの嫌悪感で吐いてしまい、彼女達を買い取った珠姫だが、その後彼女達は定期的にこの国に送り続けられた。
 スペイン船団の敗北はそろそろスペイン本国にも届いているだろう。
 彼らの思い通りに手に入らない商品として大友女は認知され、イスラム商人と大陸商人が手を組んで流通ルートを確立したらしい。
 あの馬車に乗っていた数人の女達の後ろには、百倍以上の女達が異国の土や海の藻屑ととして消えているはすである。
 そして、商人達の望みどおり調教を終えた彼女達が、故郷に戻れるのも今の航海の成功率から考えて百人に一人のはずである。
 なお、珠姫が買い取った女達だが、産後に体を崩して亡くなった者を除いて、彼女達の殆どは出産後に遊郭で働いている。
 女から母になったからなのだろうか。
 狂っていた彼女達は出産によって我に戻り、狂ったままの女も子供の為にその体を開いて働き出した。
 いずれ、彼女達も杏葉紋を彫られた最高級遊女の代名詞である大友女に成る者が出るだろう。
 スペインの府内攻撃を含め、既に大友女は裏社会の一商品の枠を超えた国際問題となる商品に化けていた。
 それは、そのシステムを作り出した珠姫が背負う責である。
 だが、それを珠姫は止めるつもりは無い。
 労働環境の整備等、社会面のサポートは更に進めるつもりだが、文化的後進国である戦国日本において、国際競争力を持つ商品というのがどれほど社会に寄与できるか分かっていたからである。
 もうすぐ生まれてくる娘がいるお腹を珠姫は無意識に触る。
 その顔が、我に返り子供の為に体を開いた異国の女と同じ目をしているのに珠姫自身気づいていなかった。
 その珠姫の目に、目的地である茶屋が入る。
 そこで、彼女は夏から起こった戦の最後の詰めをする予定だった。
 相手だった毛利元就と会う事によって。
  


 『たまたま』門司に買い物にきていた珠姫と、『たまたま』長門の視察に来て海の都合で門司に停泊した毛利元就が同じ時間、同じ場所にいる。
 そんな奇跡的偶然が起こるわけもない。
 安国寺恵瓊と臼杵鑑速が何度も顔を合わせ、小早川隆景や珠姫が何度も文を交わし続けてやっとまとまった和議の最後の実務者協議。
 それがこの会談なのだった。
 なお、この会談において、四郎と鶴姫は人質として南蛮船内で待機させられている。
 珠姫の身に何かあったらという事だが、もうこの時点で何も無い事を珠姫は確信していたりする。
 何しろ、表向きはともかく、この会談によって大友毛利連合が表に出ることになり、西国十六カ国という巨大勢力圏の出現は日本の歴史にかなり大きな波紋を投げかける事になる。
 茶屋の奥座敷の縁側に毛利元就は佇んで、庭を眺めていた。
 いつの間にか空は灰色で、ちらちらと雪が舞っている中、火鉢の中で炭が燃やされて暖をとれるようになっていた。

「おお、久しいな。娘よ」

「吉田郡山で会った時以来でしょうか。
 幸いかな、こうして生きながらえております。義父上」

 珠姫の笑顔の嫌味など、この戦国における化け物には効くわけが無い。
 好々爺の笑みで、珠姫を手招きする。

「四郎との子か。
 うまくやっているようで、嬉しいぞ」

「もうすぐ生まれます。
 わが子に戦を見せる事無く、終われたのは上々でした」

 毛利元就のしわがれた手が、緋色の着物を着た珠姫のお腹を布越しに触る。
 その布越しに手に伝わるのは、確かな新たな命の躍動だった。

「尼子の件で世話になった。
 大内の残党もあらかた片付いたし、これで安心して地獄に行ける」

「あら、てっきり極楽に行くかと思っていましたが?」

 珠姫のお腹を触っていた手がそのまま上がって、珠姫の頭を優しく撫でる。

「己のした事は自覚があるよ。
 だから、こうして新たな家族が見れるのが嬉しいのだ」

 毛利元就はその生涯において他の大名とくらべて異常なほどに一門の調整に力を注ぎ、兄弟達が争う事を諌め続けた男だった。
 そんな彼にとって、息子である四郎は当然の事だし、その嫁となる珠姫も本来は彼にとっては一門であり、家族にもなりえたのである。
 珠姫が大友の家を捨てる事ができたのならば。
 だが、珠姫は大友を背負ってここに来ている。
 その因果の不思議さに二人とも何気なしに笑う。

「尋ねるが、この同盟いつまで続くと思っている?」

 好々爺の笑みで珠姫の頭を撫でていた元就だが、口から出る言葉には凄みがあった。
 同じように、笑みを浮かべて撫でられるままの珠姫の口から漏れた言葉も、穏やかな口調の下に毒を忍ばしている。

「こちら側からは破るつもりはありません。
 そちら次第ですが、とりあえず五年。
 長ければ、二十年あたりという所でしょうか」




「そうか。
 それほどまで織田は伸びるのか」




 その毛利元就の何気ない一言で、珠姫は完全に凍りついた。
 その青ざめた顔から『何でばれた』とありありと物語っているが、好々爺の笑みのまま、毛利元就は珠姫を撫でていた手を引っ込めて呵呵と笑う。

「青いな。
 互いに利があるから同盟などは続くものだ。
 お主の方から破らぬというのなら、それをしなくていい理由があるはず。
 それは、畿内を押さえつつある、あの織田の若造が伸びるという理由だ」

 小金原合戦の後にやってきた、本多正行の報告からはや三ヶ月以上たち、既に織田信長は足利義昭を奉じて京に入っていた。
 尾張・美濃を押さえ、北伊勢を支配しつつあった織田信長の元に、足利義昭が転がり込んできたのは奇貨といってよかった。
 足利義昭を保護していた越前朝倉家が、越後にいる足利義輝を旗印とした上杉家主導の北陸一向一揆制圧戦に協力した為なのだが、これによって朝倉家中にて居場所を失った足利義昭が頼れるのが畿内近隣では織田家しか残っていなかったのも大きい。

 そして、彼にとっての奇跡はまだ続いた。
 現在京を押さえているのは三好家だが、その正当性が著しく揺らいでいた。
 三好家は越後に逃れた足利義輝の代わりに足利義栄を擁立したが、実権は三好三人衆(三好長逸・三好政康・岩成友通)が握ったままで、三好家当主である三好義継も傀儡と化していた。
 そして、三好家の内部対立は三好三人衆対足利義栄・三好義継となり、三好三人衆が勝利。
 二人を監禁し完全に実権を掌握したように見えたが、その際背中に腫物を患っていた足利義栄はそれが悪化しついに死去してしまう。
 そして、間抜けな事に足利義栄死去という衝撃に三好三人衆が混乱している隙を突いて三好義継が脱走。後に河内国高屋城で蜂起。
 それを支援したのが、紀伊・河内の守護大名畠山高政であり、三好義継脱走の手引きから裏で糸を引いた松永久秀だった。
 三好三人衆の正当性が無くなった今こそ、彼らを一掃できるチャンスではあったが、松永久秀にはその正統性がない。
 よって、三好義継を旗印に三好家の内紛という形にしたのだが、彼にとってその正当性も開戦さえすれば後はどうでもよかった。
 重要なのは、正統性無く京を押さえている三好三人衆に対して反旗を翻した事。
 ここまで仕込んで、松永久秀は織田信長に本多正行を送って同盟交渉を持ちかけたのである。
 そして、織田信長はこの奇跡を逃すつもりはなかった。

 六万の兵を集め、同盟国である徳川家にも協力を求めて、美濃防衛の二万の手勢を残して、伊勢から鈴鹿越えで近江六角家に雪崩れ込む。
 北近江を支配する浅井家とは同盟交渉の途中であったが、時間を惜しんで同盟交渉中の独断行動が後に浅井を反信長に走らせるのだが、それは後の話。
 既に観音寺騒動にて国人衆から見限られていた六角氏に織田の大軍を防ぐ力は残っていなかった。
 甲賀に逃げ込んだ六角軍を捨てて観音寺城を占拠した織田軍は、大和から上がる松永軍と共に京都に雪崩れ込む。
 兵を三好義継討伐に向けていた三好軍は京を守れずに逃走。
 ここに、織田信長と松永久秀によって擁立された、十五代将軍足利義昭が誕生したのである。


 それに激昂したのが、足利義輝を庇護する上杉輝虎である。

「義輝様を京に戻し、政道を正すのが筋なのに、織田は三好の真似事をするかっ!!」

 その激昂は政治的動きを嫌った足利義輝自らの説得をもはねつけ、対織田戦に向けて急速に戦備を整えようとしていた。
 もちろん、上杉の激怒は織田信長も最初から分かっており、貢物を大量におくって時間を稼ぎ、甲斐・信濃を押さえる武田家に牽制を依頼していた。
 また、松永久秀も、越後にいる足利義輝は一度は排除を考えたほどの危険人物である。
 珠姫の下に来た本多正行は、彼女に足利義昭の承認を求めたのである。
 それで西国からの脅威を減殺した織田・松永軍で上杉軍を迎え撃つ腹らしい。
 足利義輝を旗印とした上杉軍は、既に越前朝倉家と能登畠山家と共同で北陸の一向一揆勢を制圧している。
 上杉家は越中の過半を、朝倉家は加賀の大半を、畠山家は越中と加賀の一部を領有し、近江まで出るのに何も問題は無い。
 そして、甲賀に逃れた六角家は足利義輝のかつての庇護者であり、能登畠山家とは縁戚でもあった。
 そんな彼らがもし、京に攻め上るならば、兵力は朝倉二万、畠山五千、上杉一万の三万五千は確実に率いるだろうし、六角も五千程度は出してくる。
 更に動向がまだはっきりしない浅井家は、朝倉家と縁が深いからここも義輝側についたら五千程度の兵を出すと予想していた。
 これに対し織田家は徳川家や松永家等を率いて六万から七万ほどの兵で迎え撃とうとしていた。
 久方ぶりの畿内大乱において、西国からの脅威を排除する必要に迫られていたのだった。

 とはいえ、大友も毛利もこの畿内の動きに何もしなかった。
 双方とも合戦で疲れていたし、内部の体制固めに精一杯だったというのもある。
 だが、珠姫は信長の爆発的膨張を知っていたし、それに対する壁としての毛利家を使うつもりだったのであえて手を出さなかったというのもある。

「五年というのは、わしの寿命の事か?
 最初の危機は、輝元がこの門司の富に目がくらまないようにさせる事かのぉ」

 珠姫は顔が青ざめているどころか震えだしている。
 改めて、彼女の前にいる好々爺が戦国随一の英傑である事を思い知らされたのだった。

「言葉は選ぶべきだ。
 娘よ。
 ただこの程度の言葉があるのみで、賢者は推察できてしまうものだ」

「はい。
 肝に銘じます……」

 既に会話の主導権が元就に移っているのを珠姫は自覚しているが、それを取りもとせない。
 とはいえ、その主導権を使って元就は何かをするわけでもなかった。
 精々、犯人の目の前で、犯行の手口から動機まで淡々と語る探偵となって、犯人をいたぶって遊ぶぐらいの事しかしない。

(生まれてくる娘には、絶対にこのチートじじいに会わせないようにしよう)

 そんな事を考えつつ、それすら見抜かれているとうっすらと珠姫は頬に汗を浮かべてがんばって笑みを浮かべた。
  
「で、その織田の小僧に対抗するために、わしは何処まで国を切り取ればいい?」

 事、ここまでくると隠すのが馬鹿らしくなる。
 珠姫も吹っ切れたような顔で、西国切り取りの絵図面を広げる。

「最低でも、播磨と淡路までは取ってください。
 水軍衆が対織田戦において重要になります。
 それと、浦上家の宇喜多直家にはお気をつけて」

 何か考え込む振りをしながら、珠姫を鋭く見つめ、元就は殺気をこめて一言。

「お主が持つ南蛮船が欲しいのぉ」

 だが、その言葉を珠姫は待っていた。
 視線を逸らさずに即答する。

「必要ならお渡ししましょう。
 大将に四郎をつけて」

 毛利元就は、彼女の最重要戦力と目されていた南蛮船譲渡を珠姫があっさり認め、しかもその大将に四郎を返しても構わないと言った事で、織田の小僧が容易にならざる敵である事を理解した。

「で、お主は島津を潰すのか?」
「いえ。
 返り討ちに合うので、なんとか取り込みたいと。
 できなければ国境を硬く閉じて、貝のように篭っていようかと」

 さっきとは裏腹に、その珠姫のおどけた口調に毛利元就も笑う。
 十二カ国を支配する大友家が、まだ薩摩を統一したばかりの島津家をこんなに恐れている。
 まぁ、鳥神尾の大敗の詳報は間者の手から聞いていたので、それも理解できると元就は思っていたが口には出さない。
 
「四国はどうする?」
「阿波の三好はいずれ、織田か松永が潰してくれと頼んでくるでしょう。
 長宗我部を使います。
 敵に走られるより味方に取り込むべきです」

 四国は山ばかりで瀬戸内海の制海権が安堵されるなら、これ以上の拡大はすべきではないと元就は判断していた。
 それは珠姫も同じで、長宗我部を取り込み、恩を売る事で対織田戦の尖兵にする腹積もりだった。
 
 そして、二人は暫く口を閉じ、庭に降る雪をなんとなく眺める。
 互いに語ることはもう無いかもしれない。
 それが分かっていたからこそ、互いの知恵と言葉を使った戦は最後の段階に来ようとしていた。



「で、西国を手中に収めて、その全てを織田の小僧にくれてやる訳だ」

「はい。
 我らは安芸一国、豊後一国にまで領地を減らされるでしょうね。
 天下を望まないならば」


 この二人の絵図面どおりに進んだら、毛利は周防・長門・安芸・石見・出雲・備後・備中・備前・美作・伯耆・因幡・播磨・但馬・伊予(一部)・讃岐の十五カ国、三百万石近くを領有する超巨大大名に成り上がる。
 大友も既に、豊後・豊前・肥前・肥後・筑前・筑後・日向・伊予(一部)・土佐(一部)・隠岐・壱岐・対馬と十二カ国を支配する大大名であり、島津や長宗我部を取り込むなら、大友主導で薩摩・大隈・土佐・阿波が加わるのだろう。
 西国は完全にこの二大勢力に分割される。
 それを中央の幕府(とそれを操る織田信長)が許す訳がなかった。

「明徳の乱の山名か、応永の乱の大内か」
「そして、果ては応仁の乱。
 また百年ほど戦をするかもしれませんね。
 今の幕府に力がないのは、幕府の持つ領地が少なすぎ、大名が持つ領地が多すぎるからです」

 朗らかに微笑む珠姫に、毛利元就も同じように微笑みながら尋ねた。

「わしは、天下など求めはせぬが、お主は天下はいらぬのか?」

 それは、吉田郡山城で珠姫がした質問の裏返しでもあった。
 その答えを珠姫は謳う。

「『唯春の夜の夢のごとし』。
 この場所にぴったりの答えだと思いませんか?」

 それが『平家物語』冒頭の一節である事が分かって、毛利元就は庭越しに降る雪の先にある壇ノ浦を眺めた。

「『おごれる者も久しからず』か。
 たしかに、一族全て海に身投げはしたくないな」

「天下を掴む人は、いずれそれに相応しい報いを受けるでしょう。
 わたしは、義父上と同じで、天下を抱くのには『少しばかり』小さすぎますので」

 その矮小なたとえにたまらず毛利元就も噴き出して笑う。

「『少しばかり』ときたか!
 日ノ本六十六カ国の上で腰を振るかと思っていたが」

 その笑い声に実に愉快かつ不機嫌そうな声で、珠姫が怒る。

「まぁ!
 私、まだ四郎にしかお腹を許していませんよ」

「他は?」

「……細かい事はいいんです!」

 そして、二人して笑う。

「よかろう。
 所詮、『偏に風の前の塵』ならば、大いに集めてくれようぞ」

「その塵に、いっぱい幸せをつめてあげます。
 童が歌い、百姓が心配なく畑を耕し、侍が戦がないと嘆くような幸せです。
 大友と毛利が組めば、最短で五年、最長で三十年ほど続く、そんな幸せな塵をたくさん作りましょう。
 きっと幕府も、それを吹き飛ばすのは躊躇う程度に」

 そして、二人して別れるまで笑い続けたのだった。



 年が変わり、大友毛利連合が成立し、正式な和議要請を出すために双方の使者が京に向かう事になる。
 毛利側は、安国寺恵瓊と小早川隆景。
 大友側は、臼杵鑑速と娘を産んだ珠姫。




 こうして姫巫女は毘沙門天の化身と戦う第六天魔王と京で再度対峙する。 


 地理メモ
 柑子岳城 福岡市西区草葉 臼杵家筑前飛び地
 高屋城  大阪府羽曳野市古市5丁目 三好義継 本拠
 飯盛山城 大阪府大東市北条(飯盛山山頂) 三好家本拠地
 信貴山城 奈良県平群町信貴山2280-1  松永久秀本拠
 



[5109] 大友の姫巫女 外伝その六 ヴェネツィア共和国十人委員会
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/09/12 21:18
 私ね、この街が奇跡でできているのは知っているけど、素直にそれを頷けないのよ。
 だって、この街のモデルになった街を知っているから。
 あのヴェネツィアという水の都が、どれほど奇跡をあてにせず、謀略と血によってその奇跡を維持していたか知っているから。

 ――水の星の水先案内人に対して、とある観光客が漏らしてしまったつぶやきより――






 それは、届いた事が奇跡になる手紙だった。
 はるばる極東からやってきたその手紙は嵐にも遭う事無くリスボンに着き、そこからいくつか経由してその目的地に届けられたのだった。
 手紙の出し主は極東の島国でその名を知られつつある大友家の珠姫。
 送り先は、ヴェネツィア共和国十人委員会あてである。

 ヴェネツィア共和国十人委員会。
 それは最も高貴なる共和国の実質的な権力機関であり、アドリア海の海の女王にして東地中海貿易によって富を得、大航海時代とオスマン帝国によって斜陽の道を歩み始めている国の情報機関の統括部門でもあった。
 まず、彼らはこの手紙がはるばる極東から、どうして無事に届けられたのか不思議に思わざるを得なかった。
 それは蜜蝋で閉じられた大友家の家紋である杏葉が彫られた筒の表題に流暢に書かれたラテン語でこう書かれていた事で氷解する。


 退場の後に惜しまれる君主であったアンドレア・グリッティ宛に


 これほどピンポイントにヴェネツィア共和国の諜報機関を刺激する文句があるだろうか?
 アンドレア・グリッティは、ヴェネツィア共和国の元首であったが、1538年に既にこの世を去っている。
 頭の文句など、彼が言ったとされる文句「喝采を浴びて登場する君主より、退場の後に惜しまれる君主でありたい」の言葉を取っているのである。
 もちろん、珠姫はそれをモチーフにした前世知識を使ったいたずらでしか無いのだが、対オスマン戦争に追われて風雲急を告げていたヴェネツィア共和国の諜報員達にとって悪戯ですまない価値を秘めていたのである。
 何よりもこの手紙の経路が分かった事によって、更にこの手紙の信憑性が増す。
 この手紙の情報がヴェネツィア共和国の諜報員に届いたのは、リスボン――ポルトガル王家――からの極秘情報だったからである。
 種を明かせば簡単な事で、珠姫はこの手紙をポルトガル船に託したのである。
 既に、スペイン船団が府内に殴りこみをかけて敗退し、珠姫が持ちかけたルソン共同攻撃提案にマカオのポルトガル商館は揺れに揺れた。
 で、そんな彼女が異国語で書いた偉人宛の密書の中身がどうしても気になる訳で、彼らはある手段を取ってその手紙を入手したのである。

「積んでいた船が難破したらしく……もう一度書いていただけませんか?」

 この時代の難破率が高い事を知っていた珠姫はそれを了解し、こうして彼女の密書はマカオにて開けられたのである。
 それは、あまりに衝撃的であったが為に、もう一通の密書と共に難破という事にして闇に葬られる事になった。
 だが、その詳報は本国であるポルトガル王家に、最重要機密として届けられたのである。
 そのポルトガルを見張っていたヴェネツィア共和国の諜報員は、あまりに不自然なポルトガルの動きに違和感を感じて調査を進める。
 それが、全ての始まりだった。
 既に、極東の島国にてスペイン船団が全滅した報告は届き、捕虜も釈放されたので、彼らの幾許かはこの欧州に戻ってくる事になる。
 だが、情報はそれより速くこの欧州に届いて波紋を投げかけていたのであった。
 スペインとポルトガルの間では双方の使者が激しく往来しており、その事態の異常性に欧州各国も何事と目と耳をすましていた。
 そんな中、ヴェネツィア共和国が一歩先を行く事ができたのは彼らも海洋国家であり、船乗りにの心理を国家要人まで持っていた事があげられるだろう。
 つまり、船乗りを買収したのである。
 もちろん、そんなに高くない情報だが、情報というものはかけらを組み合わせる事によって、恐ろしいほどに化ける。

 ――ローマでは枢機卿が集まって、イエズス会の修道士を急遽召喚した――
 ――スペインは新大陸に派遣した船団の数を大急ぎで把握しようとしている――
 ――またバンカロータ(国庫支払い停止宣言)が行われるかもしれない――
 ――ポルトガルのインド洋への船団派遣予定が急増している――

 これらの事態がマカオからの報告後に始まった事を、ヴェネツィア共和国の諜報員は掴んだのだった。
 何かが起こっている。
 それも欧州ではなく、植民地で。
 世界に進出している最先端であるこの二カ国の異常は、そのまま欧州全域の政治環境を激変させる。
 何かに慌てたスペインの行動は、ネーデルラントの社会不安に影を落とし、スペインとの関係が悪化しつつあったイングランドやスペインの不倶戴天の敵であるフランスなどは、この状況から何かを得ようと蠢き始めていた。
 それは、ヴェネツィア共和国にとっても人事ではない。
 対オスマン戦争において、もはやヴェネツィア単独ではオスマンに対抗できなくなり、西地中海に影響力を持つスペインの助力は絶対に必要だった。
 ポルトガル船員達の話を集めたヴェネツィア共和国の諜報員はそこで決定的な情報を得る。
 極東の島国にて、スペイン船団を全滅させた姫君がスペインに対して宣戦布告し、その兵を集めているという情報を。
 その島国の名前はジパング。
 かのマルコポーロに『黄金の国』と呼ばれ、現在では産出する銀と高級娼婦によって欧州に名前が知られている島国である。

 スペインが極東に兵を集める。
 それは、対オスマン戦において劣勢を強いられているヴェネツィア共和国にとって、悪夢と言って良かった。
 と、同時にかの姫がアンドレア・グリッティ宛に何か密書を送った事もついに突き止めたのである。
 ポルトガルは何かを知っている。
 それは、間違いなくヴェネツィアにとって都合の悪い事だ。
 だが、その密書の中身が分からない。
 ポルトガル王家の最重要機密に指定されたマカオ総督の報告書の中身にまで手が届かず、諦めかけていたその時、その密書が彼らの手に入ったのである。

 かれらが敵としていたオスマン帝国から。

 珠姫の悪戯は十重二十重に手が混んでいた。
 情報のタイムラグを使い、「死んでいるのを知らない事にして」ヴェネツィア共和国の元首に密書を送る。
 アンドレア・グリッティという名前も計算づくだった。
 彼は対オスマン戦争の矢面に立ちながら、そのトルコ人に愛された人物でもあり、若かりし頃、スパイとして処刑されかかった時に当のトルコ人達の嘆願によってその命を救われた人物でもあった。
 イスラム商人に渡れば、ほぼ間違いなく届けられるだろうとの珠姫の確信は間違っていなかったのである。
 そこまで見据えて、確実に止められるだろうポルトガル船経由とは別に、大陸の倭寇にもこの手紙を託したのだった。

「それ、イスラム商人に届けてくれない?
 お金は、たっぷり払うからさぁ」

 この時、珠姫が支払った代金は、毛利から安定供給された事で手に入った膨大な銀だったという。
 もちろん、ただ手紙の運搬をさせる為だけではなく、他の仕事も一緒ではあったが、悪戯にしては桁が大きすぎる金額である事は間違いではない。
 裏社会は金が支払われている限り、その信用は恐ろしいほどに高い。
 ちなみに、この時の銀は後に大砲つきのガレオン船と、当時の欧州の娼婦達着用の肩から胸元まで開いたドレス数十着となって遊女達のブームの一つとなるのだが、それは別の話。
 難破の危険を考えてポルトガル船と同じように数通に分けられたこの手紙は、ゆっくりとユーラシア大陸を渡り、イスラム商人の手からオスマン帝国帝都イスタンブールのヴェネツィア共和国大使館に届けられたのであった。
   
 そして、この手紙を持って十人委員会は開かれる。
 そこに書かれていた事は、荒唐無稽かつ驚愕と恐怖に彩られていた。

 彼女は隷姫航路と呼ばれるようになった、女奴隷の安定供給を憂い、現在の地中海と紅海の陸上部の人間の疲労を指摘。
 全てを船と港で完結できる交易路システムを提案していたのである。
 その方法とは、太古に掘られながら現在は砂に埋もれてしまったスエズ運河の再開通だった。

 後の世にスエズ運河と呼ばれるものとは違い、紅海と地中海を結ぶ運河はナイル川を遡って紅海へと繋がる運河の事である。
 砂に埋もれたのも、その管理をしていたエジプトの衰退や、シルクロード等を代表するように陸路の整備で十分だったというのもあるだろう。
 だが、そんな時代とは違い、既に交易量はあの頃と比べて莫大な量にのぼっている。
 しかも、彼女が供給し欧州で憧れとなりつつある高級娼婦、『大友女』は人間である。
 遥かに取り扱いが難しく、現在の隷姫航路は万もの女達の屍の上に成り立っていると言っても過言ではない。
 そんな状況に対して、珠姫は途中で死ぬ女達を減らす為にこの提案をしたのである。
 ナイル川の逆流と十分な積載量を持つ船も運がいい事に存在していた。
 時代のあだ花として消えるはずだった、ガレアス船である。
 帆船とガレー船の中間的な能力を持つこの船は、ナイル川遡上に耐えられる動力を持ち、積載量も莫大であった。
 そこまで指摘した珠姫はこの手紙の最後をこうしめくくったのである。

「私は、これをオスマン皇帝に提案し、この航路の露となる女達を減らしたいと思っています」

 十人委員会の委員達は誰も語らない。
 いや、語れない。
 彼女が何を言っているのか、分かるがゆえに、その恐怖を振り払うのに一杯なのだった。
 インド洋と地中海が船で直接繋がる。
 それは喜望峰経由で交易をしているスペインやポルトガルにとって、致命的なまでに競争力を失わせる事になるだろう。
 スペインやポルトガルがうろたえる訳が分かった。
 それは、東地中海の交易圏を辛うじて押さえているヴェネツィア共和国にとって、起死回生の一手になるだろう。
 と、同時にオスマン帝国が、手のつけられない超巨大国家に成り上がるのも意味している。
 現在の東地中海のオスマン海軍だけでも独力で対抗できないのに、紅海やアラビヤ海のオスマン海軍が東地中海にやってくる事を意味する。
 スエズ運河掘削などできるのかという疑問だが、それを疑う者はこの場にいない。
 かつてあったという事は、現在でもできるという事だし、イスタンブールと呼ばれるかつてのコンスタンティノープルをオスマン帝国が落とした時、「オスマン艦隊の山越え」と呼ばれる陸路から艦隊を金角湾に送り込むという荒唐無稽な戦術をやらかした連中である。
 それぐらいやりかねないという空気の中で、改めてこの密書の意味を考える。

「何故、我々なのだ?」

 この密書は本来ならばオスマン皇帝に差し出されなければならない密書である。
 だが、差出人はアンドレア・グリッティ、ヴェネツィア共和国の元首の名前を使っている以上、間違いなくヴェネツィア共和国宛であろう。
 つまる所、この密書は装飾や説明を除くと、たったこれだけしか書かれていない。

「これから、オスマン帝国が手のつけられないぐらい急成長するよ」

 と。
 いや、オスマン帝国にも確実に届いているだろう。
 オスマン帝国は、老いたとはいえ大帝スレイマン1世が率い、その下の大宰相であるソコルル・メフメト・パシャも理知的で冷静な人物で隙などない男だった。
 スエズ運河掘削は提案されるのならば、そのオスマン帝国の栄光をかけて必ず達成されるのだろう。
 では、その時ヴェネツィアはどうすればいいのだろう?


 彼らは知らない。
 この密書を書いた珠姫はこれを悪戯としてしか見ていなかったという事を。
 ほら話であるがゆえに、どうなってもいいやと物事を果てしなく軽く見ていたという事を。
 ヴェネツィアに送られたのも、かの街がいずれ火星に移った時にできる水先案内人の事を考えていただけだったという事を。
 と、同時に彼女がそんな奇跡の街の元ネタが悪辣非道で奇跡などまったく当てにせずに、独立を維持しようとしていた事を知っており、送ったら何かやらかしてくれるだろうと考えていた事を。
 あわよくば、レパントの海戦前に、キリスト教連合軍に対して内部分裂が起こればいいな程度にしか考えていなかったという事を。


 ヴェネツィア共和国はそんな珠姫の期待に見事に答えた。
 スレイマン1世の死後、その後を継いだセリム2世の功績として公表されたヴェネツィア共和国の屈服と呼ばれる、外交交渉によって欧州はオスマン帝国の嵐がスレイマン大帝が去っても続く事を思い知ったからである。

 ヴェネツィア共和国は、オスマン帝国に対し通行料として六十万ドュカートを向こう六年間支払う。
 ヴェネツィア共和国は、オスマン帝国に対しキプロス等の年貢金として年間三万ドュカートをを支払う。
 オスマン帝国は、ヴェネツィア共和国に対しオスマン帝国内の経済活動の自由を完全に保障する。


 そして、セリム2世を称える功績として、ヴェネツィア共和国から奪った金を使ってスエズ運河掘削が開始される。
 後に、それを知った珠姫は、大笑いしながら叫んだという。

「これでレパントが消えたわ!」

 と。



[5109] 大友の姫巫女 外伝その七 中津城建設秘話
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/09/16 16:48
 『珠姫の城』。
 そう呼ばれる中津城だが、その紆余曲折は語り草となり、

『中津の城を作るが先か、青の洞門を掘るのが先か』

 という言葉が残るぐらいの大工事だったのである。
 そもそも、中津には鎮台と名づけられた地方向け司令部があり、兵舎群と備蓄倉庫からなる施設がおいてあった。
 が、この鎮台というのは城ではない。

「元々地方への反乱に対処する為の攻勢組織が守りに入っちゃ駄目でしょ」

 とは珠姫の言葉だが、同時に城を築く事による地元国衆への配慮もあって、この施設は堀と土壁のみで作られている。
 この地に詰めの将が入り、有事に備える仕組みは南蛮人の襲撃によってその能力を発揮し、南蛮人撃退やその後の三家謀反の鎮圧に大いに役立った。
 とはいえ、役立ったのは鎮台という組織であって、その鎮台という土地が役に立った訳ではなく、施設も倉庫等は拡張したが城と呼べる物ではなかったのである。 
 それが城に化けるにはそれ相応の理由というのがある。

 珠姫の筑前守護代就任。
 これは和議が成立した毛利家との政治的妥協の産物であり、と同時に隠岐守護代を珠姫に渡している。
 と、同時に豊前国人衆が激昂したのである。

「おらが国の姫様をよそに渡しちゃなんねぇ!」

 もちろん、激昂したのも理由がある。
 たとえ名貸しとはいえ守護代になれば、その守護代の国に城を建てて、そこに住まなければならない。
 そして、その国の国人衆を雇って彼らの大名にならねばならないのである。
 たとえ杉乃井に常駐してようと、府内で仕事をしてようと、こまめに宇佐に帰る珠姫は宇佐八幡の巫女であり、宇佐の、豊前の誇るおらたちの姫なのだった。
 一揆も辞さぬ覚悟で彼らは大友家に嘆願し、その取り纏め役であった佐田隆居や城井鎮房を困らせる始末。
 当然珠姫や彼女の父である大友義鎮の耳にも入り。

「名貸しなら一国でも二国でも同じよ」

 と、なし崩し的に彼女に豊前守護代を押し付けたのだった。
 同時に後継者についても正式に大友義鎮から家中に伝えられ、

「長寿丸の元服前までは、珠が第一位、親貞を第二位とする。
 元服後は義鎮後見の元、珠が後を継ぎ、その後しばらくして元服した長寿丸に継がせる。
 以後、一線を引いた珠を第一位、幼き弟である新九郎を第二位、親貞は第三位の継承として、おのおの家を興すように」

 という布告が出ていたりする。
 なお、先の小金原合戦の功績によって、大友親貞は寺社奉行兼鳥屋山城城代として百五十町(大雑把に約六千石)の田畑を与えられ、近く義鎮次女の梓姫と祝言をあげる事になっている。
 この領地、香春岳城城主だった珠姫と同じであり、彼への期待の高さをうかがわせる良い例である。
 大友親貞の後見人は吉岡長増であり、吉岡家現当主である吉岡鎮興を始めとする野津原衆が彼の後ろにつく事になる。
 これも、外様である佐田隆居をはじめとする宇佐衆が後ろについた珠姫と比べると、譜代で固められているあたり珠姫より優遇しているというより功績が大きすぎる珠姫とのバランスを取ったという所だろうか。

 余談だが、城主と城代はそれぞれ意味が違う。
 双方ともその城の大将である事には代わらないが、城主は城とその回りの領地まで持つ一国一城の主なのに対して、城代は直轄領の城の預かり主という立場でしかない。
 まぁ、預かり期間が長くなれば長くなるほど、城代が城主になるのは良くある事で。
 珠が城代では無く、城主として香春岳城を与えられたのも、敵地だった事と宇佐八幡と縁が深い香春の地を治めるのに宇佐の巫女という名前が使えたからに他ならない。
 事実、珠は香春岳城にも足は運んだが、基本は城代である高橋鎮理に任せっぱなしだったりする。
 後、城代の上に複数の城を統括する城督というものもあったりする。
 これについていたのが、史実の戸次鑑連こと立花道雪といえばどれほどの価値かお分かりだろう。


 話がそれた。
 こういう訳で、分家を起こす予定の珠だが、その領国がしゃれにならないほど大きい。
 名貸しとはいえ筑前四十万石、豊前約三十万石の合計七十万石が彼女の領土となり、博多や門司もその領内にある事から、実収入は百万石をはるかに超える。
 ちなみに、大友家全体の石高が約二百万石ぐらい。
 これがいかに大きいか理解できただろうか?
 ちなみに、珠姫自身が直接統治している領地が筑豊・香春・宇佐・別府の約十四万五千石。
 以前から行われていた河川開発と、秋月残党の蜂起に呼応した秋月旧臣の領地を没収したからである。
 それと、三家謀反で空いた筑前約十七万石の差配も義鎮から任されており、全て自領に組み込めば約三十一万五千石という一国の主に相応しい大名に化ける。
 当人、

「めんどいからや」

 で、誰かに押し付ける気満々なのだが。
 もちろん、同盟国や従属国を除く大友家内全武将の中でトップである。
 ちなみに、次点が伊予に飛び地を持つ豊後一万田城城主一万田親実の五万五千石、その次が、筑豊・秋月を治める古処山城城主田原親宏で五万石、その次が筑前原田領を任された筑前糸島半島の飛び地を持つ柑子岳城城督臼杵鑑速である四万二千石だったりする。
 全員大友占領地に多く飛び地を持っており、占領地統治の為と本国である豊後を大友宗家の直轄にしようという狙いからなのだが、それでも珠の持つ領地は群を抜いていた。

 これが、次期後継者の格なのだと言わんばかりだが、その格には見栄えというものあるという事を珠姫は思い知ったのである。


「城ですってぇ!?」


 わざわざ宇佐から出向いてきた珠姫の爺である佐田隆居が、苦りきった顔で珠姫に進言する。
 彼女の数少ない本当に頭の上がらない人物の一人なのだか、彼も格なるもののあいまいなものに振り回されて疲労困憊していたのだった。

「姫が分家を興すに当たって、相応しい城をと皆が求めております」

「だって、杉乃井あるじゃん」

 同じように説得したのだろう。
 白髪の増えた佐田隆居がため息をつきながら、「建前」を述べた。

「姫様。
 杉乃井は、『御殿』でございます」

「あ……」

 たかが名前、されど名前である。
 元が大友本家直轄領だったので、府内への出先の屋敷として作ったのが杉乃井御殿である。
 どう見ても城郭だし、実際南蛮人の襲撃を撃退しているのだが、『城』ではなく『御殿』なのである。彼らにとっては。

「じゃあ、宇佐……は、神社で返されるわね。
 香春岳はどうよ?」

 まだ、事態を良く分かっていない珠姫に、佐田隆居が一から昏々と説明する。 

「つまり、姫様が新たな居を博多に構えないかと皆心配しておるのです」

「あ~なるほど」

 ぽんと手を叩く珠姫。
 彼女の頭には、九州にやってきて受け入れられるまで時間のかかった某球団や、北海道や東北に望まれて行って受け入れられた某球団などが頭に浮かぶ。
 さしあたって、香春岳城は彼ら豊前国人衆からすれば北九州市民球場と見た。
 おらが国のものだから、ホーム球場は立派にしたいという訳だ。
 もちろん、サービスもいっぱいつけて。
 うわ。大名のやっている事って、人殺す以外球団経営とあんまり変わんないしゃんと内心盛大に珠姫が凹んだのは内緒。

「まぁ、銭はあるから作りましょうか」

 大規模公共事業とそれに伴うインフラ整備は経済を活性化させる。
 既に証文経済に移行している珠姫がいる大友家にとって、借金は払えなければという但し書きがつくが恐れるものではない。
 父である大友義鎮の承諾を得た上での、珠姫の正式なGOサインによって、珠姫領内にて城誘致の盛大な暗闘が始まった。
 真っ先に手を上げたのが、当然の事だが商人の町である博多。
 彼女の愛人である毛利元鎮が博多奉行になる事も知っているだけに、立花山城に是非と猛烈アピールをかける。
 それに待ったと噛み付いたのが、発展著しい門司。
 自治都市である門司の隣にある小倉に城をと言い出したのである。
 で、これに宇佐が「姫様の城はここだろ。常識的に考えて」とか言い出すから揉めに揉めた。
 結果、三者痛み分けの形を取って、選ばれたのが中津だったのである。
 なお、不満だらだらの博多は福岡城、小倉は小倉城と大友家として城を新設しているので矛を収めている。あしからず。
 宇佐に近く、山国川河口にあたる中津は小祝という三角州もあって、港を作るのに最適だったのである。
 それに、軍事的にも山を越えるが日田に抜ける要衝にあり、筑前や筑後で何かあった時に駆けつけられるという利点もあった。
 なお、冒頭にあげた青の洞門だが、珠姫が真っ先に掘削し、固い岩盤部を豪快に火薬で爆破したり大砲の砲弾をぶつけたりして五年で開通させ、日本初の発破工事と言われている。

 城の縄張りは、梯郭式を採用。
 山国川沿いに本丸を置き、その回りを二の丸や先に作られていた鎮台施設を外郭に取り入れて扇の様に広がる様から、後に扇城と呼ばれるようになる。
 極力広大な縄張りを意識していたのは、大砲の攻撃を恐れた為で、同時に外郭各所に物見櫓と砲台を塹壕で繋いだ事から、土竜城とも呼ばれるようになる。
 この城は、大砲が戦術として取り入れられた上ではじめて作られる要塞でもあったのである。
 また、山国川という川の側にある事から水堀を多く用い運河の用途も果たすように設計されていた。
 この城でも天守は作られ、府内城は高台の上に天守を築いたが、河口という標高の低い場所ゆえ、天守を含む本丸は石垣で高く上げられている。
 天守の層は三層望楼型で、四層の府内城に遠慮しているが、構成は連結式で天守と本丸御殿がくっついている形を取っている。
 これについては珠姫自身が言葉を残しているのだが、

「大砲で攻められたら、本丸落ちるわよ。
 だから、本丸は飾りよ。飾り」

 と、生活優先で作ったからに他ならない。
 全ては外郭の砲台との有機的な連携を前提とするあたり仕方ないのだが、その割り切りの良さもこの時代から離れている。
 で、工事は難航を極めた。
 特に、石垣組みとその上に立つ天守の土台の安定が軟弱な地盤の為に思うようにならず、山国川の洪水も指摘されて城造りより山国側の堤防建設を先に優先させたのである。
 このあたり、城そのものを飾りと言い切った珠姫の真骨頂だろう。
 なお、山国川治水事業とこの堤防の完成によって、この地は広大に広がる稲穂の海に化け、九州でも有数の穀倉地帯となるのだが後の話。
 五年かけて山国川堤防ができあがり、水はけが改善されるとようやく城の工事が本格化する。
 天守完成がその翌年、本丸完成がその翌年。
 総構えが完成したのは更に三年ほど待たねばならなかったのである。
 
 城下町も栄え、小祝の港には多くの船が止まり、宇佐やその門前港になっていた長洲の町とも街道が更に整備されて、豊前国南部は文字通り珠姫の王国と化したのである。
 まぁ、そんな場所だから当然のように遊郭も置かれ、そんな遊郭の一つに、元服していない純情な少年しか入れない遊郭『夢倶楽部』なるものができ、
 毎夜毎夜、城からきた女中が怒りながら太夫姿の女性を引っぱっていったという昔話が残っているが、まぁ気のせいだろう。

「姫様っ!
 毎夜、毎夜遊びほうけて……
 今日という今日はもう許しませんからねっ!!
 何が、『胸さわっていいわよ!別・料・金!!』
 ですかっ!!
 姫様!あなた四郎様との間に何人子供がいると思っているんですかっ!!」

「ちょ!
 麟姉さんまって、私はぴゅあな少年達をおちょく……げふんげふん。
 愛でて世の中を教えるために……
 のぉぉぉぉ!
 耳引っ張っちゃだめぇぇぇ!!!」

 なお、

『悪い事をすると、長刀持った夜叉顔の美人女中に耳引っ張って連れて行かれるぞ』

 という子供を叱る言葉もしっかりと現在に至るまで中津に残っていたりするのだが、それも気のせいだろう。
 多分……  
 
       


 作者より一言
 八十三話にて豊前守護代を外したのは、話の時間軸的におかしいなと感じたからで、その後のご指摘の通り豊前守護代はつけないと豊前国人衆が納まらないと私も思っていました。
 で、こうして豊前守護代就任の為に一話作った次第。
 掲示板を騒がせてしまって本当にごめんない。

 地理メモ
 鳥屋山城(鳥屋城) 豊後大野市朝地町鳥田



[5109] チラシの裏 『大友の姫巫女』における畿内情勢(徳川追加) 1566年初頭 提供大隈氏
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/09/16 16:56
 大隈氏が私の話より、畿内情勢をまとめてくださいました。
 本当にありがとうございます。

 まだ魔王との会見まで時間があるので、ひとまずこれを見て色々楽しんでいただけたらと。



1566年初頭における織田家状況

完全制圧済みの国
・尾張(信長直轄)
・美濃(信長直轄)
・大和(松永久秀)
・山城(表向きは足利義昭所領?)
・志摩(九鬼水軍本拠)

半制圧の国
伊勢(伊勢長島の一向宗所領を除く)
近江(元六角領の江南を制圧)
伊賀(国人衆への所領安堵の上織田家の武将を入れず?)


各国状況

尾張
 三河、美濃、伊勢と国境を接する。
 何れも信長の同盟国ないし自領ながら伊勢長島一向宗と隣接しており、尾張=伊勢の直接移動には長島一向宗の動向が大きく影響する。
 
美濃
 尾張、信濃、飛騨、近江、伊勢、越前と国境を接する。
 尾張、伊勢は信長の自領である為脅威はない。
 信濃は同盟国である武田家の所領であり、現状で侵攻を考慮する必要性は薄い。
 近江は潜在的敵国である江北大名浅井家と接しており、直接南近江方面へ抜けることは不可能。
 特に国境付近に築城されている鎌刃城は堅城であり、小谷城からの後詰が短時間で到着出来る位置にある為早期の攻略は困難と予想される。
 飛騨は姉小路家の所領であるが、勢力としては小さく越中方面から上杉の圧力も掛かると予想される。
 姉小路家は武田家の従属大名と化している可能性が高く、場合によっては飛騨を巡り上杉対武田の戦へ発展する可能性がある。
 あまり知られていないが越前とも国境を接しており、実際に油坂峠経由で朝倉勢が美濃へ侵攻した事がある。
 現在朝倉家は明確な敵性国家と国境を接しておらず、最悪の場合油坂峠経由で越前の軍勢が美濃へ侵攻してくる可能性あり。
 最低でも1~2万程度の守備兵力を置く事が望ましいと思われる。

飛騨
 越中、美濃と国境を接する。
 姉小路家(三木家)の領土。
 戦力的には差ほどでもなく、国内も完全に統一されているとは言いがたい。
 しかし上杉家が飛騨を押さえた場合、美濃を直接脅かす事が出来るようになるため戦略的には非常に重要。

伊勢
 尾張、志摩、伊賀と国境を接する。
 美濃勝地峠から鈴鹿峠を経由して南近江へ向うルートを持つ、現在の織田家にとって戦略的に最重要な国。
 南近江六角家が滅んだ事により、伊勢長島一向宗以外の不安要素は殆どない。

伊賀
 織田家勢力下にあるが、実質的に国人衆による統治が続いていると思われる。
 伊勢経由近江方面へのルート上にあるものの、山岳地帯であるため大規模な兵の移動には余り適していない。
 この国は国人衆の独立心が非常に強く、国人衆が敵に回った場合尾張、美濃、伊勢と南近江、山城の連携が断ち切られる事となる可能性が高い。

大和
 紀伊、伊賀、摂津、河内、山城と国境を接する。
 松永久秀が完全に掌握。
 ただし旧領主である筒井順慶が存命であるため、予断を許さない。
 美濃~近江~山城のルートが使用出来ない為、交通の要衝でもある。
 
近江
 美濃、若狭、越前、山城、伊勢と国境を接する。
 南半分を制圧。
 北の浅井家との関係次第で早期に統一する必要あり。
 浅井家を攻撃した場合、朝倉家からの後詰が予想される。
 南部甲賀郡に六角家の残党が残っており、今後の予断を許さない状況にある。

山城
 近江、丹波、摂津和泉、大和と国境を接する。
 足利義昭の本拠。
 名目上将軍直轄地となるので義輝派の大名から狙われる可能性あり。
 可能性として一番高いのは北近江浅井家が美濃方面へ出兵して織田家の戦力を誘引、その隙に琵琶湖西岸を朝倉軍が南下して京を伺う、といったあたりか。
 信長の大義名分は山城に足利義昭がいることが大前提となるので、山城失陥は織田家にとって致命傷となり得る。

摂津
 河内和泉、丹波、山城と国境を接する。
 織田家の近畿侵攻に伴い、三好家が阿波へ後退した為織田家の領土となる。
 現在国人衆を中心として纏まっていると思われるものの、三好家の再侵攻があった場合完全に織田家側で動く保証はない。
 しかし石山本願寺があること、加賀一向宗門徒を上杉家、朝倉家、能登畠山家が制圧している事から本願寺が信長と関係を持つ可能性があり、その場合は国人衆が本願寺主導のもと纏められる可能性が高い。
 
河内和泉
 摂津と国境を接する。
 三好義継が在住し、本州に残る三好家最後の拠点。
 しかしながら義継は三好三人衆と袂を分かっているため、松永久秀を介して織田家の従属大名となっていると思われる。
 紀伊方面との連絡は山岳地帯によって非常に困難であるため、事実上袋小路となっており、後方の安全は確保されている。
 本拠である四国方面へ後退した三好三人衆と対立する関係にあり、瀬戸内海進出の最重要拠点でもある。

丹波
 波多野家が領有。
 山城、摂津、丹後と国境を接する。
 山城の隣国である事から戦略的重要性は高い。
 対毛利戦を考慮する場合、丹後と攝津の後詰を行うのに最適な位置でもあり、織田家としては確実に取り込みたい国であると思われる。
 
若狭
 丹後、越前、近江と国境を接する。
 若狭武田家の所領だが、朝倉家の影響下にある。
 ただし国人衆は反朝倉。
 小浜港がある為、越前福井港、敦賀港と並んで日本海側の通商を握るには必須の重要な場所。
 毛利家が南蛮船を所有した場合、日本海側の美保関港を拠点として海上から奇襲を行うのに最適か。
 丹後を押さえた場合、洋上侵攻と陸上侵攻を併用する事で若狭を押さえることが可能になると思われる。



周辺大名

武田家
 甲斐、南信濃を領有。
 今川家への侵攻に関する情報がない為、駿河を領有しているか否かは不明。
 織田家とは同盟関係にある。
 三河遠江を領有すると思われる徳川家が織田家の同盟国なので、侵攻先は極めて限られている。
 上杉謙信が足利義輝を擁して大義名分を得ている為、織田家が擁する足利義昭を支持して上杉家に対抗せざるを得ない状況か。
 北条家との関係が悪化していない限り、敵となりうるのは北信濃に勢力を持つ信濃国人衆とその支援者である上杉家。
 上杉家の上洛に伴い北信濃へ侵攻、織田家の側面援護を行うと共に信濃の完全掌握を狙う可能性大。
 その後は織田家との同盟を維持する限り、越後方面への侵攻を図ると思われる。

上杉家
 越後、越中の一部を領有。
 越中の神保家、椎名家は事実上従属大名化していると思われる。
 足利義輝を擁し、北陸から山城を伺っている。
 能登畠山家、越前朝倉家と緩い同盟関係。
 加賀一向衆を三方向からの同時侵攻で壊滅せしめ、加賀を折半。
 陸路で越後>越中>加賀>越前>近江>山城へ侵攻を企てていると思われる。
 しかしながら上杉家の誇る戦略戦術的機動力は小荷駄隊を殆ど持たないという兵站上の弱点を抱えており、現金による食料現地調達あるいは通り道となる各国を支配する大名からの支援がない限り長期行動は難しい。
 万が一この食料調達を巡るトラブルが発生した場合、上杉家の威信は一気に低下する可能性がある。
 上杉家は乱取りや現地略奪等を積極的に行っており、これらの行為が今後に影響を与える可能性も考えられる。
 また、本拠である春日山城は北信濃から指呼の距離にあり、北信濃を武田家が制圧した場合その行動は大きく掣肘される。
 
朝倉家
 越前、加賀の過半を領有。
 若狭武田家とは友好関係にあるものの、国人衆との関係は悪い。
 江北の浅井家は同盟国であるが、事実上朝倉家の準被官的立場にある。
 上杉家、能登畠山家とは緩い同盟関係。
 各方面に敵がなく、自国に最小限の兵力だけを置いて兵力の大半を侵攻戦に動員可能。
 しかしながら加賀制圧直後で治安維持の為に一定の兵力を加賀に配置する必要があり、対織田戦へ全面的に振り向ける事は現段階では不可能と思われる。
 美濃と接してはいるものの、山越えルートとなる為に侵攻作戦の主攻としては考えにくい。
 福井港、敦賀港という2箇所の良港を持ち、その経済力は高い。
 
浅井家
 北近江を領有。
 越前朝倉家の従属大名で準被官的立場にある。
 南近江を押さえる織田家と隣接しているが、それ以外の方面に心配がない為全兵力を織田家に当てる事が可能。
 特に美濃~近江間に鎌刃城、長比城を擁し織田家の交通網を分断している点が大きい。
 また、琵琶湖水運を握っている為そこからもたらされる経済力は侮れない。
 国友村を所有しているため、鉄砲の量産が進むと厄介な相手になる可能性あり。

姉小路(三木)家
 飛騨を領有。
 武田家の動きが史実通りであれば、1564年に山県昌景の侵攻を受けて従属大名となっていると思われる。
 このため織田家とは武田家を間に挟んでの友好関係を保っている可能性が高い。
 それ以前には上杉謙信へ援軍を求めるなど上杉家へも一定の友好関係にあり、上杉家が美濃を狙う場合飛騨を巡る争いが起こりうる。
 
三好家
 現在三好三人衆と三好義継の二派に別れている。
 三好三人衆は阿波、讃岐を押さえ、義継は和泉、河内方面を領有。
 義継が松永久秀を介して織田家に接近しており、今後は海を挟んで両派の対立が激化していく可能性が高い。
 
鈴木家(雑賀衆)
 紀伊を領有。
 鉄砲傭兵集団雑賀衆を擁し、その戦闘力はきわめて高い。
 大友家と友好関係にあり、本願寺家との繋がりも深い。
 現時点では中立だが、加賀一向宗門徒を制圧された本願寺が対上杉戦を開始した場合、それに従い軍を出すと思われる。

波多野家
 波多野家は朝廷と縁が深く、将軍家の動向とともに朝廷の動向が大きく影響すると思われる。
 優秀な武将を多数擁し、その軍事力は侮れない。
 史実においては朝倉家へ援軍を派遣しており、その際に丹波鬼の異名を持つ波多野宗高が討ち死にしている。
 現段階で足利義輝、義昭の何れに付くかは不明。
 波多野家を織田家が取り込んだ場合、対毛利の最前線となる可能性が高い。

徳川家
 三河を領有する。
 西を織田家、北を武田家、東を今川家に挟まれ勢力拡大のきっかけが掴めない状態となっている。
 織田家と武田家が同盟を結び、織田家と徳川家が同盟を結んだ結果、徳川家と武田家も自動的に不戦状態に組み込まれ、富国強兵政策を行い、国力を高めている。
 織田家に要請された場合、対今川家への警戒から援軍は未知数だが、美濃方面への兵力を出す事は可能と思われる。



[5109] 大友の姫巫女 第八十五話 縁は世につれ世は病につれ
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/09/27 19:28
 お元気ですか?
 絶賛戦争と謀反の後片付け中の珠です。
 新設分家の話から少し話をしようかと思っています。

 現在の私の領地が筑豊・香春・宇佐・別府の約十四万五千石。
 これに現金収入を足すと軽く三十万石超えます。
 で、三家謀反で空いた筑前約十七万石の差配も任されており、合計にて四十七万石なり。
 わっぽう。
 何処の国持ち大名ですか何処の。
 しかも、父上隠居後にリリーフとして後を継げととか言いやがるし。
 とりあえず、筑前十七万石の処分から先に片付ける事にします。
 確定なのは博多近隣の旧立花領はある程度は本家直轄にする事。
 これがちょいと難儀だったりする。

 博多に屋敷を構えてもらう大内輝弘の為に一万石。
 これは領主という事でなく、直轄領より渡すというサラリーマン侍であるという事。
 旧立花領十万石ちょっとの内半分は本家直轄にさせ、これで残りは十一万石。
 うーん。
 誰を動かすかちょっと面倒である。
 そういえば、小金原合戦で肥後の大友一門である託摩貞秀が討死にしていたんだよなぁ。
 配下も尼子勢の突撃を食らってボロボロになっているし。
 残された幼い息子の親義が継ぐ事は認められるだろうから、功績がわりに筑前に移すか。
 大友三大支族と呼ばれているけど、その領国だった肥後は菊池義武や小原鑑元の度重なる乱によって疲弊していたし。
 元々肥後は島津の通り道だったから関与を避けていたのもあるし、残っている託摩領を小金原合戦に出向いてくれた阿蘇家に渡すか。
 で、彼にも一万石渡して博多に屋敷を構えてもらおう。
 私や臼杵鑑速が常に博多にいない以上、一門の誰かは博多においておかないと。
 ついでだ。
 立花の黒殿姫を彼とくっつけるか。先の話だけど。
 立花の名前は四郎にやって、託摩と立花の血を復興させると。
 先の謀反で立花家は内紛の果てにこっちについたはいいが、その後立花家内で謀反が発生して立花鑑載以下家老連中以下まとめて死んでいたりする。
 とはいえ、小金原合戦に参加していない事もあって下の家臣がかなり温存されていた。
 すだぼろの託摩家家臣団の再編には一番手っ取り早そうだ。

 あ、小金原合戦の参加者に恩賞として銭を渡さないと。
 恵利暢尭は、かつての主君を討ち取った功績もあるから、遺児による秋月再興許可と筑豊に一万石渡してやろう。
 そのまま自分の領地に組み込めばいいのにしないんだよなぁ。彼は。
 ついでだ。ある種一番身分が浮いている彼に原鶴遊郭と玉名遊郭の御社衆を預けよう。
 今回の一件における御社衆の体たらくは流石に見過ごせないわ。
 二日市遊郭は筑紫広門に任せるか。
 内野・水城と連続で合戦やったし、私兵として筑紫家に組み込んで構わないと伝えておこう。
 こうなると、中洲遊郭の御社衆も誰かつけたい所なんだけど……
 戦後始末の書類を漁りながら候補者を捜索していたら目を引く項目が。
 岩屋城代の怒留湯融泉が職を辞したいと言ってきたらしい。
 まぁ、太刀洗合戦からの不手際は全て彼のせいに片付けるのは無理だけど、組織としては責任を背負わせないとどうしようもないんだよなぁ。
 更迭確定だった事もあって、自ら職を辞して責任を取ったという事らしい。
 ちょうど良い。
 中洲遊郭の御社衆を彼に預けるか。
 城代から遊郭の私兵隊長だから左遷という責任を取っているし。
 忠実であるがゆえに、博多における大友側の監視として働いてくれるだろう。
  
 後は……と。 
 降伏して命と宗像大宮司の職だけは許してもらった宗像氏貞だけど、その際に妹の色姫を人質として戸次鑑連に差し出しているんだよなぁ。
 そのままいけば戸次鑑連の側室になるんだけど、せっかくだから彼女に子供を孕んでもらって宗像完全に乗っ取るか。
 待てよ、側室が先に男孕んだらお家争いになるし、女にしとこう。
 というか、既に戸次鑑連の弟である戸次鑑方の長男戸次鎮連を養子にという話があるから、下手に子供を作るとお家争いが……orz
 よし。戸次鑑連を動かさずに、戸次家を分けてしまおう。
 一万田家と同じように、戸次家の本城である鎧ケ嶽城はそのまま、松尾城は大友本家が接収して筑前白山城三万石。
 史実で立花家臣に組み込まれた、薦野・米多比の両家もつけてしまおう。
 飛び地の統治は戸次鑑方やその子戸次鎮連に任せるだろうから、仁志の方呼んで神力使って男孕ましちまおう。
 男の方はいらないと思うけど八幡神の加護つきで。
 無いと、政千代や男勝りな誾千代にいじめられそうだし。
 内緒だけど、これが戸次鑑連にとって一番の褒美なのかもしれない。 

 で、残り六万石か。
 高橋鎮理に今、任せている香春に一万石つけて今度こそ家を興してもらおう。
 次男坊だからって、いつまでも私の陪臣扱いでいいはすがない。
 とはいえ、気づいてみると、彼私の家での次席家老格なんだよなぁ。
 宇佐や杉乃井はちょこちょこ戻って政務を見ていたけど、香春や筑豊は彼に任せっぱなしだったからなぁ。
 ちなみに筆頭家老は爺こと佐田隆居。
 そういや、高橋鎮理は今度斎藤鎮実の妹さんと祝言あげるんだっけ。めでたいから是非領地を押し付け……げふんげふん。
 プレゼントしてあげないと。

 ん?

 何か頭に引っかかるのが……

「姫様。よろしいでしょうか?」

 ひっかかりを思い出せずに、私は政千代の声に応じる。
 
「ん?
 なに~」

 紙の海で思考を泳がせていたら、頭に角が生えた政千代が見えた。
 最近、このあたり麟姉さんに似てきたな。

「また、だらしない格好で、こんなに書類を散らかして!
 もう、麟様が見たら嘆きますよ。
 ちゃんとするって約束したじゃないですか!」

 ちなみに、戦が終われば人というのは生命の営みに従ってわっふるするものらしく。
 麟姉さんもめでたくおめでたとなって実家に帰らせたのだった。
 また、その時一悶着あって、

「孕んだまま裸で踊ったり、孕んだまま戦に出ようとしたり、孕んだまま政をこなす姫様ががんばっているのに、何で私が休めましょうか!」

「私はいいの!
 姫様だもん!!」

 という壮絶主従バトルが勃発。
 あまりの頑固さについに私が父上に泣きついて、大大名大友義鎮直筆の命令書。

「休め」

 と書かれた休暇命令を持たせて一件落着したのだった。
 ちなみに、この一件を耳にした吉岡老や角隈石宗が、

「因果応報というのがありまして、己の所業は己に帰るものなのです」

 と、ちくちくと嫌味を私や父上(今回については完全に被害者)を言いやがって。
 この一件から、どうも私の無茶を止められるのは麟姉さんだという事が大友家中に知れ渡り、
 『姫様苦情受付』なる役所がこっそりと杉乃井に作られたとか何とか。
 なお、その次席は瑠璃姫で、四郎や政千代もそのメンバーだったり。
 近く、こいつを解体しようと考えているのだが、中々実行できずにいたりする。

「大丈夫。
 明日から本気出すから」

 働いたら負けみたいな台詞をほざいたら、政千代が深くため息をついて本題に入る。

「一万田鑑種殿が姫様にお会いしたいと」

 おや?
 彼、毛利側の要請で村上水軍を帰らせる為に、河野家に喧嘩をふっかけたその後始末の報告に来ていたんだっけ。
 たしか、その後の和議で伊予由並城は宇都宮領という手打ちは済んでいたと思うけど。

「まぁ、いいわ。
 会うって伝えておいて」

「はい」

 とてとてと去ってゆく政千代を見ながら、何かが引っかかるのだが分からずに一万田鑑種との面談に。
 で、その第一声が、

「それがしを買いませんか?」

 と来たもんだから、私も隣に控えていた政千代もポカーン。
 その顔がよほど面白かったのだろう。
 笑いながら、一万田鑑種は言葉を足す。

「姫様が次期当主になられるのが既定路線となり、姫様の抱える領地が増えたのもそれがし知っておりまする。
 で、それがしを姫様の家臣にしていたたきたく」

 深々と頭を下げる一万田鑑種に見事なまでに固まる私と政千代。
 とりあえず頭を再起動させた私は一言。

「あんた、伊予で罰ゲームさせていたんだけど?」

「げえむ?
 それはともかく、姫様が毛利と和議を結んだ以上、敵は長宗我部のみ。
 他の者に任せても問題ないかと」

 うわ。
 いけしゃあしゃあと言いやがって。

「他の者って誰よ?」

「兄上の長男である鑑実殿もいるし、伊予ならば佐伯惟教殿に任せても大丈夫でしょう。
 姫が口説いた土居清良殿もおりますし、一条家を差配している土居宗珊殿も知勇兼備の良将でございます」   

 なんというか、笑顔で淡々とこっちの手を塞いできやがる。
 それでいて腹に一物持っているあたり、某マッガーレを想像してしまう。
 そういや、彼子供できなかったというけど、ガチホモじゃねーだろーな。

「という訳で、姫様の期待に答えられない以上、姫様の下で苦労をと」

「で、本音は?」

 すごんで見せて核心を突いてみた。
 けど、小娘の凄みなんて彼の笑顔に一蹴される。

「私もよそに出されたり、謀反をたくらんだりで上に上がれそうもないので。
 ならば、仕えるにおいて、姫様の下が一番面白そうという理由はいかがでしょうか」

 ああ、とってもいい笑顔。
 マッガーレどころじゃないな。こいつ。
 「みんなで幸せになろうよ」と言いながら、辺境の埋めたて地に島流しになった正義の味方だ。
 『使える』んじゃない。
 『切れすぎる』。

「いいわ。
 とりあえず一万貫出すけど、きりきり働いてもらうから」

「ありがたき幸せ」

 猛毒っぽいが、薬にもなるから注意して使わない……ん?

「……どうなさいました。姫様。
 じっと私を見て」

 政千代を見て、浮かんでは消えていた一件が、薬の一言で繋がった。



「あああああああああああああああああああああああああああっっっっ!
 忘れてたっっっっっ!!!」


  
「何事ですか!
 姫様!!」

「どうしました!
 姫!」

 私の大声に控えていたくノ一の舞や、声が聞こえたので慌てて駆けつけたらしい四郎が部屋に入ってくるが、私はそれに見向きもしない。
 何でこんな重大な事を忘れていたんだ。私の馬鹿野郎!

「舞!
 今から九重や城島の牧場に文を書くから大急ぎで届けて!
 四郎は病院に行って、疱瘡の患者がいないか調べて!」

 私が出した疱瘡の一言に一同顔が真っ青になる。
 それだけこの時期の疱瘡――天然痘――は人に恐れられていたのである。

「姫様、その事をどちらで?」

「お告げよ!」

 いや、便利だわ。神の言葉。ありがとう母上。

「一万田鑑種。
 初仕事よ。
 人を集めて、疱瘡対策の指揮をとりなさい。
 患者がいたら一箇所に隔離する事。
 看護人は過去に感染している人間、瘢痕があるからわかるでしょ。
 死者は焼いて、死体や患者に触れたら手洗いとうがいを絶対にする事。
 また、素手で触らず、口と鼻は手ぬぐいで覆うように、その手ぬぐいは必ず使ったら熱湯につけて干す事。
 みんなも家に帰ったら手洗いとうがいを徹底させるように。
 いいわね!」

「はっ」

 そして、調べてみると流行寸前だった事に愕然とする。
 南蛮人の府内・別府攻撃による治安と生活環境の悪化で貧困層が感染。
 段々と全体に広がる前にこうして発覚できたのが幸いだった。
 そして、舞に持たせた手紙『牛痘の牛はいないか』だが、城島高原にそれに良く似た症状の牛がいたので、即座にその牛の膿を府内の民に予防接種させたのだった。
 府内に病院があってカルテが作られていた事と、病院を作った事で患者がそこに来ていた事が早期予防の決め手となった。
 いざとなったら肉壷で万能薬作れるけど、万の病人全てに行き渡る訳も無く、こうして早期に押さえられたのが本当に助かった。
 『火事は煙のうちに消せ』というのはまさしく金言に値する。
 この豊後における疱瘡予防と予防接種の発想は府内の病院に記録されて広がり、日本を疫病からかなり救う事になるのだがそれは別の話。



 
一言
 種痘の使い方が間違っていたので修正。





地理メモ

松尾城  大分県豊後大野市松尾字城山
鎧ケ嶽城 豊後大野市大野町田中北



[5109] 大友の姫巫女 試験作 宗太郎茶屋異聞
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/09/20 02:08
「坊様、ここ空いてるかしら?」

「おう。これは娘、いや、母親になる身の者に席を譲らぬは拙僧の不徳。
 ささ。こちらに」

「ありがと。
 しかし、坊様は何でこんな所に居るのよ。
 あ、お団子三つに水も同じだけ。
 私のおごりで」

「おお、ありがたや。ありがたや。
 日向美々津より船で上がっての。
 島津の殿様の頼みで、大友の殿様の鷹を届けに」

「またなんで、中途半端な所で降りるのよ。
 そのまま府内なり臼杵に入れば良かったじゃない」

「まぁ、聞いておくれや娘さん。
 ……船酔いが酷くての。
 で、こうして一人、老体に鞭打って山を登るという訳よ。
 しかし、うまいのぉ。この団子」

「でしょう。
 あとふかし芋なんてものあるのよ。
 けど、鷹って、何でそんな所に行ったんだか」

「それは鷹に聞いてみる事じゃ。
 鷹の目にとっては、豊後も日向も薩摩も関係あるまいて」

「そりゃそうよね。
 畜生のほうがこの世は幸せかもしれないわよ」

「ほほう。
 娘さんは、畜生道がいいと?」

「いや、これがはまると以外にやめられ……げぶんげふん。
 四足で歩いて見るだけでも以外に物が見えるものよ。
 人の嘲りや、関係ないふりをしながら、ちらちら覗いたり。
 同じ畜生である人をあえて分けた次点で人は奢っているのよ」

「ほほう。
 娘さん、中々学がおありのようで。
 拙僧もこのような場でこのような話がきけるとは思わなんだ」

「えへん。
 ほめてほめて。
 私、誉められると有頂天になる娘だから」

「勝って兜の緒を締めよという言葉はご存知か?」

「私の辞書に自重はないわっ!
 まぁ、ご存知だけど、ほめられた後でそれを言うかなぁ」

「ほっほっほ。
 坊主というのは、説教をするのが商売ゆえ」

「うらやましいわ。
 この末法の世だと商売大繁盛でしょう。
 何しろ、何時でも何処でも死体が転がっているからね」

「何、豊後に鷹を届けたら筑前にでも出向こうかと。
 かの国はこの間の戦で、かなり人死が出たらしくての。
 坊主は行けば歓迎されるだろうて」

「ほんと、世も末よねぇ。
 騙し騙されて親兄弟まで信じられないような世の中なんて。
 ぽいずん」

「ぽいずん?」

「気にしないで。
 異国の言葉よ。
 薩摩国、鳥神尾の合戦では、負けた方がほとんど溺れ死んだとか。
 世も末よねぇ……」




「まったくじゃ。
 筑前国、小金原合戦では、参加した宗像の兵が鉄砲と大筒で吹き飛ばされたとか。
 鬼畜の所業と思わぬか」




「本当よね」

「はっはっはっはっ……」

「おほほほほほほ……」

「しかし、この団子はうまいの」

「最近は飢饉も起きなくなったし、何か南蛮人が攻めてきたけど蓄えは村々にあるらしいし、毛利とも和議ができるとか。
 九州北部からは戦がなくなるわよ」


「それは凄い。
 わしの商売あがったりじゃの」

「あがったりなのよ。
 で、南はどうよ?
 まだまだ戦は続くの?」



「人というのはいろいろな物に縛られておる。
 ましてや、過去、それも持っていた栄光や誇りなんてものが家を支えているから簡単に止められん
 娘さんもそのあたりはご存知かと思うが」



「そうなのよねぇ。
 わかっちゃいるけどやめられない。
 お坊様には関係ない話と思うけど、豊後の国の殿様は、南の戦には関わりたくないけど、つきあいは止められないらしいわよ」



「つきあいか。
 まぁ、菱刈が滅んでしまえば、相良・伊東が敵に回り、『次はうちだ』と肝付が寝返るぐらいじゃからのぉ。
 島津の殿様は鳥神尾で勝ちすぎたのかもしれんのぉ」



「まだ、鳥神尾ぐらいなら問題ないわよ。
 問題なのは、連続で鳥神尾をやられて、今あげた三家が滅んでしまうと本気で心配しているのよ」






「そんな世迷い事を豊後の殿様は恐れているのか?」






「恐れているのはその殿様の娘らしいわよ。
 『あっこと戦火を交えるならば、十万の兵を用意しても勝つ自信は無い』
 って公言しているくらいだから」














「正気か?
 その姫様は?」

「正気で本気で、マジでしゃれでなく、
 大友の珠姫は島津の殿様を、その息子達を恐れているわ」















「そういえば、娘さんや。
 こんな所に身重の体を押してまで何をしているのじゃ?」

「そのお坊様が持っている鷹を探しに来たのよ。
 豊後の殿様がけっこうなDQNでさぁ」

「どきゅん?」

「異国の言葉よ。
 気にしないで。
 で、殿様いわく、
『鷹を逃がしたのは世話役の責任だから、見つけたら見つけた者の前でその世話役を斬ってやる』ってぐらいご立腹で。
 で、その鷹を見つけた人に、『持って帰ってくれ』と頼む為にこんな所に出張っている訳」



「ほほう。
 最近、豊後の殿様は娘さんと大喧嘩をした後は丸くなったと聞いていたが?」

「丸くなったのは事実よ。
 鷹の話も『気にするでない』とお叱りなしだったから。
 ただ……」

「ただ?」






「ただ、その鷹を名目に間者に豊後国内を歩き回られるのは癪だなぁとは思っていたわけで。
 まさか、こんな大物が釣れるとは思っていなかったのよ。私も」











「ただの拙僧でしかありませぬよ。
 ひ、いや娘さん」



「そうよね。
 まったく心が狭いわよね。この姫様は。
 お坊さん、姫様にあったら説教してやってよ」


「ほっほっほ。
 自覚のある者に、説教など無駄じゃよ。
 ところで頼みがあるのじゃが、この鷹を豊後の殿様に返してやってくれんかのぉ。
 どうも、この山を登りきるのはこの老体には無理なようじゃ。
 このまま、薩摩に帰ることにするでな」


「そっか。体に気をつけてね。
 豊後の殿様もきっと、薩摩の殿様に文を書くと思うから」

「どっこいしょ。
 さて、行くとするかの。
 よき出会いであった。娘さん」

「ええ。
 もう会う事はないと思うけど、体に気をつけてね。
 お坊さん」



―――――――――――――――――
「姫様。
 間者達の気配が消えました」
「追撃はなし。
 向こうが引いてくれているんだから今回はそれでいいわ。
 追っかけて釣り野伏せなんて食らいたくないから。
 しっかし、チートじじいの臭いがしたと思ったら、案の定チートじじいじゃねーか……」
「ちなみにあの僧はどなたで?」
「ただのお坊さんという事にしておきなさいな。
 無粋だから。
 たしか、お坊さんの名前は日新斎って言うみたいだけど」
―――――――――――――――――


―――――――――――――――――
「殿。
 追手はいない様子。
 間者一同無事に山を降りました。
 向こうも間者がかなり張り込んでいた様子」
「老体に鞭打ったかいがあったの。
 いいものが見れた。
 島津にとってこれからの敵は、大友の珠姫になるぞ。
 そして、かの姫は島津が肝付、伊東、相良を滅ぼして大友の脅威になると確信している。
 これほど嬉しい話があろうか。
 息子や孫達が、大隈や日向を奪い取って、島津の悲願を達成できると敵が認めているのだからな」
―――――――――――――――――


作者より一言。
 試験作。
 会話のみで描写ができるかやってみた。
 ちなみに、宗太郎峠はその呼び名の由来が幕藩体制になってから見たいだけど、それまでの呼び名がいまいち分からないのでこのままで。
 なお、掲示板で指摘を受けた筑豊ですが、珠の一人称ならそのまま、三人称で記述があるならそこは旧秋月領に変更する予定です。

地理メモ
宗太郎峠 大分県佐伯市宇目大字重岡字宗太郎3542番地 (宗太郎駅のある場所を目安にしています)



[5109] 大友の姫巫女 第八十六話 覇王対姫巫女 京都二条御所今昔
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/09/24 04:21
 京都。

 それはこの戦国の世において首都と呼ばれる街のはずである。
 とはいえ、既に皇族や公家は政治から退き、政府である所の幕府は形だけであるが、この街は都なのだった。
 多くの諸侯はこの街に兵を引きつれ、天下に号令したいと思うからこそ、この街を目指す。
 そして、そのような大名達の夢を果さんと、一人の男が京都に乗り込んだ。

「賑っているじゃないか。思ったよりも」

 それが、足利義昭を引き連れて京に乗り込んだ、織田信長の感想だった。


 織田信長の京の滞在は多忙を極めた。
 京都無血開場のお膳立てを整えた松永久秀と会見後、兵をそのまま摂津・和泉・河内に出し、三好義継を支援して三好三人衆を阿波にたたき出すと、今度は本願寺や堺に対して矢銭を要求する。
 朝廷にも使者を出して多くの金品を献上し、足利義昭の御座所として二条の御所を修復したかと思えば、上洛によってご機嫌伺いをする大名達に謁見し、己の権威を確立する。
 摂津・和泉・河内は頭になっていた三好三人衆が逃亡したので、ひとまず三好義継を支援する織田信長と松永久秀に従っており、何かあったら反旗を翻すのが丸見えだった。
 また、京との道である鈴鹿越えを脅かす六角残党討伐の為に結構な兵も出ており、京の安全は危ういバランスの上で成り立っているのは、誰よりも織田信長自身が一番良く知っていた。

「殿。
 細川殿と明智殿がお待ちです」

「ふむ。
 大和の蛇についてだったか?
 猿よ」

「はっ。
 公方様は喜ばないでしょうが、松永殿を幕府奉行衆に入れざるをえないかと」

 猿、羽柴藤吉郎の言葉に織田信長の顔がぴくりと動く。
 大和の蛇と信長が名づけた、三好家に仕えて幕府を動かしていた畿内の巨人。松永久秀。
 現在、彼を排除するには危険が伴っている。
 彼は堺町衆とパイプを持ち、大和という畿内のど真ん中に領地を持ち、隣国伊賀より大量の間者を雇って情報を集めていた。
 そして、彼の背後には一代で成り上がった西国の英傑毛利元就と、急速に纏りつつある西国経済圏を作り上げた女傑大友珠がいる。
 このような男に対抗できる人間は信長を除いたら、藤吉郎以外には滝川一益ぐらいしかいないが、彼は六角残党討伐と鈴鹿越えの安定の為に伊勢から動けず、藤吉郎しか残っていなかったという理由もある。
 かくして、織田家京都奉行兼勝龍寺城城主、羽柴藤吉郎秀吉は誕生する。

 偶然と、悪意によって。

「あの蛇は欲が強すぎる。
 その欲の先さえ見ていれば、さして怖くは無い。
 問題は、あの蛇の後ろだ」

 松永久秀は、三好三人衆の一人であった岩成友通の居城だった勝龍寺城を信長に献上した時に、こんな事をほざいたのだった。

「伝言を。
 『猿に伝えて。出産祝いよ』だそうで」
 
 珠姫が尾張に出向いて信長に会ったのを久秀が知ったのは、彼女が尾張を去ってから秀吉が信長の命を受けて彼女の事を捜索しだしてからである。
 何しろ金払いと巫女姿の一団で調べれば、確実に引っかかる容姿だっただけに、そのワードに注目している者がいる事を秀吉は失念していたのだ。
 伊賀の忍びを雇える久秀の情報網に秀吉が引っかかり、そこから芋づる式に信長までたどり着いたのは、久秀の謀才が超一流レベルにある証左であろう。
 勝龍寺城譲渡は、珠姫についてどれだけ知っているかの久秀の先制パンチ(つまり出産祝いは久秀の出任せ)であり、信長に珠姫を意識させて、本当の実行者である久秀を隠す目的もあったのである。
 この一件で、信長が珠姫に執着している事と、その珠姫担当が羽柴秀吉である事が分かり、府内の珠姫にいい出産祝いができたと内心笑いが止まらなかったのである。
 とはいえ、その時の信長の大爆笑と、重臣一同がら向けられた疑念と嫉妬心などおくびに出さずに信長におべんちゃらを言い続ける藤吉郎の陰に隠れて、笑みを浮かべた久秀の笑みの理由に気づいた者はいない。
 なお、

「俺のものでもないから、もらっとけ」

 と、笑い疲れた信長の一言にて、秀吉は一城の主という大出世を遂げる事になるから人生とは分からない。
 なお、彼はこの後の嫉妬回避に丹羽長秀と柴田勝家から一文字ずつ貰って、羽柴性に変え、秀吉の名前もこれ以後使うようになる。
 この時期の織田家は石高による兵数動員と一線を画しているから石高では分からないが、この地を得た秀吉は対松永への京都防衛の砦として蜂須賀正勝率いる川並衆を中核とした信長の与力三千の兵を配下につけて、この地に常駐していた。
 待望の長男が生まれ、足軽から城主への転進を遂げた秀吉は、今あぶらが乗りに乗っている。
 弟秀長に妻のねね、母のなかなど一族だけでなく、軍師竹中半兵衛等を連れて勝龍寺城に乗り込んだ秀吉はその人身掌握術で、京に無視できない影響力を築くことに成功し、それが信長の京支配を支えていたのである。
 なお、ここで秀吉の配下になった者で尼子家再興を誓い、九州から流れてきた山中幸盛という若武者もいるが、元が近江京極家の分家だった事もあって尼子残党を率いて六角残党討伐に多大な功績をあげ、新興の羽柴家にて重きをなしていくのだがそれは後の話。

「猿。
 近く兵を美濃に戻す。
 観音寺城は勝家に、伊勢は一益に任せるのでよきに計らえ」

「はっ」

 そして、二人とも会話を止める。
 その先の間には、足利義昭を補佐する細川藤考と明智光秀の二人が待ち構えていた。
 兼帯といい、足利義昭と織田信長という二人の主君に仕えている二人だが、立場上将軍家が織田家より上になる為にこういう虚構じみた話し合いが持たれる事になったのである。

「お忙しいところを……」
「構わぬ。
 用件を申せ」

 明智光秀の挨拶を切り捨てた織田信長は本題に入る事を望み、それを受けて細川藤考が口を開く。

「では。
 上杉の襲来は今年の夏になると」

「ほう」

 秀麗な顔が皮肉に歪む。
 彼の計算では上杉襲来は二ヵ月後と踏んでいたからだ。

「秋の収穫を考えると、八月までには兵を帰したいはずだ。
 それがどういう理由で、夏までという楽観的な理由になったのか是非聞かせてもらおうか」

 信長の凄みのある問いかけに対して、それに明智光秀が才ある声で答える。
 その声に若干の棘があったのは、先ほどの挨拶を潰された意趣返しなのだろうか。

「発想が違うのです。
 武田や上杉の兵が何故強いかご存知ですか?」

 信長は答えない。
 その問いかけで恥をかくのは自分だと、先に秀吉が横から口を出したからである。

「それは国が貧しくて、食う為に……」

 光秀の才ある顔に笑みがうっすらと浮かぶ。
 その答えを光秀は求めていたし、それを光秀が求めている事を秀吉が分かっていたのに気づいたからだ。
 織田家の中枢に食い込んでゆく二人の出会いは決して悪くは無かった。

「食う為に戦をするような連中が、夏にまじめに畑仕事なんてしますか?」

「なるほど」

 畑仕事に才能があるやつも居れば、人殺しに才能がある奴も居る。
 畑仕事ができる連中を動員すればその国は飢える訳で、彼らはその収入によって人殺しに才のある輩を雇っていたのである。
 ここで、傭兵という言葉を使わなかったのはやっている事は傭兵なのだが彼らよりはるかにきつく地縁血縁に縛られており、どちらかといえば職業軍人という扱いの方が近いからである。
 そんな職業軍人という連中が軍の全てではない。
 だが、そういう戦馬鹿な連中が武田や上杉の軍団の強さの背骨になっていた事は、否定できない事実だったのである。
 武田はともかく上杉家は恐ろしいほど兵給組織が貧弱だが、関東に度々出兵してこれたのは、地場勢力が上杉軍を支えていたからである。
 そんな彼らだけの夏の出兵では、収穫減は起こりえないのである。
 大げさに頷き、賛意を示す秀吉に光秀はわが意を得たりという顔になる。
 それを信長があまりいい機嫌で見ていない事を光秀は気づかずに話を進める。

「それに、上杉殿は義に夢を見られておられる。
 なまじ小田原まで攻めた時に、関東の諸侯がこぞって従ったので、今回も同じと考えるでしょう。
 下手すれば、単機でも彼は京に来ようとするでしょうな」

 そこまで話した光秀はやっと信長の機嫌が悪くなっている事に気づく。
 一を知って十を理解する天才である信長にとって、順序だてた解説など時間の無駄でしかない。
 それに気づいて話をがらりと変える事ができるのも、光秀が並みの才人ではない証左なのだが。

「各個に叩きましょう。
 その為にも松永殿はこちら側に取り込んでおく必要があります」

 こうして、この場での話の議題を口に出して、信長はやっと口を開いた。

「公方様は了承しているのか?」

「もちろんです。
 いずれ、退治せねばとは思いますが、今ではない。
 それは理解しておられます」

 その問いかけに答えたのは細川藤孝。
 明智光秀が足利義昭の裏も含めた謀略系を担当しているのなら、細川藤孝は表の調停を担当していたのである。

「最初に叩くのは朝倉か」

 信長の決定に細川藤孝は眉をひそめた。

「浅井は一応使者を送ってきましたが、領内の通過については渋っています。
 浅井との交渉中に京に踏み込んだ事で、『信義を知らぬ』と先の当主である久政殿がごねており」

 浅井領通過は京と美濃を結ぶ最短ルートだった事もあって、織田家にとって現在最も頭の痛い問題になっていた。
 松永久秀という毒と手を組んだ事で京都近辺を無血開城できたのは大きかったが、それによって『浅井と交渉中なのに松永と組んだ』と浅井側の態度が硬化したのである。
 これで将軍が義昭一人なら最悪将軍の権威というあやふやなものに全て押し付けてしまえるのだが、越後に足利義輝がいる以上その権威も『うちは義輝派だ』で瓦解するのである。
 しかも、浅井は対六角氏との抗争の関係から朝倉と縁が深く、朝倉の従属大名とみなされていたのも大きい。
 信長の『朝倉を叩く』は、必然的に浅井まで敵に回すことを暗に言っていた。
 
「西を一時的だが気にしなくていいようにする。
 その為に堺と本願寺に無理難題をふっかけたのだ」

「その無理難題で、堺町衆や本願寺が……」
「そういう事ですか」

 細川藤孝のぼやきに近い口を止めたのは、秀吉の甲高い声だった。

「無理難題を吹っかけて、本題に入るつもりですな。
 本願寺には加賀の再蜂起、堺には毛利と大友の上洛を促がさせると」

 制圧下にある加賀の本願寺勢力が根絶やしになったわけではない。
 長きに渡る支配でその末端はしっかりと息づいており、加賀の再蜂起は上洛を狙う上杉にとって大きな問題となるだろう。
 そして西国を実質支配している大友と毛利に上洛を促し義昭の権威を認めさせる事で、西の脅威を完全に消し去る腹積もりなのだった。
 何しろ、海を越えた阿波に本拠がある三好家も、この巨大勢力の誕生で阿波や讃岐の防備を固めたという噂がこちらに届いていたぐらいである。
 本願寺を対上杉朝倉戦に引きずり込み、毛利大友連合と組む事で三好を牽制し西を安定させる。
 その為の無理難題なのだ。

「藤孝。
 矢銭が払えぬなら代わりに……」



「払うそうですぞ」

  

 第三者の声に信長を含めた全員が固まる。
 何で貴様がここにいると言いたいのだが、それを来た当人の前で言ってもにやにや笑うのみだろう。
 その声の主である、松永久秀は四人の目の前で一枚の証文を取り出して広げてみせる。

「本願寺、堺双方にかけられていた二万貫、あわせて四万貫の証文がこれです。
 『本願寺の分もまとめて払ってあげるわよ。はした金だし』と、堺町衆のお得意様よりのお言葉つきで」

 はっきりとこれ以上なく信長が怒っているのが分かる。
 彼がたくらんだ西側安定化を松永久秀はその大友毛利連合を使って阻害して見せたのである。
 なお、珠姫自身は堺に矢銭のいちゃもんをつけられた事を知っていたので、気楽に『払ってあげるわよ』と先に証文を送っただけだったりする。
 それを、己の手柄に変えたのは当然のように松永久秀の独断である。
 三好三人衆が畿内に再上陸したら己の身だって危ないのだが、その危険を犯してまでこういうパフォーマンスをする理由は一つしかない。

「上杉相手の戦は是非がんばっていただきたい。
 西の守りはそれがしがきっちりと承るゆえ」

 松永上杉戦不参加宣言を信長は苦々しい顔で了承せざるを得なかった。


 その日、信長の機嫌は最後までなおる事はなかった。



[5109] 大友の姫巫女 第八十七話 立花元鎮 博多披露
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/09/27 19:49
 筑前国 立花山城

「博多奉行立花元鎮である」

 その四郎の第一声に、商人と武士一同が皆頭を下げたのだった。
 これが、博多奉行としての四郎の初仕事となる。

 既に戦の後始末として年貢などは軽減され、豊後から戸次一族等が国替えとして宗像の地に移り住む等、筑前国の統治は順調に進んでいるように見える。
 とはいえ、平時ですら問題が出て、戦時ならそれが大問題に発展するのが世の常。
 陳情や紛争など早くも多くの問題が四郎の前に現れていたのだった。
 博多奉行というのは元々臼杵鑑速が勤めていたが、大友家の外交全般を見ていた為に博多を開けがちにしており、その空いた時の代役として立花性に改名した四郎に任せたのである。
 もっとも、本来は毛利との和議という政治的要求による名目的な地位で、四郎も基本は珠姫の側に居るので開けがちで実務はその下が補佐として執り行う事になるのだが。
 ちなみに、臼杵鑑速と四郎が同時期に博多にいる場合は、臼杵鑑速の下に四郎がつくように決めており、命令や責任が迷子にならないようにしている。

 さて、今回珠姫は臼杵鑑速に頭を下げてまで、四郎に実務を経験させる事を望んだ。
 いずれは四郎も家を立て、その家が大友や毛利の一門家となる以上、彼も長としての責任を教えないとという理由なのだが、臨月になって大友・毛利の全家中から『H禁止令』が出されたのも大きい。
 毛利もとあるあたり、珠姫の好色ぶりが伺える。
 なお、毛利の総帥である元就公自らが手紙を書き、

「わが娘よ。
 一門の柱石はそなたのお腹の中にいるのに、お腹を子を危うくさせるのは大友・毛利の家のみあらず、父として悲しき所業」

 なんて、延々と丁寧にかつ容赦ないたしなめ方をしていたりする。
 なお、父である大友義鎮は、

「あれの娘だ。
 生まれるまでまぐわっているぞ。きっと」

 という、実体験を披露して珠を除く家臣一同から、母である比売御前ともども正座にて総突っ込みを受ける始末。

「大丈夫。私の子だから」

 という比売御前にしか分からない説得よりも、毛利元就の方が常識持っているあたりこの父母娘は色について狂いきっている。
 まぁ、その父母娘が正しいのだが、世の中の常識が勝った瞬間、

「四郎見てると、したくなっちゃうからさぁ」

 という駄目妊婦の駄目理由によって、四郎は博多の地に来ていたのである。
 なお、四郎はじめての行政職という事もあって、珠姫は多くのスタッフを四郎につけて博多に送り出した。
 スタッフから見れば『四郎は珠姫に相応しいのか?』というテストにもなっている。
 そんな緊張感と共に四郎は仕事を始めたのである。

「博多の自治については町衆にお任せし、我らは関与するつもりはありません」

 まず四郎の町衆に対する扱いがこれであって、町衆の顔役達はほっと胸をなでおろす。
 うまくいっているものをあえて壊す必要も無い。
 信長みたいな流通掌握を目指すと、町や関所そのものを支配した方が後々面倒にならない事の方が多い。
 だが、珠姫が作り出したシステムは町では無く、商人たちとカルテルを作って市場を押さえるやり方であり、その為の情報掌握を考えると商人たちとの友好関係は絶対必須条件である。
 かくして町衆を敵にする事は避けた四郎だが、その町衆が対処できない問題に頭を抱える事になる。

「異国人の問題はそんなに多いのですか……」

 仮にも奉行を名乗っている以上、案件として一番多いのは裁判や仲裁などの仕事である。
 そして、国際都市である博多は異国人がらみのトラブルが府内より格段に多かった。

「府内の場合瓜生島に停泊し、そこで素行の悪い輩を閉じ込めておく事ができました。
 ですが、博多は格段に異国から船が着くのでそれもできませぬ」

 地元に詳しい筑紫広門が簡単に事情を説明する。
 こと、言葉が通じない以上コミュニケーションに問題があり、それをどう解決するかがポイントとなる。

「ちなみに、今まではどのように対処を?」

 これに答えたのは、かつてこの地に領地を持っていた一万田鑑種。
 しかも、博多近隣の案件処理を不在がちな臼杵鑑速に代わって処理していただけに、格好の四郎の補佐役として珠姫が送り込んだのである。

「南蛮人達は宣教師を使って苦情の処理をしています。
 ですが、南蛮人の神父による手助けは『南蛮人に甘い裁きが出る』と前々から不満があり」

 通訳者の不足によるある種の治外法権が発生しており、これに対する不満が燻っていたのである。
 そこまで察した四郎は解決策を口にした。

「通訳をこちらで抱え込みましょう。
 姫が辞書を作っているはずなので、それを取り寄せて奉行所の者に習わせましょう」

「先はそれでよろしいですが、今の対策はいかに?」

 筑紫広門がその点を指摘する。
 何しろ四郎不在中の実務を担当するのは彼だから、そのあたり容赦ない。

「筑紫殿。
 大陸の者とは揉め事は大きくなっていないのですね。
 互いに筆談ができるから。
 大陸の者で異国の言葉が分かる者を雇い、通訳を二重にさせます。
 宣教師がひいきで訳しても、彼らならばそれに気づいて我らに伝えられるでしょう」

 通訳を二重に置く事でひいきを消すという四郎の判断に筑紫広門も納得する。
 それが顔に出たのか緊張が解けた筑紫広門を見て、四郎も内心安堵しながら続きを口にした。

「南蛮人および大陸人を裁く要諦ですが、『法三章』でいきましょう。
 それで片付かない場合は、私か臼杵殿に。
 なお、問題が出るならば姫に出てもらうという事で」

 かつて、大陸で栄えた秦帝国が滅んだ後、その混乱を立て直す為に漢の高祖が唱えた簡潔なルール。
 人を殺した者は死刑、人を傷つけた者、物を盗んだ者はそれ相応の罰を与えるという三つの取り決めが由来のこの言葉に、皆は四郎を見る目を変える。
 口悪い者など『珠姫の男娼』と呼ばれていた四郎だが、古典知識を持ち、それを場所によって使うのを見せ、閨だけでのし上がっただけではないと分かったからである。

「悪くないですな。
 よければ、その人探しそれがしに任せてもらえぬだろうか?」

 横から志願したのは博多に屋敷を構える事になった大内輝弘。
 まだまだ大内の名前は勘合貿易をしていた事もあって大陸では大きい。
 それを踏まえての志願である。
 四郎はそれを了承し、彼に頭を下げた。

(なるほど。
 やはり毛利の血を引く者だけある。
 才があるのに、腰が低い)

 元内応者で、四郎以外の毛利関係者を知っている一万田鑑種などは、内心で合格点をつけているのだが、初仕事の四郎はそこまで気が回らない。
 四郎は次の議題の為に地図を広げさせて、緊張気味に口を開く。

「次に、大宰府鎮台の設置について」

 南蛮人の府内攻撃から、龍造寺・宗像・原田の三家謀反の鎮圧に多大な効果をあげた鎮台制度だが、これを未整備であった筑前と筑後に置こうという話が出ているのだった。
 既に筑後は定数千名で久留米に設置が決定し、評定衆についた蒲池鑑盛を総大将に問駐所鎮連等筑後の国人衆を旗下に置く事が決定している。
 また、中津鎮台は珠姫が次期後継者兼筑前・豊前守護代に決定した事もあり、鎮台総大将から外れて同じく評定衆に就任した佐田隆居が総大将に就任している。
 更に隈府鎮台は託摩一族を筑前に移した代わりに赤星家や城家等の菊池氏分家に入ってもらい、定数を千に拡張させる事も決定しており、同時に鎮台総大将の志賀鑑隆の評定衆就任が決定していたりする。
 そして、今から四郎が口にしようとしている大宰府鎮台の設置の話もこれら鎮台の拡張策と同一構想の中にある。

「田原親宏殿が評定衆に就任するに伴い、大宰府に鎮台を設置する運びとなりました。
 定数は千で、筑前国衆はこの鎮台に所属してもらう事になります。
 また、姫様の中州・二日市・原鶴の御社衆もこの鎮台に属して貰い、何かあったら即座に応対してもらう事になるでしょう。
 これについて何か意見があったら言ってもらいたい」

 先の御社衆の負けっぷりに激怒した珠姫が命じた御社衆強化策が、御社衆大将に怒留湯融泉をはじめとした武将をつける事と、運用を円滑に行う為に自分が守護代となった国に鎮台を設置し、その指揮下に収める事だった。
 これも、豊前と筑前の守護代に珠姫がついた事によってできた統一運用だが、御社衆というへそくりを正規兵員に入れる事によって、他の鎮台より定員数が増えていたりする。
 中津鎮台は、香春と宇佐の御社衆を指揮下に置いて定数が千五百となり、大宰府鎮台は中州・二日市・原鶴の三遊郭を組み込んだ定数二千の巨大鎮台となる。

「気になったのだが、大宰府鎮台の大将は田原殿でいいのか?」

 怒留湯融泉が、疑念半分嫉妬半分で大将の資質を口にする。
 領地である旧秋月領で秋月残党の謀反を発生させ、小金原合戦の前哨戦においては功に走った彼は部隊を突出させ敗北を喫している。
 いくら、大友家三大支族の一つである田原家とはいえ庇いきれるものではないのに、彼の評定衆と大宰府鎮台総大将就任である。
 同じく敗北を喫し左遷された怒留湯融泉からみれば納得がいくものではない。
 その質問は出ると思っていた四郎は淀みなく、田原親宏の評定衆就任のからくりを解いてみせる。

「ちかく、田原殿の娘達が縁談を控え、その縁談を機に隠居する事を守護代である姫様に申し入れています。
 現在の知行は田原殿の三人の娘達に分け与えられ、その一人に田原家を継いでもらい、大宰府鎮台の総大将は田原殿の隠居に伴ってその婿殿にとってもらう事になります」

 その説明に怒留湯融泉も嫉妬の炎が消えた。
 婿養子を取って隠居の上知行分割など、責任論ならばこれ以上強く言えないだろう。
 もっとも、それをやってすら積年の悲願であった大友家国政に参与できる評定衆就任にこぎつけるあたり、田原親宏もしたたかではあるのだが。

「では、その婿殿はもう決まっているのか?」

 原鶴御社衆を率いる恵利暢尭の質問に四郎も軽く頷いて答える。

「はい。
 公家柳原家より養子をもらい、末娘に嫁がせて家はそちらに継いでもらいたいという意向だそうです。
 ですが、まだ元服しておらず、それまでは上二人の娘に嫁いだ者が支えると」

 なお、この柳原家というのは日野家の流れを汲む公家で、大友家の京における幕府・朝廷活動の窓口の一つだった家である。
 経済的窮乏と貴種という青い血を求める政治的結婚だが、こうした結婚は戦国の世の常識でもあった。
 話は少しそれるが、現在の大友家の対幕府・朝廷活動は他家を圧倒するほどの影響力がある。
 幕府は松永久秀というえらく使い勝手のいい、もちろん色々デメリットもある輩がいるのが大きいのだが、朝廷も大友家の銭の力というのもあるが、殿上人の頂点位に大友派の有力公家が存在していたからである。
 五摂家に連なり、分家なのに本家より栄えていると京で噂されているかつての土佐の大名、一条兼定という公卿が。

「では、他のお二方は?」

「一人はそれがしが。
 一人身の方が良いと申したのですが、押し切られまして……」

 恵利暢尭の質問に横から口を挟んだのに、珍しく口を濁したのが一万田鑑種。
 長門に筑前に伊予と流浪の人生を送っていた彼は、妻をその流浪の旅の途中で亡くしており、子もおらずそれからはずっと一人身で過ごしていた。
 だからこそ、派手に内通なんぞ企めるのだが、そんな才人のデレというのを一同ははじめて見たのである。
 この歳の差結婚も、田原親宏の珠姫へのご機嫌取りを兼ねているのだった。
 彼が珠姫に一万貫で雇われたのを知った田原親宏が、

「大友一門の出てある一万田殿は出来人ゆえ、知行無しでは家中で浮いてしまう」

 と、珠姫と一万田鑑種を説得して長女を押し付けたのだった。
 そんな歳の差結婚だが、珠姫の神力で半ば諦めていた息子ができてしまい夫婦仲はとても良く、一万田鑑種はその才の切れに親としての落ち着きまで持つ珠姫家中の押しも押される重臣の一人に上り詰めて行くのだがそれは別の話。
 なお、後に本家を継いで田原親虎と名乗る柳原家の養子が元服するまでは彼が田原性を名乗り、田原鑑種と改名していたりするが親虎元服後に名前を変えるので彼については一万田鑑種のままにしておく。
 そんな彼は田原親宏の所領五万石の内、二万五千石を相続して鎮台の実質的指揮を執ることが内定している。  
 で、末妹の養子に一万石を受け継がせ、残り一万五千石を次女の婿に渡す事になるのだが、四郎が告げたその人物の名前に一同納得するのだった。 

「小野鎮幸殿」

 南蛮人襲撃から杉乃井御殿を守り、小金原合戦では大友親貞について大内勢を撃破して見せた大友側で最大の功績を誇る将である。
 ただ、戸次鑑連の陪臣という事もあって直接賞する訳にもいかず、どうしようかと珠姫が悩んでいた事を察しての田原親宏の提案だった。
 田原家の領地分割も、陪臣である小野鎮幸が戸次家より大きな領地を持っていたらまずいという判断のもとに行われていたのだった。
 これで大友本家から睨まれていた田原家は一万田鑑種を使って珠姫に恩を売り、有力加判衆である戸次家の下に入る事で一門衆に返り咲き、戸次家は小野鎮幸が田原家を食べる事で有力一門としての揺ぎ無い地位を確立。
 小野鎮幸は戸次家の最大の知行を持つ一の家老、しかも望めば大友本家直臣どころか、加判衆にもなれる出世の道を得る事となる。   
 これらを丸く治めた手腕を見せたのは珠姫ではなく、田原親宏に頼まれた戸次鑑連から相談を持ちかけられた角隈石宗と吉岡長増であり、大友義鎮も一枚噛んでいたりする。
 手の内を見せられて、小野鎮幸に銭か物かあげようと考えていた珠姫が、

「やっぱり年の功には勝てないわ」

 と、呟いて敗北を宣言したの四郎は聞いていたりするが、それは閨の睦み事ゆえ口にはしない。
 
「鎮台大将の件は了解した。
 だが、ここまで兵を整えるのは何故か?
 よろしければ、立花殿の意見をお聞きしたいのだが」

 大内輝弘が四郎にこの巨大すぎる鎮台そのものの疑念を尋ねてみる。
 あまりに強すぎる現地軍団と司令部は中央の統制を外れて軍閥化しやすいので、そのあたりの意図を尋ねてみたのだった。
 それに四郎は珠姫から出た言葉をそのまま伝えた。

「この鎮台は対龍造寺戦において機能するようにと、姫様はおっしゃっています」

 それを聞いた大内輝弘、筑紫広門、怒留湯融泉、恵利暢尭が唖然と言う顔で声も出せずにいるのを見て、四郎自身も珠姫から聞かされた時に同じ顔をしていたなと苦笑する。
 何しろ、龍造寺は謀反を起こしておきながら、水城合戦や小金原合戦における鍋島信生の格段の功績によって、知行削減を免れた。
 あげくに、

「差し押さえよ」

 といって珠姫から赤札の代わりかつ褒美代わりの杏葉紋の付与を鍋島信生に与える始末。
 龍造寺は外様における珠姫の一の与党と見なされていたのだから、その衝撃は四人にとって計り知れない。  
 なお、一万田鑑種も初めて聞いたはずなのだが、相手が分かっただけでその意図を全て察したのだろう。平然とした顔で四郎を見ている。
 久留米鎮台と大宰府鎮台の設置、これは露骨なまでの対龍造寺対策であった。
 久留米鎮台総大将の蒲池鑑盛も知勇兼備の良将ではあったが、筑後を守りながら博多を維持するのは無理がある。
 太刀洗合戦の経緯を知った珠姫は鍋島信生を押さえ込める将で無いと博多防衛は無理と判断しており、最初は四郎を戦時限定だが博多に置く事を考えていたのである。
 だが、田原親宏の婚姻政策を知り、一万田鑑種が大宰府鎮台を率いるのならばと彼に全てを丸投げする腹積もりだった。
 太刀洗合戦で数百の兵を率いた鍋島信生を押さえ込める一万田鑑種が、大宰府近隣に常時二千の兵を率いて睨んでいる。
 これ以上ない恫喝であった。

「姫様は、
 『龍造寺はこっちが大敗して、大友家中が動揺する事態になったら絶対に謀反を起こすわ』と何故か確信している様子。
 まぁ、本音はともかく建前は龍造寺対策という事にしておくのが差しさわりがないという事でしょう」

「では、その本音としてこの鎮台は誰を叩く為に置かれているので?」

 一万田鑑種が意地悪く四郎に尋ねるが、四郎は淀みなくその相手を言い切った。

「毛利」

 その声と笑みは、毛利元就の血を引いた者に相応しかった。



[5109] 大友の姫巫女 第八十八話 中洲川端 鶴恋事情
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/10/07 23:28
 立花山城での博多奉行毛利元鎮の働きが始まって数日。
 今日も政務を終えた彼が己の部屋に戻る途中にこんな声をかけられた。

「仕事は終わったかの?
 四郎殿」

 声をかけたのは四郎の正妻となる予定の押しかけ妻である鶴姫。
 とはいえ、夫となる予定の男に殿づけというあたりがこの複雑な関係を表していた。

「はい。
 鶴姫は恋殿を迎えに?」

 四郎は鶴姫と並んで歩く。
 背丈が小さい鶴姫と並んで歩くと夫婦というより兄弟に見えると、後ろについている鶴姫つきの侍女の夏は思ってしまうが口には出さない。

「うむ。
 博多遊郭に顔を出して色々学んでいるらしい。
 あれも、そなたの子種がもらえるので、喜んでもらおうと必死なのだろう。
 覚悟しておけ」

「……まぁ、それなりに」

 珠しか見ていない四郎ではなるが、彼が一人立ちを始めようと視野を広げた時に目に入り、また支えてくれるのがこの二人であった事は四郎も否定ができなくなりつつあった。

「四郎の子、生んでいいわよ」

 杉乃井戦において文字通りその身を差し出して士気崩壊を防いだ遊女の恋だが、その褒賞として珠が用意した物も世の常識からぶっ飛んでいた。
 とはいえ、大友義鎮のアドバイスにてこれを政治面から見るように心がけつつあった四郎は、この背後にあるどす黒さも見えてしまい、涙を流して喜ぶ恋をその時にまともに見る事ができなかった。
 大友と毛利の和解、西国連合の成立において、両家に嫁や婿を出す事によって親戚関係となるという方法は初歩かつ効果的ではある。
 既に毛利輝元の元に大友義鎮の次女梢姫を嫁がせる事が決定しており、毛利側は四郎をある種婿養子に出している形になっている。
 とはいえ、珠姫が大友家次期後継者に内定してしまった事が多大な問題を生む事になる。
 珠が実権を握った時に四郎がどれほどの影響力を保持するかを大友家中は恐れており、義鎮によって一門が殆ど粛清された大友家の一門不足が四郎の価値を危機的に高めてしまったのだった。
 義鎮と珠姫が話し合った結果、四郎に立花の苗字を与えて新家を立てざるを得なかったのはこんな事情がある。
 そして、新家を立てた四郎に早急に正妻をつけておかないと、四郎を取り込みたい九州各家総出の嫁出し合戦が始まってしまう。
 何しろ大友宗家を継ぐ珠が立花の嫁になれない以上、誰が手を出すか分からない超優良物件。
 で、政治的にまた都合のいい場所に居たのが、四郎に惚れて危険を犯してまで杉乃井に残った鶴姫だった。
 生まれは瀬戸内海村上水軍の一門の出で出仕も問題がないので、珠の一存で遠慮なく正妻の座につけたのである。
 近く、立花山城で派手に祝言を挙げる予定となっているが、それが内乱鎮圧後の大友の武威を誇る政治劇でしかないというのも四郎は見抜いていた。
 恋という妾を許したのも政治が絡んでいる。
 色恋の盛んな男と回りが見ることで、珠姫のみに入れ込んでいるわけではないというアピールになるからだ。
 それは他の国人衆にとって第二第三の恋を狙える事を意味し、四郎への求心力ともなるという訳だ。
 また、恋という遊女相手の子供だと、遠慮なく毛利の血として他家に出せ、かつ宗家の求心力を弱めないという実家筋の配慮にもなる。
 今や大友と毛利の血を求め、外戚や一門に連なるのを望むのはいくらでもいるのである。
 また、彼女の立場もこれから著しく強化される予定である。
 姿形があまりに似ているのと、珠姫の母親である比売御前の御乱交の数々(しかも珠を産んでから長く失踪までしている)を知っている大友家中では、

「恋は種は違うが、比売御前の娘らしい」

 というまことしやかな噂が出ては消え、それを珠や比売御前が否定しなかったのもあって、何処かの家に養子縁組させてそれに相応しい身分をという声が上がっているのだった。
 そうなれば養女という形にはなるが大友一門、もしくはそれに準ずる事になり、恋の身請けと縁組によって珠側の外戚を狙うという動きまであった。
 この企みは恋自身の、

「私、この仕事好きなので」

 という一言で潰えるのだが、それはそれで珠姫の直属配下である姫巫女衆を担う次世代のリーダーとして期待されており、彼女もまた政治に否応無く巻き込まれている。
 顔が険しくなっていたのだろう。
 鶴姫が軽く脇をつく。

「何を厳しく考えておるのじゃ。
 仕事は終わったのだろう。
 わらわの前で、仕事の顔をするでない」

 少し偉ぶりながらもそれとなく鶴姫は四郎の心を解きほぐそうとする。
 そんな彼女の献身ぶりが分かってしまうがゆえに、妙に辛く、そして心苦しい。

「そうじゃ!
 気分転換に一緒に恋を迎えに行かぬか?
 わらわが博多の町を案内してやるぞ!」

 ぴょんぴょん飛び跳ねながら、四郎を強引に引っ張ってゆく鶴姫に、四郎は逆らおうとはしなかった。
 何しろ、険しい顔が自然と笑みに変わっていたのだから。


 博多の町は四郎の目から見ても発展著しい。
 先の謀反で被害を受けなかったのもあるが、その発展に寄与し、支えていた珠姫が居たからこそでもある。
 既に人口は五万を越えようとし、外周に新たな町を作るべく縄張りも始まっていたのである。
 そんな縄張りの作業を横目に見ながら、護衛を引き連れて四郎と鶴姫を乗せた馬車が走る。

「珠姫が心配か?
 四郎殿」

 馬車の中で思案に耽っていた四郎に鶴姫がわざとらしく声をかける。
 この馬車は杉乃井から持ってきた珠姫の移動用の馬車で当然車内わっふる可能となっている。
 おそってOK、むしろかもんかもんと鶴姫が期待に無い胸を躍らせているのだが、別の女の事を考えているのだから怒りたくもなる。
 とはいえ、鶴姫も女であり姫であった。
 そんな四郎を見て微笑むぐらいには成長していたのである。
 胸はまだちっぱいだが。
 
「はい。
 お産に男が出来る事など、側に居る事ぐらいしかないのですが」

 既に臨月の珠姫は出産の為に母親の比売御前と共に宇佐に戻っている。
 次に顔をあわせる時には四郎と珠姫の子供が隣で寝ている事になるだろう。

「気にするでない。
 男など花の種と同じよ。
 咲くだけ咲いて、散ったらどこにでも種を撒きつける。
 むしろ、他の場所にも種を撒いて欲しい所じゃがのぉ」

 楽しそうに笑いながら鶴姫が誘う。
 とはいえ、妖艶にからかう、女のたしなみ程度のものだが。
 しかも、無駄に幼児体系なので大人ぶっているようにしか見えないあたり、かなり自滅っぽい。  

「まぁ、分かってはいるのですが、『はいそうですか』と襲うのも色々と……」

 このあたり四郎とて聖人君子ではなく、ヤリタイ盛りではあるので色々と溜まっているのだが、戦場で言う所の、

「これ、絶対伏兵居るよね。しかも島津の釣り野伏せタイプの」

 あたり珠姫なら言いかねないぐらい見え見えの罠であるがために、踏み込むのはどーよという気持ちが四郎を思いとどまらせているのだった。
 男女の関係も戦であるとはよく言ったものである。

 馬車が博多の町に着く。
 道の往来も激しく、門司のように馬車往来前提の街づくりをしていないからここからは歩く事になる。

「さ。
 鶴姫。手を」

「おう。
 ありがとうなのじゃ」

 手を繋ぐと四郎の無骨な手に鶴姫の柔らかい暖かさが伝わる。
 それが妙にくすぐったいし、それを受け入れてしまう己に嫌悪感を持ってしまうが、顔に出す事無く四郎は鶴姫の手を繋いで護衛と共に歩く。
 中洲遊郭は博多の町の外れにあり、那珂川の河口にあったそれを珠姫が大遊郭に仕立て上げたものである。
 川の真ん中で橋や船で無いと行き来できないから、さり気に防御施設としても高い造りをしているのは内緒だったりする。

「四郎様。鶴姫様」 

 中洲遊郭の朱色に塗られた大手門前で恋が手を振る。
 周りに居た博多太夫直属の花魁が恋に対して頭を下げていた事で、彼女もまた政治的要人であると四郎は否応なく思い知らされるのだった。
 そんな四郎の覚めた思考など気づく事無く、鶴姫は恋の元に駆けて行き、手を繋いでいた四郎もまた引っ張られるのだった。
 
「恋よ。
 閨での事を色々学んだのか?」

 往来激しい博多の街中で直球堂々と恋に尋ねる鶴姫もどうかと思うが、先人とは偉大なものでこんな言葉を残しているものである。
 『朱に交われば赤くなる』と。 

「はい。
 後で色々お教えしますね」

 笑顔で言い切る恋もどうかと思うが、この二人珠公認の対四郎攻略同盟中だったりする。
 珠が臨月でHできない以上、性欲はどこかで発散させねばならぬ訳で。
 それならば、色々(特に政治的に)この二人を使ってもらった方がありがたい訳で。
 幸いにも、美乳な恋と貧乳な鶴姫とバランスも悪くない。
 なお、

「父上みたいな三匹ワンコプレイがもうすぐっ!」

 とその牝犬の一匹である妄想著しい妊婦が、宇佐の地で邪悪な笑みを見せていたがそれは気にしない方向で。
 養母の奈多夫人もいつのまにか比売御前によって立派に染まっているので、鶴姫も堕ちるのは早いだろう。きっと。

「それは楽しみじゃ。
 という訳で、四郎殿。
 わらわ達は隣の部屋で寝るので、一人で寝て欲しいのじゃ」

「え?」

 目が点の四郎に鶴姫は珠姫ばりの悪魔の笑みを浮かべて冷酷に宣言してみせる。

「四郎殿には珠姫がいるではないか。
 それを知って仕掛けるのも無粋。
 もちろん、襲ってくれるのであれば、歓迎するがのぉ。恋よ」

「は、はいっ!」

 真っ赤になってこくこく頷く恋だが、その本性は珠姫情報によって淫乱であるとしっかり聞いている鶴姫だったりする。
 珠姫も気づかなかった盲点なのだが、珠姫が統括する姫巫女衆の遊女達には二種類の系統があり、プレイの感じ方が違うのだった。
 珠姫や比売御前などの巫女系統の遊女達は、性交が神へのチャネリング手段として用いられた事から、トランスする事を前提に始める。
 だが、正規の遊女系はそもそもお客に情を移してはならない事から、否応無くトランスの制御を学ばされるのである。
 恋は正規の遊女である花魁の由良からその手ほどきを受けたので、快楽の制御に身を悶え、しかしその淫蕩の血が否応無く恋を狂わせて突然乱れ始める。
 純真無垢で清楚可憐な少女が男の快楽に狂い崩れる様は、多くの男達の征服感を刺激しそして溺れさせるだろう。

「魔性の女がいやがる……」

 とは恋から話を聞いた珠姫の言葉。
 何しろ珠姫イメージの恋は、清楚可憐で、物静か。
 それぞ、

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花

な見事な大友女である。
 また、その姿が珠姫とそっくり(だから替え玉なんぞやっているわけだが)なので、

「恋の方が、姫様らしく見えね?」

 という意見が杉乃井だけでなく、大友家中からまで出る始末。
 その時の珠姫のマジ凹みは物笑いの種になり、

「いいもん!
 恋みたく清楚可憐になってやるんだから!」

 と、壮大に宣言したが、

「姫様。普通の姫は加判衆の仕事なんてしません」
「姫様。普通の姫は銭儲けの算段の為に商人と談合なんてしません」
「姫様。普通の姫は調停工作や鎮台の編成で悩んだりしません」
「姫様。普通の姫は妊婦なのにまぐわったりしません」

 と、普通の姫になって欲しい麟姉さんや政千代のお説教に見事なまでに挫折。
 そして、麟姉さんと政千代も、

「姫様に、奉行衆から諸法の提案を見ていただきたく」
「姫様に、鎮台の編成と物資備蓄の動向を見ていただきたく」
「姫様に、毛利の安国寺殿と京の一条殿から文が」
「姫様に、商人たちが証文発行の動向と流通の談合のお誘いが」

 という、まったく姫らしくない案件を断り続けた結果行政機構が停滞し、評定衆の話題となって、


「姫様、仕事してください」


 と、評定衆代表として珠姫の爺である佐田隆居が、麟姉さんと政千代に頭を下げられて珠姫ともども三人揃ってがち凹む始末。
 自業自得というこれ以上ない茶番劇を見せられて、珠姫のお姫様計画は頓挫するのであった。 

 話がそれた。
 まぁ、そういうわけで、恋は魔性の女なのだった。


 立花山城に着いた三人だが、四郎の部屋の前で恋と鶴姫が仲良く頭を下げた。

「では、お休みなのじゃ」
「お休みなさいませ。四郎様」

 どうやら、隣の部屋で二人仲良く寝るらしい。
 で、そこから勉強の成果と予習復習をしているらしい二人が悶える声が襖越しに延々と。


「押して駄目なら押し倒せ!」


 という、駄目妊婦の積極的アドバイスによって、四郎の理性は徐々に削り取られてゆくのであった。
 なお、この四郎の抵抗は一週間ほど続いたが、鶴恋二人の貝合わせプレイの声によって陥落した。
  

「父上。
 四郎はいつ落ちますかね?」

「持って半月だな。
 人とは良くできているもので、頭と下は別の生き物だ」

 と、何処かの色狂い父娘が賭けをしていたなど三人が知る由もない。



[5109] 大友の姫巫女 第八十九話 覇王対姫巫女 赤子に乳と芸術と政治を
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2011/04/03 02:22
 すっぽん。


 安産でした。
 珠です。
 という訳で、長い間宇佐の巫女なのに別府にいたりと戦に出たりだったのですが、久しぶりに宇佐からこの話をお送りしたいと思います。 
 現在私の隣にすやすやと我が娘がお休み中。
 とはいえ、陣痛から出産までのあの痛みといったら言葉に表せません。はい。

 なお、娘である事が分かった瞬間に安堵した豊後国人衆と、ため息をついたそれ以外の国人衆の対比が笑えて笑えて。

「次は男子を産んでくださいね」

 という無言の圧力がひしひしと。

 だが、断る。

 まだ下手に男子なんて産むとお家争いの火種になりかねないし。
 なお、産湯と祝福はままんである比売大神自らされたのだから当然加護つきである。
 とはいえ、ちょっと運がいい程度に抑える予定。

 何でかというと、力を持つ代償に背負わされる物がやっぱり桁違いなのだ。
 たとえば私の場合、まず布団の上で死ねない。
 考えてみれば当然なのだ。
 女に生まれた以上憧れである不老スキルは手に入れられるが、それは老いの否定と同時に周囲からの孤独を生む。
 永遠なんて果てる事の無い牢獄でしかないとは誰の言葉だったのか。
 でも、それでも私は不老を否定できない。
 だって、女って生き物は、愛している人の前では常に美しくいたいものだから。
 母上みたいに、いずれ何処かで老いを止めるんだろうな。きっと。
 で、そうなったら道は二つしかない。
 母の後を継いで神に成り上がるか、人として何処かで隠れて死ぬかである。
 
 ちなみに乳母は三人体制だったりする。
 乳母長として全責任を負うのは、この為にわざわざ四国からリクルートしてきたという建前の瑠璃姫。
 で、護衛兼お乳係としてこの間仲良く娘を出産したばかりの霞とあやねのくノ一二人を採用するというバックアップつきである。

「で、この子の名前は決めているの?」

 母である比売大神が孫をあやしながら私に尋ねる。

「黒耀と名づけようと思っているの。
 養母上の娘達ってみんな植物系だし、私の名前の珠も宝石から来ているから」

 きっと黒い帽子の似合う怖いおねーさんに育つだろう。
 下手すると我が娘は秀吉に差し出されかねないし。
 ちょっと怖くて切れる女になってもらわないと困る。
 あ、淫蕩なのは母からの血だから仕方ない。うん。

「ひめさまぁ~~~~~
 祝い物がこんなに……どうしましょう?」

 産後の疲労回復の為に床についていた私に代わって、挨拶や祝い物を受け取っていたのが政千代である。
 なお、既に書庫と化している私の屋敷の蔵に入る訳もなく、また食い物や酒系もあるので、宇佐遊郭の大広間を借り切ってそこに置いて、そのまま遊郭の宴会に出していたりするのだ。有効利用とも言う。
 何しろ九州一円どころか、大陸商人やマカオのポルトガル商館だけでなく、毛利や島津や織田等の大名も祝いという名を借りた外交の為に祝い物を持ってくる始末。
 島津は、何でも育児の為にとえらいお坊さんが書いてくれたいろは歌というものをくれた。
 なお、『これは姫様に実践してもらわないと!』と麟姉さんや政千代感激の日々の行いの指針である。
 別名道徳の教科書ともいう。
 余計な事しやがって、島津のチートじじいめ。
 ためらう事無く写本して領国内にばら撒きましたよ。
 私については、まぁ、ね。
 細かい事はいいんだよ!
 毛利は大陸渡来の絹製の赤子の産着を持ってきた。
 石見銀山があるから、銀の匙でも持ってくるのかと思っていたのは内緒。
 で、そんな華美なものを送りつけたのが博多や堺の大商人。
 めずらしい食べ物から、赤子のおもちゃに精のつく食べ物や薬など、祝いの品がある種のアピール合戦になっているのだった。
 そんな中、目を引いたのが誰が送りつけたか知らないけど、赤子用の赤マントがある。
 あのドラキュラがつけているものの赤子用とでも考えればいい。

「この素敵かつ頭がぶっ飛んでいる物を送りつけた馬鹿は誰よ?」

「はい。織田信長様からの贈り物と羽柴秀吉様より。
 他にも色々華美な物が送られていますが、それらは遊郭の大広間の方に」
 
 信長ならしょうがない。うん。
 凄く分かりやすくて何を言ったらいいか困る。うん。
 好きなんだろうなぁ。こんなの。
 信長って外交攻勢は派手な事この上ないし。

「ちなみに、他にどんなの送りつけてきたの?
 織田信長の事だからこれだけじゃないでしょ?」

 政千代が手を頬に当てて考える事数秒。
 ぽんと手を叩いた政千代は、とびきりのものを私にぶちかましてくれた。

「ああ。
 京の絵師さんが書いた屏風絵を。
 たしか、か、狩野永徳という方が書かれた洛中洛外図とか……
 ひっ、姫様どうしたんですかっ!
 そんな急に飛び起きてっ!!」

 慌てて政千代が私を床に戻そうとするが、それを強引に振り払って現物を見に。
 うわ。
 なんというか、遊郭の大広間に一際場違いなオーラを放っている屏風絵がでんと。

「凄いですよね。
 絵の事はよく分からないのですが、これは違うなと皆が言うのですよ」

 そりゃそうだろう。
 後の国宝である。
 というか、その隣にあるのも洛中洛外図に負けじとオーラを放っているのですが。

「こっちは堺町衆のお祝いの品ですね。
 何でも売り出し中の絵師さんらしくて、花鳥図屏風とか」

 ああ、納得。
 武家が狩野派なら町衆はこっちを使うわな。
 たしか、町衆有力者の茶聖と縁があったはずだし。
 これも国宝物だよなぁ。
 長谷川等伯だし。

 ポルトガル人のお祝いもぶっ飛んでいる。
 まぁ、スペインを追っ払ったお礼も兼ねているのだろうが、これは想定外だった。
 そりゃ、ルネサンスな話もしましたし、むこうの物くれとおねだりした覚えはありますが、ヴェールを被っている婦人絵なんてどうしろと?
 もうこの時期には工房が稼動して、弟子の作品が多いらしいからそんなものの一つと思いたい。
 もしくはあれだ。
 時の流れに消え去った遺失作とか。

 改めてさらりと見渡すとあるわあるわの宝の山。
 ここにある物で一生遊んで暮らせるだろう。
 というか、美術館が建つ。まじで。
 これが西国の覇者となったという証拠なのだろう。
 色々と何かこみ上げてくるのをぐっとがまんして床に戻る。

 粥を食べつつ、わが娘をあやしている三人の乳母を見ながらも思考は別の所に。
 お椀を置いて、大量に送られてきた手紙にさっと目を通す。
 これでも、政千代が振り分けて必要なものしか持って来ていないのだ。
 まずは政治的に重要な毛利との和議の件についてだが、現在幕府が将軍が二人立つ異常事態だから巻きこまれたくない。
 とはいえ、西国の和平を公式に権威が認めると色々便利がいいのだ。
 たとえば、大内の滅亡によって中断されている勘合貿易の復活とか。
 で、幸いにも京都で羽振りの良い(というか私がスポンサーなんだけど)おじゃる……もとい一条兼定の貴族的装飾な雅なお手紙にはそのあたりの事が書かれていた。
 このおじゃる丸、田舎ではただのおじゃるだが、都では凄く有能に化けやがった。
 まぁ、田舎で揉まれて戦国大名やっていたからなぁ。
 で、彼の曰く朝廷の和議勧告を出すために、大友と毛利の双方の官位の調整が必要という事らしい。

 どういう事かというと、毛利元就の死後を考えて毛利側は毛利輝元が前に出る事になる。
 で、この時点で輝元は無官なのだ。
 それはこっちの代表である父上こと大友義鎮(左衛門督)とのバランスが取れない。
 まだ問題がある。
 四郎を博多奉行につけるためにも大友は四郎に官位をと申請している。
 何しろ大宰府という朝廷の出先機関があった場所だ。
 既に滅亡しているが肥前・筑前に覇を誇った少弐家は、大宰少弐という官位が名前の元になっており、少弐を潰したかった大内家はその為に上の官位である大宰大弐を求めたぐらいだ。
 まぁ、そんな影響力がある大宰府の職は四郎に箔をつけるのにちょうど良かったから、私の外位みたいなものでいいからないかと頼んでいたのだった。
 一応つながりがある分家が本家より先に官位を貰うのは絶対に問題が出るので、大急ぎで輝元の官位が何になるのか調べていたのだがこれが大難航しているらしい。
 大難航の元凶が織田信長……の協力者である足利義昭だったりする。
 理由は簡単。
 朝廷を頼れないなら幕府を頼るしかない訳で、そうなると京を押さえている義昭側に頭を下げる事になる。
 本来ならば、元服と同時に官位をもらうはずだったのだけど、わざわざ足利義輝から名前をもらった毛利輝元を足利義昭が良く思う訳も無く。
 かくして足利義昭に妨害というかサボタージュによって朝廷内は毛利輝元任官問題という爆弾を抱え込み、にっちもさっちも動けないとか。
 一条兼定はそこまで書いて、こっちに代表を出せと言って来ているのだった。
 この代表とは特命全権大使であり、朝廷や幕府や町衆をネゴシエートし、最終的には織田信長と言葉で戦う事になるのだろう。
 つまり、私に出て来いと言っているのだった。
 これに対して私が妊婦だった事もあって断っていたのだが、出産が済んだ以上そうも言っていられない。
 一条兼定が出してきた『京に出向いたあかつきには、姫が大友を継いだ時の官位についてなにがしらの……』のなんて言ってきた以上、向こうもかなりやばいのだろう。
 体が元に戻ったら、出向かないといけないだろう。

 既に毛利にも話を通しており、毛利の外交僧こと安国寺恵瓊だけで無く、小早川隆景まで同行するという。
 向こうも本気である以上、こっちも大規模な外交団を編成しないといけないだろう。
 表向きは朝廷のご機嫌伺いという事にするから、臼杵鑑速を団長に四郎や姫巫女衆を引き連れ、大量に銭を持って南蛮船で乗り付けるつもりだ。
 こういう時に積載量の大きな船は便利だ。本当に。

「おきゃぁ!」

「あらあら、お乳ですか?お漏らしですか?」

 考え込んでいた私を現実に戻したのは、わが娘の泣き声だった。
 しかし、赤子ってのは泣くわ泣くわ。
 世の母上は、これを一人でしていたのか。おそるべし。
 三人どころか、もう二・三人雇ってもいいかもしれない。

「お乳の方みたいですね。待ってくださいね」

「あ、ちょっと待って。
 私の乳をあげたい」

 考えてみると、私も乳が出るのだが、飲ませていたのは四郎だったりする。
 神力の無駄使いでそりゃ美味しい滋養と健康に良いお乳ですよ。
 で、それを肝心の子供に飲ませていなかったと今更気づいた訳で、四郎が博多にいる間は私も娘にお乳をあげよう。

「ほら。
 母の乳ですよ」

 赤子が乳を飲む間は、政治を考えずに絵でも眺めている事にしよう。
 あの三枚の絵はこっちに持ってこらせよう。

 今度、ポルトガル人が来たら、聖母像の絵でも頼もうかしら。
 そんな事を考えているなんて娘は知る訳もなく、あむあむと吸い付くようにお乳を飲むのだった。


 追記
 娘は意外とテクニシャン。





 作者よりアンケート。
 珠の官位と四郎の官位を募集します。
 珠は女性で、現在外従五位下、宇佐八幡禰宜(ねぎ)を持っているのでその上となります。
 四郎は無官ですが、大宰府に関連のある官位を貰う事になります。
 毛利輝元は現在では無官ですが、いずれ従五位上、右馬頭に叙任という事になるので、それより下をお願いします。
 



[5109] 大友の姫巫女 第九十話 覇王対毘沙門天 姉川合戦
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/11/01 22:52
 美濃国 岐阜城 

 年がかわった織田家本拠地において兵が動員されてゆく。
 その目的は近江国浅井家だった。

「浅井を攻める」

 悪化するばかりの織田家の対外情勢の打破に向けて、熟考を重ねていた織田信長はついに浅井家に対しての交渉を打ち切り、対浅井朝倉戦に打って出る事を決断した。
 関が原とて雪なのだが、朝倉本拠に通じる木ノ芽峠も雪に覆われてすぐに援軍に出せないと踏んだからである。
 ましてや、浅井朝倉のバックに居る越後の上杉家は言うに及ばす。
 更に織田を通じて足利義昭を奉じる形となった武田家が対上杉戦を再開。
 その戦場は本拠越後ではなく、織田の支援を受けられる飛騨。これはあくまで囮。
 武田信玄の狙いは雪で援軍が出しにくく、北条の支援が受けられる上野国長野家だった。
 既に武田家を苦しめた名将長野業正は亡く、先の侵攻では上杉家の足利義輝来訪による政治的威信に兵を引いたが、織田と組んだことで足利義昭という大義名分を得た上、北条にも支援を取り付けて箕輪城を落す気満々である。
 こうして上杉の目を関東に集めた上で、浅井朝倉を叩く事で畿内の安定を狙ったのだった。

 浅井戦は諜略によって始まった。
 浅井側国境を守り、苅安城と長比城を守備する鎌刃城主堀秀村が、堀家家老樋口直房の説得によって織田家に寝返りを決めたのである。
 これを手引きをしていたのが、縁のある羽柴秀吉配下の竹中半兵衛なのだが、彼が秀吉に従って京都近辺に居た事が彼らの不運となった。
 内応を疑っていた浅井側がこの事実をつきとめてしまい、1566年(永禄9年)頭に二将はいやでも兵をあげて信長に救援を求めなくてはならなかったのだ。
 結果、浅井側に攻められて鎌刃城は落城、苅安城も捨てて長比城にて篭城する事に。
 これも浅井側が堀家を監視していたのと、西国交易、特に筑前の鋼が近江国友にて鉄砲に変わる若狭湾交易が盛んな事もあって、街道が整備されて兵を迅速に動かせたのも大きい。
 長比城を囲んでいた浅井軍はそこで堀秀村救援に駆けつけた織田軍と交戦。
 双方兵を引くが、これで浅井の反織田路線が決定的となる。
 対織田戦に向けて、浅井家は直ちに朝倉家に支援を要請。
 織田家も対浅井戦を進め、兵を岐阜から出す事になったのである。

 こうして、今回の浅井朝倉戦において、織田信長はかなり危険な橋を渡る羽目になった。
 特に京都から西の旧三好領は織田家の支配を受けておらず、四国に逃れた三好三人衆がいつ逆襲するか分かっていない。
 本来なら、西国に成立した大友毛利連合に四国を叩いてもらいたい所なのだが、その交渉も松永久秀のせいで頓挫している。
 その結果、京近辺の防衛に羽柴秀吉を、更に西から来るであろう三好三人衆に対して、松永久秀と三好義継と畠山高政を配置せざるをえなかった。
 京都と岐阜の間も兵を置かないと孤立しかねないので、観音寺城に柴田勝家を、伊勢に滝川一益を置いて万一に備えさせている。
 更に、武田の飛騨攻略戦支援に丹羽長秀を将とする三千を出す事になり、織田家の将兵は個々に散る羽目に。
 とはいえ、これでも動員は織田の方が多いのだから、いかに織田家が支配している尾張・美濃・伊勢が豊かかわかろうというもの。
 織田家主力は二万を超え、その中核は西美濃三人衆(稲葉良通・安藤守就・氏家直元)をはじめとする美濃・尾張衆。
 織田家譜代から佐久間信盛や坂井政尚、森可成、池田恒興らが呼ばれ、更に徳川家康率いる三千の三河衆まで駆けつけたのだった。
 長比城を辛うじて押さえた織田軍はそのまま苅安城を攻撃し、一月後に奪回。
 また、観音寺城の柴田勝家や京都に滞在していた羽柴秀吉、足利義昭の家臣でもあった明智光秀らが率いる一万が南近江から挟撃。
 佐和山城は落とせなかった(現在も明智光秀が包囲している)が、鎌刃城をはじめとする中山道の諸城を落として、京と美濃の直通路確保に成功したのである。
 羽柴・柴田勢と合流し三万にまで膨れた織田軍はそのまま浅井征服を狙い、小谷城を視野におさめる横山城を狙うが、既に小谷城には浅井援軍として雪路を走破した朝倉景鏡・景紀を総大将にした朝倉軍二万が来ており、浅井軍五千を加えて姉川の対岸に陣を構えた浅井朝倉連合軍二万五千との激突は目前に迫っていた。
  

 地理説明
 白 浅井側  朝倉軍と共に姉川に布陣
 黒 織田側  横山城織田軍包囲中



       小谷城
        凸

        姉川

        横山城     苅安城
         凸       ▲


                長比城
                 ▲



         鎌刃城
          ▲

 佐和山城(明智光秀包囲中)
  凸
  

 


「何?
 それはまことか?」

 織田軍羽柴陣内にて、その声をあげたのはその陣内で中央に座っていた羽柴秀吉。
 その声をあげさせたのは、織田家中でも新興の羽柴勢において揺るぎ無い地位を短期間で確立した山中幸盛で、彼の背後には美少女くノ一にしか見えない井筒女之介が控えていた。
 彼(彼女)は尼子滅亡後に大友が保護した鉢屋衆の忍びだったが、山中幸盛と流浪の尼子勢を見捨てられずに秀吉の旗下についたのである。
 なお、当初女之介の性別を知らない秀吉が閨に招こうとして、男と知ってひどくがっかりとしたのは家中の語り草になっていたりする。
 ちなみに、この話のおちは愛人ができたと激怒したねねが、秀吉と女之介本人から話を聞いて大爆笑。
 それがねねの手紙で信長本人にまで伝わってしまい、

「まぁ、愛人じゃないからいいじゃないか。
 ところで、俺もその美少年を見てみたいのだが」(意訳)

 という男同士の恋愛も許されていた戦国らしいエピソードに仕上がったという。
  

 話を元に戻そう。

「はっ。
 上杉軍が敦賀港に上陸。
 兵数は分からねど、その馬印から上杉輝虎本人に間違いないかと」

 山中幸盛の背後に控える女之介が中性的なソプラノで不機嫌極まる報告を告げる。
 秀吉の隣で軍師たる竹中半兵衛が顎に手を当てて考え込み、その隣では秀吉の与力としてつけられた蜂須賀正勝が低くうめき声をあげていた。
 なお、弟の羽柴秀長は勝龍寺城の守備についているのでこの場にはいない。
 秀吉は一度大きく息を吐き出して、女之介に向けて口を開いた。

「この事は、誰かに漏らしたか?」

「いえ。
 殿の許しがあるならば、すぐに大殿にお知らせ致しますが?」

「許す。
 すぐに伝えよ」

 秀吉が言い終わる前に女之介の姿が見えなくなる。
 その事など気にする事もなく秀吉は皆に向けて否応無く現実をつきつけた。

「今の報告がまことなら、もう上杉勢は小谷城に入っている可能性が高い」

 いかに忍びといえども、越前敦賀港からここまで敵領を隠れての報告である。
 ならば上杉軍が小谷城に入ったという最悪の可能性を考慮した方が、しないよりましである。
 上杉輝虎がこっちに来る事は織田信長にとって想定外に違いなかった。
 関東情勢は上杉側に不利であり、北条氏康と武田信玄の同時侵攻に関東諸侯は悲鳴のような救援を越後に送っていたはずである。 
 にもかかわらず、上杉輝虎はこっちに来た。
 関東管領という名を得て数度にわたる関東侵攻をご破算にしかねない情況にもかかわらず、将軍義輝という義を取った上杉輝虎を利で考えてしまった織田信長の失敗であろう。
 とはいえ、敦賀港という事は海路で来た事になり、船で運べる兵数を考えると馬廻ぐらいしか連れて来ていないに違いない。

「案ずる事はない。
 兵は我が方が多いのだ。
 負けるはずは無い」

 秀吉は虚勢を張って笑って見せるが、何よりも上杉軍の強さを知って恐れていたのが、彼の上司である織田信長であったのを秀吉は知っていた。
 だが、大将が不安がっていては勝てる戦でも負けてしまうので、虚勢を張り続けないといけないのだった。
 彼の不安は翌朝現実となる。

「敵襲!
 朝倉勢の朝駆けにござる!!」

 早朝、姉川を挟み戦に備えて渡河場所を探していた足軽同士の小競り合いだったのだが、上杉輝虎出陣を知った織田勢が過剰反応をしてしまい、それに浅井朝倉勢が釣られる形で戦闘が激化。
 朝日が山にかかる頃には、既に双方とも主力を投入して、姉川は双方の血が流れるようになっていた。
 この渡河戦を制したのは浅井朝倉軍で、特に地元である浅井勢は地元の地の利を生かして織田軍先鋒である坂井政尚隊を蹴散らしたのである。
 坂井政尚は討死し坂井隊は四散、渡河地点を確保した浅井朝倉軍はそのまま織田軍本陣に向けて襲い掛かる。
 これに対して、織田軍は鶴翼の陣を敷いてその攻撃を受け止めようとしていた。



 
 
----------姉川---------              
              C
              A
          B   ③②              
          ④  
             ①

               ⑤
               
              凸
             横山城             


織田軍                      三万
①信長本陣    織田信長            四千
②織田軍右翼   安藤守就・氏家直元・稲葉良通  六千
③織田軍主力   佐久間信盛・坂井政尚・森可成  一万
④織田軍左翼   柴田勝家・羽柴秀吉       五千
⑤横山城警戒部隊 池田恒興・徳川家康       五千

浅井朝倉軍                    二万五千
A浅井軍     浅井長政・遠藤直経・阿閉貞征  五千
B朝倉軍本隊   朝倉景鏡・前波新八郎・魚住景固 一万
C朝倉軍別働隊  朝倉景紀・山崎吉家・真柄直隆  一万

             
 浅井朝倉軍にしてみると、姉川において坂井隊を蹴散らした段階で兵を引いても良かったし、事実浅井長政やその後詰に来ていた朝倉景紀は兵を引かせるつもりだった。
 だが、朝倉軍本隊を率いる朝倉景鏡が了解無く渡河し突出してしまい、仕方なく後に続いたのである。
 今回、浅井の援軍に来ていた朝倉軍は大名である朝倉義景本人の出馬はせず、朝倉家における一門である朝倉景鏡と朝倉景紀に同じ兵を与えて送り出していた。
 この二将は朝倉家中における派閥のトップ同士であり、加賀攻めでは席次をめぐって朝倉景紀の息子が切腹する異常事態を引き起こし、あわや同士討ちかという事態にまで発展しかかるぐらいに仲が悪い。
 この派閥対立は敦賀港を領地にして経済的に裕福な景紀派と、加賀侵攻によって影響力を強めた景鏡派という朝倉家の統治地域の派閥対立から発生していた。
 それが回避されたのも上杉輝虎が加賀まで出張った事で、朝倉側も朝倉義景自身が出馬せざるをえず、義景の調停が成功したからである。
 一応景鏡を上位という事で立てているが、今回の兵数の割り振りを見て分かるように同権に等しく、朝倉義景がいかに二将を調停したかその苦労が忍ばれる。
 話がそれたが、朝倉景鏡突出の背景にはこのような事情があったのだった。
 そして、当然の事だが彼らは上杉輝虎の援軍到来、それもすぐ近くまで来ている事を知っていた。
 だから、朝倉景鏡は突出したのである。
 浅井家は朝倉家の従属大名だから朝倉側が上位で指揮を進められるが、少数とはいえ上杉輝虎なんてビックネームが出張ってきたら、朝倉一門とはいえ重臣でしかない朝倉景鏡はその命令を拒む事は難しい。
 なお、加賀での戦では、一向一揆勢力と対峙している朝倉景鏡に対して、上杉輝虎は少数の兵で一揆勢の後方を撹乱・崩壊させて勝利を掴んでいる。
 もちろん、一揆勢を拘束し続けた朝倉景鏡の将才も並のものではないのだが、その苦労に対して華麗に武功を見せ付けた上杉輝虎に対して不満と嫉妬があったのである。

「猪に正面から当たる必要はない。
 ゆるゆる当たりながら引くぞ」

 羽柴隊の先陣に陣取っていた尼子勢を率いる山中幸盛が、落ち着いた声で兵達を指揮して羽柴隊を後退させて行く。
 彼も彼が率いる尼子勢も小金原合戦を生き残った者達ばかりで、これぐらいの劣勢などなんとも思わない。
 とはいえ、二倍の兵に襲い掛かられた織田軍左翼は甚大な損害を出す事になるのだが。
 織田軍左翼にとって不幸なのは、本来横槍を入れる織田軍主力が坂井政尚隊の崩壊で動けず、その上浅井軍に食いつかれたので織田軍右翼の横槍で辛うじて主力の崩壊を食い止めている情況だったのである。
 結果、織田軍左翼と主力の間が薄くなり、本陣への道を開いてしまう。
 その間隙を朝倉景鏡は逃すつもりは無かった。
 同時に、織田信長も朝倉景鏡を逃すつもりは無かった。
 織田信長は躊躇う事無く、本陣を前に出し織田軍主力と左翼の間を塞ぐ。
 更に、織田軍左翼と織田軍主力の最後尾に位置する森可成隊に横槍を命じて、半包囲を完成させたのである。
 三方向からの包囲攻撃に朝倉景鏡隊は前波新八郎が討死し、中段の魚住景固隊までが崩壊寸前に追い込まれるが、それを阻んだのが浅井軍の織田軍主力に対する攻撃だった。
 織田軍右翼の横槍を朝倉景紀隊が支えるという見事な連携で、特に真柄直隆・直澄の二人の兄弟の奮迅に織田軍右翼の将兵が近寄れず、彼らが稼いだ時間で浅井軍の遠藤直経が織田軍主力に突貫。
 これを食い破り、森可成隊の背後に当たる佐久間信盛隊を崩壊寸前に追い込み、森隊の横槍の勢いを鈍らせたのである。
 この時、横山城警戒部隊として後方に置かれていた、池田恒興・徳川家康の両隊も戦場に駆けつけ、援軍を見た佐久間隊が崩壊寸前から立ち直り攻勢を強化。
 佐久間隊の回復による織田軍主力の立ち直りを見て、浅井朝倉軍は後退を決意する。
 だが、織田軍は池田・徳川の両隊を追撃に投入し、それを見た織田軍右翼の安藤・氏家・稲葉の各将も攻撃を強化。
 朝倉景鏡隊後退を支援する為に浅井軍と朝倉景紀隊は、最後の予備兵力である山崎吉家隊と阿閉貞征隊を出して更に血を流す羽目に陥ったが、朝倉景鏡隊が織田信長本陣に深く食い込んでいた為に姉川まで戻れない。
 そんな時に、羽柴秀吉や織田信長が恐れていた事態が出現する。

「姉川対岸に毘の旗印!
 上杉勢です!!」

           D
----------姉川---------              
              AC
           ④B③ ②              
            ⑤
             ①

               
               
              凸
             横山城       
 
 
織田軍                     二万五千
①信長本陣    織田信長           三千
②織田軍右翼   安藤守就・氏家直元・稲葉良通 五千
③織田軍主力   佐久間信盛・森可成      六千
④織田軍左翼   柴田勝家・羽柴秀吉      三千
⑤横山城警戒部隊 池田恒興・徳川家康      五千

浅井朝倉軍                   一万九千
A浅井軍     浅井長政・遠藤直経・阿閉貞征 三千
B朝倉軍本隊   朝倉景鏡・魚住景固      五千
C朝倉軍別働隊  朝倉景紀・山崎吉家・真柄直隆 八千 
D上杉軍     上杉輝虎           三千


「うろたえるな!
 戦の手前顔を出しに来ているにすぎぬ!
 もうすぐ敵が崩れるのに、やつらが川を渡る訳が無い!!」

 誰の声か分からぬが、その声は織田軍将兵一同の願いだったのだろう。
 そして、その願いは見事に踏みにじられた。

「上杉勢!渡河!!
 姉川を渡ってこちらへ押し寄せてきます!」

 その瞬間、勝っているのにも関わらず、織田軍は恐慌状態に陥ってしまった。
 織田軍の兵は国衆動員ではなく、あふれ者を雇い入れる傭兵が主体になっている。
 だからこそ、敵よりも多くいつでも戦ができるのだが、その分錬度なんて当てにできる訳が無い。
 そんな彼らにとって、戦国最強の呼び声高い上杉軍と正面で戦うなど、まっぴらごめんである。
 率いるは軍神上杉輝虎。
 連れている兵は少数なれど、全員が第四次川中島合戦参加者によって占められている最精鋭である。
 織田軍は何しろ今は勝っているのだ。
 無理して命なんて失いたくない。

「殿!
 ここは後退を!
 上杉勢が狙うは一番弱いここ織田左翼ですぞ!」

 負け戦を知り尽くしている山中幸盛が、坂井隊崩壊と友人である坂井久蔵討死の報告に頭の血がのぼって無謀にも突っ込んでいこうとした仙石権兵衛をぶん殴って押し止め、馬上から羽柴秀吉に向かって叫ぶ。
 自分達がどれほど危ない場所にいるか、勝っていると思った瞬間から負け戦に転がり込んだ将兵の士気崩壊など、出雲と九州で彼は味わい尽くしていたからこその進言だった。

「殿、それがしも同じ意見です。
 今引かねば我らは潰されます」

 秀吉の隣にいた竹中半兵衛も、山中幸盛と同じように引く事を進言する。
 目の前の朝倉軍は既に総崩れに近い状況に陥っている。
 それは手柄の山が眼前にあるという事で、羽柴隊からも手柄を求めて勝手に追撃をかけている足軽が多数いたのである。
 敗走寸前の敵軍、そして小数なれど戦国最強を名乗る上杉軍の突進。
 迷いが無かったと言えば嘘になる。
 だが、山中幸盛の経験と竹中半兵衛の理論が同じ意見、後退を進言している。
 羽柴秀吉は人たらしである。
 それは彼が、人の話を聞くからに他ならない。

「下がるぞ!
 徳川隊と連携が取れる所まで引けい!」

 一瞬だけ、後悔の顔を浮かべるが羽柴隊は朝倉軍追撃から一歩引いて、徳川隊と連携が取れる位置まで後退する事になったのだった。
 そして、それは羽柴秀吉や山中幸盛の命をも救う事になった。
 羽柴隊は後ろ髪引かれながらも徳川隊と連携が取れる場所まで後退し、柴田隊は上杉軍出現に動揺しつつも勝ち戦と功績をあげるチャンスと上杉軍に向かって突き進んでゆく。

 鎧袖一触。

 気合が、

 経験が、

 覚悟が、

 信頼が、

 その全てが柴田隊には足りていなかった。



「そして何より、速さが足りない」



 馬上から車懸りの陣で上杉軍を指揮していた上杉輝虎がぽつりと叩き潰した柴田勝家隊について漏らす。
 上杉軍はさも当然のように柴田隊を叩き潰し、織田軍の包囲に大きな穴があいて朝倉景鏡隊がそこから逃れてゆく。
 彼の視線は逃れる朝倉軍などもはや見ておらず、次の獲物に向かっていた。
 朝倉景鏡隊と浅井軍に兵を出した為に広がってしまった織田軍主力である。
 柴田隊の崩壊を目の当たりにした織田軍主力に上杉軍を止められる訳が無かった。
  
「柴田隊!総崩れ!」
「羽柴隊、佐久間隊後退します!」
「森隊が支援を求めています!」

 本陣に次々と悲鳴のように転がり込んでくる敗報にも、織田信長は眉一つ動かさなかった。
 その眉が動かざるを得ない報告が、南に派遣していた物見から飛び込んでくる。

「横山城に動きが!
 打って出る可能性あり!」

 目の前で浅井朝倉軍が負ける所を目撃し、今まさに城から逃げ出そうとしていた横山城将兵は上杉勢の鬼神のごとき働きに勇気付けられ、徳川・池田勢が浅井朝倉軍追撃に出てそのまま山を下れば信長本陣までがら空きである事に気づいたからに他ならない。
 この時代に相応しくないほどの戦略思考と合理性を持っていた信長は、既にこの戦の存在意義を見いだしていなかった。
 今回の浅井戦の目的は中山道の確保であり、横山城攻撃からはじまる浅井征服戦はおまけでしかない。
 ならば、ここで無理をせずに兵を引いて、長比城・鎌刃城などの城の確保につとめ、上杉輝虎が帰るのを待てばいい。
 関東は間違いなく危機的状況だし、武田が本拠越後でもつけば否応無く帰らざるを得ないのだから。
 そこまで考えた織田信長は立ち上がって、大声でその一言を告げる。

「引くぞ!
 馬持てい!!」

 そう言い捨てて、数騎の供回りのみで戦場から離脱してしまったのである。
 この瞬間、織田軍はほとんど手にしていた勝利を捨てる事となった。
 もはや追撃どころの話ではなく、総大将の離脱という仰天事態に織田軍は大混乱に陥ったのである。
 もっとも、浅井朝倉軍も追撃をかける余裕などなく、上杉軍も浅井朝倉軍撤退の支援のみに徹していたので動こうとはしなかった。
 とはいえ、跳ね返り者や打って出た横山城城兵に対して殿として織田軍崩壊を救ったのは、羽柴秀吉・池田恒興・徳川家康の三将で、特に羽柴秀吉はこの殿の成功で謀略・諜報や内政官としてでなく武将としての地位を完全に確立する事になり、一軍を任せられる者と見られるようになったのである。

 一方、辛うじて負けなかったとはいえ浅井朝倉軍も多大な犠牲を強いられ、横山城以南は佐和山城しか残っていない事実に呆然とする。
 織田信長の読みどおり、上杉輝虎はその翌日には敦賀港に向けて兵を戻さなければならなかった。
 もはや関東の情勢悪化は無視できない所にまできており、

「あと、一月。
 この地に留まれたら、京まで進めたものを……」

 そう言い残して小谷城を去らねばならなかったのである。
 なお、横山城はこの半月後に再度襲ってきた織田軍二万によって陥落し、佐和山城も明智光秀の包囲と諜略によって開城・降伏。
 浅井を支援するはずの朝倉家では、無断突出の一件によって朝倉景鏡が失脚するという政変真っ只中で、浅井を助けるどころではなかったのである。


 戦術的勝利を捨てて、戦略的勝利を確保した織田信長だが、その綱渡りは相変わらずのままだった。
 姉川合戦で不穏となった織田家の求心力を回復するために、尾張・美濃衆を再度集めた横山城再攻撃で横山城を落したはいいが、摂津国野田城・福島城にて三好三人衆が上陸・蜂起の急報が横山城再攻撃に参加していない羽柴秀吉からもたらされたのである。
 なお、彼の文は二通あって、落城によって燃え落ちる横山城を背景にもう一通の文を読んだ織田信長は、魔王と呼ぶに相応しい笑みを浮かべて呟いたのだった。

「ようやく来たか。
 待ちわびたぞ。姫巫女」

 その文にはこう書かれていた。

「和議斡旋と毛利輝元任官問題で大友と毛利の使者が近く船で堺に上がる予定。
 大友側は臼杵鑑速と珠姫、毛利側は安国寺恵瓊と小早川隆景で、堺町衆および松永久秀の供応を受ける予定……」



姉川合戦

 兵力
 織田軍         織田信長・他               三万
 浅井・朝倉・上杉軍   浅井長政・朝倉景鏡他・上杉輝虎      二万八千    

損害
 一万(死者・負傷者・行方不明者含む)
 九千(死者・負傷者・行方不明者含む)

討死

 坂井政尚(織田軍)
 前波新八郎(朝倉軍)




地理メモ

  
横山城   滋賀県長浜市堀部町
鎌刃城   滋賀県米原市番場
苅安城   滋賀県米原市弥高の弥高百坊  (苅安賀城)
佐和山城  滋賀県彦根市佐和山町・鳥居本町



[5109] 大友の姫巫女 第九十一話 覇王対姫巫女 厳島観艦舞
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/11/01 23:18
「そなたが、お爺様のお気に入りか?」

 そんな彼に対して私は、

(や、やる夫がいやがる……)

 と、思ってしまったのは仕方ないだろう。
 うん。

 宇佐で巫女をしている珠です。
 現在南蛮船で安芸の宮島にやってきています。
 厳島神社参拝を名目にして、本題は毛利輝元に会いに来たのです。
 争わない為に大事なのがトップに会うという事。
 知らない相手を敵と認識するのは良くある事で。
 幸いなのが毛利も大友もまだ父の世代が頑張っているので、次世代の私達が顔を見ておく事で少しでも戦火を避けようというのが狙いです。
 ……しかし、私より年下で一応武人なんだろうけど、ぽっちゃりというか、ぽややんというか。輝元君。
 一昔前なら、こう呼ばれるだろう体系である。

 常春の国のくされアンパン

 と。

 しかし、四郎と並べば四郎がやらない夫になるのだろうか。
 いや、やらない夫にうってつけの輩が隣に居るし。
 今度の上洛に置いて道中を共にする小早川隆景ってのが。
 となれば、これに嫁がせる我が妹は銀様に調教しなければ。
 まぁ、翠星石でもいいし。
 となれば、私の立ち位置って……ハルヒ?
 まぁ、どこぞのホテルモスクワのおねー様でないだけましか。

「何を考えているんですか?姫」
「なんでもないわ。
 こっちの事よ」

 四郎に尋ねられて慌てて雑念を消し去る。
 どうやら、顔に出ていたらしい。自重しなければ。


 さて、安芸の宮島というのは霊地であり、基本的に人はこの地に住まないという取り決めになっている。
 にも拘らず、ここに城を建てて、あまつさえ大合戦をやらかして、多大な血と万の屍を作り上げた大馬鹿野郎の罰当たり者が居る訳で。
 うん。毛利元就と言うんだ。その罰当たり者の名前。
 その後、死体を片付け、血を洗い流してその穢れを取り除き、侘びの参拝をしたというので毛利に祟りは襲ってこなかったとか。
 きっと地獄の閻魔や神様すら騙したんだろうと毛利元就被害者の会残存生存者の私は主張したいけど、助かった命は惜しいわけで。
 とにかく、毛利の厳島庇護は現在でも続き、水軍を率い瀬戸内海交易を収益源とする毛利は、この厳島神社にそれぞ多大な敬意と喜捨を払って保護している訳で。
 巫女としても名をはせている私の参拝と奉納演舞は、政治的アピールであると同時に、厳島神社への敬意も伴っているのである。

 ついでだから、少し厳島神社の話をしよう。
 ここで祭っている神様は、宗像の三女神(市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)であり、海の神としての信仰が厚い。
 この海神信仰は祭る神様は違えども瀬戸内海全域に広がっており、大山祇神社や畿内の住吉大社も海に住む人達の信仰を受けていたりする。
 若干毛色が違うけど金刀比羅神社もこの系統に入るだろう。
 祭る神様の違いや、信仰の由来などはそれぞ語りだしたら終わらないので飛ばす。
 つまり宗像や厳島などの海神の系譜から、古来日本にどうやって人が流れてきたかが祭られている神様から見ても分かるという話で、いかに瀬戸内海が古来から交通に使われていたかを物語ってもいるわけで。
 武士の世になった時にこの厳島神社を大々的に保護したのがかの平家であり、彼らが奉納した平家納経なんかがこの社に残っていたりする。
 その平家は都を追われた後に、一の谷合戦、屋島合戦と負け続け、最後壇ノ浦で滅亡を迎える。
 海神が日本に広がる逆の道を辿る様に滅んだ平家を思うと、なんとなく感慨深いものが湧いてくるのである。 
 脱線ついでにトリビアを二つ。
 平家の対源氏防衛構想は大雑把な分け方になるが、二十一世紀で橋がかかっている場所と思うと分かりやすい。
 一の谷(明石海峡大橋)、屋島(瀬戸大橋)、壇ノ浦(関門橋)。
 で、「あれ?」と気づいた人は瀬戸内の人だろう。
 そう。
 源平合戦ではしまなみルートでの合戦が起こっていないのだった。
 これも理由があって、現在でも生き残っている伊予の河野家が源氏側についたからである。
 瀬戸内交易で富を得、水軍戦力が強かった平家勢力圏で、水軍勢力を持つ河野家の源氏参加は高く評価され、それが今の河野家に繋がっていたりする。
 彼らの情報伝達の速さと勝ち組につく適応能力はこの戦国の世でも変わらない。

 そしてもう一つのトリビア。
 この源平合戦時に宇佐八幡宮は平家について、源氏の焼き討ちを食らっていたりする。
 我が母はこの時の失敗を糧に、私を生んだとか生まなかったとか。
 歴史を知れば知るほど、己に絡む因果の糸にため息をつきたくなる。

 話がそれた。
 で、私の参拝と奉納演舞を効果的な政治ショーに仕立てようと画策する訳で。
 ならばと、私が提案したのが、参拝にあわせた大友・毛利水軍合同の観艦式なのだった。
 何しろ海の民の社だ。船が出るのは当然だし。
 まぁ、観艦式と聞いて、

「私は帰ってきた!!!」

 と、核持って突っ込んでくる輩を想像したのは内緒。
 で、冒頭の出会いは宮島対岸の桜尾城での話である。

「珠でいいわ。
 一応、あのじじいの娘扱いになっているから」

 それを聞いた、輝元君。
 手をぽんと叩いて一言。

「つまり、おばうえと」




 ぴきっ




 ああ、こいつは間違いなく輝元だ。
 その空気の読まなさ加減や、余計なところで一言言う迂闊な所や。
 しかもいい笑顔で言い切ったあたり、何がまずかったのかまったく分かってないときやがる。
 で、何で私の手を握っているのかな?四郎。
 後、鶴姫も三歩ほど後ろに下がって何を怖がっているのかしら?

「姫。
 分かっていると思いますが、ご自重を」

「そ、そうじゃぞ。
 夜叉は物の怪ゆえ、霊地を前にするこのような場所に現れるのはまずいとわらわは思うのじゃ」

「失礼な。
 か弱い姫を捕まえて、まるで私が大立ち回りでもして輝元をぶん殴るとでも思うのかしら?」 

 なお、鶴姫は四郎の正妻としてこの地に招待されていたりする。
 観艦式ゆえ、村上水軍の参加も予定されている訳で、彼らへのサービスも兼ねている。
 もっとも、先の響灘会戦以降、村上武吉は隠居を表明し、鶴姫の実家である来島水軍が今回は出張ってくるとか。
 こういう場所で村上水軍が表に出てこないあたり、彼らの中でも世代交代というか権力闘争が行われている訳で。
 観艦式を使い来島水軍を持ち上げて、さり気なくこなをかけておくのも忘れない。
 
「姫。
 ここはそれがしに免じて」

 場を取り付くようにはまったく聞こえない淡々とした声で、小早川隆景がわびの言葉を述べる。
 いつの間にか、輝元君涙目になっているし。
 こりゃ、小早川隆景の説教フルコースと見た。

「ごほん。
 話を進めるけど、私は厳島神社で奉納演舞を舞えば言い訳ね。
 で、その前を水軍が並んで参拝すると」

 私の確認に小早川隆景が真顔で言い切った。

「さよう。
 此度は脱がなくて構いませぬ」
 
 まてやこら。
 私を恥女か露出狂かなにかと勘違いしていないか?
 で、何でこっちを見ないのかな?四郎?
 鶴姫も真っ赤になって顔をぶんぶん振るんじゃない。



「なんだ。
 脱いだ方がいいなら……」



 致命的なまでに空気が読めない輝元君が言葉を途中で飲み込んだのは、目が口ほどに語っている小早川隆景が「黙れ」と目で語っているからだろう。多分。
 あ、桜尾城主の桂元澄がため息をついて天井を見上げてやがる。
 毛利家も大友以上に楽しい事になりそうなのだが、はやくくたばらないかしら。あのチートじじい。
 敵でも恐ろしいが味方でも安心できない怖さがあるし。
 でも、ちーとじじい亡き後、この輝元君が魔王様の矢面に立つというのは不安感全開だし、痛し痒しというか。
 そんなどうでもいい顔通しの次の日。
 大友毛利合同水軍の観艦式が行われたのであった。


 

 厳島神社にはためく一文字三つ星の旗印。
 この場は毛利主導という事で私も大友ではなく毛利の縁者としての参加である。
 神社本殿に四郎や鶴姫、毛利輝元や小早川隆景など毛利一門や重臣が居並ぶ中、管弦の調べが雅に宮島に響く。
 私はゆっくりと巫女装束正装で舞台に上がる。
 ところで、頭の飾りから、金細工のかんざしや、薄絹の千早まで吉田郡山でストリップしたのと同じ衣装なのは、何かの嫌味でしょうか?
 とはいえ、舞台に上がれば私は私で無くなり、神を降ろす人形となる。
 ゆっくりと手を振り、鈴の音を鳴らす事で、奉納舞は始まった。


しゃん


 鈴の音色にあわせて神へ舞を捧げる。


しゃん


 海原の先から隊列を組んで毛利の軍船が通り過ぎる。
 私のストリップを期待した者も多いだろうが、それでも彼らはこの舞を忘れないだろう。
 万の瞳に曝されながら、彼らに微笑みかけた舞姫を。
 その笑顔は神に捧げれたもの、見ていた一同の幸せを願った物だと。


しゃん 


 緩やかに、けどリズミカルに私は舞う。
 塩風が髪を揺らし、波の音も神楽に組み込まれる。
 これは海に捧げられた舞だから。
 小早の先導の元、関船が通り過ぎる。
 その隊列に歪みなどなく、その顔に恐れもない。
 響灘で一敗地にまみれたとしても、彼らは己の庭で失態を犯すような事はしない。


しゃん


 髪と共に千早が風に舞う。  
 静かなる瀬戸の海は隊列を組む毛利の船団を母のように歓迎する。
 そのわだつみの化身として私は舞いながら宗像の三女神を憑依させる。


しゃん


 かれらの航海の安全を。
 これから始まる織田との死闘に奇跡を。
 その願いは舞を通じ管弦の調べによって彼女達に届けられた。


しゃん


 最後に、威風堂々と波をかき分ける数隻の安宅船に、唯一大友の杏葉紋をつけた一隻の南蛮船が登場する。
 誰も声を発しない。
 それが神聖である事を肌で感じ取っているから。
 誰も目を逸らさない。
 それが、奇跡である事をいやでも理解できたから。
 


しゃん


  
 こうして、伝説となる観艦舞は幕を閉じる。
 大友毛利連合の政治的アピールは、既に機能している西国交易路を通じて瞬く間に諸国に伝わり、この連合が早期破綻しない事を内外に知らしめる事になる。
 あと、こっそりと久しぶりに神力げっと。
 ここ最近の信仰UPによって、かなり大きなスキルを扱えるようになったのです。
 そして、ここ厳島で宗像三女神から手に入れたスキルは、交易路の安全。
 私のお札を貼ったり、祈祷した船は難破しないという超絶スキル。
 カタンちっくにいえば、ゲームスタート時に最長交易路を持ってスタートするようなもの。
 しかも、私の領土には2:1港どころか、1:1港に等しい博多なんぞある訳で。
 順調に人間を辞めつつある今日この頃です。

 ちなみに、これだけの事をやらかしたのだから、当然トランススイッチ入りっはなしな訳で。
 演舞後にぶっ倒れた私を、四郎と鶴姫が慌てて南蛮船に連れ帰ったのを毛利一門は怪訝な目で見つめていたという。
 まぁ、その夜に朝まで嬌声が聞こえたとか聞こえなかったとか。
 



「おや、我が弟と鶴姫は?」

「さぁ、まだ眠っているのでは?」

 桜尾城に私一人でやって来た事に小早川隆景が疑問の声をあげるが、白々しく私はとぼける事にする。
 まぁ、四郎や鶴姫が眠っている事は事実だ。
 南蛮船の家畜室で。
 後、大友側の水兵の大部分と、近隣に停泊していた毛利船の水兵が干からびていたりするんだろうが、どうせ知っているだろうに。 
 なお、この家畜室になんでか恋もいるのだが、まぁそれは言わぬが華である。

「で、輝元殿は何を怯えているので?」

「お、怯えてなんかいないぞ!
 いないんだからな!!
 ちょっと、叱られたからって謝らないからな!」

 よほど小早川隆景の説教がこたえたのだろう。
 横目で小早川隆景を見ながら、虚勢を張る姿がなんとなく可愛すぎる。
 まぁ、そんな事を頭の隅で考えながら、艶々する肌を真顔に変えて本題に入る。
 
「で、せっかく顔をあわせたのだから、少しまじめな話をしようと思って。
 四国どうする?」

 私が早々にぶっちゃけるが、四国というか土佐が大問題になっていたりする。
 土佐は京都に屋敷を構えた一条兼定を頭にすえた国人連合となっているが、土佐中央部を制圧した長宗我家部と土佐東部を支配する安芸家が激突。
 しかも、合戦の理由が今後を見据えての話し合いの場をつくるだけだった長宗我部元親の申し出に、安芸国虎が降伏勧告と勘違いして安芸側からの宣戦布告ときたもんだ。
 一条経由でもフォローしきれずに大いに頭を抱えていたりする。
 京にいる一条兼定に強引に和議を結ばせてもいいのだが、今度は時間がネックになる。
 和議を結ぶためには、まずこちらから土佐で何が起こっているか申し出、京都から長宗我部と安芸に使者を送り、それを吟味して裁定を下さねばならない。
 それを京都土佐間でのんびりやっている間に戦が終わってしまう。
 合戦が終わって、篭城戦にでもなったらもう和議よりも滅ぼした方が速くなる。
 畜生。
 ここにきて距離の壁がえらく立ちはばかりやがる。

 さらに阿波・讃岐・淡路を押さえる三好家の問題もある。
 三好家は畿内側が三好宗家である三好義継と、三好三人衆を保護したこの三国とに分裂してしまっている。
 しかも、三好義継側は織田信長に服従する形でだ。
 各国の国人衆はどうか知らないが、この三好家内紛は場所が場所だけにやっかい極まりないのだった。
 何しろ、信長側は長宗我部に肩入れすれば、服従した三好義継から阿波侵攻の大儀名文を得られるのだから。
 で、それはこちらも同じで、長宗我部を取り込んで阿波侵攻を目論んでいただけに、この予想外の激突にどうすればいいか悩んでいるのだった。

「土佐は大友が押さえる場所。
 我らが口出しするつもりはござらぬ」

「それは分かっているわよ。
 問題は、長宗我部が仕えない事による、対三好への対応の練り直しよ」

 これが一番頭が痛かったりする。
 将軍家分裂という異常事態に忘れそうになるが、その将軍家を立てて畿内にある程度の秩序をもたらしていた三好政権が内部分裂し、しかも片方に織田信長がついているときている。
 扱いをしくじれば、対織田戦の開戦理由になりかねないこの火種について、毛利側とも話し合ってお互いの認識を確かめておかないといけなかったのである。
 何で攻めないのかって、あんな四国の果てに兵を送るのにどれだけかかると?
 南蛮船で海岸線を吹き飛ばしてしまえという考えもあったが、交易や運搬で各船とも精一杯。
 船というのは、平時は事故を避けるために運用・整備休暇・訓練の基本三交代で運用している。
 その為、平時状況で長宗我部戦のみで土佐沖に滞在させるにはもったいない。
 しかも、前年度は南蛮船の襲撃に謀反と戦てんこ盛りであったから、その体制固めを早急に進めなければならない。
 今回の観艦奉納演舞も、大友以上に内部体制を立て直さないといけない毛利への大友からの支援という側面も持っているのである。
 何しろ毛利は内部の反乱分子の修正と同時に、東方の山名と浦上へ兵を出しているのだから。
 大友は表向きに勝ち札を拾えたので、体制固めに専念できる時間がある。
 だが、望んだとはいえ負け札を引かねばならなかった毛利は、毛利元就の寿命も絡んで対外的に強硬路線を取らざるを得ず、吉川元春が対山名戦、毛利同盟勢力である三村家親が浦上戦を担当していた。
 
「先に安国寺恵瓊を堺に出している。
 向こうの動向を調べねば動けぬというのが我らの方針だ。
 何しろ、畿内には大蛇が一匹、とぐろを巻いておるゆえ」

 小早川隆景の言い分はある意味正しい。
 だが、何よりも畿内にはあの織田信長がいる。
 何でか姉川で上杉輝虎に蹴散らされるという想像外の戦は既にこちらに届いている。
 ボンバーマンプラスあの革命児を手負いにしたまま後手に回るなんて、最悪の展開になりかねない。
 ん、何か騒がしいな。 
 そう思った矢先、小早川隆景の近習とおぼしき男が慌てて部屋に入り、何かを隆景に耳打ちする。
 その言葉を聞いた小早川隆景も言葉を失い、事態が尋常ではない事が否応にも分かってしまう。

「何事です?」

 私の一言に毛利側が過剰反応するが、それを怒鳴りつけたのが小早川隆景だった。

「我らは既に手を携える仲。
 何よりも、大友は南蛮人の一件すら我らに話したのだ。
 これぐらいの事を話せぬようで、我らが信用されると思うか!」

 小早川隆景が一喝してみせる。
 ここ一番の胆力は流石だ。

「お恥ずかしい所をお見せしました」

「いえ、構いませんわ。
 それで、何が」

 ろくでもない報告である事は分かっている。
 畿内か、土佐か、あるいは両方か。
 それが間違いであった事は、小早川隆景の言葉によって露になる。

「我ら毛利家は九州の戦が終わった事で東に目を向けて戦をしているのはご存知の通りだと思いますが。
 備前を支配する浦上家との戦に難儀している次第で……」

 その枕詞を聞いた時に、私はマークしておかねばならなかった一人の梟雄を完全に見過ごしていた事を痛切に思い知らされたのだった。


「備前に侵攻していた備中三村家当主三村家親が、浦上家の者に鉄砲で撃たれて討ち死にしたと」



[5109] 大友の姫巫女 第九十二話 覇王対姫巫女 へうげものとボンバーマンリターンズ
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/11/15 11:10
 堺にやってきています。珠です。
 三好の軍船に囲まれたりもしたけれど、南蛮船と大友の家紋に怯んでか手を出す事も無く無事に到着していたり。
 で、一緒に来るはずの小早川隆景が遅れるとの事。
 仕方ないといえばそれまでなのだが、備中三村家の処理の為に残らざるを得なかったのだ。
 とはいえ、毛利側からも一門が出張らないと話にならない訳で。
 まぁ、四郎や私を毛利一門にしてもいいのだが、私は明確に大友の人間だし、四郎はその大友側の人質扱いな訳で。

「やってもいいげど、高いわよ」

 この一言で、毛利側はぴたりと私や四郎へのお願いを止めやがった。
 私がふっかけると思っているのか失礼な事である。
 ただ、正当な対価を大友の利益として頂くだけだというのに。
 まぁ、妖怪蠢く畿内において、小早川隆景しか適任者がいないのは間違いないのだ。
 何しろ、今回の上洛は毛利側の都合が大きいのだから。
 小早川隆景は備中三村家の後継となる三村元親への挨拶のみで、対浦上戦はチートじじいたる毛利元就御大が老体を押して吉田郡山から指揮をするとか。

「しかし、この街はいつも活気があるわねぇ」

 まわり三好の軍船だらけだけど。
 何しろ、信長によって京を追われた三好三人衆が摂津に上陸。
 野田と福島に城を築いたというのだから。
 姉川合戦の敗北もあってか、旧三好領の国衆や四国から連れてきた兵、更に雑賀の傭兵集団まで雇ったらしく総数で二万を超える。
 で、そんな大軍が目の前に陣取っているから、堺商人は商売のチャンスとばかりこれら三好の軍船に補給物資を売りつけているのだった。
 彼らはこの大兵を持って京に上がるのかと思いきや、南下して高屋城を攻めるとか。
 このあたり情報の裏取りができていないから錯綜している。
 上陸したら、一度確認しておかないと。

「姫様。
 小船を出しますので先に上がってください」

 安宅冬康が私に声をかける。
 三好勢が私達に手を出さない理由の一つが、この彼の存在である。
 何しろ、三好一門かつ三好政権時の重鎮で、淡路で水軍を率いていた事もあって、海の上での知り合いがべらぼうに多い。
 ちなみに、三好三人衆は彼の帰参を狙っており、既に私の所にも使者が来る始末。
 状況変わればというか、なんというか。
 あんたら、ボンバーマンと組んで彼を殺そうとしていたではないかと、小一時間突っ込みたいのを使者の前でぐっと我慢していたのは内緒。

「わかったわ。
 四郎。
 エスコートお願い」

 四郎の種をしこまれた鶴姫と鶴姫侍女の夏は、せっかくなので来島に里帰り中。
 で、夜のお仕事軽減中の四郎に私はべったり甘えていたりする。
 なお、同じく四郎の種をしこまれた恋は私と一緒に堺に来ており、遊女の技を磨くために畿内で修行をするのだとか。
 この恋の決意は、遊郭における恋の上司にあたる由良太夫(出世したのだ)の入れ知恵だったりする。
 恋を我が母比売御前の連れ子、つまり私の義妹として大友一門に迎え入れると同時に、私の遊郭の総責任者となる事が規定路線となっている。
 まぁ、大大名大友宗家を継ぐ者が、遊郭の経営なんてやっているのはどーよという事らしいが、そのついでに畿内のえらい人や金持っている人に顔と体を売ってこいという事らしい。
 実に羨ましい。

「え、えすこうと?」

「もぅ、それぐらい空気でわかってよ!」

 南蛮言葉に戸惑う四郎に抱きついて、耳元でわざとらしく甘く囁く。

「私を守ってよって事。
 四郎の事、信頼しているんだから」

「……は、はい」

 顔赤くしちゃって。かわいい。
 そんな感じで、私達は堺に上陸したのだったが……
 何か、上陸早々に目に入る怪しげな人物が。
 こう、擬音で表現するなら、


 ずきゅゅゅゅゅゅゅん!


 と、何かに撃たれたような顔でこっちを見ている侍が一人。
 露骨に警戒して刀に手をかけている四郎を手で制して、つかつかつかとその侍の前へ。

「何よ。あんた?」

 と、声をかけてもぴくりとも動きもしない。

「おーい?
 もしもし?」

 目の前で手をひらひら。
 あ、まばたきした。

「こ、この南蛮船から巫女が出てきたらと思ったら、女主人は胸元が開いた朱色の南蛮衣装で、つけている刀は大典太光世だと……
 なんて破天荒な……
 なんて目新しい……」

 何だか凄く該当する名前が頭に浮かぶのだが。
 とりあえず言わないといけない事がある。

「ちょっと!
 褒める所ぬけているわよ!!」

「なんと!」

 私の一言に我に帰ったらしい侍に私が言葉を畳み掛ける。
 口を大きく開けてムンクの叫びのポーズをしている彼に、私の魅力を叩きつけねば。

「南蛮のドレスを褒めるのはいいわ。
 ならば、首元につけている銀の鎖までみなさいよ!
 わざわざきつめに巻いて首輪代わりにしているんだから!」

「く、首輪!?」

 きょとんとしている侍だが、まだ私のターンは終わらない。 

「次に、頭!!
 せっかくヴェールまでつけているんだからこれを褒めてよ!
 絹製で高かったんだから!」

「う、ヴぇぃる!?」

 南蛮言葉を理解できない彼など置いていって、ずんと仁王立ち。
 ここから、このファッション、ちなみにテーマは、


 スタイリッシュ痴女のイケないLipStick


 の真骨頂なのだから。

「そしてっ!
 大事なのは、南蛮衣装をわざと短めにして、絹の靴下で太もも強調した事!
 これによって、絶対領域を演出し、わざわざ作らせた下着……
 あれ、四郎。
 なんで手を押さえつけるのかな?
 ちょっと、白貴姉さん。
 ずるずる引っ張るのはやめてぇぇぇっ!
 まだ真骨頂の下着を見せて……ちょ!
 のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………………………!!!!!!」

 ずるずる四郎と白貴姉さんに引っ張られてゆく私の最後の視野に、私の周りで数少ない良心持ちの政千代がぺこぺこと侍に頭を下げていた。
 なお、三人の説教時間は一刻もかかった。




「まったく、そんなに怒らなくても……」

 宿である今井宗久亭でぶつぶつと文句を言う私に、怒り足りなかった政千代がまた爆発する。

「当然です!
 何処の世界に、港のど真ん中で、下着を見せ付ける姫がいらっしゃいますか!」

「ここに……」


「「「姫様は例外です!!!」」」


 四郎、政千代、白貴姉さん、三人声ハモらせないで。
 耳が痛いから。

「はぁ……せっかくの売り込みの機会だったのに」

「売り込み?」

 白貴姉さんが食いついてくれたので、そのまま話したかった本題に入る。

「下着のよ。
 この手のは、見せて売り込まないと買い手がつかないでしょうに。
 ましてや、相手は侍とはいえ茶の湯心得がある者。
 売り込みに最適だったのに台無しよ……」

 下着、ようするにブラとショーツの事だ。
 この時代にそんなものがある訳もなく、私は最初海で泳ぐために紐ビキニを作らせたのだった。
 紐で布地も少ないし、さしたる手間も無く完成したはいいのだが、これを見た遊女連中は別の使い道に気づいた。

「これ、胸たれなくて済むわ」

 と。
 ちなみにその言葉をおっしゃったのが、目の前にいる白貴姉さんだったりするのだが。
 その一言で銭の臭いを嗅ぎつけた私が、下着販売を狙って画策して、わざわざこんな素敵衣装まで用意して堺でお披露目というビックイベントを狙っていたというのに……

「姫様は、銭と「銭に決まっているじゃない!」」

 政千代のお説教を即答でぶった切る。

「当然の事だけど、私達は民を飢えさせる事無く、国を豊かにしなければいけないのよ。
 そのためには銭がいる。
 その銭の為に身を差し出すことの出来ぬ輩は、この戦国生きていけないわよ」

 あ、政千代が何か言いたそうだけど、見つからなくてぷるぷると体を震わせてる。
 そんな政千代を白貴姉さんが抱きしめて慰めながら一言。

「まぁ、姫の言いたい事は理解するけど、ならば一言ぐらいこっちに相談してくれてもいいじゃない」

「したら、絶対反対するでしょうに」

 私の返しに白貴姉さんも苦笑するばかり。
 なお、今回の上洛に当たって、姫巫女衆は私のお付を入れて百人ばかりつれてきていたりする。
 既に西国経済圏が完成しているから、私の信用で証文払いができるのが大きい。
 で、彼女達の体で京の連中を篭絡するのと同時に、下着を畿内の遊女連中に広めてしまおうという下心もあったりする。

「元鎮殿も苦労しているわね」

 で、四郎。
 なんで、白貴姉さんの言葉にうなずくのかな?かな?
 まぁ、そんなコントみたいな時間は、今井宗久亭に勤める下女によって終わりを告げられるのだが。

「主人、今井宗久から姫様に茶室に来ていただきたく」

「分かったわ」

 さぁ、政治の時間だ。




「おう。
 久しく見なかったが、元気そうで何より。
 また茶を馳走しようと思ってな」

「それは何より。
 いると思っていましたわ。
 お久しぶりです。
 今井殿。松永殿
 えっと……そちらは?」

 流石に名乗る前に言い当たるのは失礼だろうなぁ。きっと。
 で、港で政千代が頭を避けていた侍は、私の目の前で涙まで流して感動のムンクの叫びポーズをとって、目の前にある平蜘蛛に目を奪われている。
 という事は、九十九茄子は信長に送ったと見た。

「ごほん」

「し、失礼仕った。
 それがし、織田の使い番、古田左介と申す。
 信長様のご意向を珠姫様に伝えに参った次第」

「というより、数寄を見る為に堺にやってきたような気がするが?
 港での一件といい、茶室でのしぐさといい」

 あ、ボンバーマンが本音をぶっちゃけやがった。
 固まっちゃっているよ。彼。
 なお、今井宗久は静かに微笑みながら口を閉じている。
 場を提供したのみで、話に関わらない事をアピールしているのだ。

「そろそろ本題に入るわよ。
 何を企んでいるの?」

 古田左介が私が持ってきた夜駆を見て固まってやがる。
 これも大名物茶器だったか。
 さすが神屋紹策。いい仕事してやがる。
  
「企むとはまた。
 姫の四万貫のお礼にて、こうして一席を作ったまでで。
 いい物だ。大事にするがいい」

 ああ、めっちゃいい笑顔だな。ボンバーマン。
 私の夜駆に松永久秀が茶を立てる。

「どうぞ」

 作法に則って、おいしく頂く。
 茶人だけあって、本当に美味しいから困る。
 これに毒入れられていても、飲みたいといいかねないだろうな。
 目の前の古田左介なんかは。

「まぁ、いいけど。
 どうせ、信長の言葉も、『出向いて挨拶しろ』って所じゃないの?」

「はっ。
 我が主信長様は姫君ご一行を歓待したく、二条の城に来て頂きたく」

 茶席での上下などはなく、フレンドリーに接するつもりだったのだが、私やボンバーマンの格の違いゆえか、敬語を外さない古田左介。
 まぁ、彼の観察はほどほどにして、私は夜駆をおいてゆっくりと口を開く。

「結構なお手前で。
 で、それだと足利殿に会う事になるんだけど。
 将軍家の跡目争いに巻き込まれるのは御免よ」

 あえて、将軍や公方と言わずに足利殿と言うあたりがポイント。
 現在、畿内の戦は二つの導火線がある。
 一つは、先ほど私が言った、足利義輝と義昭の将軍家の跡目争い。
 これはそれぞれ擁立する織田信長と上杉輝虎が、姉川で激突するという合戦にまで発展している。
 もう一つは、堺の目の前で行われている三好家の跡目争い。
 冒頭でちらりと触れたが、四国から上陸した三好三人衆は京ではなく、三好家宗家三好義継が匿われている河内国高屋城を目指している。
 その戦の大義名分は、

 三好義継を救い出し、君側の奸である畠山高政を撃つ。

 なのだから。
 もちろん、松永久秀もというか彼主導で三好義継を擁立したのだが、裏で糸を引いていた事もあって直接的に彼を叩く理由が無い。
 そして、松永久秀まで撃つと今度は背後が不安定になる信長が黙っていない。
 とはいえ、浅井朝倉方面に敵を抱えている信長にとって、京都で戦なんて絶対に避けたい訳で。
 かくして、三好にも織田にも顔が利くボンバーマン演出のこの河内合戦は、織田の黙認という了解を取り付けた三好三人衆の有利が伝えられているのだった。
 で、三好三人衆に畠山高政を始末してもらった後に、同じロジックで三好三人衆を追い落として摂津や和泉河内を掌握しようと企んでいると私は読んでいる。
 そうでないと、戦寸前のこんな所でこの男が茶を立てていたりしない。

「では、三好の争いには介入するので?」

 将軍家の跡目争いという言葉尻をきっちりと理解した松永久秀は、まったく笑っていない目で私に尋ねる。
 安宅冬康という駒が私の手元にある限り、三好家の内紛にどうとでも介入できる事を分かっているのだった。

「私がこの地にやってきたのは西国の安定のみ。
 畿内の戦に興味は無いけど、海と四国の戦は関わらないといけないわ」

 問題は四国の三好勢力と三好水軍が支配する東瀬戸内海にある。
 この二つを攻める為に織田が進撃してきたら、いやでも大友も毛利も介入しなければならない。
 そんな私の言葉を聞いて、実にわざとらしく松永久秀がぽんと手を叩く。

「おお、そういえば備中での出来事で、面白い話を聞きましたぞ」

「聞かなくても、浦上の仕業って分かっているからいいわよ」

 実行犯が宇喜多直家の手の者だって事も知っているが、あえて不正確な情報を返す事でボンバーマンを釣ってみたが、食いついたのは思っていた以上の大物だった。

「では、姫はその浦上が何処から得物を手に入れたかご存知か?」

 ん、得物って狙撃されたからには鉄砲な訳で。
 待てよ。
 やつら、何処から鉄砲を買い付けた?
 九州は論外。
 堺だって、大友毛利連合の成立を心待ちにしていたから、敵対確定の浦上に売るとは思えないし。
 何より瀬戸内海は我らの海だ。
 と、なれば生産地から直接、近江の国友から陸路で持ち込んだか。
 ……と、言う事は……

 私が正解を導き出したのを顔を見て察したのだろう。
 とてもいい笑顔で、

「いかがですかな?
 茶をもう一杯。
 どうせ、二条城でも振舞うつもりではおりますが」

 と、いけしゃーしゃーと言ってきやがる。
 近江から陸路で鉄砲を運ぶのならば、絶対に通らないといけない京都で摘発されないのはおかしい。
 という事は、京を押さえていた織田信長の許可、もしくは黙認があったという事だ。
 で、先に敵対するだろう毛利の膨張を食い止めたい織田信長にとってみれば、見逃すだけであとは宇喜多直家が勝手にやってくれる訳で。
 毛利が何か言ってきても、不手際と謝ってしまえばどうとでも言い逃れができるのがたちが悪い。
 何しろ、市場を支配しているのは我らが大友毛利連合だ。
 正規の外交手段で手を打つならば、それは織田信長に会わねばならない訳で。
 毛利が会う以上、私が会わないと当然釣り合いがとりない訳で。

「なるほど。
 畠山を討った三好三人衆掃討に、織田に兵を出させる手土産が私って訳ね」

 怒気というか殺気をこめてボンバーマンを睨むけど、そこはボンバーマン。
 ただ笑みを浮かべるばかりだった。


 茶席の後、信長へのいやがらせに、出産祝いに貰った大名物の北野茄子を古田左介にくれてやったりする。
 
「お前の所の使者は、茶の湯をやっているのにこんな物も持っていないのかよ。ばーやばーや」

 という、完全八つ当たりなのだが、そんな私の真意なんて分かる訳も無い古田左介は今井亭というのに狂喜乱舞しているし。
 きっと一部始終を聞いて、こちらの意図を見抜いた信長も笑い転げるんだろうなぁ……



[5109] 大友の姫巫女 第九十三話 覇王対姫巫女 東亜大航海浪漫
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/11/15 11:21
 珠です。
 現在堺に滞在中です。
 いや、眼前で合戦なんてやっているから京に上がれる訳も無く。

 京に上がるには二つのルートがある。
 一つは陸路で、もう一つは船で淀川を上るルートなのだが、船を使うルートならば問題なく京に上がれたりする。
 まぁ、京に上がらないのは理由があって、現状京は信長が支配する敵地というのが最大の理由だったりする。
 じゃあ堺はどうかというと、商人の自治都市というのとすぐ南蛮船に乗り込んで逃げられるという事もあって、畿内滞在中の拠点にと考えている。

「とりあえず、安国寺恵瓊と合流して頂戴。
 彼、京で調停工作を既に始めているはずだから」

「畿内情勢は複雑怪奇ですな。
 このまま進めてよろしいのですかな?」
 
 一緒に来ている臼杵鑑速との打ち合わせで、彼は盛大にため息をついた。
 何しろ信長が負けて京に足利義輝が帰還した場合、全ての外交・朝廷工作が無駄になりかねない可能性を秘めているのだから。
 とはいえ、私自身は織田信長のチート加減を良く知っているから、信長一点賭けでファイナルアンサーなのだが。
 それを知らない臼杵鑑速はのため息は、私の一点賭けに対する懸念でもある。

「信長が京を失う事は無いわよ。
 そのあたりは安心していいわ。
 京都の奉行に羽柴秀吉も居るしね」

 勝龍寺城城主羽柴秀吉は与えられた三千の兵で京を守っているが、現在四国から上陸してきた三好三人衆がその矛先を京に向けたら風前の灯でしかない。
 だが、足利義輝に京に戻ってきてもらうと困る松永久秀は、その一点では織田信長と利害を共にしている。
 姉川の復讐とばかり、織田信長が近江横山城を落とした報告はこちらにも届いている。
 これで信長は東山道の確保に成功し、京への最短ルートを握った信長なら一週間で三好三人衆以上の兵を集められるだろう。
 その程度の足止めなら松永でも十分できる。

「上杉はしばらく関東に出張らないと無理でしょうね。
 姉川の代償は高くついたわよ。かなり」

 東国からながれてきた噂だと、上野国箕輪城が陥落。
 武田北条連合軍の猛攻の前に、上杉輝虎の後詰も期待できない箕輪城は奮戦の後落城。
 長野業盛は城と運命を共にし、長野家は滅びる事となった。
 更に織田の支援で武田は飛騨にも進出し、その過半を制圧。
 武田信玄の高笑いが聞こえてきそうである。

「では、織田と誼を結ぶので?」

「お付き合い程度には。
 けど、織田はいずれ敵に回るわ。
 伸びて欲しくないけど、今は手を握るってのが正直な感想かな」

 わかんないだろうなぁ。
 現状での織田の窮地を見ているならば。
 史実の信長はこれよりもっとしゃれになってない状況からひっくり返した所を知っているのならば、これがどれほどぬるい情況なのかを。
 何しろ史実における信長最大の仇敵であった石山本願寺がまだ動いていない。
 彼らのもっか最大の懸念は制圧された加賀であり、その矛先は加賀を蹂躙した上杉や朝倉に向かっていたりする。
 そんな状況下で織田というあらたな敵と当たりたくないというのが本音だろう。

 信長の最大のチート加減は、濃尾という豊かな国土で常時徴兵される傭兵と、その傭兵を駆使し続けた戦略にある。
 何時でも何処でも相手以上の兵で押せるその動員能力と、その動員を効率的に使うために戦場を主導し続けた戦略勘こそ彼のチート能力の最たるものだろう。
 そんな彼が、三好三人衆相手に何も考えてないはずがない。

「四郎。
 あんたが信長なら、どのタイミングで三好三人衆に殴りかかると思う?」

 四郎に話を振ってみると、四郎は地図を見つめたまま呟く。

「高屋城が落ちる前でしょう。
 三好義継は、織田信長の傘下に入る事を表明しています。
 彼を見殺しにする事は、後詰めの失敗を意味するはず」

 高屋城の三好義継側は畠山高政主導の下、河内や紀伊の国衆に雑賀衆を雇って八千程度かき集めているとか。
 まともに戦えば負けるのは間違いないが、籠城で時間を稼げるなら、松永や織田の援軍が期待できる畠山高政にも手はある。

「ま、そんな所でしょ。
 だから、三好の連中が一戦終わるまでのんびり堺で待ちましょうか」

 この時はそう思っていたのだ。一応。




「まず、お手元に配られた地図をごらんください。
 大陸、南蛮のおもな交易路を記載しております。
 現状、南蛮から大陸にかけては二つの道があります。
 古典にも出ており、大陸を横断する『絹の道』と呼ばれる陸路。
 そして、現在ではこちらが圧倒的に多い海を渡る交易路、『海の道』です」

 なんで、堺町衆相手に私はプレゼンテーションをしているのだろう?
 ふと我に返るがよどみなく言葉を続ける。
 いや、町衆主催の宴席をひらいてくれると言うからほいほい出て行ったのだが、銭儲けの話になると途端に目の色変えやがって。
 町衆十数人に手書きの世界地図を速攻で書いて手渡して、プレゼンテーション中。
 運命の女神様は前髪しか無いらしいから、せっかくのチャンスは逃さないようにしないと。
 で、そんな言葉を思い浮かべると、世紀末モヒカン美人という謎の言葉が笑いと共に出てくるからこれを封じ込める。

「既に南蛮船、大陸船の往来は激しくなり、この中の商人の幾人かも船を大陸に派遣している方がいらっしゃるでしょう。
 ですが、その帰還率は低く、ある種の博打とにっているのはご存知の通り。
 この博打の危険を緩和する策を我が大友家は考え出しました。
 町衆各人が名を連ねる座を作り、そこで銭を出し合って船を出し、その銭の配分に合わせて分け前を得るという策です」

 何の話をしているかというと、早い話簡単なリスクマネジネントである。
 複数人で船を購入して、船が沈んで積荷が無くなって無一文になる事をさけるという分かりやすい策ゆえ、町衆の皆様もうんうん頷きながら耳を傾けている。

「それでも、船が沈む危険は大きいものです。
 そして、その対策に我が大友家は着手しました。
 『保険』です」

 町衆にとっては耳慣れない言葉だが、私にとっては当たり前の世界の言葉だったりする。
 きっと、日本で始めて保険という言葉を使った女と言われるんだろうなぁ。
 ある人は保険のことをこう言った。

「保険とは、人生二番目に高い買い物であり、人生二番目の賭けである」

 と。
 ちなみに、人生で一番高い買い物とは家であり、人生最大の賭けは嫁だそうな。
 うまい事を言ったものだとその時は笑いながら聞き流したが、今考えると本質をついていると思い知る。
 保険というのは時間をチップに、可能性に賭けるものである。

「たとえばの話。
 保険に入る方は、荷料の三割を大友家に支払っていただく。
 その船がもし難破した場合、その船の荷物を全額大友家が補償します」

 私の声に算のできる商人が私の利と彼らの利を考え、その発想に驚愕する。
 この例だと、三回以内の航海に船が難破した場合、大友家がその損失を全てかぶる。
 つまり、大友家は『この船は三回以内の航海で難破しない』に賭けている訳だ。
 そして、船が四回以降も無事ならば、大友家は何もせずに丸儲けである。

「もちろん、全ての船に保険をかけるほど大友家には銭がありません。
 で、最初は大友家が保有する南蛮船を対象にしたいと思います。
 現在、我が大友家は年に一隻の割合で南蛮船を建造しており、南蛮人より船を購入したりなどで十年後には三十隻の南蛮船を運用したいと考えております」

 交易から保険・金融に手をつけて造船業へ。
 まるで、何処かの三つのダイヤモンド企業群みたいな事業展開である。
 初期の資金調達が石炭という鉱山経営から、別子銅山を基盤とした某フレンドリーな企業群でも可。
 ついでだから、現金商売の某レディス4のスポンサーが母体の企業群もやろうかしらん。
 近代経営史における明治の企業勃興は、開発国の発展プロセスとして知ってて良かったとひっそりと思ったり。
 
 なお、これは勝てる博打である。
 だって、厳島神社でもらった航海の安全スキルを遠慮なく使う予定なのだから。
 ……しかし、この神力、インド洋や大西洋で効果があるのだろうか?
 怖いから、日本近海に限定しておこう。
 まぁ、堺―マカオ、博多―マカオに投入するに留めるつもりだったが。

 何でマカオなのかというと、日本にとって外交断絶状態に近い明帝国の唯一の公式出先窓口がマカオだからだ。
 まぁ、明とここまで関係が悪化したのも倭寇のせいなので、こちらとすれば何も返す言葉が無い。
 このマカオ、ポルトガル人が海賊退治で明帝国から永久居留権をもらった長崎の出島みたいな街であり、この航路を掌握できると大陸交易と南蛮交易が一気に押さえられるドル箱路線である。
 なお、瀬戸内海はもちろん、日本海も西日本近海の航海については大友家の影響力が及ばない所は無い。
 このマカオ航路のほかに、陶器や大陸馬、漢方薬や書物を交易物とし朝鮮を目的地とする朝鮮航路、ルソン制圧後にそこを起点とし、香料や象牙や香辛料などを交易物とし南越やシャムを相手とした南洋航路など夢は大きく広げていたりする。
 最終目的地はオーストラリア・ニュージーランド。
 新大陸は西洋の殖民が進んでいていまから手を出しても遅い。
 だが、この二つならば十分にこちらの勝ち目がある。
 何しろ地球の裏側からかの地を殖民地にした国があるのだ。彼らにできて我らにできぬ訳が無い。 
 私の代では無理だが、娘の世代、もしくは孫の世代にはそこに行けたらと夢想する。

 その為にも、大航海時代というバブルに便乗して日本にもバブルを興す必要がある。 
 バブルは前世にあいて悪の代名詞といわれている事もあるが、経済活動においてバブルが発生しない経済活動などありえない。
 少なくとも、私が企む金融決済システムと交易路独占からなる東アジア経済圏構想は、開発途上国である戦国日本がその戦火を癒すだけの時間と富を与えてくれるはずである。
 多分、明から清への王朝交代がバブル崩壊のトリガーになるだろうけど、その処理もかなりというか尋常じゃない形になるだろうが、その時の経済閣僚で飛び切り優秀な奴が二人ほど出てくるのを知っているから安心していたりする。
 豊臣政権の石田三成と、江戸幕府の大久保長安という二人を。
 どちらの政権になろうとも、彼らならばバブルの発生と崩壊にともなう一部始終を伝え残してやれば、うまく処理できるだろう。
 戦国の世が終わる十七世紀初めに、どれほどの日の丸南蛮船がこの海に浮かんでいるのか楽しみで仕方ない。    

 私のプレゼンテーションは大成功のうちに終わった。
 鳴り止まない拍手と、次々に出資の話を持ちかけてくる大商人達をさばきながら、私はある事に気づいた。
 こっちに来ていたボンバーマンこと松永久秀がいない。
 町衆の会合とはいえ影響力も強く風流人の彼ならば、コネを駆使して顔を出す程度の事はできるはずである。
 それが私のプレゼンが終わっても出てこないなんて……

「菜子。里夢。
 いる?」

「はっ」
「こちらに」

 少し場を離れて私の護衛についているくの一二人に声をかける。
 尼子滅亡後に保護した鉢屋衆の為に急速に図体が大きくなった姫巫女衆諜報部門は、組織のすり合わせの為にも里長である舞を持ってくる訳にはいかなかった。
 舞と同等の技能を持つ霞とあやねは娘の乳母として離れるわけにも行かず。
 で、次善の策として舞の直弟子である菜子と里夢が、あさぎ・さくら・むらさきを部下に私の警護についている。

「ボンバー……じゃなかった。
 松永久秀の姿が見えないけど分かる?」

「はっ。
 誰か松永の屋敷に様子を見に行かせましょう」

 菜子が命令を下そうするのを慌てて押し留める。

「そこまでしなくていいわ。
 彼、伊賀者を大量に雇っているから、下手に手を出して返り討ちにあったらたまらないもの。
 少し気になっただけ。
 このまま警護を続けて頂戴」

「かしこまりました」

 悔しそうに菜子と里夢の顔が歪むが、己の技量について過信しない事を徹底的に舞に教えられた二人は顔を戻して私の命に従う。
 諜報の世界は騙し騙されが常である。
 いくら敵対していないとはいえ、貴重な手駒であるくノ一を伊賀忍者が張り付いているボンバーマンに向かわせるという危険に晒すつもりはない。
 幸いにも、私の疑問には同じく参加していた今井宗久が答えてくれた。

「聞きましたか?
 松永殿が、昨日のうちに大和に戻ったとか」

「大和に帰った?
 という事は、河内国高屋城の後詰でしょうか」 

 口ではこう返していたが、私の心中では嫌な予感でいっぱいである。
 今、松永久秀が高屋城を助けるメリットは少ない。
 にも拘らず、私を置いて大和に帰るという整合性がとれない行動に、私の第六感がびんびんと警報を鳴らしていた。
 そんな私の感は当たった。
 高屋城攻めに向かっていた三好軍へ、体を使った情報収集に行っていた遊女の報告を、白貴姉さんは戻った私に告げたのだった。

「三好軍が兵を返したそうよ。
 織田信長が馬回りと羽柴勢のみでこっちに向かってくるだとか」
   
 
 この時、寡兵にも関わらず信長が勝つだろうなとなんとなく思った。
 そしてそれは当たって欲しくは無かったが実現する。



[5109] 大友の姫巫女 第九十四話 覇王対姫巫女 天王寺崩れ 
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/11/20 14:51
 近江国横山城を落した織田信長は、後始末を明智光秀に任せるとそのまま馬回りを連れて京都に入る。
 わずか数騎での入京を出迎えたのは羽柴秀吉だった。 

「猿。動ける兵はいくらある?」

 二条御所に入った信長に、近習より側にいる羽柴秀吉が平伏しながら告げる。
 この御所は現在大増改築工事中で、後に二条城と呼ばれるようになるのだが、現在では周りを職人達が駆け回り工事の木槌の音がたえなかったりする。
 秀吉のこの様な振る舞いには近習には嫌われていたが、近習以上に仕事が出来る事もあって信長は何も言わないので歯噛みするばかり。

「それがしの手勢が三千、馬廻衆がきて三千。
 公方様の手勢が二千という所でしょうか。
 松永久秀に命を出せば、大和より六千は連れてくると思われますが」

 もちろん、姉川合戦で損害を出した羽柴勢の新兵は、傭兵の補充だから錬度も士気も当てになる訳が無い。
 そして、近江横山城からこちらに向かってくる信長の馬回りは、最低でも二日の休息が無ければ満足に働けない。

「摂津国高槻城主入江春継が、三好三人衆側について城に篭っております。
 芥川山城主の和田惟政殿が兵を集めて警戒しており、それがしの手勢より山中幸盛を加勢に向かわせております」

 芥川山城は三好政権時の三好家の拠点のひとつだったが、信長の上洛後に京に座った足利義昭の家臣である和田惟政が城主を勤めていた。
 戦が三好家の家督争いで、浅井朝倉勢を相手にしていた織田信長が静観せざるを得ない政治状況ではあるが、とはいって戦の火種が無くなった訳ではない。
 足利義昭自身は義輝逃亡後に三好三人衆に攻められた事もあり、三好三人衆が上陸した事を知って積極的に兵を集め、織田信長の後詰をあてに積極的攻勢に出ようとしていたのである。
 そのあたり、足利義昭とて『三好義継が片付いたら次はこっちだ』程度の認識はあるらしい。
 タイミングを読まずに開戦しようとしてしまうのはどーよと突っ込みたくなるが、傀儡とはいえ織田家より上位存在である将軍家の戦である。
 羽柴秀吉と細川藤孝が必死になって押し留めたのだが、そんな苦労があったなど主君である信長に知ってもらう必要はない。

「構わぬ。
 そのまま高槻城を落とせ。
 池田勝正と伊丹親興は?」

 織田信長は上洛後、隣接する摂津の国人で大領を持つ伊丹親興・池田勝正と和田惟政の三人に守護の権威を与え(摂津三守護と呼ばせていたりする)摂津支配を認めて、間接的に摂津を支配しようと考えていた。
 だが、姉川での敗戦がここでも響いていた。
 言いにくそうな顔をしながらも、羽柴秀吉ははっきりと現状を信長に告げる。

「はっ。
 池田・伊丹共に三好三人衆側についており、手勢を野田・福島の城に入れております」

 とはいえ、予想はしていたらしく信長の顔に動揺は見られない。
 だが、口元がわずかに引きつっていたのを羽柴秀吉は見逃していなかった。

「丹波波多野家からは『公方様の命に従う』と。
 敵にも味方にもならぬという所でしょうか。
 この戦は元は三好内部の争い。
 我らは無関係との立場を取っている以上、池田・伊丹の両名を責める訳にはまいりますまい。
 既に細川殿と共に公方様がお待ちでございます」

 秀吉の時間稼ぎは功を奏し、こうして信長が京都にやってきた以上、やっと三好三人衆に対して全面的な攻勢ができる。
 その介入の名分も、幸いかな室町幕府幕臣である和田惟政による高槻城攻撃。
 これで三好三人衆が後詰に来れば、全面対決に持ってゆけるという訳だ。
 その為に形だけとはいえ室町幕府幕臣を動かす以上、織田信長は足利義昭に許可を貰うためにこうして二条御所に来ていたのであった。
 そして、それを見越して二条御所にて待ち構えて手配を済ませている羽柴秀吉も凄いといえば凄いのだが。

「任せる。
 松永はほおっておけ。
 あれはこちらの陣においても敵の陣においても毒にしかならぬ」

「はっ」

 この時に当の本人が堺にてのんびりと滞在して、西国からの客人相手に茶を立てていたりしていたなど、二人にはわかるはずも無い。
  
「おお、御父織田弾正忠殿。
 近江では無事に勝ったそうでなにより」

「上様のご威光のたまものかと。
 で、そのご威光を摂津に広めたく」

 足利義昭に平伏しながらも、織田信長は淡々と言葉を紡ぐ。
 その顔は足利義昭からは見えないし、足利義昭を見ようともしない。

「何、丁度自ら逆賊どもに鉄槌を下そうと思っていた所よ。
 やつらには、近江での借りを返さねばならぬのでな。
 間におうて何よりじゃ。
 藤孝。
 我らの兵はどれぐらい出せる?」

 横に控えていた細川藤孝がすらすらと答える。

「奉公衆が千五百程度。
 芥川山城主の和田惟政の手勢五百と合わせれば、二千程度になるはずです。
 あとは、織田殿の後詰次第ですが」

「京に詰めている兵三千は全て公方様の覇業に参加したく。
 殿も馬周り衆を連れてこちらに来た以上、公方様の尖兵として働く所存」

 既に具体的な所は羽柴秀吉と細川藤孝が詰めきっている。
 この場の会談は、政治的茶番でしかない。

「うむ。
 此度は自ら三好めを誅してくれよう。
 どうか御父にもお力を貸して頂きたい」

「承知」

 この時点において、足利義昭と織田信長の仲はまだ友好的であった。
 何よりも、双方とも越後にいる足利義輝と上杉輝虎とその同盟軍に対処しなければならず、仲違いなどできないという切実な事情があったからに他ならないのだが。
 何はともあれ賽は投げられた。



 織田信長はその日のうちに勝龍寺城に入り、羽柴秀吉の手勢に命じて高槻城攻撃を命じるという速攻を仕掛けた。
 局外中立をとっていた織田家が方針を180度転換し寡兵で参戦するなんて、三好三人衆側は誰も想定していなかった。
 和田惟政と山中幸盛の手勢は用意をしていた事もあり、高槻城はその翌日に落城。
 城主入江春継は城と運命を共にしたが、その焼ける城を背後に足利軍と織田軍馬廻衆が交流する。
 合計で約八千程の軍を率いて織田信長は堂々と南下。
 泡を食った松永久秀が、織田信長の軍勢に合流する為に大和に戻ったのがこのあたりだったりする。
 最高のタイミングで、三好三人衆の横っ面を殴り飛ばすつもりだったのだが、それより速い信長の介入に算段が狂ってしまったのだ。
 それは、三好三人衆にとっても想定外だった。
 池田勝正や伊丹親興みたいに『三好家内部の争い』という大義名分で、三好三人衆についた者も多い。
 三好義継のいる高屋城を攻めている時点でかなり無理があるが、浅井朝倉戦で兵を動かせないと思っていた畿内の国人衆はその素早い介入に気が動転してしまったのである。
 何より厄介なのが、二つ引き紋と共にやってきた足利義昭の存在である。
 既に将軍家の権威は地に落ちているが、この状況で足利の旗に戦をふっかけるという事を三好三人衆は理解していかった。

「ふん!
 地に落ちた将軍家の権威など何するものぞ。
 何を躊躇う必要がある。
 我らは義輝公の旗に入ればいい!」

 天王寺まで進出していた三好軍は、足利・織田軍南下の報を聞き、三好長逸は軍議の席で諸将にそう言い切った。
 えらく動きが鈍いが、三好三人衆とついているように彼らの合議で動いている為、どうしてもその行動は遅れがちになる。
 その上、二万という大軍、しかも畿内各地や四国から集結させた為に、時間をとられてしまったのだった。
 とはいえ、兵は三好軍が二万、織田軍は八千程度なのでまともに戦えば負ける事は無いはすである。

「左様。
 織田軍をここで潰して京を奪還し、越後から公方様をお迎えしようではないか」

 三好政康の言葉を、池田勝正と伊丹親興などの諸将は白々しく聞く。
 何しろ、少し昔にその越後公方足利義輝と対立し、彼の逃亡の原因を作ったのはお前らじゃないかと目で突っ込んでいたりするが、三好三人衆はあえてそれに気づかないふりをする。
 そして、あえて足利の名前を出さずに織田軍を強調する見え透いた虚勢も、諸将を白けさせるのに十分だった。

「高槻城が落ちたことで、茨木城の茨木重朝も織田側について城を開けたらしい。
 急いで高屋城を落として、織田軍に向かった方がいいのでは?」

 岩成友通が少し焦った顔で強硬論を進言する。
 今は八千程度の織田・足利軍だが、高屋城に篭る三好義継や畠山高政の手元には八千の兵がいる事を物見の報告で知っていた。
 これが合流したら一万六千となり、少し厄介になる。
 そして、大和から松永久秀が兵を引き連れた場合、間違いなく兵力は逆転するだろう。
 それならば、今のうちに各個撃破するしか道は無い。

「高屋城は逃げぬし、手間取れば織田・松永の軍勢に袋叩きにあうぞ。
 それより先に織田軍を叩くのが先決だろう。
 織田軍は近江での戦から連戦になる。
 力は出し切れないだろう」

「うむ。それも一理あるな」

 三好長逸が岩成友通の意見に対して異を唱え、織田軍を叩く事を主張し、三好政康もその意見に賛同する。
 岩成友通とて各個撃破の主張から逸れておらず、後詰を叩くのは理にかなっていたのでそれ以上強く言う事も無く、軍議は軍を戻して織田軍と対峙する事を決定したのだった。
 彼らは足利の旗を攻撃する政治的意味をまったく理解していなかった。


「た、大変にございます!
 昨夜のうちに池田勝正と伊丹親興の二将が陣を払って姿を消しておりまする!!」

 軍議の翌朝に飛び込んできた凶報に三好三人衆は一様に呆然とした顔になって、我に返るのに少しばかりの時間を有した。
 たしかに、京都や畿内近辺では将軍の権威は地に落ちている。
 だが、各勢力が息を潜めて動向を見守っている政治的案件において、明確な意思を表明するという事が何を意味するのか理解していなかった。
 この戦の意味が、『三好家の争い』から『将軍家の争い』に変わった事を、応仁の乱の戦火を一番受けた畿内の国衆は機敏に反応したのである。
 そして、池田勝正と伊丹親興の領国は摂津の北にあり、このまま織田軍が野田・福島城に寄らずに西進した場合、狙われる位置にあった。
 彼らが率いていた兵は合わせて三千にも及ぶ。
 それが一夜のうちに消え去ったのだ。
 諸将の動揺は激しく、その中で凶報が次々と舞い込んでくる。

「織田軍が摂津中嶋城に入城しました!」

「高屋城の兵がこちらに向かっております!」

「大和の松永久秀が『将軍家に弓ひく者を誅する』と兵をあげました!」

「国人達が騒いでおります。
 『公方に弓引くなんて話が違う』と!」

「堺町衆が荷をおろしてくれません!
 『逆賊におろす荷はない』と!!」

 当たり前である。
 足利の旗を立てるという事は将軍家に弓引くという訳で、明確な逆賊である。
 これで合戦でもして勝ったのならばまだ話は別なのだろうが、戦う前であり各勢力とも日和見を決め込んだのである。
 そして、三好三人衆が松永久秀と組んで、足利義輝を逃亡に追いやった事を畿内の各勢力は当然のように知っていた。
 今更、三好三人衆が足利義輝の旗を掲げても、誰もついてこないのは当然である。
 自らの過去の所業が、己の政治的権威を完膚なきまでに叩き潰してしまったのだった。
 そして、反足利義昭を明確に示してしまったが為に、周辺勢力にとって足利義昭の旗を立てれば三好領を合法的に侵略できる大義名分を与えてしまったのである。
 もちろん、逆賊を避ける為に足利義輝を公方とする旗を三好三人衆は結果的に立ててはいるので、義輝を支持する大名からの支援をあてにできない訳ではない。
 だが、一番近い義輝派である浅井・朝倉家は織田との戦で疲弊して援軍を出せる状況ではない。
 かくして、戦わずして三好軍は壊走して野田・福島城に逃げ込んだのだった。
 その途中で細川昭元をはじめ三好政勝や香西佳清等次々と離反者が出て、野田福島の両城に逃げ込んだ三好軍は一万を割り込んでいたという。
 その壊走劇は、本陣を置いた天王寺の名前を取って天王寺崩れと呼ばれるようになるのだが、それは後の話。
 逆に、織田軍は池田勝正と伊丹親興などの離反者を吸収し、高屋城に篭っていた三好義継と畠山高政、大和から兵を引き連れてきた松永久秀の軍勢を足して二万四千にまで膨れ上がっていた。

 更に追い討ちをかけたのが、西国最大の超巨大勢力である大友毛利連合が動かないと宣言した事である。
 毛利は次期当主毛利輝元の名前に義輝の字まで貰い、現在堺に来ている大友珠姫は義輝自身と面談した仲なのにも関わらず、たまたま堺に来ていた珠姫の言葉、

「大友も毛利もこの戦に関与するつもりはなし」

 の宣言に三好三人衆は絶望で真っ青になる。
 堺の荷おろし拒否は、この珠の発言が元になっていた。
 もちろん、珠の中立――実質的な信長への支援――表明は高度な政治的サインでもある。
 背後に敵を抱え、瀬戸内海の制海権を持っていない織田信長がこのまま淡路や四国を攻めるのは不可能だ。
 ここで信長に恩を売ることで、三好の本拠である阿波・讃岐・淡路を大友毛利連合が始末すると言っているのだった。
 また都合がいい事に、四国には三好と隣接していて、大友毛利の勢力圏に入っていない長宗我部という存在もある。

 織田軍が野田・福島両城に多数の付城をつけて包囲下に置いた時、堺町衆と石山本願寺が和議の仲介に出てくる。
 この野田・福島城攻めは、結果として織田信長の石山本願寺と堺に対する恫喝になっていたのもあるし、人の家の前で長く戦をされたらたまらないというのもある。
 野田・福島城の開城を条件に、三好三人衆以下城兵を四国の三好領に返すという条件に織田信長はあっさりと同意したのだった。
 彼にとって、この戦は得るものが多かった。
 彼が擁する足利義昭の権威を畿内である程度確立し、矢銭で面子を潰された石山本願寺と堺にも恫喝をしかけた。
 もちろん、長期の包囲戦で背後を浅井朝倉軍に襲われるのを嫌ったのもあるし、包囲している兵の殆どが寝返ったか日和見していたかで、当てにならない事を熟知していたのが大きい。
 和議は成立し、三好軍・織田軍ともに兵を引き上げる。
 だが、織田信長の馬廻り衆および羽柴秀吉の軍勢は、南下して堺の目の前で陣取った。
 信長にとって、この戦の最大の成果を取りに行く為の南下で、織田軍はまるで誰かを出迎えるように堺の手前で陣を敷いた。

「京に行くわよ。
 織田軍の護衛つきでね」

 その光景を伝えられた珠姫はため息をついてこう言ったと伝えられるが、一説には堺の城壁から信長を見つけて、気が狂ったかのように笑い転げたという。
 その時、織田信長も城壁にいた珠姫を見つけて笑ったというが、後世の創作だろう。
 かくして、姫巫女は覇王に捕らえられ、舞台は京に移る。


 地理メモ

 高槻城      大阪府高槻市城内町(城址公園)
 芥川山城     大阪府高槻市原字城山(三好山)
 茨木城      大阪府茨木市片桐町(茨木小学校)
 摂津中嶋城(堀城) 大阪府大阪市淀川区十三元今里1丁目(十三公園)



 作者より一言

 この『覇王対姫巫女』の章を持って、第一部完とする予定です。
 あと数話で終わる予定ですが、最後までお付き合いしていただけると幸いです。



[5109] 大友の姫巫女 第九十五話 覇王対姫巫女 覇王的女の口説き方 
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/11/29 18:28
 珠です。
 現在織田軍と一緒に京に向かっています。
 で、隣にご機嫌な覇王様。
 反対側には不機嫌の極みの四郎に挟まれて、馬に揺られてぽっくりぽっくりと道を進んでいたり。
 政千代と白貴姉さんは後ろではらはらして見ていたりするのだが、声をかけれる訳もなく。

「その馬、まだ乗っていたのか」

 あ、我が愛馬のサードステージは信長のプレゼント品だった。
 何だか殺意まで含んでいそうな四郎なんか気にせずに、信長は楽しそうにと笑う。

「そろそろそれもお役ご免だろう。
 新しい馬を用意してやるから乗ってゆけ」

「あら、ありがとう。
 気が利くけど、私は馬ごときで靡く女じゃないわよ」

 とりあえず気にしないそぶりをしながらも、内心は「『ウマドルファースト』きたー!」と喜びまくっているのだが。
 そんな私の内心を知ってか知らずか、信長は楽しそうに話を続ける。

「それぐらい分かっておるわ。
 百万石でそなたを雇わなかったのは、我が生涯最大の不覚よ。
 しかし、そなたの奇妙奇天烈な南蛮衣装は気に入ったぞ」

「お褒めに預かり恐悦至極。
 これでも自重したのよ。色々と」

 南蛮の娼婦服を魔改造して作らせた、某○リームクラブの歌が上手くてエロい人(何でも教師だとか)のコスチューム。
 太ももどころか腰まで見せるその深すぎるスリットに、黒のストッキングと蝶々結びの紐パンという一撃必殺悩殺コスチューム。
 下着を売るためにというか私が着たかったからなのだが、着ようとした時の四郎や政千代の大反対が。

「南蛮鎧とマント姿で陣取っているあれ(信長)に負けない服が他にあるの?
 なんなら、天鈿女命よろしく……」

「「わかりました。それで結構です」」

 なお、なんで天鈿女命の一言でこの二人が前言を撤回したかというと、引きこもったニート女神様を引っ張り出すためのストリップ以外に、この女神様かなり愉快な事をやらかしていたりするからなのだ。
 あまり詳しく書くと色々まずいのだが、気になる人は猿田彦との出会いの話を調べてみよう。
 凄いよ日本。
 この話、原点『古事記』や『日本書紀』だから、日本古代から未来を突っ走っているよ。
 
 で、かろうじて隠す所は隠れている(という事になっている)私の隣の覇王様は、南蛮鎧に赤マントなんて羽織ってかっぽかっぽとキセルを口に咥えてみたり。
 あと、陸上でその船長帽はどうかと。いや似合っているのですが。これがまた。
 キセルには火をつけてないらしく、南蛮からの献上品であるそれを私に見せつけているだけと見た。
 合戦も終わっているというのに負けず嫌いな奴である。
 まぁ、この手の勝負は外見もはったりの一つゆえ負けられないのは私も同じなわけで。

「左介を使い番に走らせたのに、何故さっさと京に上がって来ぬ?
 待ちくたびれたではないか」

「あんた、近江で戦やってて待ちくたびれたも何も無いでしょうが!」

 たまらず突っ込んでしまったが、信長は楽しそうに笑うのみ。
 そこに一騎の武将が駆けてきて、おべんちゃらを。

「まぁまぁ。
 殿は、姫様が来るのを楽しみにしていたのですぞ。
 それぞ、近江の戦など浅井勢を鬼神のように蹴散らして、疾風のごとくこの地に駆けつけた次第で」

 一城の城主が小姓の仕事奪ってどーするよ。羽柴秀吉。
 信長馬廻り衆の中で、立派な鎧着てそのおべんちゃら聞くとものすごく目立つ。
 しかし、弱兵とか言われているけど、流石に信長の馬廻りは精鋭とみた。
 考えてみると、尾張から付き従っている連中だろうから当然か。
 土地によって兵の強弱というのは確実に存在しているのだが、それを補うだけの経験をこの信長馬廻り衆はしてきているはずなのだ。
 伊達に尾張から畿内を押さえるまで、合戦を繰り返してきた訳じゃない。 
 そんな事を思っていると、ひどく目立つ大男が一人。
 また旗指物が『大ふへん者』って馬廻り衆でひどく目立ちやがる。
 あれ、もしかして前田慶次?
 で、そんなカブキ者を殺さんがごとく睨みつけている長い槍を持っている赤母衣衆って……まさかあれ槍の又左かよ。
 そういえば、漫画じゃ若く描かれていたけど、あの二人同世代なんだよなぁ。
 なお、この槍の又左さん(結婚時21歳)の奥方であるまつさん。
 結婚当時の年齢が12歳だそうで。
 その翌年には娘をこさえていたという、アグネス真っ青な逸話が。
 それを後で知った私の感想が、

「しまった。もう少し早く(ナニを)すればよかった」

 だったりするあたり、まぁいつもの事である。
 話はそれたが、前田利家と前田慶次は前田家の家督をめぐって因縁があって、慶次が出奔していたはずだったが……
 あ、いつの間にか秀吉が下がって利家に話しかけてる。

「どうした又左?
 戦は終わったのだぞ。
 もっとほがらかにせねば客人の姫が怯えるではないか」

「藤吉郎。
 なんであれがここにいる?」

「滝川殿がつけたのだ。
 おかげで姉川で殿の命を救ったので強く言えぬ」

「それで俺を赤母衣衆に推挙したな。
 おやじ殿や三左殿が押すのは分かっていたが、貴様が押したのは腑に落ちなかったのだ。
 難儀なものよ。
 城持ちになっても滝川殿と張り合うか」

「それも少しあるが、まつ殿とねねに一緒に頼み込まれてどうして断れようか。
 お主、俺の立場になって同じ事が言えるか?」

「……悪かった」

 仲いいのか?お前ら。
 何か親友というより、妻同士の仲に引きずられた旦那の腐れ縁というかなんというか。
 とにかくあれが元凶らしいのは間違いないらしい。
 信長の上洛そのものが早まっているから、地味に歴史が変わっているな。
 もしかしてと、信長そっちのけできょろきょろと周りを見ると、いやがった。
 四郎よりちょっと若そうな小姓のようでも馬廻り衆に入っているって事は、あれが掘久太郎なんだろうな。
 黒母衣衆に鉄砲を持って馬に乗っている奴発見。多分佐々内蔵助なんだろう。
 さすが信長馬廻り。
 石をなげたら有名人にぶち当たりやがる。

「何を見ている?」

「あんたの家臣よ。
 いい人間集めているじゃない」

 不審に思った信長の言葉に私は彼を見ずに答える。
 姉川での詳細はこっちにも届いているが、単機脱走なんて落ち武者狩りの格好の餌食だ。
 必死になって、彼ら馬廻りが信長を逃がしたのだろう。
 それが出来る兵が弱いはずが無い。
 うわ。
 いい笑顔で笑ってやがる。この覇王様。

 そんな無駄話でゆっくりと京へ向けて上洛中。
 また魔王様が不意にこんな事をおっしゃった。

「で、だ。
 あの南蛮船をくれ」

 ストレートですね。覇王様。
 最初はそう来ましたか。

「やだ」

「何隻もあるならいいではないか。
 十年で三十隻と堺の商人どもに大見得を切ったのだ。
 わしにも一枚噛ませろ」

 ちっ。
 堺の商人から聞き出したな。

「何であんたに船をやらないといけないのよ。
 こっちの利が無いじゃない」

 まぁ、大嘘なんだが。
 そして、しっかりとそれを信長は見逃さなかった。

「ふん。
 知らぬ振りか?
 大陸や南蛮にまで船を出す貴様が、伊勢湾を無視する訳が無かろう」

 やっぱり突いてきやがった。
 織田家の富の象徴であり、濃尾平野の穀物以上に織田家を支え続けた伊勢湾の海上交通利権。
 これが現在の西国物流網とリンクすればその富は更に大友や毛利、そして織田に転がり込む事になるのだが。

「あんた、分け前三分割で我慢できるの?」

 そこなのだ。問題は。
 彼が目指す天下布武において、大友も毛利も勢力をでかくさせ過ぎた。
 これで、信長が天下人としての地位を確立できるならまだ話は別だが、まだ過程でしかない彼に入れ込む事は家中が賛同しないだろう。
 しかも、その果てに待っているのは領地削減か、明徳の乱の山名か応永の乱の大内のような粛清である。

「構わん。
 貴様にこの日ノ本全てくれてやるわ。
 だから俺の所に来い!
 姫巫女」

 ちょ!
 なにストレート剛速球のデットボール投げてやがりますか。
 ああ、四郎の方から殺気のオーラまで漂っているし、政千代と白貴姉さんが止めに入るって珍しい光景が。
 それに反応して、慶次や又左や久太郎に内蔵助がさり気に刀に手をかけてやがりますし。
 秀吉あたりはフォローに回る為か、こっちに口出しするタイミング計っているみたいだし。
 こんな所で殺し合いなんて真っ平御免こうむるから何とかして話をそらさないと。

「また、日ノ本全部って剛毅に出たわね。
 足利義輝公擁する上杉すら倒せないというのに」

 的確に信長の痛い所をついたらしく、その大言壮語を吐く口元に僅かに歪みが生じたのを私は見逃さなかった。
 実にわざとらしくため息なんかをついて、信長を挑発する。

「とりあえずは、浅井を餌に朝倉の後詰を叩くつもり?
 何年かかるか分からないわよ」

「西が静かなら半年もかからぬわ」

 その信長の負け惜しみなんてこちらは手に取るように分かる訳で。
 頭の中に畿内の地図を思い描いて、信長が取るであろう一手をそらんじてみせる。

「浅井側に朝倉後詰を引き付けて、琵琶湖西側から若狭・越前を突く腹ね。
 先鋒は柴田、それとも丹羽かしら?」

 あ、私の一言で秀吉が固まったって事は図星だったか。
 けど、私を見る信長の視線は、獲物を前に喜ぶ狼のような視線をしているのですが。

「まるで見てきたかのように、我が陣立てを語るか。
 姫巫女のお告げでは、我が戦はどうなるのだ?」

 おーおー。
 この問題解けるなら解いて見ろって顔で睨んでくれちゃって。
 こっちは、あんたが十分チート人間だって事を知っているんだから、遠慮するつもりはない。

「あんたが勝つに決まっているじゃない。
 西はこうして足止めして、東の武田は今川攻撃という奇策で完全に関東に足を取られる。
 徳川支援に、北条と武田の外交関係を破綻させて北条を上杉と組ませて、上杉の主戦線を関東から信越に限定させる。
 で、本願寺をけしかけて北陸一帯で一向宗を蜂起させれば、動員兵数で優位に立っている織田が負ける事はありえない。
 よくこんな非道な策を考えたわね」

「あっはっはっはっは!
 聞いたか!皆の衆!
 霊験あらたかな大友の姫巫女が、我らの勝利を約束してくれたぞ!」

 涙まで流して大笑いしすぎです。覇王様。
 大体、これあんたがけしかけたんだろうが。
 言わなくても顔に出ていたらしい。
 信長が笑い涙を指でぬぐいながらぶっちゃける。

「俺のは精々二番煎じよ。
 お前と毛利公が九州でやらかした戦に比べれば、まだ詰めが甘いわ。
 それに……」

 信長の声が変わった。
 これだから歴史的チート人間はいやなのだ。
 こっちは、精々過去を知っているだけでしかないのに、その過去に気づきやがるんだから。

「貴様があげた策で、西がどう動くが一言も言っておらぬだろう。
 で、どう邪魔する?」

 それを言わせますか。
 今、この場で。
 四郎の殺気が、信長の覇気で吹き飛んだ。
 秀吉が、慶次や又左や久太郎や内蔵助も、四郎や政千代や白貴姉さんまでが私の次の一言を待って息をのむ。
 下手な事を言えば切られる。
 そう思わせるだけの張り詰めた空気が辺りを包んでいたのだ。
 私と信長を除いて。

「あんたの覇道を邪魔するならば、私は動く必要は無いわよ」

 なぜならば、私と信長はただ同じ物を見て、同じ言葉で語っているだけなのだから。
 毛利という緩衝地帯が存在する限りにおいて、私と信長は敵対する事は無いと分かっているからこその会話。

「策を考えるのは私ではなく毛利元就。
 あの西国の巨人は私なんて簡単に弄ぶから、気をつけることね」

「虎に翼を与えた貴様がそれを言うか。
 毛利元就に銭を与え続けて、俺と食い合わせるつもりだろうが、あの老人より俺は長生きするぞ」

 よく分かっていらっしゃる。
 毛利元就の寿命が尽きた場合、手ごわいだろうが結局毛利は織田にとって草刈場に変わる。
 もちろん、吉川元春や小早川隆景の両川は良将ではあるが、毛利輝元が居る以上前線司令官の立場から離れる事は無いだろう。
 つまり、対織田戦が勃発した場合、和戦まで含めたグランドデザインを描くのは私なのだ。
 それを見越して、信長は私に言葉を投げかけている。

「ぶっちゃけると」

「ぶっちゃける?」

「こっちの言葉よ。
 気にしないで。
 ぶっちゃけると、天下なんて要らないのよ。私にとってはね」

 本心から出ている言葉なのは、信長も理解しただろう。
 門司で毛利元就と語り合った時と同じ言葉だ。
 けど、その言葉を聞いた信長は見事なまでにはっきりと不機嫌という顔になる。



「傲慢だな。
 それは」



 しばらくの沈黙の後、不機嫌の極みから出た信長の言葉は私の想定外のものだった。
 傲慢って、天下なんて求めないって謙虚極まりない言葉なのに、傲慢と返しますか。
 目が口ほどに語っていたらしい。
 私の沈黙に、信長が怒鳴る。

「当たり前ではないか!
 応仁の乱から天下は乱れ続け、乱世は何時果てる事無く続いている。
 姫巫女。
 お前は何をしたか理解しているのか?
 西国をその手中に収め、かつての山名・細川・大内を超える大名家を西国に作り出したのだぞ!
 それは、麻のごとく乱れた天下が再び一つになる兆しだ!
 お前が作り出した西国を軸に、各大名家は一つになろうとしているのだ。
 天下は既にお前を選んでいる。
 そこから逃げるな!!」

 その信長の激昂に、私は目をぱちくりぱちくり。
 色々突っ込みたいのは山々なのだが、とりあえず……

「あのさ、あんた私に勝って欲しいの?」

「何を言っているんだ?姫巫女。
 俺は貴様については既に言っているはずだぞ」

 話がかみ合っていないのに、いつの間にか上機嫌に戻っている覇王様。まじわけわからない。

「天下。
 この戦国の世を纏めるに相応しい言葉だと思わないか?
 だが、それは所詮この日ノ本のみの言葉よ。
 それをぶち壊し、南蛮の果てに喧嘩を売ったうつけを知った時、俺は井の中の蛙だったと思い知ったわ」

 ちょ!
 誰よ。このチートに世界の概念を与えた奴はって……私だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!
 絶対、これスペイン人の府内襲撃の事だよね。
 頬が引きつり、嫌な汗が胸元に落ちるのがわかる。
 秀吉が凶器の果てに見た夢、その元になった信長の世界への思いの元が私だったなんて。
 その秀吉も今の話聞いているし。
 いや、この情況は史実よりもっとたちが悪い。
 人身売買で交易路が完成し、スペインに喧嘩を売ってルソン侵攻計画を立て、保険による海洋交通のリスクヘッジを私が打ち出している。
 そう。海外進出については、既に夢物語ではない。
 
「知っているだろう。姫巫女。
 唐、南蛮の果てに広がる天下の事を。
 俺は、この日ノ本だけでなく、この天下の果てまで眺めたいのだ!」

 ああ、やっと信長の言葉が理解できた。
 そりゃ、世界を我が手にするのならば、日本なんてちっぽけなんだろうな。
 そんな私の絶望などまったく気にせずに、信長は私にどどめの言葉を投げつけてくれたのである。



「俺の下に来い。姫巫女。
 貴様が見る天下を、俺が全て実現させてやる」



[5109] 大友の姫巫女 第九十六話 覇王対姫巫女 姫巫女的閨での睦み事 
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/12/02 16:25
 京都に来てからはや一週間。
 珠です。
 え?前回の返事はどうしたったて?
 はぐらかしてそのまま逃げたに決まっているじゃないですか。
 まぁ、この話はおいおいするとして。

 さて、京でのお宿は一条おじゃる丸……もとい一条兼定亭を利用。
 屋敷の建築段階から私が銭出しているんで、大友家の京都滞在施設として屋敷の中に私の別邸をこさえていたりする。
 屋敷の周囲に堀をめぐらし、土塁で囲まれて四隅には櫓を配置。
 家人も多く、彼らの屋敷も周囲に作らせているので、ちょっとやそっとでは攻められない造りになっている。
 このあたりおじゃる丸も腐っても戦国大名をやっていただけある。
 で、二条城に誘う羽柴秀吉の誘いをふりきって一条亭にやってきた訳なのだけど、これも信長をはじめ織田家の軍事行動のおかげだったりする。

「朝倉家が軍を率いて琵琶湖西岸を南下!」

という報告が行軍中に届いてなかったら、私はあの場で覇王にあの問いの答えを言わなければならなかっただろう。
 内心ほっとすると同時に、

「もうちょっと早く来いよ」

 と朝倉軍を心の中で罵倒したのは内緒。
 結果、京まで一緒にやってきた織田軍二万六千は、近江の織田勢を糾合して三万以上の兵を集めて近江国堅田に陣を敷いて朝倉軍を迎え撃つらしい。

 どーでもいい話だが、一条亭到着の夜、四郎はめちゃ激しかった。
 具体的に言うと、次の日もその次の日もしっぱなしで離してくれないぐらい。
 まぁ、あの場での嫉妬の炎が燃えあがったのだろうなと、欲望全て体で受け止めてあげましたよ。
 繋がったままご飯口移しとか素敵駄目プレイとかもできたし。
 ここで、四郎をちょっと見直したのが、やってる時に一言も非難や不安を漏らさなかった事。
 はっきりやせ我慢と分かっているんだけど、それを口に出さないあたり私的ポイント+1だったりする。

 まぁ、信長のあの告白は本気でぐらついたけど。
 あのカリスマある告白は女だったら絶対落ちる。
 男でも落ちる。
 実際落ちかけた。
 あのまま畳み込まれていればやばかったと思う。
 その答えを口に出さず、信長と顔をあわせることも無く京にて一週間。
 あえてその問いを心に封印して、仕事を再開していたりします。

「『ほととぎす なくやさ月の あやめぐさ』
 毎夜毎夜激しいことよのぉ……」

 古今和歌集を使って朝の挨拶から嫌味をぶちかましてくれる輩なんて、この館の主人である一条兼定しかいない。
 なお、この歌の全文は、


 ほととぎす なくやさ月の あやめぐさ あやめもしらぬ こひもするかな


 で、ポイントはかかっているあやめ。
 『あやめぐさ』とは菖蒲の事なのだけど、ぶっちゃけると前の区は後ろの『あやめ』を導く序詞で、『あやめ(文目)』は世の道理とかいう意味を持つ。
 つまり、

 (ほととぎすが鳴いて、あやめが咲き誇る)春先にもかかわらず、ものの分別のつかない恋をしているなぁ。

 という訳になる訳で。
 鶴姫という正妻がいるのに愛人といちゃついている四郎の事や、その愛人に堂々と告白しやがった信長や、そんな状況を作ってしまった愛人である私を見事にぶった切る皮肉歌に化けているのである。
 このあたり、日本の宮廷文学は本当に奥が深い。

「『かりにはあらず 契りしものを』。
 こればっかりは……ね」

 この私の返歌の前に、この歌遊びそのもののルールから説明しないと分からないと思うので、ちょっと説明する。
 歌――短歌――というのは、五・七・五、七・七によって構成され、五・七・五を上の句、七・七を下の句と呼ぶ。
 で、私と一条兼定のやった歌遊びだが、兼定は上の句しか言っていない。
 つまり、下の句を私が返す事で一つの歌を作るというゲームである。
 このゲーム、ここからが肝なのだが、意図的にルールが曖昧化されている。
 真面目に上の句の歌を継いで下の句を返してもいいし、今回みたいに省略された下の句の意味を読み取って、その返歌を上の句を省略した下の句で返答したりする事もOK。
 当然、できあがった歌のレベルを図る見方と、隠語で意味をやりとりする見方があり、恐ろしく高度な言葉遊びであり、読み手の知識とセンスを問われるゲームだったりする。

 で、新古今和歌集から返した私の返歌の全文は、


 春行きて 秋までとやは 思ひけむ かりにはあらず 契りしものを


 ポイントは『かり』で、『雁』と『仮り』をかけている。
 歌の訳は、

 春に去って、秋に戻るとは思わなかったけど、そんな(長く間を空けてしまうような)雁のような、仮の関係じゃないから。

 四郎(肉体的)とも信長(政治的)とも長い付き合いになると返すあたり、わたしも中々都合のいい女である。
 で、一条兼定と私の歌を足すとこうなる。


 ほととぎす なくやさ月の あやめぐさ かりにはあらず 契りしものを


 ほととぎすが鳴いて、あやめが咲き誇る春先から、雁がやってくる秋まで貴方と愛し合いたいのに。

 アラ不思議。
 歌としてはあまり出来はいいものではないが、ちゃんと求愛歌になっていたりするのである。
 冬どうするんだろう?この歌?
 歌った私が言うのもアレなのだが。 

「で、宮中の方はどうよ?」

 朝の雅かつ嫌味な挨拶も終わったので本題に入る。
 湯浴みして、香をたいて、着物を着ての挨拶だから、既に昼に近いという事は言わないように。
 一条兼定は優雅に扇を開き、庭の池を眺めながらため息をつく。

「駄目でおじゃる。
 三好の一件もあって、宮中は皆様子見を続けて動こうともせぬ」

 朝廷に蠢く公家にも格というのがあり、頂点に立つ摂関家を筆頭に、清華家、大臣家、羽林家、名家、半家と分かれる。
 さて、ここで問題。
 この一条おじゃる丸は何処に入るでしょう?
 実は摂関家なのだが、兼定自身はそれを自由に扱えない状況になっているのである。
 これも複雑怪奇な理由がありまして、
 まず、兼定の祖父に当たる一条房冬の弟一条房通が一条家を継いでいる。
 で、現在一条家の主は房通の次男で、兼定より五歳年下な正二位権大納言一条内基なのだが、子がいなかったりする。
 そんな時に、土佐でがんばっていた一条兼定が一族を連れて大友のバックアップつきで京に帰還。
 その金と権力(もちろん私が画策したのだが)によって、兼定の子供の一条内政が一条家を継ぐように仕向けていたりする。
 まぁ、こうして一条家乗っ取りは成功したのだけど、兼定自身は一条家の分家格で、従三位左近衛中将でしかない。
 それでも朝廷工作においては申し分ない格ではあるのだが、今回のように外部勢力が二派に分かれた状況で動くにはちと心苦しいのもあったりする。
 遅滞工作をかましてくれているのが、足利義昭というのがまた……。
 彼は京都に帰還後、関白二条晴良と組んで上杉輝虎と面識がある前関白の近衛前久を追放していたりする。
 朝廷内の上杉(足利義輝)勢力の粛清と、一条(つまり大友)に対する見せしめだ。
 関白と征夷大将軍のタッグは、代替わりで官位が低い一条家にはかなりきついハンデとなる。
 それで、私や小早川隆景が呼ばれた訳なのだが、野田・福島での三好三人衆を蹴散らした信長の勢いに押されて状況の改善には繋がっていない。

「そういえば、小早川殿が今日こちらに来るんだっけ?」

 私の問いかけに、何やら考え込む一条おじゃる丸はぽんと手を叩く。

「そう言う事を家人が言っておったような」

 もっと早く言えよ。そういう事は。

「姫。
 よろしいでしょうか?」

 そう言って現れたのは、ついさっきまで繋がっていた四郎なのだが、昼に見ると凛々しい若武者なのが素敵。
 おじゃる丸も、

「まるで平家の公達武者のようじゃ」

 と褒めてくれたのだけど、それ微妙に褒めていないような。
 たしかに水軍を抱え、厳島への信仰著しい毛利を平家になぞられるのは当たってはいるのだが、壇ノ浦で滅ぶとおっしゃいますか。あーた。

「何?」

「小早川殿と共に安国寺殿も来られるとか。
 つきましては、臼杵殿と共に話がしたいらしく」

 その時の四郎の視線に何かを感じた私は、軽く頷いて口を開いた。

「いいわ。
 一条殿、宮中へはお任せします」

「よかろう」

 億劫に頷いた一条兼定に挨拶をして私は四郎と共に部屋を出る。
 人目がなくなったのを確認してから、四郎がぽつりと本題を切り出した。

「先ほど、毛利の間者から連絡が。
 備前明善寺の合戦において、毛利・三村軍が浦上軍によって大敗したと」

「なんですって!」

 明善寺合戦っていうと、宇喜多直家唯一のガチ合戦だったような気がするが、三村軍だけでなくて毛利軍まで出して大敗って何よ?
 流石にこれ以上はうかつな事は聞けないので、閨にすっ飛んで行って詳しい話を聞く。
 まぁ。裸で繋がって、耳元で囁く様に話しているのはご愛嬌。
 間者がいても、別の声で聞こえないだろうし。

 で、詳細を聞いたはいいが、頭が痛くなるような惨さで本気でため息が出る。
 三村家親を討ち取られた三村家の弔い合戦という事もあって、毛利も本気で介入を決意。
 毛利輝元率いる毛利軍二万を含めた四万の軍勢にて、備前になだれ込んだという。
 ところが、これがそもそもの失敗の元だった。
 三村家主導の敵討ちという大儀が、毛利の侵略戦という大儀に化けてしまい、前線司令部が三村元親と毛利輝元の二つに分かれてしまったのだった。
 また、毛利の次期当主を危ない目に合わせられぬという名目(もちろん、本音は三村の戦に毛利が出てくるなという三村側の拒絶である)で、輝元および毛利軍は備中高松城に待機してついに戦に関わらずじまい。
 逆に、毛利の援軍まで含めた浦上側は四万という大軍に驚き、総動員をかけて一万五千ほどの兵を集めて迎撃する事に。
 合戦そのものは、明善寺山を攻めた三村軍二万とそれを迎撃した宇喜多軍五千で行われ、背後の毛利輝元に気を使い戦意が低い備中国衆が、地理を知り戦意も高かった宇喜多勢に蹴散らされる。
 しかも、謀将よろしく三村軍に偽りの降伏をした岡山城主金光宗高と中島城主中島元行、舟山城主須々木豊前守を寝返らせ三村軍の背後を叩くという容赦のなさぶり。
 かくして包囲下にとじこめられた三村軍に、追い討ちとなる浦上宗景率いる一万の援軍が宇喜多軍に到着。
 前線の三村軍と連絡が取れなくなった毛利輝元が慌てて出陣してきたら、既に三村軍は総崩れでこれに毛利軍まで巻き込まれるという情けなさ。
 この合戦で、毛利・三村軍は五千の将兵を失い、三村元親・庄元祐・三村元範・植木秀長・中島加賀守をはじめ、三村家の一門譜代諸将の殆どが戦場の露と消えるという凄まじさ。
 一戦もせずに撤退した毛利軍によって、浦上軍の備中侵攻という事態は無くなったみたいだけど、何?この耳川合戦。
 聞き終わった後の徒労感と、何か四郎とやっていた快感のほどよいブレンドに身を委ねながら、私はため息をつく。

「こっちに向かっている兄上が、軍監としてついていればこんな無様な様を見せる事はなかったと思うのですが……」

 四郎の呟きに私も頷く。
 彼の兄である小早川隆景が輝元についていれば、こんな醜態にはなっていなかっただろう。
 いや、彼がいなくても四郎が毛利輝元についていれば、この失態は防げたはずである。
 毛利の三の矢と隠し矢まで京に持ってきてしまった、己の失態であり、弄くりまくった歴史の手痛いしっぺ返しに私も苦笑するしかない。

「何がおかしいのですか?珠?」

 閨の睦み事だから、四郎は私の事を名前で呼んでくれる。
 四郎の上で深く繋がったまま、私は微笑みながらその問いに答える。

「別に。
 ただ、天下って思い通りになるものじゃないなって思い知っているだけ」

 信長はそのあたりをどう思っているのだろうか?
 人生には無数の困難があり、恥辱と後悔にまみれる失敗がある。
 そして、それらと折り合いをつけてゆくのが人生だと思っていたが、彼はどうやらその全てをねじ伏せる気らしい。
 その果てが本能寺であっても彼はその選択を止めぬし、後悔しないのだろう。

「姫さん。
 やってる?」

 そう言って入ってきたのは白貴姉さん。
 御簾越しとはいえ、影や臭いで何をやっているか分かるのだろうが、そこはトップクラスの遊女ゆえ顔色一つ変えない。
 まだ、政千代あたりは真っ赤になって恥ずかしがるのでからかいがいがあるのだが。

「堅田の織田軍が兵を引いた。
 比叡山に篭るみたいで門徒と揉めているわ」

 はい?

「えっと、もう一回、織田軍が何処に篭るって?」

「だから叡山。
 あっこの娘達、うちと知り合い多いから間違いない情報よ」



「あははははははははははははっ!
 何よ!この素敵な世界っ!!
 全然思うとおりにならないじゃない!!!」



 四郎や白貴姉さんには分からないだろうな。
 この歴史の皮肉は。
 あの信長率いる織田軍が、比叡山に篭って朝倉軍と対峙するですって?
 信長。あんた気づいている?
 あんたが果てまで眺めたいと言っている天下は、この日ノ本だけでこれだけの顔を見せてくれている。
 天下が私を選んだ?
 そんな訳ないじゃない。



 私もあんたも、天下に遊ばれているのよ。



「ちょ、姫さんどうしたのよ。
 そんなに狂ったように笑って。
 四郎殿。まさかやり過ぎて壊した?」

「白貴太夫、失礼な事言わないでください。
 むしろ私が討ち死に寸前で……」

 何か失礼な言葉が耳をよぎったが、気にする事無く涙まで流して、私は四郎の上で繋がったまま笑いごろげたのだった。



[5109] 大友の姫巫女 第九十七話 覇王対姫巫女 叡山篭城顛末 
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:af51e2cf
Date: 2009/12/09 12:48
 第一次信長包囲網。
 こう歴史に呼ばれる事になる足利義輝派諸大名の攻勢は、姉川での敗戦にも関わらず三好軍の天王寺崩れによって足利義昭派の畿内優勢が確立しつつあった。
 この第一次包囲網最後の合戦とその包囲網の破綻を決定づけたのが比叡山籠城であり、後の史書に「生涯で最大の危機」と言わしめるほど信長を追い詰めた籠城戦は一本の矢を放つ事無く、一人の死傷者も出る事無く終わった。


 堅田に集結した織田軍は三万。
 とはいえ、大半が三好側から寝返った軍勢であり、馬廻りをはじめとするあてになる戦力は長躯機動で人馬とも疲れきっていた。
 対して、和邇に集結した朝倉軍は物見の報告によると一万五千を数え、先の姉川合戦で奮戦した朝倉景紀が率いているという。

「俺は何度も負けてきたが、『これは駄目だ』と思い知った戦が三つある。
 まぁ、その内の一つはこの間の姉川なんだが。
 上杉輝虎はどの時にどの行動をすれば相手が嫌がるか知り尽くしているのだろう。
 お主等、寡兵で戦も終わりかかっている時に姉川を渡れるか?」

 織田軍の羽柴秀吉の陣内にて酒を飲みながら、山中幸盛は楽しそうに語る。
 この男、織田家に流れ羽柴秀吉の配下となってから飛ぶ鳥を落とすがごとく功績を積み上げている。
 中でも、竹中半兵衛と共に姉川合戦での羽柴隊崩壊回避を主導し、その後の織田軍の殿として大活躍し織田信長自身からも賞され、

「俺の馬廻りに来ないか?」

 と、誘われたが、

「それがしの旗は尼子と、拾っていただいた羽柴の旗のみで」

 と断った経緯もあり、羽柴家でも弟秀長、軍師竹中半兵衛に継ぐ発言権と影響力を持っていたのである。
 合戦前の暇な陣中でそんな彼の話を聞こうと、仙石権兵衛や掘久太郎などの若侍だけでなく、前田利家や前田慶次、佐々内蔵助も来ていたりする。
 山中幸盛は、西国でも十傑に入る名将四人と戦って負けて、かつ生き残っている。
 それを自嘲気味に語るが、負けたがゆえに見える戦の真理や兵の動かし方など聞き手にとって得るものが沢山あるので、いつの間にか彼の周りには人が絶えないのである。
 なお、その山中幸盛の隣で女中姿の井筒女之介が皆に酌をし、侍達の告白を悉く断っていたりするのはまぁご愛嬌という事で。

「月山富田城での合戦で、毛利の両川、吉川元春と小早川隆景を相手にしたが、その時の二将?
 そうだな。吉川勢は何よりどの状況下でも旗指物が揺らがない。
 完全に兵を掌握している証拠だ。
 ところが、小早川勢は戦場では吉川勢よりはるかに勇猛で、大将自ら攻めてきていたりする。
 あれで、両川というのは文の小早川と武の吉川というのだから不思議なものだ。
 だが、一番怖いと思い知ったのはあの両川を率いる毛利元就だな。
 勝ち易きに勝つを心がけているから、俺がどれだけ奮戦しても結果として城は落ち尼子は滅んだ。
 再興を目指しているが、あれが生きている限り易しくは再興させてはくれぬよ」

 なんて話を披露していたりするから酒の席も楽しくなるというもの。
 らんらんと目を輝かせて仙石権兵衛が次の話をねだる。

「山中殿。
 今度は九州三将の話を是非」

 九州三将というのは、近年九州で起こった合戦の中で講談や絵巻物になって人々の口に上るようになった、

 太刀洗・水城合戦の鍋島信生
 戸神尾合戦の島津義弘
 小金原合戦の戸次鑑連 

 の三人の事を指しており、この内鍋島信生と戸次鑑連の二将と戦って負けたとはいえ、山中幸盛は生き残ったのである。
 今、彼の周りで酒盛りをしている連中は、彼の話から実になる所を取り出して自分の糧に出来るだけの技量を持っていた。

「島津殿は勘弁してくれ。
 流石に自ら刀を合わせた事がない将を語るわけにもいかぬ。
 そうだな……
 鍋島信生は、孫子の『疾如風』そのままだな。
 いつの間にかそこにいて、そしてそれが勝ち負けに繋がっている。
 やつに何度も勝ちを邪魔された身とすれば、あまり褒めたくはないがな」

 よほど堪えたのだろう。
 鍋島信生の事を語る時の山中幸盛の顔は痛々しさを隠しきれていなかった。

「では、戸次鑑連殿は?」

 掘久太郎の合いの手に答える山中幸盛の顔は、すがすがしいぐらいの笑みが広がっていた。

「勝てぬよ。
 あれからひたすら考え、夢の中ですらかの将と戦ってみた。
 だが、どのように戦っても、それに応対していつの間にか我が方が負けているのだ。
 そう思わせるだけの何かを、戸次鑑連は持っている」

 あの全てを失った小金原合戦を何度も何度も脳内で想定して合戦を行っても、一勝とて戸次鑑連から奪えていなかった。
 そう思わせる経験や、戦績が巨大な幻想として山中幸盛を捕らえているのだが、この捕らえ所のない疑心暗鬼こそ戸次鑑連の強さの源でもあった。
 そして、その疑心暗鬼を現実に変えるだけの将才に、彼の指揮に応えられる兵達。
 それを小金原合戦でいやというほど見せ付けられていただけに、彼の言葉には重さがあった。

「分かるか?
 戸次鑑連はあの一戦で全てを終わらせる為だけに、本陣を危険に晒して見せた。
 こっちが食いつくのを分かっている上でだ。
 こちらの出方を読み、我らをその場所に誘導させて、大筒と鉄砲の一斉攻撃で我らを潰して見せて、我らの壊滅を見せ付けて残りを完膚なきまでに潰した。
 あのまま本陣を晒さずに戦っても勝てたのは間違いない。
 だが、宗像本陣など少なくない兵が逃げ出して戦が長期に長引くのを避けるが為の策、戦の先まで考えている」

 そこまで語った山中幸盛ははっきりとした羨望のまなざしで夜空を見上げた。

「後で女之介から聞いたのだが、大友義鎮は戸次鑑連については戦の全権を任せているそうだ。
 あの珠姫すら豊後から出る事無く、兵糧を荷駄で戸次鑑連に届けるのみ。
 『戸次鑑連が負けるようなら仕方ない』。
 あの二人は府内でそう言ったらしいぞ。
 武人として、将として、これほどの評価は無いだろうよ」

 語り終えて淡々と酒を飲む山中幸盛に、皆押し黙る。
 そんな沈黙の中、餓鬼が悪戯をするような笑みで前田慶次は尋ねる。

「では、山中殿の手勢に我らがいた場合はどうか?
 それがしこと前田慶次なら、一騎で戸次鑑連の首を持ってきてみせる所存」

「ふん!
 貴様ごときで戸次鑑連の手勢を抜けるとは増長も華々しい。
 山中殿。
 貴殿の指揮下に前田利家も入れて頂きたい。
 戸次鑑連の手前で山中殿を止めた高橋鎮理程度ならそれがしで蹴散らしてご覧に入れよう」 
   
「そして、両者とも最後鉄砲で射抜かれるだろうよ。
 お前ら、山中殿の話の何を聞いておったのだ。
 あの場に必要だったのは我が佐々内蔵助であり、それがしの鉄砲で戸次鑑連を射抜いてみせよう」

 皆、酒が入っていい加減で口も回っている。
 まぁ、酒の席での武功自慢なんてこんなものなのだが、山中幸盛も彼らの戯言を聞きながら楽しそうに酒を飲む。
 横道正光や秋上久家と同じように騒ぎながら酒を飲んだ事を思い出しながら。

(あの戦、小金原合戦を羽柴殿や織田信長様が率いていればどうなっただろうか?)

 ふと思ったそれを山中幸盛はそのまま酒と共に飲み込んだ。
 この陣の主である羽柴秀吉は信長の本陣に呼ばれてまだ帰ってきていなかった。



「解せませぬな。
 彼らが落された横山城の後詰だったのは分かっている。
 ならば、何故浅井家の小谷城に入らず、越前にも帰らずにここにいるか?」

 織田信長本陣で行われている軍議の席で、実に白々しく質問をする松永久秀の台詞に諸将は誰も続かない。
 いや、続きたくても目の前にいる織田信長の怒気に押されて誰も口を開けない。
 そんな中で陽気な声をあげて場を盛り上げるのは羽柴秀吉しかいない。

「朝倉軍が浅井家の後詰で兵を集めていたのは事実。
 ですが、我らが横山城を早く落し、三好三人衆に向かったので京を狙ったかと。
 寡兵で殿と公方様が京を出られたのが好機に見えたのでしょう。
 何しろ、朝倉家は上杉家と組んで足利義輝公を奉っておりますからな」

 羽柴秀吉の分析に諸将は頷く。
 そして、中央の地図に目を向けるが、相手である朝倉軍は動こうともしない。
 小競り合いどころか、挑発しても黙っている始末。

「押し切りましょう。
 兵は我が方が多い。
 押しつぶしてしまえば、そのまま近江浅井領全て平らげられますぞ」

 宇佐山城主森可成が考えるのも面倒とばかり、強硬論を主張する。
 後詰である朝倉軍の崩壊は、近江の浅井家をはじめとした朝倉従属大名の離反を狙えるし、京都を足利義輝側勢力圏から遠ざけて安全地帯に持ち込めるメリットがあった。
 だが、その魅力的な提案を羽柴秀吉が否定する。

「ですが、既に兵糧が底をつきつつあります。
 これ以上の対陣は無理かと」

 諜報官としての側面と同時に内政官として織田家に地歩を築いていた秀吉は、朝倉景紀の狙いをほぼ正確に見通していた。
 姉川合戦から始まった一連の戦闘で織田軍は数万の兵を数ヶ月に渡って動かし続けている。
 ましてや、今回率いている元三好側将兵の兵給も面倒見なければならなくなったために、織田軍の兵給線は破綻寸前にまで追い込まれていた。
 織田家がいくら豊かな濃尾を押さえているとはいえ、三万の将兵を食わせる兵糧を近江の琵琶湖西岸まで持ってくるだけの力は残っていない。
 それを秀吉は既に信長に伝えているし、森可成も分かっていた。
 つまり、二人の応答は諸将に対して現状を認識してもらう為でしかない。
 攻めるか引くかは、全て中央で対峙している織田信長の手に委ねられている。

「朝倉は、何処から兵糧を得ている?」

 武田の飛騨攻略の支援に出て損害の少なかったゆえに、ここまで引っ張られた丹羽長秀が呻く様に呟く。
 姉川合戦で壊滅的打撃を受けた柴田勝家隊はまだ再編成が終わらず、観音寺城に残して近隣の警備をさせざるを得なかったのだ。
 丹羽長秀の呟きに答えたのは松永久秀で、楽しそうに朝倉の兵糧の種明かしをする。

「若狭から買っているのでしょう。
 九州米を」

 その一言が織田信長の顔を更に険しくしているのを分かって、実に楽しそうに松永久秀は言ってのける。
 この時期、九州から流れてくる米は不作知らずで、日本海航路を中心に京に安定供給されていた。
 京への物流の道は二つあり、一つは若狭から近江琵琶湖水運を使って京へ。
 もう一つは、瀬戸内海から淀川を遡って小椋池から京への二つである。
 淀川ルートは瀬戸内海を押さえていた毛利の力が強く、大友は近江国友の鉄砲を欲して若狭側のルートを整備し、隠岐水軍を使って鋼と共に米を運んでいた。
 そして、若狭湾最大の港である敦賀港を領地に含む朝倉景紀は、そのメリットを知り尽くしている。
 なお、数ヶ月前に成立した大友毛利連合によって、京への物流はこの二家が独占している。
 大友領の米は朝倉に流れ、織田の物流で瀬戸内海を通す物は毛利の船で運ばれていた。
 こうして対峙しているだけで、両家に笑いが止まらないほどの富が転がり込んでゆくのを、織田信長はいやでも自覚せざるを得なかったのだ。 
  
「このままでは先に飢えるは我ら。
 ここは和議を結び、兵を引くべきかと」

「いかにも。
 三好の戦から続けての戦で、既に兵の中に里心つく者もおる」

 ここぞとばかりに三好側から寝返った池田勝正と伊丹親興が和議を提案する。
 彼らにとってこの戦で得る物は何も無いだけに士気も低いし、兵糧も尽きて織田軍から借りる始末。
 だが、織田信長は口を開かない。
 この軍議の直前に急報が飛び込み、事態の急変とこの対陣の理由を突きつけたからである。


「油坂峠より朝倉軍が美濃を襲撃!
 岐阜城を目指しています!
 朝倉軍の馬印の中に斎藤龍興の旗もあり!!」


 美濃と越前国境に当たる油坂峠は交通の要衝でもあり、かつては朝倉宗滴が兵を率いて攻めた事もある侵攻路でもあった。
 もちろん、信長とてこの要衝を軽視していたわけではない。
 だが、姉川合戦で打撃を受けた美濃衆を率いて横山城を落したばかりで、織田軍の主力はまだ近江に留まっている。
 そして、摂津の三好三人衆を退ける為に信長自身が突出して敵を蹴散らしたのは、彼と彼の馬廻りしか自由に動ける手駒が無かったからである。
 その報告を聞いた信長自身が姉川など比べ物にならないぐらいの死地にいる事をいやでも自覚していた。

(どっちだ?
 姫巫女と毛利元就……あるいは両方か?)

 この仕掛けが上杉輝虎では無く、毛利元就もしくは大友珠の仕掛けである事を信長はいち早く看破した。
 何しろ、姉川合戦で蹴散らされた経験があるだけに、上杉輝虎がこのような搦め手で攻めるとは思えない。
 戦場で全てのけりをつけられるだけの軍事的才能があるがゆえに、戦略を無視できるのが上杉輝虎という男だと織田信長は思っていたし、餌をぶら下げて敵を袋小路に追い込む様子は厳島合戦の毛利元就の常套手段でもあったからだ。
 そして、信長の読みは正鵠を得ていた。
 京都には毛利元就の最も優秀な教え子である小早川隆景と大友珠が滞在していたのだから。 
 この二人のコンビーネーションプレイは辛辣を極めていた。
 前世知識と日本地理という凶悪極まりない知識を持っている大友珠が情況を分析し、小早川隆景が偶発的情況を即興で親譲りの致死性の罠に変えてゆく。
 この二人がした事は、たった二つでしかない。
 珠が本国に文を書き、若狭・越前への米の安定供給を博多商人達に頼んだ事と、畿内でくすぶっていた斎藤龍興に接触して朝倉景鏡の元へ走らせた事のみ。
 たったこれだけである。
 だから、京の警護と二人の監視をしていた羽柴秀吉の配下も見逃してしまったのである。

 
 そう。
 朝倉家の内部が朝倉景鏡派と朝倉景紀派の二派に分かれていた事を知っており、姉川合戦で失脚した朝倉景鏡の所領が油坂峠に隣接する大野郡である事を知っているのならば。
 朝倉景鏡が失脚から巻き返しを図るぐらい野心が強いことを知っているのならば。
 斎藤龍興が今だ反信長に燃えている事を知っているのならば。
 特に、朝倉家当主朝倉義景が内政家としてはともかく、大名として朝倉家の内部統制ができないという事を知っているのならば。
 摂津や近江の戦で美濃の織田軍が一時的に出払ってしまっている事が分かるのならば。
 大名独裁体制を確立している織田家において、織田信長を孤立させるという事が何を意味するか分かっているのならば。
 これだけでいいのだ。 


「多方向から攻撃を受けた信長は、それを各個撃破せざるを得ない状況に追い込まれているわ。
 だから、それをさせない為に多方向『同時』攻撃に切り替える必要があるの。
 そして、大将である信長の動きを封じ込める。
 厳島よ」

「彼にとっての宮尾城は京都。
 なるほど。
 どちらかといえば、姫のお父上が企んでいた大内輝弘の長門上陸の方が近いのでは?」

「分かる?」

 そんな会話が京都の一条亭で行われていた事を織田信長は知らない。
 既に織田信長はこの地からの撤退を決意している。
 問題は、このまま兵を引いた後での朝倉軍の追撃をかわしきれるかという事。
 既に細川藤孝に命じて朝廷和議の段取りを作るように命じている。
 問題は、その朝廷和議が整うまでの時間が足りない。
 兵糧は近く枯渇するし、飢えた兵で戦える訳もなく、それが京の治安悪化に繋がったら政治的致命傷を負いかねない。
 中山道を確保したのはいいが、琵琶湖の水運はまだ織田の影響下に従っていない。
 兵を引くのは構わないが、その為には現在対峙している朝倉軍二万が京を落さない事が絶対条件である。

「宇佐山城に引くぞ」

 その信長の声に降将達は安堵のため息をつき、信長の家臣達は撤退戦の事を考えて真っ青になる。
 士気も低く、内応の可能性すらある降将達に殿を任せられる訳が無い。
 そして、宇佐山城は落ちると京まで防ぐものがない最終防衛線でもある。
 兵糧に不安があり、士気と忠誠に不安がある現在の織田軍をそこまで後退させ、同時に摂津や和泉の諸将を帰して最精鋭のみで防衛する腹積もりだった。 
 だが、その構想に異を唱える将が立ち上がった。

「後退することにおいては依存はござらぬ。
 じゃが、宇佐山城のみに背後を任すのは不安が残る。
 いかがであろうか?
 宇佐山城に退くのではなく、別の場所に陣を移すというのは?」

 実に楽しそうな笑みを浮かべて、松永久秀は淡々と抑揚のない声で信長に語りかける。
 声とは裏腹の笑顔がたまらなく信長を不快にさせるが、それぐらいで案を持つ者を切り捨てるほど彼はうつけではなかった。
 その沈黙を肯定と捕らえた久秀は、実に楽しそうな声で続きを口にする。

「特に問題なのは兵糧。
 これが足りるのならば、朝廷の和議斡旋まで時間が稼げます。
 それだけの米を蓄えており、宇佐山城の後詰の位置にちょうどいい場所があります。
 そこに兵を退くのです」

 松永久秀が何を言っているのか分かった諸将が、悪魔を見るような目で彼を見つめるが、松永久秀は澄ました顔でその場所を言ってのけた。


「比叡山延暦寺」


 と。



[5109] 大友の姫巫女 第九十八話 覇王対姫巫女 毛利的喧嘩の買い方 
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:7bfeb34b
Date: 2009/12/17 14:30
 京都一条亭の櫓の一つで月見の宴が催されていた。
 本来なら公家らしく月を眺めつつ歌を詠み、その風流を楽しむ所ではあるが、今回の宴の客人達は誰一人として月を見ていなかった。
 のんびりと満月を眺めながら、歌を読もうと思った一条兼定がその試みを断念せねばならぬほど、客人達は殺気だっていたのでる。
 今日の月見の宴の客人は、細川藤孝と小早川隆景に松永久秀の代理として呼ばれた本多正行。
 なお、珠姫は呼ばれていない。
 病で伏せっているという名目で休んでいるが、彼女が出ない事で黒幕が誰かを教えるためでもある。

「織田が叡山に篭ってから数日。
 本国美濃はかなり大事になっているとか」

 まずは部外者顔で小早川隆景が先制パンチを繰り出す。
 それに細川藤孝は顔には出さず、用意していた文句をすらすらと口に出した。

「近江に出していた軍勢も帰りつつあるし、尾張や伊勢より後詰が動いておる。
 まもなく、美濃から朝倉勢を駆逐したと届くであろう」

 嘘はついていない。
 事実、国力差を考えたら朝倉軍の美濃侵攻は失敗する事が分かっている自殺行為にしか見えない。
 裏が無いならば。

「ほぅ。
 その織田勢が退いた近江横山城に、浅井勢が襲い掛かっていると聞くが?」

 隠していた事実をあっさりと小早川隆景に言われて、細川藤孝の顔に動揺が走る。
 織田信長を叡山に追い込み、本国美濃が混乱して兵を返している情況で浅井勢が動かない訳が無かった。
 なお、叡山に退いた織田軍に朝倉軍は追撃どころか和邇から動こうともせずにじっとしている。
 それが無言のプレッシャーとなって信長の帰還を許さない。

「小早川殿。
 細川殿をあまり追い詰めるでない。
 麿がこうして場を貸したのは雅な話ができればとの事ゆえ。
 そんなに殺伐としていれば、歌もいいものができまいて」

 一条兼定が扇子を仰ぎながら小早川隆景をたしなめる。
 その様が実に雅になっているのだが、それには目も留めずに細川藤孝は一条兼定に食ってかかる。

「一条殿。
 お聞きするが、織田と朝倉の和議を留めたのはいかな理由か?」

 朝廷の和議勧告を朝議で討議しようと細川藤孝や足利義昭が動いても、公卿達はのらりくらりとかわすばかり。
 彼らの話の前に、一条兼定と小早川隆景が銭と共にこう囁いたからに他ならない。

「叡山にまで追い詰められている織田殿ばかりにいい顔を向けていて良いものか?」

 と。

「これはしたり。
 関白二条殿は何故か毛利輝元殿の官位について朝議をお開きにならないとか。
 それと同じ事が起こっただけではなかろうか?
 なにしろ、麿のみで朝議が動くとも思えぬしのぉ」

「……」

 ほっほっほと雅に笑う一条兼定の後ろでガンたれている小早川隆景によって、これが毛利輝元任官問題の意趣返しであることを否応無く細川藤孝は理解したのである。
 細川藤孝の頬を冷や汗が伝う。
 この段階での大友毛利連合の敵側への加盟は織田信長や足利義昭にとって悪夢に等しい。
 今更ながら足利義昭が誰に喧嘩を売ったのか思い知り打開策を考えている最中に、今度は陪臣ゆえ宴席の端で控えていた本多正行に小早川隆景が声をかける。

「本多殿にお聞きするが、叡山籠城は本多殿の主の策とか?」

 既に叡山近郊に展開した織田軍は、摂津や三好勢から寝返った連中に帰国許可を与えて兵を返している。
 結果、宇佐山城に森可成の千が篭り、叡山近隣に信長本陣と松永勢・羽柴勢の合わせて一万二千が展開していた。

「はっ。
 盟友である織田殿をお助けせんと申し出たのですが、叡山の門徒と揉めており陣がまだ完成していないていたらく。
 なんとか門徒を説得できぬかと頭を悩ます次第で」

 その報告をする本多正行の顔は暗いそぶりなどまったくない。
 叡山本体への入場を拒まれているからであり、彼らの持つ兵糧徴発も難航していた。
 元々朝倉とも仲が良く、織田の事を成り上がりと蔑視していた叡山門徒が素直に従うわけが無い事を、誰よりも一番彼の主である松永久秀が知っていた。
 にも拘らず、彼は叡山に織田軍を導いた。

「そういえば、それがしの義妹になる姫がこちらに来ているのですが、かの姫は叡山とも繋がりの深い宇佐で巫女をしているとか。
 何かお手伝いができるのやもしれませぬな」

 宇佐八幡宮は天台宗である六郷満山を抱え、敷地内に弥勒寺を抱える神仏混合の由緒古い社である。
 その姫巫女である彼女は経典にも詳しく、彼女に説法で勝てる僧がいないほどの仏教にも詳しかったりする。
 だから、宇佐で学んだ僧の多くがこの叡山にやってきていたりする。
 そんな姫巫女と叡山の繋がりを久秀が知らぬ訳が無い。

「それはありがたいが、その姫にお返しができぬと我が主なら言うでしょうな」

 実に楽しそうに本多正行が笑う。
 その笑みに細川藤孝はいやでも気づかざるを得ない。
 だが、細川藤孝に更なる衝撃が襲う。

「ならば、そのお返しは麻呂が用意しようかのぉ。
 実は、姫を養女にと考えておっての」

 一条兼定がほざいた戯言がどれほどやばい事かを細川藤孝は即座に理解した。
 一条兼定の母は大友義鑑の娘、現大友家当主義鎮の姉に当たる。
 つまり、珠姫から見れば一条家というのは親戚だったりする訳で、一条兼定がほざく一条家の養女という事は一条本家乗っ取りが成功している現在において、彼女の身分が摂関家に順ずるという扱いを受けざるを得ない。
 一条家つまり、大友側の調停工作が失敗しているのは、一条家の代替わりで官位がまだ低い事が最大の理由である。
 それを覆すとんでもない手を一条兼定は言っているのだった。 
 現在の珠姫の公的身分は、外従五位下宇佐八幡禰宜という神職である。
 神職でかつ女ならそれほど怖くない。
 何より外位の頂点は珠姫が今ついている外従五位までだ。
 だが、これに摂関家という身分触媒が加わるととんでもないものに化ける。
 准后の可能性が出てくるからであり、もちろん一条兼定はこれを狙っているに違いない。

 准后とは、太皇太后、皇太后、皇后の三后(三宮)に准ずるという意味を持つ称号で、宣下されると臣下でありながら皇族同等の待遇となる公家の頂点の位の一つである。
 これのやばい所は、経済的に優遇する目的で天皇の夫人、皇族、公卿、将軍家、高僧(<ここ特に重要)に与えられる事で、宇佐八幡宮は弥勒寺という寺まで抱えていたりする。
 そして、足利義満以降義昭に至るまで足利将軍に准后が宣下されている。
 足利将軍と同位に上がる事は、将軍家分裂の現状において更なる権威失墜を招きかねない。

「じゃが、九州の地より姫を京に住まわせるのもあれなのでな。
 立ち消えになったところよ。
 春の月見話の肴にするには、少し雅さが足りぬかな」

 いけしゃーしゃーと一条兼定が言ってのけるが、これ以上なく脅している。
 准后だけでなく女官位でも摂関家は優遇されており、源氏物語などに出てくる女御以上の格で配属され、天皇の妻になることも可能となる。
 それの意味する所は、


 大友・毛利連合による藤原氏や平家のやった朝廷を使った支配による室町幕府そのものの否定


 に他ならない。
 大友・毛利連合は武力・経済力ともに現在の天下において突出しており、その支配を天下に認めさせる正当性である権威のみが不足していた。
 珠姫入内という手はその権威を得ることができ、大友・毛利連合が天下の覇者となる全ての条件を揃える最後の一手となるだろう。

「そういえば、その姫様は六郷満山に新たに高僧招きたいらしく、こちらに来て徳の高い僧を探しているとか。
 本多殿。誰か心当たりはござらぬか?」

「おお、ちょうどいい。
 南都興福寺の門徒がいるのだが」

 楽しそうに会話を弾ませる小早川隆景と本多正行を一条兼定は楽しそうに眺める。
 細川藤孝以外の三者が既に提携をしている事を否応なく彼は自覚した。
 南都興福寺の門徒とはごまかしているが、松永久秀によって大和を追われた筒井家の事を指していた。
 宗教勢力からの武家化という事もあって、松永久秀が大和を掌握した後でも地下に潜伏して無視できない勢力を持っていたのだった。
 そんな彼等を引き取って欲しいという要求は、松永久秀の潜在的謀反勢力を引き取る代わりに、彼が大友毛利連合に手を貸す事を意味していた。
 そして、細川藤孝に閃光が走る。 
 彼の主君の一人である織田信長が否応無くとんでもない死地にいる事を。
 脅威なのは朝倉軍ではない。
 死地に追い込んで寝返るつもりの松永久秀こそ、最大の脅威なのだと。
 そこまで思っていた細川藤孝に疑念が生じる。

(何で、珠姫入内という一手を見せ付けた?)

 もちろん、松永久秀が本気で寝返るとは思えない。
 彼自身が三好三人衆と組んでもう一人の足利義輝を追い出した張本人なのだから。
 だが、大友毛利を背後に「信長と手を切れ」と足利義昭に迫った場合は?
 細川藤孝は、信長を助ける為には彼らの要求を呑むしかないという事を覚悟した。

「……我が主君、足利義昭様は昨日からお体の具合が悪い。
 おそらく、数日は二条の屋敷で床に伏せる事になるでしょうな」

 暗に、毛利輝元の任官妨害を止める事を認めた細川藤孝に、彼以外の三人が目で笑う。
 組んでいたのをもう隠す事無く、彼らはその先を語る。

「毛利殿へは右馬頭が妥当ではと公卿達がおっしゃっていたでおしゃる」

「ならば、我が弟は大宰大鑑あたりか」

「姫へも礼はせねばならぬ。
 典侍あたりをお願いできぬか?一条殿」

「心得たでおじゃる。
 これは頼みなのじゃが、麻呂は近衛府に勤めておるが、内裏を守る兵もおらぬ。
 誰か兵を融通してくれる所を知らぬであろうか?」

「でしたら、我が松永の兵をお使いくだされ。
 織田殿は浅井朝倉と忙しいゆえに」

 その三者の連携に細川藤孝は口を挟めない。
 そして、彼は間違っていた。
 彼の主君である織田信長が、虎の尾を思いっきり踏んづけた代償がこれであるという事を。
 珠姫でも、四郎でも、小早川隆景でも、松永久秀でもない。
 海路運ばれたその文の指示を見て、珠姫も四郎も小早川隆景すら絶句し、後に知らされた松永久秀が大笑いをして乗った策謀の目的は、

「わしの家族に手を出すな」

 という恫喝でしかない事を。



 
「兄上」 

 その声で、場より音が消え四郎が入ってくる。
 きちんとした身だしなみで作法に則って入る彼の半刻前は、ひまをかこった珠姫のお相手をしていたなんて、珠姫の実態を知らない細川藤孝は気づかないだろう。
 四郎から文を受け取った小早川隆景が実にわざとらしい声をあげる。

「おお、安芸の父より文が。
 先の備前の戦で宇喜多家と和議を結びたいと。
 朝廷にご足労をかけてほしいとな」

 あえて宇喜多を名指しする所にこのえげつなさがある。
 それは、大国である毛利が宇喜多を独立勢力とみなす事を意味するのだから。
 そして、明善寺合戦に大勝利した宇喜多直家を、浦上家はいやでも疑心暗鬼で見てしまうだろう。
 何より宇喜多家は祖父・能家が浦上家家臣である島村盛実らによって粛清された過去があるのだから。 

 楽しそうに語る三人を尻目に、細川藤考はこの一件を急いで叡山にいる信長に知らせねばと思った。
 同時に、自分が先の見えない泥沼につかったかのような錯覚に陥るのだった。
 この翌日、手のひらを返すように比叡山が態度を軟化。
 兵糧が提供され織田軍は息を吹き返す。
 それから更に数日経って、朝廷が織田と朝倉の戦に仲介する事で叡山篭城も終わり、近江と美濃の朝倉軍も兵を越前に帰す。
 この朝廷の動きに畿内の人間は引きつけられて、毛利と宇喜多の和議仲介や西国の幾人かが官位をあげていたりする事など話題に上らなかった。
 だが、その数日で近江横山城は浅井軍によって奪還されており、守将織田信治は城と運命を共にしていた。 
 それでも、京を守り通した織田信長は屈辱が分かるようにした上で勝利を譲られた。
 彼が傲慢と称した珠姫と同じ考えを持ち、珠姫や小早川隆景、松永久秀を操って全ての手を組んだ毛利元就に。
 


 織田と朝倉の和議が結ばれ、織田軍が京に帰還してくる。
 信長も京での処理をした後に岐阜に戻る手筈となっていた。
 京に入った信長の視野に、その見物にきた姫巫女一党がいる。
 さて、何を言ってやろうかと信長が考えていた時、珠姫の隣にいた四郎が動いた。

「えっ!?」

 珠姫を強引に抱きしめての口づけ。
 珠姫自身も何をされているのか分からずに、手が宙に浮いたまま。
 舌まで入れて激しく求める四郎に自然と珠姫も合わせてしまい、衆人環視の中の羞恥プレイの後、珠姫を抱きしめたまま四郎は信長を睨みつけた。


「手を出すな。信長。
 珠は俺の女だ」


 その光景をじっと見ていた信長は楽しそうに笑って馬を走らせ、慌てて追いかける馬廻りと共にその視野から消える。
 残ったのは呆然としている珠姫と、今頃になって恥ずかしくなったのか顔が真っ赤な四郎と、そんな二人をにやにや眺める二人の従者のみ。

「申し訳ございませぬ。姫。
 それがし、どうしても信長に一言申したく、あのような……
 罰はいかにも受ける所存で」

 いつものような申し開きをする四郎だが、目は笑っていた。
 はっきりとした男の目の笑みに、珠姫も我に戻って笑う。

「びっくりしたわよ。
 だから……」

 珠姫も四郎と同じように抱きつく。
 それを支える四郎の腕が男らしいとなんとなく思いながら、珠姫は罰を口にした。


「もう一回して」


 作者より一言
 次回で第一部的完結予定。



[5109] 大友の姫巫女 とりあえず最終話 別府湾から見た景色
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:7bfeb34b
Date: 2009/12/24 11:39
「姫。こちらにいらしたのですか?」

「うん。
 ちょっと潮風を浴びたくてね」

 朝前の海は暗く、波の音だけが私の耳に届く。
 襦袢だけ羽織って甲板に出てきた私だが、いつもの事なので船員はさして気にする様子も無い。
 そんな明けの海を眺めていたらいつの間にか四郎が後ろに立っていた。

「よろしかったのですか?」

 全てが終わったから気が緩んだのだろう。
 私を抱きしめたまま、四郎が耳元で囁く。

「こうして貴方に抱かれている。
 それが答えじゃ駄目かな?」

 答えながら私は数日前の出来事を思い出していた。




 畿内で行われていた戦が一段落してから数日後。
 朝廷の仲介で正式に大友家と毛利家の和議が成立する。
 同時に、双方の家による同盟関係も公表され、西国の大部分から戦が消えることになった。
 で、私達も京に居る必要が無くなり、堺から帰る日の事である。

「のんびり滞在すれば良かったのに」
「まったくですぞ。
 できるならこのままこちらで暮らしませぬか?
 屋敷から生活まで全てこちらにて面倒を見る次第で」

 名残惜しそうにひきとめようとするのは、羽柴秀吉とねねの夫妻。
 私達の供応役を信長から命じられたらしいのだが、

「しかし、あんたが姫様だったなんて知らなかったわ」

 某携帯ゲームの影響もあってか、実にねねさん納得の姉さん女房ぶりが。
 帰りに秀吉の勝龍寺城に滞在したのだがこれが罠だった。
 彼女、秀吉より年下なのだがしっかり秀吉を尻に敷いてやがる。
 なお、ねねさん達と夜の話で大盛り上がりだったのはさておき。

「そーいや、あんた子供どうしたのよ」

「かかさまが今見てくれているわ。
 あんたの祈祷で見事男の子ができてね。
 もう、旦那のはしゃぎようったら……」

 あ、秀吉のおかんのなかさんもこっちに来ているのか。
 おーおー。
 のろけちゃってまぁ。

「ねねよ。
 こんなとこで言うでない。
 恥ずかしいじゃねーかぁ」

 中々見れないシーンを私は見ているのだろう。
 何しろ羽柴秀吉が真っ赤になって、ねねに抗議している姿なのだがら。
 秀吉、本気で惚れていたんだな。
 の割にはけっこう浮気癖があるのがたまにきずなのだが。

「でさ、また祈祷をお願いしたくてさ」

 だから連れてきたのね。
 羽柴秀長の嫁を。

「そ。
 頼むわ。
 色々お礼するからさ」

 いや、ねねさん。
 あんた誰に物言っているか分かってる?

「姫様。
 あんたに決まっているじゃない」

 うん。分かってない。
 この人絶対に分かってないよ。
 大友毛利連合の次期盟主の地位がどれだけの金と献上品を生むか分かってないよ。
 
「分かっているわよ。
 どうせ、支払うのは殿様だし」

 ぶっちゃけやがった。
 旦那よ。
 今、あんたの女房とんでもない事を言っているぞ。

「おお、それは確かに。
 えんりょなく祈祷をば」

 乗るなぁぁぁ!
 そこで乗ってどーするっ!
 あんたが突っ込まないと話が進まないだろうが!!
 まぁ、豊臣政権の可能性を考えたら一門はもう少し多い方がいいのも事実だし。

「はいはい。
 すりゃいいんでしょうが。祈祷」

 とりあえず二人とも女にしとくか。
 これで外戚が作れるから豊臣政権内は後継者がいないという事もあるまい。
 さすがに後継者争いで割れるまでは知らんが。

「ふふっ。
 姫から色々聞いているから、あとで楽しみにしてよね」

「おうとも。
 次の子の為には国でも取って見せようぞ」

 祈祷終了後の羽柴夫妻のコメントなのだが、やりそうだからマジで怖い。

「そういえば、北の方様からも言伝をもらっているのよ。
 『あなたが奥に入るのを楽しみにしているわ』って」

 入らないから。
 というか、斉藤が滅んでも奥に残っているのですね。
 濃姫よ。

「北の方の入れ込みも殿様並みだから。
 『私の仕事は彼に美濃を与えるまで、彼に天下を与えるのは貴方の仕事』って」


 あ ん た も か


 聞くと、尾張脱走時の一部始終を聞いて、「絶対手にいれろ!」と猛プッシュしたとか。
 さすがマムシの娘。
 まぁ、祈祷の代わりにねねさんに料理を教えてもらったり。
 いや、姫だからって料理させてもらえなかったのよ。
 気づいてみたら、私、ねねさん、まつさん(あんたいつ来た)の三人で料理を作っていたり。
 安く美味しく多くという料理の基本をきっちりと学ばせてもらいましたよ。
 今度四郎に手料理を振舞ってあげるのだ。
 そんな素敵な奥さんであるねねさんだから私の脳内では、

「ねねは秀吉の嫁」

 という事実が紳士どもに耐えられないという愉快な妄想が、が。
 まぁ、私は凛子派なのだけど。
 しかも、ファンのきっかけが某国営放送のカードアニメではなく、某学園告白ゲームのラジオパーソナリティなあたりかなり上級紳士っぽい。
 あ、まつさんはツンデレでした。
 待てよ?
 この流れだと、まつさんが凛子なのは確定的にあきらかだとして、私、愛花?
 うん。愛花ファンの紳士に殺されるからそろそろ止めよう。
 で、私達三人+政千代・白貴姉さん・恋の料理をぱくつく四郎と羽柴家家臣一堂に、織田家馬廻衆。
 なんでてめーらがここにいると言ったら、秀吉がさらりと一言。

「殿のご命令で。
 『戦も無いし、あの蛇(ボンバーマン)の近くに備え無しで置いていたら噛まれそうだからついとけ』と」

 そのあたりの状況判断と洒落っ気は信長らしいわ。うん。
 で、まつさんを連れてきたのは誰の差し金よ?

「……まぁ……その……
 手を回したのがそれがしだが……ねねが……まつ殿の文で……」

 つまりあれか。
 まつさんデレイベントなのか。これは。
 戦が終わってほっとしたら、顔が見たくなったとやってきたのか。この人は。
 そしてそれを手紙で知って織田家重臣である秀吉に段取り組ませたというのですか。ねねさん。
 いろんな意味で勝てねえと何か感じた今日この頃。

 四郎は四郎でいい機会と、前田利家に槍を習い、前田慶次と馬を駆け、佐々内蔵助に鉄砲を学んでいたり。
 別名、可愛がりという名のふるぼっこ大会なのだけど、これに勝手に参加した掘久太郎や仙石権兵衛よりも長く可愛がりを受けたあたりさすが四郎と言う所か。
 まぁ、信長を前にあれだけ大見得を切ったのだから、早く信長に追いつきたいのだろうなぁ。
 それが分かるだけにますます四郎が好きになる。
 ちなみに、滞在中に山中幸盛や井筒女之介とも初めて顔を合わせたり。
 殺意と敵意を隠さない井筒女之介を制した彼の言葉、

「小金原より前、あんたが尼子を支援してくれていたのにそれを繋ぎとめる事ができなかった。
 だから尼子は滅んだんだな」

 の言葉に、こいつもチートだなといやでも思い知らされたり。
 で、そんな彼を手玉にとった毛利元就はやっぱり化け物だわと思い知らされたり。 

 まぁ、そんな事でさらに勝龍寺城に滞在するハメに。
 実にゆるゆると畿内を旅してやっと堺に入ったのだった。


 
「ごあいにくさま。
 やっぱり家が一番落ち着くのよ。
 娘も居るしね。

 なお、小早川隆景は先に戻っていたりする。
 大敗をかました、備中三村家の建て直しと備前浦上家と宇喜多家の離間工作の為に、安国寺恵瓊とまだ東奔西走するらしい。
 ご愁傷様である。
 なお、臼杵鑑速も先に戻っていたりする。
 和議成立後に起こるであろう外交関係の変化に対応する為にも急いで戻る必要がある訳で。
 本当ならば、私も一緒に戻る予定だったのだ。
 それを、この眼前の羽柴夫妻の遅滞攻撃にやられまして。はい。

「ふむ。
 祈祷で加護を得て、夜の合戦に挑むか。
 羽柴殿も大変よの」

 お願いですから笑わないでください。ボンバーマンこと松永久秀殿。
 悪魔が笑っているようでめちゃくちゃ怖いですから。
 というか、何で当然のように堺にいるのですか?あなた?

「姫の見送りだが。
 羽柴殿。それがしも夜の合戦には一家言ある身ゆえ一度話を。
 何、茶室で茶を振舞いながら語り合いましょうぞ」

 それ、凄く死亡フラグっぽいのですが。
 まぁ、夜の閨で行われる合戦にこのボンバーマンが一家言あるのは事実で、性技指南書を著していたり。
 で、遊女を辞めるつもりはないらしい恋が修行の為に彼のところに滞在していたらしいのだが、これが外交問題になりかねない大問題をやらかしていたり。
 詳しくは語らないが、その時の私と信長の言葉で分かると思われる。

「「仕方ないよね。森一族なら」」

 何しろ、被害者の私と加害者の信長がそれで手打ちをしているのだけど、完全に蚊帳の外に置かれたボンバーマンこそいい面の皮な訳で。
 今思ったが、もしかして次男へのあの大甘裁定はこれが原因か?

「畿内での振る舞いは貴殿にお任せしますわ。
 あなたの害にならない程度に、大友毛利を売り込んでくださいませ」

「おや、毛利も売り込んでもよろしいので?」

 こちらの皮肉をこのように返せるからボンバーマンなんだよなぁ。
 さらりと毒を吐きやがる。

「当然。
 いずれ織田とは争うことになるでしょうから、今仕込んでおけば高く売れますよ」

 こちらの含みをわかって笑う姿が頼もしいほどに怖い。
 本当にこのじじいは、謀反で自滅するのか実に疑わしくなっているのだが。

 さて、船に乗ろうかと思ったらなにやら周りが騒がしい。
 周りを見ると秀吉についていた信長馬廻衆が整列してるし、秀吉と久秀が目で笑い会ってやがる。
 まさか…… 

「間に合ったか!
 もう出て行ったかと思ったぞ!!」

 当たって欲しくない予想は見事に的中し、一騎駆けですか。覇王様。
 呆れて何を言っていいか分からないけど、とりあえず突っ込んでおく。

「あんた、美濃で仕事じゃなかったのよ?」

 唖然とした私の顔がおかしいのだろう。
 実に楽しそうに信長が笑う。

「その仕事をしにきたに決まっているだろう。
 忘れたのか?
 馬をやると言ったのを」

 ああ、京にあがる道中でそんな事を言ったような……って、まさか……

「とりあえず、こいつはうちの牧場で一番の駿馬だ。
 もってゆけ。
 足は美濃からここまで駆けて来たから保証するぞ」

 これだけの為にわざわざ美濃から堺まで駆けてきますか。信長。
 そして、やっと察した。
 羽柴夫妻の遅滞攻撃はこれが理由なのだと。
 その信長の顔を呆れた様子で見ていたら、彼の真顔の視線とかち合う。

「姫巫女。
 この間の問いの答えを聞きに来た」

 四郎アウトオブ眼中ですか。覇王様。
 たしかに、彼の問いに私は答えてない。


 時が止まる。


 皆が私の言葉を待つ。


 それが世界を決める言葉である事を知っている。


 だから、


 信長が、


 秀吉が、


 四郎が、


 私の言葉を待った。





「天下を取る意思が無い者に、天下なんて転がり込む訳がないじゃない」





「本音は?」




「知ったことか。天下など。
 私は、私の傲慢を貫いてやる。
 だから、天下なんかこっちから振ってやるわ」




 吐き捨てた捨て台詞の後で私が笑う。
 それを見た信長も笑う。
 多分予定調和の言葉。
 それは、私も信長も分かっていた。
 だからこそ紡がなければならない言葉。
 歴史には書かれないだろう、これは特異点。
 この瞬間をもって、大友珠は織田信長に対して宣戦布告した事を。
 いずれ起こる西国大乱の道が今敷かれた事を。
 知っているのは、私と信長だけ。

「俺は欲しいものは必ず手に入れる男だ」

「知ってる。
 だから、私を手に入れるなら精々九州までやってきなさい」

 信長の視線がいつのまにか私の隣の四郎に移る。
 四郎も私の手を握り、信長から視線を逸らさない。

「小僧。
 毛利のじじいが死ぬまで預けておいてやる。
 それまで精々乳繰りあっていろ」

「その言葉、戦場で返してやる。
 その時まで、精々一人で天下と踊っているがいい」

 それが、私達の堺を出る挨拶となった。





 朝前の海は暗く、波の音だけが私の耳に届く。
 潮風は穏やかに私達を豊後に運ぶ。
 この闇もいずれ朝日に消され、世界が鮮やかに現れるのだろう。
 里帰りをしていた鶴姫達を乗せて南蛮船は別府湾に入る。

「本当は」

 ぽつりと本音が漏れる。

「信長について行ってもいいなって思ったのよ。
 少しだけ」

 四郎は何も言わずに抱きしめるだけ。
 その暖かさがとても愛しい。

「けど、彼の道は、並んで歩く事はできないのよ。
 それだけが唯一、決定的に相容れなかったわ」

 抱きしめる四郎の手を握る。
 絡める指の強さに四郎の思いを感じる。

「四郎とは並んで歩ける。
 いえ、他の人とも。
 父上や母上、養母上や、麟姉さんや政千代、鶴姫や恋とも……」

 こぼれる言葉を塞いだのは四郎の口だった。
 絡める舌が、握り締める手が、私を包む体が私を満たしてゆく。



「愛しています。珠。
 信長よりも、天下よりも」



 日が昇る。
 夜の幕が消えて、別府湾がその全貌を現す。
 ぱっと広がった私の世界に映る四郎の笑顔を、私は一生忘れない。
 天下に逆らった私の手を闇の中握り締めた四郎の手の暖かさを、私は決して忘れない。
 くやしいけど、
 織田信長を振ってまで、
 やっぱり私は四郎が、
 立花元鎮が好きなのだから。

「何をやっているのじゃ!朝っぱらから船上でっ!!」
「姫様、おはようございます」

 やっと起きたらしい、鶴姫と恋が同じ襦袢姿で私達に駆け寄る。
 なお、三人ともお腹に四郎の子が居たり。 

「姫様っ!
 またそんな格好で出歩いてっ!!」
「あ、おはよ。姫」
「白貴さんも襦袢姿で出歩かないっ!!」

 鶴姫の声につられてか政千代と白貴姉さんもこっちにやってくる。
 朝日に輝く別府湾は波が輝き、澄みきった青空を背景にした府内の街が私達を出迎える。
 相変わらず杉乃井御殿からは湯煙が絶えない。
 瓜生島に停泊している南蛮船やシャンクの船員もこっちを見ている。
 大友の杏葉紋が彫られた帆から、この船に私が乗っているのが分かるのだろう。
 下手な船だと衝突とか起こるけど、この船の船長は安宅冬康だから心配していない。
 府内の街を眺める。
 南蛮人の襲撃でもその繁栄は衰えず、府内城の天守閣がその繁栄を誇るかのようにそびえていた。
 府内の港が見える。
 近づくと出迎えなのだろうか、みんなの顔が見える。
 あ、麟姉さんと舞達が手を振ってる。
 その前に長寿丸と知瑠乃も手を振ってる。
 流石に喧嘩はしていないみたい。流石の手並みだな。二人の後ろにいる大谷紀之介よ。
 八重姫と九重姫発見。
 瑠璃姫と旦那の藤原行春は杉乃井だろうから出迎えに来たと見た。
 爺こと佐田隆居、ハヤテちんこと佐田鎮綱もいる。
 わざわざ宇佐から出てきたのかな?
 一万田鑑種や高橋鎮理は流石にこっちに来てないか。
 あの二人が仕事を放棄してこっちに来るとも思えないし。
 更に視線を移すと母上と養母上が交互に黒耀をあやしながらこっちを見ている。
 地味に養母上のお腹が膨れている辺り、さすが父上という所か。
 で、その父上もこっちを見て笑っている。
 吉岡老と田北老、軍師の角隈石宗に戸次鑑連や田原親賢が父上の側に控えている。


 これが、私が天下を捨ててまで求めたもの。


 振り返る。
 四郎が笑う。
 鶴姫はきょとんとしているが、恋に促されて微笑んで見せた。 
 政千代も白貴姉さんも私達を見て笑っている。
 その笑みで分かる。
 私も笑っていると。
 

 ここが私の居場所なのだと万感の思いをこめて、みんなにその言葉を口にした。 


「ただいま」





 大友の姫巫女   とりあえず終わり



[5109] 大友の姫巫女 あとがきみたいなもの
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:7bfeb34b
Date: 2009/12/24 12:02
 この物語は、私にとって息抜きのようなものでした。
 ですが、いつの間にか私にとってかけがえの無い物になっていました。

 気楽に始めたこの物語ですが、こうして区切りがついたのでいくつかの質問に答えようと思っています。


 何でTSなの?

 良く感想にも書かれ、批判も浴びましたが、私にとってこの物語はTSでないと成り立たない設定でした。
 この物語における珠の目的は二つあって、

1)宇佐八幡を焼き討ちから救う
2)大友家を滅亡から救う

 の二点があげられます。
 そして、純粋な女では家を出てしまいます。
 
 毛利とかに嫁いでしまったら、大友家を滅亡から救えなくなります。
 じゃあ、男でいいじゃんとの声もありますが、時は戦国で戦場での男色OKなご時世です。
 ちなみに、第九十五話の信長の最後の言葉は、実は初期段階から考えていた台詞だったりします。
 普通の女なら落ちるだろうし、男でも落ちるよなあれという台詞でどう「NO」と突きつけるかが実は最大の悩みだったのです。
 で、あの時点での珠の年齢考えて男だったら「うほっ」です。
 さすがにそれは色々まずいでしょうと。
 信長に迫られても「NO」が言え、また「YES」と答えても読者から性的意味での非難を浴びない性別。
 それでああいう形になりました。
 だから、TSの物語ではなく、TSが前提の物語と言った方が正しいのかもしれません。
 そういう意味で、ご批判頂いた「意味の無いTS」はまったく正鵠を得ています。
 で、この話を書き始めてから『恋姫無双』や『戦極姫』の存在を知って「その手があったか!」と叫んだのも笑い話です。
 あと、これはまったくの余談ですが、私の師匠筋にあたる人が腐系の作家でもあるので、男×男も私は書けます。
 なまじ男×男が書けるがゆえに、それの回避を目指して深く考えすぎたというのが真相だったりします。
 おかげでTSの作法を完全無視する形になり、

「むしろ体が女になったんだから男を愛するだろ。当然」

という考えだったので、批判レスを見て、

「もしかして、私のストライクゾーンって人様より広い?」

 と気づかされたりしたのはいい思い出です。



 なんでビッチなの?

 良いじゃないですか。ビッチ萌え。
 そもそもこの話、最初テスト板(今で言うチラシの裏)から始まって、その後の移転ルールでオリジナルに行くか、XXXに行くかで迷っていました。
 結局、オリジナルに行く事になったのですが、その時に目指したのが『ギリギリながらも極力エロく』でした。

 私が目指している物語の一つに、インドのマサラ映画である『ムトゥ 踊るマハラジャ』があります。
 この映画を友人と二人で見たのですが、三時間の上映時間の果てに出た二人の感想が、

「歌と踊りを切れば、半分に収まるな」
「ストーリーを切れば、半分に収まるな」

 と、真逆の感想が出て二人して笑いあった記憶があります。
 そんな物語のエッセンスを「エロ」と「謀略」に詰め替えてみました。

「何で、もっとエロに走らないんだよ!」
「何でもっと真面目に戦争しないんだよ!」

 という批判そのものが私の狙ったものであり、そのあたりの批判がある度にニヤニヤして見ていたのは今だから話せることです。
 今だから考えてみると、謀略オンリー、エロオンリーでやる自身がなかったのかも。
 こうして一区切りついて振り返ってみて、どちらかきちんとガチで書けたらいいなと思ったりもしています。
 なお、エロ部分は幸いにも読者でもあった大隈氏が書きたいというので丸投げしました。
 断言しておきますが、XXXまで書いていたら、この物語まだ終わっていません。
 そういう意味で、大隅氏には本当に感謝しています。

 ちなみに珠ちん、ビッチ路線は取っていますが、これでも相当セーブしていたのです。はい。
 珠の元のアーキテクトはクレオパトラなんぞに行き着いたりします。
 カエサル、アントニウスという当代きっての権力者に抱かれてその庇護下のもとでエジプト王国を富ませ、オクタヴィアヌスに敗れても彼を誘惑しようとして失敗し国と運命を共にする。
 これを元に、

 信長・秀吉に抱かれて西国での地位を確立するけど、家康に敗れて全てを失う。
 まぁ、それだと大友珠では無く、豊臣珠になってしまうので没になりましたが。

 こんな設定なので、当初はそれぞエロゲの主人公達が女の子を攻略するかのごとく抱かれまくる予定だったのです。はい。
 具体的には、四郎(穂井田元清)の他、織田信長・豊臣秀吉・佐田鎮綱・森一族・大友義統・大友親貞・一条兼定……等など。
 それぞれの子供を宿せば、その種元からどういう風な影響力を狙っていたか丸分かりですね。
 まぁ、某一族は突発的アクシデントという事で。 
 なんでここまで狙ったかというと、この「大友の姫巫女」世界でもできるであろう、某電脳掲示板の某スレを意識していたりします。
 そう。ラスボスとか、DQNとか、鮭とか、めんどくさいとかよく出るあのスレです。
 あのスレで珠はきっとこう呼ばれるだろうな。そう意識させるべく過剰にエロを用意したのです。



 ビッチ姫



 と。
 なお、少し話をそらしますが、某オチスレにておそらくネガティブで書いてくれているのでしょう「大友ビッチ」の文字を見た時、私は歓喜で部屋を転がりまくりました。
 自分が望んでいた姿を文章にてちゃんと読者に伝わっていた。
 これほど作者にとって嬉しい事はありません。

 では、なんでこんなにセーブしたのかというと、大隅氏が書いてくれたXXXの存在のおかげです。
 第三者が書いてくれた珠と四郎の姿は暴走状態の私の頭を冷やすのに十分でしたし、四郎からほのかに漂う三斎臭に「これもありだな」と思ったのが理由だったりします。
 なお、大隅氏の書かれたXXXでの珠のパパンこと大友義鎮の必殺技になった誠心誠意の土下座は、しっかりと四郎に引き継がれ、義父息子仲はとてもよろしいとか。
 そういう意味でも、大隅氏に感謝しております。 

 ついでですから、『大友の姫巫女』において最も批判が多かった『第四十七話 鶴崎踊り真話 (後編)』のポテ腹裸踊りの話も。
 あれも実はかなりセーブしていたりします。
 何しろ、あれの初期構想では、

 『顔の無い月』の月待ちの儀(要するに輪姦プレイ)を義鎮に見せ付ける

 というある種の寝取られ展開だったのですから。
 大友義鎮(宗麟の方が名前は知られているかな)という人は、先の某スレにおいてDQN四天王からは外れますが、DQN野球チームやDQNサッカーでは必ずレギュラーに名前が載る程度のDQNだったりします。
 何よりの証拠に原点となったこの鶴崎踊り、脚色はすれどもその基本、

 大友義鎮を諌める為に戸次鑑連(立花道雪の方が分かりますね)が女遊びをして見せて彼を諌める

 はまったく変えていないのですから。
 しかも、史実ではそれで大友義鎮の素行は反省すれども改まらず、耳川の大敗に向かってゆく事に。
 説教で改心するような人ではないのは分かっていたので、初期段階である珠姫覇道ルートでは、珠が義鎮を殺す事でその解決を狙ったのです。
 ところが、この初期段階が狂ったのは皮肉にも珠が首の皮一枚人の心を残してしまった為で。
 あまつさえ『三十六・七話 壷神山の一夜』にて、自分が一人じゃない、ちゃんと見ている、支えてくれている人がいると気づいた事で、珠が義鎮を殺す流れは無くなりました。
 で、あのような流れに。
 珠に、四郎や麟姉さんが居たように、義鎮にも戸次鑑連や吉岡長増がいると気づいてほしかったがためのあの無茶振りです。
 だから、四十七話投稿後、某オチスレにてマジキチ扱いの感想が出るまで私的には、

(甘かったかなぁ……「あれぐらいで宗麟が真人間に戻るわけ無いじゃないか!」って感想来たらどうしよう……)

 と、まったく正反対の心配をしていたぐらいで。
 こうやって、説明せねばならないあたり、己の筆力にただただ絶望するばかりです。 



 ちっとも、『天下など気にする事もできない、小さな戦国異聞』じゃないじゃないか!

 いや、最初は本当にそのつもりだったんです。はい。
 大友家というのは、北に毛利、南に島津、西に龍造寺と挟まれており、当初は九州内での地味な地味な内線戦略でこれらの大名を打ち破る話の予定だったんです。
 九州統一なんて夢のまた夢。豊後防衛が珠の戦略だったので。
 珠がひたすらチート能力を駆使して商業に傾斜したのもこれが理由です。
 じゃあ、なんでこんなに風呂敷がでかくなったかというと、その商業にあるわけで。
 珠が商業に成功したのは、ひとえに規模の経済を追求する事を目指したからです。
 毛利や島津、龍造寺とガチで争って国取りをしても、この三家に挟まれている以上成長はいずれみこめない。
 ならば、国取りではない別の方法にて大友家を富ませる必要があり、博多の存在もあったので商業に傾斜し、富を日本はおろか世界からかき集めて対抗しようと考えたからです。
 結果、グローバルスタンダードよろしく地球の裏側のトラブルがこっちに跳ね返ってくる羽目に。
 
 あと、皆様からの総突っ込みがあった『天下など気にする事もできない、小さな戦国異聞』という言葉。
 私自身は気に入っているので外すつもりはありません。
 とはいえ、このままでも良くないので、このあとかき以後で少し言葉を足そうと思います。


 では、天下など気にする事もできない、小さな戦国異聞(ヌクモリティ溢れる大英帝国的意味で)を語らせてもらいます。


 え?
 こんな所にまでネタを入れるなと?
 まぁ、あとがきゆえのお茶目なジョークですよ。はい。
 次があるならここも何か考えるつもりです。 



 何で天下を取らないんだよ!

 これは大友の姫巫女最終話で珠自身が言ったように、


「天下を取る意思が無い者に、天下なんて転がり込む訳がないじゃない」


 これが全てです。
 最も、初期構想である珠姫覇道ルートではまだ取りに行けたのですが、『三十七話 壷神山の一夜(後編)』にて、珠自ら、

「天下なんていらない」

 と、言ってしまうあたり、上のビッチの所で少し語りましたが、彼女に人の心が残ってしまったのが最大の原因です。
 では、この大友の姫巫女における珠姫天下取りのフラグは何処だったかというと、『第二十九話 毛利の隠し矢』にて珠が夜盗に陵辱されるかされないかでした。
 された場合、世の中の理不尽に怒り、穢された毛利への復讐心を誓って覇道を突き進む珠というのを想定していました。
 それを狂わせたのは読者の皆様です。

「夜盗に汚されるのだけはやめてくれ」

 そのレスが無ければ、彼女は天下を取っていたでしょう。
 作者である私も思い知りました。
 作者は読者の影響を逃れる事はできないって。

 ついでですから覇道ルートのテロップも使う事はないので公開しておきましょう。

 陵辱され、毛利にいいようにあしらわれた珠姫は復讐を誓い、対毛利戦における大友家の意思統一にの早急に進めるために父大友義鎮の排除を試みる。
 それは、同じく珠姫の排除を考えていた大友義鎮の動きと重なり、大友家中は真っ二つに分裂。
 己の体を惜しげもなく使って家中の有力者を引き抜いてゆく珠姫に四郎の言葉は届かず、博多にて珠姫暗殺未遂、通称『櫛田崩れ』が勃発。
 家中は珠姫派の豊前・筑前国人衆と義鎮派の豊後本家・筑後国人衆の合戦が起こる最悪の事態となる。
 珠姫の排除という共通目的を持った義鎮側とスペイン船団が手を組んで杉乃井御殿を落すと、復讐心を押さえた珠姫が毛利に支援を要請。
 門司に上陸した毛利派遣軍の総大将が四郎になる。
 かくして、豊後と豊前の国境である勢場ヶ原にて、珠姫・毛利軍と義鎮・南蛮人の第二次勢場ヶ原合戦が勃発。
 珠姫と四郎に立ち向かう義鎮側の総大将は戸次鑑連だった。 

 とりあえずここまで考えており、その後織田と組んでの毛利復讐編、信長との対決である覇王対峙編と続く予定でした。



 風呂敷広げたまま投げっぱなしジャーマンで終わるんじゃねぇ!

 いや全くその通り。
 ちなみに、この後対島津戦とルソン侵攻を描く、『南海死闘編』と、天下統一過程での中央との対峙である『覇者対峙編』までは構想としてはあります。
 が、『南海死闘編』とつけたあたりで察してください。書く気がないと(笑)。
 真面目な話、歴史をいじりすぎたのでバタフライ効果が読みきず書けないというのもあります。
 ただし、風呂敷を畳まなかったがゆえに、皆様にはアドレナリン溢れる想像の余地をいっぱい残しています。

 この後の大友と島津は?
 織田対上杉の将軍擁立の結末は?
 魔王VSチートじじいは?それにボンバーマンはどう絡むの?
 袋小路の武田は?本願寺や北条はどう動くの?
 龍造寺や長宗香部、宇喜多の事を忘れないでください。
 遅れてきた伊達や東北諸侯は?
 レパントが無くなった世界は?
 オスマンは何処まで伸びるのか?
 スペインやポルトガルはどう動く?
 それをイングランドやネーデルランドやフランスがどう絡んでくる?
 明帝国は滅んで清帝国に変わるの?

 ほら。こんなにいっぱい。
 はなから風呂敷は広げたままで、珠視点(つまり大友)のみの処理を心がけ、あとはシェアワールドにしようと決めていました。
 そもそも、

「腕白関白面白かった」>「似た話(当時は)少ない」>「じゃあ書くか」

 という俺得三段論法でおっぱじめたこの物語にまともなテロップなんぞある訳もなく。
 見切り発車と行き当たりばったりで、よくここまで続いたもんだと我ながら感心していたり。
 歴史改変と、その介入・観測者のストーリーとしてはよくある、介入・観測者の死まで書かないと終わらないというのは最初から分かっていた訳で。
 時代的オチを考えても、史実における1600年の関ヶ原合戦までは書かねば話としては終わらないなとは実は最初から考えていた事です。
 珠のスタートが1551年ですから約50年近い歴史改変を企んでいた事になります。
 まさかこんなに毛利戦に力を入れる事になろうとは、書き始めた当初は全然思っていなかったわけで。
 この話、本当の肝はまだ書いていない対島津戦、1578年の耳川戦役なんです。
 ところが、そこまでを改変する為にはいやでも毛利元就を意識せねばならず、ある種彼が主役の物語になってしまいました。
 で、彼と物語を進めたら当初の山場であった耳川戦役の初期テロップが見事にぶっ飛ぶという笑い話に。
 おまけに、覇王としての道を歩もうとしている織田信長まで出てきたので、ここを山場にしようと。
 今回の第一部完的な終わりも戦争芸術の章あたりで思いついたぐらい。
 これを見て、他の人が、

「俺が続きを書く」

 と、誰かが言ってくれたら大成功です。
 まぁ、ここまでなら非難轟々という所でしょうが、先にあげた『南海死闘編』『覇者対峙編』は大友家最大の死亡フラグである対島津戦、耳川戦役のみ主な所だけUPする予定です。
 ただし、作者的には既におまけと思っているので、今までのような更新ペースを期待しないでください。
 おまけ扱いなので、このままこっそりと続けるつもりでしたが、二スレ目はいりますかね?
 これについては意見を募集します。



 今だから話せる笑い話
 
 実はこの話、オリ主である珠が「TUEEE!」とする最低物のお話だったりします。
 珠のキャラ設定に残るチート加減はその名残だったりします。
 では、どうしてこうなったかというと、私の歴史への思い入れでした。

「いくら最強キャラを作ったとしても、織田信長が見た夢や覇気、毛利元就の謀才や経験、大友義鎮の絶望と狂気に勝てるのか?」

 これに、「うん。無理」と自分で即答してしまった事が全ての始まりだったり。
 かくして、最強キャラを用意したのに、それが逆に現実武将達にいいようにあしらわれるというまったく逆の話に。
 で、書いて思い知ったのが彼ら現実武将どものリアルチート具合。
 奴らにはチートを書いても、

「あいつらなら仕方ない」

 と言わせるだけの実績があり、カリスマがあり、そして生き様がある。
 それが読者の皆様に伝わったらいいなと途中から思いなおして、彼等をできるだけかっこよく書けたらと意識していました。

 次こそはちゃんとした最低物を書きたいものです。
 


 スペシャルサンクス

 この大友の姫巫女は多くの人によって支えられています。
 そんな人たちに感謝を。

 まず、XXXを書いてくれた大隈氏。
 あなたの誠実な四郎像が珠の暴走を止めたのです。

 次に年表を書いていただいた真帆氏。
 こうして落ち着いたので年齢をやっと修正できます。

 更に、グーグルマップで要所を示してくれたぼち氏。
 地理説明が凄く楽になりました。

 あと、時々現れる私を暖かく迎えてくれた軍板ですがスレの皆様。
 多くの知的刺激を与えてくれた事に感謝しています。

 珠の事を「大友のペリクレス」と称して頂いた名無しロサ・カニーナこと蟹様。
 元々私がアルカディアを知るきっかけとなったのは、蟹様の書かれたフェイト小説だっただけに嬉しいやら恥ずかしいやら。


 更に資料を提供していただいた方、ネタを提供していただいた方。
 某オチスレの意見も目を通して糧にさせていただきました。
 本当にありがとうございます。





 読者の皆さまへ

 本編+本編以外で合計百話を超えるこの物語を読んでいただいて本当にありがとうございます。
 皆さまの感想が楽しみで、それがこれだけの物語を書き続けられたのは間違いありません。 
 掲示板に感想を書くのはという方の為に、メールアドレスも期間限定(この更新から一月程度を目処)で用意しました。
 よろしければご利用ください。

 
  

 hokubukyuushuu@gmail.com




 あと、話が落ち着いたので誤字修正等を行いたいと思います。
 よろしければご協力をお願いします。




 最後に

 内政もの、もしくは転生ものと呼ばれる作品はこのアルカディアに多くあります。
 そして、歴史転生というジャンルを切り開いた『腕白関白』に衝撃を受け、『我が名はドラキュラ』という次が出た後にこの『大友の姫巫女』は生まれました。
 かの作品たちがあるからこそ、冒頭に書いた三番せんじで色物に走る宣言でしたが、こうして次の人にバトンを渡す事ができました。
 どうかこれを見て『書いて見たい』『こいつより上手で面白いものが書ける』と思う皆様、遠慮なく書いてください。
 私も読者の一人です。
 こんな物語を書いてしまうぐらいなので、内政もの、転生もの大好きです。
 これからもこのような物語が増える事を心から祈っています。

 最後になりましたが、このような駄文を最後まで読んでいただき、賛辞・批判を頂いた全ての読者の皆様に感謝を。 
 そして、このような駄文を載せる場所を提供していただいたアルカディア管理人の舞様に感謝を。


 北部九州在住



[5109] 大友の姫巫女 年表 (八十四話まで 作成真穂氏) 
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2010/01/22 14:48
作成真穂氏。
 大隈氏作の「大友の姫巫女XXX」(XXX板)関連も入っております。
 本文と珠の年が違う場合がありますが、作者が修正していないだけです(作品終了後にまとめて修正します)。
 





大友の巫女姫 時系列年表

(*珠の年齢は満年齢ではなく数え年で記しておりますので、満年齢の際には通常は「2歳」引いてください。)

1532年{天文元年}

1550年[天文19年](珠1才)
 二月:大友二階崩れ。比売御前が珠を懐妊(義鎮21才)(第1話)。
   (史実では2月10日~12日。同20日に義鎮が当主就任)
十二月:珠姫誕生(1才)直後、比売御前失踪(第47話)。
    (同年 島津義久18才 信長17才 秀吉14才 寧々9才 家康8才)

1551年[天文20年](珠2才)
 一月:後の杉乃井恋 誕生
   :毛利少輔四郎元鎮 誕生。
   :織田信長 家督相続。
 九月:大寧寺の変 大内義隆 死亡。
   :フランシスコ・ザビエル、府内を訪れる。

1552年[天文21年](珠3才)
   :珠、満年齢にして1~2才で読み書きを修得する。(第1話)

1553年[天文22年](珠4才)
   :毛利少輔太郎輝元 誕生。
   :大友義鎮、奈多鑑基の娘「奈多夫人」を正室に迎える。
 八月:大友義鎮、宣教師に豊後での布教を許可する。

1554年[天文23年]
   :木下藤吉郎、織田信長に仕官する。(大河ドラマ『秀吉』第一話)

1555年[天文24年](珠6才)弘治元年
 十月:厳島合戦。

1556年[天文25年](珠7才)
   :長尾喜平次(上杉景勝)誕生。
   :斎藤道三 死去。
 五月:小原鑑元の乱
   :佐伯惟教、大友家を出奔する。

1557年[天文26年](珠8才)
   :珠姫 宇佐八幡の巫女として佐田隆居の元に人質に出される。(第1話)
 五月:大内義長自決 大内氏滅亡。
十一月:正親町天皇即位。

1558年[永禄元年](珠9才)
   :大友長寿丸(義統)誕生。

1559年[永禄2年](珠10才)
   :毛利少輔六郎(天野元政)誕生#元鎮の同母弟。
十一月:大友義鎮、九州探題職に補任される。
   :英国女王にエリザベス一世(25才)即位。


1560年[永禄3年](珠11才)
 五月:桶狭間の戦い。
   :樋口与六(直江兼続)誕生。
   :石田佐吉(三成)誕生。。
   :寒村(平家の隠れ里)の少女『恋』が杉乃井御殿に売られ、遊女『由良』の禿となる。(とある少女の物語第一話)
   :由良、恋を珠姫の影武者候補として友人の白貴太夫に推挙。(とある少女の物語第二話)

1561年[永禄4年](珠12才)
 八月:信濃国にて第4次川中島の戦い。山本勘助死亡(大河ドラマ『風林火山』最終話)。
 八月:木下藤吉郎、お寧(通説では14才)と結婚。
 十月:門司合戦で珠姫初陣。戦後父と再会(義鎮32才)(第1話)。
   :大友新九郎(親家)誕生。
   :斉藤義龍 病没。
   :臼杵鑑速の子(嫡子) 臼杵少輔統景 誕生
1562年[永禄5年](珠13才)
 九月:秋月家攻略を立案(第5話)。
 十月:原鶴遊郭着工及び彦山川合戦。戦後、秋月種実喰われる。(第6~10話)
   :別府において大友義鎮が比売御前に念願の再会を果たす。(第11&47話)
 十月:珠姫により府内城改造計画立案と着工。(第12話及び第14話)
(海側堤防の完成は30年後)
   :山国川・遠賀川・筑後川の10年計画による新田開発十五万石見込み。(第11話)
   :香春から宇佐までの街道整備3年後完成。(第11話)

1563年[永禄6年](珠14才)
十月 :大友義鎮総指揮による府内城改造計画着工から1年。(第14話)
   
1564年[永禄7年](珠15才)
   :珠姫土佐経由で京に、ついでに尾張に寄り道。(第15話~25話)
   :竹中半兵衛の稲葉山城乗っ取り。
   :木下藤吉郎 墨俣に一夜城を作る。
   :越後で長尾政景死去。(大河ドラマ『天地人』第一話冒頭)
   :将軍義輝の越後来訪及び第5次川中島の戦い。(外伝1&5)
   :出羽国米沢にて伊達輝宗と最上義姫が婚姻。(大河ドラマ『独眼竜正宗』第一話冒頭)
   :恋の故郷の村で疫病が流行して恋の両親が死亡。(とある少女の物語第二話)
   :恋に両親の死が伝わった翌日、急遽恋の新造出しが決定される。(とある少女の物語第三話)
   :珠姫帰還。
十二月:珠姫主催のクリスマスパーティー。この後1月に渡って姫様わっふる。(外伝2および第30話)
 年末:ミゲル・ロペス・デ・レガスピ率いるメキシコ発のフィリピン攻略船団(ガレオン船五隻 兵&修道士合計五百名)が出航。「欧州の終わりの始まり」 (外伝三)
1565年[永禄8年](珠16才)
一月末:珠姫が右筆に就任、加判衆評定において南予攻めを発議。(第30話)
 二月:ミゲル・ロペス・デ・レガスピ率いるスペイン艦隊がフィリピンのセブ島に上陸。現地人と戦闘の後去る。
 二月~四月?:南予攻め開始。二ヶ月で計画を達成して帰還。(第31~43話)
   :珠姫毛利元鎮の子を懐妊。 (誕生日前なので満年齢14才)
   :キャラック二番艦「大友丸」完成 以後年一ペースでの建造。(第44話)
   :キャラック三番艦「九州丸」購入及び倭寇を大友水軍に編入。 (第44話)
春  :帰国直後、親娘面談、数日後鶴崎踊りイベント発生。(第45~47話)
   :恋の水揚げ 突出しが行われる。相手は毛利元鎮。(とある少女の物語第五話)
 四月:ミゲル・ロペス・デ・レガスピ率いるスペイン艦隊、セブ島に舞い戻り東岸のスグボを攻略しセブ島を征服する。
   :織田信長、美濃を征服し岐阜に移る。(外伝5)
   :杉乃井御殿で珠姫主催の勝ち抜き戦が行われる。優勝は高橋孫七郎鎮理。(とある少女の物語 第九~11話)
   :大友家 鎮台制度を導入。(第49話)
   :小野和泉守鎮幸、鎮台制度導入の発表の席で珠姫の不興を買い、吉岡老の元へ修行に出され恋と親しくなる。(第49話)(とある少女の物語第十三話)
   :旗本鎮台(兵数:千)と中津鎮台(兵数:三千五百)による演習。珠姫率いる中津鎮台が惨敗。(第52話)
   :別府大茶会開催。安国寺恵瓊 鍋島信生 甲斐親直 宇喜多直家 と珠姫の5者会談が行われる。(第53&54話)(とある少女の物語第十三話)
 五月:来島通康の娘『鶴姫』が杉乃井御殿を来訪しその客となる。(第56話)
   :コスメ・デ・トーレス神父から「珠姫に対して審問官が派遣されること」が伝達される。(第57話)
六月末:ミゲル・ロペス・デ・レガスピ率いるスペイン艦隊別府を襲撃。『豊西戦争~杉乃井攻防戦』勃発。 戦後、大友家イスパニアに宣戦布告(第58~62話)(とある少女の物語第十九~二十二話)
 7月:毛利の座頭衆が杉乃井を襲来。
   :『大刀洗合戦』龍造寺側勝利するもその後大友に帰順する。(第65・67-68話)
   :毛利四郎をめぐるゴタゴタが大友義鎮のとりなしもあって一先ず解決(第70話)
七月末:菱刈・相良・伊東の連合が島津に惨敗『戸神尾合戦』(第71話)
   :『月山富田包囲戦』山中幸盛が毛利と尼子の間の裏取引により戦線を離脱し九州に上陸(第73~74話)
 八月:鍋島信生を指揮官とする大友筑紫龍造寺連合軍が山中幸盛率いる尼子軍と激突『水城合戦』(第74話)
   :響灘海戦(第78話)
   :小金原合戦(第80~82話)
9月初:大友義鎮、珠姫を次期当主として指名し、筑前国の守護代に任命する。
   :珠姫の居城として『中津城』の建設開始。同時に珠姫、豊前国守護代を兼務することになる。(外伝七)
   :大和松永家から使者として本多正行が来訪(第83話)
 12月:門司で珠姫と毛利元就による非公式会談の席が設けられる。(第84話)
   :ヴェネツィア共和国十人委員会に珠が送ったアンドレア・グリッティ宛の書状が届く(外伝六)


――――――――――――――――
*以下未定の史実上の流れ*

1565年[永禄8年](珠16才)
  :高橋鎮理、斎藤鎮実の妹(娘とも言われる)『宋雲』と結婚する。 
1566年[永禄9年](珠17才)
  :島津家は日向の伊東義祐との抗争が激化する中、島津貴久が嫡子義久に家督を譲り自らは伯囿と号して隠居。

1567年[永禄10年](珠18才)
五月:真田源二郎(幸村こと信繁)誕生。
八月:伊達梵天丸(政宗)誕生。
  :大友弥十郎(親盛)誕生。
  :毛利才菊丸(秀包)誕生 #毛利元鎮の同母弟で大友桂姫の夫。
十二月:高橋千熊丸 (立花宗茂)誕生。

1568年[永禄10年](珠19才)
  :ネーデルラント諸州がスペインに反乱 八十年戦争(オランダ独立戦争)勃発。
  :織田信長 上洛。(史実での動き)
  :織田信長4男 織田秀勝 誕生。

1570年[元亀元年](珠21才)
 四月:日本、戦乱などの災異のため改元『元亀元年』 。
十一月:教皇ピウス5世がエリザベス1世を破門。

1571年[元亀2年](珠22才)
七月:毛利元就 及び 島津貴久 死去。
十月:レパントの海戦でスペイン無敵艦隊を中核とした神聖同盟(ヨーロッパの連合艦隊)がオスマントルコに圧勝する。
  :北条氏康死去。

1578年[天正6年](珠29才)
八月:山中鹿之助幸盛 死去(飯盛り侍最終話)




――――――――――――――――
「大友の姫巫女マップ」作成:ぼち様
http://maps.google.com/maps/ms?ie=UTF&msa=0&msid=116581797823782678715.00046f0ed10e9ce756c13



珠自画像 (絵師に書いてもらいました)。
http://satuma.kir.jp/link/ura/tama.htm


いくつかの補足

 資料で見つけきれなかったので、桂姫以外の大友義鎮の娘の名前を募集した結果以下の通りに。

 奈多夫人の娘達     木へんで統一 上から  梓 梢 桜 桂
 比売御前および珠の娘達 宝石系で統一 現在候補検討中



 大友親貞について。
 資料が少なく、その話中の彼の生い立ちは私のオリジナル設定です。




[5109] 大友の姫巫女 参考文献
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2009/12/28 22:56
 この大友の姫巫女を書くにあたって参考にした資料を出しておきます。
 また、これらの資料を提供して頂いた大隈氏、真穂氏、酉の人氏に感謝を。


 九州戦国合戦記       吉永正春 海鳥社 1995年 ISBN4-87415-094-2


  この本と出合わなければ、この物語は書けませんでした。
  また、大友の姫巫女執筆中にも、

 九州の古戦場を歩く     吉永正春 葦書房 1998年 ISBN4-7512-0720-2
 筑前戦国史 増補改訂版   吉永正春 海鳥社 2009年 ISBN978-4-87415-739-8

  等を入手。
  多くの助けとなりました。
  このような史家が九州の地に居た事に感謝を。
  もし九州の戦国時代の物語を書くのならば、彼の本(他にも出ています)は必須であると同時に、あなたの助けに必ずなるでしょう。


 豊後大友一族        芥川龍男 新人物往来社 1990年 ISBN4-404-01704-9

  大友家を調べるのならば必要な一冊。
  プレミアがついていますが、大友宗麟以前の一族としての流れを知るのならば是非読んでみてください。


 福富家文書 野津本「北条系図・大友系図」ほか  皇學館大学史料編算書 ISBN978-4-87644-140-2

  入手は難しいでしょうが、写真越しに書かれた戦国時代の書状達は一見の価値があります。


 大友宗麟の戦国都市 豊後府内  玉永光洋・坂本嘉弘 新泉社 2009年  ISBN978-4-7877-0936-3

  戦国時代の府内の資料は少なく、この本と出合えたのも本当に助かりました。
  このような本が出てくれることをこれからも祈っております。


 戦国時代用語辞典  外川淳 編著 学研 2006年  ISBN4-05-403281-8

  戦国時代の用語辞典です。
  今は使われない言葉や雰囲気を出す為に大いに助けてもらいました。


 戦国武将 ものしり辞典 奈良本辰也監修 主婦と生活社 2009年 ISBN978-4-391-12385-2
 絵解き戦国武士の合戦心得  東郷隆 上田信(絵)  講談社文庫 2005年 ISBN4-06-274900-9
 絵解き雑兵足軽たちの戦い  東郷隆 上田信(絵)  講談社文庫 2007年 ISBN978-4-06-275560-3

  戦国時代の姿が分かりやすくなっております。
  下二冊は文庫で求めやすく、絵が戦国時代の彼らの姿を生々しく描いています。


 雑兵たちの戦場 中世の傭兵と奴隷狩り  藤木久志 朝日新聞社 1997年 ISBN4-02-256894-1

  あえて知られていない戦国時代の暗黒面に光を当てた一冊。
  これを読めば、歴史の光の当たらぬ一面に触れる事ができるでしょう。


 軍需物資からみた戦国合戦  盛本昌広 洋泉社 2008年 ISBN978-4-86248-272-3
 戦国鉄砲・傭兵隊 天下人に逆らった紀州雑賀衆  鈴木眞哉 平凡社新書 2004年 ISBN978-4582-85236-3   
 戦国水軍の興亡  宇田川武久 平凡社新書 2002年 ISBN978-4-582-85158

  西国での合戦で欠かす事が出来ない雑賀衆や水軍、あの当時の木材資源の貴重さ等、このあたりは知っているとニヤリとする一冊です。


 戦国史新聞  戦国史新聞編集委員会編 日本文芸者 1996年

  同時期に何が起こったかを知るのに参考にさせてもらいました。
  年表よりわかりやすいのでお勧めです。


 ウズメとサルタヒコの神話学  鎌田東二 大和書房 2000年 ISBN4-479-84053-2 
 妖怪と美女の神話学  吉田敦彦 名著刊行会 1992年 ISBN4-8390-0237-1

  比売大神のキャラ作成の参考に使わせてもらいました。
  日本神話はこのあたりの記述が面白いです。


 大分県立歴史博物館 常設展示 豊の国・おおいたの歴史と文化 1998年 
 宇佐神宮     宇佐神宮庁

  宇佐についての史料です。


 大山祇神社  大山祇神社社務所 2003年

  日本の国宝・重文化財の刀や鎧が多く収蔵されています。
  機会があるならば直接行って見る事をお勧めします。


 城のつくり方図典  三浦正幸 小学館 2008年 ISBN4-09-626091-6
 透視&断面イラスト日本の城  西ヶ谷恭弘監修・文 香川元太郎イラストレーション・文 世界文化社 2009年
 ISBN978-4-418-09218-5

  城についてはこのあたりを参考にさせてもらいました。
  後に記述しますが、学研の史料とあわせて使わせてもらいました。


 戦国武将  戦略・戦術辞典  大和田哲男編 主婦と生活社 1996年
 名将の演出  大橋武夫  マネジメント社 1977年
 覇者の戦術戦場の天才たち  中里融司 新紀元社 1996年
 日本合戦譚  菊池寛 文春文庫 1987年 ISBN4-16-741002-8 
 私設・日本合戦譚  松本清張 文春文庫 1992年 ISBN4-16-710623

  合戦についてはこのあたりを参考にさせてもらいました。


 萌えわかり戦国時代ビジュアルガイド 執筆司史生他 イラスト立花晶他 モエールパブリッシング ISBN4-903028-92-5

  ネタ本だと思ったら以外にまともだった……


 歴史群像シリーズ      学研

 織田信長
 風林火山
 上杉謙信
 毛利元就
 戦国九州軍記
 真説戦国北条五代

 このあたりは古書店にて購入。
 価格も500円程度で置いてあるので押さえておく事をお勧めします。


 戦国の山城 山城の歴史と縄張を徹底ガイド 2007年 ISBN978-4-05-604899-5
 日本名城探訪ガイド 2009年 ISBN978-4-05-605328-9
 戦国合戦入門  2008年 ISBN978-4-05-605386-9
 図説縄張のすべて  2008年 ISBN978-4-05-604835-3
 忍者と忍術  2007年 ISBN978-4-05-604814-8
 図説「城造り」の全て 2006年 ISBN4-05-604526-7
 戦国九州三国志  2008年 ISBN978-4-05-605155-1 
 戦国の堅城  2004年 ISBN4-05-603597-0
 戦国合戦地図衆 2008年 ISBN978-4-05-605253-4
 明治の近代化につながった江戸の科学力 2009年 ISBN978-4-05-605270-1


 図解 知っているようで知らない戦国合戦の戦い方 ローレンスムック 2009年
 古地図と年表で見る諸国の合戦騒乱地図-壬申の乱から西南戦争まで- 西日本編 人文社 2006年


  このあたりは手に入りやすいのでお勧めです。


 歴史読本 2007年8月号
 歴史読本 2009年4月号


 王の挽歌 (上)(下) 遠藤周作 新潮文庫

  大友宗麟像といえばこれ。


 大友宗麟道を求め続けた男 風早恵介 PHP文庫 1994年 ISBN4-569-56719-3

  うちの大友宗麟はこっちの本の影響を多大に受けています。
  特に、宗麟と比売御前の関係は……
 

 豊臣秀長ある補佐役の生涯 堺屋太一 文春文庫

  秀吉というより秀長ファンに私をさせた一冊。
  秀吉像もこちらからとっています。



[5109] 大友の姫巫女 ぼつ話 オサレ剣術と剣豪
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:cde2504c
Date: 2010/01/02 19:16
 杉乃井御殿 道場にて


 ヤンマーニヤンマーニヤンマーニヤイーヤ……


「姫さま、何しているの?」

「話しかけないで。知瑠乃。
 気が散るから」

 オサレポーズ中の珠です。
 え?
 そもそもオサレポーズって何って?
 まぁ、今の私の姿を説明するならば、一言で言うとそうとしか形容できない訳で。

 巫女装束を身に纏い、片手に火のついていない短筒を持って高く掲げて、首は横を向いて、下ろした手も短筒を持つ姿は知瑠乃でなくても質問したくなる訳で。
 これ、神力発動条件だから仕方ない。
 剣豪将軍の剣術を目の当たりにし、夜盗に陵辱されそうになって初めて人を斬った訳なのだけど、己自身を守る力は必要だと痛感した次第で。
 信仰も増え、神力も増したのでちょっと自分の身を自分で守る力を手に入れようと考えたのだが、これが存外に難しい。
 たとえば戦場に出た場合、死傷率トップの矢を防げないと意味ないし、これから確実に増える鉄砲にも対処できないとスキルを取る意味が無い。
 で、そもそも私が戦場に出て刀を振るうなんてパターンは、本陣崩壊の果ての敗走時だから、大量にいる敵足軽をなぎ倒さないといけない。
 そんなえらく難しい想定条件に合う剣術とかあったかいなと脳内検索をかける事しばらく、出てきたワードが『ガン=カタ』とか『生涯無敵流』とかだったり。
 ……何かこの時点で色々とツッコミが入るだろうが、無視。
 あこがれたりしない?
 暴れん坊将軍みたいに、出てくる侍を斬って斬って斬り捲るって。
 実際に死人が出れば、また嫌悪感が出たり血の臭いで吐いたりするのだろうけど、考えるだけは自由だ。
 かくして考案され、神力を使って取った必殺剣術スキルが『ヤンマーニ』である。
 スキル発動条件がかなりシビアで、

 露出の多い衣服を着て、両手に銃を持ったままオサレポーズを『ヤンマーニ』(何処からとも無く鳴り続ける)が流れる六分三十秒とり続ける。

 うん。
 南北に日本が分かれた世界のペルシャ湾で沈んだ空母ミッドウェイに乗艦していたリチャード・バーグ中佐の言葉をパクルならば、

「敗走時における六分三十秒。
 永遠に等しいじゃないか!」

 まぁ、襲い掛かる対艦ミサイルよりはマシなのだろうが、まったく合戦時に役に立たないネタスキルである。
 とはいえ、その効果は絶大で、

 発動後の二分三十秒間、『無敵』になる。

 無敵ですよ。無敵。
 スターを取ったヒゲの配管工をイメージしていただければ分かりやすいだろう。
 矢弾は『それる』し、刀槍は『当たらない』。
 なお、孔明の罠は対象外。
 また、元のネタ元からの副次効果としてこの格闘技を極めることにより、攻撃効果は120%上昇、防御面では63%上昇という極めると無敵になる八幡神の加護の無駄遣いここに極まれり。
 あと、派生でついてきたおっぱいリロードも常備。
 ……火縄銃なのに何処で使えと?
 クナイでも忍ばせておこうかしら?

 もちろん、ガンスキルの当然のようにUP。
 特に狙撃スキルは、ゴルゴも真っ青な遠距離スナイプOKというステキぶり。
 ……その狙撃スタイルが、

「その綺麗な顔をぶっ飛ばしてやる」

 系のオサレスナイプポーズなのを除けば。
 まぁ、こんな感じのネタスキルなのだ。

 え?何で取ったかって?

 いや、溜めてた神力を交易路の安全に使い切っちゃって、神力の制約と誓約がえらくきつくなってしまったのだ。
 もうちょっとまともなスキルにしたかったのだけどね。
 ちなみに、我等が八幡神。
 軍神として崇められているだけに、その手の戦略兵器系スキルが恐ろしくエグイ。
 例えば、某三○志Ⅶで猛威を振るった落雷なんて所詮中級スキル。
 んじゃ、最上級スキルって?
 皆さん、歴史で学んだでしょう。

 神風で元の艦隊を二度も玄界灘の底に叩き込んだ事を。

 なお、信仰心MAXだと、レイテ沖で合衆国第三艦隊を太平洋に沈める程度の能力を持つとか。
 そこまで行くと当然人はやめているのだが。
 何が言いたいのかというと、元のスキルがえらく高度でレベルの低い私では使いこなせないって事なのだ。
 え?溜める事を考えなかったのかって?
 みんなも経験ない?
 ゲームなんかで、微妙に残って残すのも惜しくないけど、何かまともなスキルを取るには足りないって感覚。
 実は、そんな感じだから遠慮なくネタに走れた訳で。
 で、取ってみた以上は使ってみたい訳で。

 
 ヤンマーニヤンマーニヤンマーニヤイーヤ……


 で、知瑠乃と長寿丸が私と同じポーズ(流石に両手に持っているのは棒だが)を取っていたり。
 まねしたいのは分かるが並んでやってるとかなりシュールだぞ。これ。
 で、そんな二人の後ろで大谷紀之介は表情を出す事無く控えていたり。
 政千代も、「また姫様の奇行が始まった」と顔で語りながら側に控えていたり。
 で、私の眼前には私の奇行を気にしながらも、剣術の訓練をしている豊後国人衆の若武者達三十人弱が。
 何をするかお分かりだろう。
 ヤンマーニの音が消え、所定時間を経過した事を悟った私はオサレポーズを解除して、声をあげた。

「乱入御免!」

 そのまま突貫。
 驚愕している若武者三人が、私の短筒で打ち倒される。
 彼らとて戦国の世を生きる侍。
 この時点で私を敵と認識して、その木刀の切っ先を私に向けて襲い掛かる。
 だが、無敵な私に隙は無かった。

 心を捕らえているはずの短筒が不可解な軌道で私から逸れる。
 ならばと突いた木刀に私の体が謎の動きでかわす。
 その間にも短筒(撃たないから鈍器代わり)は更にニ人の若武者を地面に叩き落し、足払いで後ろから襲ってきた若武者を宙に飛ばす。

 やばい。
 これ、めっさ気持ちいい。






「姫さまかっこいい!!」
「あねうえさま……凄い……」

 知瑠乃や長寿丸が興奮した声をあげる後ろで、政千代は大谷紀之介と共に彼女の主君である珠姫の無双に唖然としていた。
 この姫はいつの間にこれだけの剣を学んだというのか。
 数人の若武者相手に無双する珠姫の姿を見て、麟や瑠璃御前でも勝てるかと結論を出そうとした寸前でその声を聞いた。
 
「いけませぬな」

 政千代が声の方に振り返ると二人の男が珠姫無双を眺めていた。
 政千代は二人のうちの一人で政千代の父親である戸次鑑連に声をかけた。

「父上。
 と、こちらの方は?」

「姫様に会いに来られた肥後国相良家の丸目長恵殿だ。
 丸目殿。貴殿から見て姫様の剣は危ないか?」

「危のう御座いますな。
 あの剣ではいつか命を落しましょうぞ。
 それがしでよろしければ、それをお教えいたしますが?」

 政千代はその言葉を聴いて我を疑った。
 今、その無双をしている珠姫の剣が危ないというけど、何処が危ないのか彼女には分からない。
 そして、丸目長恵と同意見らしい戸次鑑連が苦笑して言葉を漏らす。

「殿から、『負けを教えよ』と以前言われておりましてな。
 それがしが、面倒を引き受けますゆえ、お願いしてもよろしいか?」

 戸次鑑連の言葉に、丸目長恵が笑みを漏らす。
 その笑みが餓狼に政千代には見えた。
 丸目長恵は、戸次鑑連から木刀を受け取って、咆える。

「珠姫様!
 乱入御免!!」





 え?
 分からないけど、体は動いていた。
 明らかに若衆と違う殺気と剣が私を襲っていた。

「肥後国、相良家家臣、丸目長恵!
 姫様、お相手仕る!!」

 体が退いていなければ、袈裟懸けに斬られていた。
 違う。
 この男、さっきまでの若武者と何かが違う。
 ……丸目長恵!!

 剣聖上泉秀綱の弟子の一人じゃないかっ!!!
 やばい。
 足軽や雑兵相手にヒャッハーする程度には強いだろうが、このスキル、本物の剣豪に通用するのか?
 残り時間は一分半か。

「姫様の技も、あまり時間が残っていない様子。
 顔に焦りが出ておりますぞ。
 仕掛けてきなされ」
 
 何で分かった。
 というか、さすが剣聖の弟子。
 こっちの表情や仕草でそこまで読んで、挑発するか。
 退くか?仕掛けるか?

「その刹那、頂きますぞ」

 うそっ!
 真正面から突っ込んできた。
 まだスキルは発動しているから交わして……

「術に頼り、体がそれを知らぬから、その先で読める」

 木刀が飛んできたっ!
 何処から?!
 倒れた若武者の木刀を私に蹴り上げたっ!?
 体が木刀を交わす。
 突っ込んでくる丸目長恵の袈裟懸けの木刀は体が無理して動いてもかわし切れないと踏んで、短筒を交差して受け止める。
 それが丸目長恵の狙いだった。
 片手で木刀を叩きつけ、空いたもう一つの手は私の短筒をしっかりと握っていた。


「技に溺れておりますな。姫様」


 その刹那に私は宙を舞った。
 動きを抑えられての足払いからの背負い投げ。
 地面に叩きつけられたと同時に私は負けた事を悟らされたのだった。


「姫様。
 姫様は何の為に剣を取りましたか?」

 叩きつけられたまま天井を見上げていたら、丸目長恵から声がかけられる。

「そりゃ、自分の身を自分で守る為じゃない」

「それが間違っておられる」

 即答で否定されたよ。おい。
 けど、何も言い返せなかったり。特に打ち付けられたので体のあちこちが結構痛かったり。

「姫様は率いられるお方。
 そんなお方が負けた時に己の身を守る事を考える事が間違っておられる。
 姫様が手を尽くし、将兵を信じればそもそも負けませぬ。
 ましてや、民を慕い、将兵を慈しむならば、姫様の盾となり命を捨てる者が出るでしょう」

 ああ、何かこの話思い出したぞ。
 うわ。
 私が剣豪将軍に諭した話じゃないか。
 己の話で己が悟らされるか……

「我等の仕事を奪ってくださるな。姫。
 剣の道、世事に捕らわれたままで極めるには少々道は厳しいですぞ」




 追記。
 なんでこんな所に丸目長恵が来たかっていうと……

「我が相良家は鳥神尾合戦において甚大な被害を受け……
 その建て直しのためにも、姫様に無尽をお願いしたく……」

 剣の道を極めても島津に勝てねーのかよと暗澹たる気持ちのまま、その無尽を了解し、私はこのネタスキルの封印を決めたのだった。



 追記そのニ

 ついでだからと、若武者連中の指導もお願いしたり。
 何しろ彼ら相手に無双中だった私が、目の前で叩き潰されたのだからそりゃ目の色を変えるわけで。
 四郎や小野和泉や高橋鎮理等が剣を学んでいたり。

「姫さま、この格好でいいの?」
「あ、あねうえ……う、動けないのがつらい……」

 オサレポーズに憧れた馬鹿二人の為に、政千代と大谷紀之介の視線がめっさ痛いのですが……




 作者より一言。
 この話、珠姫が孕んでしまったのと、みんな信長を待っていたからボツに。
 こんな話をこっそりと出してみたり。



[5109] 大友の姫巫女 閑話 豊後婿取り物語 政千代の場合
Name: 北部九州在住◆69dd1406 ID:7bfeb34b
Date: 2010/01/22 13:06
 この物語は珠姫を追っかけてきたのだが、今回は少し視点を変えてその脇役達の物語を語りたいと思う。
 何故なら、珠姫という大輪の花の側で静かに咲き誇っていた彼女達も、いずれは摘まれる運命にあったのだから。

 これは、そんな花――政千代――の婿取り物語である。


 話は、小金原合戦後に遡る。
 戦が終わり、一息ついた戸次鑑連はなんとなしに床机に腰を下ろしていた。
 彼も大友の武人として生涯多くの戦に加わっていたが、その合戦で間違いなく最大の戦果と敵にとって最悪の惨禍となった小金原を眺め、己の罪を告白するかのようにゆっくりと息を吐き出した。
 戦国の世の習いとはいえ、あまりにも惨い突撃してきた尼子勢への大砲と鉄砲の直接火力支援。
 それに晒された尼子勢の死体で五体満足な物は一つとしてなく、首を取りに来た足軽達があまりの惨さに吐いてしまうほどだった。
 ふと、豊後に残してきた政千代の顔が目に浮かぶ。
 そして、その側で政務をしているのだろう珠姫まで思い浮かべてしまい、いやでも悟ってしまう。
 戦は、この合戦を機に彼の知らぬものになるであろうと。

「なるほど。
 これが老いか……」  

 その悟りを振り払うかのように笑う。
 まだ、死ぬつもりは無いと気を引き締めていた彼の後ろから声がかけられた。

「どうしたのだ?
 総大将ともあろうお方が珍しく呆けた顔など見せて」

「何、戦が終わって府内に残した娘の事を思い出してな。
 不思議な事に、それを思い出してから足が震えてきた」

 声をかけてきた田北鑑重におどけた口調で戸次鑑連が声を返す。
 互いに笑みを見せているのもこの戦に勝ったからこそ。
 戦場での後始末は、小野鎮幸や由布惟信等に任せればいいし、その上の話なら彼らの主である大友義鎮や珠姫に任せればいい。
 今、ここで彼ら二人がする仕事は残ってないからこその二人の会話である。

「そういえば、お主の娘は姫様付か。
 きっとあの姫に振り回されているのだろうな」

「よく文にも愚痴を書いてくれる。
 とはいえ、一番の心労は吉岡殿の娘が引き受けてくれるからまだましだとか」

 説教をしている吉岡麟の前で正座して涙目になっている珠姫が目に浮かび、二人して笑う。
 そんな時、政千代はどちらの側にも立たず、麟の心労を背負いつつ、珠姫も慰める、まさに貧乏くじの立場で二人の関係を取り持っていたのだった。

「いい娘に育った。
 あれにいい婿をつけてやりたいものだ」

 視線を空に向けて、戸次鑑連は呟く。
 現状、戸次家本家には男子はおらず、分家である戸次鑑方の長男戸次鎮連を養子にという話をしているが、いずれ婿を見つけねばと思っていた。
 まぁ、珠姫という前例があるので政千代自身が当主についても構わないとも思っていたが、孫の顔が見たいと思うのはどの父親も同じである。
 そんな呟きに田北鑑重が口を出す。

「どうだ。
 戸次殿の娘、我が弟の嫁にくれぬか?」

「田北殿の弟というと、鎮周殿か?」

 現在の田北家には、当主である鑑重の下に幾人か弟がいる。
 兄である田北鑑生(既に隠居している)を含め、田北兄弟と呼ばれるほど一族の結束が固く、名前が出た田北鎮周は四男である。
 なお、田北兄弟三男である田北鑑益は日田の地にて守りを固めておりこの戦には出ていない。ついでだが彼は既に嫁がいる。
 田北鎮周は、今回の合戦で先陣を率いて早朝奇襲を仕掛けてきた宗像軍に対して一歩も引かなかった功績もある。
 悪い話ではないと思いつつ、戸次鑑連は口を開いた。

「悪くは無いな。
 一度、二人を会わせてみるか」





 それから数ヵ月後の杉乃井御殿の一室……の隣部屋。
  
「な に を し て い る の で す か ? ひ め 」

 夜叉モード全開で尋ねる麟に、彼女の主である珠姫は顔を真っ青にしながら弁明した。

「え?
 いや、
 ちょっと……
 ああ、そうだ。
 ひとやすみしようと思って!!
 けっして!
 政千代と田北鎮周のお見合いを見物して、あわよくば茶々をいれようなんてこれっぽっちも考えていないんだからねっ!!!」

 語るに落ちている珠姫だが、長刀を持ってスターライトブレイカーでもぶっ放しそうな鬼気迫る麟相手に狼狽しまくっており、まったく気づいていない。

「ふっ……愚かな娘よ。
 こういう時こそ、堂々としておればいいのだ」

 さも当然のように、もちろん麟の冷気はしっかりと彼にも行っている筈なのだが、潜った修羅場の数が違う大友義鎮は娘の狼狽を嘲笑う。
 まぁ、大友二階崩れとか、小原鑑元の乱とかで培った修羅場をこんな場所で無駄遣いしているあたり、大友家が平和である証拠なのだが。
 なお、彼の目的も娘と同じたったりするあたり、娘も娘なら親も親である。

「お館様。
 お館様もご一緒なら、どうして姫様をお諌めなさりませぬか?」

 ため息をつきながら、しっかりと長刀は珠姫の首元にぴたぴたと当てられていたり。
 この姫に自重をさせるにはこれぐらいしないと聞きはしないと悟ってからは、実に容赦のない麟であった。
 とはいえ、さすが大友義鎮。
 九州六カ国に君臨する大大名の格をこんな所で無駄に見せつける。

「愚か者め!
 こんな楽しい事を、一人でするのが勿体無いから娘を誘ったに決まっておろうが!!
 という訳で、麟よ。
 さっさと娘を連れてゆくがいい」

「は、図ったわね!!父上!!!」

「呪うなら己の配下の教育を怠った己を呪うのだな。娘よ」

 その一言に威厳があるから、またこの場の一席ではシュールな事この上ない。
 流石に、義鎮に長刀をつきつける訳には行かず、仕方が無いので麟も奥の手を呼ぶ事にした。

「た の し そ う で す ね 。 お や か た さ ま 」

「なっ……なんでお前がここに」

 襖を開けて登場した奈多婦人に真っ青になる義鎮。
 その顔色変化に長刀をつきつけられている事を忘れて珠姫が嘲る。

「父上。ざまぁ」

「娘よ!
 こういう時こそ親を助けぬか!!」

 さっきの立場が逆転しているのだが、奈多婦人は「あらあらまぁまぁ」な笑顔のまま、つつつっと義鎮正面へ。
 その笑顔の仮面と背後からだだ漏れなドス黒いオーラで義鎮が後ずさろうとするが、それより速く奈多婦人が義鎮を捕まえる。

「昨晩の事をお忘れですか?
 牝犬散歩と称して夜の杉乃井で私や比売御前や白貴太夫を連れ回して嬲った……」

「ちょ!養母上ストップ!!
 まだ昼だから!太陽出てるから!!!」

 おお慌ててで止めに入る珠姫が慌てるのが、その散歩の後でお披露目と称して義鎮と三匹の牝犬が同じくワンコプレイ中の珠姫と四郎(当然いる鶴姫と恋)の部屋に乱入。
 六匹ワンコ大乱交大会になっていたからである。
 流石に隣の政千代と田北鎮周に聞かせるのはまずかろうと考えた珠姫の理性なのだが、その理性を覗きをするという発想の時に発揮してもらいたいものである。 
 とにかく、珠姫のフォローにより我に帰った奈多婦人は顔を赤めながらごほんと咳を一つ。

「近習の方が探していましたよ。
 仕事もしないで何処を放浪していたかと思えば、覗きですか?
 仕事をしないのならば、閨に来て子種を植えて欲しいものです」

 ……調教しすぎたか。

 奈多婦人の一言に父娘の心が一つになるが、そんなこと当人達にとって何の救いにもなっていない。
 しっかりと握られた手は義鎮を掴んでずるずると引きずってゆく。

「大体、お館様が父上はじめご兄弟を討伐した結果、一族が少なくなってしまったのではありませぬか。
 お家繁栄のためにもしっかりと子供を作らねば。
 ええ、昨日の閨で比売御前に種付けで負けた事等根に持っていませぬから。ええ」

 しっかり根に持っている奈多婦人に一同ドン引き。
 こういう時の女というのは何をやっても勝てないと経験則から義鎮は分かっているのだが、それでも足掻くのは男の性である。

「ま、待て。
 近習が探しておると言ったではないか!
 わしにも仕事が……」

「珠がいるから問題ないでしょ。
 では、後をお願いしますわ。失礼」

 か~な~し~み~の~む~こ~う~へ~と~

 珠姫が脳内BGMを流しながらずるずると引きずられてゆく義鎮と奈多婦人を見送る。
 で、姿が見えなくなった後で我に返り、長刀を突きつけている麟に尋ねる。

「ねぇ。
 もしかして、父上の仕事全部私が代行するの?」

 とてもいい笑顔で麟がにっこりと笑う。
 珠には、その姿が妙に奈多婦人とだぶって見えた。
 
「当然じゃないですか。
 姫様はお館様に何かあった場合、この大友の家を背負って立たれるお方。
 きっと閨のまぐあいを減らしても民の願いを適えるだろうと信じておりますわ」

「ちょ!!!
 そんな殺生なっ!!
 四郎とのまぐあい減らさないでぇぇぇっ!!!!」

「鶴姫や恋がいるからいいじゃないですか。
 第一、そのお腹でまだ種をもらってもお子は増えませぬ」

「人がもらっているのに自分がもらえないのがいやなの……ちょ!耳引っ張らないで……」

 どなどなど~な~ど~~な~~珠姫~~連~~れ~~て~~~(BY珠姫脳内BGM)

 そして、部屋に静寂が訪れた。




「……」
「……」
「……」
「……」
 
 超大大名大友家の恥部が丸聞こえだった隣の部屋で、政千代と田北鎮周のお見合いが行われようとしていた。
 が、あの空気を読めない体を張った当主と次期当主のコントの前に何を言えばいいか一同固まっていたのだった。

「とりあえず、後は若い者に任せて」
「そうだな。
 それがし達は席を外す事にしよう」

 同じく戦場での経験が違う戸次鑑連と田北鑑重がその場の空気を察してさっさと逃走に移る。
 その言葉を聞いた政千代と田北鎮周は「「ちょ!おまっ……」」と顔で語っていたが、流石に常識人だけあって口にする事ができずに二人の逃走を許してしまう。
 かくして、微妙極まりない空気の元、当時者二人だけが残された。

「……」
「……」

 互いに固まったまま、ししおどしの音だけが十数回鳴る。
 先に口を開いたのは政千代だった。

「あ、あの……
 姫様はいつもはああではなくて、優しくて、仕事もちゃんとして……」

 己の挨拶より、主のフォローから始める辺り、実に良く出来ている。
 それは、田北鎮周も同じだった。

「お館さまも、杉乃井だからこそ羽を伸ばされているのであって……
 府内では真面目に仕事を……」

 そんな弁明合戦なのだが、いつしか二人の顔に笑みが浮かび、楽しそうに話す姿を茶菓子を持ってきた白貴太夫に見られ、

「なんかいい雰囲気よ。あの二人」

 という報告に、一同安堵したというのは言うまでも無い。
 これより半年後、大友と毛利の和議が成立した後に二人は祝言をあげる。
 なお、その時に本人以上に喜んで派手にお祭り騒ぎに仕立てた珠姫の姿とか、女の尻に敷かれるんじゃないぞと自分を棚の上に上げて説教する大友義鎮(なお、隣の奈多夫人のお腹は孕んで膨らんでいた)の姿が見れたりするのだが、それは別の話。





 作者より一言。
 この話も本来は戦争芸術終章の後に入れるつもりでしたが、みんなが信長を待っているので没に。
 とはいえ、消すのも惜しいのでこうして閑話として出した次第。

 田北家ですが、田北鑑生と田北鑑重は親子説と兄弟説があり、私の話では兄弟説を採用しています。


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